今日は慰安のおしごとだ。
 前日はちょっといいシャンプーや石鹸を使って、ぐっすり眠った。
 着ていくものは、地味めなチュニックワンピース。色気は薄いが、案外そのほうがいい……こともある。
 スカートは短めだが、下にはスパッツを履いていく。ストッキングを上から履いて二重にガード。上化粧もうっすらと。濃すぎてはいけない。
 リボンを巻いて、出来上がり。鏡の前に立つ。うん、悪くない。
 乳臭いとも言える風貌だが、そういう需要もある。特にこの慰問のおしごとにおいては、その傾向は顕著だ。

 靴に足を通す。ストラップを結んで、街へ。外はいい陽気だ。
 夏は終わりが近いけれど、まだ少し暑さが残る。汗がうっすらと浮かぶ。最寄りのバス停に、揺られること数十分。小さな白い建物が見えてくる。
 RA-病患者を収容している養護施設だ。
 受付の人に挨拶し、軽く確認を行ってから、所定の部屋へと向かう。
 途中でかわいらしく着飾った女性とすれちがう。おそらくは同業だろう。かるく儀礼的な微笑みを交わし合った。

 軽いボディチェックを経て、『Level 4』と扉にプレートの下がった部屋へと入る。クリーム色の空間。靴を脱ぐ。黒ストッキングに包まれた足があらわになった。滑らかに磨かれた白い床を歩く。中央付近には台が置かれて一段高くなっている。そこには箱のようなものが置かれている。そして、台の四方に小さな階段――人間の足の幅ほどもない、段差は指先程度――が床一面のクッションに伸びている。

「こんにちは、慰安に参りました。ルコおねえさんですよ」

 そっと箱に向けてささやきかける。ちなみにルコ、というのは本名ではない。
 すると、箱の隙間から、いくつかの小さな何かがそろそろと溢れてくる。知らない人が見たら虫か何かと見間違えるかもしれない。
 けれど数センチていどの大きさしかないそれらは間違いなく人間だった。すべて男性だ。
 小人――それは差別用語なのでRA-病患者、とか、妖精、とか呼んだりする。

 脚を折り曲げてぺたんと座る。いわゆる女の子座りという体勢で、箱から患者たちが全員出てくるのを待つ。なかなか最後の一人が出てこない時もある。そういう時は箱を揺らしたりはしないで、辛抱強く待つ。
 彼らの集合住宅であるこの箱は、腰を下ろしたルコの全長よりも小さい。
 どうしても出てこない時は、天井である蓋部分(簡単に外せるようになっている(もちろんルコに取っての話だ))を外して、呼びかけることになるのだが……今回はそうする必要はなかった。

 患者は男女ですべて分けられ、このように箱のような住まいに閉じ込められている。保護下にある患者は、閉塞的な環境だ。
 異性と触れ合い、性的欲求を解消する手段がなく、フラストレーションが溜まる。そこで、慰安の仕事が生まれるのだ。といっても性行為を行うわけではない。軽いスキンシップをとるだけだ。リフレとでも言うべきだろうか。
 RAインターフェイスでも可能だが、あれは所詮生の迫力にはかなわない。

 スキンシップの内容はさまざまだ。
 例えば伸ばした手にちょいちょいと触りに来ている患者がいる。
 これは手に乗せてほしい、という合図だ。
 微笑みを向けて、広げた手を接地する。登ってこれるように。

「ほら、ルコおねえちゃんのエレベーターですよ」
 掌中央まで来たのを確認して、ゆっくりと上下させてあげる。
 以前、わざと患者に手から落ちられて怪我をされて、難癖をつけられたケースがあった。
 慎重に落とさないよう、落ちられないように指を曲げる。
 幸いにもこの患者にそういう様子はない。

 掌の真ん中で座り込んだ彼は、折り曲げた指よりも背が低い。
 それに微かな優越感を覚える。
 顔に近い高さまで来ると、視線が恥ずかしいのか手の上の彼は目を逸らした。
 くすりと笑って、降ろしてあげる――スカートの上に。

 おねえちゃん、などとは自称しているが、RA-病患者たちは実年齢で言えばルコより年上のものばかりだ。身体は小さくても精神は成人男性である患者が甘えるために、そういうエクスキューズが必要なのだ。巨大なお姉さんだから、小人は甘えてもいいんですよ、という。
 ルコのみならず、お兄さんやお姉さんを自称する若い慰安者は多い。

 もちろん、小僧や小娘が年上ぶるなど何事か、と反発する者もいないではない。
 そういうのは、無視する。それでいい。

 スカートの上もまた、人気のスポットだ。
 手で運んでもらうもの、自力で脚によじ登ってくるもの、いろいろだ。スカートの端を手で持ってゆらゆらと揺らしてあげると、結構喜ぶのでいつもやってやる。

 ……そしてもちろん、スカートの下も。
「あー、えっちなんだからー、もー」
 もちろん、覗かれる――もとい、スカートの下に潜り込まれることは予定のうちですらある。
 最初に座っていた段階で、もうスカートの中身は覗いていた。
 そこにずっと釘付けだった患者もいる。

 小さいからどこを見ているのかなんてわからないように見えて、上から見下ろしているルコにはちゃんとわかるのだ。
 もちろんスパッツで厳重にガードしてある。性風俗ではないのだ。少なくとも建前上は。
 にも関わらず、スカートの下というロケーションはどこに慰問しても必ず集まるものがいる。
 なんでも、匂いが濃いのがいいのだとか、なんとか。

 スカートをめくり上げる。スカートの上にたむろしていたL4患者がコロコロと転がる。
 スパッツの上に必死によじ登っている患者が、ひとりいた。
 よく見ると、スパッツに向けて頬ずりしている。

 ひょっとして――中に入りたい、そんなふうに思っているのではないだろうか。

(――我慢我慢)

 微笑みを動かさない。

(――ねえ、何をありがたがってるかわかってるの?)
(――何の上に身体を押し付けているかわかってるの?)

 今、『反応』させたらどんな顔をするだろうな、と思う。
 裏切られたと憤るだろうか。それとも。
 もちろん、そんなことは、今後の慰安に支障が出るからしないけれども。

 慰安は終わり、部屋を後にする。
 誰か、患者が身体にひっついていないか、自分で全身に触って確かめる。
 ねと。
 尻の部分を触った時に、何かねばついたものが、微かにだが指に付着した。
「……」
 無表情にぺろりとそれを舐めとった。大した味はしなかった。

 もうひとつの慰問を済ませるべく、移動する。
 次に訪れたのは『Level 5』と扉にプレートの下がった部屋。
 今度は先ほどの部屋よりもずいぶんと狭い。中央に台座があり、そこに箱が設置されているのは同じだ。箱は今度は特殊なガラス張りになっていて、中の様子がはっきりと分かる。

 台座の前に脚を広げて座る。今度の箱は、足首の高さよりも低い。
 声をかけると、例によってぞろぞろと患者たちがガラス箱から出てくる。――小さい。Level 4が虫けらなら、Level 5はまさしく豆粒のように。
 RA-病、L5患者に直接の接触は禁じられている。事故が発生する可能性が非常に高いからだ。

 そこで――ルコは、彼らの目の前で、ストッキングをするすると脱ぎ始める。
 そして目の前に、ぱさり、と置いてやる。
 L5患者が群がる。わあわあと歓声をあげて。
 それを見て、ルコは……
(気持ち悪いな)
 と思った。
 群がる様は虫の大群のようにしか見えない。いっぺんに手や脚で叩き潰してみたくなる。それは可能ではあるが、もちろんできない。でも言ってみたくなる。
 あなたたちは、ボクがその気になったらいっぺんに潰せちゃうんですよ、って。

「ほーら、出ていらっしゃい。出てこないとそのまま履いちゃうぞー」
 なかなか出てこない子には、そんな風にいたずらっぽく語りかけてみる。
 逆さにして振るなんてもっての外だし、指でつまみ上げれば潰してしまう可能性がある。何しろ身長が爪ぐらいということは、手足などはシャープペンシルの芯のように細いということなのだ。

 全員出たのを入念に確認して、きちんと履き直す。
 この時、巧妙に隠れて残ってしまう患者が稀にだがいて、それで事故が発生してしまうケースもある。
 気のいい慰問者などはPTSDになってしまう。
 自殺志願なら別口で受け付けているので、慰問中にやるのは本当にかんべんしていただきたい。
 援助交際などとは違ってRA-患者慰問には身体的リスクは少ないが、そういうところで注意を払う必要がある。

 このストッキングは、帰宅次第捨てる。
 別に継続の使用に支障があるわけではない。単に気持ち悪いというだけで。
(つま先のほうでやってたな……わかってるんだよ)
 心の中だけで舌打ちする。
 別に何かを擦り付けようが、液体を残していこうが、いつものことだ。
 ただ虫けらどもが自分に気づかれないだろうと甘く考えてそういうことをする――そういった不遜さが、気に食わない。

 L6患者への慰問があればそちらで憂さを晴らしているところだが、今日はこれで終わりだ。

 施設を出る前にトイレに寄る。下を脱いだ。指で、L4患者やL5患者の大きさを親指と人差し指の間の距離で再現する。それを自分のそれと比べる。全然自分のほうが大きくて、くすりとする。
 そっちが押し付けてくるんだから、こっちだって押し付けてやったっていいんだぞ。
 そんなけして果たされることのない妄想。