ハンド・トゥ・ハンド

※女の子が女の子に五センチぐらいに縮められてあれやこれやします。
※特殊な嗜好向けの不愉快かもしれない表現があるかもしれません。



2.ニンフェットつかい

 後輩が派手な色の腕時計を手に入れた数時間ほど後のこと、さびれた噴水の前に、また別の一人の子供が立っていた。誰かを待っているようだった。彼——彼と呼ぼう——は、シャツにサスペンダー付きのズボンを着こみ、白く長い髪を後ろで縛っていた。少年のようでもあり、少女のようでもある。
「ニニアン? いるんだろう。姿を見せなよ」
 水面に向かって彼は呼びかけるが、期待するような反応はない。
 舌打ちしてポケットを漁り、十円玉を取り出す。ぴぃんと指先ではじかれたそれは噴水へとダイブした。
 ほどなくして、水音を立てて羽を持つ小さな少女が十円玉を抱えて飛び出してきた。幻想的なその見た目も、小銭を大事に抱えるその姿がそれを台無しにしている。
「おや? ワーデンさんじゃないですかぁ、お久しぶりですなんの御用で」
「『ハンドトゥハンド』を人間に渡したね?」
 ワーデンと呼ばれた子供の声は厳しい詰問の色を帯びていた。ニニアンと呼ばれた自称女神は笑みを消す。
「……何のことで」
「反応があった。限定と不利な特徴で固められた『グッズ』登録ナンバー〇二四五六一のね」
「やぁれやれ、一級プレイヤー様はお厳しいことですねグェェ」
 ワーデンがニニアンを鷲掴みにした。
「ちょっ苦しいッ実がでりゅ実が」
「あれは使用禁止グッズだッ。何十人もの罪のないものが人間としての尊厳を奪われて死んでいったと思ってるんだこの羽虫め!」
「それはオリジナルの話であばばばレプリカ品には機能制限と安全装置をあばばば」
「レプリカだって十分危険だッ」
「うぐぐぐ、あなただってプレイヤーならわかるはずですよ。あの凶悪な効果をいかに派手なデメリットで隠し、査定をくぐりぬけさせるのに苦労したかウッギブッギブッ」
「知ったことじゃないよ。さっさとハンドトゥハンドを回収するんだ」
「もうおそーい! アレはもう使用されてしまいました。今回収しちゃうわけにいかないのはワーデンさんだってわかるはず!」
「うっ」
 ふっとワーデンの手の中の感触が消えた。いつのまに抜け出したのか、ニニアンはワーデンの頭上を蠅のように飛び回った。
「それにワーデン、人の命をもてあそんでるのはあなたもなんじゃないですかあー、『ゴーストタウン』製作者さん! それじゃ、私は百十円たまったんで久しぶりにファンタでも買いますよーっと!」
 ニニアンはワーデンをからかうように飛んだあと、公園内の自販機を探すがつい数時間前に消滅したことを思い出してどこか彼方へと飛んで行った。それを白と黒に彩られた子供は忌々しげに見つめていた。
「ユーザーを見つけて、どうにか使用をやめさせないと……」

 *

 便座に座った後輩の両掌の上、濡れ鼠——鼠よりも小さいが——になった先輩は濡れた服をどうにか脱ごうとしていたが、肌に張り付いたブラウスを剥がすのに手間取っていた。
「あんまり見ないで……」
 普段とは違い語調の弱い先輩に口元が緩むのを抑えることができない。まあ、妹のように思っていた人間の手のひらにちょこんと乗せられて脱衣させられているという異常な状況下で平静を保てるはずもないのだが。
「だーめですっ。今の先輩は親指みたいにとってもちっちゃいんですから。また落ちたいんですか?」
「ゆ、ゆらすなっ」
 もちろん、先輩の脱衣ショーをじっくり眺めるための方便である。携帯カメラの写真に収めたくなったがそれは我慢した。
 せめて後輩に対して背を向けて脱ごうとしたが、頭上から降り注ぐ視線に対しては正面も背後もなかった。
「脱ぎ終わりましたねー。じゃ、ちょっと左手のほうに移ってください。先輩から見て右ですね」
 先輩が言われるままに移動すると、左手が動いた。先輩に取ってみればさっきまでの足場の半分が消滅したのに等しい。後輩はその左手で太ももの上に置いておいたポケットティッシュを取り出し、先輩の身体を拭いてあげた。
(先輩の裸、ちっちゃいけど奇麗だなあ。妖精さんみたい)
 きめ細かい肌に傷がつかないように丁寧に水気をふき取ると、今度は先輩を太ももの上におろした。降りるときに先輩は転んで太ももの上に倒れた。後輩はあらかじめ用意しておいた、先輩のサイズに合わせて切り裂かれ、穴のあいたハンカチを倒れる先輩の上に乗せた。
「とりあえず、応急処置ですけどそれで服はなんとか」
 先輩がハンカチの穴に首を通すと、なんとか裸よりはましな状態になった。
「……なあ後輩。私は本当にその……小さくなってしまったのか」
「そーですよ。ここは駅のトイレの個室で、さっきまで先輩が泳いでたところは便器の中ですよ。私がちゃんと水流しておいてよかったですね、ふふふっ」
「ふざけてないでちゃんと説明しろ。私は駅に入ってからの記憶がないんだ。目が覚めたらここ、というわけだ」
「……え? 駅に入ってから? 改札を抜けてからではなく?」
「ああ、そうだが?」
「いえ、なんでもないです」
 どうやら、意識を失うと同時に数分間の記憶も失ってしまったらしい。安堵はしたが、決死の覚悟を無にされて少し落胆もする。人生にはアンドゥボタンはないものだと思っていたのだが、そうでもないようだ。
「私は先輩に、その……伝えたいことがあって駅に向かったんです。そうしたら、入口の隅っこに小さくなった先輩が転がってたので、拾ったんです。誰かに踏まれたりする前に」
「……ふぅん」
 とりあえずは先輩も納得したらしい。
「それで、これからどうしましょう」
「一一九番だ」
「えーっ。そんなのダメですよ」
 後輩の巨大な顔が迫ってきて先輩はたじろいだ。今足場にしている後輩の両足はぴっちりと閉じられているから先ほどのように便器へ転落する恐れはないが、落ちてきそうな巨大な頭部は正直なところ恐ろしくてたまらない。後輩は気付いていないが、存在そのものが先輩に恐怖を与えていた。
「こんなちっちゃい先輩が病院なんて行ったら、モルモットにされて全身切り刻まれちゃいますよ」
「ちっちゃいちっちゃい言うな。じゃあ、何か案はあるのか?」
「実は、私のうち、親がいないんですよねー」
「……知ってる。それで?」
「え、だから、うち私一人しかいないんですよ」
「……だから?」
「〜っ。わかりましたよ。こんなところで話すのもなんですし、とにかく私の家に行きましょう! 作戦はそれから!」
(先輩に言わせたかったのにぃ)
 後輩は先輩を手に握って、すっくと立ち上がる。先輩視点で描写すると、建物一階分の高さに相当する大きさの後輩の右手が迫ったかと思うと、次の瞬間には吹き飛ばされたような感覚を覚えた。自分が巨大な手に握られているということに気づいたのはその数瞬のち、自分の腰から下が肌色の巨塊に包まれているのを見てである。有機的な塊は彼女の指だ。指一本だけでも、ぎりぎり先輩が腕を回して抱きつけるかといった程度には太い。
「えーっと……どうやって運ぼうかな」
 頭上から声が降った。表情が見えないが、どうやら黒い紐が柳のように無数に垂れ下がるあの物体は後輩の頭部らしい。じっと動かず、お互いに目を合わせ、表情を確認しつつ会話をしているときにはそうは感じないが、後輩は今の自分には巨大すぎてとても同じ人間としては認識できない。ひとたび動き出すとなおさらだ。自分が小さくなっていることを知らなかったときは、風景の一部にしか思っていなかったぐらいなのだ。
「大声出すな! 急に立ち上がるな! 握るな!」
 きぃきぃうるさいなあ。……ではなくて。
 数秒考えたあと、後輩は先輩を握る手をそっとスカートのポケットに入れた。
「暗いですけど我慢してくださいね。少しの辛抱ですから」
 五つの首を持つ竜のような手が、先輩の了解を得ずにポケットに運び、置き去りにした。光は天井からわずかに差し込むのみだ。
 何か言おうとしたが、それよりも前に世界が揺れ動きだした。後輩が歩き始めたのだ。体を安定させるべく、先輩は思わず布の洞窟の壁にしがみつく。壁からはぬくもりを感じた。
「せ、先輩くすぐったい」
 どうやら、これは後輩の脚らしい。この体勢を保ち続けるのも辛いため、どうにか安定できる姿勢を探す。何度か試行錯誤した結果、壁——太もも——に背中を預けてあぐらになるのが一番いいようだった。
 落ち着くことに成功すると、周囲の雑音に耳を傾ける余裕もできた。外から漏れ聞こえる雑踏の喧噪は、スカートの壁に遮断されているのかかすかにしか聞こえない。代わりによく聞こえるのは、さらさらという水音と定期的な振動音だった。しばらくその音の正体を考えた結果、後輩の脚の血液が流れる音と心臓の鼓動音であるという結論に達した。身の丈が小さくなった分、聴覚も鋭敏になっているのだろう。
(なんだか……居心地いいな)
 ポケットのなめらかな布地が素肌には気持ちよかった。後輩は気を使っているようで、揺れは思ったよりなかった。光がわずかにしか差し込まないポケットが、ネズミほどに縮んだ自分にはなぜかとても安らかに感じられる。
 心地よい揺れと後輩の血液の温かさを感じながら、先輩はいつのまにか眠りに就いていた。

 *

 夢を見た。
「おねえちゃんっ! はやくー!」
 何も見えない霧の中、前を走るのは、中学生にあがったばかりの、ちょっと気が強くてかわいらしい妹だ。姉の先輩は妹を追いかける。百四十センチ余りの妹の歩幅は幼さ相応に小さい。
 なのに、一向に二人の差は縮まらない。
「待って!」
 全力で走っているうちに、先輩はあることに気がつく。頭ひとつ小さかったはずの妹が、いつの間にか自分と同じくらいの背の高さになっている。走れば走るほど、妹は巨大化する。
「私を置いていかないで!」
 いつのまにか、妹は走ることをやめていた。しかし、奇妙なことに走れば走るほど、距離は狭まるどころか広がっていく。同じ身長だったのが、妹のほうが頭ひとつ大きく。自分の頭の位置に妹の胸が。妹の背が、自分の二倍に。尻を見上げなければならず、腰を抱くことすらできなくなるように。やがて、ひざ裏にも届かなくなる。そして、かかとに手を回すのが精いっぱいになる。
「どうしてそんなに大きくなるの?!」
「違うよ」
 妹が回れ右をして、先輩はその足に跳ね飛ばされる。足指先の爪がギロチンのように光る。
「お姉ちゃんが、私を置いて小さくなっているんだよ」
 そんなことを言っているうちにも、妹は大きく——否、先輩はどんどん小さくなっていった。妹は、すでに指の一本一本が要塞のように見えていた。——腕を伸ばしても、爪にすら届かない!
 唐突に、あたりが闇に覆われた。妹は消える。

 ——みぃつけた。

 *

「……んぱい、先輩ーっ」
「ぬわーっ!」
 ささやき声のはずなのに大きい声に目を開けると、そこには後輩の広大な顔が視界一面に広がっていた。
「……どうしたんですか、断末魔みたいな悲鳴を上げて」
「なんだか、ひどくメッセージ性にあふれた夢を見たよ」
 起き上がり周囲を見渡すと、前方には先輩を案じる後輩の巨大な上半身が、背後には三階建ての建物ぐらいの参考書の背表紙がいくつか並んでいるし、小屋のような円筒状の筆差しからは何本も文房具が生えている。どうやら学習机に乗せられていたらしい。
 懐かしい、慣れ親しんだ香りがする。常に赤点すれすれな劣等生を指導するために、彼女専属の家庭教師として何度も訪れた、後輩の部屋だった。違っているのはこの机はテニスでもできそうなほどに広く、部屋は東京ドーム以上に広大になっているところだろうか。
(……いや、私が指でつまめるぐらいに小さくなってるだけなんだけど)
 自分の今の姿は、ハンカチの貫頭衣をまとった物語に出てくる小人そのものである。
「目は覚めましたか? じゃ、作戦会議しましょう!」
 後輩がぐっと胸の前で握りこぶしを作った。
(あの拳だけでも、私をすっぽりと覆い隠せてしまうんだなあ)
 些細な動作でも大きさの違いに気づかされてしまうのは悲しいが、こうやって向かい合っていると人間だということを確認できるのがいい。……後輩のことも、自分のことも。
「作戦って言ってもなあ、現代科学に頼りもせずにどうにかなるようなものなのか? やっぱりここはおとなしく」
「いやです! 先輩が誰かに切り刻まれるっていうならその前に私が切り刻むもん!」
「背筋が寒くなるようなことを言わないでくれ。君にはそれが実行できるんだから」
 切り刻まれるのは彼女の中で確定事項らしい。
「え、私先輩のことを切り刻めるんですか? しちゃっていいんですか?」
「よくないよ全然。のんきだなあ後輩は。私はこのことをどう親に説明すればいいのか考えると頭が痛いというのに」
「落ち込まないでくださいよ」
「君は人ごとだからそう泰然と構えてられるのかもしれないけど、もしこのまま元の大きさに戻れなかったら私はどうすればいいんだ? 学校も行けないし、大好きな本だって読めないし、それどころか隣の部屋に移動するだけでも大騒ぎだ」
 抱える不安を形にすることでより強く自覚してしまったらしく、言葉を繰るたびに声色に苛立ちが顕れる。
「もし、もしだよ一生私が五センチの大きさで過ごすことになるとしたら考えてもご覧。私は、どうやって生きていけばいい。それに私の両親や妹にはどう説明すればいい。娘、姉がある日いきなりマッチ箱サイズになってしまったなんて言うのか」
 後輩の良心に先輩の悲痛な叫びが突き刺さった。
「ま、万が一そうなったら……私が一生面倒を見ます。お世話します!」
「できもしないことを言うんじゃないよ。君だっていつかは結婚して一人じゃなくなる。大人になれば私の世話をする余裕なんてなくなるよ。それに、そんな生き方は人間じゃない。虫けら同然だよ。いや、彼らは自分の食いぶちを自分で稼ぐことができる……そうだな、ペットなんて呼び方がふさわしいんじゃないか?」
「やめて!」
 ごう、と風を切る音とともに先輩の視界がいきなり暗くなった。
 どぉん! 後輩の重機のような両腕が先輩の立つ左右約十メートル(三十センチ)のところを叩いた。先輩はその振動に耐えられず後ろにころんと転んだ。仰向けに見上げると、全天を後輩の上半身が覆っていた。悲鳴を上げようとして、先輩は後輩の眼尻に涙がたまっていることに気づいた。
「ごめんなさい……必ず元に戻します……元に戻れる方法を見つけますから、自分を傷つけないでください、先輩」
 こぼれおちた数滴の涙は、直下にうずくまって先輩にとっては大きすぎる水球だった。ばしゃばしゃと先輩にぶつかって、貫頭衣を濡らしていく。先輩は苦笑する。
「泣くんじゃないよ、君らしくない。悪いね、あたってしまった」
「先輩……」
 後輩の涙は彼女の罪悪感の発露だったが、それと同時にまったく反対のことも心中には渦巻いていた。
 ——もっと、自分自身を貶めてほしい。自分の存在のちっぽけさに気付いて、私に依存してほしい。
 先輩が自分の価値を下げるような発言をするたびに、罪悪感以外の感情で胸が高鳴った。
 ——そうですよ、おっしゃる通り、これから先輩は飼われるんです。私のペットとして。
 なんて、口に出して言いたい衝動にとらわれたが、今はその時じゃない。時間をかけて、先輩自身でそのことを理解してもらわなければいけない。力ずくで言うことを聞かせるのは簡単だが、それでは人形遊びと変わらない。向こうから、依存しなければならないよう仕向けるのだ。
「それに、先輩の身体。一生続くと決まったわけじゃありません。ひょっとしたら寝て起きて明日になれば戻ってるかもしれませんよ」
 心にもないことを言うのは得意だ。
「……確かに、急に縮んだのなら急に戻ることもあるか」
「そうですよう」
 先輩を元気づけるために、にへっと笑ってみる。うまく笑えたと思うよ。
「どうやら、ナーバスになっていたようだ。君の笑顔には救われるね。……おっかないから、ブンブンと首を縦に振るのはやめてくれ」
 大きく頷く後輩の髪の毛が先輩の頭上をかすめていた。

 *

「……戻らないの」
「そう、戻らない。もし戻したければその対象に向けて同じことをすればいいのですよ。そうすればすべては元通り、雲散霧消とっぺんぱらりのぷうです。ただし気をつけて、元に戻してしまったものは二度とあなたちゃんの手中には収まらない。一度手放してしまったものが帰ってくるほど世の中は甘くないってわけなんですねー!」
「なるほどなあ」
「それから、元に戻せるのはその時計だけだから、うっかり失くしたり壊したりしたらだめですよー! 商品の再発送は効きません! まあ逆に永久にそれをミニチュア状態で置いておきたいのであればそうすればいいってことなんですけど、私の贈ったものなんですからあなたちゃんには大切にしてもらいたいなあ、なんて」

 *

 女神に受けたアイテム解説を思い返し、後輩は思わず手首の時計を握る。……別に、壊しはしない。まだこれには使い道はある。まだ回したことのない小さなダイヤルとか。
「そうそう、先輩が寝てる間に服を用意しておいたんですよ。じゃーん」
 後輩は足もとにおいておいた小さな段ボール箱を取り出し、その中から小さな服を一つつまんで取り出した。ふりふりのたくさんついた真っ白けなドレスが、先輩の眼前にかざされる。
「……お人形さんみたいな服だね」
「えへ、お人形さんのお洋服ですよっ。今の先輩にはちょうどいいかと思いまして、引っ張り出してきました。いつまでもハンカチじゃあれでしょう?」
 ぽす、と手渡されたドレスをしげしげと眺める。残念ながら下着はなかった。
「……後輩、今の私の身長がどれくらいだかわかるか」
「あ、はい」
 後輩は円筒状の筆差しから三十センチ定規を取り出して、先輩のそばに垂直に立てると、先輩は律義に背筋を伸ばして頭をつけた。
「五.四センチです。確か元が百六十センチぐらいでしたから、三十分の一ぐらいですかね」
 それが今の彼女の身長だった。
「三十分の一か。……わかっていたことだが、実際に知ってみるとへこむな。小動物どころか、虫サイズじゃないか」
「その……ごめんなさい」
 悲しげな顔を作ってみたが、寝ている間に身長を計った時後輩は(五.四センチ! 五.四センチ!)と本人の前で大声で騒ぎたい衝動に駆られたのを必死でこらえていた。
「いや、いい。私が求めたことだ。……それにしても、人形は小さいものでも二十センチぐらいはたいていあるものだが、よく今の私に合う服が見つかったな?」
「ほんとですよねー。都合のいいことってあるもんです」
「しかし、こんな服しかなかったのか? 私といっしょに縮んだブレザーはどうした」
「まだ乾いてませんねえ」
「人形の服といえばファンシーなものが相場だけど、私にこれは」
 後輩は次々と箱から洋服を取り出していった。メイドドレス、ゴシックロリータ、セーラーワンピース……。
「まだこういうのしか見つかってなくて……。とにかく着てくださいよ、似あいますから! 保証します」
「う〜っ」
 もちろんここまですべて後輩の嘘である。後輩の家にあった人形はいずれも二十センチ以上のものだ。大きいもので言えば六十センチ、先輩にとっては十五メートル以上の巨人である。
(私にとっては小さいお人形さんなのに、先輩にとっては巨人って面白いなあ。先輩と対面させてみようかしら)
 それに服は、シンプルなブラウスやジャケット、カーディガンといった無難なものもあった。
(この時計、結構便利だなあ)
 どうやら、腕時計はもとから小さいものをさらに小さくできるようだった。やはり先輩が眠っている間に試したのだが、二十センチの人形が掌の中で五センチにミニマムライズされていた。デフォルトで五センチ前後になるらしい。そうと知った後輩は次々と手持ちの人形の服を小さくしていった。——当然、先輩に着せたいものをえり好みして。
 普段先輩は制服のブレザー以外にはトレーナーにジーンズというやる気のない服装しかしないので、後輩は好きあらばかわいらしい服を着せたがっていた。その願望がこういう形で実を結ぶとは思っていなかっただろうが。
「わかった、わかった、着るから。だから、向こうを向いててくれ。な」
「はーい」
 後輩は素直に背を向けた。貫頭衣を脱いで裸になる。
(このハンカチ……あの時のか)
 脱いで広げてみて気がついたが、一年ほど前、先輩が後輩に成り行きで贈ったハンカチだった。いじらしいことに、未だに大事に持っていたらしい。
(こんな立派な穴あけてくれちゃって)
 しばらくして、先輩は着替えを終えた。
「着替え終わったよ」
 振り向くと、ハンカチを脱いで白いドレスに身を包んだ先輩の姿があった。後輩は黄色い声を上げる。
「わあー、かーわーいーいー。先輩、お人形さんみたいです」
「そんな……似合ってないよ」
 先輩は後輩にとってとても愛らしかった。何も身につけていなくてもかわいいし、かわいい服を着ている先輩もかわいい。何より、自分の女性としての魅力に対する自信のなさにもじもじと震えるその姿こそが一番愛くるしいのだ。
「先輩も自分の姿をちゃんと見ましょう。白いドレスがまるで花嫁さんみたいですよっ」
 用意周到な後輩は、先輩がダンスを踊れそうなほどの広さの手鏡を取り出し、先輩の前に立てた。
「これが……私?」
「やった! お約束のセリフゲトー!」
「えっ?」
 にしても。
(先輩が花嫁ってことは、私が花婿ってこと? 先輩はおっぱいが控えめだし絶対タキシードが似合ってると思ったけどこれはこれでいいよね。ペットもいいけど花嫁さんもいい! 小さな花嫁さんを薬指によちよち登らせて神前で誓いを立てるの、きゃっ! そして、そして、その後は……)
「おーい、どこを向いてるんだ後輩」
 後輩が夢想から帰ってくるのには数秒の時間を要した。

(続く)