ハンド・トゥ・ハンド

※女の子が女の子を五センチぐらいに縮めて遊びます。
※特殊な嗜好向けの不愉快かもしれない表現があるかもしれません。


4.私の中でお眠りなさい

 お漏らししてからの痴態はどうにか夢だと思いこませることは出来たが、石鹸プレイと巨大な湯船に放置プレイしたことはそうもいかず、風呂から上がっても先輩は後輩に口を利いてくれなかった。
「機嫌直してくださいよ〜。ヤクルトあげますから」
 居間のテーブルの上に座る先輩の前にドラム缶ほどの大きさのヤクルトが置かれるが、先輩はぶすっとした顔でにべもなく後ろを向く。
 ちなみに、今の先輩は桃色のネグリジェを着ていた。これも後輩の人形のお洋服コレクションのうちの一つである。
「いらない」
「……じゃあ、おっぱいさわらせてあげますから」
 後輩は先輩の前に回り込み、乳房をテーブルの上に乗せた。ぷにゅん、とおっぱいが揺れる。が、先輩の不機嫌は直るどころかますます強まった。
「そういう過剰なセックスアピールをよせって言ってるんだ」
「へっ?」
「知っているはずだ。私はそういう下ネタが嫌いなんだよ。風呂場のあれも不愉快だった。いくら同姓相手だからって、そういう冗談はやめてほしい。私と最初に出会ったとき君が追われてたのもそれが原因じゃないか」
 先輩は早口でまくし立てた後、少し言い過ぎたかと後悔する。しかし、言ったことはまごうことなき先輩の本心だった。誰だれと何回やった、どういう体位がいい、男の落とし方……そういった生々しい会話の輪に加わりたくなくて、クラスの女子グループからは距離を置いていたのだ。
 先輩は自分の性を意識させられることがあまり好きではなかった。男になりたい、というわけではなかった。強いて言えば、女性でも男性でもない何かになりたかったのだ。
(怒ってるかな?)
 恐る恐る先輩は首を上げ、後輩の顔色をうかがってみると、後輩の表情は恐ろしく冷えきっていた。
 先輩の背筋に冷たいものが走ると同時に、後輩は音を立てて立ち上がる。後輩の顔がテーブルの地上から遙か高くにそびえていた。
「そうでしたね……ごめんなさい」
 ぺこり、と後輩は頭を下げて先輩にわびた。表情を伺い知ることは出来なかったのだが、きっと無表情だったのだろう。
「私、ちょっとやらなきゃいけないことがあるのでしばらく失礼します。リモコンはテーブルの上に置いておきますから、よかったらどうぞ」
 そう言い残して、後輩はそそくさと去っていった。
(……行っちゃった)
 先輩もバカではないので、自分に対して肉体的に圧倒的な優位を持つ後輩の不興を買うのは自分の立場を危うくするだけだというのは理解している。
 しかし、だからこそ後輩に対して妥協したり媚びたりするような態度を取りたくなかった。肉体的な優位に加えて精神的な優位まで向こうに取られてしまっては、自分の尊厳が危うくなってしまうからだ。
 ……そう、先輩はこの時点ではまだ精神的な優位が自分にあると思っていた。
 おめでたいことに。
 なにもすることのない先輩はとりあえずリモコンに登り、ボタンを踏みつけてチャンネルを操作してみたが取るに足らないクイズ番組ばかりで、先輩を満足させるには至らなかった。
(ひまだなあ)
 自分の家で標準のサイズであれば本を読むなりネットにいそしむなりといくらでも時間をつぶす方法はあるが、現在の五センチサイズではこのテーブルは野球場のように広いだけで、いっさいの娯楽はなかった。
(……後輩、早く戻ってこないかな)
 その思いは主人の帰りを待つ犬によく似ていることに、先輩はまだ気づいていない。

 *

「じゃ〜ん! 先輩の寝床が完成しましたーっ」
 数十分後、いつものご気楽な様子でバスケットを抱えて居間に戻ってきた後輩の姿に先輩は安堵を覚えた。後輩の変わらぬ愛嬌にか、後輩が戻ってきたこと自体についてかはわからない。
「寝床?」
「ええ。私は先輩と同じベッドで添い寝でもいいんですけど、それだと私が寝返りをうったら先輩ぺったんこになっちゃうでしょ?」
 ぺったんこという表現で許されるのはマンガの中だけである。
「そこで私が古着を利用して先輩専用のベッドを作っちゃったというわけです! なんということでしょう! ささくれだった無骨なバスケットが一夜にして寝台銀河超特急に! ジェバンニはやってくれました!」
「いろいろ混ざってる上にわけがわからないぞ」
「まあまあそう言わずに試してみてくださいよ奥さん」
「誰が奥さんだ」
 先輩は例によって後輩にひょいと持ち上げられてバスケットに放り込まれる。
「ほう」
 バスケットの中には何重にもシルクが張られていた。なめらかな触感が心地いい。
 中央にはこれまたシルクの先輩サイズの布団と、シルクの布地に綿が詰まった枕が置かれていた。
「……シルク尽くしだな」 
 特に掛け布団には細やかなレース模様があしらっており、後輩は家庭科の成績だけはいい(ずぼらなわりに)ことを思い出した。
「これから先輩が毎日寝るところですからね、出来るだけ快適になるように肌触りのいいものを選びました」
「いや、できればこんなちっぽけな場所で寝るのはこれで最後にしたいんだけどな」
 先輩は、明日になって目が覚めれば元通りの大きさに戻っている、という可能性をまだ無邪気に信じていた。
 試しに寝てみると、ふんわりとした香りが先輩の鼻をくすぐった。かぎ続けているとなんだかぽーっとしてくる、媚薬のように甘ったるい匂いだった。
「何だろう、いい匂いがするけど」
「あ、まだ匂い残ってます? それとも小さくなって鼻も利くようになったんですかね」
 参ったなあ、と後輩は照れ笑いを浮かべた。
「それ、もともと私のシルクのパジャマなんですよ。一年ぐらい前まで着てたんですけど、サイズが合わなくなってタンスの奥で眠ってたんで、使ってみました」
 どうやらこの甘ったるい匂いは、後輩の体臭だったようだ。言われてみればこの甘ったるさは少女の匂い特有のものだ。
(しかし、それをいい匂いだと……本人の前で言ってしまうなんて)
「それにしても、私の匂いがいい匂いかあ。よかったら私の服の中で直に嗅いでみませんか?」
「うるさい、何言ってるんだ」
 羞恥に先輩は顔を赤く染めた。細まった後輩の視線から逃れるように、シルクの掛け布団に全身で潜り込んで自分のうかつさを恨む。そんな様子を後輩は微笑んで見つめ、そしてぺろりと舌を出した。
(ほんと、先輩は私のこと素直に信じるなあ)
 後輩の用意した寝床の説明には二重の嘘があった。
 一つ目は、寝床の材料となったシルクの衣料が一年前まで着ていたという古着などではなく、つい昨日まで後輩が着用していた新鮮なものであるということ。そうでなければいくら縮小されて感覚が鋭敏になったといえ、甘ったるく感じるほどの体臭が残っているわけがない。洗濯はしてあるので悪臭と言うほどではないはずだ。
(ペットには飼い主の匂いを覚えさせなきゃね。いつでも、どこからでも私の手の中に帰ってこれるようにしないと。それに、匂いをつけておけば私の所有物だってすぐわかるでしょう?)
 二つ目は、今先輩をくるんでいるシルクの掛け布団の材料は後輩のパジャマなどではないということだ。
(ああっ、先輩に本当のことを教えてあげたい。先輩がそうやって潜り込んでのはね……)
 ——もちろん、彼女が先日まで穿いていた——

(先輩はね、私のね、ショーツの中に入っちゃってるんだよ!)

 いくら布団の形にするために裁断が加えられてるとはいえ、先輩が元のサイズでこの指先サイズの布団を俯瞰していれば、レース模様がショーツに使われているものにそっくりだとわかっただろうが、あいにくと先輩は小指サイズだった。湯船が大海原に見えるように、ペットボトルの蓋がたらいに見えるように、百五十センチ足らずの少女が高層ビルのごとき大巨人に見えるように、虫のように小さくなった先輩の目には少女の股間を覆う下着がちょうどいい掛け布団に見えているのだ。
(ああ、やだ、ショーツが濡れてきちゃった……さっきお風呂に入ったばかりなのに)
 後輩にしてみれば、この状況はおかずを目の前にぶらさげられている状況なのだ。ごちそうになってはいけないというのがどうかしている。
(でも、まだだめ! 安易に食らいついちゃだめ! 最高においしくなるその瞬間まで待つの!)
 しかし、耐えきれなくなって、後輩は先輩に質問を投げてしまう。
「ね、ねえ先輩、そのお布団どうですか? 寝心地いいですか?」
「ああうん、とてもいいな。後輩は裁縫も料理もできるし、将来いい奥さんになれるよ。それにこの布団……うまく言えないが、くるまれてるとなんだかとても安心する。別に、後輩のパジャマだからってわけじゃないと思うけど」
 先輩の返答に、後輩の理性は焼き切れる寸前だった。
(へー、そっかあ! 先輩は私のショーツの中にいると安心するんだ! なら、いままさに私が穿いてるショーツの中に潜ってみるってのはどうかな、すごく安心できると思う! あと、奥さんにはなりませんよ! 私は先輩の飼い主だもん!)
「……なあ、後輩、さっきから息が荒いけど大丈夫か?」
「えっ、ああ、うん……ごめんなさい、ちょっとトイレ行ってきます」
 先輩をバスケットに残してそそくさと去る後輩の背中を、彼女は怪訝な目で見つめていた。

 *

「ところで、私のブレザー……と下着はどうした? びしょびしょになったやつ」
 結構値が張る制服もそうだが、いまだにノーパン状態の先輩は下着の方も心配だった。そろそろ、乾いている頃だと思うが。
「ああ、ちょっと待っててください」
 なぜかすがすがしい顔になって帰ってきた後輩は再び引き返し、台所から人形サイズのブレザー上下とブラウス、指先サイズのショーツ、ブラジャーを持ってきて、先輩の前に置いた。
「ありがとう」
「それにしても……キャラクターもののパンティなんて穿いてるジョシコーセー、実在したんですね」
 あきれたような眼差しを向けられて、先輩は服の処理を後輩任せにした自分の失策を呪う。
「違う、それは……」
 何も違わなかった。
「いつも長いスカートを穿いてるのはそのクマさんを隠すためだったんですね、なるほどなー」
「そっちが短すぎるんだっ。なんだあれは、ちょっとしたきっかけで中身が見えるじゃないか。はしたない!」
「おっさんみたいなこと言わないでくださいよ。見せパンって文化を知らないんですか?」
 しかし今日に限っては、流れによっては先輩にスカートをめくられたり脱がされたりしてもいいように手持ちの中で一番高いブラとショーツを選んで着用していたのだが、その事実を後輩は口にしなかった。すべて不発に終わってしまったし、これからも先輩にそうされる機会はないだろう。
 後輩はベッドに横たわって自慰を行うときはいつも自分の指を、スカートを脱がしショーツの上から敏感なヴァギナを愛撫する先輩の指に見立てていたものだ。
 スカートを脱がされたりめくられたりといったシチュエーションにはあこがれていたものの、それを先輩に求めるのはもう無理である。どんなに背伸びしたって、どれだけ跳ねたって膝にすらタッチできない今の先輩の背丈では、スカートをめくることなんてできやしないからだ。そもそも足下に立っていれば勝手に雲のようなパンツが見れるので、スカートをめくる必要すらないのだが。
(元に戻してしまえば、二度と手には入らない)
 しかし、後悔はしていないつもりだ。そんなものより、もっと楽しいことができるのだから。
「ともあれ、両方とも無事でよかった」
 後輩の内省もつゆ知らず、先輩はほくほくとした顔で自分のブレザーを眺めていた。
「でも、明日こそはあのドレス着てもらいますからね!」
「なぜ」
 後輩はどたどたと地団太を踏み始めた。」
「衣食住の面倒見てるんだからそれぐらいのわがままは利いてください! きるの! ドレスきるのー!」
 それを言われると先輩としては何も言い返せない。
「わかったからだだをこねるな! 着るから!」
「ほんと!」
 後輩は先ほどまでの狂態は嘘のように、ぱあっと顔を輝かせた。
(やれやれ……)
 自分の妹も大変だが、こっちの大きい妹も相手をするのが大変だ……先輩はため息をついた。
「……ん?」
 ちゃんと乾いているか確かめるために上着を逆さにして振っていると、ポケットからかつりと何かが落ちた。
「ん、なんですかそれ」
 後輩からみれば芥子粒同然のそれは、先輩が持っていた携帯電話だった。転落のどさくさでなくなっていたかと思ったが、ちゃんとポケットに食いしばっていたのだ。
「よく残ってましたねえそれ。でも、浸水したし使いものにならないんじゃないですか?」
「と、思うだろ?」
 先輩は得意そうに笑って携帯電話を開くと、液晶のライトがささやかにあたりを照らした。電源が、ちゃんと動いている。
「えっ!」
「防水仕様なんだよ。どうした後輩? 私がそんなちゃんとした携帯を持っていたのが意外だったか。クラシックなものだけど、なかなか堅牢な出来だし、機能もシンプルにまとまってて気に入ってるんだぞ」
 もっとも、演劇部を辞めてからはほとんど家族との連絡にしか使っていないのだが。
「い、いえ……よかったですね」
 後輩は一瞬血相を変えていた。冗談じゃない。もし先輩の口から家族かなにかに先輩の存在が露見してしまったら、これから始まるはずの先輩とのバラ色(百合色?)の生活はすべてパアだ。バレるにしても、先輩への調教は済ませておかないといけない。
「そ、それでどうなんですか? 通話はできるんですか?」
 場合によっては、取り上げてしまったほうがいいのかも知れない。しかし、どう理由をつけて?
 そんな不安は、落胆した様子の先輩の回答であっさりと取り除かれた。
「いや……見事に圏外だ。ネットにもつながらない。携帯電話が小さくなってしまったことで、電波を正しく送受信できていないんだろうな」
 それを聞いて、後輩はあからさまに安堵のため息をついてしまった。
「後輩が落ち込むことはないさ。電話もネットも、使いたくなったら後輩のを使わせてもらえばいいだけだしな」
 そのため息を残念なニュアンスと受け取ったのか、先輩は携帯をぱちりと閉じて安心させるような笑みを作った。
「えっちなのはダメですよ!」
 胸をなで下ろしながら後輩も笑った。そもそも、仮に通話が可能だったとしても両親に連絡するとは限らないじゃないか。もっと先輩を信じなければいけない。
(もう先輩は私を裏切ったりなんて、しないよね)

 *

 それからは二人してたわいもない雑談に花を咲かせたり、明日以降(先輩の体が戻らなかったら)の行動方針を決めたりした。
「そろそろ、眠くなってきたな」
「じゃ、寝ましょうか。私と一緒に」
 後輩は先輩の体をバスケットの寝床ごと自分の部屋に運んだ。バスケットを枕元に置き、後輩自身もベッドに潜り込む。
 バスケットから身を乗り出して周囲を見ると、枕元には等身大のピカチュウのぬいぐるみが、鯨のように横たわってこっちを見ていた。ちょっと怖い。
「やあピカチュウ、新顔だが仲良くしておくれよ」
「……」
 当然ピカチュウは何も答えず、何も映さない漆黒のプラスチックの瞳をこちらに向けるだけだった。
「あ、じゃまですねこれ。片づけます」
「あっ」
 後輩が腕を伸ばしてピカチュウを掴んだかと思うと、彼は放り投げられてベッドシーツの地平へと消えていった。さらば、ピカチュウ。
「なんですか先輩、そのもの惜しげな目は」
(大きいピカチュウでモフモフしたくて……)などとはとても言えなかった。
「大きいピカチュウでモフモフしたかったんですか」
「……うん。あっ」
 言ってしまった。
「別にいいだろ……。私だって少しはこの状況を楽しみたいんだ。あとケーキに全身でかぶりつくってアレがやりたい」
 恥ずかしい秘密の最右翼であるクマさんパンツがバレてしまった時点で、先輩にもう恐れるものはなかった。
「太りますよそれ……。ピカチュウなんかより私とモフモフしませんか?」
「おまえはモフモフというかブニブニだろ、駄肉め」
 後輩の唇の端がひくついた。
「だにっ」
「あまり言いたくないけど、お前太ってるぞ。今日だってカレーをがつがつと三杯ぐらいお代わりしてただろ。痩せすぎてるよりはマシだが、自己管理ができていないのは恥ずかしくないか」
 先輩は気付かないうちにフェイタルな言葉の槍を後輩へ次々と突き刺した。
「どーせ……」
 血管の浮き出るような笑みを浮かべ、後輩はベッド下に落ちたピカチュウの頭部をむんずと掴んで持ち上げた。ピカチュウの愛らしい顔は後輩の握力でゆがんでしまっている。 
「どーせ私は先輩の三十かける三十かける三十で二七〇〇〇倍重い女ですよーだ……」
「こ、後輩?」
「ほ〜ら、先輩待望のモフモフですよーっ!」
 先輩の視界がピカチュウの黄色い毛皮で覆い尽くされた。後輩はがピカチュウを乱暴にバスケットにねじ込んだのだ。先輩は一瞬にして押しつぶされたが、後輩は容赦なく上からさらに力を込める。
「どうですか先輩モフモフの味は? そうですか、声も出ないほど楽しいですか」
 柔らかいぬいぐるみの尻に押しつぶされて、もがくどころか声すら出せなくなった先輩は、何かデリカシーに欠けたことを言ってしまったらしいと遅まきながら気づいていた。
(……はあ)
 今のは、自分のペットが身の程知らずな発言をしただけなのだ。本当なら笑って受け流し、小さな頭を指先で撫でてあげるぐらいのことはできただろう。
(まだ、優しい後輩を演じていなきゃね。がまんがまん)
 ピカチュウをぐりぐりと押しつけつつ後輩は憂いの表情を浮かべる。先輩がピカチュウ責めから解放されたのはそれから二分後のことだった。

 *

「じゃ、いいかげん寝ますよ」
 後輩は布団に寝そべったまま、天井の蛍光灯につながる紐を引き、部屋を暗闇に落とした。見えるのは、淡いスタンドライトが照らしだす先輩の寝床と後輩の巨大な顔だけだ(ピカチュウは部屋の隅へと放逐された)。布団の平原に横たわる巨大な後輩の姿を、先輩はまるで謎かけに答えられなかったものを貪り食ってしまうという、知性を持つ魔獣スフィンクスのようだと思った。
(たしかに、知性持つ巨獣だなこいつは。食べたりやしないだろうがね)
 浴室で(たべないで——)と彼女に懇願したことは先輩の中で夢認定されているため、この時にはすでに記憶から速やかに消えていた。
「おやすみなさいっ」
「おやすみっ」
 サイズの違う二人は、仲良く同時に目を閉じた。

 *

 もちろん、後輩が素直に眠りに就くわけはなかった。
(私はまだまだたまってんのよ)
 弱く調節していたスタンドライトを、つまみをまわして若干強く設定する。光の強さで先輩が目を覚まさない程度に考慮して。
(私のショーツに包ってる寝姿をおかずにさせてもらおーっと)
 知性ある巨獣は、はやる気持ちを抑えてバスケットを覗き込む。と、そこには信じられない光景が広がっていた。
「ん、んっ……!」
 先輩は大きくショーツの掛け布団から体をはみ出させていた。先輩は目をしっかりと閉じて、寝たまま掛け布団の端を両手両足で挟み込み、前後にそれを往復させていた。また、その往復に合わせて腰も前後に動かしている。
 早い話が、先輩は後輩のショーツを股間に押し付け、自慰行為を行っているのだ。
(どういうことなの)
 後輩は数秒もの間激しく狼狽したが、いくら考えても答えが出ないタイプの問題だと気付き、後輩はそれに関するこれ以上の思考やめた。先輩のオナニーを目撃したのなら、やることはこの段階では一つである。
「せ、先輩……?」
 おどおどとした声を作って話しかける。次に反応を示した時のために「ひょっとして、してるんですか、オナニー……何で?」と続けようと即席の台本を構築していたが、それが参照されることはなかった。
 先輩は全く反応する様子も見せず、ただ艶っぽい声を出しながら寝間着ごしに恥部を巨大なショーツに押しつけているだけだったからだ。
(……この人、寝ながら無意識にしてるんだ)
 寝床の思わぬ副産物に、後輩はくすりと笑った。おそらく、自分の体臭が先輩をそれと知らないうちに欲情させていたのだろう。自分の体臭で先輩を発情させられたと思うと気分が高揚してくる。
(おかずは何なんだろう。私だとうれしいなあ。私じゃなくても、私にしてみせるけど)
 後輩は決意を改めて胸に秘めて、自慰を行う先輩をネタに自分も勤しんだ。
 サイズの違う二人は、とてもいい夢を見た。