[killma 01.]
忌まわしくも勇者に敗北してから一週間が経った。
短い人生、いや魔王生もここまで、それならもっとあんなことやこんなことをしておくべきだったと後悔したが、勇者パーティは特に僕の命を奪ったりはしなかった。
そのかわりに連中は僕にミニマムの魔法をかけて放置していった。
「殺すとか野蛮人の所業だし? そんなに無様な格好じゃ魔王軍の士気もガタ落ちじゃん?」
とかなんとかのたまっていた気がする。確か。
ミニマムの魔法について説明はいるだろうか。
まあ、一応書いておくと、対象を虫のように小さくしてしまうアレである。
普通魔王クラスの存在には効かないのだが、戦闘不能にされて抵抗不可能にされてしまえば例外である。
しかもやたら魔法の達成値が高かったという話で、今に至るまでその解呪には成功していないし、自然解除のきざしもない。かなり困った。
魔王城もそのままだし(なんか僕が死んだら魔王城が崩壊するギミックとか一応組んでおいたのだが、僕が死ななかったので発動しなかった)、部下たちも全然健在なのだが、まあトップがこんなんじゃ人間界を侵略する予定は無期延期にせざるを得なくなり、実際おとなしくなってしまった。
故郷に帰るものも出る始末である。別に魔王が死んだわけでもないので弔い合戦するにもいまいち盛り上がらないらしい。
新しい魔王をいただくにしても、現魔王が死なないとそういうこともできないようなシステムになっていた。尽くルールの穴を突かれたかっこうになっている。
勇者がそこまで考えてやったのか、単に趣味なのかはわからない。
「魔王さまー、ごはんですよ」
今ではドラゴンの洞穴のようにだだっ広くなってしまった居室のテーブル(やはり魔界サッカーができそうに広いぞ)の上にしつらえたソファ(人形用だ)で今後について考えていると、キルマが食事を乗せたワゴンを押しながらやってきた。
キルマは僕の側近であるメイドである。身長は百三十魔界センチメートルぐらいだろうか。
シックなパフスリーブのワンピースの上に、白いエプロンを着用している。
クリーム色のくせ毛、子犬を連想させる幼い顔立ち。
ヘッドドレスの代わりに一対の羊の角のようなものがついている。
パッと見十代前半の少女でしかないのだが、実はオトコである。
部下の中で一番メイド服が似合うなぁと思ったので魔王の強権をここぞとばかりに使って登用した。
小さくて可憐で仕草もリスみたいで見ていて目の保養になるしずっとお嫁に行かないでいて欲しい。
いや男だけど。
そんな彼も、現在の僕にとっては約三十魔界メートルの大巨人である。
勇者は「本当魔王って最低だよな~、そういう可愛い子をとっかえひっかえ毎晩のようにあんあん言わせて楽しんでるんだろ滅びろ!」などとわけのわからないことを言っていたが、今までそういう仕事をさせたことはない。
僕は童貞である。無論キルマとも一線は超えてない。
というかキルマはそういうことしていいやつじゃないから。
ちなみに、淫魔(サキュバス)のお姉さんに膝枕をしてもらったことはある。
これはかなり魔王っぽい贅沢じゃないだろうか? 羨ましがってくれて一向に構わない。
欲がないわけではないが、そういうことをするよりはまだ別のことをしていたかった。あと、初めては好きな人とがいいし。むしろそういうことばっかり考えていそうな勇者のほうが心配だ。
話を戻そう。
「ふーふーしてさしあげますねっ、ふー、ふーっ」
キルマはテーブルの前の椅子に座り、器からスープをティースプーンですくって息で冷まして僕に食べさせようとしている。
フーフーするたびにテーブルの上の僕の髪がなびいているが、彼は気づいていないようだ。
こう小さくなってしまうと、今までの食器で今までのように食事はできない。
僕専用だった食器がお役御免になるのはもったいないので、それはキルマに使わせてあげている。
「はい、あーん」
ずい、とティースプーンが僕の前に差し出される。
頭上ではキルマがにこにこと僕のことを見下ろしていた。キルマは僕が小さくなってからの世話のほうがなんだか楽しそうに見える。
小鳥に餌付けをしているようだが、文句を言うほどのものではない。ありがたくいただくことにする。
「あっ」
何度かそういうことを繰り返しているうちに、キルマの指先が狂ってスプーンのスープが僕の全身にぶちまけられた。
ドジっ子メイドというのは魔界においてもすっかり下火な感じになっているが、本人は好きでドジをやっているわけではないのでしかたない。
などとのんきにモノローグしている状況ではない。
「あっつ!! あっつ!!」
僕ののたうちまわりながらの無様な叫びである。
かつては炎熱属性の攻撃に対しては完璧な耐性を持っていて「え? それメラゾーマ? メラかと思ったわ~」ぐらい余裕ぶっこけたのだが縮小とともにそれも中和されてしまったらしい。この有様だよ。何かの間違いで弱火(魔界コンロ基準。魔界コンロは人々の怨嗟とかをエネルギーとして動く)であぶられようものなら簡単に魔王炒めの完成である。
慌てたキルマが僕の周囲を両手で覆い、呪文を詠唱する。初歩的な耐熱魔法である。
お陰で火傷は免れた。が、びしょぬれ状態からは解放されていない。
「す、すみません……。ああ、お怪我はないみたいですね。良かった」
僕を階段の踊り場のような大きさの掌でひょいと掬い上げて、謝罪をするキルマ。
従来の魔王だったら即座に手刀で首を切っていたかもしれないが、僕は優しいのでそんなことはしないのだ。
というか今の僕の手刀では花の茎ぐらいしか切れない。
どれぐらいまで僕のステータスが落ち込んでしまったのか確かめるために、キルマに用意させて鉄の柱とか瓦とかを試しに攻撃させてもらったのだ。
その結果はもうお察しだろう。
キルマはその様子を魔界プレッツェルを食べながら見守り、「わあ、すごい! さすが魔王さまです。それぐらい小さくても、花の茎なら切れるんですね!」などと褒め囃してくれた。
キルマはいい子である。
話を戻そう。
「脱いでくださいませんか?」
キルマはそう言った。えっ、と僕は返した。
男子更衣室で隅っこで着替えるようなタイプではないが、年少の男子の掌の上で、まるでストリップでもするように脱げというのだろうか。
確かにこのまま濡れネズミでいるのが問題なのはわかるが、もっとこうないのだろうか。
「もう、しょうがないですねぇ……」
逡巡しているとキルマは困ったように眉をハの字にする。そうしてあろうことか僕に指を伸ばし、その……脱がし始めたのだ。
器用な指でボタンを外し、魔界蟹の殻でも剥くように丁寧に脱がしていく……いや、地の文だから客観的に書けるけど、かんべんして欲しい。マジで。
あれよあれよというまに僕は全裸にさせられてしまった。
「いま、綺麗にして差し上げますね……」
拭いてくれるのかと思ったら、違った。
キルマは僕を口元に運び……桜色の唇の間から、ぬらりとはみ出た舌が僕の身体を這った。向こうにしてはちろり、だったのかもしれないが、濡れた布団がのしかかってくるような重圧を受ける。
ぺろ……ちゅぱっ……
身体を汚していたスープと、僕の汗が混じったものが舌で拭い取られ、代わりに少年の唾液のなんとも言えない匂いで上書きされる。これ、綺麗にしていると言って良いのだろうか?
「こっちも」
「そ、そっちはダメッ」
舌が両足の間をくぐり抜け、僕のお尻を舐める。まるで親猫が仔猫を舐めるように。
すごくいけない気分をされているみたいだ……向こうが全然恥ずかしがってない様子なのが、余計に恥ずかしい。
「あ、大きくしちゃってますねえ……❤
へぇ……気持ちよかったんですか? 男の子の舌、お好きですか?」
覗き込んでくるキルマの相貌は、どこかうっとりとしている。
なんだか様子がおかしい。魔界桃鉄で僕が魔界キングボンビーに取り憑かれて大逆転されたときもこんなテンションの上がり方はしなかったはずだ。
「でも、そんなおちんちん、もうどこにも挿れられないんですよね。かわいそう」
言葉遣いは丁寧さを保っているがそれが罵倒なのは明らかだった。
悲しいことに、なぜかそんな風に言われると、わけのわからないぐらいに愚息が元気になってしまう。
なんだろう。何か怨みを買っていたのだろうか。あれほど忠実だったキルマが?
キルマは率直に言ってかなりレベルは低い。便利な魔法を使うが、肉体的には通常の人間と強さは大差無い。
かつての僕は魔王であったため超レベルが高く、ステータスも最高ランクだったのでちょっとセクハラしようとしてお尻を叩いたらその勢いで吹っ飛んで壁にめり込んでしまったのでセクシャルハラスメント兼過失致死になるところだった。
キルマが丈夫で助かった。
その後は加減してセクハラをしている。
あ、これ復讐されてもおかしくないな。
でも今まで甲斐甲斐しく尽くしてくれたわけだし、魔王さまー魔王さまーって子犬みたいになついてきたキルマにそんな兆候はまったくなかったと思う。
考えても答えは出ないので、話を戻そう。
とにかく僕はキルマの舌による……そう、愛撫に、すっかり勃起してしまっていた。
自分をまるごと食べてしまえそうな大きく暗いキルマの口腔を見せつけられながら、巨大ナメクジみたいな舌に素肌を撫でられて、恐ろしさと気持ちよさにこうなってしまうのは致し方無いと言える。
気持ちいい……気持ちいい、けど、こういうふうに一線を越えるのはだめなんじゃないのか?
僕とキルマはもうちょっとプラトニック……いや違うな、健全な感じで仲がいい感じがよかった。
ほのかに温かいキルマの吐息が僕を包んで……なんだか、意識がぼんやりとしてくる。
「もう、ちっちゃいのにえっちなんだからぁ……。ぼくが鎮めて差し上げますね❤」
ぷは、と僕を口から離すと、脇の下を指で挟んで持ち上げ……もう片方の手の指が、僕のその……陰茎をこすり始めた。
キルマの指は唾液で濡れてぬるぬるしていて、女性に挿れたらこんな感じなのかな、と思ってしまう。それぐらい気持ちよくて……。
「わ、魔王さま、腰振っちゃってる。自分からこすりつけて指ニーしてるっ。
ぼくの指がそんなに気持ちよかったんですか?
おしりもふりふりしてすっごくえっちですよぉ❤
あ、イッちゃいましたね。いっぱいどぴゅって出して……あれ? そんなにいっぱいでもないかな?
まあいいや……えへへ、魔王さまの子種、いただきまぁすっ❤」
キルマの大きな双つの瞳に見つめられ、実況されながら僕は果ててしまった。
キルマが魔界桃鉄をソロプレイしているのを見たことあるけど、一番弱いCPU相手に無双するのが楽しそうだったなぁ、なんて関係有るのかないのかいまいちわからないことをふいに思い出した。
そして……大きな指が、僕の出したものをすくいとって、舐めとってしまう。
指先にも満たない量だったけど、キルマはそれをなんだか幸せそうに嚥下する。
人の出す精液って、まずくないんだろうか。……それどころか、満たされた表情である。
……こんな顔、今までいっしょに過ごしてきて、見たことがない。
しばらく僕が呼びかけても恍惚としていたが、ハッと我に返ったようすで、手の上のぼくにごめんなさいと頭を下げる。ぶわさと髪の作る風に煽られた。
「そっその、すみませんっ。ちっちゃな魔王さまを見てたら、なんだかウキウキしちゃって」
「ウキウキってレベルか? ……ところで、キルマの種族ってなんだったっけ」
「え、淫魔ですけど」
い、淫魔かー。
「言ってませんでしたっけ? ぼく、そういう目的で側近に召し抱えられたのかと。なんか、メイド服まで着せられてるし」
書類の間違いだと思ってました。ごめんなさい。
そういえば、セクハラしたときも「もーっ」とか「えっちー」とか言ってたけど、それだけだった。
……今にして思えば、あれは本気で嫌がってたわけじゃないのか。
いや、壁に埋まるのは嫌だったろうけど。
「……その、ひょっとして、そういうの期待してた? ずっと?」
恐る恐る問うてみると、真っ赤な顔でキルマは首を縦に振った。その風に仰がれる。
ハの字眉毛を継続しながら、キルマはテーブルの上に僕を置き直す。
震える彼の睫毛の間から、握りこぶし大の涙のしずくがこぼれて、びしゃりと僕の手前に落ちて弾けた。
「今の魔王さま、僕にも逆らえない大きさで……すごく、玩具にしたくなっちゃったんです。
ごめんなさい。罰ならいくらでも受けます……」
「罰、ってねぇ」
うーん。結構キルマとは長い付き合いである。その間一番の好物を禁じられていたと考えると、その苦しみはわからないでもない。
かといって別の誰かで欲望を済ますのも、王の側近なわけだし、不敬に……なるのか? よくわからん。僕は気にしないけどね別に。
いいんじゃん、無罪で。
「別に怒ってないし、大したことをしたとは思ってないよ。
むしろ気付けなかったこっちに非があるし。
……ぼくにこういうことしてキルマが満足するなら、してもいいよ?
キルマにはお世話になったし、これからもなると思うから」
僕を見下ろすキルマが何度か瞬きした。
その言葉を理解できるように彼の中で組み立て直すのには少しの時間がいるようだった。
やがて彼が再び口を開いた。
「え、と、つまり――じゃあこれから魔王さまのこといじめていいんですか?
あんなこと、そんなこと、好き勝手やっちゃっていいんですか、魔王さまで!?」
ぎゅっと胸の前で握りこぶしを作り、興奮した様子でそうまくしたてる。つばが僕の近くに飛んできた。
……あんなことやそんなことって何?
キルマはきゃあきゃあ、とはしゃいだ様子で何度か内股でジャンプしている。
その度ずしんずしんとテーブルごと僕が揺らされてよろめき這いつくばってしまう。
何しろ城が飛び跳ねているようなものだ。
うっかりとテーブルから落ちないようにしなければ。
「あ、あ――うん。うん?」
「やったぁ~! 嬉しいです。魔王さま愛してますっ。
ああっ、もうこうしちゃいられない。いろいろ練習とか準備とかしないと!」
キルマはスキップしながら(ずしんずしん)部屋を出て行ってしまった。
なんだかすごく迂闊なことを言ってしまった気がする。
やれやれ、とため息。
「ま――なんとかなるだろう」
どうやら僕の戦いは始まってしまったばかりらしい。
ひょっとすればそれは勇者との戦いより長く険しいものとなるのだろう。
〈続くといいなぁ~〉