[killma 02.]
 


 魔界プレッツェル。
 筒状に焼いた生地にチョコの詰まったそれは、キルマの好物のひとつである。
 ぼくの好物でもある。

 魔王城一階にある魔界コンビニ(勇者もここで回復アイテムを買ったそうだ)で毎週のように買って食べていたら、キルマが物欲しそうな顔で視線を向けていたから、食べかけをあげたら大層喜んだのだ。
 その日以来、おやつの時間に二人で魔界プレッツェルを食べるのは日常となった。

 もっとも、一本の魔界プレッツェルよりも背丈が小さくなってしまった今では、さすがに一緒に食べることはできない。

「えへへ、ひとりじめー」

 ぼくはといえば近くのテーブルの上にしつらえられたテーブルでお茶を飲みおわったところだ。
 ミニチュアのティーセットである。残念ながらちょうどいい大きさの茶菓子はなかった。

 小さくなってからはキルマが用意してくれたミニチュアの家具を使って生活している。
 キルマは万一の時のために常にある程度近くにいなければいけないので、僕が魔王として使っていた調度を利用して生活している。
 完全に立場が逆になってしまっていたが、そこは僕は気にしない。
 誰も使わずに腐らせるぐらいなら、キルマに使ってもらったほうがよほどよい。

「本当はこんなんじゃ、お腹いっぱいにならないんですけどねぇ」

 ぱちり、とキルマがウィンクをする。
 僕は怪訝な顔をした。……そりゃ、そんな安っぽいおやつじゃ腹は膨れないだろう。何を当然のことを言っているんだろうか?
 まあ、キルマが妙なことを言うのは、いつものことだ。

 テーブルのすぐそばで、大きなキルマが買いだめしていた魔界プレッツェルをポリポリ食べていた。幸せそうにお菓子を頬張るその様子は、見ているこっちも幸せになってくる。
 僕の座るすぐ近くに、アラレみたいにプレッツェルの欠片が降ってこなければ。

「もっとお行儀よく食べて」

 あ、ごめんなさい、と申し訳無さそうに頭を下げるキルマ。
 テーブルの上に散らばったプレッツェルの破片を見つめて、掃除するでもなく何か考えている。
 そして僕のほうを改めて向く。

「あ、魔王さま。食べてもいいですよ。
 ちょうど食べやすい大きさじゃないですか?」
「いやそれ、君の食べかすだから」
「冗談ですよぉ」

 ちょっと残念そうな様子でおとなしく掃除し始める。
 ひょっとして食べて欲しかったのだろうか。
 確かに食べかすといえど、今の僕にはクッキーぐらいの大きさでちょうどいい。
 でもそこまで誇りを失ったわけじゃない。
 毅然とした態度で、未だ僕がキルマのご主人様であることをアピールしていかねば。

 ふとキルマを見上げると、その唇の左端近くに食べかすがくっついているのに気づく。
 それを指摘すると、キルマはどういうわけか僕を掌に乗せて――

「こっちですか? それともこっち?」
「うわっわっ」

 唇のすぐ前まで寄せて、左右に往復させはじめたのだ。
 頭がくらくらする。

「えっと、こっち」
「ありがとうございますっ」

 左のほうを指で示すと、唇が少し開き、大きな舌が覗いてこぶし大の食べかすをさらっていった。
 吐息が漏れ、僕にかかる。
 ……目の前の唇が、ひどく柔らかそうで、身を預けてしまいたくなる。
 淫魔の吐息には、人の気分をおかしくさせる作用がある。そう、キルマに教えてもらったばかりだ。

「あれ? どうしました、魔王さま」

 僕を手に乗せて小首をかしげるキルマ。
 わかっていてやっているのだ。きっと。
 なんでもないとぶんぶんと首を振れば、再び僕はテーブルの上へと戻される。
 危ない危ない。

「ねえ。キルマってその……やっぱり経験とかあるの?」

 ふいに思いついた疑問をぶつけられて、椅子に座ったままキルマがゆっくりと振り返る。
 最初は問われた意味がわからなかったようで無言で小さく首を傾げていた。
 それも少しして得心したように頷いて口を開く。

「ええ。前も、後ろも、でございますよ。きゃっ」

 顔を赤らめて頬を押さえる。相対的に大巨人となってしまったキルマだけど、こういう所作は相変わらず暖かなものを僕の胸にもたらしてくれる。
 問題は言葉の持つ意味と、その態度がまったく噛み合ってないってことなんだけど。

 キルマは清純で小動物そうなメイドの男の子なんだけど、実態は淫魔である。
 最近になってようやく知った。
 だから経験済みであっても驚くに値はしない。
 というか愚問であった。のだが。だが。が。

「……男も、女も、ってことでいいよね」
「もう、ずけずけとプライバシーに踏み込むのがお好きですね、魔王さまは。
 ええ、ええ、男の人に挿れられたことも、女の人に挿れたことも、
 男の人に挿れたことも、女の人に挿れられたこともございますよっ」

 デリカシーのなさを責めながら聞いてないことまでしゃべるのはどうなのか。
 寧ろ、根掘り葉掘り聞いてほしそうな雰囲気すらあった。

「そ、そうなんだ……キルマは大人なんだね」

 僕はプライドを持って童貞を維持しているので、誰それが卒業したとか誰それとやったみたいな話をされても、心乱されるつもりはなかった。ほんとだよ。魔王嘘つかない。
 けれど僕より幼い容姿をした、忠実な家来たるキルマが僕の先を行っているというのは、その。

 そんな僕の複雑な心境を見透かしたように、キルマはくすりと微笑んで、テーブルの上のぼくに掌を差し出す。
 そっと足を踏み出して、それに乗った。

 ゆっくりと足場が持ち上がり、テーブルの大地が離れていく。
 この何とも言えない頼りない感覚に、僕は親しみを覚えつつあった。
 周囲が暗くなる。もう片方の手をかざされたのだとすぐに分かった。
 覆いかぶさった指の腹が、僕の頭や背を慰めるように優しく撫でる。

 ……このまま押しつぶされてもおかしくないのに、なんだかすごく心地いい。
 こうして仔リスのように愛されるのが、魂に沿った自然なあり方だと錯覚してしまいそうになる。

「大丈夫ですよ。この間はあんなこと言いましたけど、いつでもその気になれば童貞はやめられますよ」
「でも相手が……」
「ピクシーとか」

 ピクシー。いわゆる妖精さんというやつである。モンスター扱いであり、魔界にも在住している。身長はおおよそ二十魔界センチ程度で、十魔界センチに満たない僕とでは大人と子供の差だが、性的交渉は不可能ではないだろう。

「それじゃなかったらスライムとかどうですか」
「えっ、いきなり選択肢が『魔王くん地獄のメスイキ調教~スライム編~』みたいな感じになったな」
「こぶりなサイズのやつは、玩具用ピクシーの膣洗浄とか腸洗浄に使われたりするんですよ。
 今の魔王さまならちょうどいいかなって思って」
「かなり顧客の求めるアレとズレてるんだけど」

 ――それから、次々と童貞捨てる先として使えそうなモンスターやらなんやらをキルマには教えてもらった。
 触手系モンスターに体を預けるのはちょっと趣味に合わなかったが、魔界の娼婦にミニマムをかけて連れてくる、という案は妥当に感じる。
 その気になれば童貞も(あと処女も)捨てる先には困らないということがわかった。
 もし体の大きさが戻らなくても、いつかはキルマに追いつけるのだ、

 ただ……せっかく取っておいたんだから、然るべきところで捨てたい。
 ほら、なんとかの指輪だってわざわざ火山の火口にまで行かないと捨てられなかったわけだし。
 魔王の童貞はそれぐらいの超重要アイテムである。それをすてるなんてとんでもない!

 けど、然るべきところとは、いったいなんなんのだろう。

「はぁ、結局、魔王さまは童貞捨てたいんですか? 捨てたくないんですか?
 大人になりたくないんですか? 永遠の少年ですか?」

 呆れた調子で僕を手に乗せてそんなことを言う。
 ……ううん。キルマが非童貞非処女だったからといって動揺していたけど、
 冷静に考えて、だからと言って僕も非童貞になる必要なんて無いのだ。

 ……でも、時々思う。
 人類とも停戦状態で、こうしてキルマと過ごす穏やかな微睡むような日々を、
 僕は永遠に続けていていいのだろうか。
 変化しないことは、死ぬことなんじゃないだろうか。
 魔王の役割とは、停滞の破壊で……僕はそれに真っ向から逆らっているんじゃないのか。
 ん? 何考えてるんだろう僕は。よくわからなくなってきた。

「それとも……」

 掌のリフトが下ろされる。
 椅子に腰を下ろしたキルマの、テーブルの影になる、ワンピースのスカート部分。
 そこに僕は置かれた。
 白いタイツに包まれた太ももが双つの岬となってテーブルの方向へと伸びている。


「――ぼくで、大人になりたい?」


 見上げたキルマの表情は、天井の照明が逆光となって、うかがい知ることができない。
 そして、僕の立つスカートの床――その中央が隆起して、足を取られて座り込んでしまう。
 ちょうどその盛り上がりにまたがるような姿勢で。

「大人にしてさしあげましょうか」

 つう、と天上から一筋の重たい唾液が落ちて、僕に浴びせられた。
 柑橘のものに似た甘い香りが立ち上るとともに、僕の衣服が音を立てて溶けていく――
 叫ぶが、僕の身体までが溶けることはない。淫魔の不思議な技だった。
 丸太のような指が僕の背中を押して、スカートに出来た盛り上がりに全身が押し付けられる。
 布越しにもそれが灼熱を持っているのが伝わってくる。

 勘の悪い僕だってこれがなんなのかはわかる。
 こんなにかわいいキルマは男なのだ。

「や、やっぱり、よくないよこんなのっ」
「そう。じゃあ、どいていいですよ。魔王さま」

 楽しそうな返事は、僕がここから逃げることなどできないとわかっているようだった。
 ただでさえ不安定なスカートの足場の上を、腰の抜かした僕がまともに歩けるはずがない。
 何より、キルマの熱源と僕の熱源が接着されて同じのものになってしまったかのように動かないのだ。

 がくり、と世界が揺れる。キルマが腰を浮かせたのだ。
 僕は突き上げられるような格好になり、落とされないように必死に盛り上がりにしがみつく。
 隆起の仰角が増し、スカートにくっきりと卑猥な傘のシルエットが浮かび上がる。
 そのシルエットの先端に目の前で染みができて、青臭さが漂い始めた。
 嫌悪すべきそれは、キルマの情欲の顕れと考えると、ひどく芳しい……。

 楽しそうな笑い声。キルマのものだ。

「そこ、そんなに気に入ったの? 小人くん。
 かたち? それともにおい?」

 視線が高くなる。今度はキルマが椅子から立ち上がったようだった。
 スカートの布地を掴みぶら下がるその姿は客観的に見ればひどく滑稽だろう。
 両脚の動きに巻き込まれてすり潰されないかひやひやした。

 やがてキルマは大きなベッドの前で歩みを止め、ワンピースのスカートに僕をぶらさげたままベッドの上に膝立ちになって、くすりと笑う。

「魔王さま、虫さんみたーい」

 あたりが影に包まれる。ゆっくりと、キルマが身体をベッドに倒し始めた。
 離れるタイミングを失った僕も、スカートにくっついたままベッドの大地に近づいていく。

「悪い虫さんは、ぼくが退治しちゃいまぁす」

 いや、ちょっと待って。

 ずしぃ。

 抗議する間もなく、僕の身体は――ベッドとキルマの股の間に、挟み潰されて死んだ。
 デデーン。MAOU DIED。
 と思ったら死んでなかった。ゲームオーバー画面にもならない。よかったー。

 照明の光がキルマの下半身で遮られて、僕のいるここは完全な暗闇だ。
 魔王用最高級のマットレスは呆れるほどに柔らかかったために、僕はぺちゃんこにならずそこに沈み込むだけで済んでいるのだろう。
 しかし、まったく身動きが取れない。何かの間違いでさらに力がかかったら、本当にMAOU DIEDしてしまう可能性はあった。

「キルマぁ! どいてー! ここから出してー! 潰れちゃう!」

 あらん限りの力で叫ぶ。
 しかしキルマはどいてくれるどころか、切なげな喘ぎ声を上げて、さらに僕への圧迫を強めた。
 敏感な場所で大声を上げてしまったばっかりに感じてしまったらしい。

「ぐえええ!」

 骨がきしむ音が聞こえた。
 キルマの下半身のもたらす熱と、布越しのオスの匂いが余計に強まり、狭い空間に充満して頭がおかしくなりそうになる。

「えへへぇ❤
 直に触らせてあげるには、ちょっと早いけど……
 これなら、ぼくのものの形も、においも、楽しめるでしょ❤」

 キルマとしてはコレはサービスのつもりらしい。
 布越しに硬さを増した先端部分が、仰向け状態の僕の顔面をぐりぐりと押さえつける。
 僕の頭よりも大きい……。
 ええと、これは顔面騎乗? いやそんなものじゃ断じて無い。
 キルマの床オナに巻き込まれているだけだ。

「あ、魔王さまのがぁっ、ぼくのにあたってるぅ❤
 よかったぁ、はぁっ、こういうのお好きなんですねぇ……❤
 いいですよぉ、いっしょにぴゅっぴゅ、しちゃいましょうねぇ……っ❤」

 ごりっ、ごりっ。
 僕の身体の凹凸を削り取ろうかという勢いで、キルマの膨らみがなすりつけられる。
 大きくなったその膨らみと、息が荒くとぎれとぎれの声が、キルマの昂ぶりっぷりを教えてくれる。

「あ、ああっ、キルマ、キルマっ」

 彼の言葉通り、僕はこんな状況で、しっかり勃起してしまっていた。
 こんなに暗くて、狭くて、におって、苦しいのに。
 死にそうな状況になっていることも、いやそれすら興奮を掻き立てる。
 もっと気持ちよくなりたくて、キルマに僕の存在を感じてもらいたくて、身体をやみくもに動かす。

「ふぁあ❤ 魔王さまっ❤ ちっちゃい魔王さまが動いてるっ、――っ❤」

 ほどなくして、僕は果て、熱い排出液をキルマの服にこびりつかせる。
 キルマのこぼす食べかすと、どっちが質量があっただろうか。
 それとほぼ同時に、僕のものではない栗の花の匂いが爆発的に強まり、僕を押さえつけていたものが暴力的に脈打つのが、薄らいでいく意識の中わかった。

 * * *

「まあ、やっぱり魔王さまは童貞のほうがいいですよ」

 目覚めた僕にキルマはあっけらかんと言った。
 キルマはベッドにうつ伏せに寝転んでいて、その巨大な顔の前にいるのが僕だ。
 あれだけしておいて勝手なものである。

 今回はキルマの欲望のはけ口にされただけである。まあいいんだけど。
 ……僕も興奮してしまったし。「濡れたら和姦」という名台詞を知らないのかよ。

 このサイズ差があるかぎり、ぼくがキルマで童貞(処女)を失うことはできないだろう。
 先ほどのあれを性交渉と読んでいいのかは、結構怪しい。
 それを悲しむ気配は、キルマにはなかった。

「だってそのほうが、カワイイもの」

 掌に乗せられて、持ち上げられて、顔全体を柔らかい感触が包み込んだ。
 その幸せな感覚に吸い込まれるようにして――まるで誘眠の呪文をかけられたように、ふたたび暗黒へと僕は誘われていった。

 この時暗くて狭くて暑くて臭うところで射精してしまったことが後に大変な事態へと誘うのだが、それはまた別の話だ。



〈続くといいなぁ~〉