[killma 04.]



 その時僕とキルマは魔界マリオカートをしていた。

 魔界スーファミを繋いだ魔界テレビの前、ふたりしてクッションに座って楽しくゲームである。
 もっとも僕はクッションに座るというよりはちょこんと乗っけられて、という感じだが。

「わーい、またぼく勝っちゃいましたよぉ」
「こんなふうに結果の分かってる勝負に勝ち続けて、楽しい?」
「はいっ、楽しいです! すっごく!」

 まるでひまわりのような笑顔でキルマはそう言った。
 キルマはいい子である。

 今のところ僕はキルマに魔界マリカで三十連敗を喫しているのだが、何が悪いかというとコントローラである。
 僕はキルマと同じコントローラを使わされているのだ。そう、サイズが同じのものを。
 両腕を精一杯広げても全部のボタンに届かない、そんな状況でまともにレースゲームなどできるはずもない。
 もはや勝負にもなってないのだが、キルマは実に楽しそうに僕の魔界ヨッシーを追い抜いていく。
 いやこれ無理ゲーでしょ。

「これ僕の大きさに合わせたコントローラはないの?」
「ありますけど」

 キルマはどこからともなく用意した僕サイズのコントローラを僕に差し出した。あるんかい。
 言いたいことはいろいろあるがこれで鬼に金棒、魔王にコントローラだ。

「ククク……僕の本気を見るがいい!」
「あ、じゃあ魔王さまはここで」

 キルマが僕をつまみ上げ、クッションに座る両脚の間へと移動させた。
 後ろを向けばワンピースのスカートの中身が丸見え、という位置である。

「それじゃあ次のレース始めますよ」
「えっ、ちょっと待って、これ全然集中できねんへんけど」
 
 そんな風にぎゃあぎゃあ喚きながらまたしても僕が周回遅れの負けを喫しようとしていた時。
 魔界の月がひれ伏し、おぞましき人界の太陽が昇る。
 それは黙示録に語られたる、人類最後の希望の現れる兆し。
 因果変転の剣〈ネクサス〉を背負う混沌の御子。
 人はそれを単にこう呼ぶ――勇者、と。

「やあ、遊びに来たよ、魔王ベレムフェムト。アポもなしで!」

 聖剣携えし勇者がバ――――ンと魔王ルームのドアを開けて入ってきた。
 魔王城のセキュリティどうなってんだ、と憤りかけるがしかたない。
 僕が勇者に敗北した今、事実上勇者より強い存在はこの魔王城にはいないのだ。
 そんな存在相手にセキュリティもクソもない。

「あ――ッ勇者ァ!!」

 これはキルマの叫びだ。かなり驚いて口をパクパクさせている。

「やあ。勇者だよ。
 ワハハハハ相変わらず男の子メイドといちゃいちゃちゅっちゅしているようだな。羨ましい。死ね!
 あ、殺しちゃダメだったわ。今の無しで。死なない程度に爆発しろ!」
「あーもう僕に対して無茶振りをする相手はキルマだけで結構なんだけどなー。キルマ、お茶出して、お茶」
「うぇぇー」

 僕をエプロンのポケットに入れて、すごく嫌そうな顔でお茶の準備をしはじめるキルマ。
 まあキルマが勇者のことを毛嫌いするのは仕方ないだろう。
 寧ろ僕が魔王として期待される矜持がなさすぎるのかもしれない。

「わかっているとは思うがメイドくん、私にうかつな手を出そうものなら魔王は大変なことになるぞ」

 本来を考えれば脅しをかける対象は逆ではないのか?
 ともあれ、キルマは歯ぎしりしながらも勇者をなんとかしようとはしなかった。
 僕としても、穏便にこの面会が終わるならそれに越したことはない。

 * * *

 勇者クリムト。一言で言えば美少女である。
 程よく日に焼けた肌、鼻筋は通り、ぱっちりとした吊り目の勝ち気そうな出で立ち。
 背丈はキルマよりは少し高い程度。
 紺色の衣装、漆黒の髪というライトサイドの戦士にはそぐわなさそうな配色。
 これだけならまだただの幼い少女だが、金に輝く頭部のサークレットと腰のベルトに剥いた聖剣が、彼女が異常存在であることを教える。
 木漏れ日のような温もりを想起させる容貌のキルマに対し、鮮烈な暁光を思わせる覇気があった。

 それと発育がいい。乳と胸と尻がある。背がそれほど高くないせいでなおさらそう見える。

「どうだいベレムフェムト、最近の調子は」

 テーブルについて魔界ティーを我が物顔ですすりながら、長年の付き合いのような顔で僕と世間話を始めようとする勇者。
 同席するキルマは相変わらず苦い顔だ。
 僕はテーブルの上で僕サイズのカップでティーを飲んでいる。

「勇者のおかげで毎日キルマにいじくりまわされる日々を送れているよ。
 ところでベレムフェムトっていう呼び方しっくりこないから魔王でいい」
「そうかベレムフェムト息災らしく安心したよ。
 ところでおちんちんで満足しているのか? おっぱいも触るか?」
「人の話をブッ」

 むぎゅ!
 あろうことかこいつは話の途中でおもむろに僕をつまみ上げ、その、おっぱいに押し付けてきたのだ。
 あー、硬すぎず柔らかすぎない小人にも優しい感触ー。
 これはいくらかわいくともキルマでは味わえない甘美なものである。
 ふいにキルマのほうを見たら魔界般若みたいな表情になりながら真っ赤な可視のオーラを出していたので緩んだ表情をキッと整えた。

「うぁぁ……勇者! お前は僕におっぱいを押し付けるためだけに……ぅぅ……来たのか?」
「おっぱいにベレムフェムトを押し付けるの間違いじゃない? そうだけど」
「おっぱいに僕を押し付けるためだけに!?」
「ああ、もっとして欲しいのか、なるほど」

 勇者は紺色の上着の襟元をくつろげさせる。白いレースのブラがのぞいた。
 そこに僕を突っ込んで……その……挟んだのだ。
 むぎゅ。
 勇者の胸は、一般的な比率で考えても結構ある。
 なんとも言えない、甘酸っぱい香り。女子特有のものだろうか、キルマのものとは違う。
 眠気すら催すような、暖かな感覚……。

「魔王さま」
「……なんだい、キルマ」
「あとで罰を」
「その表紙が真っ黒のノート何? 僕、始めて見たんですけど」
「ふふっ」

 かなり怒らせてしまったらしい。ごめんて。

 * * *

 結局勇者は僕を指で撫で回したりおっぱいサンドしたり本当にそれぐらいで帰っていった。
 心配で様子を見に来ただけなのだろうか。おかんかお前は。
 第一、この状況は勇者のせいで作りだされたものだと言うのに、なぜ気を配るのか。
 ただただ身勝手なだけなのかもしれないが。

「おっぱいぐらいでデレデレしないでくださいます?」
「そうは言うけど、最近ほら、おっぱいとかご無沙汰だったし。
 キルマには僕を挟める柔らかい癒やしの部位なんてないだろう?」

 キルマは相変わらずプリプリ怒っているが男としておっぱいにドキドキしてしまうのはしょうがない(魔界ポリティカル・コレクトネスに反するコメントである)。
 水が上から下に流れるようなものだ。摂理である。

「魔王さまは、やっぱり……おっぱいがあって、おちんちんの無い子が好きなんですか?」

 掌に乗せられて、いじけたようなキルマの顔が至近に近づく。
 ううん。正しいことを言うだけでは、キルマは納得してくれないようだ。
 それにしても、淫魔でも自分の性別を変えることはできないのだろうか。
 さすがにそこまで都合良くはないということか?

「それとこれとは別だよ。キルマはキルマだし……」
「ふんだ。魔王さまは、男の子に興奮する変態なんですよ?
 今更女の子に欲情しちゃダメです」

 僕の身体が今度は下へ――テーブルの下、キルマの太ももの間へと降ろされる。
 つまりはスカートの中身がしっかり見せつけられる位置だ。

 キルマの装いは少女のものとほとんど変わりない。
 だが、これを見て彼を少女だと勘違いするものはいないだろう。
 スカートの幌の奥、ももいろのショーツの壁。
 柱が埋め込まれているような布の盛り上がりがあった。
 それはただの柱ではなく時折悶えるようにぎちぎちと布を鳴らしてうごめいている。
 その盛り上がりから類推される、隠されたものの全長は僕の背丈を軽く超えている。

「ほら。さわってもいいですよ」

 夢遊病患者のように、灯りに誘われる蛾のように、僕は椅子の床の上をふらふらと前進する。
 布地の盛り上がりへと向かって。
 目が離せないのだ。なんらかの魔法にかかっているのかもしれなかった。

〈良いか、ベレムフェムト〉

 勇者の声がよみがえる。それは助言であった。

〈ベレムフェムト、お前は絶えずあのメイドを愛し続けろ。
 忘れるな。それがベレムフェムト、唯一絶対の使命なのだ。
 けして変わってはいけない〉

 勇者は不変たれ、と僕に言った。
 なぜ、仇敵のアドバイスを真に受けなければならないのだろうか?
 しかしそれは決して聞き流してはいけないもののように、何故か、思えた。

 遮っていたものが取り払われる。
 赤熱した生物が胴体を見せていた。

 無論それは生物などではなく、少年の一器官でしかないことを知っている。
 外界から隔離されたこの空間で、それは獲物を見つけた肉食獣のごとく、僕に対峙する。

「……魔王さま。ぼく、魔王さまのことを考えると、こんなになっちゃって……。
 へんたい、ですよね」

 キルマの震える声が何重ものレイヤー越しに響き渡る。

 グロテスクですらあるはずの肉塊が、ひどく蠱惑的に映って。
 歓喜に満ちた、生臭い欲望に閉じ込められる。
 僕は怒り狂ってそれを絞め上げた。舌を噛みそうな振動。熱が直に伝わり、互いの実在を教え合った。
 常軌を逸した状況が、僕の思考を彼方へと旅立たせる。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 白く重い花びらが散り、僕を飾った。

 使命でも、宿命でもない。
 僕は、僕が、キルマが好きだという気持ちは本当のはずなのだから。
 少なくとも僕はそうであれと願った。



〈続くといいなぁ~〉