※魔法少女シルキーホワイトの使い魔の続編です。
 暗黒のなかにいる。
 重たい布の幕が天井のように広がっていて、その裾から光が差し込んでくる。
 蒸し暑かった。
 自分が乗せられている大きな生き物の肉体が放つ熱が、分厚い天幕に閉じ込められて逃げないのだ。
 何度も射精した。すべすべのお腹は、気持ちがよかった。それが今自分をこの酷暑の空間に閉じ込めているものの命ずるところだったから。彼女の顔が見えないのは、罪悪感を薄れさせた。それでも、その存在だけで自分を悶えさせ、苦しめている彼女は満足しない。
 本当は、分かっている。床で自慰をするように、学校のグラウンドのように広い桜色の平原の上で、何度も致してもダメなのだ。ではどこですればいいのか。わかっている。ある方向の斜面を見た。そこに顕となっているもの。でも、自分から近づくのは、どうしても出来なかった。
 罪悪感もあったし、なにより、恐ろしかった。

「ねえ。ムグリさん……ぜんぜん、魔力、きてないんですけど……」

 ゆっくりと光が差し込んでくる。天幕を巨大な手が持ち上げていた。ムグリなど簡単に握りつぶせてしまいそうな、大きな手。恐ろしく、力強く、しかしぷにぷにとした肌。
 淡い髪の色をした、大人の階段に足をかけてもいない、ランドセルが似合う少女。かぶっていた布団を持ち上げ、着ているパジャマをすこしずらし、お腹の上にいる小さい生き物──自分を見下ろしている。

 遠くで雷鳴のような音が鳴って、風がうなりをあげた。
 少女の部屋の扉が、ノックなしに開かれたのだ。

「ねえ、フラン。誰かいるの?」
「ななななななんでもないのですっ!」

 バサーッと布団をかぶりなおして、小人を隠す。フランの母親の来襲だった。

「ひとりで遊ぶのもいいけど、夜はちゃんと寝なさいね」

 娘のことを信頼しているのだろう。それ以上はなにもなく、扉が閉じられる。去っていく気配。
 ふう、と安堵にため息をつく。
 自分自身が淫らなことをしているわけではないにせよ、見られてはいけないことだし、やっぱり悪いことだったから。
 布団の上から大きな手で押し付けられたムグリは息ができなくて気絶した。
 
 * * *

 黒滝(くろたき)ノエの居所は古めかしい屋敷だった。いわゆるお嬢様というものなのだろう。白江(しろえ)フランの家も裕福な家庭ではあったが、これにはかなわない。

「はわわ……窓は細長いし壁も真っ白なのです」
「はやくなさい」
「は、はいっ」

 ノエに続いて庭の飛び石を跳ねるようにして歩いて、屋敷の中に入っていく。お手伝いさんに会釈をしながら、案内されたのは、ノエの私室だった。
 天井は高く、教室のように広い。ホテルのロビーのように、観葉植物やソファがいくつも置かれている。ロビーでも応接間でもないことを示すように、隅には大きなベッドが置かれていた。一方で大きな窓を覆うカーテンは締め切られていて薄暗い。
 フランはちょっと胸が高鳴っていた。憧れの中学生の先輩。空気からして、どこか違う気がする。高貴な……それでいて退廃的な香り。気持ちが昂ぶって、座り心地のいいソファでお尻を跳ねさせてはしゃいでしまう。

「うわ~」
「遊んでいないで。フェアリーガールズとしての鍛錬を始めるよ。
 そのために来たんでしょう」
「はあいっ」

 でも、憧れのひとの自宅に招かれるというシチュエーションなのに、どうしようもない異物がある。

「それにあんまり飛び跳ねてると、その子が大変だよ。かごの中なんかに入れられてるんだから」
「あっ、ご、ごめんなさいなのです。ムグリさんっ」

 それは今、小脇に抱えている虫かごだった。本当はもっと別の運び方をするのだが、まだ慣れていないということで多目に見てもらっている。中に入っているのは鈴虫でもカブトムシでもなく、小さな人間だ。名前を青浜(あおはま)ムグリという。普通の大学生のはずだったが、少女たちに騙されてその体を虫のように縮められて、奉仕者として尽くすことを強制されている。
 縮めた本人であるフランに厄介に思われていることは察しているようで、二人が歓談している間、ムグリは所在なさげに虫かごの中にしつらえられたクッションにしがみついて時が過ぎるのを待っていた。かごの中は歩く度に揺れるので、寝ることすらもままならない。歩かれるだけでも揺れるのに、抱えられたまま体を揺らされたらどうなるか、推して知るべしである。
 くらくらしているムグリに何度も謝ってから、フランはテーブルの上にムグリ入りのかごを置いた。

 フランをたしなめると、部屋の奥へと向かっていく。奥の棚から取り出してきたのは、いくつもの透明なアクリルの虫かご……飼育ケースと、ピルケースだった。虫かごにはそれぞれに付箋が貼られていて、いつごろから使用されているのかを示す年月日が記されていた。少数、数年前の日付があるが、殆どが数日から数ヶ月以内のようだ。
 フランが虫かごに顔を近づけてみると、中に閉じ込められているものが見えた。
 小さくうごめく数センチ程度の生き物。虫……ではなくて、肌色の手足を持っている。彼らの視界が、アクリル越しに接近するフランの顔に覆われれば、何匹何十匹と集まって小さな手で壁面を叩いて何事かを訴える。声はアクリルに遮断されて届きはしない。

「す、すごいこんなに……。
 これ、ほんとうにみんな人間なのです……?」
「あら。虫に見える? 虫みたいだけど、ちゃんと人間だよ」

 裸体でうぞうぞと群がり、生々しくうごめく姿は、ふつうの虫よりも有機的で気持ち悪い。思わず爪先で壁面越しにとんと揺らすと、そんなに強く触れたつもりもないのに、虫かごの中は大騒ぎになって小人どもはちりぢりに散っていく。クラスで飼っていた金魚の水槽のようだったけれども、そんなに可愛らしい光景ではなかった。

「叩き潰したくなってきた?」

 フランの渋面を見たノエが、愉快そうに口にする。フランは首をぶんぶんと振って否定する。いくら小さくたって、気持ち悪くたって、虫みたいに殺してしまうなんて、そんなことは認められるべきではない。

「でも、簡単に潰せちゃいそうだよ。ほら」

 ノエがフランの手首をつかんで、掌を広げさせて、壁面にくっつけさせて小人と背くらべをさせたり、蓋に乗せてみたり。小さな虫かごの床は、ギリギリフランの小さな掌が収まる程度のものだった。

「こいつらにとってはこの虫かごが、ちょうど今わたしたちがいるお部屋ぐらいに広いの。想像してみて。そんな大きな手が降ってくるのを。ほんの小さな、女の子の手のはずなのにね」

 フランは思わず天井を見上げた。シーリングランプやモールディングを砕きながら、天井と同等の広さの、大質量の物体が降ってくる。ふつうの人間なら、平べったい血肉のシミになってしまうだろう。じっとりと、嫌な汗をかいていた。横断歩道の黒いところが本当に溶岩になっていたと明かされても、こんなに怖い気持ちにはならないだろう。

「……というか、こんなに小人……ピクシーがいるなら、フランがわざわざ、誰かを小さくする必要なんて……なかったんじゃないのです?」
「あなたが誰かの自由をたしかに奪った、というのが重要なの。それに、予備って必要なんだよね」
「予備……」
「いざというとき他の子に分けてあげたりとか。間違って潰しちゃったりとか」
「……」

 やっぱり、死ぬんだ。表情がますます沈鬱になる。
 さっきの面白がっている様子から、ノエせんぱいは、遊び半分で潰したりしているのではないだろうか、という失敬な想像をしてしまう。

「あと、手軽にブーストしたいときとかね。こういうふうに」

 と言って、最近の日付の付箋が貼られた虫かごの一つを開けて、ひとりの小人をつまみ上げる。フランが持っているのと同じ、若い男──といっても、ノエの倍の歳は生きているだろう──だった。じたばたと暴れているが、ノエの指から脱出することは出来ない。きぃきぃとなにか喚いているようにも見えるが、うまく聞き取ることができない。かごの中に取り残された小人たちも、アクリルの壁を叩いてなにか叫んでいる。きっと、仲間が連れ去られたことに抗議しているのだろう。

「調教が済んでないの。だからこんな風にいうことを聞かない……」

 ま、関係ないけどね、と付け加えると。
 口元まで持ち上げて、ゆっくりと唇を開く。吐息が彼の体を撫でたかと思うと、ぽい、と指から放るようにして舌の上に乗せてしまう。唇が閉じられる。もご、もごと頬が動いた。
 こくん、と喉が動き、何かが通り過ぎていく。

「こんな風に」

 次に口を開いたときには、そこには小人はいなかった。

「え? なんで」

 手品のように。そんなことはない。魔法なんて使っていないしトリックもない。
 
「なんで、って……」

 食べたからだけど。こともなげにそう答えるノエに、フランは何度も瞬きをした。
 食べた、って食べたって意味? ひとりの人間だったものを? 生きながら。その存在を、消してしまったの?

「要は精気や血肉を摂取できればいいの。効率は悪いけどね。ひとりまるごと消費するのに、射精させるのと得られる量は変わらないし……」

 かごへと向き直る。わざとらしく口を開けて、誰も居ないことを確認させるようにしていた。

「ふふ。どうしたの? ずいぶん静かになっちゃったね」

 虫かごの中は静まり返っていた。フランと同じように、現象を自分の中で処理できていないものも多く含まれていた。

「と、まあこんなふうにね。見せしめにもなる、っていうわけ」
「…………」

 ノエはムグリ入りのかごを手にし、もう片方の手で固まっているフランの手を引くと、自室に鎮座するベッドへと案内した。広くて白いシーツの上、制服のままの二人が軽い音を立てて座り込む。

「じゃ、調教を始めようか」
「うう……」
「イヤ?」

 虫かごをひっくり返す。ムグリがぼてっと落ちて、二人の広がった脚の間に転がった。
 先程の一部始終は、もちろんムグリにも見えていた。

「調教できないと、魔力が補充できないから、その間はさっきみたいにピクシーをお腹の中に入れてもらうことになるけど……」
「そ、それは、嫌なのです」

 声を震わせながらもはっきりと拒絶した。遠回しに言われても、やはりそれはフランにとって人間を食い殺すのと変わりない。

「小人のほうは嫌じゃないかもしれないよ。わたしたちみたいなかわいい魔法少女の血肉になれるなら、むしろ歓迎でしょ」
「え、ええ……?」
「試しにやってみる?」
「え」

 ノエがムグリを拾い上げて、うろたえるフランの口元に近づける。

「ね、どんな眺め?」

 小人からは近すぎて、小ぶりな鼻や淡い色の唇とその周囲しか視界に入らない。
 緊張に唇がわななく様子がいやに生々しい。
 呼吸が乱れて、唇が開くと、生暖かい風が小人の顔を撫でた。

「あっ、わ、わっ」

 慌て、詰まった声ですら、耳を貫く音響となって小人の頭を揺らす。かすかに開いた唇の隙間ですら、入り込めそうなほどだった。光の差さない洞窟が、小人を覗き込んでいる。

「……それが嫌なら、きちんと調教なさい」

 小人の頭越しに、もうひとつの唇がささやく。ふたつの吐息に挟まれて、小人の体も揺れる。なにかの拍子に、その小さな体が自分の口の中に入り込むのではないかと思うと、フランの身体からこわばりが抜けることはない。
 ノエの言葉に小さくうなずいて、彼女の手からそれを受け取ると、座り込む自分の近くに置く。
 肌触りのいいシーツ、あこがれの人、狭間でうろたえる小人だけが異物のように感じられた。余計だ、なんて思ってはいけない。望まず縮められた彼だって生きているのだから。

「……ノエせんぱい、すなおに、言っていいですか?」
「なに? いいよ」
「……どうして、そこまでその……ピクシーに、ひどいことが、できるんですか?」
「へえ。わたしが残酷で冷酷、って言いたいの?」

 腹を立てるというよりは面白がっているようなノエの声色に、ち、違うのです! とフランは慌ててかぶりを振る。

「ごめんなさい。ただ……フランには、そういうの、できそうになくて。
 どうすれば、できるのかな、って。知りたかった、のです」
「あはは。別に、怒ってるわけじゃないよ。
 でも、わたしは残酷なんかじゃない。
 こいつらが、わたしを残酷にしたの。いわば、こいつらがわたしを調教したとも言えるかな……」
「……?」

 首をかしげ、意味をつかみかねるフランに、ま、それはともかく、とノエは言う。

「甘やかしてばかりいると、後悔するよ。覚えてる? この間、雨で川が増水したときのこと」
「はい。猫ちゃんが流されて、泳げなくて、それで……」
「たまたま、わたしがいて良かったけど。そうじゃないときは、あなたの魔力でなんとかするしかないんだよ」

 たぶん言われていることはまちがってない。
 クラスのみんな。お母さんやお父さん。かわいい猫ちゃんやわんちゃん。おいしいコロッケを揚げてくれるお肉屋の人。大事にしたいものはいくらでもある。もちろんノエせんぱいだってそう。わたしに力がなければ、知られないうちにいくつもが失われていく。手からこぼれ落ちていくものは、意識が向けられないだけでいくらでもあるのだ。だから、自分ががんばらなくては……

「いや、ぼくの今の境遇の方が、よっぽどかわいそうでしょ。その猫ちゃんよりも」

 ムグリが美しいふたつの巨像の足元であげた声は、届かなかったかのように天へと通り抜けていった。視界には間違いなく入っているし、声も聞こえているはずなのに、存在していないかのようにみなされていた。
 
「それじゃ、始めようか」

 ムグリの頭上、風に吹かれた雑木林の立てる梢の音のような、衣擦れの音が響いた。
 衣服を緩め、スカートを下ろし、下着も脛までずらして。間接照明に照らされた、二人の白い肌が、夜空に浮かぶ星座のように輝いて見えた。
 荘厳にして美しいその姿に、しかし生々しい気配が同居している。先程のやりとりで、ふたりともいささか興奮したのか、素肌からは熱が発されていて、少し離れているはずの小人にも、その放射が感じられた。
 ふたりとも、ムグリにとっては“小さな女の子”に違いなかったけれども、こうして女性の部分を比べるように見せつけられると、やはり、成熟が違うというのがいやでもわかる。

「こうするの」と、ノエが虫かごからまた一人、ピクシーを取り出して、さらされっぱなしの秘密の場所にあてがう。ムグリのように身体がすっかり指の下に隠れてしまうほどの小ささの彼は、本気で嫌がってもがいている。

「あんなので、ほんとに射精するの?」

 自分があれと同じ境遇だという現実から逃避しつつの、ムグリのコメント。

「ほら、フランもやってみて」
「あ、はい。えと、いいですか? ムグリさん」
「ぼくに訊くなよ……」

 苦笑してしまう。一応、まだ自分の意思を尊重しようという気持ちはあるらしい。

「大丈夫だよ。嫌なら自分の力で抜け出せるはずだから。わたしたちと違って、大人だもんね、ムグリさん?」
「……というわけで、今から、えっと、そうしますので。ごめんなさい」

 全然そんなこと信じてないだろとツッコミたくなったが、結局こういう会話というのはある種の儀式なのだ。少しでも罪悪感を逃すための。食事する前に「いただきます」と述べるように。

 影が迫ってきたかと思えば。自分の脚はあっけなくシーツから離れていく。空中浮遊という語に含まれる牧歌的な雰囲気はどこにもない。クレーンで吊り下げられるコンテナはこんな気分なんだろう。あたたかそうな桜色の素肌が、迫ってくる。おおきな指の腹で押し付けられる。実家にあるたくさんの布団の下に潜った時よりもひどい圧力だった。

「えい、えい、えいっ。なのですっ」

 断続的な力で肌と肌の間で圧迫されては、息を吸わせるためだろう、数秒の間引き剥がされる。空気とともに、独特なにおいが入り込んでくる。何度嗅がされても慣れはしない。未成熟な少女の、淫靡なところのない、ただ汗だけの体臭。ありていに言ってしまえば、臭い。

「ん、ん、ふう……ムグリさん……嫌なのです? 嫌なら言ってほしいのです。力、加減するのです……」

 フランは、でもやめるわけにはいかないのです、と内心で付け足した。

「もしくは……どうしたら出してくれるか……教えてほしいのです」

 こんなこと、あまり長い時間やっていたくなかった。ずっと年上の男を自分の大事なところにくっつけてこんなことを続けるのもいやだし、向こうだっていやだろう。全然抵抗を感じないから、嫌がっているのか満足してるのかも、不明瞭だ。
 行為を止めて、しゃべるだけの余裕を整えてやってから、問うてみたが、向こうは答える様子がなかった。

「もう殺しちゃったら?」
「の、ノエせんぱいっ」
「冗談。……知ってる? 男って、死にかけてるほうがむしろ元気になるの」
「ど、どういうことなのです?」
「生存本能がどうのこうので……まあ、とにかく痛めつけてみるといいよ。わかるか」
「……? はい……」

 頭上でとんでもない相談がなされている。フランの問いにムグリが答えられなかったのは、別に意地悪がしたかったわけではない。自分を苦しめている巨大な存在に、うまく言葉を返すこともできないほど、迫力を感じていたからだ。

「わたしはもう終わっちゃった」

 そう笑うノエの方向からは、なんとも言えない香りが漂ってくる。汗と、汗でない分泌物。潮風に、はちみつが混ざったような、生きた香り。フランのような“子供”とは違う。つるつるのフランとは違って、薄っすらと下生えがあるのも見えた。着実に、大人の階段を登っているのだ。

「さっき、猫ちゃんよりも自分のほうが価値がある、みたいなナマイキなこと言ってたじゃない。おしおきするつもりで、やってみたら?」
「ううん……。とにかく、やってみるのです……」

 文句を言いたかった。でも、それで状況が良い方向に進むかというと、全然そんな気はしない。むしろ悪くなりそうな気がしていた。
 再び、汗に湿った肌に押し付けられる。緩やかにカーブを描く斜面の角度を、全身で覚えてしまいそうになる。何度も押し付けられているうちに、ここは女性器の外側であることがわかってきた。ムグリも童貞なので異性の性器について詳しいわけではないが。ぷっくりとした幼女の盛り上がりの頂点からは遠かった。度重なる行為にフランなりの興奮があるのか、ひくひくと昆虫の口のようにうごめいているのが見えて、不気味だった。

「……えい、えいっ!」

 今度の押し付けは、さっきまでとは一線を隠していた。背中に、硬いものが押し当てられている。丸っこくてかわいい、フランの爪。拷問具のように、肌に食い込んでいた。

「っ、あ」
「えい、えい、えいっ、ムグリさん、出して、出してっ」

 焦りのある声をBGMに、行為の単位が繰り返される。そのたびに、爪がムグリを戒めた。こどもの爪と言えど、小人にとって、湾曲した刀のようなものだった。必死に息を吸って痛みを和らげると、フランとノエの香りが混ざりあったものが入ってくる。

(ち、ちぎれ、ちぎれちゃう)
「こ、このっ、はやく、はやく出すのですっ!」
「…………っ!」

 焦った声が命令するような響きになると同時に、ムグリの身体は痙攣した。フランも、指の腹の下に、それをつぶさに感じ取る。そうして、責めるために加えられていた力も弱まった。
 指が乗せられたまま、呼吸を整える。安心していいのか、暗澹とした気持ちになればいいのか、わからなかった。

 * * *

「ムグリさん、まじめにやってほしいのです」

 ノエの家をあとにして、フランの家、彼女の私室に戻ってから外に出され──そのあとの“自主練”のあと、告げられたのは、そんな言葉だった。じっとりと見下されているが、時折あたりを気にするような素振りを見せた。カーテンも締め切られている。恥ずかしいことをしている自覚があるのもそうだし、小人の男を世話しているところを誰かに見られることを恐れているのだろう。

「まじめにやって、って言われても」

 フランの机の上、消しゴムのように置かれて、ムグリはうつむく。冷静に自分にふりかかったこと、自分のしてしまったことを振り返る。女の子の、まだランドセルを背負っているような子供の指で、押し付けられて、射精してしまった。

「……きみみたいなこどもに、興奮して、出すとか、その、ないでしょ」

 少なくとも、そういうことにしたかった。

「じゃ、じゃあ、なんで……」
「ほら。あそこにはノエもいたじゃないか。その……あの子も、はしたないかっこうしてたし」
「まあ……たしかに。わたしよりは、ノエせんぱいのほうが魅力的なのです。それに異論はないのです」

 誤魔化せているのだろうか。興奮していたのはノエではなくてフランなのだ、と。でも、それはそれで問題がある気がする。だって、ノエだって、フランの先輩といえど、やはり中学生。本来ならば大学生の身分であるムグリよりも、ずっと年下なのだ。

「……どうしたら、ノエせんぱいのピクシーみたいになってくれるのです?」
「どうしたらって……」
「なんでそんなに乗り気じゃないのです? ムグリさんが全然魔力出してくれないピクシーだとわかったら……その……ムグリさんのこと……」

 その先の運命なら言われなくてもわかっている。ノエが実演して見せてくれたことだ。

「……ノエせんぱいのピクシー、凄かったです。ピルケースに入ってたんですよ? あの、錠剤とか入れるやつ。あれに、ムグリさんよりもずっとずっとちっちゃなピクシーが何匹も……すみません、間違えたのです。何人も入ってて、消しゴムのカスみたいで、虫眼鏡で見ないと、どんな顔してるのかもわかんなくて。ノエせんぱいが、命令して、はーって、息かけるだけで、ピルケースの中で、魔力を出しちゃって……」

 それもムグリは見させられていた。ノエの話によると古いピクシーほど調教が進んでいて、ちょっと命令するだけで射精してしまうのだという。

「なんか、興奮してない?」
「し、し、してるわけないのですっ。あんな残酷なことっ。フランがそんなに悪い子に見えるのです?」
「ノエ先輩は悪い子ってこと……?」
「ノエせんぱいはいいのですっ」
「いいんだ……」

「とにかくノエせんぱいには、興奮、するのですよね?」
「え? ああ、うん……」

 そういうことにしておいてほしい気持ちはあるが、それはそれで認め難い話である。
 
「じゃあ、ノエせんぱいみたいなことすれば、ムグリ先輩も濃い魔力、出してもらえますか?」
「え? うーん」

 ずっと歯切れが悪い返事しか出ない。
 どういうことに対して興奮するか言えだなんて、童貞大学生には無理な相談である。
 “末路”と表現すべき、ノエの古参のピクシーのような姿になるのも嫌だった。
 命じられたり、吐息を吐きかけられただけで達してしまうなんて、あまりにも尊厳がなく、惨め過ぎる。
 今のこの姿だって、尊厳があるとは言えないが。

「手始めに、もっとちっちゃくするっていうのはどうですか?」
「えっ」
「まずは形から入ってみるのです。ムグリさんが、大きい女の子に興奮するというのは、もうわかっているのです。もっともっと大きいフランになら、もっともっと興奮するんじゃないのです?」
「いや、そうとは」
「というわけでやってみるのです。ピクシーの魔法・重ねがけ!」
「わーっ」
「あ、うまくいったのです。この、指の上に乗ってるのが、ムグリさんなのです? アリさんっていうか、アブラムシさんみたいなのです。ほんとにちっちゃいのです……。もう、ちょっと息しただけで、吸い込んじゃいそうなのです。おっきいフラン、どうなのです? 富士山とかエベレストみたいに、おっきいフランなのですよ! 興奮するのです? ……あ、戻ったのです。魔力、切れちゃったのです……」
「はあはあはあ……第一、ノエがピクシーをアリみたいに縮めたのは、“予備”に保管のスペースを費やすのはもったいないから……って言ってたじゃん……関係ないでしょ……」
「うう……」
「第一、魔力を絞るために魔法を使うのは効率がよくないだろ」
「全く反論できないのです。ムグリさんに言い負かされるとなんかモヤモヤするのです」

 さり気なく侮られている。

「……でも。なんか、またちょっと大きくなってるのです……」
「えっ」
「……やっぱり、ちっちゃくされるの、好きなのです? いま、フラン、それ以外に、何もしなかったのです……」
「ち、違う、そういうのじゃなくて……」
「まあ、でもやっぱり、魔力が足りないから、今の方法はなしなのです」
「もうっ。いいかげんにしろよ。ぼくはおもちゃじゃないぞ!」

 フランの認識はともかく、好き勝手弄ばれることに耐えられず、大きな声を出してしまう。
 叫んでみて、自分の声の大きさ、感情の強さに自分で驚いてしまったが、フランはきょとんとした表情をしていた。年上の男に怒られたときの表情ではない。

「そんな……フランが悪いみたいに言わないでほしいのです。フラン、あなたのためにがんばってるのです。ムグリさんがちゃんとやる気を出してくれれば、フランだってムグリさんのことをいじめなくてすむのです。フェアリーガールズには、必要なことなのですよっ」
「悪者扱いしてるのはどっちだよ……! 大きいからって、さっきから上から目線で。善意の押しつけはやめろよ!」
「……」
「食い殺すんだっけ。好きにしろよ! それで終わるならいっそ早くて、すっきりするね」
「え……」

 机の上で、ムグリは大の字になって転がる。まさにどうにでもしろ、と言わんばかりに。

「……む、ムグリさん……」
「…………」
「ムグリさん、機嫌をなおしてほしいのです。ムグリさん。フランが、悪かったのです。協力してほしいのです」
「協力っていうのは、性奴隷になって、きみのために精子を出せ、ってこと?」
「せいどれ…………」
「…………」
「ムグリさん……」
「…………」

 時計の針がかちこちと、神経質な音を立てていた。外で強い風が吹いて、部屋の窓をきしませた。
 ムグリは寝転がったまま、ちら、とフランの様子を伺う。さすがに、言いすぎてしまったのかもしれない。口を開くが、言葉がうまく出てこない。

 なんとか、謝ろう。そう思った矢先に、フランの口も動いた。

「……わかりました。そうします」
「え」

 フランは、小人を指でつまみ上げると、ノエがしたように、口元まで運んでいく。わざとらしく口の中を見せつけるように。お前の行き先はここなのだと。生暖かい吐息が、小人を包んだ。

「ムグリさんがそこまで言うのなら、フラン、覚悟を決めるのです。今まで、ありがとうなのです」
「ま、まっ」

 待たなかった。
 ピーナツをそうするように、ぽいと小人を自分の口の中に放おり入れる。
 飴玉を味わうように、あるいは噛み潰すのをためらうように、口の中で転がす。顔を濡れた舌が覆えば、もう呼吸もままならない。抵抗する手足は、舌の分厚さや歯の硬さに遮られ、フランには影響を及ぼさない。叫び声も、口腔に反射して吸収される。
 舌で転がした末、奥歯の上に全身を乗せてやる。ちゃんと歯磨きを欠かさない、きれいな歯列。それが、小人のベッドになっていた。ゆっくりと、歯を閉じて、小人を挟み込む。ほんの少し、力を込めると、味が広がった。塩気がする。血の鉄錆の味ではない。魔力がある。しょろしょろと流れる液体と、どろっとした半固形の二種類。淀んだ味が歯、舌を滴って、歯茎に垂れる。
 口の中に閉じ込めたまま、フランは洗面所へと向かう。小人を吐き出すと、いつかのように水道で洗い、自分はうがいをした。

 * * *

 そういうことを繰り返しているうちに、少しずつ、フランからのムグリへの態度は、変わっていった。

「ねえ、ムグリさん。もっと、やる気出してほしいのですけど。昨日はもっと、出せたのですよ? 昨日のムグリさんは、どこ行っちゃったのです?」
「……もう、何日も休ませて、もらってない、から……」
「ふうん。言い訳するのですね」

 フランはいつものベッドの上だが、ムグリはそこにはいない。
 フローリング敷きの床の上、フランの足元に置かれていた。
 カーテンが完璧に閉じられていない窓からは、西日が差し込んでいるのが見えた。

「また、食べられたいのです? ……あ、フランに食べられると、ムグリさんはうれしくなっちゃうから、おしおきにならないのです。猫ちゃんの餌にしちゃうのですよ。にゃーん。でも、ムグリさんはへんたいだから、猫ちゃんに食べられてもおもらししちゃうかもですね」

 ムグリは絶句する。
 出会った頃のフランのその言葉なら、たちの悪い冗談だと受け流せたかもしれない。

「ムグリさん、わかってるのです?
 ムグリさんは、猫ちゃんみたいに賢くも、かわいくもないのです。
 フランがいないとなにもできないのですよ?
 猫ちゃんに食べられる、ネズミさんみたいな存在なのです……
 ああ、ネズミだって、自分でエサは取れるのです。
 ネズミ以下の、そういうのって、なんて呼べばいいのです……?
 ちび虫?
 ちび虫、ムグリさん?
 ……うわ、泣いてるのです?
 え……なに?
 ごめんなさい?
 ……ムグリさん、情けなくないのです?
 小学生のおんなのこに、意地悪なこと言われて、謝っちゃうのです?
 ……ま、仕方ないのですよね。
 ムグリさん、ちっちゃくて、弱いから。
 食べてみろなんて言っておいて、本当に食べられそうになると、怖くて、うれしくて? おもらししちゃうのです。
 かわいそうなムグリさんには、フランが、よしよししてあげるのです」

 ムグリの前で、示威するように揺れていた、猫足模様のルームソックスが、ふいに持ち上がり、影がムグリを覆った。そのまま、足が乗せられる。

「よーし、よーし。ちっちゃくてかわいそうなムグリさんを猫ちゃんの、あんよでよしよししてあげるのです」

 靴下に包まれた幼女の脚の裏で、魔力が染み出した。
 フランは、またもったいないことしちゃったな、と思った。

 フラン。ごはんよお、と母親の呼ぶ声。
 はあい、と返事をすると、小人をひっつかんで、下着の裾を広げて、ぽとりと雑に落とし、閉じて、そのまま部屋を出て食卓へと向かった。
 食卓のにぎやかな談笑が、一方的に、下着の監獄の中へと届く。ハンバーグおいしいね。フェアリーガールズは立派に活躍してるねえ。最近、行方不明事件があって、怖いねえ、だとか。
 ときどき、さぼるなとばかりに、食べているさなかだというのに、下着の上から指で圧迫されて、条件反射的に、フランに魔力を提供した。

 * * *

「だいぶ、調教が進んだみたいね」
「はい、なのですっ。
 せんぱいの言った通り、ほんとにちょっと力を入れるだけで、出してくれるようになったのです」
「そそ。パブロフの犬、ってやつ」

 えらいえらいと、ノエはベッドでともに横たわっているフランの頭を撫でた。

「フランとこういうことができるようになって、うれしいな。フランがフェアリーガールズになるって決まったときから、こういう日を夢見てた」
「確かに、こういうの気持ちいいのです。魔力も、いつもより絞れるような気がするのです」
「ねね、そのちび虫、どっちにより興奮してると思う?」
「え? ……ノエせんぱいじゃないですか? 前に、ムグリさん言ってたのですよ」
「真に受けてるのそれ?
 まあいいや。いっせーのせで、おまた離そうよ。どっちにしがみついてるかで、判定しましょ」
「わかったのです。……えいっ。あっ」
「ほら~。やっぱり。フランのほうにくっついてるじゃない。ぷにぷにのフランの場所のほうが、好きなんだね~」
「う、うわ……ぜんぜんうれしくないのです」
「今も腰振ってるよ~」
「しつけのとおりに動いてくれてるのは、えらいと思うのです」

 ムグリは必死だった。
 フランの暴力は気まぐれだった。少しでもその機会を減らすために、できるだけ、言うことを訊くようにした。フランの肌に接触している時は、言われずとも魔力を提供するというのも、その一環だった。

「聞いてほしいのです。前にフランのうんちに興奮してたのですよ、このチビ。じゃあ、おしりの穴に入れても興奮するのかなと思って、アリみたいにちっちゃくして、おしりの中に入れたのです。そしたら、ほんとに魔力出してびっくりしたのです……うんちにされるのでも、興奮するのですね……」
「うわー。でもわかる。フランのおしり、興味あるもん」
「え?」
「いや、なんでもないです」
「おまた以外の場所で魔力出されても無駄になるから、おしおきしたいのですけど、おしおきしたらまた魔力が出ちゃうのです……困るのです……」

 しゅん、と眉を下げる。結構本気で困っているらしかった。
 ムグリだって、情けなくて、嫌だった。完全に心が、下僕という生き物そのものになっていたらむしろよかったのかもしれない。マドレーヌのような可愛らしい膨らみの、その中央の突起に触れさせることにも、フランはもはやためらいがなかった。
 情けなくて、気持ち悪くて、苦しくて、嫌という気持ちは真実で、幼い汗の香と熱気の中、未熟な肉の丘に身体をあずけることに、恍惚としている自分がいるのも、また真実だった。

「でも、嫌とか気持ち悪いとか言いながらも、結構まんざらな感じじゃないよね、フラン」
「え? え……? それは、その」

 年上の男が、ただ、死にたくなさ、怖さのあまりに、自分の恥ずかしいところにすがりついて、腰を動かしている。その有様に慣れた今、罪悪感は限りなく薄まり、気味の悪さにも慣れ、そして形容しがたい、不思議な昂りも、そこにはあった。

「残酷になったよね~、フランちゃん」
「フランは残酷じゃないのです! 残酷になったのは、こいつのせいなのです」

(了)