アンバーチャライズ② 押し花ノート




男の子たちのプライドを、私の体で申し訳なくなるくらいあっさりぺちゃんこにして、押し花にしてコレクションしたい。





「私にぺちゃんこにされた男の子ノート」は、上条めぐむの人に言えない妄想だった。



人間にはみんな、同じように価値がある。
誰にでも素晴らしい価値があって、自由に生きていくことができる。
やりたいことはなんでもできるし、やれば何だったできる。欲しいものは手に入れられるし、夢はいつか必ず叶う。


男の子たちには、ぜひそう信じて暮らしてもらいたい。

そしていつの日か、そのキラキラした目で私の前に颯爽とあらわれて、私に踏みつぶされてほしい。
私に踏みつぶされそうになって、悔しくて子供みたいに泣いて怒って、なのに私の足元で何一つできずに私を見上げてほしい。
ごめんね、びっくりしたよね。悔しいよね。でも、君が小さいのが悪いんだよ?だって可笑しいよね。ノミみたいな君は、私に何をしてくれるの?
私はあなたに気がつかないふりをする。
私の気を引きたくて、あなたがどんなに必死に頑張っても、あなたは私に気づいてすらもらえずにオナラで吹き飛ばされちゃったりして、
あなたは私にとって、何の意味もないんだと気づいて絶望してほしい。

そしたら私はペロッとあなたを食べる。
私が満足するまで、キャンディのようにおいしそうに食べる。
あなたは私の口の中でもみくちゃになって、溺れて、
私の唾液に溶かされてどんどん小さくなって、ちゅんと果てる。

私の口から出てきたとき、あなたは泣いている。
私が喜んでいるのが嬉しくて泣いている。
そうしたら、よしよし、と指先で撫でてあげる。






そんなこと、したいなー。








バーチャル世界の中では、私は身長168 cmの普通の女の子。
私はこの世界でいろんな人たちに囲まれて、楽しく普通に暮らしてる。
みんながこのバーチャル世界で、遊んだり、働いたり、恋愛をしたりして、自分の人生を自由に生きてるし、
私も毎日ここで、平日は勉強かお仕事をして、週末には友達とショッピングに行ったり、オンラインで出会った男の子とデートしたりして、結構幸せに過ごせていると思う。

でも、ここにいる沢山の人たちのほとんどは、私が本当の世界でとても大きいことを知らない。
隠しているわけじゃないし、調べれば簡単にわかることだけど、かといって特別親しい人以外に教えてあげるようなことでもない。

現実世界の私は、身長が38,686 センチある。
長身でイケメンの先輩も、格闘技で世界に立っているような屈強な男の人たちも、
もし本当の世界で私と出会ったら、うんと背伸びしてやっと、私のつま先の爪に手が届く程の背丈しかない。(ひょっとしたら無理かも...?)
本当に可笑しい。何て可愛らしいんだろう。
でも、それが男の子なんだからしょうがない。

バーチャル空間で私の目の前に現れる男性達が、現実の世界で本当の私と出会ったら、一体どんな反応をするだろう。
自分より小さいと思っていたかわいい年下の女の子に、つま先にすら見下ろされて、
埃みたいに摘まみ上げられて、大きな掌の真ん中にちょこんと乗って、胸元から私の顔を見上げるとき、
一体どんな顔をするのだろう。

そんなことを考えるとついワクワクしてしまう。

ああ、私の前で武勇伝を自慢げに語ったり、有能さをアピールしたりして、
血気盛んで、優しくて頼れる男を演出させたい男の子たちは、
そもそも私の大きさを知らないんだ。
知ってたとしても、実感がないんだ。
実感がないから、君は君の望むカッコイイ男でいられるんだよ。
どうかそのままでいてもらいたい。

そう思うと、私はいつもとても愛おしい気持ちになれる。
いつかその時が来るまで、私が大きいことは、なるべく秘密にしておこう。





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「めぐちゃーん、おはよう!今日もおっきいね~」

『おはようございまーす!おじさんたちも小っちゃくてかわいいですよ~』

「おぉ言ってくれるねえ。今日は西の山崩しちゃうの、よろしく頼むよ~」

『はーい!頑張ります!』

めぐむには、1年ほど続けている大好きな仕事があった。
男性サイズのリアルの世界で、新しい計画都市を建設するための、土台作りの仕事だ。



高度に情報ネットワーク化が進み、あらゆるものがバーチャル世界とつながる現代の社会をつくるためには、都市を丸ごと計画的に作る必要があった。
それを支えているのが、巨大な女性の存在だ。
広大な土地に都市を丸ごとに建設するのを、身長2mにも満たない男性が行った場合、どんなに大勢でも都市が機能するまでには何年もかかってしまう。
そこで、230倍の大きさの巨大女性が都市の基礎工事をあらかじめ一通り行うことによって、工期を極めて短く縮めることができる上、
完全に機能する建造物をそのあとで一つ一つ作っていくことができた。さらに、そうした後工程はロボットに任せてしまうことさえできた。
山を崩して水平にならし、地面に溝を掘り、放水路を整え、防振装置を埋め、地下鉄・水道・電線・巨大な光ファイバー・IoTデバイス等必要なインフラを地面の溝にびっしりと敷き詰めたところで、地面にフタをして、道路を敷く。
ここまでの大まかなところを、巨大な女性の作業員数人が数日~十数日かけて行うのだ。

ほとんどの仕事がバーチャル世界に移っている現代社会において、現実世界で体を動かすこうした仕事は珍しかった。
非常に価値の大きい仕事ではあったが、重労働なうえにとても細かい神経をつかうため、大きな女性達の間ではそれほど人気のある職業ではなかった。(そもそも採用枠も少なかった。)
それよりは、華やかなバーチャル世界での仕事が人気だった。

それでもめぐむは、とにかくこの仕事が大好きだった。この仕事をするためならば、どんな努力も苦痛ではなかった。
人が大好きな彼女にとって、自分の大きさと手先の器用さを生かしてたくさんの人の役に立てることが、大きな喜びだったことは言うまでもない。
しかし本当のところは、普段彼女がフタをしている人に言いにくい欲望をくすぐってくれる、数少ないチャンスだったから、というのが正直な理由だった。





私の今日のお仕事は、このでこぼこした地面をならして1km四方の平らな地面にすることと、地下水や雨水を流すための溝を作ること。
昨日までに何度も説明を聞いてきたから、手順は大丈夫。
東と北の山地は先輩のリサさんとアンナさんが均す予定だから、私は西の山地を均せばいい。

1km四方の都市は、10畳の私の部屋とほとんど変わらない広さ。
でこぼこした山間の地形といっても標高はあって100mほどで、私のひざ下ほどの高さもない。
男の人だったらてっぺんまで上るだけで重労働かもしれないけど、私にとっては座って休むのにちょうどいい感じ。
ここに勉強机を置いて、東側の山地をベッドにすれば、ちょうど私の部屋と一緒だなー。
まるで、これからみんなで私の部屋のリフォームをするみたい。


イヤホンからの指示どおりに、安全を確認しながら、園芸用のシャベルでちょっとずつ山を削っていく。
私が山を崩す瞬間、区画の外で出番を待っている男性の作業員達から歓声があがる。こんなのが、面白いみたい。なんだか楽しい。
手元だけじゃなくて、ちらちら、あるいはまじまじと、しゃがんでる私の体を下から見上げる視線をあちこちから感じる。
ちょっと恥ずかしいけど、正直とっても気持ちがいい。ほら、遠慮しないで見てていいよー?恥ずかしがってるフリをしてあげたら、みんな喜ぶのかな?
...おっと、いけないいけない、作業に集中しないと。


大きな木は使い道があるので、土砂の中からつまんで回収する。残った森の残骸と土砂を分別して、埋め立ての邪魔になる物はゴミとして捨てていく。
ちっちゃな動物がいたかもしれない。クマさんかな?ごめんね、早く遠くに逃げるんだよー。
監督?え?危ないから逃がすな?処分するんですか?しょうがないなぁ...。
私はイヤホンの声にしぶしぶ従い、右手のシャベルでクマさんの進行方向をふさぎ、左手で摘まみ上げて、作業着の胸ポケットに入れた。私の胸の下でもぞもぞしているのを感じる。
あっ、こういう感触なんだ...。...ちょっといいかもね。ごめんね、でもグッジョブだよクマさん。お仕事が終わった後で無事だったら、うちで大事に飼ってあげよう。


ふぅ、大体平らになってきた。あともう少しだ。日が高くなって、暑くなってきた。一旦汗を拭こう。
監督のヘリコプターに手を挙げて合図して、私は立ち上がる。遠くのほうに小さく街が見える。いい景色だ。街からも、私のことが見えるだろうか。
私はタオルを取り出して、額と首の汗を拭く。この仕事では、汗をかいても絶対に地面に垂らしてはいけないと、リサさんから何度も釘を刺されている。
今はまだ何とかなるけれど、後半の仕事中だったら大事故になりかねない。こまめに汗をふかないと。
胸の下あたりがじっとりと蒸れている。そういえばクマさんはどうしてるだろう?動きが感じられない。熱中症になってないか心配だ。
私は胸ポケットにふぅと息を吹きかけて、新鮮な空気を送ってあげた。すると、またもぞもぞと動き出した。よかった、生きてた。
のどが乾いたら、私の汗を飲んでいいからね。寝てると溺れちゃうかもしれないから、ちゃんと起きて動くんだぞー?



昼までに整地が終わって、昼休憩になった。私とリサさんとアンナさんは、防振装置の上に腰かけて景色を見ながらお弁当を食べた。
私達は街に向かって手を振ったりした。
男たちの出番はもう少し先だ。彼らは、物資を続々と運んでいた。小さいころよく観察した蟻の行列のようで、いつまで眺めてても飽きない。彼らにも手を振ってあげた。みんな手を振り返してくれた。荷物を置いてまで手を振ってくれる子もいた。ちょっときゅんとしてしまう。

午後は、水路と、インフラの大動脈を通す予定の大きな溝を掘って、防振装置を地面に埋め込んで、無事今日の作業が完了した。

お仕事が終わった後、ポケットの中のクマさんは元気がなかったけれど、家に連れて帰ってご飯をあげたら少し元気になった。よかった。綺麗に洗ってあげて、使ってないお茶碗の中に寝床を作って入れてあげた。
君の名前はクマ吉だよ。よろしくね。あとで、もう少しちゃんとしたお家を作ってあげよう。明日は朝が早いから、クマ吉との楽しいお遊びはおあずけだ。
今日はとっても楽しかったな。明日はもっと楽しくなるよね、クマ吉?



二日目からは、男の人たちとの共同作業だ。
とってもワクワクする時間のはずだけれど、これからの作業中はそんなことを考えている余裕はない。ちょっとのミスで大事故を起こしてしまう可能性があるのだ。
細心の注意を払って、すべての動作を規則どおりにしないといけなかった。余計な動きは許されていない。顔をかくのもNGだ。
だから妄想は家に帰ってからしよう。
その日の夜は、私の妄想シミュレーションにクマ吉に付き合ってもらった。クマ吉は熊だけど、結構人間みたいな面白い反応をしてくれる。
ひょっとして、君も変態という名の紳士なのかな?





めぐむが作業を初めて七日たった頃には、1km四方の地面に細かく溝が掘られ、その中を様々な配線がびっしりと張り巡らされていた。
まだ建物は建っていなかったが、なんとなく都市の輪郭が見えてくる頃だ。
めぐむはプラレールの要領で地下鉄を組み上げ、電子部品のような電線や配管を一つずつ黙々とつなげていった。
細かい作業が必要なところは男性作業員が行った。めぐむは大きなパーツを手で運び、男性作業員達を掌に乗せて運び、彼らと息を合わせてパーツをつなぎ合わせていった。真剣な作業だった。
めぐむは煩悩を振り切り、集中することにしていた。男性作業員たちが掌に乗るとき、その小さな感覚にゾクゾクと興奮を覚えたが、手を震わせるわけにはいかなかった。
心を落ち着け、手の震えを抑える方法を彼女は心得ていた。彼女は深呼吸して、練習どおりの作業をした。
時折、彼女を下から見上げるいやらしい目線に彼女は気づいていた。彼女はそれが嬉しかったが、それを受け止めるだけの余裕はなかった。男性達をずるいと思った。
めぐむは、少し欲求不満だった。



計画都市のところどころに、何の溝も掘られていない、ちょうど私の足の大きさくらいのスペースがいくつかある。
その通りで、これは私が作業中、足を置くためのスペースだ。
このスペースには大きな建物を立てることができないので、都市ができた後では、公園や緑地として活用されるらしい。
何て素敵なんだろう。
都市に刻まれた私の足跡が、都会のオアシスとなって、都市に住む人たちの憩いの場になるのだ。
私の都市に住む市民たちは、創造主の私をあがめ、私の足跡すら神のしるしとしてありがたがるのだ。
できるならばこのままずっと、私はこの都市の創造主兼守護神として、第二のマイルームに住む小さな市民たちの様子を見守り続けていたい。

私の市民たちは私が作り出したものだ。だから私の行為すべてが、彼らの喜びだった。彼らは、私の大きな足が大好きだった。
私が気まぐれに都市の一角に足を踏み入れると、たくさんの建物と何十人もの市民が下敷きになった。彼らは幸せだった。私の国はその人たちのものだった。
私が気まぐれに地面に寝そべれば、何百、何千もの人たちが、私の胸や、おなかや、お尻の下敷きになった。彼らは幸せだった。その人たちは慰められた。
彼らの魂は、創造主である私の魂と一つに戻るだけ。だから安心して、私の胸元までおいで、幸せにぺしゃんこにしてあげる。

めぐむも少しだけ、妄想の世界に浸ることにした。





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「メグちゃんってさ、仕事中すっごい楽しそうだよね」
「へっ?」
更衣室で着替えの途中、めぐむは先輩のリサから突然そんなことを言われてドキッとした。
「仕事中、何を考えてるのかな~??」
めぐむはごにょごにょとはぐらかそうとしたが、リサに食い下がられて、とうとう胸の内を明かした。めぐむは顔が真っ赤になった。
なぜだか嬉しそうなリサから「これ、息抜きになるかもよ☆」と渡されたのが、女性ツアーガイドのバイト募集のチラシだった。





(次回、「個室編」!またせたな!)