15歳の秋深まる頃、股多尾小判(またたび・こばん)の悪童ぶりは、既に天下に響いていました。酒癖が悪い、手癖が悪い、不敬が過ぎる、喧嘩っ早い、言い寄った輩の行方が知れない、惑星ひとつ滅茶苦茶にした、魔王の娘に家出をさせた・・・八割がた評判どおりのうえに、わたくしも共犯なので庇いきれません。数々の『おいた』を可能としたのは、指先ひとつで空を切り裂き、ふたつの世界をひとつに束ねる、彼女の空間魔法であります。たとえ宇宙の彼方であろうと、一瞬で届く異能を操り、この日も小判はわたくしを連れて、彼方の星へと降り立ちました。ただしいつもの冒険と異なり、ふたりきりではありません。

 「吾輩なんぞに子守を任せるのは、自分で言うのも何じゃが、どうかと思うぞ」

 初めての景色に興奮を隠せぬ、5、6歳の女の子20名。彼女たちの親睦を深める遠足、その『引率のお姉さん』をさせられていたのです。自由気侭で不真面目な小判が、喜んで引き受けるはずありません。断るに断れぬ事情がありました。
 前述の噂どおり、わたくしと小判は惑星ひとつ滅茶苦茶にしたことがあります。よりにもよってその惑星は、かつて魔王の征服した占領地だったのです(前回のお話)。幸い小判の図抜けた魔力と、図太い肝を気に入られたため、命は助けて貰えたのですが、貸しをつくった相手が相手、さしもの小判も逆らえません。以来、魔王軍の雑用を押し付けられる、辛く情けない日々が始まったのです。
 中でも子守は、一番つらい任務でありました。子どもといえど、みな魔王軍幹部の御息女。尋常ではない魔法の才と、大概の我侭を許される生い立ち。要は小判が20匹いるようなもので、正直、手に負えません。もっとも、わたくしどもの被った災難など、異星の住民たちに比べればましであります。一方的に押しかけられて、傍若無人のやりたい放題。必死に止めようと足掻いたところで、どうにかなるような相手ではありません。

 何せ相手は、10000倍の巨人なのですから。


 ずしいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!

 ずしいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!

 ずしいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!

 ずしいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!


 地響きひとつ巻き起こるたび、2000メートル近い靴跡が刻まれました。ただ一歩の中に、街並みごと何千人もが潰れ果てました。彼女たちひとりひとりが、この星最高峰の山よりも大きいのです。圧倒的な質量の直撃、これを避けられたとしても、衝撃の渦に吹き飛ばされて、瓦礫の下に、地割れの奥に、炎の向こうに、土砂の中に、数え切れぬ命が呑み込まれました。いくつもの奇跡をその手に掴み、命からがら生き延びた者へ、またひとつ靴が踏み下ろされる。それが都合20人、わたくしと小判も含め22人分、歩いた数だけ引き起こされたのです。
 彼らはこびとではありません。安全確保のため、われわれが巨大化していたのです。よその星を攻め落とすときの、魔王軍の常套手段であります。征服後のことを考慮すれば、なるべく星への負担を減らさねばなりませんが、この時はあくまで遠足。侵略が目的ではないので、少々勿体無いですが、星ひとつ使い捨てて構わない、とのお達しでありました。

 「ねえ、見て!でっかいビル引き抜いた!」

 一つ目の亜人が足元に生える、小さなモノを摘み取りました。200メートル近い、堂々と聳える高層マンションだったのですが、彼女からすれば2センチ足らず、掌ほどしかありません。それも力を入れ過ぎたのか、あっという間にぺちゃんこであります。逃げ遅れた人々が何百人いたか、知りたくもありません。

 「あっ・・・失敗しちゃった」

 「捕まえるのは、任せて。ほら、得意なの」

 隣の一本角の亜人は、念動力の使い手でした。角の先端が妖しく光ると、足元に建つ小さな学校を、校庭ごと根こそぎ浮かべてしまったのです。発狂の末に飛び降りた生徒も、見えない力に絡め取られて、ふわりと宙に浮きました。いくらか校舎に亀裂が走り、人の手足や首が変な方向に曲がりましたが、これほど小さく脆弱なものを、ほぼ原形を留めつつ持ち上げてしまうのですから、歳の割に卓越した技術であります。
 そこから少し離れた場所では、4000メートル級の山脈を尾根伝いに歩く、トカゲの亜人がおりました。まるで平均台の上でバランスを取るかのように、両手と尻尾をたくみに操っておりましたが、こっそり忍び寄ったネズミの亜人に飛びつかれ、無様にも麓の村まで転がり落ちました。彼女はおなかですり潰した集落など気にも留めず、何より先にネズミの亜人へ仕返ししました。口から巨大な火の玉を吐き出し、ぶつけてやろうとしていたのです。

 「危ないじゃないか!くらえー!!」

 ぼん!ぼん!ぼぼん!

 「わわっ、おまえの方が危ないよう!」

 直径数十メートルの大火球が、何発も山肌に衝突しました。あっという間に山火事が起こり、一面火の海であります。我にかえったトカゲの亜人が、必死で吹き消そうにも逆効果、火の勢いは増すばかり。あっという間に囲まれてしまいました。

 ばっしゃあああああああん!

 慌てふためく子どもたちめがけ、大量の水が降り注ぎました。炎もろとも、焼け出された動物や人々までまとめて洗い流した海水は、空に出来た大きな裂け目から零れ落ちていました。小判が魔法で、空と海を繋げたのです。怪我をさせると後々面倒ですから、ちゃんと真面目にこなしておりました。

 「調子に乗りすぎじゃ、たわけ。頭を冷やせ」

 「ごめんなさ・・・よ、余計なことすんなバーカ!!」

 「何じゃと、助けてやったのに!そこへなおれ、成敗してくれる!」

 が、やっぱりこうなりました。ぴん、と尖った大きな耳と、金色に光り輝く瞳、長くしなやかな2本の尻尾、彼の地に昇る日の光を浴び、黄金に染まる茶虎の頭髪。黙っていれば絶世の美女で、おまけに稀代の魔法使いで、そのうえ名家の娘と来ていて、どうしてこうも残念なのか。

 ずずうううううううううううううううんんんんん!!!!!!!!!!!!!!

 ずずうううううううううううううううんんんんん!!!!!!!!!!!!!!

 獲物を追い詰め機敏に動く18000メートルの猫の亜人は、半分くらいの背丈の子たちと、精神年齢、同じくらいです。幼女をずぶ濡れにさせた挙句、全力で狩りに行く15歳児。大人げないったらありません。わたくしは手ごろな山に腰掛け、胃薬を呑んでおりました。すっかり持病であります。子どもたちに引っ張り回され、小判の振る舞いに肝を冷やし、親御さんからのクレームを想像した途端、キリキリ痛み始めたのです。お尻で崩した山体が麓の町を埋めてしまい、悪いことをしてしまいました。ですが、わたくしも己の健康が大切なのです。
 落ち着く間もなく音も無く、フクロウの亜人が飛んできました。わたくしの膝にちょこんと座ると、くるんと首をこちらに向けて、じっとこちらを見つめてきました。100メートル近い大型旅客機を咥えていましたので、慌てて吐き出させました。頑丈な小判じゃあるまいし、そんなもの食べてはおなかを壊してしまいます。

 「クロおねえちゃん、小判おねえちゃんと仲良し?」

 申し遅れましたが、わたくしはクロと呼ばれております。毛色が夜の闇より深く、肌も人より浅黒いのです。耳は小さく、だらしなく垂れ、真っ青な瞳は三白眼。尻尾の根性曲がりときたら、複雑怪奇の極みであります。背も低く、同い年の小判より頭ふたつはチビであります。10000倍に巨大化したって、精々、14000メートル。このようにあまり風采のあがらぬ、おまけに孤児院生まれであります。猫の亜人らしいのですが、実際のところ、何が混じっているやら解りません。血統書つきの小判とは何から何まで違うのですが、それ故にここまで腐れ縁が続いたのかもしれません。
 
 「小判おねえちゃんのこと、好き?」

 ええ、誰よりも。

 「ずっと、一緒にいたい?」

 ええ、いつまでも。

 「エッチしたことある?」

 ええ、と素直に言うとでも?その手には乗りません。どこの誰に吹き込まれたのか、ませているにも程があります。同じ頃のわたくしなど、キャベツ畑で収穫されたと信じていたのに。

 「女の子同士でも、赤ちゃんつくれるんだって。小判おねえちゃんと赤ちゃん、つくりたい?」

 この年頃の質問攻撃には、まったく遠慮がありません。確かにこの世界には、同性同士で子をなす魔術が存在します。なんでも、相応の魔力と知識があれば可能だとか。たとえば魔王は女の身ながら、これまで数多の女性と浮き名を流してきました。大きな声では言えませんが、この日遠足に来ていた中にも、魔王の血を継ぐ者は幾人かおりましたから、彼女たちにとっては身近な話題で、タブーではないのかもしれません。だからと言ってわたくしが、こんな恥ずかしい質問に応じる義理はありません。煙に巻こうといたしましたが、こちらの考えが甘すぎました。

 「はい、はい!あたしも知りたい!どこまでいったの?気持ちよかった?」
 「名前なんて付けるの?男の子だったら?」
 「けっこん?けっこんするの?いつするの?わたしもする!」
 「式には絶対呼んで!約束して!じゃないとイタズラしちゃう、えい!」

 何処で聞き耳を立てていたのか、惑星中に散らばっていた悪餓鬼どもが、わらわら終結していたのです。逃げ出したところで多勢に無勢、すぐに捕まり、人口1000万は擁するであろう巨大都市の上に押し倒されてしまいました。耳を齧られ、尻尾を握られ、ほっぺをつねられ、服の隙間に電車を放り込まれ、散々な目にあいました。頼りの小判といえば、クロはあやすのが上手いのう、などと見当違いな感心をするばかりで、何の役にも立ちません。結局わたくしが解放された頃には、都市はすっかり踏み均されて、無人の荒野に変わり果てておりました。

 そうこうする間に日は傾いて、楽しい?遠足も終わりであります。夕焼け空をまっぷたつに裂き、小判が家路を切り開いても、まだまだ遊び足りないとみえて、誰も帰ろうとしません。逃げ回る彼女たちをひとりひとり捕まえては、裂け目の向こうの我らが母星へ、放り込まねばなりませんでした。捕獲作業すら一苦労であります。

 「ひー、ふー、みー・・・待て、逃がさん!よし、全員おるな。とっとと閉めるぞ」

 すべての子どもを押し込んだあと、小判が裂け目へ飛び込みました。空に刻まれた亀裂は消え失せ、静寂だけが残されました。つい先刻まで賑やかだった惑星からは、笑う声も、泣き声も、叫び声も何もかも消え、ただ風だけが吹きすさぶだけ。足元に広がるかつての大都市に生き残りがいたか解りませんが、小さすぎる彼らの声は聞き取れませんでした。残された者がいたとして、これから続く地獄の日々を、どんな思いで過ごすのでしょう。きっと寂しくて、悲しいに違いありません。わたくしには彼らの気持ちが、ほんの少しだけ理解できました。残された者は、いつだって心細いのです。
 

 「二度と引き受けぬぞ、こんな面倒事。ほれ、おぬしら、じっとせい。元の大きさに戻すから。おいクロ・・・クロ?」


 宇宙の彼方に取り残されて、大変寂しく、悲しい思いをしておりました。小判が迎えに来るまでの一時、心細さをかみ締めながら、わたくしはひとり体育座りで、夕日を眺めておりました。
 あんまりであります。