ヨキは今年で10歳になる、真面目で素直なメイドさんである。
鮮やかな赤毛の髪、耳、尻尾と、真紅に染まる瞳をそなえた、愛嬌のある犬の亜人だ。
幼さゆえに失敗もするが、働き者の頑張り屋なので、これまで何かと重宝されてきた。
この日も大事な仕事を任され、ヨキは大層、張り切っていた。

「ふん、ふん、ふん♪お掃除、お掃除、おっ掃除~♪」

きちんとこなせば、褒めてもらえる。いっぱい、頭を撫でてもらえる。
頼られるのが誇らしく、役立てるのが嬉しくて、ヨキはついつい、無邪気にはしゃぐ。
散歩に出かける仔犬のように、鼻歌交じりにくるくる回る。
てん、てん、てん、とステップを踏み、ストラップシューズが大地を蹴った。


ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!!!!!


ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!!!!!


ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!!!!!


ただそれだけで十数万人、靴底の染みと成り果ててしまう。
足元の街は、玩具ではない。一千万を越える人々が暮らす、原寸大の巨大都市である。
ヨキの足が、ビルより大きいのだ。ヨキの体が、山より大きいのだ。
身長14000メートルに、ほんのちょっぴり届かぬメイドさん。誰にも止めることなど出来ない、災厄の巨獣。
ヨキはこの日のお仕事のため、本来の1万倍に巨大化していた。

「お掃除、お掃除、楽しいな~♪」

お掃除。
ヨキはこの街を、この国を、綺麗さっぱり潰せと命じられていた。
建造物も人の命も、ひとつ残らず消し去るようにと、御主人様に命じられたのだ。
彼らがいったい、何をしたのか。ヨキは事情も解らぬままに、御主人様に誓いをたてた。

「ヨキにお任せください!立派に、つとめを果たしてみせます!」

10歳を迎えたばかりの娘が、一千万人虐殺すると、笑顔で答えてみせたのである。
ヨキは、別に残酷ではない。ひたすら、あるじに忠実なだけだ。
だからこそヨキは遠慮しないし、仕事に手を抜く理由もなかった。


ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!!!!!


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ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!!!!!


長さ2300メートル、幅900メートルの靴が、縦横無尽に無慈悲に暴れる。
轟音と共に刻まれていく、断崖絶壁の深い谷底。これは、靴跡に過ぎないのだ。
ひとたび穿たれた大地の傷跡を、生身のまま飛び越えることなど出来ない。
衝撃と轟音に身動きもとれず、人々は必死で何かに掴まり、無力な神に祈り続けた。
一方、神に祈らぬ者もいた。何とか這いずり車や電車、船や飛行機に乗り込む者達。
彼らは素早く逃げ出し始めた。卑怯ではない。ただ、助かりたい一心で。

「あ、ダメだよっ逃げちゃダメ!」

しかし彼らはすぐに見つかり、優先的に踏み潰された。
ヨキは犬の亜人である。非常に優れた耳や鼻、動体視力を誇るのだ。
たとえどれほど小さくて、素早く動ける相手であろうと、ヨキは絶対に逃がさない。
だが、見つからぬようゆっくり動いても、雲をつく巨人からは、いつまでたっても離れられない。


ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!!!!!


ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!!!!!


ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!!!!!


子供、大人、赤子、老人、悪人、善人、みんなまとめて。
学校、病院、住宅、商店、寺院、役所、ひとつ残らず。
丁寧に、丁寧に。踏み残しなどつくらぬように、丁寧に足を踏み下ろしていく。
赤茶けた土が目立ち始めた。街中に響く悲鳴や怒号も、確実に数を減らし続けた。

「ふん、ふん、ふん・・・ふぅ、疲れたなぁ。少し休もうっと」

どれほどの巨体でも、上等な耳や鼻があろうと、ヨキは10歳の少女に過ぎない。
体力は人並、歳相応だ。すぐ疲れるし、あんまり長く無理は出来ない。
そんな普通の女の子ひとりに、巨大都市が半壊させられたのだから、無様な話である。
ヨキは大きめのハンカチを取り出し、街の上に広げて被せた。

ずずん!!

ヨキにとっては、軽い布。それでもこの街の家屋にとっては、支えきれない重量である。
それでも布のたわんだ場所や、崩れた瓦礫でつかえた隙間に、原形を留める建物もあった。
光を失い暗闇の中、閉じ込められた者達は寄り添い、嵐が過ぎ去るのを待った。

ずどおおおおおおおおおおおおおおおおんん!!!!!!

しかし彼らは押し潰された。ハンカチの上に、ヨキのお尻が圧し掛かったのである。
視界を遮られていた彼らは、迫り来るお尻に最期まで異変に気付けなかった。
座り心地を調整するため、ぐりぐりお尻を押し付けてみれば、彼らは跡形も残らなかった。

「はふう。休憩、休憩、休憩♪」

自慢の尻尾をぱたぱた振れば、背後の都市に暴風が吹く。まとめて、ねこそぎ、吹き飛ばされた。
ヨキが直接都市に座らなかったのは、下着を見られたくないからではない。
足だけで『お掃除』したのもそうだが、お洋服を汚したくないのだ。
少しくらいの汚れはともかく、あまり泥まみれにしては、あとが面倒である。
結局自分で洗わなければならないのだし、何より上司に叱られてしまう。
メイド長ときたら、怒ると御主人様より怖いのだ。

「わう?」

ヨキの右手に、妙な感触。痛くも無い、痒くも無い。だが、確かに何かが当たった。
右手のあたりを眺めてみると、大きく広い公園の中に、何かがたくさん集まっていた。
戦車のようだ。数十台も整然と並び、ヨキに向かって儚い砲撃を続けていた。
ヨキが右手を動かして、彼らの頭上へかざしてみれば、一斉砲火をお見舞いしてきた。
そのまま潰しても良かったが、ヨキはどうしても聞きたいことがあり、右手を引っ込めた。
もちろん、傷ひとつ負っていない。

ズズズズズ・・・!!!

ヨキは体を半回転させ、戦車の群れと正面から向かい合った。
公園は、ヨキの両足の間。戦車に乗った兵隊からは、ヨキのパンツが丸見えだろう。
その間も、砲撃は絶え間なく続いていたが、当然ヨキにはまったく効かない。
人体など、軽く粉々にさせる砲弾。それが何十発、何百発と撃ち込まれている。
なのに、ちっとも痛くない。
三角座りして背を曲げて、それでもなお、ヨキはそこらの山より大きい。
体の大きさが違う、ただそれだけ。だが、あまりに大きすぎる違いだった。
だからこそ、ヨキは不思議に思う。諦めて投降するなら解る。怯えて逃げ出すのも、解る。

「ねえ、ねえ、ねえ。どうして、無駄な攻撃を続けるのかな」

幼いヨキの頭では、彼らが戦い続ける理由が解らなかったのだ。
絶対勝てない相手に対し、抵抗しても意味は無いのだ。逃げたり、降参すれば良いのに。
街のみんなを守るにしても、もう半分以上消えてしまった。手遅れなのだ。
砲火が弱まり、おさまってきたが、それは戦車の弾薬が尽きただけ。
彼らは全然、諦めないのだ。
小さな銃を撃ったり、あるいは手元の瓦礫を投げる。さらに虚しい攻撃が続く。
その弾や石が無くなったら、今度は何をするつもりなのか。援軍を待っているのだろうか。

「助けは来ないよ、解っているでしょ?このあたりは、あらかた『お掃除』したもの。
 それに、万が一ヨキに勝てても、武器が無かったら困ると思うな。
 ヨキは、ひとりじゃないんだよ・・・ほら、聞こえてきた」


ずん。

ずん。

ずん。

ずしん!

ずしん!

ずしん!

ずしいいん!!

ずしいいん!!

ずしいいん!!


ずしいいいいいいいいいんん!!!!


ずしいいいいいいいいいんん!!!!


ずしいいいいいいいいいんん!!!!


ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!!!!!


ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!!!!!


ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!!!!!


戦車に乗り込んだ兵隊達は、遂に抗えなくなった。絶望の淵に落とされたのだ。
4000メートル級の山脈を踏み潰し、ふたりの少女が歩み寄ってきた。
鮮やかな赤毛の髪、耳、尻尾と、真紅に染まる瞳をそなえた、愛嬌のある犬の亜人だ。
身長14000メートルに、ほんのちょっぴり届かぬメイドだ。
目の前の、山より大きな女の子ひとりにも、まったく歯が立たないというのに。
そっくり同じ外見の少女が、さらに、ふたりも現れたのだ。
ふたりはヨキの左右にしゃがみこみ、足元の戦車をじっと覗き込んだ。

「ヨキね、三つ子なの。こっちがコトで、こっちがキク」

「逆、逆、逆。こっちがキクだよ、兵隊さん♪」

「ヨキ、おそーい。コトは、もう終わったよ」

「だって、仕方ないよ。ヨキの割り当てが一番広かったんだもん」

ぷうっと頬を膨らませながら、ヨキはゆっくり立ち上がる。
休憩は終わりだ。
ヨキはハンカチの汚れを手で払いながら、物言わぬ戦車の群れをさくっと踏み潰した。

「あと、半分くらいなの。コトも、キクも、手伝ってくれる?」

「コトに任せろ~♪ふん、ふん、ふん♪」

「お掃除、お掃除、おっ掃除~♪ほら、ヨキも」


ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!!!!!


ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!!!!!


ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!!!!!!!!


束の間の平穏が終わりを告げて、都市は再び、踏み均される。
先ほどまでの三倍の速さで、どんどん命の火が消えていく。どんどん、人が消えていく。
じきに、すべて踏み潰されてしまうだろう。たった10歳の、女の子たちによって。
三つ子は、別に残酷ではない。ひたすら、あるじに忠実なだけだ。
だからこそ三つ子は遠慮しないし、仕事に手を抜く理由もなかった。

「はやく済ませて、帰ろうよ」

「えへへ。御主人様、褒めてくれるかな?」

「よ~し。頑張るぞ、お~♪」

ヨキ、コト、キクは三つ子の姉妹。真面目で素直な、犬の亜人だ。
今日も三人はこの世の何処かで、せっせと働き続けているのだ。
大好きなあるじ、魔王のために。