本記事は「その黒百合はやがて戴冠する」第一話のサンプルです。
4倍の躯体を持つ上位存在のもとに献上された貴族の息子が、強烈な人格をもつ幼皇女に飼われるお話。
見ての通り普段と文の雰囲気が違いすこし硬めの作品です。
【内容】※すべて4倍
・足キス、踏みつけ
・首絞め。唾液交換。キス責め
・白スト顔面騎乗
・感覚注入生顔面騎乗
以上です。
独特な存在感を持つジト目冷徹ロリ皇女に、圧倒され倒錯させられつつ……、というお話。
雰囲気や倒錯感のウェイトが大きく、いつもとは違ったテイストです。
ジト目ロリ皇女に興味のある方、普段のドエロ系が苦手な方なども是非ご覧ください。
https://fantia.jp/posts/2142283
https://natsumegts.fanbox.cc/posts/6450600
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§
旅中、本に目を通せども解さず、馬車の車軸とカンテラの鳴る音ばかりに気を取られていた。考えることはひとつ、身の趨勢と来し方。そして、世の儘ならなさ。永遠の過去と等しく自分の立つ場所も永遠だと、私もまたそう信じる身だったらしい。
小国ではない中流国の、下級ではない中級貴族、その末弟とはいえ地位はあり、これ以上望むべくもないと思っていた。王族や閨閥に苦汁を味わわされることはあろう。宮廷闘争もあろう。だがそうそう飢えることはないのであり、仰ぎ見られても見下されることはない。何も期待されない末弟であっても、やはり。
とはいえそれは、同種の存在の中での話であり。自分の送られる先がいわばその外部であると知った時、私は此岸の無常なるを思わずにはいられなかった。諦念しているのではない。苦笑しているのだ。
……既に旅路、暗く閉ざされた輿の中、館を出て十余日になる。輿、と言えば聞こえは良いが要は箱だ。もはや担ぐ者もいない。ただ城下の人間にだけ見栄を張った虚飾の残滓。その中に勿体ぶって乗り込めというのだから馬鹿らしい。馬車につながれ、終わらない旅路へ出て新月ももう半分満ちた。これから向かう先は、体系の頂上だ。なるほど、二流国の三流貴族が拝める光景ではない。とはいえ拝めないのにはそれなりの理由があるからだ。聖域に獣が入れるのは、供儀とされた時だけ。
つくづく、ため息の出る話だった。
そんな、俄かに。
暴れていたカンテラが、落ち着く。
響く音が変わった。よく整備された、石畳特有の高い音だ。行き交う車輪の音もけたたましい。市中に入ったようだった。
高級な石板を使った、心強い振動。土地柄上、とりわけ堅牢に作られているのがよくわかる。カラカラと軽やかな音と、黙々と行き交う行商の者、使節の者。輿の中では窺い知れないが、陽光の中に広がる森と市街の間、多くの人や獣が往来しているのだろう。
そのうち、霊長種の音も混ざり始めた。
大地と同じその盤石さを、けれど、重く重く震わせるもの。
そうか、これが、その、なんというべきか。
身の丈4倍の巨躯が今、傍を通っている音なのか。
ゾッとしない話だった。
私が生贄として捧げられる存在が、すぐそばで闊歩している。
もう、感傷ごっこに耽っている場合でもなくなったらしい。
こんなものとこれから暮らしていくのか。憂鬱にもなるというものだった。異種族と暮らすだけで、困難はつきものなのに。
姿形が同じだけマシと言うべきか。だが、なまじ似ているというのも困りものだ。その懸隔は覆しがたい。あれは、一度見たら忘れられない。その前に爵位もレガリアもない。権威というものがあくまで仮構物であることを、その巨躯が示していた。そして、その通力も。
いつその足が、狭い馬車の天井を突き抜け降ってくることか。荒々しい男の足か、それとも女の足か。踏み潰される恐怖など、……精神的なものはあれど、物理的なそれを感じたことは無論ない。
これが最後の旅情かと思うと、いっそ微笑を落とさずにはいられない。はじめはどうしたものかと頭を抱えたが、意のままになると思うから惑うのだ。不動心の謂いを思わせる。けれど、その響きすらこの状況となっては喜劇的な悲哀を誘うだけだった。
嘆くなら、霊長と同じ星のもとに生まれてしまったこと、それと触れ合う距離に立ってしまった己の趨勢だ。そして、彼らが国家を持たないことも。
全てに冠たる上位存在、その元に送られるのだから胸中は複雑で、かつ前途は杳として知れない。人間を贈るよりは物を贈った方がよほど喜ばれたろうに、老人方はそれをご存じでないらしい。権力のフィクションの中で生きている。だから落ちぶれるのだ。
……だがそれももう、私とは関係のない話だ。
⁂
どうも私は、正真正銘の贈呈品として、かの国に贈られるようだった。
王宮らしき場所には着いたが、出される気配がまるでない。何か一人、巨大なメイドか何かに持ち運ばれている感覚だけは確かだから、直接陛下のもとにお届けされるのかもしれない。
謁見や使節としての体裁さえ採らない露骨さは、さすがというべきか。或いは道中、上位種族の視線に晒されなかっただけマシなのか。今、この壁一枚隔てた場所から感じる巨体の圧でさえ、私は十分満腹だ。
王宮の外から中へ、侍女に連れられ、その奥へ。閉め切った輿が散々っぱら揺れるせいで、全く生きた心地がしない。いかん、急に喜劇の趣が増してきた。メイドの持つ箱の中で私は吐くぞ。
ゆえに直接、上位種の王の許へ送られる栄誉を賜った時。
半ば酸欠の中、豪奢な絨毯の柔らかさも私は素直には喜べないでいた。
ああ、御前で粗相したらどうしよう。
この地の王がどういうものか。巨漢とは聞くが──この国の人間すべて巨漢であることは差しと引くとしても──少なくとも痩身でないのは確からしい。それを圧倒的な大きさで仰ぎ見ろというのだからご勘弁願いたい。少なくとも今は見たくない。見たら吐く。確実に。身を献じろと命じるなら、その中身まで献上して何が悪いのかと思わないでもないが、さすがにそれが許されるものではなかろう。せめてひとしきり、彼らの世界を味わいたい。できれば観光と美食も是非楽しみたい。学芸も盛んという。是非是非見たい。とはいえ今、巨大な肥満体は見たくない……。
不快な想像で、頭を満たす生贄。
だから最初に御相手の姿を目にとめたとき、私は当惑を禁じ得なかった。
冷ややかな部屋、月光の雨の打ちつける、静謐な一室。
暗い室内には蠟燭一つが灯されて、椅子の半分ばかりを照らしている。でっぷりとした人影は見当たらない。ただその奥、暗がりの中から、目が、こちらを覗いている。
子供……?
そうだ、ほんの子供だ。まだ12歳程度の……。
私室なのか、薄暗い部屋、ソファにしどけなく座る影。月光を背負い表情はよく見えないが、シルエットは明確に子供の形をしていた。無論大きい。600㎝ほどはある。だがそれは、心細くなるほどに華奢でもあった。椅子から踵が浮いてしまいそうなその背丈は、とてもじゃないが成人のものではない。細い四肢が、わずかな光の中で輪郭だけを目に許している。絶対的大きさと相対的な華奢さが、どうにもこちらを混乱させてきた。
夢遊するように、一歩そちらへ歩みを進める。
そして、つと、幼い視線が私を捉えた時。
──凛然。
そう、凛冽としかいいようのない感覚に、襲われた。
澄んだ氷からしたたる一滴に打たれたよう。
冷たさにハッと面を上げれば、目に入ったのは冷徹な、一つのまなざしで。
「…………──────」
深海のように静かな瞳が、こちらを見下ろしていた。深い青は憂いを帯びて、暗がりに燐光を灯している。切れ長の目元は流し目で私を捉え、鋭くも気怠げだ。それが、幼い少女の顔だちの中に、昏くも輝いている。
遥か高みから、光を灯したジト目。何か、部屋の隅の蜘蛛でも見るかのようにこちらを見貫く、青い瞳。
なんだ、この小娘は。
なんなんだこいつは。
いや、ある意味明白ではある。
おそらく、おそらく彼女はかの第三皇女なのだろう。年齢的にそうとしか考えられない。だが、カテナ殿下の噂は不自然に耳に乏しい。病弱なのかと噂されてすらいる。それも今ならわかる。形容しようがない。少なくとも、簡単に言葉で飼い慣らせる存在感ではなかった。
“王族の目を直視すると盲いる”、と教える国もあるという。慌てて私は、目を伏した。
そのせいで一層、沈黙は深く重くなっていく。
「…………」
幼い王女は何も言わない。ただ苦しいほどにこちらを見下ろしている。まだ全貌の見えない中、眼の燐光だけが浮かんでいる。
そして、極小音の吐息を漏らすと、こちらを見抜く。値踏みするというより、見透かしている。彼女らは通力をほしいままにすると聞くが、恐らくそれではない。人格だけで大の大人を委縮させている。
ここに立っていて良いのか……? ここからでは彼女の、子供の、脚を見上げる構図だ。暗々として見通せないながらも、恐らく召し物はわずかにごく薄い部屋着だけ。あの薄着の中を見てしまったら、殺されるのではないか。いや、殺されて当然だ。フォークの扱いひとつで首が飛ぶ世界だ。そもそも私は黙っているべきではない。そうだ、話さねば。儀礼に則り身分を弁え、でも、何を──?
だが先に口を開いたのは彼女の方で。
かつその言葉は、なんら形式的な響きを持たない、一つの呟き。
「あのタヌキが……」
一つの、呪詛の言葉だった。
忌々しげに絞り出す、声音は相応に幼いが口調は老成している。何よりその含んだ毒は、とてもじゃないが子供の出していいものじゃない。高く澄んだ声は、倍音に隠し切れない渋みを含んで鼓膜を過ぎていく。それがまた、もう一セリフ。
「余計なものを……。それも、よりによって矮人なんかを、どうしろというの? 黙ってるからって、私を木偶とでも思っているのかしら」
深くため息を吐く。王に向かってなんという口をと思うが、私とても全く同意の内容だった。ただ、その冷厳とした視線をこちらに向けるのは、やめてほしい。
「おい、こっちを見なさい。…………見ろと言っているの」
途端、見えない何かにずいっと顎を上げられる。己が筋肉が、内側から動いてしまうような奇妙な感覚。これがくだんの通力というものか。彼女らだけが、唯一種的に霊長と呼び倣わされる所以のもの。参った。これは本当に、動けない。
「その顔、案の定いきなりここに呼びつけられたみたいね? ご愁傷様なこと。お前もこれまでね。故国の土は踏めないでしょうね」
憐憫などいささかも感じさせない声で言う。存外に喋るが、恐らく会話と思ってはいないからだ。青い瞳ばかりが気だるくも鋭くこちらを射抜いて、どうも落ち着かない。
それでも目が慣れるにつれ。
浮かび上がってきた姿はやはり、子供のそれだった。思慮するように頬杖を突き、どうもこちらを見下ろしているらしい。その服はやはり、王族とは思えないほどにごくごく質素で、黒いワンピース様の何かを身に着けている。ローブのようなものをまとってはいるが、皇女と知らなければ修道女にさえ見紛う出で立ちだ。黒く幼い信仰者。とはいえ、まるで貞実ではない。むしろ退廃的だ。こんな幼女がまとっていい雰囲気か? これだから霊長種は……。
「厄介だからって末娘に押し付ける。これが王たる人間の器? 姦計ばかりを知って、タヌキと言わなければなんというの? 害獣駆除が必要かしら。そろそろ御隠れになるべきと思わない? あれよりは、よほど私の方がうまくやれると思うのだけれど」
痰壺にでも吐き捨てるように言う、妖艶で毒ある幼皇女。どう考えても反逆の意にしか聞こえない。
それが、不意に眼光を不意にこちらに向けると、
「お前もそうは思わないかしら?」
これまた、私に困難な問いをぶつけてくる。
ここまで血の気が引いたのは、初めてかもしれない。
「い、いえ、その、如何申し上げたらよいか……」
一方、その言葉に殿下は虚を突かれたようだった。
「……はぁ。これじゃ、独り言もおちおち言えないわね」
深くため息を吐く黒髪の幼女。言葉もわからないと思っていたのか。言葉を知らない中級貴族が、ノコノコ王室に来て何をするというのか。いや、言葉を知っていたとて何が変わるでもないが……。
いや、おかしい。先方がそれを知らないはずがない。
案の定、殿下は口角の片端だけを上げると、
「そこの。鍵を締めなさい」
控えの侍女に、錠を掛けさせてしまった。
「さて、どうしようかしら」
幼い顔立ちにニタリと狡猾な笑みを浮かべる皇女。黒狐のような笑みは何か期待するような眼差しにも見えたが、こちらとしては脂汗を流すだけだ。ハメられた。聞こえないふりをすべきだった。
「これでお前を、外に出すわけにはいかなくなったわ。わかるわね?」
生の脚を組み、頬杖をつき、どうも私を試すつもりらしい。こちらを少し覗き込む。幼い娘のむっちりとした脚が、頭上でたわんでこちらを見下ろした。この段になってようやく、髪を右側で丸くまとめ、シニヨンにしていることに気づく。とはいえ今は、それどころではない。
「ここにはタヌキが1匹、狡猾な女狐が2匹に、傀儡が大勢……。その中へ、私の悪言を聞いた虫が出て行って、代わりに良くないものが帰ってきたりしたら……、ねえ? 小娘が警戒するのも、当然でしょう?」
クツクツ笑って、私を慌てさせるカテナ殿下。趣向を変えて、小人の狼狽で無聊を慰めようというのだろう。とんでもない娘だ。だが、王族ゆえの傲慢さから来るものではない。
「お前たちの爵位、権威、法、全てが通用しないことくらい知っているでしょう? お前は人身御供よ。末弟として生まれた以上、お前が一番わかっているはずね?」
第三王女としての自嘲を含んでいるようにも見えた。とはいえ、その立場になんら痛痒を感じているとも思えない。この少女、齢12にして立場を自覚するどころか、既にそれに厭き厭きしている。私が半ば投げやり、否その投げやりささえ中途半端にであったことを考えると、近いようで彼我の差は広い。
「無に等しいお前が、王権に唾吐く私の物言いを聞いてしまった。殺してしまおうかしら。飼い殺してしまおうかしら。どの道お前はこれまでの身でしょう。生き残るとしたら、逃げるか、懐柔するか、そうね、私に挑んでみるというのも素敵だとは思わない?」
そう言って、ようやく私の拘束を解くと。
「さあ、お前はどうする?」
自分の膝にも届かない年長者に、無理難題を押し付けた。
「わ、私はそのようなことは……」
「物を言えとは言ってないわ」
お手上げだった。面白がらせろと? この強烈な性質の小娘を? 無茶は言わないで欲しい。面白い人間であれば、つまらない物ですがと贈呈されてはいない。
「そうね、今ならその剣を抜くのも許してあげる。何をしてもいいわ。私は何もしない。どう? 上位存在に、神人に、公然と刃を向けるなんて歴史を見ても僅かだけれど……」
…………。
私の無策を、カテナ殿下も見抜いたらしい。
「そう」
興醒め、とでも言いたげだった。時間切れのようだ。
それから、生脚を組み替えると。
「なら舐めなさい」
私に、その美しい足の甲を突き出す。ヒールを履いた、白磁のように白く、蝋のように滑らかな足。既に完成された造形が、目前で揺れている。その、80㎝ちかい大きさで。
「どうしたのかしら。厭なのかしら。厭だと言うなら相応の処分が必要なのだけれど」
ずいと身を乗り出す殿下。その時初めて、月光の中に全貌を現した。腰元まで伸びた長い黒髪を、ひとつお団子に結って一房垂らし、編み込みを後頭部に沿わせ、そして後は滝のごとく椅子一杯に広げ溢れさせている。黒曜石のような艶やかな漆黒。黒ワンピースの中、顔と四肢だけが浮き出たように白い。
そして、漆黒のヒールに色白の甲を輝かせ。忠誠のキスを一回り以上年上の男に命じる幼女。4倍サイズの子供の足は、それでも私の上半身と同じサイズだ。
歳不相応の履物を履いた素足は、倒錯的だった。何より、幼い王女の足を舐めろと。肌を穢す訳にもいかない。とは言え、無視する訳にもいかなかった。
「…………へえ?」
震える手を馬鹿でかい細足に添え、視界を黒と白で埋め尽くし、その、革靴の先端に唇をつける。
成人男性が、十は年下の小娘の靴を舐める、おそらくその光景は耽美だったろう。
恐る恐る顔を上げれば、カテナ殿下はニッコリと、驚くほど愛らしい笑みを浮かべる。年相応の表情に、一瞬心が弾んだ。
助かったのか?
だがやおら、ドスッとヒールは私を踏み潰すと、
「下品な犬に興味はない」
そう言って蹴り飛ばす。
「着替えるわ。そこの2人、手伝って」
そして侍女2人を連れ立つと、奥へ引っ込んでしまった。
§
どうもこうもなかった。
事実私はかの王女の部屋に監禁され。
以降、一度も声を掛けられることがなかった。
無視だ。完全な無視。等閑視以上のものだった。
「あの、カテナ殿下、様……?」
「───────」
黙っているのではなく、言葉がない。そのまま、退屈げに窓の外を見遣り、時折広い室内を歩いては何か呟いている。
そして、私を踏み潰しかけるのだ。
無論、身分が違いすぎる。何より霊長種の王族となれば宜なるかな。とはいえ、全く存在しないかのように扱う徹底ぶりは凄まじいものがあった。認識を阻害する術でもかけられているのではないか。彼女ともなれば造作もあるまい。そんな存在と同居させられて、針の筵などというものではなかった。
朝晩、私などには構わず闊歩する妖女。生活する中で微塵もその雰囲気を変えないのが空恐ろしい。そしてすらりと美しい足を私の横に振り下ろすと、跳び上がる私を蹴り飛ばすこともあった。
子供らしからぬ重々しい一歩に、腰が抜けそうになる。
一トンもの体格の、華奢な幼女。儚げで、雑踏の中に紛れ消えてしまいそうな娘。折れてしまいそうな四肢。そんな子供でも、踏まれたら死にかねないのだが。私の生来の物静かさのせいで、本気で気づいていない節すらあるようだった。だが反応が変わらないため、判別するのも難しい。この幼女は、私がその足で挽き潰されても顔色を変えないだろう。その小さな足が、人間の骨をメキメキと踏み潰し、肉塊へと変えていく光景。綺麗な足が上がればべったり糸を引く小人の臓腑。それはインモラルな頽廃美を感じさせる光景だろうが、生憎子供の足で踏み潰されるのは御免だ。
ただ、動いている時はまだいい。いずれ部屋を後にするのだから。
問題は室内、音もなく、物々しい雰囲気をまとって、おくつろぎになられているときの方だった。
「────────」
ソファの上にしどけなく横たわる皇女。窓から這い入る曇天の鈍光をまとい、本をめくっては数行目を通し、目を閉じ本を閉じる。それから瞑想に似た沈黙ののちに、本を開き、数行目を通し……。
つまるところ、かの第三皇女は私室では全くの怠惰という他なかった。
そもそも彼女らに睡眠が必要不可欠なものではないことを考えると、時間の浪費、最高の奢侈とすら言っていい。惰眠なのか、瞑想なのか。測りがたい沈黙の中に、私もまた囚われる。
いつも物憂げに横たわり、時に及んで侍女を呼んでは、扉越しに二言三言口にするだけ。無気力でありつつ、どことなく張り詰めた気配。酒類や刻み煙草を嗜むこともあったが、考え事の手慰みといった趣が強い。
堪ったものではない。
重い静謐に閉じ込められ、逃げることも動くこともできない。音を立てれば殺気が飛んできて、不意に見えない“何か”で縛り付けられることもあった。
気が、休まらない。
神前に座し続けるほうがよほどマシだ。
おまけに彼女自身が、目を奪い続けるのもまた厄介だった。
今もしどけなくソファに横たわるおさな姿。
高級で大型のソファにすっぽり隠れるように、その600㎝近い肢体を収めている。大きすぎる椅子に身をうずめ、僅かに見えるのは手足と髪だけ。黒髪ロングの滝をソファに流し、お団子から流れた支流を胸に沿わせ、艶めかしい曲線をはべらせて、四肢の美しさを際立たせるのだ。
修道服のような黒いワンピース、その簡素な服が腰の曲線に張り付き、むっちりとした太ももが覗いている。下から見上げれば、鈍光に照らされ育ちかけの胸元が輪郭をまとっていた。長い睫毛は光の粒子をまとって煌めき、細く繊細な髪がソファから溢れているのにもまるで気にする様子がない。
それを色気と呼ばずしてなんとするべきか。
幼皇女の纏う倦怠的な妖艶さは、幾度と形を変えて生まれ変わった魔女のようでさえあった。傾国の美女がその実妖狐であったという東国の話も、今となっては真実味を帯びてくる。その身分に相応しくない頽廃を孕み、その年齢に相応しくない気怠さを漂わせ、伏した瞼から覗く瞳はそれでも青い燐光を隠さない。
間違いなく絶世の美女になる娘は、孕むその艶姿を隠しているからこそ却ってなまめかしかった。一般にそれを倒錯と呼ぶ。実際に目の当たりにしていない者だけが、非難出来る情欲だった。
おそらく彼女は、この場所に生まれてくるべきではない。
かかる内面は、現実でなく本質によって彫琢されたものとしか思えない。こんな倒錯した高潔さは、王族より体を許さない高級娼婦の方がまだしも近かろう。だがそもそも、何か与えられた服に袖を通すべき人間ではないのも確かだった。
言葉にならない目前の艶姿を前に、倒錯を持て余す小男一匹。
一方の皇女殿下は、寝たまま本の頁を繰って一時間。不意に本を投げ捨てると、こちらに背を向けてしまった。
拾う方の身にもなってほしいが、拾えとは言われていない。拾わざるを得ないだけだ。彼女は実に女王であった。
第一、自ら無視しつつ、無視されてあれと言うのだから。
私を視認対象として承認しているのかいないのか、ここもまた測りづらいところであった。
それでも、侍女がそばにいない時などは誰でもいいらしい。というより、誰もいない時にようやく私は、「誰」のうちに入れられるらしかった。
「……」
気だるげに、ソファから腕を伸ばす。伸ばしたままだ。そろそろ私も慣れてきた。おそらくこれは、水を出せというのだろう。
そして、コップ一杯の水を必死に持っていくと。
「莫迦。違うわ」
そう言って水をかけられてしまう。
「はぁ……」
ソファからすらりと伸ばされた足、その無垢な乳白色が私の上に掲げられる。
そして、思いっきり踏み潰すと。
「愚図。本当に、貴様は……」
濡れた体を、ぐりぐりと踏みつける幼皇女。子供特有の造形の足が、胸に押しつけられたと思えばそのまま押し倒し私を踏みにじるのだ。柔らかさと共に、過度な重圧が胸に加わる。
「ぐぅ…………ッ!」
「声を出すな」
ご無体なと言いたい口を塞いだのは母指球だった。顔面を重く踏みにじられる。ぷにぷにとした感触が顔面で暴れて、子供に踏まれているのがよくわかる。
恐ろしいことだった。
彼女の行為がじゃない。
私が、何ら屈辱を感じなかったからだ。驚いた。仮にも貴族のご子息様であったというのに、子供に顔を踏まれて平静でいられるなどと。いつの間にこれほど卑しくなっていたのか。内心衝撃だった。
或いは、この光景に中てられたのか。
水にうっすら濡れた足が、鈍い陽光に照らされて輝いている。すらりと伸びていく美脚。真下から見上げるロリ皇女が、その倒錯を峻烈に胸に突き立てた。
おかしい。何かが頭をもたげ始めた。肌を感じてしまう。ぷにぷにとした子供特有の足裏が私を犯す。それに反応していた。骨が軋んでいるというのに何故。いかん。このままでは、だが、だが、どうすれば?
「……」
足を止め、何かを見出したようにこちらを見下ろす。その理由に私はハッとして身を隠すが、今更遅かろう。無表情な中で、おそらく彼女にしても予想外であったに違いない。片眉が、ほんの少し持ち上がった。
それも、ただ須臾のことで。
踵を、股間に思いっきり叩き込むと。
「犬が、羞じらうな」
氷の瞳がそのまま私を追い詰める。押し返そうとも無駄、重さだけで抗えない美獣が私を暴き立てる。叫んだ。やめてくださいと、助けてくださいと懇願した。それをおみ足が蹂躙する。終点は彼女とて知っていように、やめてくれないのだ。
凄まじい水音と汚い声、何かののたくるような音とともに、一瞬、一瞬殿下と目が合った。その伏した目が、何やら細まる。
そして、グッと強く踏み込むと。
無理やり、私の醜を搾り出してしまった。
⁂
或る日。
朝早く、妙に清々しい曙光の中で目が覚めた時。
小男はギョッとした。
子供が立っていたからだ。
カテナ殿下だった。
「……侍女があれほど慌ただしかったというのに、よく眠っていられたわね」
黒百合の少女は今は一人。いつも以上に不機嫌な様子で、鏡の前呻いている。
理由は明白だ。明らかによそ向けの服。瀟洒だが可愛らしいドレスに白タイツ、普段とは打って変わって少女性を主張する服装で、誰だかわからなくないほどだ。
そう言えば、この御仁はお姫様であったか。結われた髪を指先で弄び、一瞬少女らしい雰囲気をまとう殿下。別人のようだ。甚だ失礼なことを考えている気がする。彼女には筒抜けだろうに。
「……矮人だから赦せる不躾さね。お前、目を潰されたいの?」
そう言いつつも、これからの野暮用の方が煩わしいらしい。記憶の限り祝祭も近い。王室会議だろう。
窺い知るに、かのお歴々も穏やかではない関係だ。歳不相応な怜悧さを目立たせるわけにもいくまい。半日猫をかぶらざるを得ない訳で、彼女が不機嫌になるのも無理からぬところではあった。
唇から細いため息を吐く殿下殿。
そして、なぜ私が……と漏らしながら、しぶしぶ出ていったのだった。
──暫しの後、時計は昼を超え、気軽な無聊も少々持て余しつつあった。
残された私は、しばらく部屋の掃除をしていた。不思議なものだ。つい半月も前には、全ては侍女にさせていたこと。小柄な娘たちが私を見上げ、顔色を窺い、何かすることはないかと探りを入れていたものだった。親しんだ家の中、それを当然と受け入れて尊大に物を言いつけていたのが、私だというのに。
それが今、子供に見下ろされ、部屋に軟禁され、その埃拾いで薄汚れている。数着持ってきた服も、もはや見る影もない。貴族然としたフリルシャツとスーツ、それがたった数日でボロ切れ同然。誰からも知られない中、身分の上から下へと堕ちたわけだ。
片や飼い主は今、権謀術数の只中。気の詰まる駆け引きと気の休まらない犬生活、どちらがいいかと言われれば悩ましい。煌びやかな生活に道楽を嗜む余裕はあった。スノビッシュな欲望を満たすこともできた。今は何もない。質の異なるものを比べることに、そもそも意味があるかも怪しい。
だが、王宮のどこか、今も一人立つ少女を思うと贅沢を言うつもりにもなれなかった。
心配はしていないが気がかりではなる。不憫ではあったし仕方ないことでもあった。彼らの問題はこの星全て、翻って全てを富としている。無上の喜びにもなろうが、他種族、他国の全てもまた跳ね返ってくる。
くだらなさも、濃集されるというものだろう。
それもこれも、彼らが国を持たないからだ。だからこんなことにもなる。
──奇妙な物言いだが、天国が国でないのと同じ意味で、この国は国ではない。確かに、王がいる、宮廷がある、臣民がいる。だが国家とは、別の国家を前提とするものだ。彼らは他国の存在を許容していない。
簡単な話だ。ここに長たる存在がいる。その周辺に、犬、鳥、獣と並んでいたとして、それに統治を認めるか? 領地に獣の縄張りがあるとする。その境界を、法的に、政治的に、認める必要がどこにある? 位階に基づく世界は静的であり、生成消滅する国家の容れる余地はない。あるべきはただ体系だけだ。
上位種が星を支配する。その似姿として下位種が民草を治め、その中で家が、自然が、新陳代謝を繰り返し、翻って星全体を構成している。フラクタルをなす循環のなかで、かの“国”と我々の国家には類比的一致しかない。こうした独特の全体論ゆえに、かろうじて彼らはすべてを放任している。とはいえこの形式的な帝国的性格も、彼らにとっては仮象に過ぎない。
ゆえに我々の国家はすべて、彼らには黙認状態の不法建造物だった。我々は彼らの“星”を模倣する限りで、その相似物として国家の擬制を許されるにすぎない。戴冠する浮浪者たちが官憲からお目こぼしを預かるには、階層世界の新陳代謝を担うほかなかろう。それも、卑しく恭順を示しながら。
私はその、無に等しい贈呈物だ。
その中にいて、私には私の、彼女には彼女の困難と趨勢がある。その点で、不遜な物言いをすれば私とカテナは同じだろう。
とはいえ、それを憐れむのは筋違いというものだった。
ため息をつく。長い話は嫌いだ。
掃除に戻った。
⁂
結局。
結局カテナ殿下が戻ったのは、夜半を過ぎて後のこと。
雨がちな国の雨の夜、私室の扉が開いた時。
只ならぬ雰囲気、黒い塊が這入って来たのだった。
「…………………………」
物々しい雰囲気を漂わせ、その表情は陰に隠れて測りがたい。気疲れしている、というより、気が立っている。何があったのか。
もちろんそれを、口に出す皇女ではない。
ただ、私を蹴倒し、床に転がすと。
「殿下……? ぐっ?!」
両腕を掴んで振り回し、そのままベッドへ投げ飛ばしてしまった。
そして矮躯の上に跨り、とす、とす、とその拳を捩じ込む。
「あのタヌキ、タヌキ、タヌキども……ッ! いつか縮めて鼠の生餌にしてやるッ!」
子供の、力を入れていない拳が私を穿つ。それもだんだん強くなると、ついには小男も呻き始めた。
物扱いされるのは良い。無視されるのも良い。だが、代替物にされるのは御免だった。別のものを入れる袋として使われる。ゼロを超えてマイナスだ。一切のものを等価として扱う彼女には、それも自然なことかもしれない。とはいえそれは、向こうの事情だ。無視されてもいないのに見られないというのは、どうにも受け入れがたいものがあった。
それが、新しい欲求であったことを私は知らない。
諦念だらけの小人に珍しく気がこみ上げる。私を貫通しどこかを見定めるその鋭利な瞳。これをこちらに向き直させなければ、腹の虫が収まらない。
最後に一つ、重く私を打った手。
それを押しのけようとし、私は幼女をにらみつけた。
見ろ、見ろと、こちらを見ろと。
珍しく私は怒っていたのかもしれない。
或いはそれが効いたのか。
不意にその視線がこちらを見る。
ピントが合い、わずかに好奇の色さえ浮かび始めた。
「…………へぇ?」
無表情のまま、私の上に跨り、私をジロリと見下ろし。
「私にそんな目を向ける人なんて、そうそういないと思っていたけれど」
何か、悪戯めいた表情で口角を薄く上げた。
ああ。
笑ったのか。