帰宅し靴を脱いでいると、小さな人影が駆け寄ってきた。いじらしく、パタパタと尻尾を振っている。
「おかえり、おかえりなさいみかさま!」
飼っている私のネコビトだ。大喜びで私の周りを駆け回る。ぱたぱたと膝元で駆けるその人形のような姿は、まさに天使。いや、妖精? 縮んだ少女のようなそのさまは、綺麗で可憐で可愛くて、見ているだけで仕事の疲れを忘れてしまう。
胸に飛び込んできた小人をわしゃわしゃ撫でくる。
「ただいまくるみ~。いい子にしてた? ちゃんとご飯食べた?」
おもわず気の抜けた声だ。どんな悩みも吹き飛ぶような笑顔を咲かせて、彼女はこくこくと頷く。
「いいこいいこ」。ケモ耳の間を撫でてやると、くすぐったそうに彼女は笑って、私に抱き着いてくる。愛しい気持ちが溢れて、私もぎゅっと抱き寄せた。
しゃがむとくるみは必ず胸に飛び込んできてくれる。すりすり頭を寄せてくるのもいつものことだ。それがまた可愛くて、充電するように抱きしめる。
ひとしきりくるみ成分を補給すると、私は彼女を開放してやった。
「じゃあ、着替えたらご飯にしよっか」
「やった!」
そう言うとくるみはもう一度頭をすり寄せて、エサ入れを取りに台所へ消えた。
ちょっと物足りない。けれど大丈夫。明日は休みだ。一日この子と一緒にいられる。
「みかさまはやくはやく!」
着替える私を、エサ入れを持って急かすくるみ。ちょっと犬っぽいかも。でも可愛い。
戯れに脱いだシャツを被せてやる。私の腰ほどもない躯体はすっかりシャツに包まれて、もぞもぞと袖を通した姿は大きすぎる白衣を着ているみたい。そのままわしゃわしゃと神を撫でてやる。背中まで届く黒髪はさらさらで、すぐにくしゃくしゃだ。
「みか様きょうも一杯働いたね」
くんくんとシャツの匂いを嗅ぎながらくるみは言う。嬉しくなって、また私のシャツの中の小さな体をぎゅっとした。少女らしい起伏を、胸に感じる。
「わかる?」
「うん! だってたくさん汗かいてる。ちょっと疲れてる匂いもするよ」
さすが獣人だ。なんとなく、もっと嗅いでほしくなる。
へいき? と首をかしげてくるくるみに、私はにっこり笑って、
「大丈夫大丈夫。へっちゃらよ」
ポーズを作ってみせる。実際疲れは感じていない。
「よかったあ」
おかげさまでね。ああ、かわいいなあもう。
「今日は何にする?」
「えっとね、赤!」
赤い袋のカリカリを指さす。くるみの一番好きな銘柄で、二日に一度は食べている。ちなみにコンソメ味。
必要な分だけ入れてやる。本当はもっと欲しいのだけれど、くるみはありがとうといってテーブルに持っていく。健康管理はきっちり。長生きしてほしいもの。
私も作り置きを温めて、席に着く。
「じゃあ、頂きます」
「いただきまーす」
言うや否やくるみはエサ入れに顔を突っ込む。初めの一口は必ずこうだ。ネコとしては、やっぱりかぶりつくのがお好みらしい。そして手で掬い、両手いっぱいの幸福をかみしめる。よほどおなかが空いていたのか、くるみはいつにもましておいしそうにそれをほおばる。けれど欲張ってカリカリをたくさん掬うものだから、ぽろぽろこぼしてしまう。
「ほら、こぼしてるよ」
「うん!」
転がったものをつまんで、口に入れてやる。パクっと私の指にくいつくと、照れたように笑ってミルク容器に顔を突っ込む。
「あ、今日ね、新しい友達が出来たの!」
ミルクのヒゲを作って顔を上げると、くるみは言った。
「お友達?」
「そう。集会に来たの」
ネコビトもネコの集会を開く。時折空き地などに円を作っているのを見ると、まるでゲームの世界のような光景だ。
「すごいんだよ、何でもできちゃうの。ご主人に教えてもらったんだって」
「そうなんだ。あ、アイス食べる?」
キラキラした笑顔でそう言うものだから、それが可愛くて、ついつい甘やかしてしまう。歓声を上げてくるみは椅子に飛び乗った。流石にアイスは口をつけては食べられないので、スプーンを渡してあげる。
くるみはくるくると器用にスプーンを回しながら今日会ったネコの話だとか、見かけた鳥のこと、どこそこの誰がお菓子をくれたなどと話してくれる。日中一人で出歩くのは不安だし、こうして嬉しそうに話すのをみるとちょっと妬ける。でもいいのだ。部屋に閉じ込めておくのはかわいそうだし、首輪にはGPSもついている。それに、賢い生き物だから、何が危険かは心得ている。なにより、こうして目を輝かせて話してくれるのだ。ずっと一緒にいたら、こうして話してくれることもないだろう。
「手品が得意なの。なんかね、火とかも出せちゃう」
「火?」
賢く器用な彼女らにとって、手品は十八番だろう。けど妙だ。ネコビトは火が苦手である。ホットミルクをあげるとすぐ仲良くなれるのは、温かいものを作れないからだ。
「珍しいねえ」
「でしょ?」
感心したような私に、くるみは嬉しそうにする。笑うと人懐っこそうに眉の下がるのが私は好きだ。ホント、なんでこんなかわいいのかな。
売れ残っていたくるみを飼いだして、私の毎日は本当に変わった。彼女は私によく懐いた。ネコビトから人にうつる病が流行っていたころで、彼女は売れ残った自分を買ってくれたわたしに、こころから感謝している。けれどそれは私も同じだ。
そうして話していると、とっぷり夜はくれていく。私たちはお風呂に入って、ちょっとテレビを見て、それから明日に備えて床に就く。
「あのね、みかさま」
電気を消して、ベッドに入るとくるみは囁いた。
「ありがと。くるみを救ってくれて」
思わず胸が苦しくなる。何とかこらえて、ギュウっと抱きしめてやる。
安心したのか、私の腕の中ですうっと彼女は寝息を立て始めた。
私たちは一つだ。同じベッドで、体を寄せ合って眠る。
「みかさま、みかさま!」
朝、僅かに重みを感じて目を覚ます。私の上に乗っかったくるみに、揺り動かされていた。こうするのが一番起きやすいと学んでいるのだ。
「おはようくるみ……」
低血圧気味の私。朝には弱い。くるみが起こしてくれなかったら、遅刻の常習犯になりかねないくらい。くるみさまさまだ。
「おはよう! 朝ごはん出来てるから、元気になったら食べてね」
ぱたぱた尻尾をふってくるみは言う。猫は早起きだ。本当は起こしたくて起こしたくてたまらないのだろうけれど、くるみはいつもぐっとこらえてくれる。そんな気持ちの結果が、出来立ての朝ごはんなのだ。
しゃんとしなくちゃ。私は顔を叩いて立ち上がる。
「ホントにありがとう」
眠い目をこすりながらパジャマを脱いでいく。ブラジャー姿のまま、クルミのパジャマも脱がす。ちょっとパンくずがついている。
(今日はサンドイッチかな)
ぼうっとそんな風に思いながら、私はタンスで今日の服を選んでやる。本当はくるみだけでもできる。けど、私にやってもらいたいらしい。そんな好意がくすぐったい。
今日はワンピースにしてやる。幼い言動の割にちょっと大人っぽい顔立ちのくるみは、途端に美人猫だ。
「ばっちり!」
くるくる回って調子を確かめると、くるみはそう言う。そのまま、とたとたとシャツを取り出してくる。今度は私に着せてくれるようらしい。私の役に立てることが、彼女には無上の喜びなのだ。
背伸びしてボタンを留めるくるみを、座って見下ろす私。ちょうど鼻先にある頭を優しく撫でてやる。ふわふわと柔らかい香り。けど、少女っぽい華やかな香り。
「ご飯食べたら、散歩にしましょ」
コレもいつものこと。散歩好きのくるみは、私と一緒に行くのを楽しみにしている。やったやったと飛び跳ねる。私はごそごそと箱を手繰り寄せて、中身を取り出す。
首輪。くるみは頭をこちらに差し出して、私が首輪をつけ終わるのを嬉しそうに待つ。
「苦しくない?」
「大丈夫、ほら、いこいこ?」
私は微笑していった。
「ふふ、まずはご飯よ」
忘れかけてた幸せに、くるみは歓声を上げた。
散歩から帰るとお風呂の時間。いつもの日課だ。
「おふろおふろ!」
「こらこら、あぶないよくるみ」
キャッキャと跳ねるくるみ。ごめんなさーいとくっついてくる。私の太ももほどしかないその胴をぴちっとくっつけて、くすぐったそうに笑った。
「ごめんなさーい」
「ふふ、そんな子はごしごし洗っちゃうぞ!」
「キャー!」
くるみは可愛らしい声を上げて私の腕の中に飛び込んだ。
「しっぽ! しっぽあらって!」
くるみがはしゃぐ。ネコビトは尻尾をほぐされるのが大好きなのだ。羽毛のような軽さだって、非力なネコビトにとってその長い尻尾は重いらしい。
丁寧に洗ってやった後、その付け根をコリコリと揉んでやる。よほど凝っていたのか、こらえるように私に抱き着くと、その細い息を私の胸に吐き出す。
「は~~ごくらく~~」
「そんなセリフどこで覚えたの?」
舌ったらずに言うくるみをクスクスと笑う。
「ほらほら、こっち向いて?」
「はーい」
私は掌でくるみの体を洗ってやる。スポンジを使うと毛が抜けてしまうのだ。
こんなに小さくても、ちゃんと乳房があるのが面白い。アンバランスな感じはしない。ピンクのつぼみのような乳首も可愛らしく、ふんわりと大きな膨らみだって、花びらで隠れてしまいそうだ。そう、妖精なのだ。
ため息が出る。だって可愛いのだもの。この世の何よりも可愛くて、輝いてる。宝石のようなその肌を優しく撫でてやると、トクトクと可愛らしい心臓の鼓動が掌に伝わってきて、それがまた愛しい。
その肌を泡だらけにする。絹のような髪を丁寧に洗ってやる。そのたびにくるみはきゃいきゃいはしゃいで、喜んで、シャボン玉を飛ばす。
そして肩を寄せ合ってお風呂につかり、手遊びをしたり、クイズをしたり。ひとしきりお風呂を楽しんだ。
お風呂から出ると、私たちはお互いに服を着せあって、同じ布団に潜り込んだ。
「今日もたのしかった!」
ぽすっと枕に頭を預けると、ふんわり髪が広がってくるみの香りが広がった。
「ふふ、それは良かった」
頭を撫でてやる。横には小さな、叩けば折れてしまいそうな肩が覗いている。
「明日は仕事だから、いい子でお留守番、ね?」
「うん! おしごと、頑張ってね!」
この子を家に置いていくのが本当に辛い。くるみのためなら頑張れる。けれど。
「……私も、ネコビトになれたらなぁ」
そうすれば、くるみといつも一緒にいられる。そうすれば、もっとくるみを甘えさせられる。
「……おしごと、大変?」
「そうねぇ、ちょっとしんどいことも、あるかなぁ」
この子と離れること。それは私にとってそれだけでストレスだ。仕事は辛く、剰え夜は遅い。
「でも、くるみが癒してくれるから大丈夫」
「ほんと? 嘘ついてない?」
気遣わしげにくるみが見つめる。
くるみが癒してくれない訳が無い。もちろんよ、と頭を撫でる。けれどくるみは
「ううん、おしごと。ほんとに大丈夫?」
「……」
一瞬、言葉に詰まった。取り繕う言葉が見つからない。事実、既に気は重いのだ。寝たくなかった。明日が来てしまう。
「いいのよ。お仕事でくるみが美味しいご飯、食べられるんだもん。あっ、そうだ! 明日はカリカリの新作、買いに行こっか!」
無理矢理に話題を変える。
ネコビトは賢い。くるみは騙されなかった。不安げに私を見た。でも、天下のカリカリだ。やっぱり嬉しくて、だんだん顔がにやけ出す。
そしてついに、
「ミカさま大好き!」
歓声をあげて私に抱きつく。
クスクスと笑いながら、私の腕の中に収まったり、じゃれついたり。
そんな様が、愛しくて愛しくて、切ないほどに胸が熱くなる。
「私も、大大大好き!」
潤み目でそう言う。
仕事の辛さを思えば思うだけ、くるみが愛しかった。くるみを失うのが本当に怖い。
守ってあげなきゃ。そう思う。
あまりに可憐な彼女を、誰かが連れ去らないとも限らない。日常のふとした瞬間に、その細い腕が、体が、傷ついてしまわないとも限らない。ネコビトは弱い生き物だ。ヒトである私が、守って、愛して、慈しんで……。
愛が溢れてどうしようもない。あまりに可愛くて、愛しくて、愛しくて……、
「ミカさま、ギュってして?」
……愛しい気持ちが溢れて、壊れそう。壊しそう。
私は、その細い体に手を伸ばす。
…………。
私の下で、小さな影が揺れている。
「みかさま、ぁっ……」
その小さなつぼみを摘ままれるたび、それは切なく飼い主の名を呼んだ。
手は掴まれて、脚はこじ開けられて。それでも、私の下にすっぽり収まってしまっていて。
「みかさま、おもい、おもいよ」
小さな小さな妖精は、成熟した私の肉体に圧し潰される。覆いつくされる。
すでに、ソコも、ココも、トロトロになって、グジュグジュになって、唯くるみは未知の快感に怯えていた。私にしがみついた。怖いと泣いた。助けてと喘いだ。私が悪いのに。
「……大好き、くるみ」
涙目になって、キュッとシーツを握って、必死に声をこらえて、指を噛んで。
でもくるみはうんと首を振る。くるみも、と快感の中で叫ぶ。
「大好き、大好き、大好き」
いたるところにキスをする。キスマークをつける。匂いをつける。誰が連れ去っても、私のものだとわかるように。全身が敏感になったくるみは、そのたびふわぁっと声を上げた。耳をくりくりと弄って、尻尾をゆっくり撫でて、擦って、摘まんで、引っ張って……。こわがってくるみは震える。でも、そんな震えさえ私の腕で止められる。
小っちゃい。非力で、小っちゃい。
その無垢な白い肌が、私のオトナを蕩けさせて、私のオンナを赤くして、私のヒトを刺激する。
「ごめん、ごめんね、くるみ」
「なんで、なんであやまるの?」
私は答えない。その蕩けた筋に舌を這わす。ピリピリっとくるみが震える。
「これ、いいことなんでしょ? んっ……! ふわふわして、ぴりぴりして、ゃっ、きもちいくて、ちょっとこわいけど、いいことっ、なんで、 しょ?」
快感にむせびながら、くるみは問う。
「だ、ゎっ……! だって、みかさ、っまが、ひどいことす、っるわけない、~~もん!」
襲う獣のような私の頭を、それでも慰めるようにくるみは撫でた。
「そうかな?」
「そうだ、っよ、ひぁっ!」
愛おしい、愛おしくてどうしようもない。こうなると、自分で自分が怖くなる。だってこれは、明らかにいけないことだ。いいわけがない。あれだけ愛して、壊さないように、汚さないようにしていたくるみを、私自身を、私は裏切っている。
でも。
「ごめんね、ごめん、くるみ、大好き。大好きなの。大好きなの!」
私は抱きしめながらその小さな口をふさいでしまう。もう、何を言われても心はずきずきする。それがたまらない。ゾクゾクする。小さな体で懸命に私を撫でて、愛して、慰めて、ひどいことをされてるのにけなげに私を信じる。
そんなくるみを、愛したい、壊したい、壊したい、壊したい!
ちいさなネコビトの力なんて、私の力にかないっこない。くるみの生存本能が私にあらがう。けれど、それをすべて覆いつくしてやる。抱きしめてやる。溺れさせてやる。狂わせてやる。手首を掴めば、無防備なつぼみを切なくして、脚をこじ開ければ、無垢な花弁を蕩けさせて。その顔がぐしゃぐしゃになるのがたまらなく愛おしい。愛してる人に裏切られているのも知らない。怖くて、つらくて、切なくて、それでもなお私を信じ続ける、そんな無垢さを蹂躙しつくす。
くるみは啼く、ネコビトの哀惜が響く。でも止めない。止まらない。
「やっ、こわい、こわいよみかさまっ! 切なくて、気持ち悪くて、気持ちよくて、みかさま、やめて! やめないで! やだ、やだやだ! でも、もっと!」
蠢く私。その下で、でもくるみは狂っていく。
「ふわっ、にゃ、ぐう、や、や……」
だんだん呼吸が荒くなる。
そして
「~~!」
ぎゅううっっとくるみが私にしがみつく。涙を流して、切なさを出しつくす。
私の下で。
そしてくたっと倒れると、ひっ、ひっ、と、痙攣するように息をした。
私もその上に倒れ込む。
そんな私。汚い私。酷い私。くるみをおもちゃにして、いたぶって、強姦してしまった、巨大な私。
でも、くるみはそんな私の髪を撫でて、優しく囁く。
「みかさま、泣かないで……」
自分もシクシク泣いているというのに。
……それだけで、また、壊したくなった。