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 存外仕事が早く終わり、次の予定まで働くべきかサボるべきか、決めかねたままぷらぷらと学内を歩いていた。考え事を誘う景色のせいか、由無しごとを考えつつ決断はしない。おそらく最初から野暮用に手をつけるつもりはなかった。あてどなく彷徨い、いつしかトリニティの端にいる。半ば迷子だったかもしれない。

 やはりというか、景色は特徴的だった。古色蒼然の建物と、学舎を囲み貫く堀と泉、他校には見られない雰囲気は、中世都市というより宮殿に似ている。特段焦るでもなく、人を探すでもなく、観光客気分で歩くには気分がいい。ただ、それも暇潰しであればこそ。この学校、案内板一つないのか。急いでいる時でなくてよかった。お嬢様学校は一見さんお断りらしい。

 入ってはいけない場所もありそうだと思った頃合いで、入ってはいけなそうな建物を見つける。一際古い。いかにも大事な建物ですよと言わんばかりだ。立ち入り禁止かもしれない。だから、入ることにした。

「お邪魔します…………」
 講堂に見えた建物は、果たして聖堂のようだった。厳かな空間にステンドグラスから光が差し込み、広さのせいか静謐さが耳に刺さる。無人だ。

 いや、違う。
 整然と並ぶ椅子の最前列、何か黒いものが二つ覗いている。
 並んだその三角形が、私の足音にピクリと揺れた。

「マリー?」
 椅子から身を滑らせ、ふわりと立ち上がる。黒衣の少女は、来客が誰か気づいているらしい。落ち着いた笑みを見せ瞳は穏やか、夕焼けや紅葉を思わせる豊かな髪がもふもふとしていて、長毛種の猫に似た雰囲気をまとっている。キヴォトスの数少ない、数少ない常識と良識の人。それが長い睫毛越しに、私を見据えていた。

 そしてすぐ私のそばで立ち止まると、上目遣いに私を見上げた。
「こんにちは先生。ちょうど先生のことを祈っておりました」
 ぺこりと頭を下げ、151cmのコンパクトな体が私を見上げる。宗教的な物言いに縁がないせいか妙に意味深に響いた。けれどケモ耳シスターその人は純粋そのもの、本来パッチリ切れ長の目が柔和に弧を緩め、ターコイズ色を瞳に落ち着かせている。修道服に収まる華奢な体とゆったりとした雰囲気、マリーにしか出せない空気感には裏表がない。
「こんにちは。……お祈りってどうするの?」
「祈祷文を10回、それを10セット、後はそれの繰り返しになります」
「何回数えたかわからなくなったりしそうだけれど」
「数える道具がありますので。こんな風に……」
 そう言って、握っていたものを私の手に置いたとき。

「……あれ、変ですね」
 ネックレスのようなものの挙動がおかしい。光っているし熱を持っている。私に反応しているようにも見えたが、付近の何かに呼応しているようにも見えた。だが今も危険な光はマリーの手の中。
 妙に鍛えられてしまった直感に駆られ、それをもぎ取ろうとした時。
 いや、正確には、指先がその祈禱具に触れた時。

 やらかしたと思った。
 光が爆発したのだ。

「うわッ?!」
 軽い臨死体験に近かった。
 刹那ホワイトアウトする意識。
 遠く残響のように悲鳴が聞こえてくる。
 続いて襲ったのは、世界の軸が歪んでしまったようなぐにゃりとした感覚と、異世界感。
 遠のいていった現実が、反転して急速にこちらへ舞い戻ってくると。

「ぐぅ……ッ?!」
 自分が、何とも情けない声で呻いていることに気づく。いつの間にか身を伏していて、理解が追い付かない。何かしら柔らかな場所にいる。じんわり温かくふにふにとしたものに包まれている。そうだマリーはと思っても周囲は乳白色で満ちていて誰もいない。ただ、ふと視線を感じ頭上を仰げば。

 ターコイズブルーと視線がかち合う。
 この色を知っている。
 マリーだ。
 それが、はるか上空から、私に両手を差し出し。

 私を両手に包んでいた。

 異常事態に慣れるというのも考え物。察しが良くなる分、一気に現実が襲ってくる。
「こ、これは…………」
 言葉もない。
 縮んだらしい。
 それも、彼女の指先以下、おそらく、5㎝ほどまでに。

 私は、30分の1になって生徒の手のひらの上だ。

「先、生……? 大丈夫……いえ、お怪我は……、じゃなくて……」
「いや、体は無事なんだけどね……」
 しばらくおのが身を点検し、がっくりと力を落とす。どうも、やってしまったらしい。何が起こったかは知らないが、これは失策だろう。間違いない。この大きさじゃ、人間とは呼べまい。
 とはいえ、いつまでもうなだれている訳にもいかない。とりあえず、無事を示そうと少女に手を振ってやる。返ってくるのはケモ耳シスターの困惑した笑みばかり。祈禱具の代わりに手に現れて、教師が動いているのだから無理もない。
 私にしても、違和感はいかんともしがたかった。立つ足場はふにふにと不安定で、大気のうねりや彼女の声、呼吸さえ耳に届く鋭敏な神経。そっくり体を作り替えられて、全ての経験が異質なものに変わっている。
 そんな異空間で、清楚なシスターは今や女神のようなスケールで、私の世界を支えていた。

「えっと、大丈夫、なのでしょうか……?」
「これで良いかと言われれば良くないけれど……、なんだか、想像以上に平気だね。むしろ、体が軽くて快適かも」
「そ、そうですか……」
 戸惑うシスター少女の手に乗せられて、乾電池サイズの人間が言う。シレっと言ってのけるのは、痩せ我慢などではなかった。むしろ、一瞬冷や汗をかいた分どっと安堵と気力が込み上げてくる。変な経験を積み過ぎた。正直、この状況を楽しみたいとさえ思っている。それぐらいでないと、キヴォトスの教師など勤まらない。

 何より、マリーの手の中にいるのだから。
 今や絶対的なサイズになった彼女の耳目を一身に浴びる、それに喜ばない私ではない。あの伊落マリーの愛らしさが、こんなスケールで広がっているのだから。

「あの、先生?」
 小ネズミの目から見るマリーは新鮮だった。小さな体からはいつも見上げられてばかりで、まるで見え方が違う。魚眼レンズ越しの眼鏡をかけたような異世界間の中、どこまでも高く大きく広がる少女の姿。少しサイズの大きな修道服と金の装飾が、マリーを一つの聖堂か何かにさえ見せた。幼さと落ち着きの共存した雰囲気も、今はどこか大人びて映る。

 ステンドグラスを背に、髪には後光を、まつ毛には光の雫を結ばせる巨大マリー。こちらに向けられた狐のような耳がパタタっと揺れると、一瞬そのヴェールを翻させた。

「耳だ……」
「耳?」
「耳、初めて見たかもしれないなって」
 赤面してさっとフードを押さえ、それからおずおずと手を離す。
「い、いえ、別に恥ずかしい訳ではないのですが……。体育の時は外すんです。ただなんでしょう、改めて言われると少し……!」
 わたわたと前髪を直しながら、清純な少女が取り繕う。もふもふの明るい髪が大きく揺れ、修道服のフードをかぶり直そうと、軽くずらして。

 はたと手を止めると、こちらを見下ろした。
「も、もしかして、触りたいんですか……?」
 手の中に広がる喜色を、無視できるマリーではなかった。高すぎるホスピタリティが墓穴を掘って埋めてしまう。躊躇し、逡巡して、けれど、断るという選択肢はない。虫が今さら何か遠慮したようなことを言っているが、耳には届かない様子だ。

 そして、意を決したように、へんにょりと耳を垂らし。
「少し、少しだけですよ……?」
 乾電池大の大人を、ヴェールの中へ滑り込ませ、鮮やかな紅葉の上へ立たせたのだった。

 その献身は、期待以上の経験を私に与えてくれて。
「す、すごい……」
 マリーにも見せてあげたいくらいだった。自分より大きくツンと立ったケモミミの間、ヴェールの天蓋の下。少女の香りが、温室のように包まれる。彼女の、野に咲く花のようなふんわりと清純な香り。それがぽかぽかと甘く立ち上り、どこか私を酩酊させてくる。一面の髪は、香油に浸した極上の絹糸のよう。豊かに流れて房を作り、編まれ、滝となってもふもふと垂らされている。そこから覗く大きな三角形は艶やかな猫の毛並みに似て、中にはふんわりと綿毛が詰まっていた。

 とはいえ、触れていいものか躊躇していたところ。
「う、うぅ……」
 羞恥に、耳がパタパタッとはためく。テントサイズのケモ耳に煽がれ、じわぁっと大気も熱と香りを増した。小人はそれを前に抗う術を知らない。力が抜け耳に体をはたかれると、髪の海へ倒れ込んでしまう。潤いを含んでサラサラの髪は摩擦を感じさせず私の体を滑らせた。参った。落ちる。
「ま、マリー、助けて……!」
 どんなに掴んでも指からすり抜ける滑らかさに、どうすればいいのかわからない。フードの中で叫びモゾモゾ動く私を、はしゃいでいると勘違いしたのか、マリーは赤面して俯くばかり。一瞬、後頭部からほっそりとした首筋が見えた。そしていよいよ後ろ髪の滝に巻き込まれそうになったところで一転、角度が変わり、前へ送り返され──
 
 どこからか、鐘の音が聞こえてきた。

 ハッとした。
「よ、予定が……!」
「予定? 何か用事があったのですか?」
 前髪にぶら下がる私を受け止めて、ケモ耳シスターが小首を傾げる。彼女にしてみれば、暇を持て余して遊びに来た不埒な教師だったろう。実際不埒で、まさかやるべき仕事を後回しにしてのこととは思いもよらない。けれど、現実に引き戻されれば今はなかなかの一大事だ。時間に間に合わない、これではまたぞろ怒られる。でも、どうやって戻れば……?

 答えは一つ。
 泣きつく他ない。
 この心優しい15歳の手に、すべてを委ねるほかなかった。

「マリー、助けて、て、手伝って……!」
 これがマリーの前で良かった。他の娘であれば何が起こったか。華奢な少女が今ではあまりに頼もしい。なによりキヴォトスで最も善良で献身的な少女の手にかかれば、紆余曲折はあろうが酷い目に遭うことはまずない。私の楽観主義を支えるのに、マリーの存在はあまりに心強かった。
「え、えっと……。私より適任の方がいらっしゃるのでは? 私には祈るくらいしかできませんし……」
「マリーが最適だよ! マリーの持ち物に反応したみたいだし……」
「うっ」
「それに、このままだと気づいてもらえるどころか踏まれて終わりだし」
「た、たしかに……」
「クセモノ揃いのキヴォトスで、他の生徒に捕まったらどうなるか……」
 他人に否定的評価を下すことは能くするところではないようで、困ったように曖昧に笑うマリー。とはいえ、私の一切が自分にかかっていることはわかってもらえたらしい。
「わかりました。先生のためでしたら……!」、と。
 気を引き締めた様子で、難題を請け負ってくれた。
 とはいえ、彼女は自称見習いシスターであって、大きさが変わらないだけで私と同じく困惑する身。151㎝の華奢な体に、目下の珍事は少々荷が重い。
「とにかく、戻る方法を探しましょう。……で、でも他の生徒さんに見せる訳にはいきませんよね? それに先生の不在が広まったらきっと……。ど、どうしましょう……」
 覚悟の表情から一転、段々気弱さを見せ始めるマリー。日々平穏を祈る彼女に異常事態の心得はないらしい。ましてこんな珍妙な事態に誰が対処できるというのか。心細げに、おたおたと行ったり来たり。

 そして、ギュッと私を握り締めるのだ。

「ぐぇ……ッ?!」
 小さな手の中、細い指が無意識に私に絡みつく。祈るように丸めた手の中で、藻掻こうにも私の体は非力に過ぎた。そもそもキヴォトスの住人である以上、子供にすら私は抗えない。マリーその人もまた、羞恥心から私を跳ね飛ばした経験を持つ御仁だ。それが今、ケモミミ小シスターの指は私よりも長く大きい。生まれたばかりの小鳥のようなものだった。手の中から悲鳴を沸き立たせるけれど、視線は上空を行ったり来たり。無力感を催させる光景だった。遥か下方で5㎝教師が、何本もの白樺の巨木に抱き締められ、マリーの無意識に握り潰される。まずい、本当に、死ぬ……!

 責任感あるシスターが、おろおろと辺りを見回し考えを巡らせ。とはいえ最初からまともな解法などないのだから、決断しようがない。ターコイズブルーのスカーフが揺れ、焼き菓子のような髪色が宙を舞った。それでも、聡明な少女は己の無策を痛感し。

「……あれ、先生?」
 手の中でへばっている私に気づくのだ。
「マ、マリー、力、入れすぎ……」
「え?! あ、も、申し訳ありません……! でも、特に力を入れた訳では……」
「体格差ってものがあってね……」
「体格差……」
「私にとってマリーは、抗えない巨人なんだよ……」
「巨人……」

 その言葉のどこが、マリーの琴線に触れたのかはわからない。
 ぼぅっと、手のひらのお椀の中に私を閉じ込め、見つめ続けるマリー。動物の耳がこちらを捉え、一度くるりと身をくねらせた。27000倍の存在感に凝視されると辛い。危機感さえ覚えるほどだ。
「ま、マリー……?」
 知ってか知らずか、指先が私の上にのしかかる。いや、わざとだ。さりげなく、指に力を入れる。必死に指を押し返そうとしているのを、30倍ケモ耳娘が観察している。まとわりつくような触診。細指たちはまだ何人もいるというのに、1年生修道女の細指を乗せられただけで封殺されてしまうなんて。
「ぅ、……、ぐぅ……ッ!」
 ついに指を押し返すことも出来なくなると、急速に指先巨体が力を弱まった。手のひらでぜいぜい息をする私の頭を撫でると、身を引いていく。
 
 そして、ごくりと喉を鳴らしたのだ。

「以前……」
「え?」
「以前、“甘えたがりの私も許してほしい”と、言ったことがありましたね……?」
 どこか熱に浮かされたように頬を上気させ、心ここに在らずといった様子。ただゆっくりと、口元を寄せている。目を瞑り、キスするように。手の中へ、口元を寄せていく。
「ダメだ、マリー、マリー……!!」
 少女の顔と至近距離になることなどない。まして唇を、こんなドアップで見ることなど。それがこの、30倍の大きさともなれば。少女に食べられようとするお菓子が、最後に目にする光景。ちんまりとした少女の、普段意識しない唇の起伏が視界を覆い尽くす。
 そして。
「10分……、いえ、5分時間をお貸しください……」
 ぽそぽそと、甘い囁きの大音量で身をくすぐると。

 祈るように、手の中に口を埋めた。

 シスターマリーの、一面の薄桃色。少女の無垢な唇が大パノラマで私に影を落とした。
 けれどそれもすぐに見えなくなる。蕩けるように柔らかいものが、ずっしり私の上にのしかかったのだ。ぷんにりとした弾力が全身に押し広がる。これ以上なく気持ちいキスは他にないはず。上半身と下半身を何かが優しく押さえつける。初めて人に触れたそれが、一瞬甘い倒錯を孕んで、名残惜しそうに引いていき。

 代わって訪れたのは、何か重く暖かい空気。マリーの吐息。
 その奥から、何やら桃色の巨大なものが押し寄せていて……!

「ん……」
 ねっとりと柔らかく、奇妙に艶めかしい濡れたもの。手の中後ずさる私に伸びる、少女の粘膜。それがツンツンと控えめに、様子を探るそぶりを見せる。背を手のひらに受け止められ、もう私に逃げ場はない。押し返せば手のひらがちぷっと濡れて柔らかさの中に埋もれていき、その甘い体熱に溶けてしまいそうになる。そしてとろぉっと蜜液を垂らして、腕まで自分の物に変えていくのだ。微弱な抵抗を感じるとそれを受け止め、次いで、一気になだれ込んできて。

 私は、マリーの舌に押し倒されてしまうのだ。

「ん、んぁ……、………………♡」
 祈るように手の中に口をうずめ、ちゅぷりちゅぷりと生々しい水音を漏らすケモ耳シスター。まだ幼く薄い唇を妖艶に濡らし、どんどん私に自分の粘液をまとわりつかせていく。口元に当てた手は、外からは祈りを捧げているようにしか見えない。けれどその中では、普段のマリーからは想像もつかない行為が繰り広げられていた。だっていつもは貞淑に秘めた、内臓のようにうねる舌先を突き出し、あろうことか教師の全身を舐めているのだから。手のひらはもはやマリーの口内の延長だった。閉じ込められた私はマリーの中で、徐々に溶かされ捕食されていく。絶望的な無力に、小人の本能が沸き立った。無力感が私の快楽神経を軋ませ、不穏な感覚を滲出していく。

「マリー、やめ、やめてぇ……ッ」
 舌先で弄んで矮小な抵抗を感じれば、れろぉ……ッと熱い巨体を押し付け舐め上げるケモ耳シスター。私もその熱にあてられていく。自分より圧倒的に強大な存在に、全身を好き勝手まさぐられ、濡らされ、汚され愛されるのだ。普段のマリーを思えば倒錯が脳の中で燃え上がった。まだまだ小さく心優しい求道の人が、してはならない凌辱へ私だけを引きずり込む。時折漏れる湿ったメゾソプラノが、マリーの生の声で世界を震わせた。今舌のどこが私を包んでいるのかもわからない。顔も体も疚しい部分も、全てが唾液と舌肉の壁に蹂躙されていく。
 それが、私を無理やり幸せにしていった。

 舌乳頭はローションまみれの綿毛のよう。背筋に似た起伏はたおやかな背を思わせ、まだ短く柔らかな女体がぐっちょり私に覆いかぶさる。トリニティの1年生の口内は教師の凌辱室だった。醜さの告解を迫るように、執拗に執拗に私の弱い部分を刺激する。
 もう私は、自らそこへ抱き着くほどに、マリーの行為に洗脳されていた。

「ごめんなさい、先生、ん、もう少し、もう少しだけ……」
 自制しようとするのがかえって淫靡だった。怪物がゼロ距離から悩ましい声で囁き、舌だけが持つ独特の感触を練り付けていく。ちぷ、ちゅぷと秘めた粘性の音を漏らし、響かせる伊落マリー。もう手が汚れるのもかまわない。小さな手のひらの檻に自身の獣と私を二人っきりにさせ、ちゅぷっ、ぬとぉっと凄まじい粘音を響かせる。

 舌先に掬い上げられれば、もう私を捕らえることさえ必要ない。完全に自分の一部へと変えてしまった私を、肉大陸の上に載せ、しばらく恍惚として粘膜の上の重みを味わっている。
 逃げ場なんてないのに、私はふっくらとした丸みの上を這って、レモン型の窓の外へと出ようとした。全身に殺到しまとわりつくぷにぷにの粒に弱い部分を刺激され、変な声を出しながら粘膜の中へ突っ伏す教師。口内から直接鼓膜を震わす無力な教師の喘ぎをも、生徒は咀嚼した。そして口から出ようとする私を指で押し込み、指先についた唾液を舐め取りながら絶対に私を逃さない。伊落マリーの唯一見せた、執着だった。

 既に、時間は10分を超えていた。

 誰もいない聖堂の、片隅、密やかな秘めごとに耽溺する清純な少女。
 その光景と目前のグロテスクなまでにエロティックな光景がハレーションを起こして、何が何だかわからない。常緑樹の若く小さく肉厚な葉、愛らしい造形がピンク色の口内地獄を彩る。

 聖なる場所で、罪を揉み出す行為はそれでも続いて。

 突然、鋭い声に引き裂かれた。
「伊落さん!」
 誰かが、駆け込んできたのだ。

「はいぃっ?!」
 ビクッと肩を震わせ現実に引き戻される少女。瞬間肉監獄も、びくりと身を震わせる。大きく蠢き、媚薬の海を波立たせた。次の刹那。大陸が急激に隆起すると、私を奥へ奥へと引きずり込む。ぬるぬるの表面、舌乳頭を握ろうにも指がかからない。懸命に這い上がろうとする私を内臓的な蠢きが無理やり締め上げ、入ってはならない場所へ落とし込もうとしていた。

 そして、こくりと。

 小さな喉が鳴る。
 ぬくんっとでも言うべき、独特の音を立てる細い喉。肉の管が教師を包み、秘めた暗闇の中へ滑り落としてしまった。

「あぁ……っ!!」
 喉を押さえれば、今まさにそこを通過していく小さな命。狼狽しても大事な存在は自分の中へ消えて行く。
「大変なんです、さっきBasis scholaの方で爆発が起きていて……!」
 息を切らす生徒を見上げ、怯えたような顔を見せるが先方は構う様子がない。早く来てくれとマリーを引っ張る。
「ま、待ってください、少しお時間を……!」
 そこに、もう一つ足音。
「すみません、禁書庫の方が変なんです。今すぐ来てください!」
 左右から引っ張られ、ひえぇと声を漏らしながら連れ去られていくシスターフッド。
 
 再び静謐を取り戻した大聖堂に。
 数滴、床の雫だけがシスターの痕跡を残していた。