どぎまぎしながら服を脱ぎ先に風呂場に入る。
 と、突然ぱちんと電気が消された。
「流石に私も、今日会ったばかりの子に裸見せるのは恥ずかしいからさ」
 暗闇の中、背後でドアが開いた。ムギが入ってきたのだ。とすんとすんとわずかな揺れを感じる。
「ちょ、ちょっと、踏まないでよ?」
 踏まれたらただじゃ済まない。いくら軽いとはいってもスケールが違うのだ。そんな僕の反応を楽しむように、僕のすぐそばに脚を踏み下ろす気配がした。真っ暗な中、熱源を感じる。恐る恐る手を伸ばせば、つるりとした肌が壁のようにそびえていた。ムギの脚のようだ。
「大丈夫、私たち、暗いところでもよく見えるからさ」
「それってさ」
「?」
「僕のことは?」
「うん、全部見えてるよ? 恥ずかしそうなその顔も、体も」
「ちょっと!」
 僕は顔を真っ赤にして体を隠そうとする。自分だけ見られるのは流石に恥ずかしい。
 そんな僕の反応を見てアキは楽しんでいるようだった。
「えい」と、不意に暗闇から何かがわき腹を触る。掴むと彼女の指だった。
「ヒトはこのくらいの暗さでも何も見えないんでしょ?」
「目隠しされてる気分だよ」
 事実だった。ぼんやりと何かが見えるということもない。
 真っ暗だ。
「……因みにさ、いま目の前に何があるかってわかってる?」
「え?」
 思わず、手を前に伸ばす、が、パシッと腕がつかまれると、
「それ以上手を伸ばしたら咬んじゃうぞ」
「僕、どこにいるの?」
「じゃあ、先に髪洗うから」
「ねえ!」
 僕の問いは流されて、彼女は自分の髪を洗い始める。
 シャワーが勢いよく流れ出る音がした。
 とっさに顔をかばう、けれど、どうやら彼女の体に遮られているようだ。あがる水しぶきが、少しずつ体を濡らしていく。
 全く何も見えない中立ち尽くすけれど、なんとなく流れる水が暖かいのでその場に座り込む。
 見えないなりに気配は感じるもので、座る僕を跨ぐように彼女が立っているんだろうなとわかった。見えない分想像が膨らんでよろしくない。
 と、突然ぼた、っと頭に何か落ちてきて、何かと思ったら泡だった。手触りからするに、耳の毛が混じっているらしい。
 物珍し気にそれを触っていると、
「ブラッシングしても、どうしても落ちちゃうからね。こうやってこまめに髪を洗うんだ」
 ここならではの豆知識を教えてくれた。
「夜はお互いにブラシをかけてあげるの。尻尾も。これからは手伝ってもらうかもね」
 キミ、尻尾好きなんでしょ? と、からかうようにムギが付け加える。
「それだけ綺麗な毛並みなんだもの」
 意地を張っても仕方ないのでそう言った。くすぐったそうな笑い声が聞こえる。と、ぬっと尻尾が出てきて頬を撫でてくれた。
「じゃあ、ちょっと自分の体洗ってるから、そこであったまっててよ」
 そういって尻尾が一瞬離れると、くるっと巻き付いてきて体を持ち上げる。器用に降ろされた先には、僕の腰のあたりまでお湯が張ってあって、どうも桶かなにからしい。ちょうど僕にはお風呂にぴったりの大きさだ。することもないので、ゆっくりと手足を伸ばしてそこにくつろいだ。
 もちろん、何も見えない。わかるのはパシャパシャという水音と、かすかに聞こえる彼女の鼻歌だけだ。
 外は真っ暗で、曇っているのか星一つ見えない。
 僕は退屈にパシャパシャと水面を揺らした。
 手軽に肩まで疲れるのは、もしかしたらラッキーなことかもしれない。生憎何も見えないけれど、外でお風呂に入れたら、それはそれは気分がいいだろう。
 僕は窓があるだろう方を見上げた。
 やはりそこには、何も見えない。
 けれど。
(……月だ)
 その瞬間。
 宵闇の雲間から月光が差し込むのが見えた。
 すっと差したその銀糸は窓の奥へと貫入する。浴室の壁に、雲の形が映し出された。雲の流れるのに合わせて、その影も移ろう。
 そしてみえたのだ。
 その銀色の光が、大きな、とても大きな少女の裸体を映し出すのを。
 ムギがいた。そうだ。そのはずだ。
 はっと気づいたころには、既に全くの暗闇に戻っていた。けれど、一瞬垣間見えた彼女の姿は、僕の目にしっかりと焼き付いている。
 それは、あまりに神々しい女神の姿だった。僕は、そのすべてを見上げていた。
 滑らかな褐色の四肢に水が伝い、健康的な腿が女性らしい臀部にすっと伸びていた。肌を這う無数の水が、柔らかなその曲線をなぞり上げていく。乳房の先から、したしたと水滴が落ち、そして真暗な足元へと消えていった。全くの均整の取れた体。節ばったところのない、どこまでも滑らかな姿だった。
 なんて美しいんだろう。
 僕はただただそう思った。
 彼女は瞳を閉じていて、自分の美しさに気づいていない。その無自覚さの分だけとても神秘的だった。触れても汚してもいけない気がする。
 さっきまでふざけ合っていたムギなのに、何故だか遠い、神々しいものになってしまった気がして、僕は不安にかられる。
「あれ、どうしたの?」
 法悦とも不安ともつかない顔をしている僕に、彼女は暗闇の中から声をかける。声だけじゃ不安だ。もっと、近くに来てほしい。
「……ちょっと不安になって」苦慮して一言、そう言った。
「もしかして暗いのが怖いの?」
 そうじゃないよ、と言って、言葉を選んでいるうちに彼女が近寄ってくる。
 湯船につかる僕を見て一言、
「……なんか、洗濯されてるぬいぐるみみたいだね」
 そこに彼女の裸体があるのだろう。
 体温が漂ってくるのを感じた。きっと、腿がすぐそばにあるはずだ。
「ひどい」すこしホッとして、そうつぶやく。
「まあまあ。頭洗ってあげるから、そこに座っててよ」
 そういって、わしゃわしゃと髪を擦ってくる。
 人に頭を洗ってもらうなんて久しぶりで、なんとなく落ち着かない。
「なんか、お人形のお手入れしてるみたいで、子供に戻った気分だなー」
 と彼女が呑気に言う。が、自分がどこにいるかわからないと、変に彼女の気配が気になって僕はそれどころじゃなかった。
「よっと」
 どうも、僕の向こうにシャンプーがあるらしい。のだけれど、手を伸ばした時に乳房が僕に当たって、ただでさえ落ち着かないのに余計に意識してしまう。
 ぶっちゃけ、反応しかけていた。
「ほらほら、そわそわしないの」
 手尺で頭を流される。
 そのまま器用に頭を洗われる。実際、人形で慣れていたのかもしれない。
 僕はじっと我慢して、反応したそれが静まるのを待った。けれど、先ほどの感触がリフレインして落ち着かない。
 僕の髪をこするたび、かすかに彼女の体が揺れるのがわかる。風が頬を撫でる。揺れる巨躯が風を起こすのだ。
 そしておそらく、小さく揺れる乳房も。
「はい、おしまい」
 ひたっと、カラダに彼女の細い指が巻き付いて僕を持ち上げ、余った手で桶の中身をはける。
 が、
「あれ?」
 そのせいで気づかれてしまった。
 しばらく僕を持ったまま、彼女は動かない。
 ムギの手の中で、僕は頭を真っ白にして硬直していた。
 ぼそり、と彼女がつぶやく。
「……ヒトが年中発情期っていうのは本当なんだね」
 感心したような、蔑むような、微妙な声音だった。
 わにわにとムギが感触を確認する。
「ちょ、触んないで」
 これ以上は良くない。経験の浅い僕には刺激が強すぎるのだ。
 そんな僕をよそに、仔細に観察しているのだろう、ムギは僕を掌に載せてあちこちを突いた。僅かに吐息がかかって、苦しいくらい心臓が高鳴る。
 何を思ったのか、スッと股に指を通す。
「ま、まずいって!」
 叫ぶ。けれど何の甲斐もない。
「凄いドキドキしてるね。私でも分かるくらい。しかも顔真っ赤で、すごくおっきくなってて。ここまで露骨だと、ちょっと笑っちゃうよ」
「ご、ごめん。勝手に興奮したのは謝るから。だから許して」
「んー、まあ仕方ないんじゃない? 男の子だし、そもそも一緒に入ろうって言ったの私だし」
「じゃあ……!」
「で、この大きくしたもの、鎮められるの?」
 一度発情して抑えられるとは思えないんだけど、と付け加える。
「なんとかするよ。大丈夫だから」
 そう言ったのは、一つには恥の感情からだった。
 けれどそれだけじゃない。もう一つはさっきの光景を見たせいだった。あれだけ美しいものを見たあと、獣のように反応している自分が嫌だったのだ。それは、本心だった。
「って言ってもねえ」
 そう言うのはもっともではあった。もうはち切れそうなほどに高まっていて、それはムギの眼をごまかせるレベルではなかったのだ。
「これはもう、鎮めちゃったほうが早いかな?」
「ま、待って!」
 キモチよくしてくれるといわれて、うれしくないと言えばうそになる。けれど、そんな機械的にやられるなんて、それじゃあ犬の性欲処理と一緒じゃないか。
「万年発情期なケモノなんだから仕方ないでしょ。恨むなら猿から進化することを恨みなさいな」
 ご無体なことをいって僕を自分の上に座らせる。柔らかい。太ももと、おなかのふよふよとした感触が、僕の体全体を包み込む。
 何も見えない分、その柔さと暖かさに全神経が奪われてしまう。
「ほんと、面白いくらいに反応してくれるとちょっとうれしいよ。私もヒトとして悪くないのかな?」
「……どうかなりそうなくらいだよ」
 アハ! とムギは笑うと、体を丸めて僕を抱き留めた。
 一転、囁くように耳打ちをする。
「じゃあ、今は甘えてもいいよ」
 ……もう、たまらなかった。
 振り返ってぎゅうっと彼女の体に抱き着く。へそに股間がこすれて、それだけで気持いい。僕は、彼女の体で蕩けそうになる。そんな汚くて醜い僕を受け入れてくれたのか、ムギは僕の背中をさすってくれた。
「私の胸で隠れちゃうねえ。頭、私の胸に届いてないし。本当にお人形みたい。可愛いよ」
 僕を胸の方まで抱き上げる。それだけで、谷間にソレがこすれてしまって、僕は思わず声を漏らしてしまった。さっき見た女神の体が頭をよぎる。しちゃいけないことをしている気がする。僕は出さないように出さないようにこらえようとした。
 けれど、
「男の子なのに無理しちゃだめだよ?」
 ムギがすりすりと掌で僕の脚の間を撫で上げる。剰え、耳を甘噛みし、舐め上げ、淫靡な音を頭一杯に響かせる。
(おかしくなる……!)
 誰かに触られるのは、自分で触るよりずっと快感で、密着した肌と肌、首筋から香る彼女の体臭、思わず噛みついてしまった彼女の鎖骨のわずかな汗、背筋をさする優しい手つき、頭一杯の水音、全てが暴力的に僕のナカミをかき乱した。
「ムギ、ムギ、やめ、あぅ」
「かわいい声まで出してるんだから、素直になればいいのに」
 そういって彼女は呆れたように笑う。じっさい、反応してしまったのも、彼女を求めてしまったのも、僕なのだ。いまさら我慢しようとするのは、確かに変な話だった。
(でも……!)
 あの、月あかりに煌く陶器のような肌に、粗相をしてしまうのはいけないんじゃないか。僕はいま、あの肌の上に乗っている。しかも、ささやかだけれどびしょびしょにして。
 そう思うと、ムギと触れている肌が、急に熱く痺れる。
 手間のかかる子だなあとムギは言うと、不意に唇を奪い、太く大きな舌で僕の口の中をかき回した。乳房は自然と僕を挟んで、
「ムギ、出ちゃう、出ちゃうっ、からっ」
「ほら、出しちゃお!」
 指で僕のを挟むと、むにっと乳房の表面に押し付けて円を描くように動かしたのだ。
「~~~っ!!」
 僕はぎゅっと彼女にしがみつく。無限の包容力が柔らかく僕を温めて、その熱が一気に放出されるのを感じた。
「うん、お疲れ様」
 荒く息をする僕を、彼女は優しく抱きしめて言う。
 僕はくったりと彼女の胸元にしな垂れかかった。


 ムギの腕に乗って、二人でお風呂に入った。ぴこぴこと動くたびに、耳から滴る水が僕を濡らす。
「どうしてそんなに我慢したの? せっかく相手してあげようとおもったのに」
 不思議そうな声音で、彼女は聞いた。怒っているわけではなさそうだった。けれど、言い逃れは出来そうにない。
 なんとなく気恥ずかしいものの、僕は正直なところを話した。
「女神!?」
 彼女は大層笑って、うりうりと頬を突いてくる。
「そうかー女神かあ。私も偉くなっちゃったなあ」
 アキたちに自慢しよっかなという彼女に、やめてくれと哀願する。
「でも本当に、ムギが綺麗だったんだ。汚したくないくらい」
「悪い気はしないよ」
 まあ、結局出しちゃったけどねとムギはからかうように笑う。
 居心地が悪くて、腕の上で僕は頭をかく。
 そんな僕を見て追撃は諦めたのか、彼女は
「でも大丈夫、私は女神になったりなんてしないから」
 まだ笑みを滲ませながら、彼女がそういう。
「それにしても面白いこと考えるなあ。また変なこと思いついたら教えてよ」
「……考えとく」
 思いだしたのかまたムギは笑って、
「まあ女神さまにはヘンなこと、できないよねえ」
 なかば強制的にさせられた訳だけれど、やっぱりちょっと申し訳なくてごめん、と呟く。
「いいのいいの」とムギはお湯をかけてくれた。
「まあキミならいいよ。というか、キミが可愛いから受け入れてあげられるんだ。でっかいとちょっと怖いしかわいくないから、優しくできるかわかんないな」
 でさ、とことばをつなぐ。
「私たちが発情期の時は、オモチャになってもらうからね」
 そういって彼女はきゅっと僕を掴む。
「私たち、猫とヒトの間にいるせいですごくむらが激しいんだよね。時々スゴくなっちゃうから、覚悟しといてよ?」
 キミを壊しちゃうくらい。そういってクスクス笑った。空恐ろしいような、ちょっと楽しみなような、複雑な気分で、僕は頷く。
「まあその分、いろんなこと教えてあげるよ。私たちなら、キミを女の子にすることだってできるからさ。色々して遊ぼ?」
 そういってこつんと僕の額に額を当ててくる。
 思わず、犬のようにくりくりと頭を摺り寄せた。