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 家賃の取り立ては、気分が良いものではないけれど、仕事とあらば仕方ない。気分が良くないからこそ、しがらみのない旅人に頼むのだ。
 でも、私だって人間関係と無縁なわけではない。むしろ一般人よりよほど多い。その中には奇人も変人も大勢いる。
 ……例えば、この、占星術師とか。

「……わかりました、払いましょう」
 渋面して財布を取り出すモナ。ただでさえ公序良俗に反する服装をしているのだから、もう少し慎ましく生活してほしい。この、なんといえばいいんだろう、この……、全身タイツ? 星空模様の装飾と大きく開いた胸元、背中。艶やかな髪も長く垂れて、金属具が床を傷つけそうだ。まあいい。仕事は終わった。三角帽の娘は、またどこかへ財布をしまい込む。
 ……このままだとあまりに具合が悪い。よそよそしくなるのも嫌なので、他愛もない世間話を持ちかける。彼女の故郷を訪ねたのもあって、ツインテールの占星術師も目を輝かせた。そして、最後に。
「おや浮かない顔ですね。最近疲れ続きといった顔です」
 などとのたまった。「やっぱり疲れているようです」と続けるモナ。私のジト目を、どう解釈したらそうなるんだろう。少女然としつつ、芯と奥行きのある声で取り立て屋を気遣う。
「まあ、疲れは溜まってるかも。今とか」
「それは良くありませんね。水占の盤で占ってあげましょう」
 一転、妙に誇らしげに言うモナ。今しがたの顛末があって、どうしてドヤ顔できるのかわからない。学者気質なのだろうか。日常と専門領域が画然と分かれてるタイプだ。だから家賃を払い損ねるんだ。
「前も言った通り、正確な予言は不可能です。もちろん助言も。でも、この世界の人ではないとしても何か言えることはあるでしょう。異世界の星空が……、いえ、あなたの趨勢がどうなっているか、理解の一助になるはずです」
 多分この人は、こうして災難な目に遭ってきたのだろう。彼女の半分は、プライドと好奇心でできている。ぼんやりと浮かび上がる光が星座となり、黒手袋の指先に弾かれると形を変えた。

 やめておいた方が、という間もなかった。星座盤のような光の線をいじる手が、止まる。
「……ん、妙ですね。何か見え、あれ、え、え?!」
 甘めの声が裏返る。まずい。よくわからないけど、直感が何かまずいと告げてくる。あたりを見回し、窓の外も見て、でも何も起こらない。
「……何もない。そっちは、大丈夫?」
 そう言って振り返った時。
 目に映ったのは、押し寄せてくる背中。たおやかな背中が、なぜかこちらに迫ってくる。
 ──私でなかったら理解が追い付かなかったかもしれない。ただ、残念ながら状況把握能力は少し自信があった。
 モナだ。それが、大きくなっていく。いや、巨大化していた。
 でも、なぜ?
「……」
 こういう時黙ってしまうから、無口と言われるのかもしれない。ただ、呆気にとられるには十分。既に天井に手を付いて、肩越しで涙目を私に向けている。
「なっ、何をしたんですか?!」
「私は何もしてないよ」
「なんでそんなに冷静なんですか!」
「冷静じゃないよ……」
 実際のところ、呆然と異常事態を見守っているだけで私らしくない。目の前で、モナの背姿が、ずっ、ずずっと大きくなっていく。星空色のマントと、生背中、肩甲骨の陰影。それも目の前にタイツの臀部が付きつけられれば見えなくなる。目と鼻の先にモナのお尻。そのあまりの成長スピードに、反応が遅れてしまった。

「ダメです、早く逃げてください!」
 でも、私は目の前の物体に目を奪われていて。
 もう、タイツの繊維すら見えてしまう状態だった。
 あ、すごい。タイツがはち切れそうなほど丸々とした巨尻。そこにエナメルの生地が食い込んで、余計に煽情的。そう思った時には、凄まじい勢いでお尻は突進してきていて。
 まともに、そのヒップアタックを食らってしまっていたのだ。
 ぴっちりとしたお尻にめり込む体。深く深くめり込んでモナのお尻のボリュームを思い知る。それから吹っ飛ばされれば、私はしたたかに壁に叩きつけられてしまった。

「きゃあっ?!」
 悲鳴を上げて、でもそれすらさらに大きくなったモナのお尻に潰される。パツパツお尻をどむッと叩き込まれて、壁とタイツ巨尻に挟まれるんだ。押しのけようにも相手はぴっちり張り詰めたモナの豊臀。どうしたらいいんだろう。家賃を取り立てに来た人間が、家を破壊していいのだろうか。モナの尻に蹴りを入れたら怒られるかな。そんなことを考えているうち、事態はもう手遅れな段階まで来てしまっていた。

「と、とにかく、早く出ましょう! このままでは私の体で押し潰してしまいます……!」
 そう言って身をよじると、私に腕を伸ばす巨大な魔女。私を抱いて連れ出そうとするつもりらしい。けれど、私にしてみれば視界に広がるのは、自分を捕まえようとしている巨人の姿。その威容に気圧されて、咄嗟に身を固くしてしまう。そして強引に引き寄せられれば、有無言わさぬ力で抱き留められていた。
 当然、次の瞬間には私を迎えたのはモナの胸元で……、
「ちょっとモナ……ッ!」
 ふにぃ……っと、綺麗な乳房へ押し付けられてしまう。
「ひゃっ?!」
「ヘンな声出さないでください! 私の方が恥ずかしいんですから……!」
 声が体から直接響いてきて変な気分だった。巨大な存在はやっぱり異様だ。ぴっちりとした黒手袋に掴まれ胸に押し付けられ、あちこちで装飾の金属音が鳴っていた。外が騒がしくなる。異変に気付き、モンド城の住人が集まってきたらしい。
「どうしましょう、ともかく、早く外に……っ!」
 四つん這いで出ようとするモナ。けれど、もはや窓から出ることすら叶わない。窓を開けようとして私を取り落とし、後はもう部屋の中で身動きが取れなくなってしまうだけ。
「ちょっと、どこに行くんですか?! まさか私を見捨てる気じゃないでしょうね?!」
 叫ぶモナには悪いけれど、その通りだった。自分だけでも逃げないと。タイツ太ももの間を這いずり、なんとかモナの下半身の隙間から抜けようとする私。けれど、無理な体勢でをいつまでも彼女が支えられるわけもなかった。不穏な気配に見上げれば、少し目を離した隙に爆尻と化した、圧倒的な美少女の巨尻。ついには全天を覆い尽くせば、不意にぐらりと均衡を崩して──

 “ずっどん!“と。
 私を、お尻で叩き潰してしまった。

「ひゃんっ??!」
 尻で小人を踏み潰す、えもいわれぬ感触に悲鳴をあげる少女。もう姿勢を入れ替える余地もない。否応なく私を押し潰していく。天を支える巨人のように天井を肩に担ぎ、ぐっ、ぐっと大きくなるモナの巨体。べったり床に押し付けられ、広がり、巨尻が私を呑み込んでいく。巨躯の重みに加えて押さえつけられた圧力が私を襲った。どっぶりぎちみちのモナのデカ尻、そのとてつもないボリュームが全身を包み込むのだ。

 とんでもない感覚だった。

 普通に生きていて、少女のお尻に座られるどころか触れることさえそうそうない。それが今、顔面を押しつぶすのはどっしりとした安産型のモナ尻なのだ。凄まじく存在感のある重尻が、あのぎっちり食い込むハイレグ服で顔面を押し潰し、はち切れんばかりに左右から包み込む。もう頭丸ごと尻肉にめり込ませてしまう肉尻は、私にとっては圧搾機も同然。柔らかさとぎっちり詰まった弾力が、私を面制圧して逃がさない。そして身動き取れないまま、私をギッチギチに押し潰すのだ。

「ちょ、ちょっと、なんてところにいるんですか! 早く退いてください! じゃないと私、このままあなたを、お尻で……!」
 何とか腰を浮かせようとしては“どすっ!“と思いっきり座り込み、“ぶるんッ“と巨尻をバウンドさせるモナ。焦燥と羞恥にどんどん体が火照るものだから、ダイレクトに熱で私を蒸しあげる。じんわりイヤな汗が滲んで、あの全身タイツが熱を孕み続けた。こっちも頭がヘンになりそう。さらにお尻を押し付けられれば、完全に私はその重尻に屈服させられていた。

「ぐうぅ……ッ!!」
 他人であればとっくに死んでいる尻の重圧。なまじ丈夫なのが恨めしい。ぴっちりとしたエナメルのコスチュームと、そこに収まりきらないタイツのむっちり感。それらが私に手心なく押し寄せて圧搾してくる。叩けば震え、押しのけようとすれば腕ごと沈み込んだ。お尻の谷間がみっちり閉じて、私の体を挟み潰す。そこをむりやり抜けようとするものだから、タイツの繊維にこすれて気がヘンになりそうだった。
 ただ、もう一刻の猶予もない。
 タイツ太ももの間に這いずり出ようとする。ギチギチと圧力を増すお尻の底はまるで万力。そこに三角帽が落ちてくる。ふわりと広がるモナの香り。それを払いのけようとして、ぺちっと太ももを叩いてしまい。
 ビクッと、モナが震えると。
「あ」
 足が、壁を踏み抜いた。

 道へ突っ張り出るハイヒール。そこからずずずずずッと脚が伸び、中の膨張度合いを伝えてくる。ふくらはぎから膝へ、そして太ももが現れそうになった時。

 ついに占星術師の上半身が、家の天井をぶち抜いた。
「ぷはっ?!」
 解放され現れる、黒髪の長いツインテール。先端の装飾が隣の家へ突き刺さり、もしかしたらキャッツテールにも叩き込まれたかもしれない。胸から下をずっぽり家屋に沈め、むせぶように息を吸うモナ。
 そして、最後に壁をその生背中で押し倒すと。
「やってしまいました……」
 残響音を残し、城壁にもたれかかる。クラクラ目を回す5倍モナのお尻の底で、私は潰されたまま。
 友人のM字開脚の間でぐったり這いつくばり、責任の所在を考えるのだった。