§
『共学小学校が、なくなることになります。
 先月、L県の私立D学校が男子生徒の募集廃止を決定しました。当小学校は最後の共学制の学校と知られていましたが、運用コストの合理化に伴い方針を転換、来年からの生徒を女子に限ると決定したとのことです。すでに同校の男子学生は二人のみとなっており、なるべく早い段階での処置と完全女子校化を目指すとの……』
『明日の天気は晴れ後曇り、ところによって……』
『新発売の小人用リード、なんと紐がないんです! それを実現するのがこの強力な磁力。様々なサイズに対応することが……』
『新しい男性ユニット、登場です』
「……もう諦めたら?」
 にこやかなアナウンサー。その顔にリモコンを突きつけようとしたところで、つぐみが呟いた。
「どれ見たって一緒。おっきい男の人なんて出てくるわけないじゃない」
「そんなの、わかんないだろ」
 僕はぶっきらぼうに返す。唇を尖らせて、朝食のパンをかじった。
 テレビを見やれば、男が五人ばかし踊っていた。アイドルなんてどれも同じだ。ただ一つ、彼らは机の上に乗っていて、周囲には山のような巨人にに囲まれている。まるで虫でも囲むかのように群がる、ファンの女性たちだ。当の主役はというと、ワイプの拡大された映像で初めてそ姿が見て取れる。
 ああはなりなくない。
 そう思わずにはいられなかった。
「昔の大きさの男なんてお兄ちゃんくらいなの、わかんない? おバカさんなのかしら」
 亜麻色の色素の薄い髪を揺らし、つぐみは小首を傾げた。ミディアムショートが軽やかに舞う。
「バカって言うなよ。オレは兄貴だぞ?」
「兄って言っても、ちょっと先に出てきただけなのに。数分差のお兄さんって肩書き、そんなに大事?」
 もぐもぐとフルーツグラノーラを食べながら、つぐみはこちらを見た。
 リスのようにつぐみは小さな口を動かす。少し長すぎる袖からちょこんと出る小さな手にスプーンを握らせ、また一口。
「そんなこと……。オレはただ、兄貴にそんなに言わなくたってって」
「オレ、ね」
 フフッとつぐみが笑う。軽く握った手を口元に添え、伏し目がちの目は瞼の中から見透かすようにこちらを見つめた。
「見栄っ張り」
 そして、僕の背伸びをチクリとつつく。
 僕は目線をそらす。そんな様を見てつぐみはさらにクスクス笑った。
 勝てるはずない。精神年齢が違うのだ。つぐみは小さい大人で、僕は大きい子供だった。
「いつまで大きな体持て余してるつもりなの? ね、聞き分けの悪い “お兄さん”。小学校にもいけない。お外も出られない。そんな男の子がこの先もやっていけるわけないのにね?」
「……僕だって小学生のはずなんだ」
「ふふ、制服も着たことないくせに」
 見せつけるようにつぐみが自分の襟元をつまんで見せる。それは小学生用の小さな白シャツ。吊りスカートのサスペンダーがその肩にかかっている。ノリの効いたシャツの清潔さも相まって、その紐は細い肩からずり落ちそうだ。
 対して僕は私服。制服など持ってない。というより、そもそも学校がないのだ。まして縮小されてない僕のいける学校なんてあるわけなかった。つぐみには制帽のベレー帽さえあるのに、僕は学校にさえ行けない。
「男子は縮められなきゃ生きていけないんだから」
「……生きてけるよ」
「へえ? どうやって?」
「まだ小人にされない国があるはず。そこに行けばいいんだ」
 つぐみはキョトンと目を丸くしてから、コロコロと笑い始める。
「英語も話せないじゃない。まあ男の子だから、浅知恵も仕方ないけど」
 なおも鈴のように笑うつぐみ。可愛らしいその仕草も、バカにされたようで気に入らない。苛立っていた僕はついに我慢できなくなった。
「ふざけんなよ」
 椅子を蹴って立ち上がる。つぐみを上から見下ろしてねめつけた。
 男女の体格差は歴然としている。まして相手はつぐみだ。双子というより年下の妹のように思えるほどつぐみはちんまりとしている。いくら僕が子供でもその差は10センチほどはあった。幼女に片足を突っ込んだままの華奢なつぐみ。成長期は兆しをみせたばかりでまだまだ子供なのだ。
 小動物のようなつぐみなら威圧できるかもしれない。
 そんな浅はかな考え。でも短絡的な僕の苛立ちを、つぐみはどうでも良さそうにぼんやりと見上げていた。
「なーに?」
 つぐみはいつも通りしぐさで僕を見上げた。儚げにも思えるその顔立ち、眠たげにさえ見える瞳、そんな表情に、僕は気圧されてしまう。どんなことを言われても、妹は妹。儚げでちょこんとした小さなつぐみは可愛らしく、ふんわりと細い髪の毛の奥からこちらを眼差されては、僕の気持ちは途端に行き場をなくしてしまう。大きな瞳が綿のような柔らかさでこちらを覗く。
 ずるい。
 口は立つのに、こんな繊細な顔立ちをされては怒るに怒れない。
 つぐみはクスリと笑う。
「じゃあつぐみ、学校に行ってくるから。お留守番、よろしくね?」
 ポンと帽子を頭に乗っける。そこには、学年を表す「5」のバッヂ。それをきらめかせるとつぐみはひらひらと手を振り、出て行く。
 僕はその背中を見送るしかない。

 実際のところ、僕のような男の人はどれほど残っているのだろう。
 もう今の時代、男の人はほぼ必ず小さい体で生まれてくる。
 僕だって本来、そのはずだった。
 でも僕がこの体を持てているのは、つぐみと双子だったからだ。詳しくはわからないけれど、双子の男女ならごくごく稀に、同じ大きさで生まれてくるらしい。その、ほんのちょっとした幸運で、僕はこの体を持つことが出来ている。加えて、放任主義のお母さんのお陰で、縮められることもなくこれまで生きてこれた。そんな環境、他にはないに等しい。
 もしかして、もう世界には僕しかこのサイズの男はいないんじゃないか。時々僕は不安になる。
 世界は女の人のもの。その大きな体の隙間に、小人の入る余地はあっても、僕の体の入る余地はない。
 実際のところ、この家にさえそんなものあるかどうか微妙だった。
 わずかばかりの家事手伝いだけが、僕の持てる役割。もう、ご飯を食べるだけの存在だった。この体も所詮はつぐみに与えられただけのものでしかない。つぐみのおかげで今の僕がいる。それを振りかざさないだけ、つぐみは慈悲深いとさえ言えた。
 複雑な気持ちで僕はつぐみの制服を洗う。この服を着て、つぐみは備品の男の子を使い、勉強しているのだという。どんな風に扱っているのかを、 僕は知らない。怖くて、つぐみに直接聞くことなどできるわけがなかった。僕が知るのはつぐみの本を盗み見て仕入れた、備品についてのごくごく表面的な知識。その情報の少なさが、余計に恐怖をかき立てた。
 備品。
 暗記するほど読んだその本にはこうあった。
 教育補助職という白々しい名前が、備品と呼ばれる男子たちの正式名称だった。これが、男の数少ない存在理由のひとつだ。
 備品という道具のような扱いは、一応女性たちの間でも議論を呼んだらしい。けれどその驚異的な学習効果に、全てが吹き飛んだ。
 男でも、特化させればそれなりに使える。そんな人的資源が、世界人口の半分もあるのだ。その余りある余剰労働力は、女子に贅沢な教育を可能にした。余計なことは小人にやらせればいいのだ。いつでも万全な教育環境が整えられ、掃除も備品の手入れも、もう女性の時間を奪うことはない。何より、教師に押し付けられていた雑務全てが解消されたのだ。生徒も教師もただ学習に専念できる。これで学力の伸びないわけがない。何より、支配すべき小人たちは目前にいるのだ。それが支配階級としての自覚を生み、学習意欲をかき立てた。
 教育だけじゃない。全世界で、雑務、書類作成、その他多くから女性は解放されたのだ。その上、完全な汎用性を備えた歯車はどこにでも掃いて捨てるほどある。だから、機械化の不可能だった分野も、最適化の難しかった作業も、全てが最高の効率を持って回り出すのは当たり前だ。全ての産業が飛躍した。もはや飢餓はなく、生産物は充実し、生活環境は劇的に改善した。
 労働からの解放。晴れて女性は知的労働に専念できる。最高度の知性を備えた人材、溢れんばかりの物資、そして時間。奴隷制の時代、ギリシャがそうであったように、古代ローマがそうであったように、科学、哲学、芸術、なにもかもが長足の進歩を遂げた。現代に蘇る奴隷制は、人類の半分を犠牲にすることで、わかりやすいユートピアを実現しつつある。
 つぐみの本は、こう言っていた。けれど、僕はそのほとんど理解できていない。言葉の意味すらあやふやだ。だって、小学生だ。わかるはずない。けれど、何度も何度も僕はその文字を追った。悔しかったからだ。つぐみたちは簡単にこれらのことがわかるという。自分が劣っていないことを証明したかった。時間は余りある。たくさん本を読んで、負けじと勉強した。たぶん、頭の良さならかつての小学生とは段違いのところまで来た。
 そしてわかったのは、双子の頭に追いつけないことだけだった。
 男女差はもう、埋められないのだ。
 男子は備品として生きるほかない。
 備品。
 女子児童の備品として、小人たちはどのように扱われているのだろう。教師に、女子に、つぐみに。つぐみはどう男子を使っているんだろう? あの愛くるしい女の子は。からかいながらも眠たげな目をした、僕の双子は。
 僕は床に着く。ぐるぐると回る頭を落ち着けたかった。何より、退屈で、心寂しい。
 ……つぐみがいない間は心底双子の帰りを待ちわびてしまうのも、事実だった。
 つぐみが早く帰って来るよう祈りながら、僕は眠った。

§
 そして、いっときの睡眠の後。
(……ん?)
 不意に眠りにノイズが走った。
 ぼんやりしているうち、ふと気づく。
 なんだか、体が重い。
 何かが僕の上に乗っている。
 閉じがちな瞼の隙間から、外の様子を伺う。もう夕刻も過ぎて、部屋は真っ暗。わずかな残光で、窓がぼんやり明るい。そんな頃合いだった。
 だんだん目が慣れて、輪郭が浮かび上がってくる。
(つぐみ……?)
 制服のまま、つぐみが僕に馬乗りになっていた。手に何かを持ち、脚で僕の腕を封じている。
「なに……?」
 僕はその影に呼びかけた。少し、影が揺れる。
「……あ、起きちゃった。まーいっか」
 そして、こちらに屈み込む。
「おはよう、”おにいさん”? お留守番、ちゃんと出来たみたいね」
「……なにしてるの?」
 思わず、素の子供っぽい口調で答えてしまう。つぐみはそんな僕をクスクス笑った。
「すぐにわかるわ」
 そして、僕の胸に何かを突き立てる。
「!? やめっ……!」
 本能的な恐怖を感じて僕はもがいた。綿で出来ているようなつぐみの体は軽く、暴れる僕に揺さぶられる。
「じっとしててほしいんだけ、どっ!」
 けれどつぐみは軽やかにそれをいなし、僕の襟首を掴むと、もう振り落とすことはできない。
 ずいと顔を近づけてくる。
「つ、か、ま、え、た♪ さよーなら、 ”おにいさん”?」
 首筋に手のものを押し当てるつぐみ。パスっと空気音がして、首に冷たいものが沁みてくる。慌ててそこに手をやる。
「な、こ、これ何!?」
「これ? これはね、注射器。中身は薄めてあるから、ゆっくり効くはずなのだけれど……。やっぱり最初は、速効性が強いみたい」
 ドッドッと心臓が胸を打つ。とんでもないことをされたのはわかった。そして、見上げていた天井がぐらりと歪む。
「縮小薬……?」
「正解♪」
 その声を合図に、僕の体に異変が起き始める。
 頭が熱っぽくなって、気だるく、重くなる。そして、視界が四方に伸びていく。スルスルとシーツが広がって、天井が遠く、歪んでいった。
(縮んでる……!!)
 突然のことに、現実を受け入れられない。でもそうしている間にも胴は縮んでいき、馬乗りになったつぐみの脚の間へ、潜り込むように進んでいく。妹を見上げるその視線は、緩やかに角度を急にしていった。真下からその顔を見上げるような感覚。軽かったつぐみの体が重くなる。制服のスカートの口が、近づいてくる。
「やめっ、今すぐ戻してよっ!」
「残念♪ 解毒剤がないの、知らない? LSSが治せると思う? でも大丈夫。最初は急だけど、後はゆっくり、ゆっくり縮むようにしてあげたから」
 鼻歌交じりにつぐみは言い、自分の下で縮む僕を見ながら注射器を指先で弄ぶ。30キロと少しのつぐみの体は、僕でも抜け出せる、はずだ。が、後手後手に回っているうち、すでにその体は大人のもののように重い。11歳、成長期さえまだまだ先の僕の体では、どうともできる重さではなかった。
「♪」
 焦燥と恐怖の入り混じった僕の顔を、つぐみはワクワクした顔で見下ろしている。焼きあがるクッキーを待つような表情。対する僕は、パニックに陥り苦悶の顔だ。
(なんでこんなこと……?)
 疑問だらけの頭の中。そんな思いを見透かしたように、つぐみは鈴の音のような声で囁く。
「あのねー来週、体育があるの」
「……え?」
「体育で小人が必要だから、ちょうどいいかなって。まあ、買ってきてもいいんだけどね?」
「そんなっ、そんなことで?」
「十分な理由よ?」
「お母さんが黙ってないぞ!」
「お母さん? もう話はつけといたから、安心して?」
 暖簾に腕押し。ズリッ、ズリッ、とシーツの上を体が滑り、頭の隣ではつぐみの腿が、形を保ったまま膨張していく。腕の上に乗っかられていて、足を虚しくばたつかせることしかできない。首を振っても、つぐみの柔らかい太ももに跳ね返されるばかりだ。
「あはっ、”おにいさん”のエッチ。女の子の脚にそんなことしちゃダメだよ」
「お、重゛っ……!」
 くすぐったげに体を揺するつぐみ。その体に潰され、僕はひたすら重みに呻くばかりだ。
「うーん、少し収まったかな?」
 つぐみが小首を傾げる。ミルクティーのような髪がふわふわと垂れ、潤みがちの瞳が僕の顔を覗き込んだ。
 つぐみが腰を浮かす。這いずるように、なんとか僕はそこからにじり出た。
「うん、上出来♪」
「わっ!」
 ドンっと僕のそばに手をついて、つぐみが覆いかぶさってきた。押し倒されたような状態だが、寝そべる僕からでは、垂れるつぐみの髪にさえ手が届かない。制服のリボンが垂れ下がり、足先ではスカートがひらひらと揺れている。けれど、ベッドに膝立ちの脚にさえ、僕の足は届いていなかった。
「えっと……、60センチは縮んだかな。半分サイズまで行ってるかも。テディベアがちょうどこのくらい、かな……」
 涼しい顔で呟く。ポソポソと頰を撫でるその吐息が、無性に胸をざわつかせた。
「なんでこんなこと……」
「一気に縮めたらつまらないでしょ?」
「そうじゃなくて!」
 目眩を覚えながら頭上の少女に叫ぶ。その華奢な体に、懸命の叫びが吸われている気がしてならない。
「あ、縮めたことかな」
 頭に電球を光らせて、つぐみは言う。
「本当はね、縮むってそっちが自分で決めるの、待ってたんだ。こんなおバカさんといつまでも双子してるの、大変だったんだよ? 我慢して、でももう見苦しくって。……引導を渡してあげたつもりなんだけどな」
 伏し目がちの目が怪訝そうにこちらを見つめる。
 言葉が出なかった。ほんの小さな子供なのに、まだぬいぐるみを抱いてさえいそうな子供なのに、この言葉。双子の僕を試していて、愛想が尽きたとつぐみは言った。もうずっと昔から、僕はつぐみの掌の上だったのだ。
「双子はもうおしまい。これからはつぐみの、つぐみたちのものだよ。ね?」
「そんなこ、ゥグッ?!」
 抗弁しようとする僕の唇を、つぐみは指先で塞いでしまう。
 口に指を添える、たかがそれだけの仕草。それだけで僕は顎から先を少しも動かせない。
 指先ですら感じられるら圧倒的な力の差。つぐみの、華奢で線の細い体は変わらない。どこか儚げであどけない小さな女の子は、それでも、僕に完全に覆いかぶさっていた。
 僕を拘束し尽くすその力と、目前の可憐な姿が結びつかない。ただ、細い細い片手で身を支えられたその巨体が倒れてくるんじゃないかと、僕は心臓の底が冷たくなるのを感じていた。
「くちごたえはダメ。どっちにしろ、もう戻れないよ? 小さくされちゃったんだよ? 小人なんだよ? つぐみは、もう双子じゃないの。お兄ちゃんはもう普通の男の子で、つぐみは普通の女の子。道具と持ち主。あるべき姿に戻っただけ。どんなにつぐみが小さくても、つぐみは女の子で、お兄ちゃんはそれよりずっとちっぽけな存在。わかるかな? わかったら、お返事」
 そして指を浮かす。痺れかけた唇で僕は言った。
「……つぐみは僕の妹だ」
「ふふー、聞こえなーい♪」
 ムグッと僕は再び呻いた。開いた口に指を突っ込まれたのだ。
 僕の指四本分はあるつぐみの指で、僕の口はいっぱいになる。絹のように滑らかで、節ばったところの一つもない細い指。それが舌をまるごと押さえつけている。
 指の猿ぐつわをされて僕は声も出せない。つぐみは、僕に指を咥えさせて、アハッと笑うだけ。唇の端からよだれを流しながら、僕は恨めしげにその小さく幼い顔を睨みつけた。暗い視界に浮かぶのは、幼女に特有の、少し丸めの顔。眠たげな眼差しはぼんやり僕を見下ろしているけれど、その瞳は不穏に輝いている。
「おばーかさん♪ 答え知ってるくせに、ちっちゃな意地張っちゃって。双子としては赤点だったけれど、男の子としては0点、かな?」
 えいっと言って、つぐみが指先で僕の舌を摘み出す。エーと意思に関係なく情けない声が出てしまって、恥ずかしくってたまらない。そんな僕をニコニコ笑いながら、つぐみは僕の舌を動かしたり引っ張ったりしていた。
 つまみ出された舌が痺れて仕方ない。
 泣きそうになりながら、僕は混乱するばかりだ。
 仮にも妹なのになんでこんな仕打ち? 
 どちらにせよ、もう僕は抗えない。絶望感が背中から漂い出す。疑問だらけの顔で双子の顔を見上げた。透けるような髪がふんわり垂れ下がって、周囲から僕を隠している。ぼんやりと僕を見下ろすつぐみは、ハムスターでも見るように微笑むばかり。なにか大それたことをしてるなど、全く思ってはいない。異常事態に僕の心臓は早鐘を打っているのに、指先の微細な脈はとくとくと柔らかくゆったりして、余裕そのもの。
 僕は雰囲気に呑まれている。
 完全に妹に支配されている。
 それだけが確かだった。
 僕がよだれで溺れそうになったのを見て、ようやくつぐみは手を離してくれた。
 むせながら、僕は恥辱を飲み込む。乾いた舌先がヒリヒリとして痛い。
 涙を目尻にたたえて僕はつぐみを見上げた。二倍もあるこの女子小学生は、もう僕を兄とは思っていない。何をされるかなど、予想もつかなかった。
「早く認めないと辛いだけなのに。……それにほら、お兄ちゃんも本当は喜んでるみたい。みてみて、下、膨らんでるよ?」
 ピンっと僕の股間を弾く。思いもよらぬ攻撃に叫ぶ。慌てて股間を抑えると、そこが勃起していることに気づいた。
「あっ、えっ??」
 僕は目を丸くしてそれを見た。精通も終えたばかりの、僕の未成熟な小さなもの。それが全く気づかないうちに、ズボンの下で平服していたのだ。
「違っ、これは……」
「違わないよー? 遺伝子に刻み込まれたことだもん、反応しないわけないよ。それとも、自分だけは特別とでも思ったのかな?」
 妹に縮められて、勃起していた。
 そんなこと到底受け入れられない。僕は少女のようにイヤだイヤだと首を振る。けれど事実は変えられない。心が折れそうだった。
「悔しくていっぱい勉強したんでしょ? ムキになって難しいこと知って、無駄なのわかってるくせに。でも、男の子は男の子」
 道具のように僕を操る彼女は、トン、トンと僕の胸を指先でつつく。
「大丈夫らその十一年分の付け焼き刃も、つぐみがゆっくり消してあげるから。当たり前のことに泣いても喚いても、疲れるだけだよ。さ、つぐみの道具になろ?」
 どこかまだ舌足らずな声で、つぐみは僕の上に言葉を降らす。僕はまごまごと口を動かすけれど、言葉が見つからない。
 まだ屈したわけではなかった。突然人権などもうないと言われたからって、簡単に受け入れられるはずがない。しかし、つぐみが普段通りの口ぶりで言うのだ。それが妙な説得力を伴い、巨大な体でもって僕に刷り込む。
 もう耐えられない。
 僕はもんどりうって、つぐみの下から這い出す。手をついて、まるで赤ん坊のように這い出した。僕の背中はつぐみに当たることもなく、スルリとその下から抜け出る。もはやつぐみの腕のトンネルは、僕を覆ってあまりある大きさだった。
 巨大なつぐみの支配していた空間から抜け、僕は冷たい空気の中に飛び込む。
「あははー怖がっちゃった。双子双子って言ってたのに、ヘンなの。でもお遊びは、もう終わりだよ?」
 身を起こしてぺたんとお尻を落とすと、そのままつぐみは手を伸ばして僕の背中を掴む。若葉のような手が、僕の背を覆った。発育の遅いつぐみの手、ピアノのオクターブも押せない手が、僕の背を完全に包み込んでいる。
 つぐみは僕をマットへと押さえつける。そして僕の脚を掴むと、そのまま軽々僕を吊り上げた。
 グルンと視界が回転し、逆さまになる。ぶらんと頭が揺れて、シーツに髪が擦れる。
「そうだ。どんなちちっちゃくなったか、見せてあげる」
 ほーらと言って、鏡の方へ僕を向ける。僕を逆さ吊りにしたまま、まるで重さを感じさせない。
「見えるかな」
 大きな部屋の壁は遠い。数メートルにも感じる姿見に、僕らの姿はあった。つぐみの制服のシャツが、暗い中でぼんやり見える。まるで人形あそびでもしているように、あどけなく座るその姿。よく目を凝らせば、その手にテディベア大のものがぶら下がっていて……。
 その蒼白な顔と目があう。鏡の中の僕は、みるみる驚愕へとその色を変えた。
「言葉もないって感じね。わかりやすーい」
 大きなベッドの中、つぐみの姿はちょこんと小さい。その手の中に、不安になる程小さな僕がいた。縮小がわずかに進んで、もう、三分の一ほどの体になっている。細い分、女の子の赤ん坊より小さい。
「あ、今日はこれ以上小さくはならないよ。たぶん。ゆっくり縮めないと、おバカさんの頭じゃついていけないもんね」
 そう言って、赤ん坊のように僕を腕に抱く。頭に上った血が帰って行き、ハッキリした視界に見下ろす幼女の顔が大きく映し出された。僕を抱える腕は大きく、高みから見下ろす顔は遠い。制服姿の小学生。かろうじて膨らみ始めた乳房が二つ、僕の脛と胸に張り出していた。脂肪の薄い少女の体は密着しがちで、心臓の音さえ聞こえそうだ。
 大きすぎる。
 もう、妹には思えない。
 だって、この幼女に欲情さえしかねないのだ。
「うん、教科書通りの反応、かな。つぐみが別人に見えてるんだね」
 もう、戻れないよと囁く。
 僕の、縮小人間の日々が幕を開いた。

§
「往生際悪いなぁ」
 制服姿のつぐみが、静かに手をあげる。
「っもう!」
 そうして勢いよく振り下ろした。
 それは、膝の上に押さえつけられた僕のお尻を、したたかにひっぱたく。
 甲高い僕の叫び声。
「手間かけさせないでよ」
 そしてもう一度。妹の膝の上でお尻を叩かれる。また、もう一度。耐えられっこない。嗚咽にむせぶ。痛みは鐘のように頭の中で鳴り響いている。破れるほど強く子供用の白タイツを掴んで、その屈辱を耐えた。
 つぐみはお仕置きのつもりだろうけれど、僕にとっては拷問だった。ひん剥かれたお尻はとうに赤く腫れ上がって、なのに僕は太ももの上に押さえつけられ動けない。何より、屈辱だった。下半身を露出させられてお尻をひっぱたかれ続けるのだ。平気なはずがなかった。
 パチンッと鋭い音。痛みと恥辱の涙がつぐみの腿に散る。
「戻せ戻せって、テープレコーダーなの? あんまり反抗すると後が怖いよ? っていうか、もう怖いでしょ? もっと叩かれたい?」
 ようやく手を止めたつぐみは、ハァとため息をつく。
「その癖体は素直に反応してるくせに」
 顔が赤くなる。その通りだった。ただ大きな女の子に押さえつけられているだけでも、小人の体は従順に反応する。つぐみの履くタイツもまずかった。肌触りの良さが僕を苦しめていた。
「汚いよ」
「うぎゃっ」
 吐き捨てるように言って僕を膝からはたき落とす。ゴロンと横たわる僕の前に、白い足が二本。
 ジトッと僕の股間を見下ろすつぐみ。まだ毛も生えていないそれが恥ずかしくて慌てて隠す。
「躾が足りないのかな。やっぱり心を折りに行かなきゃダメかな」
 ブツブツ独りごちる。そして足を持ち上げると、僕の顔を踏みつけた。
「なんでわかんないの? もう戻れないし戻してあげないって言ってるんだよ? もう備品なんだからさ、受け入れたらいいのに」
 ゴロゴロと頭を転がされ、グリグリと踏みにじられる。足裏全体をなすりつけられ、つま先で顔を潰される。下半身だけでもがいていると、さらにそこにもう片足がどっかとのしかかった。腰から顔まで、すっぽり隠されてしまう。上履きと革靴に閉じ込められていた足は、埃とわずかな汗に汚れていた。
「バーカ」
 両足を僕の上に乗せながら、つぐみは退屈げに言った。軽く体重をかけて、僕をひき潰す。
 僕はほとんど泣いていた。
 なんでこんな目にあわなくちゃいけないんだ。双子に縮められて、踏まれて、道具にされる。悲しくて悔しくて、どうかなりそうだった。
「あーあ、また反応させちゃった。気持ち悪いなぁ」
 爪先でそれをつつく。まだ刺激に慣れていなくて、僕はへんな叫びを上げてしまった。
「管理、しなきゃいけないんだっけ」
 そしてそのまま足を上下に動かし始めた。ずりずりとタイツが先っぽを刺激する。
「やめ、うぅ……」
 力が入らない。細くて肉の薄いつぐみの足にしごかれて、双子相手なのに欲情してしまったのだ。足をどかそうと両手で掴むけれど、ビクともしない。快感に呻いて、足先にしがみつくだけ。
 顔は踏みっぱなし、股間はいじくり回され、無力感に打ちひしがれる。気持ちよくって仕方ない。双子なのに。妹なのに。もう人間とも思われず淡々と処理されて、それに悦んでしまっている。こんな屈辱他にない。
「バーカバーカ」
 つぐみは罵る。白タイツに蹂躙される。
 耐えられるはずなどなかった。
「う、っ〜〜」
「はあ、やっと出た」
 足を退けて、足先を引っ張る。そのままタイツを全て脱いでしまう。
「これはもう使いたくないなぁ」
 チョキンと汚れたところを切ると、残りを僕の上に投げ捨てた。
 タイツに覆いかぶされる。けれど強制的に射精させられた僕は、焦点の合わない目で天井を仰ぐばかり。
「少しはわかった? もうつぐみとお兄ちゃんは双子じゃないから。これ以上口答えしたら、トイレに流しちゃうよ? それともトイレの掃除道具にされたい? おしっこされちゃうよ? 匂い染み付いちゃうよ? ずっとトイレに閉じ込められて、色々かけられて、中で一生トイレ掃除。いいの?」
「や、やめて!」
「 “やめてください”」
「……やめてください」
 つぐみはフンと鼻を鳴らす。
「まだイマイチわかってないみたいだけど、いいよ、ゆるしてあげる。ただ、躾は続けるからね」
 そして足を突き出す。
「キスして」
 子供の細い足が目前に来る。キス? 妹の足に? タイツを脱いだばかりの? 
 けれど拒否権はない。
 僕はなんとか身を起こす。
「お辞儀して」
 足裏が僕の頭を抑えた。そしてスッと僕の目の前に素足を差し出す。
 僕は震える手でそれに触れた。まだ骨を感じさせるような小さな足だ。大人のように長くもないし、逞しくもない。皮膚は薄くて柔らかかった。透き通るような乳白色と、光沢あるピンクの爪。
 それが、ひと踏みで僕の胴を潰せる大きさなのだ。つぐみが浮かせていると言うのに、手にはずしっと確かな重みがある。そこに顔を近づけた。
 親指の先に、口を重ねる。爪としっとりとした肌が唇に当たった。
「♪」
 つぐみは楽しそうに笑った。くすぐったいのだろう。そして、そのまま口の中に指を押し入れてくる。親指と人差し指が唇をこじ開け、歯の間に滑り込み、口の中をパンパンに占領した。そして舌を摘むと、引き出す。
「ぐえ゛っ!?」
 千切れそうなほど舌が伸びる。涙目で見上げると、長い長い足の先、あどけない顔が僕を見下ろしていた。柔らかな目元を細め、兄の無様さを楽しんでいる。
 まるで女王様のようだった。
 いや、本当に女王なのだろう。
 今彼女は、僕の持ち主なのだ。
「よくできました」
 糸を引かせて足指を離す。ついたよだれを僕になすりつけ、
「ご褒美だよ」
 ポケットから注射器を取り出す。僕の首根っこを掴むと、問答無用で注射した。
「ひっ」
 絶望が僕の中に流れ込む。すぐに体が痺れて、世界が膨張し始めた。
「大人しくしててね? っていってもできないからさ」
 注射器をしまい込むと、落ちていたタイツを拾い上げる。
 そして、僕の頭に被せた。
「ここで待ってなさい」
 そしてそのまま僕をタイツの中に押し込んでしまう。白い生地がそのまま僕を飲み干した。つま先のところに頭がぶつかる。
気づ僕がすっぽり入ると、つぐみは口の方を縛ってしまった。
 膝の上に僕を寝かせる。
「あーあ、つぐみの靴下に閉じ込められちゃった♪」
「出して、つぐみ、出してよっ」
 ジタバタともがくけれどタイツはぐにぐに伸びるだけ。さっきまでつぐみの足があったのだ。つま先は僅かに湿っていて、つぐみの匂いが染みている。少しくたびれた純白の表面には、埃で足型に薄汚れていて、一日履かれていたのが悲しいほどわかってしまった。
 白い視界から巨人の体が透けて見えた。クスクス笑っている。
「芋虫みたいだよ、”お兄ちゃん”? 逆らった罰で今日は一日その中ね」
 そして立ち上がると、僕を椅子の上に置いて、部屋を出てしまった。
 電気が消される。
(……放置された)
 急に静けさの中へ投げ込まれる。つぐみが座っていた座面は最初こそ生暖かったけれどすぐに冷えていき、白タイツも徐々に湿り気が冷たく重くなっていく。
 ぎゅうぎゅうに押し込んでいたタイツは、だんだん大きくなっていった。縮んだせいでゆとりが生まれたのだ。広がっていた生地が縮んで、徐々に白さが濃くなる。外が見えなくなっていって、僕は完全につぐみの靴下の中に閉ざされてしまった。
 もぞもぞ動くけれど、椅子から落ちればただでは済まない。ジッとするほかないようだった。何より疲れている。ペンペンとお尻を叩かれ、射精を強制されて、屈服させられて。タイツは蒸れて寝にくいけれど、なんとか、ごくごく浅い眠りにありつくことができた。
 眠っている間も、部屋の外からはつぐみの軽い足音が聞こえてくる。シャワーを浴びて、テレビでも見ているらしい。お母さんと話しているようで、鈴のような声音も伝わってくる。ご飯を食べる音がかちゃかちゃとなって、寂しくなってきた。
 うつらうつらしてはハッとして、一時間か、二時間の後。
(やっと帰ってきた……)
 小さな足音を立ててつぐみが入る。パジャマに着替えて、髪はまだ乾きかけ、眠そうに目をこすっていた。
 ランドセルを出して、机の上に置く。そして、僕を乗せたまま椅子をそちらへ転がせた。
 そして、背を向ける。
(もしかして、僕のこと忘れてるんじゃ……!)
 つぐみがするりと腰を下ろした。
 パジャマのお尻が落下してきて、僕にのしかかる。うめき声はつぐみの体で踏み潰された。羽毛のように軽いつぐみが、僕の体をミシミシ押しつぶす。僕は子供に踏まれた人形のようなもの。体は硬い座面に押し付けられ、小さなお尻にぺちゃんこにされる。
「ひっ?!」
 慌てて立ち上がる。その拍子に椅子を倒して、僕を床へ叩きつけた。
「き、気持ち悪っ……!」
 嫌な感触を拭おうとする。そして身をよじってこちらを見ると、ようやく僕に気づいたらしい。少し嫌そうな顔をしてから、白布に包まれた僕をベッドへ放り投げる。そこはぬいぐるみの海。テディベアのお腹にのっかる形で、僕はその中に沈み込んだ
 一息ついて、つぐみは荷物をまとめた。それから、毛布の中に忍び込む。大きな犬のぬいぐるみにぎゅっとしがみつき、
「おやすみなさい」
 ぬいぐるみ達に呟いた。猫のように背を丸め、毛布の中に埋もれる。
 小さく薄い背中。それを悲しく見上げることしかできなかった。僕はぬいぐるみと、丸まる妹の背の陰に隠される。そしてそのまま、小さく小さく眠るしかなかった。

§
「……うわっ?!」
 眠りは唐突に破られた。全身が宙へ投げ出され、落下したのだ。
「いてて……」
 お尻をさすって周囲を見渡す。真っ暗だ。いつのまにか、暗くて狭い場所に放り込まれている。そしてその部屋ごとガッシャガッシャと揺り動くものだから、寝ぼけた僕は心の準備も出来ずに四方へぶつかる他ない。
「つぐみっ! どこに、……ぎゃっ!?」
 僕に板のようなものが倒れ込んでくる。続いて布の塊も。
(筆箱……?)
 次第次第に周囲が見えてくる。周囲にあるのは教育用のタブレット、筆箱。僕が乗っているのは体操服の上で、どうもランドセルの中にいるようだった。教科書やノートが少ない分スペースはあるけれど、却ってランドセルは隙間だらけだ。圧死する心配は無いけれど、捕まる場所もない。少女に背負われながら、その一歩一歩にどうしようもなく翻弄されてしまう。
 隙間からは光と雑踏の音が聞こえ、女の人が街行く姿が時々見える。そうしてしばらくすると、黄色い声が聞こえてきて、小学校に着いたのがわかった。
 つぐみの登校が終わったのだ。
「生きてる?」
 天井が開いて、つぐみが顔を覗かせる。昨日よりもっと大きい。更なる巨人となった妹が、僕に手を伸ばした。
 ゴロンと机の上に転がされる。視界がパッと開けて、初めて見る小学校の風景が飛び込んできた。
 上空から笑い声が聞こえてくる。
「わっ?!」
 幾人もの巨大な小学生が、僕のいる机の周りを取り囲んでいた。水平線から伸びる巨大な胴が、僕にいくつも影を重ねている。きちんと制服をまとったあどけない女子達は、つぐみを中心に五人、その巨体をひしめかせて僕を見下ろしていた。
「新しい備品ってこれ?」
「そう。元家族だけどね」
「へえ、ペットにでもしてたの? ちょっと大きめだよね」
「ううん、最近縮めたばかりなの」
 えーと数人が驚く。物珍しげに僕を見つめて、「触っていい?」と聞くと僕に掴みかかった。
 とっさに頭をかばうけれど意味などない。指は僕に巻きつくと、全く重さを感じさせないそぶりで持ち上げてしまった。
 女子の手は僕を鷲掴みにして、足と顔以外覆い尽くされてしまう。手のひらは柔らかいけどすごく熱くて、細い指はぎゅっと体に食い込んだ。巨大な瞳が十個、僕をくまなく見つめる。短髪の子やロングの子、数人は頭にベレー帽を被ったままに、目を輝かせている。
「いたい、痛いよ! 離して!」
 たまらず叫ぶも、
「あ、しゃべったー」
 彼女たちは面白がるだけ。つぐみよ理由背の高い女子たちは、交互に僕を受け取り、渡し、いじくりまわす。細やかな指から体を引き上げようとするけれど、どんなに腕を突っ張ってもその手はしっかり僕の腰を掴んでビクともしない。もてあそばれるしかなかった。
 僕を掴んだ一人が机の上に座り込む。あれほど大きな机も、彼女の体は全て覆い尽くしてしまった。そして太ももの上に僕を降ろすと、つぐみたちと雑談を始める。
「どこまで縮める予定なの?」
「決めてないかな〜。今日は体育のために早めに持ってきただけだし。しばらくは家に持って帰るつもり」
「一緒に使っていい?」
「いいよー。まだ備品にされたことわかってないみたいでね、みんなで躾けないと使い物にならないと思うの」
 膝の上で小人は立つこともままならない。ブラブラ脚を揺らすせいで、幼い太ももがムニムニ動くからだ。ひれ伏して必死にニーソックスに掴まるも、靴下は滑らかな肌の上でずれていき、ついに僕は膝からずり落ちてしまう。
「ちょっと、靴下ずれちゃうじゃん」
 不満げに彼女はニーソを直す。振り子のように揺れる脚に乗せられ、僕はそのまま床へと放り出されてしまった。ずらりと上履きが並んで作る円形の広場。そこから十本の足が伸び、女子小学生の体は魚眼レンズから見たみたいに湾曲して天までそびえ立っていた。視界の大半は童女らの膝下で占められていて、腰より上は遠すぎてあまりよく見えない。その分そばに並び立つ上靴の存在感は絶大で、小さな足にギチギチに押し広げられているのがよくわかった。
 女子たちのほんの一部しか僕からは見えない。膨らんだ胸は明かりを遮り、胸の下に影を投げかけている。スカートの中は真っ暗だ。そうした影が彼女らの姿を立体的にして、スケール感を際立たせていた。
 電柱のような足が伸びて、僕を小突く。薄汚れた上履きがお腹にのしかかり、あっけなく僕を蹴倒してしまう。膝に靴底の凹凸が食い込んで悲鳴をあげる。
「ちーちゃん、上履きのまま骨折しちゃうよ?」
 そう言われて、上履きが引っ込む。助かったと思ったのもつかの間、今度は別の再び襲いかかってきた。背後に靴が脱ぎ捨てられて、頭上から伸びてるのは靴下に包まれた足。そして手慰みに僕を踏みつけるのだ。
「アハッ面白ーい! 縮められたばかりだから反応も新鮮! 恐怖で真っ青だし、慣れてないからもがきすぎてすぐ疲れるし。反応がいちいち大げさだから見てて楽しいね」
「30センチでこんな大騒ぎなんだから、2センチくらいにされた時の反応が楽しみ、かな?」
 ほかの女子も僕に足を重ねる。無数の虎のようにそれは襲いかかって、その中で僕は溺れそうだ。黒いソックスや白いタイツが入り乱れて、頭が追いつかない。できるのは、喉奥で悲鳴をあげるだけ。叫ぼうとすれば口に足裏が覆いかぶさるものだから、その叫び声さえ殺されてしまうのだ。両手両足を地面に踏みつけられて、足裏が顔に覆いかぶさる。蒸れた少女たちの足にうもれ、息継ぎさえままならなかった。
「助けてつぐみっ! 死ぬ、死んじゃうよ!」
「あはは、助けてだってよ?」
「兄妹気分が抜けないの。バカでごめんね?」
「初対面で踏まれるとは思ってなかったんでしょきっと。つぐちゃんなら心の準備もできたかもだけどねー。ほらっ、泣いちゃえっ!」
 頭をぶん殴られた気分だった。巨人たちへの恐怖と妹に見放された絶望は強烈で、女子小学生の足に敷かれたまま気絶さえしかねない。存外足の裏は柔らかかったけれど、重くて、重くて。……沢山の指が僕をくすぐる。いろんな香りが鼻に入る。タイツの細い繊維やソックスの糸、白いのや黒いのがもみくちゃにやってきて、蹴られたり潰されたり、もういっぱいいっぱいだった。とうに僕は泣いている。けれどそれは少女らの足に吸い込まれて、涙の跡は埃や汗で汚された。
「期待はずれはいやだよ? ちゃんと怖がって! ちゃんと敬って! ちゃんと汚されて! ずっと、ずっとだよ!」
 沢山の笑い声が降り注いだ。

§
 つぐみたちが授業を受けている間、僕は道具箱に投げ込まれ、ロッカーに閉じ込められていた。縄跳びや帽子とまとめて押し込まれ、先生の声だけが聞こえる。内容はあまりに高度でわからない。女子の習うことなのだ、わかるはずがない。することもなく僕はそこでじっとした。ひたすら僕は体操服や帽子の下敷きになって、つぐみの香りに包まれていた。
 だから、つぐみが僕を呼んだ時、なぜだか僕はホッとしたのだ。
「ほら、初仕事だよ」
 僕ごと箱を引き出して、つぐみがこちらを覗き込む。体操服に着替えた彼女がそびえ立っていた。普段見ることのない、スッキリとした出で立ちに少し驚く。ほかの女子児童も同じで、手足の露出した格好がそこかしこで輝いていた。

 その、20分後。

 パンッと小気味のいい音が響き、続いてドンと衝撃が響く。
「成功〜。こんな感じで飛べばできるから。さ、次つぐちゃんね」
 体育館では女子児童たちの跳び箱の練習が始まっていた。
 その台の上に、何かがもがいている。
 それは、跳び箱に縛り付けている僕の姿だった。
「ほら、成功させよ? じゃなきゃお兄ちゃん、潰しちゃうよ〜?」
 つぐみが体育の不得手なのをこぼした結果、少女たちは荒療治を思いついてしまったのだ。特訓につきあうよと言うや、二人の巨人は僕を跳び箱の上に押さえつけ、もがく手足をマット部分に貼り付ける。そしてつぐみに飛ぶよう促したのだ。
「お兄ちゃんなんでしょ? いいの?」
 見かけた少女が尋ねる。
「元、ね。あ、さっちゃんも使う? 苦手だったよね跳び箱」
「え、たのしそー」
「小人の頭より上に手をつけばうまく跳べるんだって。あと、踏み込みが足りないと失敗するから、小人を飛び越えるために思いっきり踏み込めばいい良いらしいよ」
 和やかに話すつぐみに、僕は泣き叫んだ。
「おろせって、おろせったらつぐみ! ねえ!」
 お手本と言って少女に一度跳び越されて以来、僕は失禁さえしかねない恐怖にかられていた。
 それ以来夢中で脱出を試みている。
 もちろん、意味なんてない。
「じゃ、飛んじゃうね」
「うん、つぐちゃんガンバガンバ!」
 そんな声。
 キュッと音がする方を見てみると、妹がこちらに走り出していた。
 あどけない少女の華奢な体。
 それがどんどん大きくなる。
 そしてドンっと踏み切り台に踏み込んだ時。
「あっ」
 あと一歩足りなかった。
 少女の手は僕の真横を捉えて、体をうまく前へ押し出せない。
 開脚したつぐみが空を覆う。失速した飛行機のように、こちらへ飛んでくる。
(ダメだ、死んだ)
 そう思った。そんな巨大なものを一身に受ければ葡萄のように弾け飛ぶだろう。
 落ちて来るつぐみの体で、視界が徐々に暗くなる。
「きゃっ」
 軽いつぐみの体を受け、僅かに跳び箱が揺れた。
 蛙のような叫びをかき消して。
「あちゃ、失敗しちゃった」
 つぐみはちょこんと台に乗ってしまっていた。
「やっぱこんなんじゃできないって」
 僕の上に跨ったまま、つぐみは友達に不平を漏らす。そしてようやく兄のことを思い出すと、
「おーい、生きてる? ん、失神してるの? あ、起きた」
 腿の間の僕を呼び覚ました。
 僕の上には、7メートルにも及ぶ妹の体があった。幸い前傾姿勢と僅かな股間の隙間に助けられて、まともに体重がかかることはない。
 が。
「ぐ、っ〜〜〜!!!」
 30キロ台の体重も、7メートルの巨大な少女となってしまえば話は変わる。あの夜馬乗りになられた時と、同じ人間の体とは到底思えなかった。成人男性なら片手でも重さを感じないような幼女なのに、僕はその質量に声も出ない。その肉体の柔らかさにかろうじて生かされている状態だった。
「もっと抵抗してもいいのに。つまんないじゃない」
 身じろぎはおろか呼吸もままならないのを知ってか知らずか、つぐみは笑いながら言い放つ。僕は自分よりも太い太ももの間で、顔を半分股間にふさがれている。体操服をまとった小学生に股がられて、もう泣くことすらできない。
「ま、いっか」
 そして身を浮かせて、ずりずりと跳び箱の上を進んでいく。当然僕はそのままつぐみに乗り上げられる。硬い跳び箱のマットと体操服の生地に挟まれ、妹の体に飲み込まれていく。ゴムや体操服、つぐみの匂いで押しつぶされ、体はそのショーツやお尻の谷間をすり抜けて行った。
「ップはっ、はぁ、はぁ……」
 ようやくつぐみが僕から降りてくれる。僕が喘ぐように空気を貪るのを見て、フッとつぐみは笑うだけだ。
(助かった……)
 安堵する。
「じゃ、行くねー!」
「え?」
 見れば、つぐみの同級生がこちらに走り始めていた。
 疾走、跳躍、着地。
 僕の上を巨体が飛んで行く。
 そして、次の児童。
 僕は、少女が細い足をいっぱいに広げて自分の上を飛び越えるのを、何度も、何度も見せつけられた。
「ぐっ!」
 そして時折。
「ぎゃっ!」
 彼女らは僕の上に墜落してくるのだ。失神できればまだ良かったのだが、悲しいことに僕の体は慣れて始めてしまっていた。彼女達の方も、上達のせいで下手な失敗か減っている。そして余計にそれは拷問じみてくるのだ。
 女子は運動でだんだん汗をかいてきて、踏み込む時には髪から汗が降りかかった。太ももにも汗が浮かび、ズボンは湿り重くなって行く。いろんな女子の汗に塗り込められ、股に敷かれ、ただ目印がわりにされたのだ。
 そして責め苦が終わった時、僕はもう立ち上がることも出来なかった。
「つぐちゃんのお兄さんも、これで備品の仲間入りだね」
 そんな風に言って一人が僕を摘み上げる。彼女らの足元では、備品の男子たちが跳び箱を危なっかしく台に乗せ、マットを丸め、後始末を粛々と進めている。
 これが、備品の生活なのか。
 つぐみに運ばれ、無数の女子の中で思う。
 やっていけるのか? というより、生きていけるのか?
 教室に戻って、僕は不安になった。
 男子たちは協力して女子に着替えを差し出し、召使いのように仕えている。女子たちは彼らを気にすることもなく着替え始め、子供用の可愛らしいブラやシャツを露わにしている。初夏の運動に皆汗だくで、不快そうに体を扇いでいた。
「あ、ちょうどいいや」
 背後からひとりの少女に鷲掴みにされる。ぐいっと持ち上げられ、そしてペシャッと暖かな何かに押し付けられた。
 女子の、汗の浮いた脇腹のようだった。
 そして、雑巾のように左右へ動かされる。
「さっちん何やってるの?」
「まあ、洗礼? 雑誌に書いてあったの、従順になりやすいって。ツボも押せるし、よく拭けるし。あと、単純に楽しいよ?」
「えー?」
 相手は疑わしそうに笑う。どちらにせよ、止めてはくれそうにない。
 つぐみの同級生は、僕をタオルがわりに使った。あばらの浮きがちな少女の胸や脇腹に僕はなすりつけられていた。脇や肩、肩甲骨をすべらせられる。腕で押しのけようとするたびに、僕の手は骨や肉、滑らかな肌の上をすべり、そしてそれが筋肉をほぐしているらしい、余計に彼女の興を呼んでしまったようだ。下着のシャツの中に潜り込まされ、純白の海の中、ひたすら口の中に汗を注がれた。
 僕らは、学校の備品であるだけではない。子供の無邪気な邪気を満たすために、遊び道具にもされているのだ。机の上では、非常に小さな小人を並べてチェスに興じる女子がいた。グラウンドでは投げて遊んでいるものもいる。おそらくそうした無数の仕方で備品は虐げられているのだ。
 そして自分もその一部になるのだと、女子の脇に貼り付けられながら、僕は心底思い知らされた。

§
 授業が終われば僕はつぐみに連れ帰られた。そして決まって、縮小剤を打たれ、放置されるのだ。とはいえ僕にはつぐみしか頼れない。僕を忘れて帰ってしまうこともあって、だからこそ連れ帰られた時の安堵たるやなかった。
「だいぶ備品らしくなってきたね」
 そういってつぐみは僕を制帽の中に降ろしてみる。真ん中に貼り付けられたタグでさえ、もう僕には座布団のように見える。不安げにつぐみを見上げれば、女子小学生然とした彼女はクスクス笑うだけ。そしてそのままポンと僕ごと帽子をかぶると、玄関のドアを開けてしまった。
「帽子の中って、ねえ、危ないからせめてランドセルに……!」
 けれど僕の声は、つぐみの頭頂と帽子に阻まれ彼女の耳には届かない。
 あとは、歩き始めたつぐみの頭が暴れ馬のように揺れ動き、話すところではなくなった。
 絹のように細く繊細なつぐみの髪にしがみついて、僕はなんとか妹の頭から振り落とされないようにした。指通り滑らかな幼女の髪は細くて掴まりにくく、体が浮くたび僕は死を覚悟する。帽子の中は髪の香りが充満していて、僕はクラクラ目を回しながらそのつむじに張り付くほかなかった。
 もうつぐみは僕を兄とも双子とも思ってなんかいなかった。多分、ずっと前からそのつもりだったんだろう。ただ腐れ縁で僕を持ち帰っているだけだし、配慮しているだけ。長く使ったシャープペンシルを失くさないようにするような、その程度のものだった。
「つぐみ、捨てないで……」
 僕はつぐみの髪に潜り込んで、そう願うことしかできない。

 学校につけば、僕は虫かごのような備品入れに放り込まれてその日の奉仕を待たされた。備品の中でも小さな方になってしまった僕は、虫かごの中、哀れむような男子の視線を受けつつ隅で膝を抱えて待つばかり。同病相憐れむというけれど、それはとても僕らには幸福なことだった。箱の中さえ陰湿な空気になってしまえば、僕らにはもう決して気の休まる場所などなかっただろうから。

「入れたのこの箱だったよね」
 かれこれ数時間後、何か思いついたのかつぐみは箱の中に影を落としていた。
「つぐっ、わっ!」
 何か言う前につぐみは箱の中に手を入れ、中身をさらい始める。
「うーん、見つからないなあ」
 ガサゴソと備品入れに手を突っ込むつぐみ。四本の指が電柱のごとく小人たちをかき回す。時折掬い上げて、手のひらの中の小人を見つめたりする。本当は僕を何度もその手に掴んではいた。僕は幼女の手の中、巨大な双子の顔を見上げていたのだ。が、僕の上にも下にも小人はひしめいて、気づいてもらえなどしなかった。
「ま、いいか」
 顔を傾けてひとりごちる。
 そしてきびすを返し、どこかに行ってしまった。
 絶望的な気持ち。
 僕は放心して、揺れ動く無数の巨大な小学生の姿を、虫かごの中から眺めるしかない。
 また、フッと影がさす。
 つぐみかと思い見上げたところで、周囲に動揺が走った。
 それはごく普通の女子小学生だった。一見してつぐみと段違いに発育は良いけれど、うろたえるべきところは何もない。柔和な表情を浮かべて、こちらを見下ろしている。
 そしてそっと手を伸ばし、優しく僕らを掴み上げた。
(みんなどうしたんだろう?)
 彼女の手の上に、八人ほど。周囲は、困惑したような雰囲気が広がっていた。恐怖ではない。喜びでもない。喜んで良いのか、恐れた方がいいのか、わからないといった様子なのだ。彼女に害意はなさそうでみんなどこか期待しているように見える。なのに、彼らは当惑したまま彼女を見上げていた。
「はーい席についてー」
 先生が入ってくる。
 彼女は僕らを掌上にしたまま、席についた。
 僕らを、椅子の上にまぶして。
 そして小人の上に、彼女は腰を下ろした。
「♡」
 僕は幸い脚の間に逃げおおせたけれど、二、三人が尻の下に消えるのが見えた。
 ひっくり返った僕らは、どうしていいかもわからず呆然と彼女を見上げる。
 それは中学生にも見えるような少女だった。もう大人の体になりつつあって、背はすらりと高く、足や胸の肉付きが子供と違う。色素の薄い長い髪が大人びた表情を引き立てる。小学生らしいといえば小学生らしいスパッツも、その輪郭の艶っぽさのせいでどうにも妖艶さが滲み出ていた。
 僕らの姿は彼女の二本の太ももで完全に隠されている。そしてスカートがこちらに口を開いて僕らの上に覆い被さり、スパッツに包まれた股を小人らに見せつけていた。
 黒くぴっちりした生地が、肌の卑猥な輪郭を浮かび上がらせる。
 生々しく、まるで素肌であるかのように。
 どこか小馬鹿にしたように微笑んで彼女は僕らを見下ろす。誰にも知られず太ももの間に隠され、椅子の上から逃げることもできない僕ら。優越感に彼女は頬を染める。彼女は、何人もの男に股間を見せつける喜びを感じていた。少女に芽生えた初々しい性癖。それがささやかな昂りを彼女に与えていたのだった。
 尻の下で蠢く小人。自分の太ももの間に完全に囚われた小人。無理やりスパッツを見せつけ、浮き上がる秘部の輪郭を露わにしてしまっている自分。周囲はまじめに授業を受けているのに、こっそり隠れてオトナの遊びに興じるのは背徳感があった。素知らぬ顔でノートを取り、頰に緊張の汗を垂らしながら机の下に秘密を隠している。周りよりも大人になってしまったような感覚と興奮。スカートの中に男子を閉じ込めているなんてバレたらどうしよう。そんなことを思いながらやめられないのだ。
 少女の体温が高くなる。ムッと蒸し暑くフェロモンが立ち上った。山のような太ももの表面に汗が一筋垂れてきた。おののく僕らを前にスパッツの真正面がじんわり湿り始める。
 僕らはなんとかそこから出ようと試みた。絶対いいことなんて起こりっこない。どっちみち、興奮しかけた巨大な女子など危険でしかなかった。涙目で太ももの壁を叩く。スパッツの反り立つ壁に手をかけようとする。しかしそれは自分の首を絞めるも同然なのだ。意識の集中させた肌に触れられて、彼女は一気に性感が高まる。太ももを這う繊細な感触が興奮を加速させる。
 彼女はギュッと唇を噛む。
 切なくなってしまった。
「じゃあ今日はここまでね」
 チャイムが鳴って、一瞬僕らは期待した。僕らは彼女がどれほど興奮しているか、気づいていなかったのだ。
 ふと、巨人の顔を見上げる。
 そこでは、発情した女子小学生が物欲しげな顔でこちらを見下ろしていた。
 幻想を抱いていた僕らを、巨大な手がまとめて掴み取る。そしてこっそりスカートの中スパッツを開くと、その中に手を傾けた。
 僕も、その手の上だ。
「〜〜!」
 少女の手の上で、僕は小指にしがみついていた。宙に揺れる足の下には、湯気の立つスパッツの口が見える。しかしその中にあるべきものがない。
(この子、履いてない……!)
 スパッツのなかでは、未熟な性器が露出していた。ほんのりピンクに染まりながらよだれを垂らしている。それに気づいた時には、僕はまとめてその中へと落っこちていた。
「うわっ!」
 落下したのはヌルヌルする肌。
 そこに顔から着地した次の瞬間には、スパッツの生地はがっしり彼女の腰に抱きついて、僕をその秘部へと押し付けていた。
(頭がおかしくなる……)
 猛烈な湿気と発情した女子の香り、そして全身にまとわりつく粘液。見知らぬ女子のスパッツの中に放り込まれ、秘部に張り付けられて光さえ見えない。とはいえ、溺れそうなほどの蒸し暑さだ。このスパッツの牢獄から脱出しなければ、体熱に当てられ死んでしまう。
 僕は、自分がどこにいるかも考えず動き出した。汗と体液で少女の肌は滑りやすく、少しずつ僕は動き出す。
 そして、それは他のみんなも一緒だった。
 僕らは一斉にスパッツの中を蠢き始めたのだ。
 少女の体が飛び上がる。
「ひっ!?」
 ただでさえ敏感になっていた肌を無数の小人が這い回るのだ。彼女は声をこらえるので精一杯だった。自分の太ももや股間に張り付く小人の姿がスパッツの上に浮き出ている。哀れで矮小な男子たちが、自分の服の中で動き回っている。興奮するななど無理な話だ。自分の太ももはこんなに大きくて太いのに、小人たちはまるで虫のよう。自分がどこにいるかも分からず股間の中を動き回って、よじよじと下腹部を登っている。それが何人も、何人もだ。ポツポツとスパッツを盛り上がらせる惨めな小人たち。それがスパッツのいろんなところに散乱して、その出口を探している。
 少女の興奮は、弥が上でも高まった。
「んっ……♡」
 彼女は喘ぎそうになる唇を無理やり閉じてやり過ごす。たまらず両手で股間を押さえて、なんとかしようと試みる。モジモジと切なく膝をすり合わせ、腿に大量の汗を浮かべ、口の端からはよだれさえ垂れ始めた。カタカタと膝が震える。疼きは止められない。
 ついに彼女ら手を挙げ、絞り出す声で言う。
「せ、先生、トイレ行って、いいですか……?」
 そして教室を抜け出した。
 もちろん僕らはスパッツの中だ。
「わあっ!?」
 突然ダンッダンッと世界が揺れ始め、僕らは途端に叫び始めた。蜜に重く湿った体がスパッツに叩きつけられる。そして反発し跳ね上がると、今度は肌に叩きつけられるのだ。それが駆け足な彼女の一歩ごとに襲いかかる。あれだけ悪戦苦闘した肌の上を僕はズッズッと滑り落ち、ついに太もものあたりでスパッツの端から下半身が飛び出てしまった。
 落ちる!
 そう思った途端に彼女の歩みが止まり、唐突な停止に僕の体は放り出される。
 そして至近にあった地面へと転がり落ちたのだった。
「いてて……」
 彼女は、空き教室に忍び込んで机のそばに駆け寄っていた。そして、自分のももから飛び出した小人に少し驚く。そしてクスリと笑うと、その矮躯をつまみあげて机の角に押し付けた。
 その上に跨る。
 僕の上に、女子の股間が降りてくる。
「やめっ……!」
 その声は遮られた。かわって、ヌプリと何かが肉にめり込む音がする。
「んっ……♡」
 僕は彼女の角オナの真っ只中に放り込まれた。頭上から降ってきたびしょ濡れのスパッツは僕をその中に深く抱き込みうずめて、肉厚の秘部へと僕を押し付ける。丸い角では当たらない場所へ、僕の体は奉仕させられたのだ。ヌリヌリと彼女が股間を練り込む。机の上には池が出来て、巨体が擦れるたび広がって行く。
「もうダメッ!」
 そう言ってスパッツをめくり上げると、そのまま僕へと襲いかかった。
 100倍はあろうかという女子小学生の秘部。さくらんぼ色に照り輝く膨らみが、僕の上にのしかかった。
「はぁっはぁっ……んんっ!」
 もはや喘ぐのも構わず腰を僕に叩きつける彼女。下腹部の肌には僕の仲間が張り付いていて、肌の上を垂れ落ちたりどこかへ投げ出されたりしている。そしてその中央の割れ目は僕を飲み込み、頂点の丸いクリトリスへと僕を突き上げた。
 僕は一瞬光が見えたかと思うと照らし出された恥部へと飲み込まれ、全身を舐めまわされ、そして突き上げられる。
 徐々に激しくなる嬌声。
 止まらない彼女のオナニー。
「うっ♡ んっっ……ゃ、ヤぁあっっ!!」
 ついに噴き出した鉄砲水。それが僕を飲み込むと机にあたり、僕は女子の潮で吹き飛ばされた。
「〜〜〜♡」
 腰砕けにへたり込む彼女。全身汗まみれ、その下半身に小人をくっつけ一人を潮に溺れさせたまま、後は余韻に浸るばかりだった。


§
 僕は備品だ。
 そして同時に、玩具になった。
 僕らは働く。掃除をし、教室の準備をし、小学生らに奉仕する。トラックを走る女子の足元でグラウンドの石を取り、トイレの中次々に排泄されながら掃除をする。
 僕らは弄ばれる。踏み潰され、尻で踏まれ、性のはけ口にされる。それが妹であれ変わらない。つぐみはら僕を双子だなんてもうかけらも思ってはいなかった。
 僕に上履きの中を掃除させながら、彼女は楽しそうに言う。
「”妹”の上履きの中は快適? そこがあなたの一生の牢獄だよ? つぐみよりおっきかったのに、今じゃ小指程度なんだよ? ちっちゃな上履きももう公園みたいに見えてるはず。でも嬉しいよねー。だってあなたつぐみのこと、大好きだもんねー?」
 笑いながら白タイツのつま先で僕をせっつく。
「ほら、お返事は?」
 そして僕は震え上がってそこに跪くのだ。目の前には2メートルもの高さを誇る親指があって、その真っ白な丸みで僕を威圧している。僕は妹の親指にこうべを垂れ、そしてキスをさせられるのだ。
「よく出来ました。さ、おバカさんにご褒美」
 プールにさえ収まらないような足が、滑り込んで来る。僕は上履きの一番奥に押し付けられて、足指の間に挟まれた。
 白タイツのすべすべした生地が僕を覆う。巨大な指の間に体が滑り込む。つぐみの足に張り付くように、僕は踏み潰されるのだ。つぐみの指がいつものように僕を弄び、つぐみの香りがいつものように肌に染み込む。
「ふふ、足先にちっちゃい虫さんを感じる。これが一緒に生まれた双子なんて考えられない。ずっとつぐみに奉仕してね。ずっとそこでつぐみの足にキスしてね。あなたはつぐみの道具だもん。つぐみが忘れないうちはちゃんといたぶって上げる。忘れられたら……、わかるよね?」
 そしてクスクス笑いながら、つぐみは廊下を歩いて行った。足の中に兄を履きつぶして。
「ふふ、おバーカさん♪」
 吊りスカートが揺れる。幼い体がとたとた歩く。その足に、僕の牢獄を作りながら。