村娘たちが駆けていく。一面のブドウ畑に快哉の声。秋の日差しに肌を煌かせ、猫のようにじゃれ合っている。収穫祭は明日に控え、葡萄酒作りの解禁日、それ故に、開放的に気分づけられているようだった。
 白い肌が煌く。瑞々しい、若草のような香りが辺りに漂う。ブドウの葉がそよぎ、たわわに実ったブドウが揺れた。
 ……その実に這う、虫のような影があった。
「うわっ!」
 村娘の起こす風に煽られ、必死に房にしがみついている。
 その姿は紛れもなくヒトであり、それが僕たち、農奴矮人の姿だった。
「……」
 慎重にブドウにしがみつき、脅威が去ったことを確認する。ほっと一息つくと、命綱を伝って房から実をもぎ取り下に落とした。網に受け止められ、大粒の実はころころと転がっていく。こうして僕たちが集めたブドウの実は、村人の手によって葡萄酒にされるのであった。
「ホント、良いご身分だな」
 隣の房から同胞の一人が言う。
「やめとけよ。聞こえるぞ」
「俺たちの声なんて聞こえやしねえよ」
 彼は自嘲気味に笑った。事実だった。僕たちのことなど気にも留めないし、身分も全く違うのだから。
 僕らの前を、伝統衣装に身を包んだ娘たちが駆けていく。この世には愉しいことしかないと思っているかのようだ。その薄い生地は形のいい脚に張り付き、その美しくも逞しい腿を露わにした。
 彼は一つ溜息をつくと、僕に言う。
「結構な数集まっただろ。お前、箱の中身樽ン中にいれてきてくれよ」
「わかった」
 僕は飛び降りて網に着地する。そして走ってその先へ向かった。急がないと後ろからゴロゴロブドウが転がってくる。そうなればまあ、数日は動けない。
 ブドウの実は、背の低い大きな箱の上に集積される。そこで悪い実を除き、残りを樽の中に入れるのがここでの仕事だった。樽一杯に集められたブドウは、村娘たちが踏んで潰す。そして果汁を絞り出すのが、伝統的な製法だ。
 腕に余るようなブドウの実を、丹念に調べて選り分けていく。これが一番手間のかかる仕事だった。
 朝焼けが澄んで昼になり、高い空のてっぺんに太陽が来る頃、ようやく仕事は終わった。
「……できた」
 後はこれを樽に入れるだけだ。他所からも集められ、既に樽の中には大粒の実がぎっしりと詰まっている。この箱でこの樽は満杯だろう。
 丁度、村娘たちも帰ってきたようだった。
 黄色い声が聞こえてくる。
 僕の周りに影が差した。
「今年も豊作だね」
「色も艶もいいじゃない」
 樽の中を覗き込み、口々にそう言った。少し摘まんだブドウの味に夢中で、傍らにいる僕のことなど、気づいてもいないだろう。
 僕は彼女たちを仰ぎ見た。聳え立つその胴は僕の乗る箱などよりずっと大きく、重そうな乳房がその臍の辺りまで影を落としている。
 綺麗なその服も、大きな肉体も、まるで僕とは比べ物にならない。村とは言え僕たちを使役しているこの村は豊かで、彼女たちの暮らし向きも悪くなかった。ブドウと共に熟れつつあるその巨躯は健康的で、満ち足りている。
 僕も早く仕事を終えよう。彼女たちを待たせたら、何をされるかわからない。
 育ち盛りの、甘酸っぱい匂いを一身に浴びながら、ブドウを一つずつ樽の中に投げ込んでいく。
「あー、小人が働いてるー」
「ちょこまかと、こいつら本当に虫みたいだよ」
 どうも、嘲られているらしい。目視したくないから見ていないが、明らかに四、五人に囲まれている。ムッと、少女の香りが強くなった。
 こうべを垂れて聞かないふりをする。屈しているのではない。己を保つためにそうしているのだ。
「ふふ、意地っ張りな小虫。じゃあ、そろそろ足でもあらいましょうか」
 ようやっと行ってくれるらしい。
 ふーっと一息つく。
 と、
「いった!」
 一人がしたたかに箱に腰を打った。最後の数個が転がり樽になだれ落ちる。
 ……僕を押し流して。
 あ、やばいな、と思った。
 巨人に飼われていれば、もう大抵の恐怖には慣れてしまう。けれどこの大樽に入り込めば、絶対に自力では脱出できない。剰え、少女はこの後この樽でなにをする?
 血の気が引く。
 と同時に、ブドウの海にたたきつけられた。
「と、とにかく出ないと!」
 数個のブドウに亀裂が入り、プシャっと果汁を浴びる。とはいえ、そんなことにかまけてはいられない。
 ゴロゴロと転がるブドウを掻き分け、何とかへりに辿り着く。それは市壁のように高く聳え立ち、とてもじゃないが登れない。いや、仮に登れたとしても、どれだけ時間がかかるかわからない。それだけの大きさだ。いや、僕が小さいのか。
 いらだつ気持ちに壁を叩きつける。この際、どうなっても巨人に気づいてもらうしか道はない。
 しかし、それはまるで石壁のように硬くて、その厚みはどうあっても僕の力で震わせられるものではなかった。
 なおも未練がましく壁を叩いていた時。
「じゃ、始めましょっ!」
 それは少女の姿だった。
 すっかり脚の汚れを落として、樽のそばに集っている。
 何とか手を振る。もしかしたら、気づいてもらえるかもしれない。
「……ああ!」
 けれど。手は既にブドウ色にまみれていて、周囲に溶け込んでしまっていた。
「一番乗りね!」
 一人の少女が、スカートをたくし上げた。
 眩しい太ももを晒し、そのきわまでが惜しげもなく露わにされる。肉感的な三角形の太ももが、ほのかに桃色の膝が、樽から見えていた。
 そして。
 ゆっくりとあげられた脚は、こともなげに市壁を跨ぎ越す。ぴんと張った内ももから、その純白の下着が眼に焼き付いた。ふにっとふくらはぎが広がるのが前からでも見え、裏腿さえも下からはよく見える。
 少女のつま先は断罪するように降りていき、そして表面のブドウに触れると
「ひゃっ、つめたいっ!」
 そのままずぶずぶと沈み込んでいく。足裏に捕らえらえたブドウがその底へと連れ去られ、その脛、腿に引きずられて周囲の粒もそれに続く。
「んん~~! プチプチって潰れて、足の裏が気持ちいい~~!!」
「えーずるーい」
「ほら、早くきなさいな」
 そして五人が樽を囲み、同時に足裏を僕に見せつけた。
 そのスカートの裏地が見え、色とりどりの下着、ちょっと食い込んだ筋さえもがこの目に映った時。
(踏まれる!!)
 一つの足が、こちらに振り下ろされているのに気づいた。
「やんっ! ほんとっ、冷たくてつぶつぶでキモチいいーー!」
 僕を逞しい村娘の足が覆いつくす。そしてブドウともども、僕をその生みの中に沈める。ごとごととブドウのぶつかる音が響き、視界を紫色が染める。水に濡れてひんやりした娘の脚だけが、唯一肌色だった。
 村娘の重みに多くのブドウがつぶれ、そしてそこへとその果肉、果汁を滴り落とす。そしてそこに行きつくと、
「んっ……」
 ぷちぷちっとした瞬間に敏感な足裏をくすぐられ、娘が身震いする。僕をぐりぐりと底へ圧しつけ、その感覚を堪能しているようだった。
 なんの躊躇もなくその体重をかけられ、僕はブドウの皮、果肉の中に沈められる。絞りつくされるように足指が腹を踏み、目の前が真っ赤になった。叫ぶ、が、巨大な足とブドウは小人の叫びなど簡単にかき消し、慈悲深い足がその鉄槌を上げるまで激痛は続いた。
 果汁の底から、何とか這いあがる。爆撃のように少女たちの十本の脚は降り注ぎ、逃げなければ踏みつぶされるのは時間の問題だった。
「わっ、これいい~~!!」
「なんかクセになりそう」
 キャッキャとはしゃぐ村娘たちの声。ブドウは通常よりも多く、彼女たちの膝辺りまでを浸している。そしてぱしゃぱしゃと紫色の雫を散らしていた。
 その光景は、周囲から見れば微笑ましく可憐だったろう。小さな足で精一杯にブドウを踏み、はしゃぎまわる彼女たちは本当にかわいかっただろう。
 しかし、僕にとってみれば違った。
 その巨人の脚は逞しく、カモシカのようではあるが何より巨大だった。その足指でさえ僕とどちらが大きいかわからない。それが情け容赦な降り注ぎ、紫色に染まり、まるで僕の代わりであるかのように小さなブドウをぐしゃぐしゃにしていた。
 スカートの裾を摘まみ、ダンスのようにブドウを踏みつぶしていく彼女たち。榴弾のように降り注ぐその鉄槌は、周囲に紫色の雨を降らせ、僕をも紫色に塗りたくる。
(は、はやく逃げないと……!)
 逃げられるはずもないのに僕はその脚の間を這い回る。さもなくば、僕はその足に小さなシミだけを残してすぐさま死ぬだろう。
 ずぼっとジュースを滴らせた逞しい足が、再びずどんと振り下ろされる。巨人たちの荒々しい足踏み。狂ったような乱舞。少女の何気ない仕草で、僕は踏まれたり、蹴り飛ばされたり、かき混ぜられたりを繰り返す。最初はつめたかったその果実も、代謝の良い少女たちの体温に少しずつ温く、熱くなっていった。
 五つのテントから縦横無尽に繰り出される爆撃。
 それでも僕は、なんとか巨女の足から逃れ続けることができた。
 しかし。
「ひゃっ」
 唐突にテントの一つが崩れ出す。ずるりとその華奢な背中を見せ、見る見るうちにその臀部が大きく、力強く僕の視界を占領しだして……!
「いったたた……」
 隕石のようにその巨大な尻が降ってきた。成熟しきったその双丘はスカートにはち切れそうにおさまっていて、重量感を隠さない。そして水面に浮上してきた僕を割れ目に捕らえると、水底まで僕を押し込んでいった。
「アッハハハ! なにしてるの! そんなことしたら売り物にならなくなっちゃうわよ?」
 周囲の少女たちがかまびすしい笑い声を上げる。
 しりもちをついた少女は、気恥ずかしそうに舌を出した。
 僕を尻にひいたまま。
「~~~~!」
 僕は肺の中身を全部絞りつくされ、唯々果汁を吸い込むばかりだった。肉感たっぷりのお尻は十分に柔らかく、辛くも僕は圧死を免れる。そして、それゆえにじわじわと嬲り殺されていたのだった。
 無駄とわかっていても極大の丸みから抜けようともがいてしまう。腕を飲み込まれながらもその尻に手を突き、叩き、その度に己の無力を知った。
「ごめんごめん、って……あれ?」
「どうしたの?」
「なんかおしりに当たったような……」
 彼女が身を捩れば、そのまま僕は挽きつぶされる。
「なんか、いる?」
 ぐりっ。
 ぐりぐりっと。
 彼女がその惑星のような尻に手をやり、張り付いた虫を摘まみだすと。
「「きゃあああ!」」
 辺りは騒然とした。

 僕は彼女の手から逃げるも、逃げられるはずがなかった。彼女たちの手は僕を求めて樽を鯨のように泳ぎまわり、あえなく僕は捕まってしまう。
「これ、どうする?」
「どうするって、ねえ……」
「こんな汚いの混ざってたってバレたらまずいわよ。隠すしかないんじゃない?」
「それもそうね」
 ブドウだらけの脚のまま、彼女たちはそんな風に話し合っていた。
「こいつの口も封じなきゃだし、それになによりさ」
「……?」
「私たちの下着とか見てたのよ? 許せる?」
 満場一致で僕の飼い殺しが決まった。
「まあとにかく、足を洗わなきゃね」
 そう言ってのそのそと少女たちは動き出した。
 が、
「ほら、綺麗にしてよ」
 たった一人の声に、全員が振り返る。
 僕の前には、風車のように大きな足がそびえていた。
「なにしてるの? さっさと舐めなさい。じゃなきゃ踏みつぶすわよ」
 少女はにやけながら僕に命令する。
 ほかの娘たちもそれに倣った。
「私のもよろしく」
「じゃあわたしもね?」
「おもしろそうじゃん」
 そういってわらわらと十棟の塔が周囲に聳え立ち、僕を囲んだ。
「乾いちゃうよ?」
「ほら、早く早く!」
「ねえ、殺されたいの?」
「女の子の脚で、惨めなシミになりたい?」
「私のお尻でさっき潰されてた方がよかったかもね?」
 クスクス笑いが360度から響いてきた。ゆらゆらと十個の足裏が揺れ、濃いブドウの味が、見えている。
 一人が足を軽く上げ、踵をダンッ! と踏み鳴らした。
「さっさとしなさいこのチビ! 潰されたいの?」
「はいっ」
 その声に震えあがった僕は、思わず返事をしてしまう。ニッコリと笑った彼女は、ゴロンと寝っ転がって、
「足裏からね?」
 船のようなそれを僕に突き出した。
 恐る恐る近寄る。それは陽にぬらぬらと輝いて、色っぽいその白さを紫色の奥に隠していた。立ったまま、その指の裏に舌を這わす。
「そうそう。早くするのよ? まだ表も、左足も、あと四人のも残ってるんだから!」
 クスクス笑いが僕を急かす。親指を丹念に舐め、その指の股に顔を埋める。甘じょっぱい味覚が、口いっぱいに広がった。
「……んっ! これ、結構いいよ。みんなもやってもらいな?」
 ぴくっと力む足指に、顔が挟まれる。慌てて僕は顔を引っ張り出し、人差し指を舐め、指の股を、隣の指を……と舌を這わしていった。
「……ふう」
 五本の指を舐め切った。しかし、そのころには僕は満腹になってしまっていた。汗混じりの果汁を目一杯啜ったのだ。その表面積は莫大で、指一本でさえ僕には盃一杯ほどの量がある。その上、舌はその指紋で擦られ、血がにじむほど真っ赤になっていた。
「ほら、どうしたの? さっさとなさい」
「ご、ごめんなさい、もう無理です……」
「? 聞こえないなぁ」
「もう無理だってさ」
「ええ、楽しみにしてたのに」
「このチビ! 役立たず!」
 怒った足が一斉に不満に揺れる。僕を囲んだままばたばたと動き出し。
 そして。
「こんなゴミムシ、私たちの脚の間で潰されちゃえばいいのよ!」
 ムニムニッと動いた足が、僕をほかの脚に圧しつけ、
「このクズ! ヘンタイ!」
 十個の足裏が、一斉に僕に襲い掛かる。ごりっと指でひねりつぶし、ぱちんと足と足で挟んだかと思うと、フニッと甘く僕を擦る。
「ほら、ちょっとは奉仕精神とかないの?」
「私たちのも舐めなさいよ」
「踏み殺すわよ!」
 足で壁を作り僕を囲った。
 淫靡な肉の城壁。狭くて、熱くて、ムッと甘い匂いが立ち籠っている。
(どうしろっていうんだ……)
 僕は絶望的な気持ちで崩れ落ちる。けれど女神たちは赦してはくれない。
(許してくれるかな……)
 すがるような気持ちで、僕はその足裏に吸い付く。くすぐったそうにふりふりと揺れ、悶えるような声が壁の向こうから聞こえてきた。
「許してください」
 一つずつ、
「僕が悪かったんです」
 丁寧に、
「こんな虫けらでも」
 心を込めて、
「助けてくださいませんか」
 懺悔していった。
「……ねえねえ、この子結構使えるよ?」
「私、これ飼おっかな……」
「ええ~ずるい!」
「……そうだ! 私たちの共有財産にしましょ?」
 約束よ、と彼女らは言い合う。そして小人をそっと掬い靴下の中に放り込む。
「死ぬほど可愛がってあげるから」
 そう囁かれると、小人は靴下の中にようやく憩いを見つける。
 そして鼠のような眠りに落ちていき、後はただ、ブドウ色の眠りを貪るだけだった。