弟クン初登場。


○登場人物
・ケン
主人公。気が付いたら1/100の大きさに縮んでおり、ソラに保護された。
ソラが最初に保護した小人。

・ソラ
小人達を保護している。時折、思い付きに小人達を付き合わせる。高1。
身長は160cmちょっとくらい。少し華奢で、やや童顔。
小人はソラの所有物ということになっている。

・レン
ソラの弟。ソラから小人を借りては、遊び道具にする。中2。
身長はソラより少し高いくらい。細身だが、ソラほどではない。髪をやや灰色に染めている。
ソラと並ぶと、レンのほうが兄だと勘違いされる。Sっ気がある。



 ソラの部屋にあるテーブルの上に置かれたドールハウス。マンションのような形をしたこの建物には、俺を始めとした小さくなった人々が暮らしている。部屋には家具が置かれており、水道や電気も使うことが出来るため、割と快適に生活している。ネットを使うことは出来ないが、基本的に欲しいものがあれば、それを伝えると俺達のサイズに合ったものをくれる。テレビだって見れる。どういう仕組みなのかは不明だが、小さくなってもこういった生活が送れるのはありがたいことだ。その点では、ソラにはとても感謝している。代わりに気まぐれで色々と付き合わされるのだが……
 しかし、気まぐれな存在はソラ以外にもいる。ソラの弟のレンだ。ソラは保護者かつ所有者として俺達のことを多少は考慮してくれるのだが、レンに関しては俺達を遊び道具としてしか思っていないような節がある。ソラよりも2つ年下だが、身長や染められた髪から、見た目ではレンのほうが年上に見える。高校生と言われればそうだと信じてしまうだろう。
 そして、今日はそのレンの気まぐれに付き合わされるのだ。ソラから『今日レンが小人君を借りにくるから、よろしくね』と言われた。皆、誰が犠牲になるのか気が気ではない。正直、ソラにはレンを止めて欲しいのだが、自分には出来ない実験をしてくれるから、と言って止めてはくれなかった。確か、骨を折ったり、意識を失ったりした人も何人かいたはずだ。

 部屋の窓からソラの部屋を眺めていると、遥か遠くにある巨大なドアが開いた。部屋に入ってきたのは、やや灰色がかった髪をした制服をラフに着た少年ーーレンだ。スラックスはまくられ、ワイシャツはボタンを外しているのか首元を大きく開けている。学校から帰ってきたばかりのようだ。その姿を見るや、近くの部屋から悲鳴が上がる。以前の犠牲者だろうか。
 足元を見ると、スリッポンタイプの上履きが履かれている。かなり痛んでおり、ボロボロに見える。なんでも、最初に使っていた上履きをスリッパ代わりに使っているらしい。ボロいほうが通気性がいい、と以前話していた。
 そうこうしているうちに、レンがドールハウスのそばまでやってきた。ドールハウスはレンの作り出す影にすっぽりと包まれており、少し暗い。
 『そうだなー、3階にいるチビは外に出な。ほら、早くしなよ』
 そう声が聞こえた後、ドールハウスが軽く揺れる。レンが揺らしているのだろう。3階は、俺の部屋があるフロアだった。揺れに耐えながら部屋から出て、レンに見えるような場所へと向かう。同じように指名された人の中には、泣いている人もいた。
 『そんな怖がるなよー、一緒に遊ぶだけじゃん?』
 ニヤニヤと笑いながら、俺達に向かって顔を近付けてくるレン。整った顔が、視界を覆い尽くす。
 『今日は1匹だけでいいよ。どいつにしようかなー』
 そう呟き、品定めをするレン。言葉遣いから分かるように、レンは俺達を下に見ている。ソラが俺達を小人君と呼び、1人2人と数えるのに対し、レンはチビと呼び、数え方も匹を使う。その上、全体的に扱いも雑だ。人間として見られていないのだろう。言葉の通じる頭の良い虫といった感じかもしれない。
 『よーし決めた、今日はお前だ!』
 その言葉の直後、俺はレンの指先に摘ままれた。凄い速さで指が近付いてきたと思えば、あっという間に捕らわれ、持ち上げられたのだ。他の人達の表情からは、同情と安堵が伺えた。
 『じゃ、オレの部屋へとごあんなーい』
 俺はレンの指に摘ままれたまま、ソラの部屋から連れ出されるのであった……


 レンの部屋につく。ソラの部屋に比べて、若干散らかっている。部屋の広さはソラと同じくらいだ。
 レンはベッドに腰掛けると、俺を足元へと放り投げた。床に叩きつけられ、少し体が痛む。上を見ると、レンがニヤニヤとしながら俺を眺めている。
 『やっぱチビだなー……オレの足よりちっちぇーし』
 左右に存在する上履きからスニソを履いた足が出され、俺の前へと置かれる。上履きと足によって囲まれ、逃げ場がなくなった。俺を威圧するかのように、わざとらしく足を上下させる。汗を含んだ酸っぱい臭いと、ムワっとした空気が俺を包む。
 『そーいや兄ちゃんから聞いたけど、体力テストしたんだって?オレの前でもやってみ』
 そう言い、片方の足をずいっと突き出してくる。一瞬突き飛ばされるかと思い、ヒヤッとした。
 呆然と立ち尽くしていると、目の前の足が持ち上げられ、床に叩きつけられた。俺はその衝撃で床に倒れ込む。
 『早く靴下脱がせよ、ほら』
 若干イラついた声が響く。機嫌を損ねると、どんな目に遭わさせるか分かったものではない。立ち上がり、靴下を掴み引っ張る。当然、びくともしない。何度も試みるが、効果はない。
 上からは相変わらずレンが俺の様子を観察している。サボったらすぐにバレるだろう。
 『靴下に必死に張り付いて、ゴミみてぇ。全然脱げてねーんだけど、もっと頑張れよなー』
 容赦ない言葉が俺を責め立てる。効果がないということは分かっていたが、口に出されると無力だと言われているようで身に刺さる。

 「む、無理……」
 体力の限界を感じ、後ろへと倒れ込む。汗がダラダラと流れ、喉が渇いた。
 『はぁー、ホントチビって無力だなー。まぁいいよ、それなりに面白かったし』
 そんな言葉が上から響くと、目の前にあった足が少し後ろへと下がり、上へと持ち上がっていく。上空で靴下が脱がされ、素足となってまた戻ってくる。脱いだ靴下は足元へと放り投げていた。
 戻ってきた巨大な足は、指がわきわきと動かされている。その一本一本が意思を持った生命体のように見える。
 『いつまでくたばってんの?今度はオレの足の掃除な』
 倒れ込んでいる俺を気にかけることなく、次の命令が下る。今度は足を綺麗にしろとのことだ。……が、道具がない。
 「あの……掃除って道具とか……」
 『無いけど。舌で舐めるとかしたら?』
 スマホ片手に、興味無さげにそう返される。きっと、早くしろとしか思ってないのだろう。このまま舐めずにいれば、レンの機嫌を損ねかねない。
 俺は意を決して、一番楽そうな小指を舐める。酸っぱい……第一印象がそうだった。視界は指で覆われ、鼻先などが指へと触れる。人の足を舐めるなんて初めてだ……ましてや、自分よりも年下の少年のなんて。こうしていると、自分が酷く惨めな存在に思えてくる。
 『表面だけじゃなくて、指の間とかさ、その辺もやれよな』
 頭上から注文が飛んでくる。無視すると後が怖いので、注文通り指の間へと潜り込む。表面とは比べ物にならないほどキツい刺激臭がする。汗が滴となって肌色の壁に付着していた。光る水滴は、渇いた喉にとっては魅惑的な存在だった。そこに舌を這わせ、口に含む。しょっぱいが、思ったほどべたついてはいない。渇いた喉を潤すように、ごくごくと飲む。一滴の汗でも、俺にとっては充分な量だった。
 突然、カシャッという音が響いた。上を見上げると、スマホを近付け俺を除き込むレンの姿が見える。撮影しているのだろうか、微妙に角度を
変えスマホを向けてくる。必死に舌を這わせている俺と比べると、かなり温度差があった。

 『ちんたらとさー、もっと早く出来ねぇの?』
 薬指と中指の間を舐めている時、頭上から不満げな声が響いた。舐め始めてから10分以上は経っているだろうが、まだ片足の半分も終わっていない。舌で舐めている分、範囲がどうしても狭い上に、ずっと舐め続けているせいで舌が疲れてきていた。これを終わらせても、足はもう1つある。そう思うと、急に疲労感と無力感に襲われた。そのまま指の壁へともたれ掛かる。
 『疲れた? 休みたい?』
 その問いかけに、必死に頷く。上からでも見えるように、オーバーに。すると、レンがこちらに手を伸ばしてきた。足の指の間にいる俺を摘まむと、そのまま上へと上がっていく。もう片方の手には、スマホではなくさっき脱いでいた靴下が握られていた。
 『じゃ、休ませてやるよ』
 そう聞こえた後、不意に浮遊感がした。レンの指が上に見える。……放された、のか? 初めて経験する恐怖に思わず叫び声をあげる。少しすると、柔らかい地面へと着き、そのまま斜面を転がっていく。鼻を突くような臭いと、じっとりとした地面。そして薄汚れた空間。ーーもしかして。
 『オレの靴下の中で良いよな? 靴下の中に入るなんてチビにしか出来ないんだし、堪能しなよ?』
 レンはさも愉快そうに言う。一日中履かれていた靴下は、頭がクラクラするほどに蒸し暑く、臭いが酷い。普通の大きさならここまで酷くは感じなかったかもしれない。小さくなって感覚が繊細になったせいだろう。
 ゆらゆらと揺れている。レンが手に持っているからだろうが、気持ち悪い。
 『オレの靴下の居心地はどう? 今日体育あったからくせぇかもなー。チビには刺激的すぎっかな?』
 確かにかなり刺激的だ。外で体育をしたからなのか、土ぼこりが着いている。
 『なんか飽きたなー。外に出してやるよ』
 地面と空がひっくり返り、斜面を転がっていく。そしてレンの手のひらの上に乗せられ、顔の側へ運ばれる。
 『なかなかイケメンじゃん? オレ気に入ったよ、お前のこと。他のチビとは違う感じするしなー。また借りに来るかもな』
 ニヤニヤと笑うレン。どうやら気に入られてしまったようだ。俺はこれからどうなるのだろうか……

続く?