お兄ちゃん可愛い。

これが久々に兄に会ったときにはるなが感じた率直な気持ちだ。
自分よりも30cm近く大きかった兄が今では自分よりも30cm近く小さくなっていた。
さらに、身長だけではなく力でも兄を完全に追い越したことをさきほどのスーツケースの件でなんとなくわかった。
まるで小さな弟ができたみたいな気持ちをはるなは感じていた。

もし本気で取っ組み合いのケンカをしたらたぶん私が余裕で勝っちゃうだろうなぁ。

そんなことをリビングのソファで考えていると、兄がリビングにやって来た。

「あ。お兄ちゃん荷物の整理終わったの?」

「いや。まだだよ。一旦休憩しようと思ってリビングに来ただけ。」
そう言うと兄は台所に行き、お茶を淹れる準備を始めた。

確かお茶っ葉は高めの棚の上にあったはずだけどお兄ちゃんに届くのかな?

はるなはふとそう思い台所へ視線を向ける。
すると案の定兄は背伸びしてお茶っ葉を取ろうとするが届いていないようである。何度かジャンプをして取ろうとするも、それでもなかなか届かない。
面白い光景なのではるな笑いをこらえながら兄を見続ける。

兄が小さく舌打ちしながら
「くそ…」
と言うのが聞こえた。

そろそろ助けてやらないと可哀そうだなと思い、はるなは何も言わず台所にいる兄の真後ろに立ち、背伸びすることなくお茶っ葉を取った。兄の後頭部にははるなの胸が当たった。

「はい。お兄ちゃん。このお茶っ葉でいいの?」
はるなはお茶っ葉を兄に手渡しながら言った。

兄は恥ずかしそうに
「お。ありがとう。」
とだけ言った。

兄の恥ずかしそうにしている姿を見て、はるなは兄がますます可愛く思えた。

お兄ちゃん恥ずかしがってる~。やっぱり妹に高い所にあるものを取ってもらうのって恥ずかしいよね~。

はるなはそう思いながら
「いいのいいの。お兄ちゃん病気で小さくなったんだから、困ったことがあったらどんどん私に頼んでいいんだよ。」
と笑顔で言った。

兄は顔を真っ赤にして
「ははは。ありがとな。でも、後はもう一人でできるから大丈夫だよ。」
とはるなを見上げながら言った。

これ以上はるなに世話を焼かれたくないという気持ちが兄にはあった。

「ふーん。わかったー。」
はるなはそう答えてリビングへ戻った。

お兄ちゃんったら強がっちゃって素直じゃないな~。もっと素直にいろいろ頼んでくれたら喜んでお世話してあげるのに(笑)

はるなはリビングのソファに戻り、ごろんと寝転がった。日本一の長身一家と言っても過言ではない一家のソファなのではるなでも足がはみ出ることなく余裕で横になれる。

一方兄はお茶菓子を探していた。高いところのものをとろうとして再びはるなに取ってもらうのは恥ずかしい。なるべく低い位置にお菓子はないものかときょろきょろとあたりを見回した。すると、足元に瓶に詰められたクッキーが見つかった。この瓶の中からクッキーを2枚ほど取りだしてお茶菓子にしようと思い、瓶のふたを開けようとする。
しかし、瓶のふたは固く締められていて全く動かない。瓶のふたを開けられない姿をはるなに見られるのは恥ずかしいので、なんとかはるなにばれないようにふたを開けようとする。だが、全然開かない。
あまりに長く台所にいるとはるなが怪しがってこちらの様子を見に来てしまう。急いで開けねばならぬ。こうした焦りのせいだろうか

「ふん…!」

力んだあまり声が出てしまった。

その声はリビングにいたはるなに当然聞こえた。
「ねー。お兄ちゃん何やってるのー?」
はるながソファでごろごろしながら聞いてきた。これはもう観念するしかないと兄は思った。

「いやー。実は瓶のふたが固くて全然開かないんだよね~。」

「えー。ちょっとその瓶持ってきてよ~。私が開けてあげる~。」
はるなは相変わらずごろごろしながら言う。

なんだか昔と逆みたいで面白いなぁ~。昔はお兄ちゃんに力仕事をお願いしてたのになぁ。

はるなはそんなことを思った。

兄は素直にその言葉に従うしかなかった。むきになって拒否する方がかえって格好悪い。はるなの元に行き、瓶を差し出した。

「この瓶なんだけどさ。ふたが固くてね。」

はるなは差し出された瓶に見覚えがあった。はるなは兄がリビングにくる直前にこの瓶からクッキーを取り出し食べていたのである。

「あ~。この瓶さっき私が閉めたやつじゃん。きつく締めすぎたかなぁ?」
はるなはそう言って瓶のふたをつかみぐっと手をひねった。

ぽん。

瓶のふたは簡単に開いた。

うそ~。全然きつくないじゃん。こんなのもお兄ちゃん開けられないんだ。

はるなは心の中でそう思ったが、口に出すのはあまりに気の毒なので口には出せなかった。

「はいどうぞ。開いたよ。さっきも言ったけどもっと気軽に私に頼んでもいいのに~。」
そう言いながら瓶を兄に渡す。

「はは。ありがとう。自分で開けられると思ったんだけどね~。。。」
兄は力なく返事をする。

やっぱりお兄ちゃんは妹に助けてもらうのが恥ずかしいのかなぁ。あ。そうだ。私の方が強いってことを認めてもらえば恥ずかしがらずに助けを求めるようになるんじゃないかな。

はるなはそう思い、兄の手首を急にがっちりとつかんだ。はるなの指は余裕で兄の手首を一周している。

「え?何?はるな?」
兄は驚いた顔でこちらを見ている。
「あのさあ。お兄ちゃんの手首を掴んでる私の手を外せる?ちょっとやってみてよ。」
そう言ってはるなは全力で兄の細い手首を強く握った。

「痛い痛い痛い!!」
兄はあまりの痛さに叫んでしまった。同時に、はるなの手を自分の手首から外すために、はるなの指をつかむ。しかし、兄が全力で指を外そうとしてもはるなの指はびくともしない。

力弱いな~。こんなんじゃその辺の女の子にも力で負けちゃうんじゃないのかなぁ。

必死でもがく兄を冷めた目で見ながらはるなは思った。そして同時に

小さくなったお兄ちゃんは私が守ってあげなくちゃ。

という気持ちも感じていた。

しばらく経ち、さすがに気の毒になったのではるなは兄の手首から手を離した。はるなが握っていた場所は真っ赤になっている。

「何するんだよ…。」
兄が涙目で怯えながらはるなに文句を言った。

「どう?私のほうが力強いでしょ?それに当然だけど背も高いでしょ?お兄ちゃんは私に頼るのをすごく恥ずかしがってるみたいだけど、全然恥ずかしがらなくていいんだよ?だって私の方がお兄ちゃんより大きくて強くなっちゃったんだもん。だから今度からはもっと素直に私に頼ってよ。」

はるなは怯えた目をした兄を怖がらせないように頭をなでながら優しく語りかけた。
兄は変なプライドが邪魔して自分に甘えられないのではないかと思っていたので、そのプライドを壊す必要があると感じていたのだ。
そして今、兄のプライドは完全に壊れた。

兄は涙目で声を震わせながら
「分かったよ…。ありがとう…。」
とだけ言った。

「ごめんね。そんな顔しないでよ(笑)そんなに痛かったの?」
はるなは兄の頭をなで続けている。

「痛かったよ。。。完全にお前に力でも負けてるって痛感したよ。はははは。」
兄は乾いた笑いを浮かべながら言った。

「でも、弱っちくて可愛くなってもお兄ちゃんはお兄ちゃんだからね。そんなに気にしないでね。」
はるなは兄を慰めるように言った。

「そっか。まあ兄として力仕事以外で頼りになれるように頑張るよ。」
そう言って兄は自分の部屋へと戻った。