リビングから戻った兄は二階の自分の部屋ではるなに運んでもらったスーツケースの中身の整理をしていた。入院当時に着ていた服が主な荷物である。入院時に着ていた服なので今の兄にはちょうどいいサイズの子ども服ばかりである。子ども服と、今タンスに入っている昔着ていた服を入れ替えねばならない。
兄はタンスを開け、昔着ていた服を取りだす。
「でかいな。。。こんなでかい服を俺は着てたのか。」
兄は昔の服を眺めて自分がいかに小さくなったかを思い知る。
「はぁ。。。とりあえず全部服を出してしまうか。」
兄はタンスの全部の段を開け、今のサイズで使えそうなもの以外はすべて外に出し、ゴミ袋に詰めた。その後、スーツケースの中にあった服をタンスにすべて入れてしまった。けっこうなスペースが余っているので、近いうちに服を買い足しに行く必要があるようだ。
「なんかもったいないなぁ。こんなにたくさん捨てるなんて。」
だがしょうがない。今の身長では持っていてもとうてい着ることができないサイズなのだ。ゴミ袋の中の服を売ればいくらかの金にはなるだろうと兄はぼんやり考えていた。ちょうどその時。
ドタドタドタ…。
何やらドアの外から大きな足音が聞こえる。そしてその足音はどんどん大きくなっている。
ガチャ。
足音の主がドアを開けた。
「お兄ちゃん!!!おかえり!!!!帰って来たんだね!!退院おめでとう!」
足音の主は高校一年生にして身長196cmの妹結衣(ゆい)であった。兄が元の大きさのときは兄よりも小さくて可愛い妹だったのだが、142cmになってしまった今になっては結衣は兄にとってとんでもなく大きく見える。
うわあ。はるなでも十分でかく感じたが結衣はとんでもなくデカイな。。
俺の目線は結衣のおなかくらいじゃないか。
兄はそんなことを考えながら答えた。
「おう。ただいま。久しぶりだな。」
結衣を大きく見上げながら返事をした。昔の兄は気付かなかったが、結衣は一般的にみたらとてつもなく大きい。兄は入院して、日本に帰ってくるまでの間で、結衣よりデカい人は男女問わず見たことない。
兄は結衣を見ながら
昔はほっそりとして見えたが横の幅も俺よりはるかに広い。脚も俺よりはるかに太く、たくましく、下手すればゆいの太股は俺の胴と変わらないのではないか。そう言えば、結衣の身体測定の結果をちらっと見たとき体重が90kgだったな。あのときはなんとも思わなかったが、縮んでしまい体重が40kgとなった今では驚異的な数字じゃないか。
などと考える。
「お兄ちゃん病気治って良かったね。まあ。その。。。身長は縮んじゃったけど。。。あ、でもその身長でも全然可愛いし、似合ってるよ。」
結衣なりに気を使っているのだろう。しかし、はるなに続き、結衣にも可愛いと言われ、兄は少々ショックを受けている。
「似合ってるって何だよー(笑)」
兄はショックを隠すかのように明るい感じで答えた。
「えー。だってお兄ちゃん割と可愛い顔してるし、その身長と顔がすごくマッチしてていい感じだよ(笑)」
「ははは。そうか(笑)結衣こそ俺を踏みつぶさないでくれよ(笑)」
兄は彼なりの最大限の自虐と結衣のデカさへの嫌味を込めたジョークを言った。
「もー(笑)ひどいー(笑)」
そう言って結衣は兄につっこみを入れるように俺の背中を押した。おそらく昔の兄なら微動だにしなかったであろう力加減だ。だが、今の兄は身長142cm体重40kgである。そんな人間が身長196cm体重90kgの人間につっこまれて微動だにしないわけがない。
「うわっ!」
兄は背中を押された衝撃で2、3歩よろけてしまった。振り返って結衣をみると結衣は兄の軽さに驚いたような顔をしている。
「え!?お兄ちゃん軽すぎじゃない???」
「当たり前だろ。縮んだんだから。」
俺は思わず言い返す。
「へー。どのくらい軽いのかな?」
そう言うと結衣は俺の背中と膝の裏に手を入れ、兄を軽々持ち上げた。いわゆるお姫様だっこである。
「わーーー!お兄ちゃんめっちゃ軽い!!!」
結衣はそう言いながら俺をゆらゆら揺らす。妹にお姫様だっこされるなんて恥ずかしすぎる。しかもかなり大きく揺らしているのでアトラクションに乗っているような怖さを感じる。
「お、おい。やめろ。降ろせ。」
兄は少々パニックになりながら結衣に頼んだ。
「あれ?お兄ちゃんもしかして揺らされて怖いの?(笑)じゃあもうちょっと揺らしてあげる。ほれほれ~。」
そう言って結衣は兄をより激しく揺らし始めた。あまりの恐さに兄は結衣の首に抱きつく。
「や、やめてくれ~。揺らさないでくれ~~。」
兄は必死で結衣の顔を見上げながら懇願した。結衣は全く力を入れていないような余裕の表情のまま兄を見下ろしている。
「あはは。なんかお兄ちゃん縮んで可愛くなったから意地悪したくなっちゃうね(笑)」
結衣はそう言って兄を地面に下ろした。いつのまにか結衣はSっ気たっぷりの笑みをうかべていた。
「や、やめろてくれよ~(笑)」
兄は虚勢を張って冗談風に笑いながら結衣に注意した。
「あれれ~。そんな態度でいいのかな~?それが人にお願いする態度かな?」
結衣はそう言って俺の両脇の下に手を入れ、たかいたかいの要領で兄を持ち上げた。
身長196cmの結衣のたかいたかいは本当に高い。もしかしたら3m近くの高さまで持ち上げられたのではないだろうか。落ちたら怪我をするかもしれないような高さである。
「ひぃ…。」
兄は思わず軽い悲鳴を上げてしまった。
結衣は兄を無表情でじっと見ている。
こうなると兄が折れるしかない。
「ごめんなさい。もういじめないでください。」
と言った。
兄は結衣の顔をじっと見つめ続けたが結衣の表情にしばらく変化はなかった。しばらく兄を無表情で見つめた後、笑顔になり、
「あはは。ごめんねお兄ちゃん。意地悪しすぎちゃったかな。お兄ちゃん反応が可愛いんだもん。」
と言って兄を地面に下ろした。
結衣は満面の笑みを浮かべて兄の両肩の上に両手を置き、そのまま床に膝立ちになった。膝立ちになると結衣の目線は兄より少しだけ下になる。そして結衣は兄をぎゅっと抱きしめた。196cmの結衣にとって142cmの人間を抱きしめるのは容易なことだ。逆に兄が結衣のことを抱きしめようと思っても、結衣にしがみついているようにしか見えないだろう。
「お兄ちゃん元気そうでよかったよ。じゃあ荷物の整理頑張ってね。棚の届かないところがあったら私かはるなを呼んでいいからね。」
と言い、結衣は兄を抱きしめながらほっぺたをすりすりすると立ち上がり、兄の部屋からさっさと出て行った。
結衣のいたずらを本気で怖いと思ってしまった兄は、結衣との圧倒的な力の差を感じていた。
兄はその後一人部屋で涙をこらえながら荷物の整理を続けた。