「はぁ〜……やっぱり地球人さんって小さくてかわいい…」

地球より遥か彼方の宇宙を泳ぐ船。

その中で幼さそうな少女があるモノを見つめて呟いていた。

「どうしてあなたたちは見えない程小さいのに私たちと似たような姿をしていてかわいいの?」

見つめられているあるモノ…いや、日本から転送されたとある一区画に住んでいる地球人たちはその疑問に対して、そっちがデカすぎるだけとは素直に言えなかった。

こうした未知との遭遇とも言えるやり取りが始まってから早くも約1ヶ月半が経っていた。





この宇宙人の少女と出会った頃は新年になったと思ったら突然この宇宙船の中へ転送されてきて地球人たちはパニックを起こしていた。

空を見上げると果てしなく巨大な少女が自分よりも大きな眼でこちらを見下ろしていたからだ。

「はじめまして!地球人さん!私の名前はエニット・ネラヴと言います!気軽にエニーと呼んでください!」

カラフルな模様の入ったラバースーツを着ていたエニーは元気に自己紹介をしていた。

しかし、地球人はそのデカさとは思えないほど適切な音量、その上かわいらしい声に驚いていた。

「あっ!私の声はちょっとした私の星の技術で地球人の皆さんにも聞こえやすいように地球人のような声に聞こえてるはずです!もしそのまま私の声を聞いちゃってたら皆さんの耳はもう二度と音が聞こえなくなっちゃうので!」

恐ろしい事を言っているがこっちに気を遣っているということは敵意はないのだろうか。

地球人たちがそう思うとエニーは言葉を続ける。

「私は皆さんを一区画ごとこの宇宙船の中に転送しました!私、地球人さんと触れ合うのが夢でとうとう地球の管理をしても良いという許可を上から貰ったんです!」

地球の管理…?

話についていけない地球人たちはエニーの話をよく聞いて、状況を理解しようとする。

そして、以下のような事が分かった。

・地球は広い宇宙からすれば小さくちっぽけな惑星であり、エニーの故郷では地球人の存在も含めて周知されている。
・宇宙人にとっては地球はあっても無くても良い星である。
・エニーは地球が好きで放置されていた地球を管理する権限を宇宙人たちから貰った。
・エニーは故郷の技術で作られた特殊なレンズで地球人ひとりひとりを目視できる。

つまり、宇宙人からすればこのエニーこそが地球の所有者であり、地球人にとっては自分たちの管理者でもあるという事だ。

「地球人さんを眺めているのが好きで本当は手を加えるのに抵抗があったのですが、せめて一区画だけでも触れ合ってみたいと思って転送しました!」

そんな事言われても…。

地球人たちがそう思うとエニーは人差し指を一区画に近付け始めた。

「なのでさっそく地球人さんに触ってみたいです!」

ラバーに包まれた巨大で、それでも幼い手が地球人たちの目にでかでかと映る。

「でも、地球人さんは私が軽く触ろうとしただけでプチュッって簡単に潰れちゃうんですよね…だから誰か私の人差し指に触れてくださいませんか?」

地球人から見ても可愛らしい少女であるエニーに対し、我こそはと地球人たちが人差し指へと走り出した。

「わっ!全く感触は無いけど、こんなにたくさんの地球人さんが私の指に触ってくれてる……!」

これがエニーとのファーストコンタクトであった。





「それで私の友達ったら酷いんですよ!」

「”地球なんて価値ないんだし、ストレス発散に破壊しちゃえば?”って!」

「地球人さんはこんなにも小さくてかわいいのに…。」

いつも通り、一区画を見ながら一方的に地球人と話をするエニー。

エニーの技術のおかげか、一区画のインフラは整っており、ほぼ元あった場所のような生活ができるようになっていた。

エニーにとっては目の前、地球人にとっては遥か彼方の巨大なモニターに東京で放送されているテレビ番組が映っていた。

『A区消失事件から早くも一ヶ月半…』

そのようなテロップが出ており、出演者が様々な議論をしている。

エニーにとってはさぞかし滑稽に映っているのだろうかと地球人たちが思うとその予想に反してエニーは悲しそうな顔をしていた。

「やっぱり…皆さんをここに呼んだのは地球人さんたちにとって迷惑だったでしょうか…?」

確かに迷惑ではあったのだがここにいる地球人たちはもう自らの意思でエニーの元にいる。

というのも以前、地球のスマホからの電話でエニーと直接会話をする事に成功した時に、地球に帰りたいと思う人々は既に東京に帰してくれたからだった。

帰っていった人の中には全てを元に戻してほしいと頼んだ人もいたが、「それはいくら地球人さんの頼みでも嫌です!」とこの時だけは駄々をこねる子供のような感じで断固拒否していた。

これに対し、元に戻せとしつこい地球人が居たのとエニーを崇拝する地球人とで争いが起ころうとしていたのだが、エニーが悲しむのでお互いに妥協して事が収まった。

「え…?”ここにいる地球人はみんなエニー様の事が好きだからここに居続けてる”…?」

「…ふふっ、地球人さんはやっぱり優しい人ばかりです!」

エニーの顔に笑顔が戻ると地球人たちも安心していた。

『明日はバレンタイン!簡単手作りチョコ特集!』

そのようなやり取りをしているとテレビはいつの間にかバレンタイン特集をしていた。

「そういえば地球人さんはバレンタインという大切な人にチョコを送る習慣があるんでしたね。」

「…良い事を思い付きました!」

「私の勝手で地球人さんたちに迷惑をかけちゃったんですからお返しがしたいです!」





東京

バレンタインであるその日、東京は雲1つ無い快晴だというのに影が指していた。

人々はなんだなんだと辺りを見渡す。

海のある方角を向くと、とてつもなく巨大なラバースーツを着た少女が立っていた。

「地球人の皆さん!A区を頂いちゃってごめんなさい!」

「代わりにこれ!私からの手作りチョコです!」

少女は両手で持っているハート型の可愛らしいチョコを見せつけていた。

人々はパニックに陥るが、気に留めない少女はゆっくり、慎重にチョコを東京へと近付けていく。

「練習通り…地球人さんを傷付けないように…!」

そう呟くと少女の手とチョコはA区跡地の真上で一旦止まる。

「そぉーっと…そぉーっと…」

大空を埋める程の巨大なチョコに対し、誰もが逃げようと動き出していた。

ズドーン……!!

少女はなるべくゆっくりと置いたつもりだったがそれでも周囲には震度5程の地震が起こる。

「わわっ!地球人さん大丈夫ですか?」

「…多分、誰も怪我していないですよね…?」

少女は心配すると周囲を確認し、怪我人が居ない事に一安心する。

「それでは皆さん、召し上がってくださいね!」

そう言い残し、少女は忽然と消えた。

A区跡地にはチョコがすっぽりと収まっていた。

直後、テレビのテロップはこのようになっていた。

『巨大少女&チョコ出現!A区消失事件と関係も…?』





「ふふっ、ハッピーバレンタインです!」

もちろんチョコを食べ切れる地球人は誰もいなかった。