■OL1

 気が付けば見知らぬ街に居た。うだるような暑さの中、炎天下の下で憂鬱な外回りをしていたはずだった。
少しは涼めるだろうと、ビルとビルの間の影になっている小道を通り会社へ急ぐ途中、フッと意識が途切れた。
「ここ、どこかしら。それに私…なんでこんなに大きくなってるのよ…」
ぼーっとする頭で周りを見渡せば、彼女の視界を遮るものは何もない。地平線の彼方までよく見ることが出来た。
足元を見れば、まるでお菓子の箱のような大きさのビルが乱立し、そのいくつかは地面を踏みしめる彼女の素足によって跡形もなく踏み潰されていた。
「あれ?靴もストッキングも脱げてる」
ビルの中や外に居た人間が何百人も彼女の足により踏み潰されているだろう。しかし、彼女が気にしたのはそんな小さな命ではなく、自分が素足になっている事だった。
一日中歩きまわり、じっとりとハイヒールの中で蒸された素足が街を踏みつぶしていた。じんわりと汗の玉が浮かび上がったOLの素足は、ストッキングから開放された事によりその臭いを熱気とともに周囲に振りまき始めていた。
「うっ…私の足、臭ってそうだなあ……」
元々、足の臭いのことは気にしていた。特に外回りをした後は念入りにケアしているつもりだったが、それでも抑えきれない臭いは少しコンプレックスに感じていた。
自分の足の指のすぐ近くに、大勢の小人が逃げ惑っているのが見下ろせた。親指の幅程度しかない大通りは車で敷き詰められ、大渋滞で少しも進めない。
その合間を縫うようにゴマ粒くらいの人間達が必死にOLから逃げていく。
しかしその足取りはアリよりも遅く、やがてOLの足から発せられた臭気の渦がその小人達の群れを包み込み始める。
一番近くに居た小人から、一瞬跳ね上がったと思ったらバタバタと激しく動き出し、ゆっくりと動作が鈍くなりやがて二度と動かなくなっていく。
その現象はOLの素足から放射状に広がっていき、やがて彼女の足から半径数百mの距離に生きているものは居なくなっていた。
「もしかして、私の足の臭いで!?」
その光景は、どう見ても自分の足の臭いで小人達が死んだとしか思えなかった。恥ずかしさと共に、自分の足の臭いで死んでしまうような小人たちに若干の怒りを覚えた。
「う、嘘よ!いくら私の足が臭いからって、こ…こんな事あるわけないわ!」
自分が巨大化した原因や、いきなり小人の街に出現した事よりも、足の臭気で千人以上の小人を虐殺してしまった事の方がショックだった。
OLはそんな事はあるはず無いと、ぶんぶんと頭を振る。
「そうだわ!もう一度試してみましょう。人が多そうな場所、そうね…大型スーパーとかいいわね」
ズシン、ズシンと一歩ごとに数百人の小人を建物や車ごと踏み潰しながら歩けば、すぐに街の中心部へとたどり着く。
街の中でも特に賑わってそうな場所。立ち並ぶ高層ビルを粉砕しながら巨大OLの強烈な臭いの素足が空から振り下ろされた。
多くの人々が集まり、賑わう街の中心部は一瞬にして地獄絵図となる。
ただ歩くだけで高層ビルを踏み潰してしまう大きさのOLが街を蹂躙していた。
汗でじっとりと湿った足の裏が強烈な臭いを発しながら小人達をミンチへと変え、瓦礫や肉片がこびり付きシミとなる。
そんな事は全く気にせず、目当ての建造物の前で立ち止まるOL。彼女の眼下にはこの街でもかなり大きめのスーパーが広がっていた。
ゆっくりとOLの左足が上がっていく。今まで踏み潰した建物や小人の残骸を撒き散らしながら、大型スーパーをその影で覆っていた。
「うふふ…皆さん、私の足の臭いってどうですか?まさかOLの足の臭いで死んじゃったりなんてしないわよね?」
足を乗せ様子を見るつもりだった。しかし数十回建ての超大型スーパーはOLの足の重さを受け、まるで豆腐のように崩れ去る。
そのあまりの脆さに、OLは言葉を失う。
中には百を超えるテナントが入っていただろう大型スーパー。自分も休日には同じような施設によく行くが、とても1日では回りきれない。
そんな規模の建物が、自分が足を乗せただけで崩壊してしまったのだ。
勿論、中で買い物を楽しんでいた小人達はOLに気付くことすらなく崩れる建物に押し潰されただろう。
轟音とともに崩れ去ったその建物を踏み潰している自分の素足。
呆気にとられしばらくもうもうと立ち上る土煙を見下ろしていると、周囲を逃げ惑う小人達の最後が目に入ってくる。
道路にまで溢れだし、OLから少しでも離れようと懸命に逃げる小人達を彼女の素足から漂う蒸れた臭気が包み込む。
そして、先ほどと変わらずに倒れ始め二度と起き上がらない小人達。
「なんて脆いのかしら…」
自分の、あまりにも強大な力にOLは酔い始めていた。
歩けば全てを破壊し、蒸れた足の臭いだけで小人達を虐殺してしまう。自分の中で、黒い欲望がむくむくと肥大化していくのを感じた。
それに共鳴するかのように徐々にOLの体が大きくなっていく。ただでさえ巨大だったOLが超巨大な姿へとその身を変貌させていった。
「凄いわ。街がもっと小さくなっちゃった。街ごと私の臭いで包み込んじゃおうかしら」
その様子を街の住民達は呆然と見上げることしか出来なかった。
すでに、先ほど踏み潰した大型スーパーの残骸は巨大化し続けるOLの足の親指の下に消えてしまっている。
周囲のビルは大きくなるOLの蒸れた素足に飲み込まれ、なぎ倒され磨り潰されてしまう。
「今度はどこの臭いを嗅がせてあげようかしら…ふふ、朝から歩きまわったからかなり強烈よ」
一歩ごとに数十の高層ビルを踏み潰しながら、OLは次の獲物を探し始めた。

■OL2

 街の中心部から、更に巨大化したOLが大股で港へと歩いてくる。
その蒸れた素足で海沿いの住宅地を踏み潰し被害を拡大させていくが、彼女は気にした様子も無く足を振り下ろし続ける。
全長数100mのOLの足裏が消しゴムほどの大きさのマンションをまとめて踏み潰すと周辺の地殻がその衝撃で吹き飛び、そこに建てられている一般住宅が巻き込まれ爆砕する。
「あら、良い感じの大きさの船が停まってるわね」
OLの興味は港に浮かぶ大型客船へと移る。様々な大きさの船が停まっていたが、その客船の大きさは他と比べ物にならないくらい巨大で、摘まむには丁度良さそうなサイズだった。
1000人もの人間を乗せ、世界中を旅する超巨大客船。OLの給料では手が出ない程高額な料金を支払わなければ乗れないような船を、彼女は右手を伸ばし摘み上げる。
OLの1本1本が高層ビルサイズの指が船体を挟み込み、頑丈なはずの客船が悲鳴を上げ軋む。
「へ~、こんな大きな船があるのね。ふふ、凄くお金がかかってそうねぇ」
6万トンの大型客船を片手で軽々と目の高さまで持ち上げ、中を覗き込むOL。船内は精巧なミニチュアの様な光景が広がり、その間を更にゴマ粒程の大きさの人間が慌てふためいている様子を見ることが出来た。
そんなパニックに包まれている船内とは裏腹な、OLののんびりとした声が響き渡る。
「そうだわ、あなた達にも嗅いでもらいましょ。私、そんなに臭くないわよね?」
足の臭いは先程試したから次はどこがいいかなと考えるOL。左手を腰に当てるポーズを取ると、動かした腕の付け根、脇の下が不快な湿り気でぐちゃりと音を立てた。

OLが左腕を思い切り上げ、その汗に蒸れた腋を空気に晒した。
今まで閉じ込められていた腋の臭気が上空数kmの高度でむわりと広がり、脇汗の雲を作り出す。
「すっごい脇汗…。こんなの恥ずかしくて見せられないわね」
だが、それは彼女が普通の大きさだった時の話。今や誰も逆らえない程に巨大化したOLは、もはや小人達に対して羞恥心など感じてはいなかった。
まさか脇の臭いで死んでしまうことなど無いだろう。若干ドキドキしながら、興奮気味にOLは潰れない程度に客船を握り直す。
白いシャツがぐっしょりと湿るほどにかいた汗が作り出す雲に、豪華客船をゆっくりと近付けていく。
ムンムンとOLの腋臭が立ち込めるその空間に、一瞬にして船は包み込まれた。

「………」
声は聞こえないが、船の内部の喧騒が一際大きくなり、大量の小さな生き物が死に物狂いで動きまわる気配が伝わってくる。
船のあらゆる場所からOLの腋臭が侵入し、船内の新鮮な空気を侵食し始めた証拠だった。
船外に出ていた小人はその臭いに耐え切れずパラパラと船から落ち始め遥か下方の地面に叩きつけられ、船内の人々はもがき苦しみながらのたうち回り、徐々に動かなくなっていった。
「うう、まさか…脇の臭いもあなた達にとっては毒ガスなのね…」
かなりのショックだった。足に続き、腋臭ですら小人達は死滅してしまう。
数分前までは人間で溢れていた大型客船も、今や生きている物は皆無の巨大OLの腋臭漂う死の船と化していた。
ため息とともに、左腕を下ろすOL。汗をたっぷりと染み込ませた脇が客船を挟み込むと、船体はまるで紙で出来ているかのようにグシャグシャと潰れ瓦礫となって街へと落下していった。