「あー、今日も疲れた、仕事なんてやってらんねー……」
 めでたく社会人生活5年目を迎えた俺は、いつもより人気の多い駅の構内を抜けて、家路へと向かっていた。
 堅苦しく身に纏わり付く漆黒のスーツも流石に着慣れてきたというものの、仕事に対する辛さというものは今も昔も変わっていない。まだ主任にもなれていない平社員がぶーたら文句を垂れるのも些か変な話かもしれないが、もう十分社会の荒波に飲まれているという感覚はあった。
 自宅のアパートは線路沿いをしばらく歩いて、その先の角を曲がってしばらく歩いたところにある。都心部にまだ程近いこの街には、白色の眩しい街灯が等間隔に並んでいて、黒い地面を均一に照らすのだ。流石都会だ、地元の田舎じゃこんなものでは済まない。駅前ですらまともな街灯はなく、そこから一歩動き出そうと思えば、そこは一切の闇に包まれた世界になる。まあ地元では夜遅くに出歩くことなんて無かったのだが、仕事で都会に出てきてからは明るい時間帯に外に出る方が少なくなってきてしまっている気がする。
 やがて、古びたシャッターに閉ざされている小さなタバコ屋の建屋が見えてきた。ここが、線路沿いの道からアパートの前に繋がる道へと曲がる交差点だ。初めて見たときから薄汚れた雨戸は閉まりっきりで、店が開いている様子など一度も見たことがなかった。この辺りは元々人通りも少ないし、店を経営するにはお世辞にも良い立地とは言えない。ただ、住宅や駐車場ばかりがひしめき合うこの地区で、このタバコ屋の軒は重要な目印という役目を果たしているだろう。……そういえば、彼女ともここで出会ったんだっけ。
 
 二階建ての赤い切妻屋根が目立つ、やや年季の入った長細い集合住宅が我が家だ。駅から歩いて行ける距離で、リビングの他にもう1部屋、さらにそこそこの家賃でという条件の下探し出したのがこのアパートだった。快適な住環境というものには及ばないものの、キッチンもそれなりのスペースが確保されているし、風呂トイレ別で適度な収納場所も用意されている。1人で住むには十分な広さだった。……だった。
 1階廊下の脇に据え付けられた外階段を一段ずつ登る。コン、コンと足を踏み出すたびに乾いた高音が響き、それはアパートの住民に家主の帰宅を知らせる合図となっていた。もちろん、それは我が家でも同じことだろう。俺は玄関のドアノブに手を掛ける。手首をひねると、持ち手が時計回りに回った。鍵は開いているようだ。後はこのドアを引けば、おそらく戸口で待ち構えていた"彼女"が・・・・・・。

「たっくんおかえりなさい! もうすぐご飯できるから、先に着替えちゃってて!」
 外の世界を照らす灯りが満月であるならば、家の中を照らす灯りは太陽なのか。そんな比喩表現が正しいのか分からないが、ともかくも今この家の中は、どんな暖かい温もりよりも、彼女――榛名の底無しの愛で満ち溢れているのであった。
 ちなみ「たっくん」というのは俺に対する榛名の呼び名である。「副井 巽」という俺の名前から取ったのであろうが、正直この呼び方には少々困惑している。小学生の頃にまともなあだ名さえ付けてもらえなかった身分としては、些かくすぐったい所もある。
「ありがとう。いつも悪いね、こんな時間にまで」
「いいえ、たっくんの為なら、榛名はいつだって大丈夫です! ……あっ、いけない、お鍋が焦げちゃう!」
 榛名は表情をころころと変えながら、玄関に背を向けてリビングに続く廊下を走り抜けていった。
 そして、リビングには顔見知りのもう1人の姿があった。
「こんばんは、巽さん」
「ああ、翔鶴さん……。いつもお世話になります」
 絹糸のように真っ白な長髪がたおやかに揺れ動き、朱いつぶらな瞳が優しく光る。翔鶴は、榛名の旧来からの親友であると榛名から聞かされていて、決して広くはない我が家に美少女が2人も押し寄せている理由もここにある。
 彼女は俺の部屋に榛名が同棲しているという情報を聞いたときから、たびたび榛名と一緒に俺の部屋に上がっていることが多くなった。もちろん事前に榛名から、翔鶴も家に上げていいかという旨の打診を受けている。俺自身もここ数年の間ずっと独り身だったし、たまには人数が増えてもいいだろうということで、快諾した。
 その当の本人はというと、俺の部屋に居るときでもこれと言って何かすることなく、どこかに座ってただ小難しい本に読み耽っているだけだ。要は俺と榛名の監視役といったところだろうか。俺と榛名が同棲しているということは事実だが、これまでやましいことは何もしていないし、しようとも思ったことすらない。ただどうしても心配になってしまうのが乙女心というものらしく、こうして何もすることなく、ただ座りながら時間を過ごしているという訳だ。


「今週も一週間お疲れ様でした。体調は万全ですか?」
 榛名はそう言いながら、俺が右手に持ったグラスにビールを注いでくれる。
「まぁ……、そうですね。お陰さまで体のあちこちが痛いとかはないですね。流石に疲れてはいますけれど」
「ふふーん、たっくんが疲れたときは、いつでも私の胸に飛び込んできてもいいんですよ?」
「結構です」
 両手を広げたその真ん中に聳える二山をどことなく強調している榛名に対して、俺はただ淡々と答える。
「うぅ……そういう返事は想定していたけど、面と向かって言われると何だか心に来るものがあるよぉ……」
「あら、男の人にそんなにアピールしちゃうなんて、榛名ちゃんって意外と大胆なのね」
「そうですよ! 毎日こうやってたっくんからの愛を求めているのに、たっくんってば女の子の気持ちをムゲに断って~~~!!」
「毎日じゃない、週に3回くらいだ」
 榛名のボヤキに対し冷静にツッコミを入れるものの、当の本人にはまったく効いていないようで、さっきから半ベソの状態で泣き続けている。ここまで榛名が感情的になるのも、かなり久しぶりなのだが……。
「榛名ちゃん、代わりに私がよしよししてあげる。おいでおいで」
「ありがとう~~~。ふえええぇ~~~ん……」
 翔鶴の膝の上に寄りかかってうずくまる榛名を俺は横目で流しつつ、黙って食卓に並べられた料理に手をつける。……うん、この豚の角煮はなかなか美味くできているではないか。
 翔鶴の刺すような視線が一瞬こちらに向けられたのは、気のせいということにしておこう。

◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◆

「お風呂先に上がったぞー」
「はーい、私も入りますねー」
 パジャマに着替え終わった俺はリビングに戻り、食器の片付けのためリビングに立っている榛名に一声かけてから、どでかいクッションが敷かれた茶色のソファの上にどさっと座る。
 やはり仕事の後の風呂は格別だ。身体に纏わり付いた皮脂を、その日の疲れと一緒に流してしまえる。一日の締めくくりが気持ちの良いことで終わるのは、とても気分が良い。
 しばらく眼を閉じて体を横にしていると、部屋の奥の方で脱衣所のドアが開く音がした。ということは、榛名がお風呂に入ったようだ。
 とは言うものの、俺は別に榛名の部屋を漁ったりはしない。そもそもそういうものに興味はないし、もししようものならとんでもなくどでかいビンタが待ち受けているだろう。いや、ビンタで済むなら良いのか?
 そんなことを考えているうちに喉が渇いてきたような気がして、お茶でも飲もうかとカップを取りにキッチンの方へ立ち上がる。
 するとどういうことだろう、おあつらえ向きにテーブルの上にコップ一杯の水が用意されていたではないか。
 きっと榛名が俺の気持ちを予想して置いてくれたのだろう。俺は何の躊躇いもなく水いっぱいのコップを手に取り、ぐいっとひと飲み。火照った身体に冷たい水がまるでスポンジのように吸い込まれていき、あっと言う間にコップは空になってしまった。ふぅ、と風呂上がりの一杯を飲み干して一息。
 使い終わったコップを流し台に戻してリビングに戻ると、さっきまでは気づかなかったが、翔鶴がまだ部屋の隅に残って読書に耽っているのが見えた。
(ん? 翔鶴がこんな時間にまで居るなんて珍しいな……)
 いつもならば風呂に入るタイミングくらいで既に帰宅の途についているのだが、今日はまた一段と遅くまで残っている。
 それにしても、今日の翔鶴は少し機嫌が悪かったような気がする。まぁ榛名を泣かせたのを目の前で見せてしまったので俺のせいと言えば俺のせいなのであるが、ああやってじゃれ合うのも俺らの仲なのだ。榛名は俺のそういうところも気に入って、同棲生活を始めていた。榛名も本心から傷付いている訳ではないだろうし、俺も特に気にすることもなくなっていた。
 翔鶴は一向に俺に目を配る素振りさえ見せず、ただひたすら分厚い本のページに視線を落としている。その本は立派なハードカバーで装丁されていて、遠目から見た中身は、俺では全く理解できない内容だった。俺は翔鶴の前を静かに通り過ぎ、先ほどまで寝そべっていたソファに再び横になる。
 大きな欠伸をして眼を閉じると、程なくして体の奥底から濃い紫色の眠気が湧き出てきた。すぐに快眠に誘われそうな、心地のよい眠気は俺の体を瞬時に取り囲んだ。そして俺の意識は、白い靄の中に溶け込んで………。

 
 ◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◆

 意識を取り戻した俺の目に飛び込んできたのは、明るい土色の天井。
 何のことはない、ソファに仰向けのまま昼寝をしていたのだ。昼というには遅すぎる時間だったが。
 俺は早速ソファから飛び降り、
 …
 …
 …あれ?
 おかしい。俺は確かにいつものソファの上で寝ていたはずだ。ついさっきまでの出来事だぞ、流石に覚えている。
 それなのに、俺の周りにはだだっ広い茶色の平原が広がっているだけなのだ。所々に小さな丘のようなものもあったが、草の一つも生えていない。地面はなんだかツルツルしていて、弾力性もある。
 この肌触りの良い記事には身覚えがあった。それで確信した、ここはいつものソファの上に違いない。
 だがそのサイズはあまりにも大きすぎた。ソファの上を走り回るなんて子どもでもやってはダメだなんてことは知っているが、本当に自由にいくらでも走り回れるような広さがある。それは一体何を示しているのか。俺も信じたくはなかったが、もしそれが事実だとしたら……。
 
「あら、"たっくん"。お目覚めなされたようね」

 聞こえてきたのは、これまた聞き覚えのある抱擁感たっぷりの美声。間違えるはずもない、翔鶴の声だ。体を丸ごと優しく包み込んでくれるような目覚めの御言葉が真上から聞こえてきた。……真上から?
「うふふ、こんなに小っちゃくなっちゃって……食べちゃいたいくらい可愛い♪」
 限りなく天使に近い声に含む怪しげな棘に感づいた俺は、真後ろを振り仰いだ。
 果たして翔鶴の顔はそこにあった。そして、ずっと遠くにあるはずなのにすぐ近くまで引き寄せられているような、仮想世界でも見たことがないような顔の大きさを捉えた瞬間、一抹に抱いていた不安は現実のものになってしまった。
「あら、そんなに怯えなくても大丈夫よ。私たちがたっぷりと弄ってあげる」
 翔鶴はそう言うと、俺に向かって2本の巨木のような指を差し向けてきた。部屋の灯りの逆光に照らされた大型バスよりも大きい親指と人指し指が、驚愕のスピードでぐんぐん近づいてくる。
 命の危険を悟った俺はすぐさま駆けだした。だがそれも一瞬のうちに終わりを迎えてしまう。空中を自由に練り動く手指はあっという間に俺の体を優しく摘まみ上げ、小さな虫を挟んだ指はその持ち主の顔の前まで持ち上げられる。
「うふふふふ………」
 翔鶴は目を細めて笑い、2つの指へ僅かな力を込め始めた。柔らかい指の腹がグニュグニュと動き、俺の体を圧迫し始める。もがき苦しむ俺を見つめる翔鶴の眼は、まるで生贄を目の前にした暴竜の如く鋭く尖っている。翔鶴の指先で潰される、そんな非現実的な、運命の終焉が間近に迫ってきていた。
「た、助けてくれー!!!!」
 その叫びが通じたのか、俺を苦しめていた力はすぐさま抜けた。それと同時に極太の指先が繊細に動かされ、翔鶴の指に操られるがままにされた結果、俺は頭部だけを指先で軽く摘ままれ、首から下が宙ぶらりんの状態にされてしまった。慈悲深き女神の気まぐれによってかろうじて支えられている、生かされているような感覚だった。翔鶴の力が弱すぎても強すぎても、何百分の一以下にも縮小された俺には死が待っているのだから。
 やがて少し遅れて榛名もこの場に到着した。指先に挟まれた俺の姿を見てさぞ驚愕するかと思ったが、榛名の態度は驚くほどに冷静だった。もしかして2人には俺の体に何が起こるのかを知っていたのか?そうだとしたら、俺はこのまま2人の思いのままに……。
 そんなことを考えているうちにも状況は刻々と変わっていた。俺の運命の全権を握っている翔鶴が、眉をしかめて冷たく呟く。
「たっくん、三十秒後にあなたを摘まんでいる指を離すから、どちらかあなたの好きな方を選びなさい。榛名の胸か、私の胸、それとも硬い地面の床の方がいいかしら?」
「ぐっ……」
 3つの選択肢が一応用意されているが、こんなの2択しかあり得ない。こんな高さから空中へ放たれようものなら、高さ九十メートルからの自由落下。地面に衝突した瞬間にグチャグチャのミンチになってしまう。
 下界を見下ろせば、2人の美少女の豊満な胸がこれ見よがしに強調して浮き出されている。両者とも、白く薄い生地の服の上に見事な稜線を描いている。翔鶴は口元に含んだ笑いを浮かべて余裕の表情、榛名はこちらを選んでくれとばかりに上目遣い。
 すでにタイムカウントは十秒を切っている。このまま俺が選択をしないまま、もし翔鶴の言うとおりになってしまえば、たちまちカーペットのシミになってしまう。俺は潰れかかっている声帯から搾り出すように、最愛の人の名前で、声を上げた。
「榛名……」
 ぽつりとした小さな呟きにしかすぎなかったが、運命を託した女神にはちゃんと聞こえたようだ。挟み込んだ指が動き出し、彼女の胸の上までずいっと引き寄せられる。
 榛名は上着のボタンを一つずつ外していき、胸元にペールホワイトの乳房を顕わにさせると、密かに高鳴っていた鼓動を押さえ、呼吸を整える。
「はいっ、榛名は大丈夫です!」
 榛名が高らかに宣言すると、俺の体は空中に解き放たれた。
 命綱のないバンジージャンプ。物理法則に従うままに空中を落下する俺は、榛名の谷間だけをじっと見つめていた。
 何故かといえば、そこが空中に解き放たれた俺にとっての唯一の生命線だからである。そこに着地できなければ、待っているのは遙か下界の硬い床面。生か死か、決死の大ジャンプ。ただ幸いなことにターゲットは今の俺の体に比べて格段に大きいので、このまままっすぐ落ち続けていけば大丈夫なはずだ。
 そして薄小麦色の肌が近くまで迫り寄った時、俺は静かに目を閉じた。着地する受け身の体勢を取るためだ。俺の体は榛名の乳房の一角に当たると、ぼよん、と跳ねて、もう一度柔らかい大地の上に寝そべった状態で着地した。大成功だ。
「えへへ、たっくんが私の胸の中に……」
 指先サイズの俺を自らの胸中に収めたのを確認した榛名は、両側に聳える房を手でゆっくりと持ち上げ、その谷の隙間を少しずつ狭めてゆく。
 下半身は既に撓わな乳房に飲み込まれており、上半身もやがて柔和な双乳に挟み込まれてゆくだろう。徐々に暗がりに包まれゆく谷間の開口部から覗く榛名の顔は、幸せに満ち溢れているように見えた。
「さぁさぁ、力を抜いて。私が、ぎゅー…、ってしてあげる」
 俺は榛名の言うとおり、全身を強ばらさせていた緊張を解きほぐし、2つの大きな球体に身を委ねた。
 そして、ついに俺の体の四方を包み込んだ柔らかな壁が動かされる。榛名は手に持った柔らかな乳房を練るように動かさせながら、ゆっくりと揉み解す。
 片や俺の身体に伝わってくる感触は、全身に極上のマッサージを施されているようなものだった。人肌の温度のぷにぷにとした肉が絶妙な力加減で全身の筋肉を圧迫し、悦に入るような快感さえ覚える。
 「はぁ……たっくん……っ……はぁっ………」
 ご自慢の豊胸をすり動かしている榛名も、どこかスイッチが入ったのか、堪らず淫らな喘ぎ声を出し始める。それと同時に、俺に加えられる圧力も明らかに高くなってきた。榛名が気を遣って多少は力加減を調整してくれているのか、押し潰されそうな恐怖感は感じないものの、流石にこれ以上の圧を受け続けるとなると苦しいものがある。
 まともな身動きを取ることさえ叶わないまま、榛名の胸の中でもみくちゃにされてゆく俺の身体。至高の悦楽と時々襲われる息苦しさが織り混ざった時間は、しばらくの間続けられた。

 俺が再び外の光を見い出したのは、榛名の胸に飛び込んでから数分後のことであった。圧迫を続けていた胸の間を榛名はそっと広げると、ひょいっと摘まんで俺を外の世界へ解放してくれた。榛名の豊胸で揉み上げられていた時間は長くもあり短くもあったような感じだったが、とりあえず榛名も機嫌を取り戻してくれたみたいだし、よしということにしておこう。

 しかしながら、"遊び"はこれだけでは終わらなかった。再びどこからか2本の指が俺の身体を摘まみ上げて、ふわりと空中に浮かぶ感覚が蘇る。
「ふふ、榛名の胸の中は、気持ち良かったかしら?」
 俺はまたしても翔鶴の指に挟まれてしまっていた。紐無しバンジーの直前みたいに、頭だけかろうじて握られている状態で。
「せっかく体を小さくできたのに、私だけ何もできないだなんて不公平よね」
 翔鶴の口元のすぐ近くまで持ってきた俺の体を見下して、わざとしく呟く少女。"せっかく体を小さくできたのに"、その言葉がこの事件をすべてを物語っていたのかもしれない。翔鶴口の中では、上顎と舌が唾液の線で繋がれているのが見えた。俺は小さい身を震え上がらせた。そして翔鶴は、細くさせた目をさらに小さくして、すべての力を手に入れた魔女のように嗤った。
「ふふふ………」
 翔鶴は自らの指の中で恐怖に怯える小人に照準を合わせると、チュルッと僅かな音を立てながら小さく舌なめずりをした。おいまさか……。
「私の唾液で、溺れさせてあげる♪」
 ついに、その翔鶴の巨大な口が開かれた。純白に輝いた歯の奥には高温多湿な真っ赤の洞窟が広がっていて、その奥部は暗い闇の中へ消えている。目の前で開かれた口はその大きさなどからとても可愛らしい少女のものとは到底信じられず、何もかもを喰らい尽くす怪物のもののようだった。その中で、赤くぬらりと光る魔物が潜んでいた。
 その魔物は唇の間から姿を現し、俺に見せつけるように大きく吐き出された。そして、唾液が部屋の灯りを反射してキラキラ光る巨大な舌が、小さくなった俺の爪先から頭頂部まで一気に舐め上げる。ぬらりと可愛く光る妖艶な桃壁が、俺の体に唾液を移して通り過ぎた。
 全身に唾液を塗りつけられる感覚は、悔しいか本能に抗いかねる心地よさを感じた。人の身体を舐める行為など侮辱も甚だしい話だが、それでさえも快感に繋がってしまう。
 口元に戻された舌は再び口内で大量の唾液を補給し、俺の身体へと存分に塗りたってゆく。
「ぺろっ……じゅりゅっ………ぷはぁ……」
 艶っぽい吐息が舌が離れると同時に吹き付けられ、思わず目を塞いでしまう。口内の独特な刺激臭の中に、女の子らしい甘い匂いが僅かに含まれていた。だがその香りも、三たび打ち寄せられる唾液の波によってすべて洗い流されてしまう。
 三回目、四回目、五回目……顔面に纏わり付いた唾液を拭って呼吸をしようとする俺を嘲笑うかのように、翔鶴は俺の全身の隅から隅まで舌を這いずり回させる。
 幾度となく生暖かい攻撃を受け続けた俺は抵抗する力をすっかり失ってしまい、だらりと手足を垂らしたまま、運命のすべてを翔鶴に託した。
「あらあら、もう降参だなんて、どこまでだらしのない男の子なのかしら」
 翔鶴の俺に対する言葉が刺すように放たれる。優しく温厚な姿を見せていた彼女の面影は、その跡形すら微塵も残されていない。
「それじゃあ……榛名ちゃん、二人でいっしょに頂きましょうか♪」
「ふぇ、え?一緒に、ですか?」
 急に呼び出しされた榛名は困惑の様子で、既に唾液まみれの俺の哀姿とほくそ笑む翔鶴の顔を交互に見つめ合った。
 俺が胸の中でもみくちゃにされていた時の表情から一転、何かを思い悩んでいる様子が垣間見えた。だが榛名なら、ここで翔鶴を止めて
「じゃ、じゃあ……、私も、いただきます♪」
 俺の願いは一瞬にして、無情にも塵の果てとなって消えてしまった。
 その刹那、首筋から感じる生暖かいもう一つの吐息。榛名の唾液たっぷりの舌が、俺の背中を一筋に舐め上げた。正面から舐められる感触とはまた違う、相手が見えない状態での舐め上げは、恐ろしい魔物に食いつかれているような恐怖感さえ覚えた。
 榛名の優しい背後からの愛撫に合わせて、翔鶴も俺の体に舌を押し付け始める。俺は、翔鶴と榛名の間で舌挟みにされてしまった。
「はむっ、じゅるっ………」
「んっ………、はぁ………ん………」
 前後を熱い舌で挟まれ、艶めかしい吐息がとめどなく吹き付けられる。榛名と翔鶴の唾液が俺の身体を通して混じり合い、ピチャピチャと淫靡な音が響き渡る。大人びた風貌を持つ2人の少女によるフレンチ・キスは激しさを増し、舌の間で銀色の糸を垂らしながらそれぞれが重なり合う。
「うふふ、女の子2人に舐められて、男の子ってどんな気持ちになるのかしら? 絶望? 屈辱? それとも……」
 翔鶴はそう言いながら、興奮を隠しきれなくなった俺の下半身を絶妙な舌捌きで弄ってゆく。男の象徴たる突起物をチロチロと舌先で何度も上下に転がされ、その度に非道徳的な快楽が小さい体に押し寄せる。
 少女らの口内から分泌される唾液は2人の呼吸が荒くなるとともに粘り気を増し、透明だった視界はやがて白く濁った唾によって埋め尽くされようとしていた。意地悪な女神たちによって屈辱的な施しを受けているにも関わらず、俺の前立腺が知らずのうちに脈動を始める。
「あっ……ああ………あっっ………」
 全身の皮膚がふやけてしまいそうなほどの唾液を浴びさせられた俺は、既に理性を失わせて押し付けられる淫欲に身を委ねてしまっていた。俺は大蛇のようにうねる舌の狭間でこの上ない快楽を感じながら、翔鶴の言葉通り、双方から吐き出される唾液に溺れてゆく感覚を味わっていた……。