city Crushing(前編)

【あらすじ】黒髪の少女が街を踏み潰すお話。
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瘴気。それは、知識欲を無くした人々が、本来持っていた知識と虚無的な感情を魔力で発生させたものと言われている。
瘴気の発生は人々に災いをもたらし、広範囲に広がるとその街自体の機能が失われてしまうほど厄介な現象であると代々言い伝えられている。
瘴気を振り払うことができるのは賢者と呼ばれる魔法使いであり、その賢者を養成するために設立されたのが、マジックアカデミーである。
数多くの生徒と教師を携え、不測の事態に備えて瘴気払いの鍛錬に日々勤しんでいる。


ある時、アカデミーの遥か遠方の地で密度の濃い瘴気反応が発見され、賢者たちは急遽現地に向かい瘴気払いをすることとなった。
しかし瘴気の発生が想像以上に速く、アカデミーの賢者をしても危険な状態になっているとされ帰投が命じられた。
その後も瘴気は発生と拡大を続け、ついに街全体が瘴気で覆われてしまった。このまま瘴気が蔓延すれば世界の広範囲に亘り、取り返しのつかない状態に陥ってしまう可能性もあった。
そこでアカデミーでは、生徒にある特別な使命を課すことにした。
それが、縮小魔法による街の物理的破壊、通称CCO(City Crush Operation)である。


CCOの手順についてはあらかじめ教師から入念な説明があった。
瘴気の発生地である都市を縮小魔法で出現させ、その都市を隈なく破壊すること。
少しでも街の痕跡が残っていると、そこから再び瘴気が発生する虞があるからである。
また、アカデミー外で魔法を使用するのは危険が伴うので、課題はアカデミー内の室内で行うこと。
実行に当たっては必ず1人で行うことなどの説明がなされた。
実のところこの課題を実行するにあたっては、教師陣の中でも大きな葛藤があった。
賢者が使う魔法で都市を破壊するのは、まるで極悪組織のするそれではないのかという意見も当然あったが、大量発生した瘴気の対処法として他に策が無いことから計画が実施されることとなった。
そして暁の賢者となったマヤも、CCOに選ばれた生徒の一人だった。


昼下がりの放課後、マヤは教師から指定された部屋に入る。
場所は、いつも授業で使っている音楽室。ただ机や椅子は部屋の片隅に寄せ纏められており、目の前には赤い絨毯の敷かれているただガランとした空間が広がっていた。
後ろ手で扉を閉め、扉に入念に鍵を掛ける。ガチャンという音が室内に響き渡ると、いよいよ"課題"の実行はマヤに委ねられることになる。
色は黒く肩まで伸びるすらりとした長い髪、透き通るような青の瞳。
身を包んでいるのは第七アカデミー時の制服。
紺色の生地をベースに、白く輝く襟の上にあしらわれた赤いリボン、大和撫子には少し短く感じられるスカート。
そして下の方に目を向けると、膝上まで伸びる黒いニーソックス、黒々として凛と光るブーツ。
クールビューティーながらどこか垢抜けない容姿の少女が、これから街を破壊する巨大怪獣と化するのだ。
マヤは目を閉じ、深呼吸をした。これから行う課題の手順を一つ一つ確認する。
「とりあえず、街を出現させればいいのね。えいっ」
右手に力を込め、縮小魔法で床に都市を出現させる。
出現させた都市は一つの街のようになっており、東側に住宅街、中央にはターミナル駅がありその西側にビル街が立ち並んでいる。
街は想像していたよりもずっと小さくて、全ての建物を見下ろすことができた。

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「さて、どこから足を踏み入れていこうかしら」
マヤの姿はまだ街の住民には見えていない。
四角く縁取られた都市の外周をゆっくりと歩きながら、顎に指を当ててじっくりと考える。
そしてマヤは街の東側にある住宅街の端にそびえ立った。
改めて今から足を踏み出すであろう場所付近の地面を観察すると、ミニカーよりもずっと小さい車がひっきりなしに行き交い、ゴマ粒よりも小さな人間があちらこちらで動いている。
街が縮小転送されてきても都市機能は問題なく働いているようであった。
先生によれば、街へ足を踏み入れた瞬間に自分の姿が住民に見えるシステムになっているそうだ。
つまりその瞬間から私は、街を破壊する怪獣となる。
街をうまく壊せるかどうかも分からない。
万が一、もたもたしているうちに攻撃でも受けたら……。
色々悩むことは尽きなかったが、マヤはある事を思いついた。
住民から怪獣として見られてしまうのであれば、怪獣役として徹底して暴れてやろうということ。
普段なら絶対に思うことのない気持ちだが、"課題"となっては仕方がない。
課題を遂行するために、私は今から怪獣になるのだ。
そうして自己暗示をかけたマヤは、住宅街の一角にある建物を、右足を振り上げて思いっきり蹴りつけた。

グワッシャアアアアアアアアアアアァァァァァン…………………………
砂埃が舞い上がり、建物が崩れていくすさまじい轟音が周囲に谺する。
ブーツの直撃を受けた建物は一瞬で瓦礫の山へと変わり果てていた。
それだけでなく、周りの建物も地面からの衝撃で外壁にヒビが入ったり、あるいは崩れ去ったりしていく。
マヤは、この街で自分がどのような力を持っているのか理解した。
足で踏み下ろすと建物がいとも簡単に崩れ、強く踏みしめると周りの建物も連鎖していくように倒壊していく。
ブーツを通して足の裏に伝わってきた感触は、ウエハースのお菓子でできた家を踏み潰したような軽い感触だけであった。
「あはっ、結構簡単に潰れちゃうのね」
マヤは足元で起きている惨劇とは裏腹に楽しそうな笑みを浮かべる。
今度は反対側の足を振り上げて、建物の上にそっと乗せた。
するとまだ何も力を入れていなのに、ただ足を乗せただけで屋上部分が崩れ、ゆっくりと力を加えてやればそのまま足の動きを邪魔することなく潰れていく。
そう、建物を潰すのに特別な力が必要なわけではなかった。
ただ歩くように足を地面に着けてやれば、それと同期するように建物も崩れてしまう。
それに、今までに体感したことのない感触が体中を駆け巡る。
物を壊すなんてことは普段絶対にできないけど、今の私ならどれだけ壊したっていい。
目の前に広がる家々、オフィスビル、商店街、これらを全部私が潰すんだ。
そう思うと、マヤの心の中の悩みが一気に解放された気がした。
家を丸ごと踏み潰したあの感覚が癖になって、もう止めれらない。
街を壊すなんて大変なことだと思っていたけど、そんなに大したことじゃないみたい。
むしろ、自分がこの街の運命を決めることができることに、この上ない優越感を感じていた。


怪獣として街に降り立ったマヤは、住宅街に立ち並ぶ数々の民家を踏み潰していく。
ニュータウン風の街区にある一軒家を一つ一つ丁寧に潰し、2階建てのアパートは一踏みで建物の半分を壊して、もう片方の足で完璧に踏み潰す。
無機質な瓦礫に成り果てた後も、踏み残しがないように丁寧に踏み躙る。
歩くのに邪魔な電線も、電柱ごと蹴り飛ばしてずんずん進んでいく。
時々電線とニーソックスが当たると激しい音と共に火花が飛び散ったが、今や圧倒的な力を持った巨大娘にしてみれば痛くも痒くもない。
むしろ怪獣映画で見たことのある光景に似ていて、マヤをより一層興奮させる要素となっていた。
道路に乗り捨てられた車と道沿いの家々を交互に踏み潰しながら歩いていくと、信号機のある比較的大きな交差点に辿り着く。
交差点に近づくたびに増えていく車列を無慈悲に踏み躙り、交差点の中央に足を踏み入れれば、中央で固まっている車列を信号機と一緒に踏み潰す。
角にあるコンビニエンスストアも、高くそびえ立つサイン看板を蹴り飛ばし、看板駐車場の車を一通り踏んづけてから、建物を上から踏み壊す。
コンクリートの天井はあっさり砕け、一踏みするごとにまるで宝石箱のように鮮やかな品々が宙に舞い上がる。
陳列されていたペットボトル飲料も冷蔵庫ごと踏み潰し、交差点の一角をカラフルに染め上げていく。
やがて瓦礫の塊が無くなるまで踏み締めると、交差点付近はかつての喧騒を失い、壊された建物だけを残して静けさに包まれていた。


住宅街の一区画を潰した終えたマヤは、隣の地区の住宅にも次々と足を踏み入れていく。
木造であろうが鉄筋コンクリート造であろうが巨大娘にとっては何の関係もなく、黒光りするブーツに押し潰されて全て瓦礫と化してしまう。
悲鳴を上げながら住宅を飛び出して逃げ惑う住民達。
CCOではあくまでも街を破壊させるのが目的なので街の住民は生かすも殺すも自由なのであったが、大半の住人は建物ごと潰されたり、マヤの何気ない一歩で簡単に潰されたりしてしまう。
「あはは、あっけないものね」
住宅街を突き刺すようにそびえる2本の両脚が縦横無尽に動き回り、足が動かされた場所の建物が潰されて粉砕される。
マヤは、自分がただ足を振り下ろしているだけなのに、建物がグチャグチャと潰れていく感触がたまらなかった。
一軒家は真上からブーツを踏み下ろして破壊し、アパートもちょっと力を入れれば真っ二つに割れ、そこから順番に踏み潰していく。涼しい顔をしながら、マヤは団地に立ち並ぶマンション群を次々に蹂躙していく。
一棟目はワン、ツー、スリーの3ステップで粉々にし、二棟目は中層部を爪先で蹴り飛ばしてからグシャグシャと踏み躙る。
車でいっぱいの立体駐車場もズン、ズン、ズンとリズムよく踏み潰し、最後に残った一軒も上から押し潰して一瞬で瓦礫に変え、痕跡が残らないように綺麗に踏み固める。
たった一人の少女によって、街一帯の住宅地が踏み尽されてしまったのである。
最初こそ感じていた背徳感はとうに消え去り、マヤはこの世界の支配者となった気分でいられるのが本当に心地よく感じられた。

(続く)