サンタクロース・クライシス

【あらすじ】サンタクロースになった女子高生が山間の町で戯れるお話。
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深々と降り積もる雪に覆われた山間の町。
都心から車で2時間ほどの距離にあるこの町は、田舎情緒を求める観光客が他方から押し寄せる屈指の観光スポットだ。
春は眩しい新緑を、夏は涼しい風を人々に与え、秋は色とりどりの紅葉が木々を彩る。
そして冬が来ると、山は良質な雪質のスキー場に早変わりし、多くの人出で賑わうのだ。
街から伸びている林道を登った先にあるスキー場には、プロのスキーヤーから家族連れの初心者までが楽しめる様々なゲレンデが設置されている。
今日も全国各地からスキー客が訪れ、駐車場は満車状態。ゲレンデにも数えきれないほどの人で溢れかえっていた。
空は抜けるように青く澄み渡っている。新雪の上にシュプールが描かれる度に白い粉が勢いよく舞い、太陽に照らされてきらきらと輝いていた。

午後2時。お昼ごはんを終えたスキー客が続々とゲレンデに集まり、リフト乗り場には長蛇の列ができていた。
すると突然、地面が縦にグワンと大きく揺れた。
突如発生した揺れに人々はみな身を構えた。そしてまた地面が一つ揺れる。
やがて揺れる感覚が徐々に短くなっていき、ズシン、ズシンと周期的に地面が揺さぶられるようになった。
何かが起こる予兆のように揺れが続く。物言えぬ恐怖に怯えて、泣きじゃくる子どもや座り込んでしまう人もいた。
人々の悲鳴が徐々に大きくなっていったその時、ゲレンデに居た一人の客が山の頂上の方を指さした。
ゲレンデに居た人々は一斉に男の指先と視線を合わせる。そこには、このゲレンデを抱える山よりも大きな、サンタクロース姿の少女の姿があった。
少女は青い眼をキラキラと輝かせながらこちらを見ている。どうやら我々を観察しているようだ。
頭にはサンタ棒を被り、赤く映えるサンタコートに身を包ませ、足元は薄茶色のブーツで覆われている。
少女はしばらく下界を眺めていると、口元を緩ませてぱっと明るい笑顔を浮かべた。
「あははっ、ちっちゃい小人さんがたくさんいる!」
ゲレンデに伝わる有線の拡声器の声よりも遥かに大きく響き渡る少女の声。
まだ子供っぽいその高い声は、小人の耳を劈く。思わず両手で耳を塞ぐ姿も見受けられた。
サンタ服の少女は山を切り開いた白いゲレンデを見つめていると、標高の高い部分に小さな点がいくつか動いているのを発見した。
それはゲレンデの頂上から颯爽と滑り降りている、プロスキーヤーの姿であった。
少女の瞳はスキーヤーの動きに合わせてゆっくり動かされている。
滑っている側は特に気にしていないようだが、もし巨大な少女の瞳に捉えられていると分かったならば、それこそ気が気でないだろう。
「あ、もしかしてこれがスキーってやつなのかな? 私もやってみていい?」
少女はそう言うと、巨大な体で隠されていた右手を持ち出し、白く輝く手をゲレンデの山頂部にそっと乗せた。
手のひらを地面に付け、指先をしなやかに動かして地面とぴったり合わせてみる。しかし少女の手のひらがすっぽり収まるスペースなど最頂部には存在せず、上級者向けゲレンデのリフト降り場を指先で押し潰してしまった。
少女の華奢な指であっけなく潰されてしまう人工物。少女はそのまま手をゲレンデの方へスライドさせる。
指を広げた少女の手の幅はおよそ50m。上級者ゲレンデの幅を優に超していた。
自らの意志を持って動かされる少女の手は、ゲレンデを直滑降で滑り降りる。
その速度は凄まじく、世界レベルのトップスキーヤーでさえ逃げ切ることは叶わない。迫り来る白い指の間に巻き込まれて、雪の塊と同化して消えてしまった。
「えへへ、楽しい~♪」
少女は純真無垢な笑顔を浮かべながら、細い指と手のひらでゲレンデを破壊する。
少女の手の動きを遮るものは何一つとして無く、林立する木々も根元からなぎ倒しながら進んでいく。
へし折られた木々はすべて少女の指の中に飲み込まれていき、バキバキと音を立てて粉砕される。
やがてゲレンデの中腹部の広場まで滑らせると、少女は一旦手を休ませた。
この先に広がるのは中級車向けゲレンデ。傾斜はややなだからになり、幅も少女の手の幅より若干広くなっていた。
少女は小休止を終えると、また片手で斜面を滑り降り始める。
今度は手を左右に動かしながら、ゲレンデ全体を撫でるように滑らせる。
巨木のような太い指が軽やかに動かされ、リフトの支柱や立て看板を次々と薙ぎ払う。
もちろん少女の手の動きは小人達の滑り降りる速度よりも格段に速かった。
冷や汗をかきながら必死に滑り降りるスキーヤーもまるであざ笑うかのようにスッと手の内に飲み込まれた。
慣れない猛スピードな速さで滑り降りる中級者。ふっと、小さな段差に足を取られて勢いよく転んでしまった。転がり落ちる足の隙間から斜面の上の方を見ると、もうそこまで巨大な指が襲い掛かって来ていた。そして、次の瞬間目の前が真っ白になった。
ゲレンデに立ち止っていたスキースクールの集団も、指と当たった瞬間に吹き飛ばされたり巻き込まれたりしてしまう。
そして少女の手が通った後には、文字通り真っ白なフィールドが寂しく広がっているだけだった。

中級者ゲレンデも一掃した少女は、いよいよ最下部のファミリーゲレンデへと手を伸ばす。
沢山のスキー客が利用しているこのゲレンデ、障害物もほとんど無く、地面はなだからに整地され、下の広場にはチケットセンターやレストハウスが建っている。
この先のゲレンデの幅は中級者ゲレンデよりも幅が二回り広くなっており、片手だけではひと思いに破壊し尽せない。
しかし逆を言えば、少女はまだ自身の体の中でまだ右手しか使っていないのである。それが対象物が大きくなったとき、どうなるか。
「うふふふ……」
少女は、今度は黒い含み笑いを浮かべた。腰に据えられていた左手をゲレンデに下ろし、両手を地面に合わせる。
駐車場からリフト1本で行けるこのファミリーゲレンデは、多くのスキーヤーや家族客で賑わっていた。
たくさんの点みたいな人が蠢くゲレンデを見た少女はさらに興奮を高まらせ、裏返った幸福感を感じながら手を滑らせてゆく。
幾数多の小人を巻き込ませていくが、指に当たる感触などは感じられず、微かに皮膚で感じられるのは地面のちょっとした凹凸のみだけであった。
傾斜の緩急など能動的に動く少女の巨大な指には何も関係なく、猛スピードでゲレンデを滑り降りていく。
たくさんのスキー客を乗せたリフトは支柱ごと薙ぎ払って小人を宙に舞い上がらせ、少女が手を滑らせた後の硬くなった地面に叩きつけられる。
突然の轟音と地響きに泣きじゃくる子ども達。親も何とかして子供達を助けたいという一心で、逃げる道を探し出す。
だが、雪崩よりも恐ろしい白く太い指はすぐそこまで迫っていた。
差し迫るタイムリミットは、確実に人の平常心を奪ってしまう。
幅いっぱいに広がる巨大な両手によって飲み込まれてゆくゲレンデには、逃げ道など存在し得なかった。
ゲレンデから人影が1人、2人と次々に消えていき、周囲に木霊していた悲鳴も徐々に薄れてゆく。
雪と共に様々な人や物を飲み込ませながら、指先に大きな雪の塊を作り上げる。
ゲレンデ最下部の広場でパニック状態になっている人々を雪山の中に埋め、少女のスキー遊びが終わった。

少女は広場に築き上げられた雪の塊を見つめると、何かを思いついたようにぱっと明るい顔を見せた。
そして広げていた両手を囲うようにしてずずずっと動かし、雪をかき集めて小高い雪山を作る。
ついでに広場に建てられていたレストハウスも指の横部分で軽く崩し、瓦礫ごと移動させる。
ゴミが固まったような雪山を前にした少女は、悪戯っぽい表情を浮かべて手を胸の前に持ってくると。指をくねくねさせて雪の中に突き差し、山を両手で突き崩した。
リフトの支柱の破片や建物の瓦礫と一体化した雪山を両手で揉みほぐしていくと、様々な物質が混じり合った黒っぽい山に変化していく。指先だけで破壊した建物の瓦礫も一緒に粉々に握り潰してあげた。
かつてスキー場の運営を支えてきた人工物が少女の柔らかい指でグシャグシャに壊され、圧縮して折り曲げられて潰される。
仕上げに駐車場に固まっている車をまとめて押し潰したり握り潰したりすると、多くの人で賑わっていたスキー場には動いているものは何も残っていなかった。

スキー場をメチャクチャに破壊したサンタ姿の少女は、立ち上がり首をぐるぐる回して周りの様子を確認してみる。
山の中で開けているのはこのスキー場近辺のみらしく、駐車場から伸びている林道を辿っていくと、下界の平野にいくつかの建物が見えた。どうやら、この谷を下った先に街があるようだ。
そして道路がある谷のあたりは周囲と比べて木々の茂みが薄いようだった。"歩いて"いくにはちょうどいい道であった。
しかし少女は、林道入口付近の少し開けた広場にぺたんと腰を下ろす。ガードレールや道路標識をいくつか押し潰してしまっていたが、まあ気にしないことにする。
「私も、そり遊びしてみてもいいかな?」
縦幅5m以上ある大きな手を、森を薙ぎ倒しながら地面に下ろして、足を少し持ち上げながら手を少しずつ掻き分ける。すると、体がゆっくりと前へ進んでいく。そしてそのまま加速度をもったお尻は、斜面を荒々しく削り始めた。
前方に投げ出した足で木々をなぎ倒し、道を切り開いてゆく。あらゆる物をお尻で敷き潰しながら、斜面を豪快に滑り降りる。
九十九折りに曲がりくねっている林道も直線的に刈り取り、アスファルトごと削り取ってしまう。もはや少女を止められるものなど何もなかった。
巨大なお尻の下で雪が大地ごと抉れ、地形そのものまで変えられてしまう。
少女のお尻が通った跡は、土砂崩れが起こった後のような茶色の土面が顕になっていた。
やがて傾斜がゆるやかになり、下界の街が大きく見えてきた。すると、少女の体の向いている方向に小さな集落があるのが見えた。
少女は慌てて両手を付いてブレーキを掛けようとしたが、勢いのついた大きなお尻は簡単には止められなかった。
裾野の民家をスカートに包まれたお尻で数十件挽き潰すと、ようやく少女の動きが止まった。
たった一人の少女が山を下ってくるだけで何億とも下らない被害を出してしまう。この街の命運は、もはや彼女のきまぐれに左右されていた。

何はともあれ雪山から下りてきた少女は、この街の集落を改めて眺めてみる。
まず今少女の足元に広がっているのは、湯けむりが数本地上からゆらめいている温泉街。
季節を通じて多くの観光客が訪れるこの街の一大宿泊地となっている場所だ。
建物も古の木造旅館から立派な鉄筋コンクリートのホテルまで様々で、この街区の賑やかさがありありと伝わってくるようだった。
そんな街並みもこの少女にとっては、とても壊し甲斐のある玩具のような存在だった。
街道入口の建物を数件まとめてグシャッと踏み潰すと、そのまま足を自由自在に動かして温泉街を散策する。
ありとあらゆるものが少女の靴の下に消えていき、潰れた瓦礫が新しい街の形を形成していた。
「えへへ、小人さんの作ったものって、すっごく脆いんだね~」
可愛げな声で残酷な言葉を発する少女。生足の下に履かれているブーツで温泉街を蹂躙していく。
2階建ての小さな民宿は、隣の駐車場と共に茶色の大きなブーツで一瞬で踏み潰される。
7階建てのビジネスホテルも少し足を高く持ち上げて踏みつけてやれば、上層部がグシャッと潰れる。
そしてそのまま足を踏み下ろせば、無残にもブーツと接触した部分から粉々にされてしまう。
少女の足が上げられたとき、そこには建物があった跡形もなく平らな土地が広がっていた。
街で一番大きいグランドホテルも、容赦なく巨大サンタの餌食になる。
一番大きいと言っても、その広さは少女の靴4個分ほどしかない。
少女が客室棟の一つに爪先蹴りを食らわすと、上層部がその部分から折れて地面に落下し、細かい瓦礫に分解される。
少女は右足で客室棟の残った部分を踏み潰し、左足で地面に衝突した上層部の瓦礫をグリグリ躙っていく。
また隣の客室棟にも足を踏み入れ、併設されている大浴場の露天風呂も蹴り崩した建物の瓦礫で全て埋め尽くす。
また、温泉街に混じるように建っている民家も適当に踏み潰していく。
ただ歩くだけで建物は抵抗なく潰れてしまうが、ちょっとだけ力を入れて意識的に民家を潰してあげる。
雪の重みに耐えられるように設計された屋根も巨大娘の重みには耐えることができず、あっけなく圧縮されてしまう。
少女が足を踏み下ろす度に、地面に大きな茶色い足跡が増えていく。そして、街の中から色がまた一つ消し去られていく。
人類の叡智を超えた巨大な姿の少女は、まさに地球上で無敵の存在となっていた。
最後に中心部へと架かる大きな赤い橋を踏み壊すと、少女は茶色く染まった集落を一瞥した。
巨大なサンタクロースによって街は丸ごと破壊され、建物の瓦礫があちらこちらに点在している。
スキー場に続き、温泉街も破壊し尽した少女。だが少女は、まだこの街に来た"目的"を果たしていなかった。


温泉街の脇を流れる大きな川を半歩で歩き渡り、多くの建物が密集している中心街へ歩いていく少女。
片道3車線ある大きな目抜き通りが目立つ中心街。多くの車や通行人が行き交い、通り沿いには少し高めのビルもいくつか建てられていた。
まさに街の中枢部となっているこの地区にも、巨大娘の足音が響いてきた。
先程までは遠く離れた山の裾野に居た少女の姿が、1分も経たないうちに中心街のすぐ近くまでやってきてしまった。
聖なる白い雪に覆われた大通りをじいっと眺める少女。
「小人の皆さんこんにちは、メリークリスマス!」
雷鳴が轟くような声で街往く小人に呼びかける巨大サンタ。
住民達も少女の巨大な姿を見て慌てふためいた様子だった。少女はまだにこやかな笑顔を見せている。
「ふふ、じゃあせっかくだし、私からのクリスマスプレゼントをあげるね」
すると少女は、街の大通りを跨ぐように四つん這いになってみせる。
道路の一部とその沿線の建物を体全体で包み込むように手と脛を地面に着地させる。もちろん手が下ろされた付近で家が潰されるなどの少々の破壊はあったが、そんな些細なことは最早気にしない。
「私の吐息で、みんなをあたためてあげる!」
少女はそう言うと大きな口を開けて、上空で思い切り息を吸い込んでやる。
そして息を止めたまま少女の上半身を支えていた腕が折り曲げられ、幼く可愛らしい顔が小さな街に近づけられる。
大きな口を緩やかに開けたまま、少女は街に向かってゆっくりと吐息を吹きかけてあげた。
生暖かくて湿り気のある美少女の吐息は、凍てついた空気の街を一瞬で変えてみせる。
まず歩道に立っていた見物人の服が台風中継さながらに靡き、体力のないものはその場で転倒してしまう。
吐息がかけられた場所の雪は表面から融解が始まり、道路に水たまりが作られ始めていく。
少女は吸い込んだ全ての空気を出し切ると、再び顔を上げて息を吸い込む。
2回目の吐息。甘酸っぱい少女の風が街を襲い、街を水浸しにしていく。
だが異変はこれだけではなかった。少女の口元にある7階建てのホテルが、ギシギシと音を立てて傾き始めたのだ。
建物の隙間から何かが漏れ出していた、濃灰色の液体か固体かよく分からない物質だ。
少女は再び息を全て吐き出すと、3度目の吐息を吹きかける。

はああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………………………
道路の雪が融けて黒いアスファルトが見え始めた瞬間、少女の吐息が直撃していた建物がボキボキと音を立てて折れ曲がり、しばらく空中を浮遊した後に地面へ崩れ落ちた。
少女が吹きかけた突風が原因ではない。建物は吐き出される息と垂直方向に折れ曲がっていた。
突然の事態に慌てだす住民達。だが少女の吐息に支配された街は、既に取り返しのつかない事態に陥っていた。
一つ崩れた建物を皮切りに、周囲の建物もミシミシと音を立てて歪ませられていく。
街に襲い掛かる4度目の吐息。冬らしい雪景色を見せていた街並みは既に見る影もなく、生暖かくじめじめとした熱気が取り囲んでいる。
そして街往く住民に降りかかる最大の悲劇。道路沿いの建物が次々と根元から折られ、大通りに襲い掛かる。
コンクリートが砕ける音が聞こえて上を見上げると、へし折られた建物が支えを失って降ってくる。
それが今度は2、3軒連続して降りかかり、逃げ惑う住民を下敷きにしてしまう。
「あれぇ?私の息ってそんなに強かったかな? 何だかごめんなさいね」
少女が知らず知らずの間に次々と建物が崩壊していくが、とりあえずこの付近の街区は暖めることができたのでよしとする。
少女は地面に付けている手足を動かし、ズシンズシンと地響きを発生させながら移動していく。道路上に散らばった建物の残骸も手のひらと脛で適当に押し潰しながら進む。
600mほど四つん這いの状態で歩いて次の街区に辿り着くと、再び少女は息を吸い込んだ。
息を吸い込むその姿はまるで怪獣が溜め攻撃をする直前の光景のようだった。彼女はまた街に絶望の吐息を吹きかけるつもりなのだ。先程の惨劇を目に焼き付けていた北側の住民達は、全速力で少女から遠ざかろうとする。
そして少女の顔が街のすぐ近くまで下げられたとき、

ふうぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーっっっっっっっっ!!
少女の口が窄められ、小さな穴から猛烈な突風が噴き出した。
今までとは比べ物にならないほどの風。地面に積もった粉雪が勢いよく舞い吹き上がり、通り全体が真っ白に霞んでいく。
大通りを這いつくばるように走っていた小人は有無を言わさず上空に投げ出され、路上に停められていた車も空中に吹き飛ばされる
少女の息が作り出すスノーホワイトな地獄。地吹雪と竜巻が同時に発生したようだった。
「あ、息の吐き方を間違えちゃった。ごめんごめん」
目の前で起こった惨状を可愛らしい声で取り繕う少女。地面に叩きつけられる人間や車の姿を見ても特に悪気無さそうな様子だ。
気を取り直して、再びお腹に空気を吸い込んでゆく。サンタ服に包まれた赤いお腹がぷくうっと膨らむ。ゆっくりと吐き出してゆく

はああああぁぁぁぁぁぁぁぁ…………………………
少女の口から吐き出される生暖かい風が大通りを支配する。ビルに吹き付けられた雪が融けて壁面を程よく濡らす。
だがとけているのは雪だけではなかった。
三度、大通り沿いの建物にヒビ割れのような音が木霊する。
建物が内部から悲鳴を上げているような静かな音。だが建物へのダメージは確実に大きくなっている。
コンクリートが軋むような音は少女の耳にも微かに聞こえていた。そして少女は、何かを思いついたようにニヤリと笑った。
少女は地面につけていた両手のうち右手を持ち上げると、指をゆっくりと折り曲げて軽く握ってみる。
そして少女の巨大な握り拳が、黒々としたアスファルトの上に叩きつけられた。

グワッシャアアアアアァァァァァァンンンンンン………………
力強い地響きと共に、脆くなった建物が見るも無残に鉛直に崩れ落ちる。
街で有数の高さを持つビルが、ものの数秒で瓦礫の山と化した瞬間だった。
崩れ落ちたコンクリートの瓦礫の中からは、ドロドロに溶けきった生黒いクリーム状の液体が溢れ出ていた。
そう、少女の吐息は、知らず知らずのうちに街中の鉄を溶かしていたのである。
小人の文明を手で触れることなく破壊できる能力を持った少女は、ズンズンと大通りを侵攻していく。
少女の生暖かい風が何度も吹きかけられることで大通りの雪を融かされ、コンクリートの鉄筋や外壁の建材も一緒に溶かされてゆく。
鉄を失った街はもはや都市機能を失っていた。あらゆる建物が少女の息で崩れ落ち、白煙を上げて最期の瞬間を迎える。
少女は何も知らないまま街に息を吹きかけ続ける。少しでも暖かくなってもらおうと風を送っているのに、何故か周囲の建物が崩壊してしまうのだ。
二、三回息を吹きかけられた建物は十分な強度を失って倒壊し、通り脇の立体駐車場も少女の熱風で車ごとドロドロに溶かしてゆく。
変わり果ててゆく街の姿に、住民は為す術なく少女のプレゼントの犠牲にされてしまった。体全体を包み込む、独特な臭気のある湿った生暖かい風は、逃げようとする足取りを重くさせる。息が吹き付けられた自動車はやがて動かなくなり、外に飛び出た瞬間に崩れてきた建物が容赦なく襲い掛かる。小人が逃げるスピードよりも遥かに速い速度で壊されていく街並み。彼女は逃げ惑う小人に目をくれることもせず、ただ街を暖め続けていた。

少女は街の大通りの終点に辿り着くと、立ち上がって這ってきた道を振り返って見た。
数々の建物が倒壊し、砕かれ、溶かされた街並み。
スキー場、ホテル街、大通り。たった一人の少女によって大部分が破壊された街がこれからどうなっていくのかなど、少女にとっては全く気にも留まらないことであった。
「うふふ、私のクリスマスプレゼント、どうだった?私はすっごく楽しませてもらったよ。それじゃあ、ばいばい」
少女はそう言い残すと、お尻で滑り降りてきた斜面をブーツで踏み締めながら登り、山の向こう側へ消えていった。

(完)