ずずぅん……
ずずぅん……

1人の女性が街に近づいていた。
地鳴りを響かせながら。


「昨日このあたりは大雨だったようだけど、足場は問題なし……と。
 この山を越えたところが今回の遊び場か。
 さほど悪くなさそうだね。」


九尾の狐娘、八雲藍である。
彼女の身長は約800メートル。
街の西側の境界となっている山の標高はおよそ250メートル。
膝の高さまでようやく届いているという程度の低さだ。

これから踏み入れる街を見たわす彼女。
この街は大きく西エリアと東エリアに分かれている。
彼女から見て手前側、
つまり西エリアの方が東エリアより栄えており、大型駅や高層ビルのある地区がある。
一方の東エリアには北から南に向けてぐねぐねと大きな川が流れているが
大型商業施設や数多くの住宅街などがあり、いわゆるベッドタウンとなっている。


「今回は単に遊びに来ただけなのだけど、
 その前に、せっかくだから実験も行っておこうかな。」


そう言うと右の人差し指を立てる彼女。
その指先には火のように揺らぎながら彼女のこぶし大の光の玉ができあがる。
そしてそれを放り投げる。

光の玉は街の上空を通っていき、街の北東部へ。
そこにあるのは、ダムである。

どごぉぉん……

数キロ離れたところに着弾したため
彼女の居るところまではほとんど音は届かなかった。


「うむ、火力も狙いも予定通り。
 施設の損傷も想定通りのようだ。」


狙い通りになったため小さく笑みを浮かべる彼女。

一方のダムはというと、たしかに破損はしているが崩壊はしていない。
といっても、壁には無数のヒビが入り、水が漏れ出しているところも複数ある。
数キロ離れたところではほとんど音が届かなかったというだけであり、
着弾点付近には相当の威力の爆発が起きていたのだ。

要するに、ダムは致命的な損傷を受けてしまった。
このままでは自然崩壊するのも時間の問題だ。


「さてと、先ほどのは開始の合図としてはちょうどいいだろうし、
 始めてしまおうか。」


ずしぃぃん……
ずどぉぉん!

1歩目で街の境界となる山の頂上を右足で踏みつける。
素足でしっかりと山の尾根を踏みつければ
簡単に沈んでいき、深さ10メートル近くの足型の谷を作り上げていく。

そのまま2歩目で山を越えてしまい、麓の住宅地へと左足を踏み下ろす。
長さ約120メートル、幅約50メートルの足は
そこにあった民家や田畑を一瞬でぺちゃんこにして踏み固めてしまい、
足跡で上書きしてしまった。


「このくらいの建ち並び方だと、
 ひと踏みで民家を40前後ほど踏みつぶせるといったところか。」


どしぃぃん!
ずしぃぃん!

行為を楽しむ以上に自身の起こしている状況を分析しながら住宅街を踏み荒らす彼女。
もちろん直接踏みつぶしたところ以外も無事では済まない。
足を下ろす勢いと衝撃で暴風が衝撃波となって襲い掛かったり
踏みつけにより足の周りの地面が盛り上がったり沈んだり。
足跡の周りの建物もひとつ残らず崩壊してしまうのだ。


「まあ住宅街のつくりは他の街と大差がないし、
 軽めに済ませてしまおうかな。」


ずどぉぉん!
どすぅぅん!

軽めにといっても踏みつける力が手加減されるわけではなく、
住宅街に地響きと轟音が何度も響き渡り続ける。

この住宅街で最も大きなマンション、
10階建てで1フロアに10部屋あるような大型マンションでも、
彼女のひと踏みで100部屋すべてが一瞬で踏みつぶされてしまった。

それもそのはず。
彼女が軽く足を上げるだけでその高さは100メートル近くにまで届く。
10階建てのマンションだろうと簡単に屋上から地面まで踏みつぶしてしまえるのだ。
さらには1フロアに10部屋あるような広さでもひと踏みで覆い尽くせてしまう。

彼女にとっては少しだけ踏みごたえがあるかもしれないが、その程度だ。


「こんなところか。
 そろそろ中心部に行ってしまおう。」


彼女が街に侵入して数分、
軽めにと言っていた割には8割以上の建物が崩壊していて
住宅街は既に壊滅状態になっていた。

ずしぃぃん……
どしぃぃん……

住宅街を後にして向かったのは住宅街の最寄り駅。
ホームはひとつであまり大型の駅ではない様子。
そこまでの距離は1キロメートル弱。
しかし道路を無視できる巨大な彼女には5歩で着いてしまうほどの近さだった。

ずどぉぉん!

一瞬で駅舎とホームがすべて踏みつぶされてしまった。
踏みつけるというためらいが感じられないのはもちろんのこと、
これから駅を踏みつけるぞという意思を感じられる動きさえなかったのだ。
まさに、通り過ぎるついでの踏みつぶしだった。

中心地へと向かう彼女は線路どおりに進むことしか考えていないようで、
小型の駅程度では興味を持たれない程のようだ。

どしぃぃん……
ずしぃぃん……

線路に従いながら中心地へと向かう彼女。
線路上を逃げる電車を見つければ1両残らず踏みつぶしていく。
たとえ時速60キロメートル近くで電車が動いていたとしても
彼女にとっては1秒で4センチも動いていないように感じられるのだから
逃げられるはずもない。

電車が居ないときには線路を踏みつけているが、
彼女のひと踏みで線路が100メートル近く踏みつぶされてしまう。
当然ながら100メートル近くの線路を作り直す必要があり、
それも1か所ではなく彼女の足跡の数だけ作り直さなければならない。
元通りにするには相当な年数がかかるだろう。


「……おや、これは。」


次の1歩で中心地のエリアに侵入するというその瞬間に足が止まる。
線路沿いに彼女が見つけたのは陸上競技場である。

400メートル走ができるトラックとその内側にある芝エリア、
そしてトラックを囲うように設置されている観客席。


「なかなかちょうどいい広さだね。
 こういうところには足跡を残したくなるよ。」


1歩だけ寄り道するように右足を競技場にかざす彼女。
観客席に囲まれたトラックと芝エリアへと足を下ろしていく。

どすぅぅん……

ゆっくりと下ろされた右足。
足の幅は芝エリアに収まったが、足の長さが少しオーバーしてしまっていた。
トラックのコーナーの部分にかかとが下ろされ、
反対のコーナーの部分に足指が下ろされていた。

彼女がゆっくりと足を上げると、
そこには足跡が綺麗に刻まれていた。
トラックも芝エリアも踏みつぶされてしまった陸上競技場は
足跡観察場に変わってしまったのだった。


「うむ、記念としてなかなかいいじゃないか。」


満足したようで尻尾を小さく揺らしながら
彼女は再び中心地を向き、ついに中心地へと踏み入れた。

道路は片側2車線のところが多く幅も広い。
道路沿いには数階建てのオフィスビルが建ち並んでいる。
そして駅周辺にはバスロータリーや大型百貨店などがある。

いかにも人がたくさん居ると言わんばかりの街並みだ。


「私がこの街に来て5分は経っているのだから、
 逃げ遅れていても文句は言えないね?」


彼女が街にやってきたこと自体は街の人々に伝わっていて避難を始めていた。
しかし皆が一斉に避難を始めてしまったせいで大通りは大混雑。
身動きが取れなくなってしまっていた。
さらには動けないと判断した一部の人々が車を乗り捨てて逃げてしまったようで、
混雑がさらに悪化していたのだった。

そんな車まみれの道路に彼女は容赦なく足を踏み下ろす。

どしぃぃん!
がしゃぁぁん!

片側2車線では彼女の足の幅よりも狭い。
通り沿いのビル群もまとめて踏みつけていき、
建物も道路も車も人も、そこにあるすべてのものを一瞬でつぶしてしまった。

彼女が踏みつけたところにはぺちゃんこになった成れの果てが底に貼りついた足跡が刻まれていて
住人にとっては通れるような場所ではなくなってしまう。

もちろんこれは彼女にとってただの1歩でしかない。

ずしぃぃん!
ずがぁぁん!

何度も何度も大きな足が大通りに降り注ぎ襲い掛かる。
数十の車や十棟近くのビル、100メートル近くの道路やアスファルト、
そしてそこに居る100人以上の人間たち。
彼女の1歩1歩は毎回これだけの被害を起こしているのである。


「まあ10分程度では避難するには時間が足りないことくらいは理解しているけどね。
 この調子だと、駅の方も……」


どしぃぃん……
ずしぃぃん……

今度は道路に従うことなく真っすぐに駅へと向かう彼女。
足元にあった建物をすべて蹴散らして踏みつぶしていって新しい道を作っていき
駅に着くと少し屈んで様子をうかがう。

中心地の駅ということもあり、ホームが4つある。
停まっている電車もいくつかあり、ホームは大量の人で溢れかえっている。


「やはりこんな状態か。
 急いで逃げたいという気持ちは理解するけど、私は逃がしてあげないよ?」


そう言うと両足で地面を蹴る彼女。
ふわりと彼女の体が宙に浮く。

3秒ほど上昇を続けると今度はその高度を下げていく。
着地予測点はもちろん駅だ。

ずどぉぉぉぉんん!!

そのまま両足で駅に力強く直地した彼女。
大きな縦揺れと衝撃波が周囲に広がっていく。
着地した駅の建物やホームは電車ごとひとつ残らず粉々になってしまい、
さらには衝撃波により彼女の着地点にクレーターができあがってしまっていた。

周囲の建物のガラスは衝撃波により全て粉々に割れて地上に降り注いでいき、
地上にあった車たちも縦揺れで浮き上がったり衝撃波で吹き飛ばされてしまったり。

彼女が一度ジャンプをしただけで駅周辺は大惨事となってしまった。


「跳ねるだけでこうなるのは少し興奮してしまうよ。
 私がここに来るまでに逃げだであろう電車はこれから追いかけるとして……
 そろそろ時間かな。」


仁王立ちの彼女はふと遠くに視線を向ける。
街の北東側、最初に光の玉で攻撃したダムの方だ。
ひび割れから漏れ出す水の量が増えており、緊急放流を行っているようだ。

すると突然、ダムの壁が崩壊してしまった。
ついに耐えきれなくなったのである。
前日の大雨でしっかりとたまっていた大量の水が一気に下流へと流れ始めていく。


「うむ、崩壊する時間も予想通り。
 強度や耐久性に対する私の事前計算の結果は正しかったというわけだ。」


小さくうなずく彼女。
最初にダムを攻撃した理由のひとつは強度が計算通りか確かめるためだったのだ。

事前に予想や仮説を立て、実際に実験や測定を行い、その結果から考察を行う。
まさに研究の基本的な流れである。
彼女の知的好奇心を満たす行動のひとつに過ぎなかった。
もっとも、実験による犠牲は人間にとっては相当なものであるが。


「さてと、このあたりでもっと遊んであげてもいいのだけど、
 まだ確認したいことがあるから行かないとね。」


ずしぃぃん……
どしぃぃん……

中心地の被害はまだ3分の1ほどであるが、
彼女は線路沿いに東へと進んでいく。

中心地では線路は高架化されているため、
線路を高架ごと踏み抜いていく。
復旧にはさらに時間がかかりそうだ。


「……っと、やはり現れたね。
 時間もほぼ想定通りだ。」


中心地を抜けて東エリアに入ろうとしたそのとき、彼女は視線を上げた。
戦闘機が数機飛んできたのである。

街を破壊している危険な生物から街を守るためにやってきたのだ。
当たり前といえば当たり前かもしれないが。


「それが使命だろうけど、
 その勇気をたたえて30秒あげようかな?」


彼女は立ち止まって仁王立ちになり、豊満な胸をはってみせる。

その姿を見た戦闘機たちは早速攻撃を仕掛けていく。
機銃による攻撃やミサイルによる攻撃。
ある者はお腹を、ある者は手を、ある者は胸を攻撃していく。


「……せめて肌を露出している部分を狙えばいいのに。
 私が露出の少ない服装であるというのは認めるけども。」


あまりにも大きさの差があった。
機銃攻撃が衣服に当たったところで布を貫通することはなかった。
ミサイル攻撃も着弾して爆発が起きるものの、
布がすすけたり焦げたりする程度であった。

もっとも、素肌に攻撃されたところで彼女に傷がつくことは全くなかったのだが。


「いや、服が汚れる方が後々少し面倒かもしれない……?
 とにかく、30秒経ったから反撃といこうか。」


腰に当てていた手を持ち上げると早速近くの戦闘機に振り下ろす。

どごぉぉん……

叩いたというよりも軽くひと振りした程度で戦闘機は真っ逆さまに墜落していった。
そのまま彼女が何度か手を動かす程度でひと振りごとに1機撃墜していく。

あっという間に2機以外を全て撃墜した彼女。
思わず残りの2機は撤退を開始しようとする。


「ハエよりも遅いのに、逃がすわけないだろう?」


ずずぅん……
どかぁぁん……


彼女が1歩踏み出して大きく腕を振り下ろすと
逃げようとした2機をまとめて叩き落してしまった。

たとえマッハ1の速さで逃げようにも、
今の彼女にとっては秒速1メートルにも満たないのだ。
さらにはハエのような素早い方向転換も不可能だ。
残念ながらハエ未満と思われてしまっても仕方ないのである。


「思ったよりあっけなかったね。
 無駄な抵抗をするより住人を逃がすことに専念した方がいいと思うのだけど、
 立場上抵抗しないといけないのは理解するよ。」


戦闘機を全滅させると小さくため息をついてから再び東へと進んでいく。

ずしぃぃん……
どしぃぃん……

通り道に大型商業施設を見つけるとまずは駐車場に踏み入れる彼女。
ひと踏みで駐車場の半分ほどを粉々にしてしまった。

ずどぉぉん!

そして次の1歩で施設の建物に左足が襲い掛かる。
衣服店やおもちゃ屋さん、靴屋さんなどなど。
施設の建物の端の方にあった店舗たちは
一瞬で彼女の足でつぶされて跡形もなくなってしまった。

がしゃぁぁん!
ずがぁぁん!

彼女は一切止まる様子はない。
容赦なく施設を踏み荒らしていく彼女。
ひと踏みごとに建物がどんどん崩れていき、
施設の建物は完全に解体されて瓦礫と化してしまった。
たった20秒ほどの出来事である。


「ふむ、このあたりは他にめぼしいところはなさそうだね。
 キリもいいし、一旦確認に向かおうか。」


ずしぃぃん……
ずずぅぅん……

周囲を見渡してから方向転換して北へと進む彼女。
何か目的があるようだ。

といっても彼女の目には既に見えていた。


「ふむ、やはりあちこちで氾濫しているね。
 大きな状態でなければなかなか恐ろしい光景だよ。」


先ほどのダム崩壊により大量の水が川に流れ込んだことで
あちこちで氾濫が起きていた。

川沿いの地区はほとんど少なからず水没している。
道路が小川のようになって足首が浸かるだけのところもあれば
民家の1階部分にまで水が入り込んでいるところも。

今から逃げるには既に手遅れの状態になっている。


「水たまりの上を歩いているようでなかなか新鮮だね。
 氾濫も無事に観察できたから最後にアレを見ておかないと。」


ずしぃぃん……
ばしゃぁぁっ……

洪水となっている地区を進んでいく彼女。
踏みつけによる衝撃が水の波紋となって見えるようになっている。

彼女が真っすぐ向かった先はとある施設だった。
その施設に着くと屈んで中の様子を見渡す。


「ふーむ、思ったより人が少ないね。
 せっかくダムが崩壊する時間を遅らせて避難する時間を与えたのだけど……」


その施設とは避難所に指定されている建物だった。
彼女の実験とは、ダムの強度を検証することだけでなく
避難勧告が出てからどれほどの人間が避難しているかも検証していたのだ。

なお結果についてはやや不満な様子。


「たしかに与えた時間は30分にも満たないから、これでも少なすぎただろうか。
 とはいえ、しっかり避難ができていることには感心するよ。
 ご褒美は……特に用意していないけど、せめて身の安全は保障してあげよう。」


ゆっくり立ち上がって軽く見渡す彼女。

近いところは洪水で大惨事、
遠いところは先ほどまでの破壊劇で半壊や全壊。


「さてと。
 実験は済んだけど、まだ残っている地域もあるし、
 もう少し遊んでから帰ろうかな。」


ずしぃぃん……
どしぃぃん……

彼女はまだまだ遊び足りなかったようだ。
避難所から離れていきながら再び踏み荒らし始める彼女。

水没して孤立した地域に踏み入れた彼女は
足元の民家たちを容赦なく踏みつぶしていき、
踏みつけたときに起きる波で瓦礫を流していく。

彼女はこのまま中心地に向かっている様子。
まだ残っている地区を襲って始末するつもりのようだ。

避難所の人間たちは身の安全を保障された代わりに
彼女の破壊劇を最後まで見せつけられることになったのだった。

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おしまい。