―早送りパート―

連隊長は緊張していた。
上司の師団長とおはなしに行くのだ。連隊長は普通は大佐、もしくは古参の中佐がなるものである。
それに対し師団長は親補職で、だいたい中将。将軍である。
それだけえらい人と話にいくのだから、おっかなびっくりである。


「最近どうだ、シャム大佐。最近不逞な輩が現れたそうだな」
「はい閣下。軍管区多々あれど、我が連隊区を狙いすましたがごとく出没しては、暴戻(ぼうれい)を続けております」
「撃退したという報告を聞かないが、敵を考えて演習をしておるのか、大佐」
「うっ。は、はい」
「今までの教練、戦術では駄目だぞ。敵は一人で一ヵ国の戦力だ。余程上手く戦わねば、通用せん。わかったか」
「ははッ、仰せの通りであります」
「我が第四師団は諸君らの戦果のみを期待する」

むずかしい言葉を使って話しているが、連隊長はやんわりと叱られたようだ。



「と言うわけだ、カール大尉」
「ははあ、演習もなしに、新兵まで戦いに参加させるのは酷でありましたね」
「ちょうど古兵がみーんな辞めた時期だからな。今から全連隊を以て演習の準備をする」
「はッ、動員でありますな。装甲車と連隊砲を倉庫より引っ張り出します」
「よし…」

連隊長、『どうした第二十五連隊』と書かれた新聞を丸め、「メガフォン」状にして声を響かせる。

「全連隊ッ、集まれ」


【ねこびとシリーズ はじめての、演習】


「演習って、何やるんですか」
「遠足でありますか」
「お菓子は何円までですか」
「お前、一円(当時価格2、3万円)単位でお菓子食う気か」

「静かにせんか!貴様ら、今までのような軍隊ごっこではないのだぞ!命令通りうごけぬ者は罰直だ。事の次第によっては軍法会議にかけ、陸軍刑法に則り処罰する」

カール中隊長、カンカンである。師団長よりの命令で、力が入るのは無理もない。
軍法会議(極刑は銃殺)と聞いては、新兵は震えあがるほかない。一斉に静かになる。

「ひたき、ひたき二等卒はおらんか」
「は…ハッハイ!ここにいるでアリマス」

急いで列より離れ、転んでから前に出る。

「貴様は、演習用の標的を調達せよ。これまで我が軍は、巨人の標的など作ったことがない。なので、作れ。できるな?」
「ハッ、ハイ、喜んでやらせていただきますでアリマス」

銃殺刑はやだ、銃殺刑はやだ!その一心でひたきは無茶な依頼を受けてしまった。ど、どうしよう…。

「よーし、他の兵は解散!ひたき、お前は一緒に来い。公用章を渡す」





「はーあ、あのおっきな標的なんかある訳ないよ…」

既に木材屋、土建屋を当たっても、どこもかしこも手一杯であった。
国営鉄工所で作ってもらう、海軍基地を借りてクレーンにベニヤ板を貼るという手段も考えた。
が、二等卒と言う、したっぱもしたっぱ。相手にしてもらえなかった。

「どうしよう、まだ死にたくないよぉ…ぐすん」

中隊長は銃殺とは言ってなかったが、本人は目的達成せねば必死必至であると勘違いしている。
ひたきは気がつくと射撃場近くの、見晴らしの良い高射砲陣地で、泣きべそをかいていた。
持ってきたあんぱんをかじる。涙といろいろなもので、ぐしょぐしょである。
涙とともにパンを食べたもので無ければ、人生の味はわからない。ひたき、ついに声をあげて泣く。

泣き声が林に響く。

夕闇が辺りに立ち込める。カラスが鳴いていた。

バキバキ、音がする。鳥が飛ぶ。それは次第に大きさを増す。


『誰かしら、そこで泣いているのは?』

ひっ、涙が一瞬で止まる。振り返り、上を見上げる。
そう、連隊の目の敵、巨大メイドがそこに居たのだ。しかしその目には、いつものいたずらめいた光はなかった。

『あら、きみは…こないだ』
「なっ、僕だって、僕だって兵隊なんだぞ!」

ぐい、と涙を袖で拭うと、銃剣をへっぴり腰になりつつも向ける。巨メイド、くすっ、と笑う。大きな手が伸び、銃剣をあっさり取り上げる。

『ねえ、なんで泣いてたの?教えて欲しいな…』

巨メイド、「おんなのこ」座りをして、優しい声で問いかける。ひたきがまた、ブワッと涙を溢れさせる。

「巨人の標的を探して来いって…、でも見つかんなくて、無かったら陸軍刑法でっ…銃殺刑で、でも僕死にたくなくて…っ。また探さなきゃ、ぐすっ」

フラフラと立ち上がり、山を降りようとする。
塹壕に落ちて転ぶ。必死に這い出てくる。
また歩く。切り株につまずき、また転ぶ。
また、歩く。倒れる。
ぐすっ、泣きべそが聞こえる。行かなきゃ、行かなきゃ、という声を呻くように絞り出す。

『…私じゃダメ?』

「…えっ、どういうこと…?」

そんなことって?ひたき、ようやく仰向けになり、巨メイドの方へ向く。泥まみれ、擦り傷だらけのボロボロ。

『私だって、メイドなのよ。お手伝いは得意よ!』

ふふん、と得意げに言う。ひたき、また涙を溢れさせる。顔までぐしゃぐしゃにする。

「ありがとうございます、ありがとう…ありがとう…」

ひたき、泥まみれのおててで、顔を拭く。ついに顔まで泥まみれ。

『ふふっ、かわいい。山の下まで降ろしてあげるね…』

ふわっ、と持ち上げられ、柔らかで温かな、白い手に乗せられる。ひたきはそのまま、眠りこけてしまった。




「おい。起きろ、起きろってば!」

ひたき、目を覚ます。木の天井。連隊の病室であった。いつも木銃を持ってる軍曹が逆さまにのぞき込んでくる。

「あれ…?ここは?」
「大丈夫か。中隊長殿がお呼びだ。おぶってやるから、報告しろ」

巨メイドの手ほどではないが、大きな背中におぶられる。ゴツゴツしてるけど、嬉しかった。

「うわーっ、力持ちですね」
「当たり前だ、何年も軍隊に居るんだぞ」

ゆらりゆらり揺られて、中隊長と会う。相変わらず怖い目してる。

「ひたき、標的は見つかったか。お前に期待していたぞ。どうだ」
「ハッ、ハイ!みっ、見つかりましたで…アリマス!」
「そうか、ご苦労。この功績は大きいぞ。勲章の授与を連隊長と検討する」
「おい、聞いたか、勲章だってよ!喜べ!」

軍曹、背中のひたきを思い切り揺する。

「ほんとですか!?ありがとうございます!」

天気も気分も晴れやか、演習にはぴったりだった。



―早送りパートおわり―



「勝ってくるぞ、と勇ましく…」
「万朶の桜か、襟の色…」

軍歌を歌いながら、演習場に連隊が集まる。その数たるや2000人。戦時編成 だった。

「まずは、連隊砲、大隊砲による準備砲撃。そのあと、歩兵隊による突撃と同時に速射砲も加わり、砲隊は直接射撃して支援。破甲爆雷と刺突爆雷を用いた肉弾攻撃を行う」
「ひええ、肉弾攻撃かよ…」
「ひたき、標的はどこにあるんだ」
「そ、そのうち来るはずであります」

連隊長が大声を出して、状況説明をする。

「我が連隊の熾烈な攻撃は、敵巨人をあの小高い丘に追い詰めた!包囲殲滅せよ。連隊砲中隊、砲撃せよ」

どんどん、と弾を撃ち出す大砲。あたりには真っ黒な煙が立ち込めた。
ひたきはドキドキしていた。来てくれるのかなあ。早く、早く…。

「ひたき、貧乏ゆすりするなッ。そろそろ肉弾攻撃だぞ。準備せよ」
「ハッハイ!」

遂に、標的が必要になった。
作戦内容は、歩兵隊は刺突爆雷(棒に爆薬つけただけ)を使い急所を攻撃。
速射砲隊はそれを援護、敵を撃破するべし、となっている。

だが、標的がない。待てど待てど出てこない。

「…」
「おーい」
「どうしたんだ」
「ひたき、お前標的がないぞ。どうすんだ」

ひたき、汗を滝のように流す。

「お、恐れをなして逃げたんであります」
「ハハハ、面白い冗談だね。やーい、腰抜け!悔しかったら出てこい」

『なんですって?』

響き渡る怒声。ヌッ、と丘から立ち上がる影。

ふわっとスカートがなびく。

ず、ずんと大地を踏みしめる音。

『悔しくないけど、出てきてあげたわよ』

巨大メイドが、現れた。

「ぅんぎゃあああああ、出たあああ」
「きっ、来ました、標的でアリマス」
「お前、バカッ!本物持ってくるヤツが、あるかっ」
「ニ、ニセモノじゃなきゃいけない命令は、なかったでアリマス!」
「このまま攻撃開始だ!作戦通りにやれ、速射砲中隊支援せよ!」

カール中隊長、一瞬慌てたが、さすが陸大出、落ち着き払って命令を出す。

「躍進!目標、敵巨人脚部ッ。突撃にーッ!前へ!!」

バーッ、と歩兵が突っ込んで行く。銃剣がピカピカときらめき、トゲのついた長い刺突爆雷が左に右にと揺れる。

『またいつもの突撃?あなたたちの鉄砲なんか…』

一歩、歩き出そうとした瞬間。何かが顔に当たって爆発する。
砲弾だ。一発や二発なんて話ではない。顔面へのすさまじい猛射。
速射砲が足止めしてきたのだ。脚部や上半身を狙っても効果が薄い。学習してきたのだ。

『痛っ、痛っ!顔狙うなんて!もーっ、ひどーい!』
「よし、怯んでいるぞ。横に散れッ!」

カール中隊長、横型散開を命じる。こうなってはいっぺんに踏み潰すことは出来ない。
早くも第一陣が靴に取り付き、登攀を開始する。黒ストッキングを手がかりに脚に登る。
巨メイド、慌てて振り払う。しかし数が多く、兵隊はどんどん上へと登ってくる。

『あっ、ちょっと…。私がやられちゃったら、おはなしとして…』
「神妙にしろ、日頃の恨みだ」
「このあいだはよくも潰してくれたな、覚悟しろ」

肉攻班がパンツを超えて、お腹、脇腹へとよじ登る。

『あっ、きゃっ!あははは、くすぐったい!きゃははは、やめてー!』

くすぐりに弱いのか、膝をつき、しゃがみこんでしまった。ぐしゃっと、不運な兵隊が膝の下に消える。

「一個分隊が下敷きになりました」
「戦況には問題ない。速射砲隊は撃ち方待て、自軍部隊を巻き込むぞ」
「歩兵隊、敵頚部を狙え。この調子ならやれるな」
「やれる?」
「ああ、殺れるな」
「ええ!そ、そんなひどいっ」
「敵は倒せる時に倒すのだ」

肉攻班、ついに胸元から這い出てきた。それ、もう一息。肉攻班第二陣がさらに脇腹にさしかかる。
さらにくすぐったくなる。

『あっはは、も、もうやめてー!!』

巨メイド、ついにうつ伏せに崩れ落ちる。大きな身体が、攻撃部隊に覆い被さる。
あ、これはまずいパターン。ばったーん、と大きな音を立てて攻撃部隊は潰れてしまった。

突如どかん、と言う爆発音。胸部にいた第二陣隊の、刺突爆雷の爆発音であった。爆発の瞬間胸のあたりが盛り上がり、隙間からたちまち煙が立ち上る。

『ふあっ…』

巨メイドが、熱い吐息を洩らす。

目に宿る喜色。ゆっくりと上体を起こす。

巨大な身体が、大地に立つ。眼下を見下ろすと、うじゃうじゃと兵隊がひしめく。

にんまり、と笑ってみせる。目には、いつもの光り。

『うふふふ、かわいいこねこちゃんたち。私がえっちな演習してあげるわ…』
「速射砲ッ、砲撃再開」

巨メイドは号令に反応し、前掛けを外しバッ、と放り投げる。
そのまま前掛けは速射砲中隊に被さり、ぺしゃんこにしてしまった。
ワンピースドレスに手をかける。ぶちぶち。ボタンを引きちぎり、脱ぎ捨てる。
肉攻班が丸見えになる。埃を払うがごとく、あっさりと肉攻班を振り落とす。


「ニャ、ニャンてこと!ええい、装甲車を出せ」

装甲車がすぐ飛んできて、重機関銃を撃ってくる。半裸状態で、弾が当たってると言うのに、気にも留めない。
突如足を大きく振りかぶって、革靴を飛ばす。革靴は装甲車のすぐ上、轟音を響かせながら、飛び去る。
その勢いのまま連隊砲陣地に直撃し、連砲中隊を粉砕した。野砲陣地を完膚なきまでに破壊したと言うのに、靴は尚も転がって連隊本部天幕に飛んできた。

「うわっ、退避、退避!」
「連隊長殿、お逃げ下さい!」
「大佐!」
「…逃げられるものかよ」

天幕の上に黒光りする革靴が乗り、叩き潰される。これにより連隊本部将校団のほとんどが指揮を取れなくなり、連隊は混乱を極めた。

『えへへ、残るはあなたたちだけだよ…あっけないね、軍隊なんて…』

下着姿に黒ストッキングと言う出で立ち。やっぱり脱ぐんだなこの人。一部の攻撃隊は呑気にそう考えた。

巨メイド、装甲車と残存した攻撃隊をとろん、と見下ろす。逃がさない。ぐわっ、と黒く光るストッキングに包まれた足が、振り上げられる。
装甲車が機関銃を足に向けて乱射する。赤い尾を引いた銃弾が、大きな大きな足の裏に吸い込まれる。が、全く効果がない!

『ふふーん。全然痛くないわ…。かわいそうだから、少し待ってあげるね』

しばらく弾幕を撃ち上げていたが、効かないと諦めたか、全速で後退をする。一緒に、歩兵も逃げ始める。

『あーあ、ほとんど裸足だったのに。そんなおもちゃは要らないね。バイバイ』

素早く超重量を誇る足が装甲車目がけ降ろされた。メキメキともぐしゃあ、とも言う音が響く。
もう片方の足も別の装甲車を捉える。そっちは爆発を起こし、ストッキング越しに刺激を与えた。が、それだけ。
連隊は今や潰走し、統率など取れようもなかった。カール中隊長、怒鳴ってはいるが、結局はその中に加わっていた。
巨メイド、数歩で攻撃隊の先回りをして、仁王立ちになる。

『ねーねー、私と演習するんじゃなかったの?』

誰も答えない。ニャーニャーキャーキャー、悲鳴を上げるだけであった。

『命令通り動けないなら、しょけいだね!私がしょけいしてあげる!』

嬉しそうに声を上げると、むくむくと更に巨大化を始めた。寝転んだら演習場を覆い隠せるぐらい大きいだろう。

ズズズズ…と風を起こしながら、黒ストッキング超重装甲に包まれた足が連隊にのしかかる。
てんでバラバラ、蜘蛛の子を散らすように逃げてるはずなのに、全員が足の下敷きになった。

悲鳴が一層大きくなる。が、更に巨大になったメイドには聞こえるはずもなかった。

『へへー。また負けちゃったね。私のムレムレの足はどうかしら?悪くないはず、ないわよね?嫌なら、やめてあげようかなー?』

誰も答えない。当たり前である。

『嫌がらないなら、いっくよー?フフッ…』

全体重を足にかける。ぶちぶちと潰れる感触。それは、何台か残っていた装甲車の爆発であり、ねこびと達の潰れた時のものではなかった。
もはや、小さくて感じられなかったのだ。

『さ、折角いつもより巨大化したんだし、また街を壊そっ!メイド、メイドがやってきた♪』


連隊と言う、守る者が居なくなった街は、食べられ、潰され、遂には排泄物の山の下となり、全滅してしまった。



「…ひたきの、大馬鹿者め」

【作戦、大失敗】