『不貞腐大怪獣』


ところが、反応はありませんでした。…このまま隠れ果すつもりでいるのでしょうか、うーん。
私は困ってしまって、小さく唸ってしまいます。言葉以外にアプローチ方法が無いのがとにかく不便です。
何しろ優しく、それこそ指の先で撫でる様にノックするだけでも、樽ごと潰してしまいかねないのですから。
「………ええとその中に隠れているのは分かっています。大人しく出て来た方が良いと思いますよ?」
途端に樽の中で強い感情が一気に膨れ上がり、私は少し焦りつつ首を傾げます。
あ、あれ?何だか…怖がっているような…?え…?何に…?…あれー…?
さっきのこともありますし、身の危険を感じるのは分からないでもないのですが、
むしろこのまま樽の中に篭城して、崩れかけた半壊した建物の中で
上陸する私の足元に留まり続けるほうが余程危ない気がします。
ですから、勿論私自身が、隠れている彼、ないし彼女のことをこの目で確認したかったという気持ちも
あるにはありましたが、何よりも純粋にここから離れた方が良いと思ったのですが…
どうしてでしょうか、樽の中の気配は更に頑なになったような気がします。まるで聞き分けの無い子供みたいに。
「…あ、あの………その方があなたの身の為だと思うのですが…」
そのままでいたら、本当に何かの下敷きになってしまう可能性だってあるかもしれませんからね。
すると、漸くでした。どこか観念したような雰囲気が感じられるのが気になるものの、
私の言葉を分かってくれたのか、樽がことりと倒れ、中から小さな人が出てきました。
男の子、でした。と言っても、年の頃はたぶん私と変わりません。
栗色の髪に通った鼻筋。きっと端正な顔立ちだと思うのですが、
やはりさっきの一件に余程驚き、未だにそれを引きずっているのでしょうか。その顔は大きく歪み、真っ青です。
「ごめんなさい。大丈夫でした?怪我とかしていません?」
ですから、少々年不相応な対応とは思いましたが、私はなるべく刺激しないように、
それこそ幼子を相手にするかのような心持ちで、ぐっと覗き込み、柔らかく問いかけてみます。
あ、これでも子供の扱いにはちょっと自信があるんですよね。
こう、打ち解けやすいと言いますか…やたら懐かれると言いますか……
…時々苛められたりすると言いますか……えっと………子供と対等に見られがち………
………じゃなくて!………そう、同じ目線の高さで接することができると言いますか!
勿論私自身子供が大好きなことに違いないんですけれども。
まぁそれはさておき、当の彼は口をパクパクとするばかりで、何も答えてくれませんでしたよ…。
「ひぐっ!」
それどころか、目が合ったと思ったら、まるで首でも絞められたかのような、
情けない悲鳴と共に、彼はいきなり私に背中を向けて走り出したのです。
…というのは若干語弊がありますね。先の一件で腰が抜けてしまっているのでしょうか、半ば這うようです。
私はそんな彼の態度に少々むっとして、思わず眉をひそめてしまいます。
私のせいで危険な目に合わせてしまったことは認めます。
上手く立ち上がれないくらいに驚かせてしまったことも確かかもしれません。
それに、この場を離れたほうが良いと私も思います。
ですが、こんな風に返事一つしないでどこかに行ってしまおうとするなんて…。
もっとも、そんな彼の目論見は程なくあっさり阻まれてしまうのですが。
建物の出入り口のすぐ前に例のマストが横たわり、逃げ道を塞いでしまっているのです。
彼はどうにかそれを退かそうとしているようなのですが、びくともしないようです。
途端に私は毒気を抜かれてしまって、小さな溜息を吐き、
今しがたとられた態度もぜんぜん気にならなくなります。
こんなに小さな物でもどうにもできないんですね…。私は未だに手に持っていた船をそっと下ろすと、
一所懸命になっているらしい彼のほうへとそろそろと手を差し伸べました。
すぐにその気配に気がついたのでしょう。少年さんはこちらへと顔を持ち上げてくるのですが、
こうして指を近づけて比べてみますと、本当に小さいですね。何だかもう気の毒なくらいです。
そして、そんな彼の実態を改めて目の当たりにしたからこそ、
私もまた一刻も早く彼の退路を作ってあげなければと言う気持ちになります。
けれども、元来私はこういう細かな作業は大の苦手なのです。
ついさっきもリンゴの樽を誤って潰してしまったばかりなのですが、
今度はすぐ間近で少年さんに凝視されていることもあって、更に緊張してしまいます。
手がぷるぷる震えているのが自分でも分かります。このままでは…
「ぁ…!」
そう思った矢先でした。それを指で挟みこむまでは上手くいったのですが、
そのまま指の腹の間でへし折れ、彼の目の前に再びぱらぱらと落ちてしまいます。
「うわあああああっ!?」
「ああ、ご、ごめん、ごめんなさい!」
上ずった声での謝罪は申し訳ないことをしたという気持ちよりも、
彼があげた悲鳴の、ただならぬ雰囲気に半ば気圧されるようにして出たものでした。
私からすれば、それは爪楊枝にも及ばない長さ、太さ、そして柔らかさ。
どうしてこんなことでそんなにも大袈裟に騒ぐのでしょう、と一瞬不思議に思ってしまうものの、
改めて彼の立場から考えてみますと、自分の胴体のよりも遥かに太さと質量のある物体が、
頭の上の高さからすぐ眼前に唸りを上げて降り注いできたことになるわけですよね。
あ…普通に…というかかなり怖いかも…。幸いけがをした様子はありませんでしたが、
それでもうずくまったまま暫く立ち上がれずにいるのも、致し方ないことなのかもしれません。
一方私はと言えば、びくりとした拍子に今度は爪を壁にぶつけてしまい、建物の一部を突き崩してしまいますし。
あああ、もう…失敗スパイラル…。慌てるといつもこうです……。
………でも、これってある意味結果オーライ…ですよね?
うん、相変わらずマストは障害物として建物の出入り口の前に陣取っているわけですが、
今やもうその扉を使う必要もないわけです。何しろその何倍もの大きさの穴が開いているわけですから。
目測するに彼が優に5、6人は並んで同時に通り抜けられそうです。めでたしめでたしです。
私は半ば無理矢理にプラス思考で考えをまとめて、手を引っ込めます。
対して、何かしら危害でも加えられると思っていたのでしょうか、
拍子抜けしたかのようにきょとんとするその表情は何だか妙に可愛らしくて、少し顔が綻んでしまいます。
けれどもそれも束の間のことでした。彼は我に返ったように踵を返すと一目散に駆け出していきました。
何だかタイミング的に、私の笑みに恐れをなしたみたいでちょっと嫌な感じですが、
このままここに居られてはもっと困るだけですので、深く考えることはせず、これで良しとしておきましょう…。
何しろこんな些細なもの一つで、良い様に翻弄され、右往左往するのです。
もしまかり間違って、私自身が直接踏みつけてしまったりしまおうものなら…
まぁ、その結果は推して知るべし、ですよね…。
そんなことを考えながら、その小さな小さな背中をぼんやりと見送っていた私ですが、
「あら…」
ふとそのことに気がつき、私は目をぱちくりさせました。いつの間にか視界内の小人さんが増えていたのです。
どうやらこの界隈には他にもあちこちに人が潜んでいたらしく、
恐らくですが、私と彼のやりとり(…と呼べるかどうか微妙なところではありますが…)を聞いていて、
この場を離れた方が良いと判断したのでしょう。一人見たら三十人。
何だか…ゴ………私がこの世で最も苦手な存在の性質を言い表した格言(?)を思い出してしまい、
ちょっとだけ複雑な気分になってしまうものの、ともあれそのまま足元に隠れていられたのでは
やはり危険だったのでしょうから、それが賢明な判断だと思います。
更に何気なく視線を少し遠くに向けると、都の中心方面へと続く道の向こうでは、
今駆け出してきた方達とは別に、もっと沢山の人々が、大きな人だかりを作っているのがわかりました。
そこで、私は掌を目の上にかざし、遠くを眺めるような仕草と共に、じっと目をこらしてみます。
すると、まるでオペラグラスを通してでもいるかのように、その体格や服装、
それに皆さんが一様にこちらに背を向けて走っているということ、制服を着た兵士さんが民衆を指揮していること、
時に誰かが振り返れば、その表情までもはっきりと分かってしまうのです。
今更ですが、私の目、良すぎですよね。これはもうメガネがどうのというレベルではありません。
千里眼、とでも言うのでしょうか、これ。自分で言うのもなんですが流石は女神様、万能です。
ほらほら、危ないですよ?そんなに急いだら…。それにちゃんと前を向いて走らなくっちゃ。
そんなにこちらばかり見なくても、私ならちゃんと待っていますから。
一応、凶悪な帝国に対し、何らかの処断しにきたという立場である以上、
あまり友好的に接するのも如何なものか、ということであえて声に出すことは控えましたが、
実のところ、私自身この国の方々どうこうしようなどと言う心積もりは、現時点では皆無なのです。
提督さんを始めシャハ…えっと、何と言いましたっけ…?
とにかくあちらの国の方々の手前ではどうしても言い出せませんでしたが、
力にものを言わせてっていうのは、やっぱり間違っていると私は思うのです。
そして与えられた『使命』がどうであれ、要約すれば私の肩書きが『平和の女神』であることに間違いはありません。
ですからやっぱり円満な、平和的な事態の解決を図るべく善処していくのが一番なのです、きっと。
………それはそうと気になることが一つ。皆さん、何だか随分と慌てていると言いますか、
妙に一生懸命と言いますか…はっきり言ってしまうと…その…すごい形相なのですが…。
確かにあんまりのんびりしていて、あちら側の艦隊が着いてしまったら事でしょうが、
その時には私も仲裁に入って、何としても説得しようと考えている所存でありますし、
何よりまだまだ時間に余裕はあるはずですから、そこまで必死にならなくても良いと思うのですが………。
そんなわけで、そんな皆さんの様相が少々気になったこともあり、
今度は視覚ではなく聴覚に意識を集中させてみます。
それぞれの手を両耳の後ろに当て、耳を澄ましてみること………本当にすごいですね、女神って。
この試みもまたずんいぶんあっさりと成功してしまいましたよ。
これまで、単なるどよめきとして聞こえてきただけだった彼らの声が明瞭になり、
きっちりと識別できるようになります………確かになりましたが…、
「いやあああああっ!!」
「怪獣だあぁぁー!」
「皆殺しにされるぞぉぉー!」
思っていたよりもずっと逼迫しているらしい状況に、想像以上に酷い言われよう。
「え?ええ!?ち、違いますよぉっ!」
私は思わず身を乗り出しながら上ずった抗議の声を上げます。しかし、
「お、おい見ろっ!」
「化け物が動き出したぞぉぉっ!」
「もうダメだああー!」
………さ、流石にちょっとショックです…。
…そりゃ、まぁ確かに…彼等から見れば私はちょっとは大きいかもしれません。
それはわかっています。でも、化け物呼ばわりは酷くありません?
勿論私だって流石に胸を張って声高に女神を自称するのは憚られます。
一応その役割、権限、力を与えられている…というか…押し付けられている手前、
便宜上女神をやっておりますが、やっぱり何だかおこがましいですし、恥ずかしいですから。
でも、それでも花も恥らう女子高校生であることは、間違いないんですからね?
自分で言うのもなんですが、これでも結構繊細なんですよ?一応傷つきやすい、難しいお年頃なんですよ?
それに、現にこうして皆さんの身の安全を考えて、上陸を待っているわけじゃないですか。
こんなお行儀の良い怪獣なんて普通居ませんよー?………ねぇ…?
「この国は滅びるんだぁぁっ!」
「わ、私はただ、戦争を止めて頂きたくてお話し合いをしに…」
「皆食われちまうんだぁぁぁっ!!」
「その、聞く所によりますと、皆さんの国では空飛ぶ船という兵器を造っているということでして…」
「いやだあああああっ!死にたくないいいぃぃっ!」
「それで、そんな危ないものを造るのはやっぱりちょっとまずいかなって…」
「助けてくええれええええええええええええええぇぇぇっ!」
「だ、だから、私は単にその調査をしにきただけで、こんな風にですね…」
手近に転がっていた、最初に手にしたものに比べてだいぶ小さめの一隻を、
指で隠れてしまわないように、皆さんによく見えるように、なるべくその先端部を摘み上げ、
コチコチに強張った頬にそれでも精一杯の笑顔を浮かべて懸命にアピールしてみます。
「うわああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
「あの…もし…?あの………」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
「……………」
ぐしゃり。
あ……。その時不意に私の指の間で何かが脆く潰れて、形を失う感覚がありました。
反射的に視線を手元へと向けますと、既にそこにぶら下がる船体の姿は無く、
いつの間にかくっついてしまった指と指の間には、ぺしゃんこになってしまって
最早元々が船の一部であったことなど到底判別出来そうも無い何かが残っているだけでした。
その瞬間、一際悲鳴が大きくなったような気がして、私は慌てふためきます。
もしかして、ものすごい怪力だなどと思われてしまったのでしょうか?
これはまずい気がします。言うまでも無く裏目、言うまでも無く逆効果。
「ち、違うんです!全然そんなこと無いです!ただ、船がすごく柔らかかっただけで…あの…その…」
必死にそんな言い訳を(と言ってもそれが嘘偽りの無い真実なのですが)してみるものの、
誰もそれを聞き入れてくれるような気配は無く…。
遠くより響き続ける悲鳴にさぷさぷと心を刺され、苛まれながら、私はやがて大きく、深く溜息をつきます。
ああ、またやってしまいました…再びダメのスパイラル…。こんなはずではなかったんです。
ただ、船を一隻手に取り、爪先で船体に小さな穴を開けて中を覗き込み、
その後は速やかに、それでいてそっと船を解放して見せる、そんな一連の動差を優雅に、恙無くこなすことで、
私が決してこの国を滅ぼしに来襲した凶暴な怪獣などではなく、
ただ、戦争をやめて欲しくてこの国を訪れた不肖平和の女神であることを、分かって頂こうと考えたのですが……。
仕方なく私は指の腹についたそれを払い落とすと、こびり付いた細かな木片については洗い流すべく、
指先を海水にそっと浸して、ぱしゃぱしゃとやります。そして、そんな何気ないちょっとした動作でさえも、
水面に散らばっていた船達の幾つかを二回転ほどさせて転覆させてしまいました。
それでも、それだけで済んだものはまだマシな方で、
小さな船に至っては、その小波に抗うことができずに沈没してしまったのです。
「……………」
…ええ、ええ…いいんです、いいんですよぅ…どうせ私なんて怪獣みたいなものですよぅ…くすん…
私は半ば諦めの気持ちを抱きつつ、海中へそのままとぷんと手を差し込むと、
まだ無事に…と呼んでいいかは甚だ疑問ですが、とりあえず沈んではいない船を掬い上げます。
特に意識をするでもなく、掌に乗ったのは小ぶりの戦艦が三隻。
たとえ皆さんに分かって頂けなくとも、私はすべきだと思うことをするだけですから。
即ち平和の女神として、二国間の間で戦争の火種になり得る空飛ぶ船についての真相究明。
そう、未だにたった数歩歩みを進めるだけで容易に追いつくことが出来る所に小人さんが沢山いる以上、
上陸はもう少し見合わせた方が良さそうですし、それならば今の内に船を調べておこうと考えたのです。
………でもね…やっぱりあんまりですよ…。だって怪獣って…要するにアレ…ですよね…?
そんなに詳しくありませんが、少しくらいは知っています。
有名ですし、私自身もうずいぶん以前に、それもたった一回だけですが、
弟に付き合って劇場に足を運んだこともありますから。
おぼろげながらも、そして断片的に幾つかのシーンを思い出し、私は顔を曇らせます。
いかなる攻撃もものともしない、あの真っ黒でゴツゴツとした、まるで岩のような硬そうな肌…
【どんな攻撃も通じないのは今の私も同じなんですけれどねー】
恐ろしい表情でぎょろりと目を剥き、口からは炎か何かを吐き…
【放射能火炎。ちなみにその気になれば今の私だってちゃーんと吐けますよー
 それこそ、炎だろうと、吹雪だろうと、雷だろうと、ビームだろうと。私が望めば何なりとー】
………そうなんですか?…って、望みません!断じて望みませんから!
そ、それに!仮にそれが出来たとしても、どっしりとした力強い巨体で、
町を好き勝手に蹂躙し、闊歩するあの風体、堂に入った破壊ぶり。
…到底私とは似ても似つかないと思うのですけれども…
【そうそう、確かに全然違いますねー。今の私の大きさはあの怪獣さんの比なんてものじゃありませんしー】
え?いえ、そういう意味ではなかったのですけれども…
【だって、今の私の身長と体重って実は何と、何と——】
ハッ、気がつけばいつの間にかまた私の中の私さんが受け答えている!?
どうにもいけません。当たり前のことなのですが、私には全知全能の自覚などないわけでして、
傲慢なこととは思いますが、何もかもを知っているという心構えでいないと、
全能なる私さんに若干の遅れを取ることになってしまうようなのです。
………とはいっても別に行動や思考の主導権を握られるようなことは全然ありません。
とても優秀で万能で、けれどもちょっとやかましくておせっかいな百科事典が、
頭の中で幅を利かせている、そんな感じでしょうか?
お陰で今もこうして図らずも私の正確な身長と体重を明確な数字で知ってしまったわけですし…
それにしても、余りにもとてつもない数字じゃないですか…。
特に体重。んにゅんにゅーんにゅんにゅにゅートンって………
唖然として一瞬言葉を失ってしまいましたよ…。
(逆算したら本当の体重が明らかになってしまうかもしれませんし、たとえ現状が特殊であったとしても、
自分がそんなに大きくなってしまっているなんて純粋に恥ずかしいので、明記は避けます!)
最早それって人として…いえ、生物の一個体として…
いえいえ、一つの存在として、完全に常識の範疇を大きく逸脱していません…?
実際自分自身その数値を聞かされましても、全然イメージが湧いてきません。
それこそ本当にフィクションの…映画のスクリーンの中にしか登場し得ないとんでもない存在、
としか表現のしようが無い様な…
【ちなみに、いまひとつ想像がつかない私の為に分かり易い補足しておきますとー、
 先程思い至った怪獣の代表格さんの大きさは、全盛期でも身長100メートル、体重6万トン】
ご親切にどうも…っていうか全盛期って一体………
【あー、それはですねー、実はあの怪獣さん、同じように見えて作品によって大きさが違うんですよー】
そうだったのですか。って何で私がそんなことまで知っているんですかね…。
【閑話休題、分かり易く具体的に要約すると、仮にその対決相手として私が出演することになったら、
 圧勝どころか小動物を苛めている、みたいな構図にすらなりかねないくらいに大きいって事ですねー】
本当に懇切丁寧にどうも!…ああ、もう…!…お陰でばっちりその絵が思い描けてしまいますよ…。
もし、まかり間違ってこの大きさのまま元の世界に帰りでもしようものなら…
【全人類の注目の的。世界は私の意のままにー】
ち、ちょっと…そんな暢気な調子でさらりと滅多なことを言わないで下さい。
というか、もう結構ですので、大人しくしていて下さい。
【はいはーい】
私は慌ててその絵を頭から追い出すとともに、私の中の私さんが私の一部であることを強く再自覚し、
押し込めて、脱線していた思考を元の軌道に戻します。
と、とにかくですね!でも…それでも…外観は全然違うわけですし、
ちゃんと言葉を通じるのですから、怪獣扱いはやっぱり酷いですよぅ…ぶつぶつ…。
そうしていじけていた私がふと我に帰った時には、既に周囲に船の形をしたものは一つも残されておらず、
惨めに引きちぎられたりへし折られたりした木片が、散り散りになって浮かんでいるだけでした。
冷静になって思い返せば、それは確かに怪獣の如き所業だったかもしれません。
ちょっとだけ、本当にちょっとだけですが、私自身そう思います………反省………。





—もしかしていらないんじゃないかと思い始めた次回予告—

「まったくなんたるざまよ!最強艦隊が聞いて呆れる!」
「ぐ…!貴様こそ!国防という大役を担いながら、民衆を押し退けて一目散に逃げ帰ったのではないか!」
「だ、黙れ!帝王閣下の御身をお守りすることが我らの何よりの使命なのだ!」
「ふんっ、言い訳に閣下を使おうとはな!お前も地に落ちたものだ!」
誰もがその受け入れ難い現実を認めたくない。重く、長い、沈黙はそういった心の現われだったのだろう。
だが、そうしていたところで、決して事態を打開できるわけではない。
目を逸らした所で、それが決して消えて無くなるわけではない。
何しろその圧倒的かつ絶対的な存在感は、この王城からでもしっかりと確認できるのだから。
そうして、とうとう一人の海将が口を開いたことを皮切りにして、緊急議会は一気に爆発したのだった。
とは言え、全く議事が進んでいないことに違いはない。大声を張り上げての、不毛な罵り合い。
或いはそれは刻一刻と膨れていく焦燥や苛立ち、絶望感対する精一杯の抵抗だったのかもしれない。
「大体諜報部は一体何をやっていたのだ!?シャハティカの動きに気づかんとは情けないにも程があるわ!」
「お、お言葉ですが!あのような巨大にして異質なもの…見落とすはずがございません!
 海将殿は、よもやあのような化け物がシャハティカの新兵器だなどとお思いなのですか!?」
突然の飛び火に、普段は海将のどんな無茶な暴論にもへこへこと追従するだけの、
諜報部隊長が珍しく目をむいて反論する。それもまた本当に珍しい光景だった。
「ならば!何故こんなことになっている!どうしてこのタイミングで!
 シャハティカから宣戦布告がなされたこのタイミングであんなものが現れたのだ!?
 奴らとの因果関係を疑うのは当然ではないか!?」
「そ、それは…!」
一応理は通っている。しかしそれ以上に勢いと剣幕に気おされて、黙り込む諜報部隊長。
それっきり誰もが皆、そのタイミングを逸してしまったかのように口を開くのを止め、
再び何者にも抗い難い重苦しい沈黙が、場を支配する。
「或いはあれは………」
ぽつりとそれを破ったのは、これまでで最も小さく、勢いの無い声だった。
が、途端にそこにいた全ての人間の注目が一斉に声の主へと集まる。
その痩躯の男は、その気配に一瞬だけたじろいだようだったが、一拍置いて言葉を続ける。
「あのお方は…女神…なのではあるまいか?」
対して、つい今しがたまで言い争っていたこと忘れてしまったかのように思わず顔を見合わせる男達。
「え…?今…なんと?」
「め…がみ…?」
「女神とな…?」
暫く続く小さなどよめき。やがてそのうちの一人が代表して、一番奥、中央の席に座る彼へと恭しく尋ねる。
「恐れながら閣下、それは…よもや『あの女神』のことを…仰っているのですか?」
「いかにも。天地開闢を為したとされる女神のことだ」
「そんな…」
「ありえん…」
再び議事室がひそひそとざわめく。
それは老人から幼子まで、この国に住むものなら誰でも知っている古い神話。
原始において、その大いなる力を以って世界を創造したとされる美しき女神のお話。
奇しくもその物語には、女神が途方も無く…それこそこの世界と同じくらいに
巨大であったと読み取ることができそうな箇所が幾つかあった。
とは言え、それはもう随分と古い伝承で、しかも神話特有の表現の曖昧さもあり、
全てを字面通りに解釈するのは些か無理があったし、
何より、誰もがその存在を知っているが、その一方で誰一人とてその実在を信じているものはいない。
故にこの反応は極自然なものと言えたのだが。
しかし、中央の男、即ち帝王閣下はそれらをまるで意に介することは無く、独り言のように結論付ける。
「とすれば、到底我ら人の及ぶところではない…な…」
いつも以上に血色の悪いその顔に平らかな口調には、冷静さよりも、諦観が垣間見える。
そんな彼の弱気な態度に対して、途端に気色ばみ、口々に異を唱える負けず嫌いの臣下達。
「く、屈すると仰るのですか!?世界最強である我らジクスが!?」
「馬鹿な!そんなものは古の寓話、単なる御伽噺ではございませんか!」
「そうです閣下、気をしっかりお持ちください!こうして見れば相手はただの小娘ですぞ!」
確かにこれだけの距離をあけて窓枠の中に…それでも尚完全に収まり切っていない彼女の姿は、
見方によってはおかしな構図で描かれた少女の絵のようにも見えなくも無い。
ただし、その絵にはおかしなところが一杯あって、
少女は刻一刻とその体勢を変化させていて、先程までは屈んでいたのに今は立ち上がっているし、
本来ならば背景となるはずの町並みは彼女の手前に広がっている。
ついでにその表情はどうにも絵にはなりそうもない、困り果てたかのような、何とも頼りないもので。
「それに、よくよくご覧になって下さい!あんな顔をした神がいると思われますか?
 威厳など微塵もないではありませんか!」
「…くしゅん」
その時不意に、まるで判で押したようなタイミングで妙な音が聞こえてきてくる。
視線の向こう、遥か遠方では、両の掌で鼻、口元辺りを押さえて、小さく俯く少女の姿。
緊迫し、悲壮感すら漂う会議室の空気が、遥か彼方より、それを生み出した当の本人によって崩され、
何とも言いようのない、締まらない静寂が彼らを一時的に支配する。
「ど、どうです!果たして全知全能の女神とやらがくしゃみなどするでしょうか!」
やがて、臣下の一人が弾かれたように我に帰って力説を始めると、それに同調して更に別の一人が言葉を次ぐ。
「そうです!それに確かに大きくはありますが、件の女神の言い伝えに比べればずっと矮小ですぞ!」
彼女よりも遥かに小さい自分達を棚上げしたかのような、
それでいて、御伽噺と切り捨てたばかりの神話を持ち出してくるその発言は何とも滑稽なものだった。
しかし、それに言及するものは誰一人いない。いつの間にか出来上がっている団結のムード。
それは屈服という屈辱に半ば条件反射的かつ瞬発的に芽生えた反骨精神によるものだったのかもしれない。
そうして、結局何の具体策も無いままであるのに、先程の狼狽が嘘のように海将が立ち上がり、声高に言う。
「我らにとって崇め、敬うべき主は…あなたと天におわします先代方です!
 確かに、海戦においては不意をつかれて遅れをとりました。
 ですが、幸いにも勇猛なる兵士は誰一人として欠けておりません!
 これこそ我らが、そして閣下が真に神に愛され、祝福されている証!
 何、心配は要りませぬ。閣下は何一つ案じることなく、自室にて座していて下さい。
 あのような神の名を語る傲慢な娘ごとき、我らが領土を一歩たりとも侵させは………!」
ドズウウウゥゥゥン
けれども、その矢先に、まるで無数の落雷を束ねたかのような轟音と共に、会議室が微かに震える。
再び皆の視線が窓の外に釘付けとなる。それから、かなり遅れて駆け込んでくる兵士。
「も、申し上げます!あの化け物めがついに港に上陸を…!」
裏返った声での報告は言うまでも無く、既に分かりきったものだった。