【Ⅲ】大メイド跋渉(ばっしょう)

 そうしていよいよ美咲の島内散策が始まった。
その掌の中から見渡す街の様子は、概ね久木の言葉通りで際立った混乱は無い。
そこここに点々と車が乗り捨てられている程度の障害こそあるものの、
足元付近に突然誰かが飛び出してくるなどといった不測の事態が起きる様子も無く、
岬のナビゲーションの元、想像していたよりはずっとスムーズに、美咲は歩みを進めていく。
(それにしても小さいな…)
別に自身には何ら変化があったわけでもないのに、思わずそんなことを考えてしまう岬。
こうして掌に乗せられて、建物、車、電柱、高架橋、それに人間…あらゆるものを眼下に置きながら町を移動することで、
多少なりとも美咲の感覚を通したこの世界が、どういったものであるのかを体感している様な気分になってくる。
…と言っても彼女の視点は更にまだまだ上にあるのだが。
 ところで、初めて彼女に遭遇した際に足元で目の当たりにしたあの凄まじい迫力、威力から、
相当体に負担がかかることも覚悟していたわけだが、それが殆ど無かったのはかなり意外なことだった。
確かに大きく重々しい靴音こそ下方から響いてくるものの、それは拍子抜けするほどに遠くの出来事で、
また、それを引き起こす美咲の巨躯自体が、同時に衝撃を緩和してくれているようであり、
何より、恐らく最上質の彼女の気遣いに守られているであろうことも相まって、揺れも想定していたよりもずっと小さい。
(とは言え…実感が湧かないだけで、きっと下は大変なんだろうな…)
彼女の歩行のコースを考える際には、道そのものは勿論のこと、周囲の環境についてもかなり注意深く考慮し、
市街地においては極力地下施設のある場所を避け、最近建てられた頑丈だと思われる建物の近くを通るようにした。
その為、さしあたって誤って地下鉄駅を踏み抜いたり、脇を通っただけでビルが崩落してしまったり等というような惨事は
回避出来ているのだが、だからと言って何事も無くということも決して無いだろう。
あくまでも彼女はただ歩いているだけなのだが、そんな何でもない動作によってもアスファルトが踏み砕かれ、
大きく深い足跡がくっきりと残ってしまった道路は、補修無くして使用することが不可能であることは言うまでもないし、
近辺の建物は大きく揺さぶられ、その屋内では沢山の人々が翻弄されて右往左往しているに違いない。
それを考えると、何だかんだで自身が一番安全な場所にいるわけで。何となく申し訳ない気分になってくる。
しかし、美咲当人はと言えば、そんな主の心内にも、己の足元のささやかな被害にも、想像が及ぶ由は無いらしく、
どこか楽しそうな表情を浮かべつつ、わりと普通な感じで足を運んでいる。
 そして、やはりこの小さな世界は新鮮なのだろうか、岬の指示する道から外れぬように注意しながらも、
彼女は立ち止まってあちらこちらに視線を移したり、時には屈み込んで建物や看板にそっと触れてみたりしているようだ。
もっとも美咲自身は注意深く優しくを意識していても、時として力加減を誤ってしまうらしく、
広告塔の中には歪んだり、曲がったりしてしまったものも少なからずあったのだが。
そんな美咲に対し、固く扉を閉ざして怯えている人間が多くいる一方、少し離れた建物では屋上に出て、
興味津々と言った具合に見上げている者も目に付き、中には手を振ってくるものもいるらしく、
美咲もまた笑顔でそれに応えたりしているのが掌の中から分かった。

「ところで旦那様…」
 暫くそうして口を閉ざして歩いていた彼女だったが、急に何か思い出したように声をかけてきた。
「…」
「旦那様?」
「ん、ああ?」
言いつつ手元の分厚い冊子から顔を持ち上げて振り向く…と、すぐ目の前にどっかりと居座るは
ちょっとした丘ほどもありそうな、途方もない存在感と迫力を併せ持つ、しかし同時にこの上なく柔らかそうな膨らみ。
それもぴんと張ったチェック柄の布や、その膨らみによって脇の方に追いやられたエプロンの紐が、
何だかとても窮屈そうな様相をありありと物語っているようであり、余計に大きく感じる。
いや、実際あらゆる意味で巨大なことは間違いないのだが。
と、一瞬間それを見詰めたところで、岬は急激に焦りを覚えてくる。
(何を見入っているんだ、俺…)
とは言え、基本的に彼女は小鳥でも抱くように、胸の前で大切そうに両の手で包んでくれているものだから、
振り向いて何よりも先ず最初にそれが目に入ってしまうのは不可抗力と言うものだ。
もっともだからとて流石に直視し続けるのも当然どうかとも思うわけで。
もし美咲に気付かれでもしたらそれこそ主人の威厳…延いては己の人間性と言うヤツに大きく関わってくる気もする。
しかしながら無理に目を逸らしたりして、断固見まいとするのならば、それはそれで何とも不自然になってしまいそうだし、
反って露骨に意識していると言わんばかりであるし。
(にしても本当にでかいな…そういや中学の頃、一時期通っていた科学館のプラネタリ…って…あーあーあー!)
かと言って視線を無意識の中に開放しようものなら、すぐにそのまま釘付けになってしまう。悲しい男のサガと言う奴なのか。
とにかくこれは危ない、危なすぎる。と言うわけでやはり無理にでも引き剥がして、それを声の元へと上に向ける。
見上げればその大きな二つの膨らみの向こうから顎を引き、覗き込んできていた美咲と目が合い、
後ろめたい気持ちもあって思わずどぎまぎしてしまう。
しかし当の彼女は特に訝る様子もなく、純粋にほっとしたような表情を浮かべてから口を開いた。
「良かった。呼んでも返事をして下さらないものですから…どうかしたのかと思いました」
「あ、ああ…悪い、どうもその呼ばれ方に慣れていなくてな…。で、何だ?」
すると美咲は少し表情を引き締めて言う。
「はい、えっと…わたしは晴れて旦那様のメイドとなったわけですよね?」
「ああ…まぁな…。それがどうした?やっぱり俺じゃ不服になったか?」
「い、いえ、そうじゃなくって…その…考えてみたら、まだ何一つ仰せ付かってないなって思いまして…」
「…?…どういうことだ?」
「わたし、お仕事がしたいです」
なるほど。彼女はこの世界に研修で来たのであるしそれは当然のことだ。彼女の言い分に納得しつつも困ってしまう岬。
「………ってもなぁ…お前だって俺の家は見ただろ?」
「…はい…」
応えると同時に美咲はしょげたような表情を作る。
何しろ大通りから覗き込んだ岬の住むおんぼろアパートは、彼女の片足だけで丸々被い潰せてしまうほどの大きさしかなく、
それを目の当たりにして美咲は少なからずショックを受けていたようだった。
「うーん…そうか…仕事か…仕事ね…。そうだな…例えばビル解体とかどうだ…?」
余りにも安直過ぎるだろうか。とは言え折角大きいのだからそれを活かすべきだとは思うわけであり、
もっと言えば、彼女が大きすぎてメイドとしての仕事がさっぱり思いつかないというのが真実である。
ついでに言えば既に破壊の『実績』は十分過ぎるほどあるわけだし、結構適役であるように思えなくもない。
「………ち、直球ですね…そんな荒事…どうせだったら窓拭きとかでも良いじゃないですか?」
すると一瞬ぽかんとした後、すぐにむくれて抗議してくる美咲。
「いや、ついうっかり突き崩しかねないから、お前の場合」
「ぅ…そ、そんなこと…」
勿論彼女自身がドジそうだからと言うのもあるが、先ず純粋に、力にビルが耐えられるのかと言う懸念がある。
そして、もし仮に可能だとしても、それは当然彼女に相当繊細な力加減を求めることとなり、
集中する余りに周りが見えなくなって、物凄く大変なヘマをやらかしたりして大惨事になってしまうのではないか、とか
結構嫌なシナリオばかりが余りにも容易に、しかも次々と浮かんできてしまう。
そうすると岬の私見としては、やはり彼女には委縮することなく従事できる仕事の方が良いと思うわけで、
「後は………ああ、そうだ『リアル避難訓練演出係』…とか…?」
「………何ですか、それ…。………というか旦那様、流石にちょっと傷つきます…」
「………そ、そうか…悪かったな…」
拗ねたように口を尖らせる美咲に若干バツが悪くなって謝るも、すぐに彼女は気を取り直したように言ってくる。
「それに…皆様のお役に立てるのも嬉しいんですけれども…」
「うん…?」
「やっぱりわたしは旦那様の為に何かしたいんです」
いじらしいことを言うものだ。本当にこれで大きさが普通だったら言うことあるまいに。
「ふぅ…ん…じゃあ、お前は?どんなことを思いつく?」
逆に希望を訊いてみると美咲は少し考えを巡らせてから答えた。
「えっと…そうですね…ああ、そうだ、お庭作りとか!」
屋内での仕事は諦めてもあくまでもメイドらしくを貫くか。しかし、
「………どこぞの山の大開拓でもするのか…?」
「え?いえいえ、そんな…普通に旦那様のおうちの周りをお花で一杯…」
「絶対無理だ。諦めろ」
即時否定。
「えぅ…」
「あのな…?こじんまりしたあのアパートの何処にそんなスペースがあるって言うんだ…」
確かにアパートの建物全体に対して、敷地内に庭のようなものがあるにはあるのだが大した広さは無く、
ましてや美咲からすればそれこそ文字通り猫の額程度のものですらない。
そんなところに花を咲かしたり、木を植えたりするなど、どんなに器用であっても出来そうにはないと思うのだが。
「え?そうですか…?それは大丈夫だと思いますけど…」
しかし意外にも美咲は小さく首を振って言う。
「種なら一通り持ってきていますから…あ、そうだ!バラなんてどうですか?」
屈託の無い笑顔を輝かせて提言してくる美咲。
「バラ…ね…」
「はい。とっても綺麗なんですよ?」
「バラなんてあんな環境で満足に生えるのか?」
「ええ。確か人工の地面のようでしたけれども、
 あの程度の薄さと硬さでしたら簡単に突き破れるでしょうし、問題なく元気に育つと思いますよ。
 あ、えと…その…成長したら…周りのおうちとか…ちょこっと根っこで傾けてしまうかも知れませんけど…」
俄かに嫌な予感がしてくる。そう言えば『持ってきた種』と言っていたか。
「ちょっと待て…ちなみにそれって、どれくらいの丈になるんだ?」
「たぶん…わたしの背よりちょっと低いくらい、ですね」
さらりと言う美咲。それ何てビオランテ?
「……………ふーん?…で、お前は我が家の周りを大秘境にでもするつもりなのか…?」
「バラ園ですってばっ!」
「絶対不許可」
「あぁぅぅ…」
「たく…ロクなことを考えつかないな…。そんなことより、とりあえず今は足元にしっかり注意…」
 とその時、まるで狙ったかのようなタイミングで下の方から派手な音が聞こえてくる。
同時に一瞬びくんと震え、そのまま凍り付いて動かなくなる美咲。
これはきっと大きな鉄製の物体が凄まじい重圧と衝撃によってへし曲げられつつアスファルトに沈み込む音に違いない。
見てもいないのに妙にはっきりと何が起こったか理解できてしまうのは、これが初めてではないから。
「…美咲……またなのか…?」
「あ、あの…えと…あは…あははは…」
「少し屈んで手を広げようか」
「………はい」
そうして指の隙間から見下ろせば案の定、そこには踏み抜かれて歪に折れ曲がった歩道橋の残骸と、
道路と同化したその一部、そしてそれをまとめていっしょくたに凹ませている大きな靴跡が見て取れる。
「すみません…」
「たく…気をつけろってあれ程言ってるだろ…。一体これで幾つ目だよ、歩道橋潰したの…」
「…3つ目……です…ハイ…」
しおらしく答える美咲であるが、
「………ってちょっと待て!何ちゃっかり鯖読んでるんだ…」
実は久木より渡された分厚い資料の後半に『器物損壊申告書【ご主人様用】』なるものが付随しており、
美咲が壊した物、その場所、時間、詳細等を表として書き出すこと出来るようになっている。
実に忌々しき(ゆゆしき)ことだが、油断するとすぐに足下への注意がおろそかになる傾向が彼女にはあるようで、
既に自身の文字によって2ページ丸々埋まってしまったその表に改めて目を通す。
やはり歩道橋は4件目で間違い無い筈なのだが。
「そんなことないですよ、確かに3つです!」
しかし、美咲は真剣な眼差しとはっきりとした口調で断固反論してくる。
とすると己の記録にミス………はやっぱり無かった。
「だって…2つ目のは踏み潰したんじゃなくて蹴飛ばし…」
「………同じことだろうがぁっ!!」
「ご、ごめんなさぁい」


 そんなこんなで、そこそこなかなかの被害の爪痕を島のあちこちに深々と残しながらも、
兼ねてから望んでいた『お見舞い』もしっかりと済ませ、満足げな様子で挨拶回りを続ける美咲。
「あの…旦那様、向こうの方…何だか様子がおかしいみたいなんですけど…」
が、ふと足を止めて訝しげに小首をかしげる。言われた岬も双眼鏡を以て彼女の視線の先を観察れば、
「確かに妙だな。やけに通りが騒然としている…」
これまでに無く浮き足だった街の様子。そしてすぐに確認できたのは赤色灯を灯した何台ものパトカーと何人もの警察官。
幾ら警察関連者であるとは言え、通行路となる通りにこれ程派手に展開しているとは一体どいういう了見なのだろうか。
「も…もしかしてやっぱりわたしが…」
向こうに見えるそれに不安げに顔を曇らせる美咲。岬の頭にもまた一瞬嫌な想像が過る。
例えばこの地域の人間は美咲を敵と見なし、徹底抗戦するという方針を打ち出しでもしたのか、とか。
しかし、所詮憶測だ。このままでは埒があかない。かと言って安易に近づくのも得策とは思えない。
「とすれば、やっぱり…」
すぐに事態を確認するべく携帯電話を引っ張り出す岬。警察のことだったらやはりあいつか。
「悪い俺だ。少し訊きたいことがあるんだが………ああ、ああ、そう…ああ?ニュース?いや、見てないな。
 ああ、ああ…なるほどな、そういうことだったか…ああ、分かった、んじゃな」
弥生とのやりとりはすぐに終わる。実に簡単な話だった。
「………やれやれ…この騒ぎ、どうやらお前が原因ではないようだ」
「…と言いますと?」
「銀行強盗…だとさ。全くこんな状況でも良からぬことを考えるヤツもいたもんだな…」
溜め息ながらに事実を伝える。
「じゃあ警察の方々はわたしじゃなくて…」
「そういうことだ…。まぁとにかく引き返すぞ」
「…え!?」
その言葉に大層驚いた様子で美咲が問い返してきた。
「戻るん…ですか…?」
「ああ、そりゃな。まさか…あれを跨ぎ越して通るわけにもいかないし…進路を変更するしかないだろう?」
「いえ…そうじゃなくて…あの…放っておくんですか…?」
「ああ、そうだ」
彼女の顔一杯に浮かんだ驚きが徐々に不満と抗議へと変わっていくのが分かった。
が、岬は敢えてそれに気付かぬフリで促す。
「わかったら行くぞ」
しかしそれに応じることなく、口を閉ざして事件現場を真っ直ぐに見据え続ける美咲。
「…」
「美咲…?」
「……」
「聞こえているか?」
「………」
「おーい?」
と、不意に美咲の黒い瞳に強い決意が灯り、そしてそれはしっかりと岬へと示される。
「……あの…行ってみては…駄目でしょうか?」
(やっぱりそう来るか…)
「駄目だ」
余りに予想通りな美咲の言葉に思わず浮かびそうになる苦笑を噛み殺して、短く即答する。
「な、何故です!?」
「行って、どうにかしようとか考えているんだろ?」
神妙な面持ちで小さく頷く美咲。
「駄目だ」
「そんな…!納得できません!」
「では逆に訊くが…お前の世界では事件や犯罪が起こると、それを解決するのはメイドなのか?」
「そ、それは…!」
一瞬言葉に詰まる美咲だったがすぐに反論してくる。
「でも…だって…お役に立てるかも知れないじゃないですか?わたし、結構強いわけですし…」
それは確かだ。と言うか結構どころの話ではない。しかし、
「俺は…お前にそんな風に力を使わせようなどとは考えていない」
「ですが…!…旦那様だって…本当はこのままにしておきたくはないんですよね…?」
正面から真っ直ぐな澄み切った巨大な瞳に見据えられると、何だか本心まで見透かされているような気がして、
どうしても嘘をつき辛く感じ、美咲の質問には敢えて明確な答えを出さずに、再度諭し聞かすように説く。
「…いいか?もう一度言うぞ?お前はメイドなんだ。警察関係者ではないし兵士でもない。それにこの世界の人間でもない。
 そうだろ?だから…お前がこんなことに無理して介入する必要なんて無いんだよ」
「………確かに仰るとおり…わたしはメイドです。
 そして…これは本来わたしの様な者が手を出すべきことではないのかも知れません…。
 けれど…わたしに出来ることがあれば、お手伝いしたいと思うことは自然な事じゃないんですか?」
正しく正論であり、彼女の直向きな好意の気持ちがそこに顕れている。
「それに…旦那様も警察官じゃないですか。
 その旦那様が事件の早期解決をお望みするのであれば、わたしはそれを叶えて差し上げたいです…!」
「……………………」
互いに見合うこと暫し。ここで再度強く駄目だと言えば、恐らくこれ以上は食い下がってこないだろう。
何だかんだ言っても彼女にとって主の命令は絶対であり、不承不承ながらも従う彼女の顔が目に浮かぶ。が、
(俺、ちょっと甘すぎだな…)
一つ息をふっと吐いて岬は小さく笑みを浮かべる。結局こうしてまた押し切られるわけだ。
とは言え考えてみれば、もし此処で美咲が事件解決に一役買えば、島民の彼女対するイメージアップにも繋がるかもしれない。
「…分かったよ。とにかく現場指揮と話をしてみるから少しだけ待っていてくれ」

 困難かと思われた協力の申し入れは意外にもすんなりと聞き入れられ、岬は些か拍子抜けしてしまう。
やけに物分かりが良いのを不思議に思って訊いてみれば、何と指揮官が信用を置く部下と弥生との間に接点があったそうで。
事前に口伝(くちづて)で美咲のことについて、ある程度聞いていたのが大きかったようである。
そう考えると自身が常日頃面倒がって敬遠している社交というものも案外馬鹿にしたものでもないか。
ともかく、その知らせを聞いて一瞬嬉しそうな表情を見せた美咲は、すぐにそれを引き締めると声を潜めて状況を尋ねてくる。
美咲は今のところ先程と立ち位置を変えず、岬もまた彼女の元に戻り、渡された無線を通して情報の収集と分析に努めている。
「それで…どんな感じなんでしょうか…?」
「芳しくはないようだ。膠着状態らしい。情報によると人質は女性ばっかり五人、奥の隅に固められて座らされている模様。
 犯人は三人、全員銃器所持。内一人の持つものは…マシンピストルである可能性が極めて高い。
 で、連中は警察の即時撤退と逃走用の車を要求しているらしい、と…」
言ってから、頭をかいて舌打ちする。
「………厄介だな…」
流石に今日日包丁一本で銀行に飛び込む馬鹿はそうそういないだろうが、まさかそんな物騒なものを持っているとは。
元来かなり高価なものであり、一介の犯罪者がそう容易く手に入れられるとも思えないので、
或いは虚仮威し(こけおどし)のモデルガンか何かである可能性も無いわけではないのだが…。
とは言え、もし本物であったのならば、人質は元より対峙する警官隊にとっても格段に危険性は上がる。
「そ、そのマシン…って言うのは何なんです?」
美咲もまた緊張に表情を強張らせつつ問うてくる。
「ん?ああ…そうだな…高速連射の効く拳銃ってところ…だな」
「………。あ…つまり…戦闘機にくっついていたような、あんな感じですか?」
と、少しだけ美咲の顔が緩むのが分かった。
「………お前、今『なぁんだ』とか思った?」
「え、い…いえ、そんなことはありません………けれど…もっと凄いものなのかと想像していたもので…」
(いや、これだって充分凄いものなんだがな…)
とは言え戦闘機搭載の軍用機関銃ですらものともしなかった美咲からすれば、その反応もやむなしかもしれない。
「それでも、殺傷能力はただの拳銃の比べものにはならないんだ」
「は、はい…!」
とりあえず釘を刺すように言ってから小さく唸る。
「とにかく…まずはこれをどうにかしないと…だな……ん…?」
そこで不意に表情を険しくして無線機に耳を傾ける岬。
「ど、どうかしたんですか!?」
「再度犯人達が要求してきたらしい」
「今度は何と?」
「内容自体は変わっていない。警察の撤退と逃走用車両の準備…それがもし二時までに為されなければ人質を一人、
 それでも聞き入れられなければ、更に20分毎に一人ずつ殺していく、と…」
言いながら携帯を覗き込む。
「…余り時間が無いな……クソ…」
「あ、あの…!」
「ん?」
「…わたしに任せて頂けませんか?」
「…?何か…良い考えでもあるのか?」
「お願いします。きっと上手く行くと思いま…いえ、必ず行かせて見せます!」
そう言い張る彼女の表情には自信…というよりは強い決意が滲み出ているのが見える。
少しの間考えを巡らせる岬。今のところ事態を打開出来るであろう画期的な策は、警察には皆無と言って違いない。
恐らく、現状では犯人グループを粘り強く説得していくことしかないだろうが、
如何せん相手が示してきた最初のデッドラインが近すぎる。
勿論ただの脅しである可能性も無いわけではないが、五人も人質いるのだったら、
極論を言ってしまえば一人くらい減っても犯人達にはそう大した問題にはならないかもしれない。
それどころか、もし脅しでなく実際に一人でも殺されたら、追い詰められるのは確実に警察側だ。
そして、幾ら犯人が逮捕できたとしても人質は救えませんでしたでは、岬の価値観的には、はっきり言って無意味に等しい。
だったらここは一つ賭けに打って出てみると言うのも一つの手か。
「よし…分かった。やってみようか。…どうすればいい?」
「はい!…えと…じゃあ、とりあえず警官さん達に…ですね…」
「って…お、おい美咲!?」
突然迫ってくる大きな唇に思わず戸惑いの声を上げる岬をよそに、美咲は彼を乗せた掌を口元にあてがうと、
温かく湿り気の孕んだ吐息混じりの真剣な声で、耳打ち(?)を始めたのだった。