「らんしゃま~、らんしゃま~?」
どしん、どしん。近付く足音。いけない、このままでは見つかってしまう……! 私は机の脚の影に素
早く身を隠しその足音が通りすぎるのを待った。
「らんしゃま~」
まだ幼い私の式が遠ざかる。その際に、靴下に覆われたあまりにも大きな彼女の足が私の目につ
き、そして震え上がらせる。自分の式ではあっても、例え彼女が私を愛していてくれても。彼女が猫で
あることの本性には逆らえない。つまり、小動物は捕食対象なのだ。間違いなく。
「……行ったか」
私は食卓の脚の影から出、そして彼女の消えた廊下を見る。
「とりあえずどうするか……こんなことになったのは間違いなく紫様のせいだろう。やはり彼女を捕ま
えて聞くしかないか」
こんなこと。そう、今の私は身長僅か5寸。外の世界の単位に合わせれば15センチ弱。元の身長の
10分の1以下に縮んでしまっているのだ。そう、別に愛しの式神、橙が巨大なわけではない。
「さて……紫さまは」
私は地面を蹴って飛翔する。小さくなっても、やはり九尾の妖力はそう簡単に衰えないのか私は容易
に飛び上がることが出来た。テーブルの上に着地する。お皿に湯飲み、それら全てが圧倒的な存在
感を持っている。今あの湯のみが倒れてきたら、私は簡単につぶされてしまう事だろう。もっとも、妖
怪だから人間のようには行かないが……。
「らんしゃま~。もう、お昼ごはんが終わったら遊んでくれるって言ってたのに……」
橙の足音が、戻ってくる。私はそれを音だけでなく、食卓を伝う振動で感じた。まずい、どうするか。お
皿の下……は無理がある。けれど湯飲みは……。
「らんしゃまの嘘つき」
考える余裕はなかった。隠れるには限度がある。私は慌てて印を組み、呪文を唱えて湯飲みに化け
た。相手を化かすのは九尾に限らず化け狐の嗜み。これでうまく化かせればいいのだけれど……。
「あれー? らんしゃまったら、お昼ごはんの片づけしてないじゃない」
それは仕方が無いだろう、だってこんな体になってしまったんだから……。内心私は彼女に答えた。
が、問題はそこではない。
「あ、お茶が残ってる」
橙が、卓の上に置いてあった急須に手を伸ばしたのだった。さて、これから彼女が何をするかは、想
像に難くない。まさかあっついお茶が入った急須からそのままお茶を飲むことなどするはずもなく。
「そうだね……らんしゃまも大変なんだろうし、お茶でも飲んで待っていようかな」
むんず。彼女が掴んだ湯飲みは……私だった。なんでよりにもよって。隣にもう一つあるじゃないか。
 ちょっと待って、まさか私にそのあっついお茶を注ごうなんて……。
「うわああぁぁ、止めて、ちょっとたんま!!」
私は思わず声に出してしまった。しかし、そのリスクに見合うだけのリターンは得られず、私は腹側に
熱いものを感じた。彼女が私にお茶を注いだのだ。
「あれ? らんしゃまの声が……」
橙がそう言って湯飲みを置くのと、私が変身を解くのが同時だった。彼女を火傷させまいと、そこまで
待ったのである。
「あー、その……なんだ。私はここにいるよ」
驚いて目を丸くしている自分の式を、私は見上げて言った。自慢の尻尾も、着物も全てびしょぬれ、
ひどい出で立ち。そんな私は、もう既に観念していた。
「らん……しゃま?」
彼女は私に手を伸ばす。そう、とてもではないが敵わない。
「らんしゃま、可愛い~!」
彼女は私を顔の高さまで持ち上げる。一気に遠ざかる食卓と、上昇の感覚。そして一瞬の無重力の
後、私は彼女と目を合わせる。巨大な、褐色の瞳。大きく開いた瞳孔はまさしく猫の、それも興奮した
猫のもの。
「ねぇらんしゃま、おひる食べ終わったら遊んでくれるんだよね?」
予想できていた問い。そこで私は考える。首を縦に振るべきか、横に振るべきか。いずれにせよ決定
権を持っているのは私でないことは明白。つまり、彼女がどう思うかなのだ。今彼女は遊びたい。そ
の彼女に力及ばない私が首を横に振ったところでその機嫌を損ねるだけ。
「あ……あぁ、うん。ほら、もうかくれんぼしたじゃないか」
私は彼女の手の中で、冷や汗をかきかき答える。これで上手く捲けないだろうか……。
「え~、ちぇんはね~、あれがしたい! 最近らんしゃま忙しくてあれしてくれないでしょ?」
やっぱり駄目か。しかしこれは私の自業自得でもある。というのも、お遊びと称して私は自分の式に
……その、エッチなことをしていたんだ。可愛さ余って、つい。その感覚に、彼女は捕らわれている。
ようするに私のせいで発情したネコなのだ。
「あ……あはは、ちぇん、いいかい。私はこの大きさなんだ。いつもみたいに出来るわけが……」
私はどうにかして断ろうと試みたのだが。
「違うよ、この大きさだから出来ることをするんでしょう?」
当然ダメだった。
「さ、らんしゃま……まずは服を脱ぎましょ」
橙の指が、私の服に掛る。その指の大きいこと。ほっそりとした綺麗な彼女の指が、私にしてみれば
大蛇のようだった。そして力任せに引っ張る。いや、彼女はきっと普通にひっぱっただけなのだろうが
それは私にはあまりに強すぎた。しかも、濡れた衣がぴったりと肌に張り付いて肌を引っ張るのであ
る。
「い……いたたた、もっとやさしく」
私は彼女に訴えたが、聞こえているのかいないのか、橙の手の力は緩まない。
「これ以上緩めたら脱げないもんね」
着物が私の顔を覆う。濡れた着物は私の鼻と口を覆って息を塞いでしまう。
「むー、むー!」
私はどうにかして彼女に訴えかけようとしたが、無駄だった。この大きさが故に表面張力の影響が大
きすぎるのだ。
「あ、らんしゃまのお顔が見える! 布ごしだけどしっかり浮かび上がってるよ~!」
橙の楽しそうな声。そして鼻の頭を彼女の巨大な指がなぞる。
「おっぱいも、しっかり浮かび上がってる。らんしゃまみたいに大人っぽくなりたいな~」
彼女の指が今度は、私の胸をつついた。つついた、と言っても、その大きさから私の胸を押し潰すよ
うな形となったが。そしてそのままくりくりと弄ぶ。
「あ、いけない。このまんまだと苦しいね」
分かっていてやっているのか。私はなにか言おうとしたのだが、口がふさがれていて何も言えない。
「うーん、でも上から脱ぐのは大変だぁ。袖が長すぎるんだもの」
橙が私の服の裾の方を引っ張って、元に戻す。私の顔を覆っていた布が外れ、そして私は待望の酸
素に触れた。
「ぷっ……はぁ……はぁ」
満身創痍。霞む視界に式神の巨大な、しかし可愛い笑顔が映り込む。こんな状況になってもやっぱり
可愛いだなんて、私はどうかしているな……。
「そうだ、破いちゃえばいいかな」
橙はそう言って今度は左手に私を持ち、そして右手で背中側の布を掴んだ。
「……ちぇん」
私は彼女の名を呼んだが、しかしその声は彼女には届かない。彼女はそのまま、わたしの着物をぐ
いと引っ張った。
「うぐつ……あぁっ……」
圧力。全身を締めつける、特に胸や腹を締めつける強烈な圧力。これがたった一枚の布と、少女の
指によってもたらされたものだなんて、とても思えない。
「あぁ、らんしゃまの形のいいおっぱいが、今露わに……くすくす」
引っ張られて、私の体の形に変形する布。その布がそのままそっくり、その下にある私の体を写し
取って表す。そう、まさしく力の逃げ場が無い、完全な圧迫。呼吸は苦しく、辛くなっていく。
「や……め……」
私がどうにかしてその二文字を呟くと、意外なことに力が弱まった。
「わかった、一回休憩。ね」
休憩。私の限界に達する前にそれを見切ったか、それとも早々に終わらせないためなのか。猫と言う
のは獲物が弱るまで執拗に攻撃を繰り返す生き物。そう、決して一撃で相手を楽にしたりはしない。
「ちぇん……私がいつこんなことをお前にした」
一息ついて、私は彼女に問う。が、返ってきた返事は。
「私は服を脱がせてあげてるだけだよ?」
私の想像の遥か斜め上を行くものであった。だめだ、とてもではないが。観念した方がよさそうであ
る。私は歯を食いしばった。
「それじゃ、続きをいくよ……らんしゃま」
ぎちぎちと服が私を締めつける。その直前に精一杯息を吸い込んだ肺を、情け容赦なくぎゅうぎゅう
と。
「……くっ」
この強大な力に対して、私が自身の肺に託した希望など何の意味もないことを思い知らされる。本当
に、一握りの淡い希望に過ぎなかったのだと言うことを。それこそ、橙が手を握れば潰れてしまうほど
の。
 こうなったら……彼女に怪我をさせることになるかもしれないが小刀か何かに化けるか。そうだ、少
しばかり痛い思いをしてもらって学習させよう。
 肺の中の空気を少しずつ逃がして、集中力を高める。そして片手で印を組み妖力を……。
「っ!?」
術が……発動しない。少なくなった肺の中の空気が煽る焦り。それをどうにか律してもう一度印を組
む。けれど、私の体は変化しなかった。
「えへへ……らんしゃま、何かに化けようとしたね? けど無駄だよ~」
そこに来て、私は橙が先手を打って何らかの術を仕掛けていたことに気がついた。彼女の目が、妖
力を帯びてうっすらと赤く輝いている。
「妖怪封じのおまじない。この間山の上の巫女の所に遊びに行った時に教えてもらったんだ~」
なるほど、確かに彼女と私の間にぼんやりと術式らしきものが見える。五行の考え方を利用した簡単
なもの……まさか私があの程度の術に縛られるとは。
 しかしその術を破るほどの力は今の私には無かった。肺の中の息も吐き切ってしまって、意識が遠
のく。
「……ぐいっ」
突然、私を圧迫する力が強くなり、そして何かが破れる音がした。それはつまり、私の服が、である。
胸が、そして腹が露わになる。部屋着だったから、さらしもない。
「ぷっ……はぁ……はぁ……」
私は圧力から解放され、新鮮な空気を精一杯肺に吸い込んだ。あぁ、空気が吸えるって素晴らしい。
そして、多少はっきりした意識で考える。今の私は妖力が使えない。しかも大きさは10分の1以下
……。つまり、そこらへんにいるキツネ以下。
「どう? 苦しかったかなぁ……?」
こいつ……分かっていてやっているのか? さっきももしかすると、私の限界を見極めてぎりぎりのと
ころで服を破ったのだろうか。
「さぁて、お服を破ったら……まずは、ぺろぺろしちゃおうかな~!」
チェンの、巨大な口が近づいてくる。等身大だった時は、あれほど可愛いと、愛おしいと思った口が
今はとても恐ろしく見える。
「ぺ~ろっぺろ~! ぺ~ろっぺろ~! らんしゃまをぺ~ろっぺろ~!」
体を包めてしまいそうな巨大な舌が現れ、そして私の胸を、腹を撫でる。暖かい、柔らかいそれが、
私の体を這うようにじっくりと。唾液が気化熱を奪って、すーすーする。
 私はそれに必死で足をばたつかせて抵抗したが、しかし逆にそれが彼女にとって魅力的だったらし
い。
「ふふっ、らんしゃまかわい~! 食べちゃいたいくらい!」
あ~ん! 彼女は大きく口を開け、そして私の足を口に含んだ。足を覆う暖かい感触、そして太腿の
あたりを捉えた彼女の歯。
「んぐ」
「ああああぁぁぁっ!」
私はあまりの痛みに絶叫した。きっと彼女は軽く噛みついただけなのだろう。それが、私の腿に食い
込み鋭い痛みとなって全身を駆ける。
 猫という動物は……相手を甘噛みし、そして相手が反撃しないことを確認して愛情を確かめるのだ
と言う。もっとも今の場合、私は反撃できないのだが。糸切り歯を使わなかったあたり、それであるこ
とは確定的に明らか。
「……ふふっ」
橙は私の悲鳴が滑稽だったのか、私を咥えたまま小さく笑った。その一息ごと、彼女の横隔膜の動き
に合わせて歯に圧力がかかる。私がその度に小さくうめき声を漏らすと、その力が突然弱まった。唾
液の糸を曳いて、彼女の歯が私を解放する。
「あぁ……らんしゃまにそんな声を出されるとなんだかゾクゾクしちゃう」
彼女は私を口から取り出して、そう言った。その台詞を聞いた瞬間私は背筋にひどい悪寒が走るの
を感じた。自分の腿を恐る恐る見れば、そこには深々と突き立てられた歯の跡がくっきりと残ってい
た。妖狐だからこんなもので済むものの、人間ならとうに食いちぎられているであろう程の力で彼女
は噛みついていたのだ。
「こ……殺される」
思ったことをそのまま口走った。
「やだなぁ、殺しなんてしないよ。ほら、いつものこと……しよ」
橙は私を机の上に置いた。無駄であると分かっていてもなお、私は逃げようとしたが……足が動かな
い。筋肉が痛めつけられて、思うように動かせないうえに、糸を曳く唾液がぬらぬらと滑って立ち上が
ることすらままならない。どう足掻いても絶望。
「おい……この大きさの違いだぞ……ま、まさか。いや、いくらなんでもそれは」
私は言ってから気がつく。これはフラグだったと。しかし時すでに遅し。まぁ、言ったか言わないかで
結果が変ったとは思えないけど。
「えっへへ~。そのまさか」
橙はにこっと笑ってそして椅子の上に飛び乗った。さっきまで上半身しか見えていなかった橙のス
カートが圧倒的な壁となって現れる。
「けどここじゃちょっとアレだよね」
橙の巨大な手が、私に向かって迫ってくる。力の差は明白。これに抗おうなどとは微塵も思わなかっ
たし思えなかった。ぎゅむ。臓腑を圧迫する強烈な圧力を感じ、そして次に加速による重力を感じる。
 どしん、ずしん。2本の足が椅子から降りる音。うっすらと開けた私の目には、ソックスに覆われた彼
女の足が映っていた。その足が1歩踏み出されるごとに私は上下に激しく揺さぶられる。たった10倍
だが、その10倍がいかに違うものかを思い知らされる。彼女は人形を持って歩いているだけ。けれど
私はその1歩ごことに三半規管を乱され、意識が揺らぐ。
 そして、足音がとまった。強い遠心力を感じ、そしてどすんという衝撃を感じた。おそらく、布団の上
に着いたのだろう。いつもの場所に。
「さ~て、なにから始めちゃおっかな~」
ぼふっ。布団の上に投げ出されたらしい。天地が激しく逆転し、止まると巨大な式神の顔があった。
けれど、今度は肌色の壁が視界の両端に聳え立っている。私は彼女の股の間にいるのだと言う事を
理解するのに数秒を要した。巨大さが故に。
「……もうどうにでもなぁれ♪」
私の率直な感想であった。この状況から逃れることなど出来はしない、と。
「それじゃぁね……こうしちゃおうかな。えい!」
私の両側にある壁が動いた。もちろん予想はしていたが、実際に動き出すとそれはものすごい迫力
であった。壁が動いて自分を押し潰すなんて、そんな事態を経験したことがある人は少ないだろう。
故に私の語彙ではその凄まじさを伝えることはできない。本当に、肌色の壁が左右から迫ってくるの
だ。このままの体勢で力を受けてはたまらないので、横を向いて衝撃に備える。
 ぼふっ。ふとももが、閉じた。私を間に挟んで。両側から叩きつける衝撃に、思わず肺の中の空気
を吐きだす。が、暖かく柔らかい彼女の腿は私の口を、鼻を覆ってしまって息を吸う事が出来ない。
 ――しまった……不覚――
 橙に何とかこの状況を理解してもらおうとするも、やわらかな肉に包まれて手足を動かすことすらま
まならない。酸素不足に、炭酸中毒。遠のく意識が焦りを加速させる。
 けれど。この状況に恍惚を感じないわけでもなかった。私自身そっちの気はないと思ったけれど、こ
うして橙の太腿に抱擁されていると思うと、なにかこう感じるところがある。
「ふふ……ちょっと休憩」
私の限界を見極めたか、それとも偶然か。橙は私を解放した。私は空気を思いっきり肺に吸い込む。
休憩……と言うことはまだ続けるつもりだろうか。
「それじゃ、もう一回……」
橙は再び股を閉じ、視界が肌色の壁に閉ざされる 。完全に闇に覆われたかと思いきや、ふと差し込
む光。そしてまた閉ざされる。今度は足を動かしてその間にいる私を揉みしだいているのだ。
「ふふ……どぅお? らんしゃま。気持ちいいでしょ……橙のこんなところに、全身埋もれてるんだよ?
いつもらんしゃまが触ってる橙のここに……」
上下に、すり潰すようにうごく彼女の脚の間で私は彼女のそんな声を聞いた。
滑らかで柔らかい彼女の太腿の間で、膨大な圧力をかけられて私の意識は遠のいて行く。それに
つれて、痛みが自分のものでないように感じられる。そんな感覚に囚われた時、私はかつてない恍
惚を感じた。
生物が痛みを感じるのは死を避けるため。しかし避けることのできない死が眼前に控えている時。
これ以上痛みを感じるのは無意味と体が判断するのだそうだ。そうして本能が生きることを諦めた
時。眠りに落ちる時のような静かな心、そして快楽の中で命は終わる。今、私の身体にそれが起こり
つつあった。死と言う逃避の快楽と痛みの渦巻く現実の狭間を彷徨っていた。
そして不意に、現実へと引き戻される。身体の随所が痛みに襲われ、それでも新鮮な空気に触れ
た瞬間軋む肺は精一杯空気を取り込む。生きることを諦めていた身体が、再び生きようともがく。
「休憩~っと」
はっきりとしない頭に、式の声ががんがん響く。そして暫くののち、暖かい壁が迫ってくる。
そのあと何回か、私は死と再生を繰り返し味わった。彼女の遊び心で、彼岸の手前まで送られ、そ
して彼女の気まぐれで此岸へと呼び戻される。この繰り返しだった。言うなれば生と死の境界線、
ボーダーオブライフ。私にとって橙はそれを操っているに等しかった。
たった10倍。ただデカイだけでここまで違う。妖力を封じられた私と妖力を自在に使える彼女。天と
地の差だ。もっとも妖力など使わなくてもこの違い。そう、今の私は人形同然だ。何の力も持たない、
ちいさな人形。たとえ私が事切れても、この娘は暫く私を使って遊んでいるだろう。
「さーて、それじゃいよいよ」
橙はずしんずしんと足音を立てて立ち上がった。ぼやけた視界に彼女の白い下着が映る。その下着
が下りてきて、脱ぎ捨てられた。もう、何をするのかは明白だった。
「らんしゃま……いくよ」
何もはみ出していない、毛も生えていない綺麗な秘所が、私の上に露わになる。あぁ、私は今からあ
そこに押しつけられたりするんだろうな。自分の事ながら、もはや他人のことのように感じる。もうこう
なっては、あとで紫様に再生してもらうしかなさそうだ。
 私の答えを待たずに、橙のそれが下りてきた。あの特有のにおいが鼻をつく。
「んっ……」
ずしっ。橙の割れ目が、私の体と接触する。感じる重み、暖かさ、柔らかさ。そして少しずつ、ゆっくり
と私の体はその割れ目に押しつけられる。上半身全てに、覆いかぶさる暖かいモノ。
「あぁっ……ん」
橙の澄んだ、しかし色っぽい声が彼女の体を通して鼓膜を震わせる。いや、その音だけではない。彼
女が脈打つごとに、その鼓動が耳へ、体へと伝わってくる。
 ずり……。橙が体を動かした。ほんの少しの距離。私の上半身は秘所の束縛から逃れ、今度は下
半身に覆いかぶさる。
「ひゃうん!」
敏感な彼女は私の体の小さな凹凸に反応し、小さく悲鳴を洩らした。そこで私は気がつく。体が少し
楽になっていることに。
「なるほど……そういうことか」
私は巨大な秘所に圧し掛かられている自分の脚を見、ある仮説を思いつく。今私の妖力を封じてい
るのは彼女が彼女自身の力を用いて発動させた術。今、彼女は快感に溺れかかっている。故に集中
力が切れ、その術に力を注ぐことがおろそかになっているのではないかと。
「ならば……これでどうだ!」
私は彼女の秘所に圧し掛かられている脚をなんとか動かして、割れ目の中にひざ蹴りをかました。
「ひゃう!? らんしゃま、気持ちいいよ……、もっと、もっとして……あひっ」
やはりだ。間違いない。さっきよりも私の力が戻っている。意識も大分はっきりしてきた。
 彼女のせがむがままに、私は両の脚で交互に、彼女の秘部へと蹴りを入れる。その度に、彼女の
喘ぎ声が私の体を震わせ、私まで興奮させる。足に、暖かさと湿り気、そして妙な感触を覚えた。妙、
というのは当たり前ではあるが、足全部が誰かの体の中に入ることなんてないのだから。足裏は襞
にくすぐられ、ふくらはぎはぎゅむぎゅむと締めつけられる。そこから出ている太腿には、私の物とも
橙のものともつかぬ体液が滴っている。
「あっ……いぃ、イイ!! らんしゃまあぁ!」
ぎゅううぅ。彼女の中に入り込んだ足が、きつく締めつけられる。しかしそれでも痛みを感じない。妖力
がもどったのだ。これは勝ったな。心の中で思うも、フラグになるので口にはしない。
「それっ! イッツ、お仕置きターイム!!」
私は印を組み、ありったけの妖力を集めて変化の法を使った。今度は手応えあり。私の体は、紫様
がいつぞや持ち帰ってきたあの玩具に姿を変えた。
「にゃ? っ……!?」
変化せずに残っていた9本の尻尾を巧みに操り、私は橙の中に入り込んだ。やはりそこは暖かく、そ
して湿っていた。スイッチを自らの意思でONにする。
 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……。毎秒何十回という速度で、私の体が振動を始めた。詳しい仕組みを知
らないため、見た目と機能のみの近似的なものではあるが、しかし橙を中から刺激するにはそれは
十分すぎる効果を発揮した。
「ひああぁぁぁ、らめぇ、そんな、そんな激しく……あぁぁっ!」
橙は、私を中に挿れたまま、布団の上をゴロゴロと転がる。それに合わせて私もぐるぐると
まわる。しかし当然、振動は緩めない。
「まだまだ……もっと奥に入ってやる」
私は変化せずに残っている尻尾をまたも巧みに操り、自身をさらに奥へと押し込んだ。尻尾が9本も
出ているアレなんて気味が悪いと思われるかもしれないが、あると便利なので仕方がない。
「いやぁぁ、らめぇ! それ以上は……いぐ……いぐうぅ! もう、らんしゃまの勝ちですぅ、お願いだか
らああぁ」
橙は私の尻尾を掴んで引っ張り出そうとするも、動かすたびに走る快感にそれすらかなわないようで
あった。
「橙がッ逝くまで振動を止めないッ!」
私は尻尾で彼女の太腿をくすぐった。既に限界までに達していたであろう彼女堤防は、ほんの少しの
刺激によって決壊した。
「っ…………らめらあぁぁぁぁ! おふとんのうえにゃのにいぃぃ!!」
橙は悲鳴と喘ぎ声の混じり合った声で叫び、そして愛液を布団の上に飛び散らせた。確認するすべ
はないが、私が中に挿入されているため、圧力が高まったそれはかなり遠くまで飛び布団にまだら模
様を描いていることだろう。
「っ……はぁ……」
橙は、そのまま、きっと悔しげに崩れ落ちたのだろう。どしん、という衝撃が伝わってきた。
「もう、いいか」
私はこれまた尻尾を使って体を引っ張り出し、外に出た。変化を解いて顔の方へと歩いていけば、疲
れきってしまったのか橙は眼を半開きにして眠そうにしている。彼女の眼は私を見つけ、数回瞬いた
が、眠さに耐え切れなくなったのかゆっくりと閉じた。
「う~ん、ひどい目に遭ったけど……やっぱり可愛いな」
眠りに落ちた式の、安らかな寝顔。すやすやと寝息を立てる彼女は、こう大きくなっても変わらず愛し
く、抱きしめてやりたいと思えた。
「紫様が帰るまでまだ暫くあるが……それまで一緒に寝ているかな」
私は橙の懐に潜り込んで、そして彼女の鼓動を聞きながら眠りに落ちた。今度は妖力を封じられなけ
ればこういうプレイも悪くないな……と思った。


「ただいま~」
主人の声で、目が覚めた。その時には、いつの間にやら私の体は元に戻っていた。破れたはずの服
もきれいに修復されて。
「はっ……すっかり寝過ごしてしまった。おかえりなさいませ、紫様」
私は慌てて跳ね起き、主人を迎える。
「あぁ、藍。お留守番お疲れ様」
「申し訳ありません、寝過ごしてしまいまして……晩御飯の準備がまだ」
「いいえ、それでいいのよ。今日は私がご飯を作るわ」
紫様はそう言って、台所に向かった。
 夢だったのだろうか。ふと、私はそう思う。ある意味それも間違いではないのかもしれない。いつも
彼女がやっていることからするに、先程経験したのは紛れもない現実。しかし今となっては幻想。さて
はて、幻想郷の中で幻想と消えたものはどこへ行くのか。その先の世界では……。
「いや、考えるのは止めにしよう」
私は、底のない無間を覗きかけたような気がして、そこで思考を停止した。紫さまはそう言ったことを
全てわかった上で幻想郷を結界で隔離したのだろうが、その式である私には到底理解の及ばない領
域だった。
「藍~? ごめん、やっぱりちょっと手伝ってくれない~?」
主人の声に呼び戻され、私ははっと現実に立ち返った。
 いつもと変わらぬ、夕食の時。