「ねぇ、えーりん」
昼も夜も暗い永遠邸。その最奥部の一室に姫はいた。漆黒の闇に溶ける黒髪が彼女の背を覆い尽
くす。もう、隠れている必要などないのに、それでもなお彼女は部屋の外に出ようとすることはそう多
くはなかった。
「はい、なんでしょう。姫様」
その傍に佇む一人の女性。白い髪を三つ編みで一つに結い、赤と白に塗り分けられた衣に身を包
む。
「退屈」
幾度、その台詞を聞いたことか。彼女は溜息をついた。幾度、聞くことになるのだろうか。おそらく、無
限に。なにか暇をつぶせるものがあったとして、それを持っても彼女の暇は潰しきれない。何せ姫は
永遠の存在だから。答えの見え透いた自問自答を、頭を振って彼女は振り払う。
「では……花映塚はどうでしょうか」
「飽きた」
「では最近やり込んでいた風神録……」
「こないだスペカ全コンプしたわよ。もちろんルナで」
「非想天則……」
「なんで私が出てない訳!? 優曇華はいるのに!」
「それは彼女が新参ホイホイとしてあまりににんk」
「どうしてあの付け耳ウサギが私より人気なのよ!? あと、家から出ないから~とか言うなら、あの
吸血鬼はどういう訳なのよ~!!」
姫はそう言って布団をかぶってぶんむくれてしまった。
「貴方も大変そうね、姫、そして八意永琳。今日はそんなあなたのために姫を満足させる暇の潰し方
を提示したいわ」
不意に、声が掛り姫は布団から顔を出した。
「貴方はいつぞやの……」
姫が布団の間から垣間見たのは、紫色のドレスを身に纏った金髪の少女。
「そう。けれど今回は別に貴方達を懲らしめに来たわけではないわ」
「本当に?」
「そうね、どうしてもとあらば蓬莱人と人間の境界を操って終わらせてあげてもいいけれど。今日はわ
ざわざそんなことをするために来たわけではないわ」






「と、言う訳で本日現代入りするのはあの月の姫。蓬莱山輝夜よ」
東京都、世田谷区、二子玉川。かつての名称は二子玉川園。この場所は、年に一度だけ異様な盛り
上がりを見せる。
「ねぇ、紫。お祭りにしてはちょっと人が多すぎないかしら?」
人ごみの中でも特に映える蒼い宝石のような艶のある髪。そしてこちら側の世界の人間にはほぼ有
り得ない紅玉の瞳。少女の名、比名那居天子。本来下界の喧騒などとは無縁の筈の存在だが、紫
の頼み事とあっては仕方がない。
「ほんと……人がゴミのようだ!」
そう言って、なんだかんだで愉しそうにしているのは河童のにとり。今日だけは、浴衣姿である。事前
に紫から何か聞いているようだ。
「ほら、そろそろ始まるわよ」
紫は天子の質問には答えず、暗闇に落ちる町並みの空を示す。彼女らが座するのは二子玉川のシ
ンボルともいえる、玉川高島屋の屋上。
「始まる……? って言うかさっきまで魔理沙がいたのにどこ行ったのかしら」
と、天子が首を傾げると、その答えが夜空に明るく打ち上がった。赤、緑、激しく弾ける弾幕の花は夏
の風物詩。
「た~まや~!」
にとりが愉しそうに掛け声をかける。浴衣に身を包み、花火を見る河童はなんだか絵になった。頭の
上に皿がないので河童と言うよりただの少女なわけだが。
 硝煙が風に流れて鼻をくすぐる。
「この多摩川花火大会はね、来場者80万人を数える川崎市民と都民の一大イベントなのよ。1995年
には来場者数100万人を数えたわ……。その間周りは交通規制。鉄道も特別ダイヤでの運行になる
ほど。故にこの場に……身長160メートルの乙女が現れたりしたら」
「当然逃げ場はない、と……」
天子が、紫から買い与えられた焼き鳥を頬張りながらその後を継いで答える。
「そう言う事。どうせかき乱すならその人数は多い方が面白いわ」
彼女の残酷な笑みが花火の明りに照らされる。それに気がつくものは皆無だったろうが。
「ほら、いらしたわよ。今夜の祭り最大のゲストが」
紫が言うのと同時に、空間が裂けそしてその中から重そうな衣を引きずって一人の少女が現れる。
当然その足の下に百人近くを踏み潰して。
「ひれ伏しなさい、愚民共!」
少女の第一声はそれであった。大気を震わせて放たれたその一言は地上の民に圧倒的な力と威厳
を持って降り注ぐ。
「今夜、貴方達はこの高貴なる私、蓬莱山輝夜に踏まれて死ぬのよ。有難く思いなさい」
すっ……。袴の裾から覗く素足が、下賤な民の上にかざされる。人々は押し合いへしあい、我先へと
逃げようとしたが何せこの人ごみ。どうすることも出来ないまま、その足の作る、より深い暗闇の中に
収まる。
「さぁ、私の足を支えてみなさい。重いなんて言ったら許さないから」
輝夜はそう言って出来る限りそっと、人間達の上に足を踏み下ろす。くすぐったいような、奇妙な感
触。そして確かに感じる押し返す力。
「あら、チビのくせに意外と頑張るじゃない……」
くすくす、と輝夜は笑いそしてさらに重さをかける。まだ、まだ耐える。人間は思いの外頑丈なものらし
い。
「でもね、まだこれからが本番。私はまだ足の重さぐらいしかかけていないのよ。もう結構辛いんじゃ
ないかしら」
ぐぐぐ……彼女はさらに体重を移動していく。遂にそれに耐えかねて、人々は崩れた。ずしん、重々
しい音響と共に舞い上がる砂煙。
「ちょっと踏まれてくる」
天子は焼き鳥を全部食べ終わったところで立ち上がり、ひと跳びで屋上のフェンスを飛び越えた。既
に混乱の最中にある屋上でそれに気がつくものは幻想郷住人をもって他に誰一人いない。
「逝ってらっしゃい」
壁を蹴って飛翔する天子を紫は悠長に見送った。


「さて、ここらへんでいいかしらね」
天子は人ごみの中に上手く着地場所を探して降り立った。ちょうど姫の二歩目が踏み出されるあたり
で、その位置の予想は簡単に予想がついたのだった。要塞の防壁のような厚さを持つ袴のがものす
ごい風圧を伴って通りすぎ、そして姫の足が視界を覆う。
「平安の人って、なんか着物重たそうだよね……」
天子はぽつりと感想を漏らして、そして片手を上げて彼女の足の裏を受け止める。周囲の人間も、そ
うしたくなかったが各々頑張って足を支えるしかなかった。
「な……なんで私がこんな目に~っ!」
中には浴衣姿の少女も混ざっており、これをそのまま踏みつぶさせてしまう事に天子は若干の迷い
を感じだ。けれどどの道、無かったことになるのだからまぁよかろう、とも思った。故に彼女は本気で
支えはしなかった。だんだんと、肌色の一枚天井が低くなっていく。
「ま、私が支えている以上潰れるわけがないんだけど……けれど私を支える地面がねぇ」
天子が呟く。そう、彼女の手は全く退いていなかった。ただ、彼女の足がどんどんと地面に沈み込ん
でいくのだ。それほどまでに、輝夜の足の自重は凄まじいものであった。何せその体積、質量は100
の三条倍、つまりは100万倍なのだ。
「ほらほら、情けないわね! もっと本気で支えなさい!」
だんだんと、輝夜のかける体重が増していく。そして、地面の臨界点が訪れる。
「のわ!?」
突然地面が陥没し天子はあえなく、輝夜の足の下で生き埋めとなる。その際に、彼女は見た。圧力
に耐えかね弾ける赤い飛沫を。絶望と恐怖に満ちた人々の顔を見た。そして断末魔の悲鳴を聞い
た。パキパキ、キュウキュウ……骨が砕ける音。踏みにじられる音。
「ふふ……さぁ、次よ」
輝夜の足が退けられると、そこには何もない周りより少しく凹んだ地面があるだけだった。血は泥に
混じり、骨だったものは粉々に砕かれて白い平面を成している。その地面が、1か所ボコっと盛り上
がった。
「ぷっはぁ……ひどいわぁ……お気に入りが泥だらけじゃない。ま、いつものことだけど」
天子は地面から首だけを出して周囲を見渡す。どうやらここはまだ輝夜の着ものの中らしい。まぁあ
れだけ長い着物を引きずっているんだから当たり前か、と天子は上を見上げる。
「はいてない……だと……!?」
天子は思わず呟いた。よくよく考えてみれば日本人にパンツを履く習慣が出来たのは近代に入って
からのこと……。長い間永遠邸から出ずに平安の暮らしを守ってきた輝夜姫がノーパンツなのは当
たり前なのである。そもそも袴や着物はめくられたり下から覗かれたりすることもないわけで。もっと
も彼女の場合は正確な着物かどうかは怪しいが。むしろこれは夜の衣なので
はないかと。万年床だし。
「よっこらせ……と」
天子は周囲の土を吹き飛ばし、そしてその穴から出て次の一歩を追った。
 もう既に、次の犠牲者たちは輝夜の足の下で踏ん張っていた。輝夜はその必死の努力を冷ややか
な笑みで一蹴し、無情にも全体重をかけて人々を踏みつぶす。その、足の下で弾ける感触が何とも
言えず心地よかった。
「ふふ……チビのくせに、集まればそれなりに気持ちいいじゃない」
残酷な笑みを浮かべ、少女は次の一歩もゆっくりと踏み出す。いたぶる様に、ゆっくりと。しかしそこ
で少女は背後から打ち上げられた何かの気配を感じた。振り返りそれを一睨みすると、飛んできたそ
れは爆発するはずのない高度で早々に爆ぜて散った。花火の尺玉だ。
「あら、地上の愚民が私に抗おうと? ふふ……今の人間は彼我の力量差を計るくらいのことも出来
ないのかしら? たとえばそう、今の一撃のせいで貴方達は帰る家を失ったかもしれない」
輝夜が手をかざす。それだけで、十分だった。スペルカードも、何も必要としない。ただ、少しばかり
の想念の力を加えただけ。それだけで、彼女の視界にあった――と言っても半径10キロ近くに及ん
でだが――構造物は全て脆くも崩れ去った。わざと残したのであろう半径1キロ以内ほどは無事なま
ま。彼女の力をもってすればその調整など容易いことであった。
「さて、貴方達には別段お仕置きが必要ね」
輝夜がそう言って地上の花火職人たちを睨んだ。それだけで、彼らは圧倒的な威厳に脱力し、力なく
膝をついて崩れる。どこぞの巫女は小人をとらえるのにえらい苦労を要したが、それとは大違いだっ
た。
「悔いるがいいわ」
輝夜は後ろを振り返って、そしてゆっくりと足を踏み下ろす。そのまま踏み下ろすことはなくぎりぎりの
ところでやはり止める。
「私の足の裏をお舐め!」
彼女は圧倒的な、逆らう事の出来ない声で言った。例えその後にある運命が変わらないことを知って
なお、その命令に抗うものはいなかった。
「うわ~、出たよ決め台詞。この作者のシリーズ初だよ……」
その様子を遠くから眺めていたにとりが呟いた。
「ほら、もっとしっかりお舐めなさい。隅々まできれいにするのよ」
輝夜は足の裏をくすぐるその感触につい笑みをこぼした。くすぐったい。必死さが伝わってくるのだ。
生き残りたいと言う願望が。そしてその願望を、粉々に踏み砕いてやるのが最高にたまらなかった。
「ふふ……ご苦労様」
ずしん。ぷちっ。彼女にはその程度の感触。その下は地獄絵図。力を持つものと待たざる者の圧倒
的なギャップに戦慄すら覚える。
「さて……そろそろ違うおもちゃが欲しいな。たとえば思いっきり締めつけても死なない女の子とか」
輝夜がそう言って二歩ほど、群衆を踏みつぶして進む。着物の下から露わになったのは自分の足跡
と一人の少女。宝石みたいな、蒼い髪を持った、あの。
「き……気がついてたの!?」
天子は慌てて逃げようとした。けれど、足が動かない。圧倒的なカリスマにピンされて、どうすることも
出来ないのだ。龍に睨まれた歩。クイーンに打ちとめられたポーン。
「逃げようなんて……そんな必要ないくせに」
迫りくる姫の手。そこから逃れる手段などある訳もなく、天子はあっけなくその中に捕まってしまった。
「っ……カリスマ負けしたわ。同じラスボスとして恥ずかしい」
天子は輝夜の親指と人差し指の間につままれて呻いた。
「仕方ないわよ。今の私は100倍。カリスマも100倍」
そう言いつつ、彼女の指が天子を締めつける。最初は、どうという事はなかった。何といっても、天子
は2000倍娘に踏まれても死なない身体だから。しかし。
「う……しまった。こいつは……もとから怪力だったんだ」
輝夜は、金閣寺の巨大な天井を素手で持ち上げて投げつけるほどの力。その彼女がさらに巨大に
なっているのだ。筋力は筋繊維の弾面積に比例する。つまり、身長百倍の彼女の力はもとの彼女の
一万倍に値する……。
「怪力とは失礼な」
「きゃあぁ!」
天子は思わず悲鳴を上げた。受ける力は1000倍娘の踏み付けなどよりはるかに大きく感じる。
まぁ、天子はその全エネルギーを受け止める前に地面に埋まってしまうため、仕事率や圧力などを考
えると至極当たり前の結果である。
「は……離してぇっ……」
はぁはぁと苦しそうにあえぐ比名那居の娘。その声は掠れ、彼女のただならぬ苦痛を切実に表してい
た。しかしそれが帰って逆効果になった。
「いいよ……可愛いよ。その苦痛に喘ぐ顔……もっと私に見せて頂戴」
輝夜はさらにぎゅうぎゅうと天子の体を指でいたぶる。たった2本の指で。
「や……くる……し……ぁ」
両側から、実に40万トン近い圧力をもろに受け天子は喘ぐ。エネルギーが逃げだす場所は一切な
い、仕事率99%の恐怖。彼女の漏らすその声が、やたらと色っぽくて、可愛らしくて、輝夜のサディス
ティックな心性をくすぐる。
「聞こえないわ。もっと大きな声で鳴いてちょうだい。私の小鳥ちゃん」
「やめ……たすけ……てぇっ!」
天子は命の危険すら感じていた。本当に、潰されるんじゃないか、と。押さえつけられて息さえまとも
に出来ない。
「そう……助けてほしいの?」
天子は彼女の問いに、髪を振り乱して全力で首を振って答えた。輝夜の、巨大な瞳をどうにか見据え
て。すると一瞬だけ、彼女の指の力が緩んだ。
「だ~め」
輝夜は花の咲くような笑みでそれを断り、そしてまた天子を締めつける。あえて希望を与えて、再び
どん底に突き落とす。それが、なによりも相手を絶望させることだと輝夜は知っていた。平安の都の
男たちもそうして、彼女に打ち砕かれてきたのだ。
「は……はっ……くっ……おねが……」
天子は必死になって懇願した。その目にはうっすらと涙が浮かんで見える。酸欠に血色は失せ、美し
かった天子の肌はみるみる間に青白くなっていく。
「大丈夫よ、今の力が私の限界。もうこれ以上強くなることはないわ」
輝夜の言う事は本当らしく、それ以上の強さには至らなかった。しかし天子はこの状況の中では希望
を見出せなかった。何せ彼女はまだ、片手の指二本しか使っていないのだから。
「そう、だから……こうやって左手を添えて、ね」
天子の予想通りであった。彼女のことだから、左手は添えるだけなんて優しいことはしてくれないだろ
う。
「もっと貴方を苦しませてあげる!」
また更に、天子を握る手の力が強くなっていく。
「かっ……はっ!」
天子は口からごぼごぼと血を噴いた。もうだめだ、こうなったら紫に元通りにしてもらうしかない。と、
もはや諦めかけたその時であった。
「諦めんなよ……諦めんなお前!! どうしてそこで止めるんだそこでぇっ! 頑張ってる人達のこと
想えよ!? 応援してる人達のこと想って見ろって!! 私だってこの威圧感の中……天子が助か
るってガンバッテんだから!! なんてな! 
 喰らいやがれニート姫えぇぇっ!! 恋符『マスタースパーク』っ!」
輝夜の顔に直撃する極太のレーザー。それが、箒に乗った一人の少女から放たれたものとは誰が
思うだろうか。
「はびゅっ!?」
ダメージにはなりえなかったろうが、しかしそれは輝夜を驚かせるには十分であった。彼女は驚いて
天子を取り落とす。もはや飛翔を行う力すら残っていない天子は地上にむかって真っ逆さまに落下し
ていく。
「よっと!」
箒にまたがった金髪の少女、霧雨魔理沙はそれを地上すれすれで受け止め、そして天高くに舞い上
がる。
「遅い……わよ」
魔理沙の腕の中で、天子は小さく愚痴た。
「へへっ、ヒーローは送れて登場するもんだろ?」
魔理沙は天子の目に浮かぶ涙を指でそっと払い、微笑みかけた。眩しい笑顔。天子の目に、そんな
魔理沙は王子様のように映ったかも知れない。
「魔理沙……せっかくの所をよくも邪魔してくれたわね!!」
不意を打たれてカリスマがブレイクした輝夜が魔理沙を打ち落そうとスペルカードを構える。
「おっと、ここは早々にずらかるぜ! 『オプティカルカモフラージュ』!」
魔理沙が、それのほぼ直前で霊撃を展開する。河城にとりからの借り物だ。
「っ!? どこに……」
突然気配を消した魔理沙を追う輝夜。しかしその時には既に魔理沙は紫の用意した空のスキマに飛
び込んでいた。
「せっかく新しいおもちゃを見つけたと思ったのにな~」
輝夜はそう言って、つまらなさそうに地上の人間達を踏みつぶしていく。
「もう踏みつぶしにも飽きちゃったし。終わりにしようっと」
輝夜はそう言って、一通り地上の人々を眺めた。
「集まれ……」
一声。それだけで十分だった。逃げだしていた人々はわらわらと彼女の足元に集まってくる。それで
も足らず、折り重なるようにして輝夜の足元に殺到する。
「よい」
輝夜は足を一歩踏み出し、今までの数倍もの人間をいっぺんに踏みつぶす。それはなんだか、敷き
詰められた穀物の上を歩いているような感触。けれど穀物は潰れたりしない。二歩、三歩。輝夜は隙
間なく敷き詰められた黒い絨毯の上を歩く。それでもその数はなかなか減らず、彼女はじれったさを
感じた。
「もう、こうしてやる」
彼女は足を投げ出して座り込み、そして河の反対側に頭がくるように寝転ぶ。河の水が彼女の衣を
濡らしたが、気にするほどの深さは無い。
 そのまま、彼女はゴロゴロと転がった。足で、腹で、胸で、沢山の人間がプチプチと泡沫のように消
えていく。泡。まさしく人間など彼女にとってはそんなものであった。気がついたら生まれていて、気が
ついたら死んでいる。一瞬の儚い存在。けれど、彼女はそんな彼らに憧れを感じることもあった。気
ままに生き、そして何も知らずに輪廻から抜け出せず……それでもなお各々が思い思いに生きてい
る人間に。そんな憧れが、人間を許さなかった。だから、一人残らず、自分の視界に映るものは潰し
てやった。




「おかえり、輝夜さん。ちょっと今回はやり過ぎたんじゃないかしら。おもに天人相手に」
多摩川、崩れ去った二子橋の傍ら。夜の闇に落ちる町並みの中元の大きさに戻った輝夜を紫が迎え
る。
「え……あれ、本当に死にそうだったの?」
輝夜はバツが悪そうに答える。
「死にそうよ! あんた本当に怪力なんだから勘弁してちょうだいよね!!」
天子が輝夜を責め立てる。その表情は、別に本気ではなかったが、しかし冗談でもなさそうと言った
ところ。
「私……あんまり外に出ないもんだから加減が分からなくて。てへへ、ゴメンネ」
輝夜は天子の手をとって謝った。
「超許す! よな、天子?」
魔理沙が天子の肩を叩いて笑う。彼女はなんだかんだで、いろんな人や妖怪の立場や心内を理解
できる優しい少女であった。
「え……あぁ、うん。まぁね。でも次は無いわよ」
「まぁ、私は美味しい場面もらったから許すし」
魔理沙はにやりと笑う。
「本当は私が助ける予定だったんだけど……6ボス相手に3ボスのスペルは通用しないだろうって魔
理沙が……」
照明に青白く照らし出されたにとりが小さくつぶやいた。美味しいところを持って行かれたわけであ
る。
「いいじゃないか、ちゃんとあんたの武装も使ってやったしさ」
がっはっは、と魔理沙は盛大に笑う。夜の街、誰も答える者のいない死屍累々の街に彼女の威勢の
いい笑い声がこだまする。
「さ、それでは帰るとしましょう」
「えぇ、お世話になったわ」
輝夜が、丁寧に紫に礼を言ってそしてスキマの中に消える。その長すぎる髪を引きずって。
「あいつ……後ろ髪長すぎるよな。なんか未練があるのかなぁ」
魔理沙がそう言って彼女の後に続く。
「私の出番~っ! つぎは必ず美味しいところもらうんだから!」
そしてにとりが不平をこぼしながら帰還するのであった。
「ちなみに次のターゲットは?」
天子が紫に尋ねる。
「えぇ……次のターゲットは……バカルテッド+αね」
「+αが分からないわ」
「まぁ、次回になってのお楽しみって事で」
安心と信頼の胡散臭さ。紫は天子に向かってふふっと微笑んだ。