「さて、紫さん。話ってのを聞かせてもらおうか」
守矢神社、本殿。応接間。何故神社に応接間があるのかは謎。
「そうですね……神奈子さんはもう外の世界には興味はなくて?」
テーブル越しにかけた少女が、この神社の二柱の神の一人、八坂神奈子に問う。バルーンスリーブ
の赤い服、胸元には鏡。そしてやや紫がかった青い髪。何より彼女を特徴づけるのは、背中に背
負った注連縄。
「遠まわしなのは嫌いだよ。もっとさっぱり言っちゃってくれないか?」
神奈子はその少女、八雲紫に向かって聞き直す。
「外の世界の人間はその多くが神への信仰を捨てている。貴方が幻想郷に来たのもそのせいよね。
それじゃぁただの泣き寝入りじゃない。せめて、信仰をしなくなった人間達に何か一つ、罰を下して
やってもいいんじゃないかしら」
「しかし、信仰がなくなったと気がつくころにはすでにそんな力は私に無くてな。仕方がないだろう」
神奈子はそう言ってお茶をすすった。
「そうね。だから私が一時的に力を貸しましょう」






「と、言う訳で今日はまず、皆さんに神奈子さんを信仰してほしいの」
少女、八雲紫が外見上同じぐらいの歳の少女達に言う。
「なるほど、幻想郷から引っ張り出すとその瞬間カリスマブレイクというわけね」
腰まである碧い髪を風にたなびかせ、少女が言う。毎度おなじみ比名那居天子。
「カリスマブレイクどころか、存在が消失してしまうわ。私がどうにか、幻想郷の信仰を持ちこせるだけ
こちらに持ち越した。貴方達がしなくてはいけないのは、神奈子が再び外の世界で信仰を得るまでに
それを形として留めておくために……一時的でいいから彼女を信仰してほしいの」
「私はもとから信仰してるけどね~」
にとりが言う。あれだけひどい目に遭いながらも、なんだかんだいって毎回紫に協力してくれるいい
妖怪。
「そう、妖怪の山の皆さんには相当名おいでいただいているわ。私が直々に天魔様とかけあって連れ
てきた天狗たちが」
紫が言う。天狗の隠れ蓑で意図的に姿を隠しているため普通の人間は認知していないだろうが、もし
かすると幻想寄りに生きている人には屋根の上に白狼天狗や烏天狗たちが腰かけているのが見え
たかもしれない。
「あややや~! それで私が連れてこられたんですか?」
と、言うのは前回までいなかった少女。黒髪、黒のスカート、白のトップ。そして赤い帽子に一本歯の
赤い下駄。手にはカメラ。その出で立ちは少女でありながら、威風堂々とした天狗の形。知る人ぞ知
る、伝統の幻想ブン屋、射命丸文である。
「出来れば貴方は連れて来たくなかったんだけどね。先にいっておくけど、このことを記事に書きたて
たりしたら本気で亡き者にするわよ」
八雲紫は溜息をついた。妖怪の山に出向いたら見つかってしまったのだ。椛ではなく文に。
「おぉ怖い怖い……じゃなくて、お任せ下さい! 私は清く正しい射命丸。スポンサーとの約束は絶対
に守るのです!」
彼女は胸を張り、そしていつも携えているカメラを誇らしげに構えた。
「ほら、紫さん、笑って!」
「私を撮らなくてもいいのよ。貴方が撮るのは……あっち」
大地が揺れ、そしてそれに遅れて重々しい音が伝わる。その時間差からして距離は1キロ前後か。
「さぁ、皆! 一心に神奈子様を信仰しなさい! そうでないと彼女の存在が霧散するわよ!」
紫に言われ、天狗たちが一心に祈りはじめる。天子も、らしくないなぁと思いつつ目を閉じ、二礼二拍
一礼。それはお参りのやり方だろうと、突っ込む者はいなかった。信仰心が示されていれば、ようする
になんでもいいのである。
「人類はかつて神を造った。自然を畏れ、そしてそれを制御するものとして、具現として神を造った。
だがしかし、科学を手に入れ、自然の脅威を忘れた人類はどうした。信仰を忘れ、果てに否定し、自
らの手によって作り出した神とやらを捨てたのだ。そう、私は捨てられた」
ずしん! その大きさ実に人間の100倍。そんな彼女が街の中に一歩踏み出せば、たちまち巻き起こ
る悲鳴の嵐。
「そう、だからこれは攻撃でも、宣戦布告でもなく……私を生み出した、貴様ら人類への逆襲だ」
ずしん! 再び踏み出されるもう一歩。住宅を、何のことなく踏みしだき、彼女は街のど真ん中に仁
王立ちした。
「心あらば祈れ。畏れよ、そして今一度、神を信仰せよ」
神奈子はそう言って、1歩あたり住宅を2~3件踏みつぶしながら歩き回った。人々の心を縛るには、
歩きまわる。それだけで十分だった。
「ふむ……そこら辺がどうやら信仰心が薄そうだな」
神奈子は住宅街の一角を見据え、そしてたった一歩で、そこに至った。ロングスカートがふわりと、天
を覆い尽くす。
「神罰だ」
神奈子はそう言って、何もはいていない足を住宅街に踏み下ろした。軽い見せしめであろうか。家
が、その足の下で無残な残骸になり果てる。
「あぁ、感じる。信仰を。畏れを。私自身も忘れかけていた、人間の信仰心を!」
神奈子はぐりぐりと、葬り去った住宅をさらに踏みにじる。洩屋一家は、幻想郷の中でも特に外の世
界に特別な想いと、恨みがあるのがその様子から伺い知れた。
「さ、もういいでしょう。これで彼女が消えることはない。むしろどんどん強くなっていくでしょう」
紫は皆に伝えた。蓑に姿を隠して祈っていた天狗たちは皆一斉に飛び立ち紫の用意したスキマの中
に消えた。射命丸を除き。
「みんなそんなに急いで帰らなくてもいいのに」
紫はそんな彼らを見送って言う。
「あやや~。組織ってのは大変ですから。仕事の休憩時間に集まってもらった人たちですからね」
「必要とあらば、時間の境界も操れるわよ?」
紫は文の返事を聞いて首をかしげる。
「精神的な問題でしょう。仕事が迫ってる状態で遊んでもつまらないですよ」
「ストレス社会ね……あなたのところも。さぁ、皆。散りましょう」
紫の一声で、にとりが、天子が、そして射命丸が地を蹴って各自配置につく。足元は天子、そして空
は文。にとりは……えっと、なんだろう。



「さて、人類諸君。私は貴様らに復讐をすると言った。たとえばそう、人類を変えるに至った、科学技
術とやらの粋を粉々に破壊してやろうと思う」
信仰が集まるにつれて神奈子の体は徐々に大きくなっていく。紫の演出でも何でもなく、これは彼女
の実力によるもの、つまりは信仰の力であった。
「辛うじて、私を信仰している貴様らは勘弁してやろう。だが、少しでも信仰を怠ったら……こうだ」
彼女が遠方の山を指示した。すると、天に走る一条の光。それは次第に大きくなり、やがて山の頂上
へと落下した。轟音と自身が駆け抜け、そしてそれが収まった時、山は無くなっていた。そのかわり、
たった今天から落ちてきた巨大な漆黒の柱が天に向かってそそり立っている。
「おぉ! あれがメテオリックオンバシラですね。撮影枚数7枚。レベル11の割には簡単なスペルでし
たね」
文がカメラでひたすらそれを撮影する。今回は動画ではなく、写真の数の方が多くなりそうだ。
「では、私は行くことにするよ」
今や1000倍もの大きさになった神奈子は、たった一歩で街の外に出た。山の裾野に広がる森に足を
つく。どうやらここは都会から離れた住宅街らしい。
「さて……都心部にはどうやったらいけるんだろうか。思うにあそこに見えているのは高速道路……
つまりあれを辿っていけばおそらくは」
神奈子はそう言って山を跨ぎ、高速道路をその足の下に踏みつぶした。人間から見れば高架の上を
走る道路なのだが彼女にしてみれば地上に引かれた一本のラインに過ぎない。その上を、蟻みたい
な大きさの車が、イライラするほど遅いスピードで走っている。
「神奈子さん、都会にいくつもりだ……あ~、若干大変だわ」
天子は地を蹴って走り出す。時速400キロ近い速度で追いかけているというのに、まったく近付く気配
がしない。むしろ間を離されていく。もっとも、神奈子にとっては山も谷もないようなものなのだから無
理もない。距離自体が、違うのである。
「天子さん、私が先に行ってるのでゆっくりでもいいですよ?」
背中に漆黒の翼を生やした鴉天狗、射命丸文が天子に追い付きそして追い抜いていく。
「くっそ~、私ももう少し速度をだせるように鍛えるべきなのかしら」
天子は500メートルほどの山頂で立ち止り、そしてその被害の跡を見降ろした。高速道路は所々残っ
てはいるがほぼ全壊で、道路を中心にその左右30メートルずつぐらいが足の下に敷かれて無残な瓦
礫となっている。もっとも、そう、そこは単に爆心地と言うだけで、その周りも当然それによって巻き起
こる風圧と地震によって全壊半壊様々な被害を生じていた。
「う~ん、神奈子さんは巨大化する前から身長が高かったしな~。重たいのかな」
遥か彼方まで連なる足跡は、大気に霞むほど遠くのものであれはっきりと見受けられるほど。その被
害は、今まで天子が見てきたものの中でも特にひどく見えた。




「あやや~! どうやら神奈子さんは何かを見つけたようです!」
射命丸が神奈子を追い越し、胸のあたりまでターンして戻ってきた。下を見降ろせば、どうやら何か
の施設らしい。彼女にはそれが何かはわからなかったが、そこにあるものが何らかの砲だったり、と
りあえず武器的な何からしいことは読みとれた。
「ここは自衛隊の駐屯地かね。ふふ、何やら慌てているようだね」
神奈子が余裕綽々に構える。同時に、その施設から砲を装備した車両が次々に現れた。
「止めておきな。自衛隊が武力を行使するには国会で決議が下る必要があるんじゃないのかい?」
神奈子は言ったが、しかしどうやら相手はやるつもりらしい。車載砲が次々に、神奈子に向けられ
る。ついでに、歩兵も無反動砲やら何やらを持ちだして構える。
「ふむ。自衛隊が即時使用可能な実弾を装備しているとも思えないがな……まぁそっちがその気なら
相手にしてやってもいいぞ?」
彼女はふっと笑って、そしてその施設に向かって足を踏み下ろした。すると、足の下で頑丈な筈の装
甲車がいっぺんに鉄のスクラップとなる。そしてもう一度、足を踏み下ろす。今度は歩兵たちに向かっ
て。神奈子にしてみれば大きさ2mmもない矮小な蟻の兵隊に。素足の裏に何かが当たったような気
がした、それだけ。次の瞬間には神奈子の足は地面深くに沈み込んでしまっていた。
 たった2歩。それだけで、地上に展開した部隊を片づけるには十分であった。
「ふん、これが貴様らが誇る現代兵器なのか? 整列しないと一発の弾も撃てないのが?」
と、神奈子が言ったその時であった。足のあたりで、何かが盛大にはじけた。おそらく信号弾か何か
だろうか。次々に打ち上がり、そして神奈子のロングスカートの裾ぐらいの高さで弾ける。
「……お粗末な弾幕だね。いいかい、弾幕って言うのはこういうのの事を言うんだ。『風神様の神
徳』っ」
「あやや~、これはルナティック史上最難スペルとまで言われているあの弾幕……ってこんなところ
にいたらピチュるって!!」
文は慌てて神奈子の傍を離れ、そしてその様子を観察する。花形に札弾が配置され、そしてもう一
重。それがいよいよ列をなして動き出す。
「あぁ、南無。ここら一帯は荒れ地になるね」
そのうち下に向かうものが、地上を爆撃し、そしてそこにあった全てのものを無に帰する。
「あや! あやややややややや! だめだ、積んだ!」
自分の体の数十倍もの大きさのある札弾の隙間を抜けた瞬間、次の札弾が迫っていた。慌ててカメ
ラを構えて……ぱしゃっ! するとカメラに映った範囲の弾幕が消去され、文の危機はどうにか去っ
た。
「ふ~、一命を取り留めたわ。あれに当たったら私とて無き者にされかねない」
文は汗をぬぐった。ちょうどその時には、もう気がすんだのか神奈子はその場を後にするところで
あった。






「そしてこちら八雲紫。あーんど、河童のにとり」
紫が、新宿の魔天楼の頂上でにとりの襟首を掴んで、次第に近づいてくる風神を見据えて立つ。
「なんで……せっかく今回は難を逃れたと思ったのに」
にとりは小さく嘆いた。
「貴方は天狗や天人ほど速くないしね。だからこっちまで送ってあげようと思って」
紫はにとりから手を離し、いつも持っている日傘をさした。そしてビルの淵に足をかける。
「それじゃ、頑張ってちょうだいね」
彼女はふわりと浮かびあがり、ビルを後にする。
「って、置いていくんか~い!」
にとりが慌てて追いかけようとしたところで、揺れが襲う。これは神奈子が発生させている自身に他な
らない。
「おぉう……ここから見るとすごいねぃ」
にとりは今回もすっかり諦め、そして神奈子を見上げた。仁王立ちする彼女の、膝にも至らない、高さ
180メートルのビル。
「さて、これが人類が知恵を集めて作った近代建築だね。ふん……小さい、あまりにも小さい。人間
がいかに努力したところで私の膝にも至らない程度のものしか作れない」
ものすごい音量が空から降る。にとりは思わず耳を塞いでうずくまった。と、次の瞬間にはものすごい
地震に襲われてビルの屋上を転げまわる。
「うわぁ、神奈子様やったな……」
さっきまで、そこにあったはずのビルが2本、消えていた。代わりに、神奈子の足が、そしてロングス
カートの裾が視界を遮る。
「う、うわぁぁぁ!」
にとりはその威圧感に思わず尻もちをついた。まだ距離があるはずなのに、自分の上に圧し掛かっ
てくるかのようなプレッシャー。
「今……今この街のあちこちからBBAって声が聞こえた」
突然、神奈子が言った。腕がプルプル震えている。
「地獄耳ぃ~! ってか、これはやばいって! 怒ってるって!!」
足も、震えている。全身が。これは真面目にやばい、この街ごと御柱の下敷きになる……にとりはそ
う思った。が。
「ふぇ、ふえぇぇぇん!」
神奈子は突然、崩れた。女の子座りになって、顔を両手で覆って泣きはじめたのだ。
「ええぇぇぇ!? ここにきて突然のカリスマブレイク!? 熟女に見えたけどその中身は超、超ガラ
スハートの乙女だった!?」
にとりはそこで驚愕し、そしてとりあえず胸を撫で下ろした。が、それは……。
「フラグだったかな?」
にとりははっとしてかたまった。そしてもちろん。
「ばばぁじゃない、ばばあじゃないもん!」
ぐわっし! にとりのいるビルが神奈子様の手に握られて、そして宙に浮く。そこにいた人間はみな
強烈な加速に伴う重力で床に叩き伏せられ、中には気絶するものもあった。そして急停止により天井
に衝突する。航空機のニアミス事故など比にならない。
「見た目じゃないの! 人も神も見た目じゃないのよ!」
ぐしゃっ。神奈子の手の中で、鉄筋コンクリートの高層建築が脆くも崩れ去る。壁面を覆うガラスが幾
億にも割れて、滝のようになって流れ落ちる。そして鉄がひしゃげ、コンクリートも同じように流れ落
ち、デスクや何やらがその間に垣間見れる。当然、人間も。
「あ、あ……神奈子様、せめて投げたり地面に叩きつけたりはやめt」
手に握られたビルは、そのままさらに天高く舞い、そして遠くの雑居ビルの中にその鉄骨を投げ打っ
た。
「ばかーっ! ばかばかばか! わたしは! ばばぁじゃないもん!」
ずん! ずしん! 神奈子の手が、次々に高層ビルを叩き潰していく。
「うわ~、熟女の姿をした乙女だ」
その様子を地上から眺めていた比名那居天子は思わず引いた。そしてつくづく思う。若いうちに年を
取らない身体になっておいてよかったと。
「おっと危ない」
天子はさっと手を上に出して、自分の上に降ってきた自動車を受け止め投げ捨てた。おそらく神奈子
が地面をたたいた時にその振動で跳ねあがったのであろう。同じようにして、人間達が面白いように
宙を舞う。もちろん一度飛んだものは潰れたトマトみたいになって二度と動くことはないのだが。
「意外と豆腐メンタルだったんだ……あの神様」
天子は見上げてもその全身が視界に収まらない風神をどうにか見上げた。丁度ここは女の子座りの
右足のつま先。横顔を、どうにか窺う事が出来た。
「あやや~。どうにも、空が危険なので降りてきました」
天子の隣に射命丸が着地する。亀裂が入りめくれ上がったアスファルトではあるが、一本歯の下駄
で上手く立つ。
「ばか! バカっ!」
神奈子は手近にあるビルを引っこ抜いては中に放り投げ、あるいはこぶしで叩きつぶした。その拳自
体がビル並みの大きさを持っているのだから、叩きつぶされる方は当然ひとたまりもない。硝子の飛
沫を上げて、コンクリートの粉塵を振りまき跡型もなく粉々に吹き飛ぶ。鉄骨ですら哀れな平面図に
戻されてしまうほどの威力。とても、神とは言えど一人の少女が行っていることには見えなかった。
「見てよ! BBAがこんなに張りのある胸をしているかしら!?」
神奈子は服を脱ぎ捨て、さらし一枚になる。それはそれは豊満な胸が大気を震わせてぶぅんと唸る。
「お前達なんか……この胸に潰されちゃうがいいわ!」
そう言うと、上半身を思いっきり投げ出した。
「ふ、風圧に備えなさい!」
天子は今までの経験から、文に忠告した、がもう既に遅かった。文は地震のみを警戒して翼を展開
し、飛び上がっていたのだ。
「だ、だめ! 降りてきなさい! 降りてきてー!」
天子がそう言った時には、秒速80メートルもの暴風が文の体を吹き飛ばしていた。天子は地震にも
風にも吹き飛ばされないよう、アスファルトに入った亀裂にしっかりとつかまってそれをしのいだのだ
が。
「あやや~!? 大丈夫で……っ!?」
射命丸がそう言いかけたその刹那。その体が強風にあおられて制御を失った。ものすごい速度で後
ろ向きに吹き飛んでいき、そして背後にあった半壊の雑居ビルに激突する。甲高い音に舞いあがる
ガラス片、そして砂塵。それでも止まることなく、彼女の体はそれを突き抜けてキラキラと光る鋭利な
ガラスを振りまき反対側から落ちて行く。 
「ちぃっ! 素人はこれだから!」
天子は風が収まるほんの少し前に地を蹴って、そして落ちかかる文を抱きとめた。人間離れした早
業であるが、天人なら仕方がない。
 彼女は文を抱きこんで空中で一回転し、着地の姿勢を整えて亀裂だらけの路面に降り立った。そし
て文の顔を覗き込む。彼女の綺麗な顔に、ガラスによると思われる傷跡が何本か、赤く筋走ってい
た。
「自分の判断が絶対だなんて天狗にならずに、人の話を聞きなさい。そうでないからこんなになるの
よ」
天子は彼女の頬をそっと撫でて優しく、そして戒めるように言った。
「天子さん……たすかりました」
射命丸は安心したのか、天子の腕の中で意識を手放した。


「うわぁ……こりゃすごい」
河童のにとりは、その一番いいシーンをその正面から捉えていた。って言うか生きてたんだ。
「生きてるよ! 失礼な」
神奈子の、さらしにまかれた豊満な胸が、ビル群に向かって圧し掛かってくる。その一番先っぽがビ
ルに当たった時。神奈子の胸は一瞬柔らかそうにその形を変え、そしてビルを包み込むかのように
見えた。けれど胸はその弾力を持ってして、ビルを押し返す。すると、ビルは真ん中あたりに亀裂を
生じ、そしてその部分に向かって屋上が近付いていく。それはもう、ものすごい砂塵とアスベストを巻
き上げて。幾つものビルが、神奈子の胸の下に圧搾されて消えていく。
「あぁ、スゴイナー。盛大ダナー」
遅れてくる地震に、両側のビルが倒壊し、そして吹き飛ばされる。地震に跳ね上げられ、風圧に流さ
れて。
「はい、お疲れ様」
吹き飛ばされた先に、待っていたのは亜空間。にとりはそこにホールインワン。さすがスキマ妖怪、
風による揚力や加速を考えての放物線運動を計算しつくした素晴らしい調整。
「ちょ、私エンディングからも外されるの~!?」
にとりを飲み込んで、スキマはぴたりと閉じた。
「エンディングではあなた大抵満身創痍で何もしゃべらないしいいかな~と思って」





「う、うぬぅ。外の世界に逆襲するつもりが、思わぬ醜態を晒すことになってしまった」
粉々に粉砕された瓦礫の上。元の大きさに戻った風神様が顔を赤らめて座り込んでいた。
「いやぁ、貴方の気分は分かるわよ。BBAって言われたら悲しくなるわよね」
よしよし、と紫が神奈子の頭を撫でる。
「まぁ、確かに神話時代の人だから私より年上だけど、だからって何も本人に聞こえるように言うのは
アウトよね……。私もウン百歳ではあるけどさ」
天子が言う。あんまり年寄りな気がしないが、しかしここに集まっている人間はその天子より年上の
者ばかりであった。
「あやや……まぁ、実年齢の問題とは違うと思いますよ」
射命丸。彼女も実年齢なら1000を数えようかというところ。なのに全くBBA扱いされない理不尽さ。
まぁ、紫やどこぞの医師なんかは既に5桁ほど違うが。
「そうよね、ぐすっ……心の問題よね。やっぱり。いろいろ経験しすぎるとどうしてもBBAっぽくなるの
かしら」
「あやや~、まるで私がなんにも経験していないみたいな言われ方です」
「ふふ、私たちから見ればね」
紫が扇を手に、くすくすと笑った。このBBA、半分公認だ。
「さぁ、返りましょう」
紫はくるりと踵を返した。
「あや? 河童のにとりさんは?」
射命丸が首をかしげる。
「先にお帰りいただいたわ。満身創痍になる前に」
「あやや~、所詮は3ボスと言ったところですね~」
射命丸はそう言って笑ったが、よく考えるとここにはラスボスとPhボスしかいないことに後から気がつ
いた。天子の場合はキャラによってはラスボスではないが。
「ふふ、ドングリの……」
「あや~、口が滑りました。気をつけます」
射命丸は苦笑し、そして紫が用意してくれたスキマの中に姿を消した。
「ま、カリスマで言ったら私よりあやちゃーんの方があるかもしれないけどね」
天子が続いて姿を消し。そして。
「紫。私のためにわざわざすまない。こんど、うちの神社に遊びに来ないか?」
まだ顔の赤い神奈子が言う。
「えぇ、いいわよ。杯は受けられないかもしれないけど、お茶ぐらいでしたら。その時はもう一人の神
様ともお話をしたいわ」
紫が神奈子の手を引いて、スキマの中に入る。複線バッチリのフラグOK。
「あ、あとその前に。お宅の巫女さんをまた貸して下さらないでしょうか……次はあの子なので」