143さんや144さんのレスにインスパイヤされて衝動的に書きました。リクほったらかして何やってるんだ
ろうこの阿呆は……。あと、インスパイヤって言葉自体が時代遅れで幻想入りしてそう。


「幻想郷では常識に捕らわれてはいけないんですね! ってあの巫女も言ってたけど……」
翡翠色の髪をショートに纏めた少女は、困惑気味に辺りを見回した。足元にはどこまでも続く平坦な
水面。腰のあたりには空中を浮遊する土くれが無数に漂い、頭上には見たこともない青い月が爛々
と輝いている。雲は高く、少女の胸のあたりから遥か天空までぼんやりとした高層雲がいくつも漂っ
ていた。
「ここどこよ……。どう考えても幻想郷以外の場所というか……異次元?」
雲を突き抜けて届く星灯り。瞳に映し出されたその輝きは、彼女の持つ特異な光彩のフィルターに左
右で異なる光を放つ。右目はエメラルドのように透き通る翠色。そして左目は血の石、ガーネットのよ
うな赤。色相関では真逆の位置にくる二つだが、今はそのどちらにも同様にして戸惑いの色が浮か
んでいた。
 少女の名前は多々良小傘。から傘お化けという妖怪の一種である。故にいつも、紫色の
傘を持ち歩いているのだが……その傘には目と口がついており傘の部分だけで既に妖怪としての用
を成している。少女の体と番傘、はたしてどちらが本体なのやら。
 それはともかく。妖怪はその存在を信じてくれるもの、恐れてくれるものがいなくては形を維持でき
ずに消滅してしまう。そしてこの世界には、自分の存在を信じるどころか認識してくれそうなものすら
ない。
「どうしよ……このままだと私、消滅しちゃうよぅ」
ぐぅ……。少女のお腹が鳴る。彼女は人を驚かせることによって発生する恐怖等の感情を糧にする
妖怪。ここ最近、人を驚かせることに成功していないため空腹状態にあったが、この世界に偶然迷い
込んでしまったがためにそれはもはや限界に達していた。
「くそう……誰でもいいからわちきの姿を見て驚け~!! 驚いて下さい~っ!!」
小傘はとりあえずいつものように化け傘をばっさばっさと動かして何かを驚かせて見ようと試みる。当
然本人自身も結果など期待していなかったのだが……。
「うそ……反応があるなんて。誰か私のことを見てる!?」
予想外の出来事に、逆に驚かされたのは小傘の方であった。こんな状況で考えられるものといえ
ば。実は目に見えない生命体がそこらへんにわんさかいて、それが小傘に嚇かされて……。
「なにそれ怖い……普通にオカルトなんですけど」
妖怪が何を言っているのやら。青ざめる小傘の胸に、先程の傘を動かした気流に引き込まれ、土くれ
がぶつかってきた。柔らかな彼女の胸はそれを一瞬受け止めたかと思うと、案外もろかった土くれは
ぼろぼろと崩れてしまった。そしてその中から、月と同じ色の綺麗な石が現れて天空へと昇って行く。
まるで月に吸い寄せられるように。
「ん……? そうか、この土の塊はあの月に引き寄せられているのか」
小傘はそれを見て、もっと詳しく調べようと近くの土くれに手を伸ばしむんずと掴んで目の前に持って
きた。
「なるほど……あの月と同じ物質が土の中にあって、その上に土が覆いかぶさることで中性浮力を得
ているんだね」
じっくりと見れば見るほど、小傘はその作りに感心させられた。
「お~、山がある。麓には森があって……。湖があり川があり……川の流れに沿って人が住む街が
あるね。山には氷河が覆いかぶさって、これが川の水源を安定的に供給しているんだね~」
まさに、それは陸地をそのまま空に浮かばせたような精巧な作り……と、小傘はそう思ったところで
あることに思い当る。誰が作った? いや、作りものにしてはおかしい点が色々とある。この大きさで
は川なんて数秒も持たずに流れ落ちてしまうはず。
「ってことはさっきのは……」
そういう事とさっきの事を合わせて考えると。小傘の中に、一つ合致の行く答えが浮かび上がった。
「私が今掴んでいるのは空に浮いた陸地で~、そんでそこに住んでいる人が私の姿を見て驚いた
……とすれば何にもおかしくないね。よかった、オカルトじゃなくて」
納得のいく答えを出し、にっこりとほほ笑む小傘。もちろん返事をするものは無い。あってもおそらく
聞こえない。だから、彼女が気がつくのには数瞬の間があった。
「って……私はつまり、この世界では大陸を片手で掴めるほどの巨人ってことなのかな?」
考えるに、思い当ることはそのぐらいだった。大陸が小さいのかもしれないが、逆であっても同じこと
だ。そしてなにより、その考証を裏付けるかのように、彼女が手にした大陸からは恐怖が伝わってく
る。
「あはは、皆簡単に怖がってくれる。こりゃいいや! それ、驚け~っ」
小傘は手に持った大陸をぶんぶんと振り回した。すると、大陸は遠心力に負け簡単に分解してしまっ
た。遠心力は移動速度も大事だが、回転運動の中心からの距離も大事になるのである。故にその威
力や、凄まじいことになる。
「あれ? 誰も怖がってくれない……って、壊れちゃったのか。脆いなぁ、もう」
小傘は手の中に残った不思議な色の石をぽいと投げ捨て、そして代わりの大陸を新しく手に取った。



 小傘に握られた大陸は、当然ながら混乱の只中にあった。
「議長! ここは封印されし魔竜”トリシューラ”を解印すべきです!」
小傘の中指の真下、山脈の頂上。森林限界を高く超え万年雪に閉ざされた氷結の地に、その大陸
の最高評議会はあった。
「しかし、あれを解放したところでこの巨人に勝てると思うかね」
議長と呼ばれた老人が、水晶玉から浮かび上がるホログラムを見据えて溜息をついた。そこには、
大陸を手につかみ、興味深そうに観察する少女の姿があった。大陸を除き込む彼女の大きな目は、
その中にいくつも街が建設できるほどの広さを持っていた。
「1000年前に三つもの大陸を無に帰したた龍ですよ、勝てないことは……」
議長に反論する若い議員。こうしている間にも大陸は巨人の指の力に負けて崩壊を始めているのか
と思うと声の震えが止まらない。
「そうかね。かのトリシューラは三日で大陸を三つ滅ぼしたそうじゃないか。ところでキミは、あの巨人
が大陸を三つ無に帰すまでにどれぐらい時間がかかると思うかね」
答えるものは皆無だった。


「あ!!」
小傘は力の加減をうっかり間違え、その手の中に大陸を握りつぶしてしまった。その途端、さっきまで
感じていた人間達の恐怖がぴたりと止まった。大陸の中から月の破片が出てきて空へと昇っていく。
「うそ……ごめんね。私、そんなつもりじゃ……」
おそらく皆、生きてはいないだろう。けれど。
「本当は人を喰うのが妖怪だもんね。うん、妖怪が人を殺したって何にもおかしくない。食べるために
結果として死んじゃうんだから。私は別に悪くない。……そう、悪くない」
小傘は自分に言い聞かせる。まだまだお腹は空いているし、恐怖を補給できるうちにしておかなけれ
ば自身の存亡が危ういのだ。
「そうだよ、うん。大丈夫」
何が大丈夫なのか、小傘は次の大陸に手を伸ばした。先程のものより大きく、まさに大陸と呼ぶにふ
さわしいものだった。驚かしがいがありそうだ。
「ふふ……おどろけ~!」
小傘は浮遊大陸を引き寄せ、そして胸元に持ってきた。今度は腕を組むようにして大陸を抱きしめ
る。
「わちきを怖がれ~っ。さもないと、おっきな女の子がぎゅーってしちゃうぞ!」
この世界のどんな山よりも巨大な二つの山が大陸に押しつけられる。大陸は胸を押し返したが、なに
せこの大きさの違い。小傘の乳は大陸を端から押し崩し、内陸部へと進んでいく。正確には動いてい
るのは小傘に抱き締められている大陸の方なのだが。
 ひしひしと伝わってくる、そこにいる生き物たちの恐怖。それが、少しずつではあるが小傘の腹を満
たしていく。胸が、山脈を突き崩す。小指でなぞれば潰れてしまいそうな小さな山脈を。そうする度
に、小傘は食欲とは違う別の欲求を体の内に感じていた。もっとも、常に飢えていた少女にはそれが
何であるかよりも食欲が勝り深くは考えなかったが。
 と、あるところでむにゅっと胸の方が形を変えた。硬いものにブチ当たったらしい。驚いて手を放して
みると、そこにはあの月と同じ色に輝く物質があった。その物質が、月の引力に引かれて大陸の中
心を割り浮かび上がって来ているのだ。
「月の引力だけを受ける物質か~。面白いね。そしてこの大陸は間もなくそれを失って落下するって
ことだよね」
再び大陸に手を廻す小傘。月の欠片は既にその大半を地上に覗かせ、大陸は左右に両断されつつ
あった。
「どうせ落っこちてばらばらになるなら……私の胸でバラバラにしてあげる」
小傘は舌を出して少し恥ずかしげに笑うと、彼女にとって小さなその大陸をギュッと抱きしめた。大陸
は腕に、そして胸によって押し潰され、山だったものも谷だったものも全部まとめてただの土にされて
いく。恐怖が、爆発するように膨れ上がり小傘の中に流れ込んでくる。心地よかった。満たされる空
腹が、そしてそれとは違った快楽が。
 月の欠片がその中を抜け出て空へ吸い込まれて行く。それでも小傘は手を止めず、大陸の残骸を
暫くの間自身の胸に擦りつけていた。
「あ……。恥ずかしいとこみられちゃった」
小傘は少し顔を赤らめ、そして胸についた残骸をぱんぱんとはたき落した。そして足元に放置してい
た傘を拾いあげると、可愛げに首を傾げ。
「ありがとう、美味しかったよ」
と、宙に浮かんでいる大陸たちに、あるいは彼女がさきほど潰した大陸に礼を述べた。
「お腹一杯になったらなんだか眠く……ふぁ~あ」
小傘は眠れる場所はどこかないかと辺りを見回すが、足元はどこまでも続く水たまり。いや、大陸が
あの大きさなのだからこれは海なのだろう。
 さすがにここに寝転んだら冷たいよね。小傘は思った。傘の妖怪だけど濡れるのが嫌なのだった。
しかし彼女の意向に関係なく意識は薄れ始め……。




「……あれ? なんだぁ、夢か」
小傘が目を覚ましたのはいつもねぐらにしている墓地だった。つまんないな。小傘はそう思うと同時
に、ある違和感を覚えた。満腹だった。
「う~ん? 寝ている私を見て誰かが驚いていってくれたのかな」
あまり考えにくいけれど。あの世界に行く前後の記憶が曖昧で、小傘は結局それを夢と結論付けるこ
ととした。
「さ~て、せっかく満腹なんだし今日は遊びに行ってみようかな」
から傘お化けの妖怪少女は地を蹴ると風に乗って飛翔し、そしてどこへともなく流されていった。