きっかけはほんの気まぐれだった。あの子に町を与えてみよう。そう思ったのだ。

「紫さん、これはなぁに?」

翡翠色の瞳をぱちくりとさせ、その子は首をかしげる。ショートとセミロングの間くらい、淡い翠の髪。いつも
お気に入りの、リボンつきの帽子。先日現代入りを行った少女、古明地こいし。

「外の世界の街よ」

手のひらの上の街を不思議そうに覗きこむこいしに、そのままの事実を伝える。もちろんあの子が聞きたいのはそんなことじゃないのだけれど。

「いや、そうじゃなくて。わかるよ、それぐらいは」

求めた答えを意図的に返さない紫に、こいしはぷぅと膨れる。

「ただの気まぐれよ」

本当のこと。けど、彼女は信じていないでしょうね。眉をひそめ、怪しむように紫を見据える。けれど無駄。彼
女の心を読む第三の目はもう閉じてしまっているもの。

「この街は本物?」

足場を確かめるように言葉を紡ぐ彼女。

「一応ね。歴史修正した時に出来てしまった並行世界の街。破壊すれば、それ自体がなかったことになり元
の時間軸に統合されるわ。その街はこの時間にありながらにして、この時間には存在しない」

いつもは紫自身が密かに処分しているのだけれど、今回はその処理をこいしに任せてみようと思った。そん
な気まぐれ。

「え~っと、難しい……」

「その街に生きている人々は存在していながらにして存在せず、生きていながら死んでいる」

「もっと分からない」

「あなたなりの解釈でいいわ。なかったことになるのはあっちと変わらない。違うのはその後街は元の世界
に統合されて完全に消滅するってことだけかしらね」







 地底、旧地獄街道の終点にある旧地獄の入り口、地霊殿。その名に似合わず洋風な佇まいの屋敷の一
室。やや古ぼけた樫の机の上、薔薇の花を模ったステンドグラスの光に照らされて赤や黄色に色づく小さな
小さな街があった。街の中心、高層ビルを切り取って映し出すエメラルドの鏡は、それを覗きこむ巨大な少
女の瞳。

 無くなっちゃうのかぁ……。こいしは机の上の街をじっと見つめて考え込む。

「えっと、みなさ~ん。こんにちは、私こいしっていいます」

どうするべきか迷いつつ、とりあえず自己紹介する。もう、単純に壊すにはこの街は貴重すぎる。紫から貰っ
た時に、その時に全部踏み潰してしまえば、こんなに迷うこともなかったろう。けれど、それがもったいないよ

うな気がして、もっとイケナイことに使おうと思って持って帰ったのだった。結果、その用途用法について頭を悩ませることになって今に至る。

 街は3000分の1の縮尺にまで縮められていた。紫がくれた、水晶のコースター(カップとかの下に敷くア
レ)の上に、かつて100メートル以上であっただろうビルがいくつも並んで生えている。とはいえ、こんな小さ
いのではきっと感じることなんて出来ないだろう。とすれば、何本かまとめて……。けれどそんなことをしたら
あっという間になくなってしまう。

「う~ん、3000分の1ってところがアレだよねぃ……」

1000分の1くらいだったら迷うことなくアレに使うのに。こいしはぷくーっと頬を膨らませる。あのスキマ妖怪
のことだ、こうして悩む私をどこかから見て楽しんでいるに違いない、そう思うのである。

「とりあえず、皆さんは今日から私の玩具になりました、ってことで……」

ぐわっ! 街の上空に、ビルよりも遥かに太く長く巨大な指を有した手が現れる。あの手がそのまま降って
来たら、コースターの上の街なんて簡単に叩き潰されてしまうだろう。当然、街は蜂の巣をつついたような大
騒ぎだ。

「あはは、そんなに怖がらなくてもいいよ? 自分の玩具を壊しちゃうほどバカじゃないもの、私」

その手は街の上空でぴたりと止まった。そして、加速によるGがその街に住む3000分の1の人間たちに圧
し掛かる。街の中心のビルの展望台から見れば、何が起こったかを把握することが出来るだろう。こいしの
巨大な手は、街に接触などしていない。だが、地平線を見渡せば肌色の柱が5本延びているのが分かるだ
ろう。彼女の指である。こいしは街を乗せている地盤、クリスタルのコースターを上から鷲掴みにしたのだ。
地面と掌の間に収まってしまうほど、この街は小さく、こいしは大きい。その身長は相対的に4キロ以上に及
び、指の長さだけでも200メートルを凌駕しているのだ。両手でこの街をすっぽり覆いつくしてしまうことが出
来るほどの巨人なのである。

 加速、減速、上昇、降下。こいしはなるべく丁寧に街を運んだつもりであったが、街の中にいた人々はあり
えない方向に働く重力に振り回され、何かにしがみつくのも精一杯であった。

「よっこらしょっと」

こいしは一旦街をベッドに置き、そして寝転がる。彼女の重みを受けて柔らかなマットが沈み込み傾斜をな
すと、コースターの上の街も傾く。どうやら何らかの物質か力で接着されているようで、ビルを乗っけたままク
リスタルのコースターはずるずると滑り出し、傾斜を生んだ元凶、こいしの内腿にこつんとぶつかった。

「あっ!」

崩れてしまったんじゃないだろうか。こいしは慌てて体を起こし、スカートを捲り上げる。けれど、縮小された
街は思いのほか頑丈だった。それはそうだ。小さいとは言え鉄筋コンクリート製。物体の強度は大きさに反
比例して強くなる。こいしはほっと胸を撫で下ろし、そして街を持ち上げた。

「ふ~、よかったよかった。本当に注意して扱わないと。少なくとも台座になってる水晶よりは間違いなく脆
いんだからね~」

こいしはそのまま仰向けに寝ると、手に持った街を自分の左胸の上に置いた。なだらかな優しい膨らみは、
むにと形を変えて街を受け入れる。

 トクントクン。心臓の鼓動。街の立つ水晶の岩盤の下、大地の奥底から伝わるような振動。低く轟くその心
音は、力強くもあり、また優しくもあった。人間の無意識の底、誰の記憶にも深く刻み込まれている原初の
鼓動に、混乱の最中にあった街は次第に落ち着いていく。

「貴方たちは私の物になった。そうなったからには、私が責任を持って守ってあげる」

呼吸を緩やかに、優しく呟く。こいしの澄んだ甘美な声に、その優しい言葉に、今や街中の皆が耳を傾けて
いる。

「だから私を嫌いにならないで……私から逃げないで」

微かに憂いを含んだ囁き。嫌われることを、他の誰よりも恐れるこいしの心情を切に体現した一言。別に、外
の世界の誰に嫌われようとかまわなかった。けれど、今ここにいる人々は、これからこいしと関係を持ってい
くのだから。

「私と、一緒に遊んでよ」

長い間、人々から忌み嫌われてきた妖怪の少女は、本当はとても寂しがりだった。彼女のそうした背景を知
らずとも、人々はそれを理解できたし、もう自分達がどこにも逃げられないことも知っていた。

 街に再び強い重力が掛かる。周りの景色がものすごいスピードで動き、街は両側が肌色の峡谷に降り
立った。

「えへへ……私の脚、結構綺麗でしょう?」

横たわる彼女の太腿は、白く雪をかぶった山脈のように気高く美しく、白磁の陶器のように繊細で滑らか
だった。ステンドグラスから差し込む僅かな明かりの中にあって、それはまるで別の光源を捉えて輝いてい
るかのよう。

「これから皆には、ちょっとイケナイ遊びにつきあってもらうことになるんだけど……いいかな?」

こいしの、街を握りつぶせるほど大きな、けれど華奢で可憐な手が柔らかそうな内腿をすーっと撫ぜて下着
に至る。

「大丈夫、貴方たちに直接触れることはないよ」

中指で下着に浮き出たスジをなぞり、うっとりとした半目で呟く。緑と白の縞パンに指を差し込み、ゆっくりと
下ろしていく。膝を立てればその高さは1kmを超え、街にぶつかるかと思われたパンツは太腿のレールに
沿って上昇し街の遥か上を通り過ぎた。ずしん、ずしん。重たげな音を立ててベットを揺らし、彼女の脚が下
着から抜かれる。

「はぁ、はぁ……私、もう興奮しちゃってる……」

指を這わせる。そうだ、別に直接的な快感を与えてくれるのは指でいい。大切なのは、自分のこのイケナイ
遊びに沢山の人をつき合わせてると言うこと。自分のアソコの前にちょこんと鎮座する小さな街に、とっても
小さな人たちが沢山いて、なすすべなく自分のアソコを見上げている。こいしの言葉を信頼しつつも、やっぱ
りいつ潰されるか分からず、恐れおののいている。その様を想像すると、思わず。

 ぐいと、アソコの入り口を押し広げ、そしてその中に自分の指をいれる。2本入れたいところだけど、そうす
ると下の街が危ないから中指だけで我慢だ。その動作だけで、街中から悲鳴が上がっているのが分かる。

「くすくす……もう、大丈夫だってばぁ。可愛いなぁ。そんなに怖がられるとちょっと虐めたくなっちゃうよ」

アソコに挿れかけた中指を街の上に翳し、どれを潰そうか迷って居るような素振りを見せる。逃げ回ってる。
姿を視認することは出来ないけれどそう感じた。

「ウソだよ。私は貴方達を意図的に殺したりはしないから」

それでも死んじゃう分には、貴方たちの責任ね。こいしはそう含ませつつ、今度こそ指を突っ込みいよいよ中
をまさぐり始める。

「ん……もっと、こっちにきて……」

ぐぃ。街を滑らせ、秘所のぎりぎり手前、本当に接触するかしないかの手前に持ってくる。遠くから見ても巨
大だったこいしの割れ目は近くで見るともっと大きく、この街で一番高いビルをそのまま縦に飲み込むことが
出来るほどの大きさを持っていた。その縦に広がる大峡谷に、真っ白な指が入り込み中をまさぐっていやら
しい音を轟かせている。あの指が万一街に接触したら、ビルの数本は間違いなく倒壊するだろう。

「ん、んぁっ……あのっ! おぼれそうになったら……んっ、ビルの中に逃げてね」

くちゅ、じゅぷ。こいしの秘所からはもう既に汁が溢れ出していた。こいしにしてみれば気にするほどの量で
はないが、しかし街にいる人々からすればおびただしい量である。街の端の方から徐々に、街の中央に向
かって流れていく。当然、中途半端に切り取られた街の排水システムなど機能するはずもなく、人々は濁流
に追われてビルの二階以上に逃げ込む事となった。

「やぁっ……指、止まんないよぉ」

もしこのままイッたら、アソコの前の街はどうなるだろう。飛び出す愛液に押し流されて壊れちゃうだろうか。
それはそれで興奮するけれど、そんなことで使いきっちゃうのは勿体無いし彼らが可哀想だ。けれど、理性
がそんなことを考えても制御できない。無意識が、求めている。

「ん、んん~! イク、いくうぅぅっ!」

ものすごく、オシッコがしたくなる感覚。それをぎりぎりまでこらえようとしても、アソコの中に入っている指が
暴れてもう我慢が出来ない。決壊する、そう直感したこいしは空いている左手で先ほど脱ぎ捨てたパンツを
拾い上げ、慌てて股間にあてがった。

 じわあぁぁ。生暖かい体液が丸めたパンツに染み込んで行く。街は大丈夫だろうか。まだヒクヒクと痙攣し
よだれを垂れ流している股間からパンツを離し、街を覗き込む。どうやら、接触はしなかったらしい。しかしよ
くよく見てみるとビルの谷間にあった道路は全て川のようになってしまっていた。傾けてみても、表面張力で
流れ出す気配がない。なるほど、入り込むときは毛細管現象で流れ込んだ……と言うか吸い上げられたか
らともかく、これは乾くまで待つしかなさそうだ。何せ髪の毛よりも細い道路が沢山あるのだから。

「エヘヘ……ごめんね、地底に太陽はないからちょっと時間が掛かるかもしれないけど……まぁとにかくこれ
からよろしくってことで」





「すぐに壊してしまうかと思ったけれど……そうでもなかったみたいね」

その様子をスキマから覗いていた紫。スキマを閉じて振り返れば、そこは居間。自分の家に居ながらにして
覗き見が出来る超便利能力のおかげだ。
「替え玉あるってしっかり伝えました?」

ちゃぶ台の上にいくつも広がる街。紫の式神、八雲藍がその内の一つに胸を乗っけて何気なく磨り潰しつつ
訊ねる。

「あ~、忘れたかも。けど、あの子にはあれ一つが丁度いいんじゃないかしらね」

紫はちゃぶ台の上の街達を見据えてくすりと笑った。いや、こいしの意外な一面が見れた。ただ壊すだけの
対象として街を与えるよりも、その者の宝物になるような形で与える方が面白いのかもしれない。

 そう言えば、幽々子に渡したら、箱庭みたいにして観賞用になったっけ。本当に、使い方は人次第。

「どうしようかしらね、残りのこれ」

「私たちで全部使っちゃえばいいんじゃないですか?」

方胸で都市一つを丸ごと壊滅させた藍が顔を上げて、ねだる様に紫に言う。

「それでもいいけど、う~ん」

紫は藍の提案を即座には受け入れなかった。何を考えているのやら、はたまた何も考えて居ないのやら。
式神の藍にですら、その胸中を察することはままならなかった。