「はいこんにちは、皆のアイドル八雲紫で~す」
背中まであるくせ毛の金髪。少女の名は八雲紫。人呼んで妖怪の賢者。
「ちょっと、今日は藍と橙の予定で、私の出番はなかったはずじゃ……」
そう言うのは、蒼い髪を腰のあたりまで蓄えた少女。名を比名那居天子。毎度お馴染み、目の役割
をする少女。
「まぁ、いろいろ事情があるのよ。あの二人は今私の所で事が進んでるから」
「”目”は誰が?」
「あの子自身が」
紫はそう答えてそして天を仰いだ。そこには、一人の少女。
「今日はいろいろ事情がある上で、更にオープニングを長々と書いている暇はないのよ。さ、行きま
しょう」






「え……ちょ、ちょっと、紫さん! これはどういうことなのか説明して下さい!」
滝の裏の詰め所で大将棋を打っていた少女。彼女は突然、背後に現れたスキマに連れ込まれ、訳も
分からないうちにこの世界に連れて来られてしまったのだ。それが故に彼女は武器らしい武器を一
つも身につけていない。
 鮮やかなセミロングの銀髪が、残暑の空に涼しく舞う。くせ毛なのか寝癖なのか所々跳ねたその髪
の毛は陽光を捉えてキラキラと輝いた。そして何より特筆すべきは彼女の髪を分けて生えるその耳
であろう。
 彼女の服は白。ボタンは無く、胸元についている白いポンポンが唯一のアクセント。どこぞの脇巫
女のように、袖は服から切り離されて肩と脇が露出している。彼女の穿くスカートは赤と黒、その様は
まるで紅葉に染まる妖怪の山。まさに山。何といってもいまの彼女の大きさは通常の1000倍なのだ
から。
 少女の名は、犬走椛。妖怪の山の警備を荷う、白狼天狗である。
「どうって、貴方を大きくして外の世界に連れてきただけだけど?」
紫が、彼女の耳元に現れて答える。犬耳の方に、つまり彼女の頭の上にであるが。
「そ……外の世界ですか。わふっ、止めて下さい、耳をくすぐらないで~!」
彼女はそう言って耳に手を持って行く。紫がそのままそこにいることも考えずに、とりあえず反射的に
である。
「おっと危ない」
紫はサッとスキマの中に身を引っ込めて彼女の指をかわす。それとほぼ同時に、椛は気がついた。
紫さんを潰しちゃったんじゃないか……と。
「はっ! あわ……あわわ、紫さん! だ、大丈夫ですか!?」
椛は慌てて自分の手を見た。なにも……ついてない。
「私がそんな簡単に被弾するとでも?」
耳元で紫の声がし、椛はホッと胸を撫で下ろした。
「それに、もう既に沢山の人間を踏んでいる貴方がそんなことを心配するのは何故?」
紫に言われて気がつく。そう、今の彼女は1000倍、そこに立っているだけでもその足の下に一体何人
を踏んでしまっているのか。
「あ、あうぅ……生きて、ないですよね」
椛の白い犬耳が、目に見えて垂れる。
「蓬莱人はその限りではない」
「蓬莱人が外の世界にいるんですか?」
「いないわ」
「ですよねー……」
しゅんとした表情になる椛。ふさふさとした尻尾がだらんと垂れさがり、耳が完全に寝る。
「けど、殺した分は全部私が元通りにしてあげる。だから……」
「え? そんなこと……出来るんですか」
椛が聞き返そうとした時、もう紫の気配は消えていて返事は帰ってこなかった。
「わふぅ……。確かにあの妖怪なら出来そうだけど……いいのかなぁ」
椛はそこで尻尾をふりふり考える。さてはてどうしたものか。とりあえずこのまま突っ立っていても帰
れないのは明白。それにさっきの彼女の物言い。まるで、何か壊せと言っているかのようだった
……。
「えっと、今から私は歩きます! その……皆さん、全力で逃げて下さい!」
彼女はそう宣言して右足を上げた。部屋にいたため、何もはいていな素肌の足。しかし、若干彼女に
は考慮が足りなかった。人間の逃げる速さは自分が思っている以上に遅いという事に対して。
「そっ……と」
ゆっくり、彼女にとっては本当にゆっくり足を降ろしたつもりであった。けれど彼女の脚はなんのことな
くそこにあったマンションを先ず粉砕し、そして次に住宅の屋根に襲いかかる。
 その様子を真下から見上げていた少女がいた。毎度お馴染み比名那居天子である。
「今、私の上の空は少女の、たったひとりの少女の足の裏に覆われています。コンクリートの建物も、
まるで砂でできた作りものであるかのように、彼女の足の裏に触れた瞬間に崩れ去ってしまいま
す!」
天子は、わざわざマイクを持って実況を行う。外の世界のテレビと言うものを見て、そのリポーターの
真似をしてみたくなったのだとか。
「見て下さい、私の場所からですと、彼女の足の裏に刻まれた指紋の一つ一つまではっきりと見分け
ることが出来ます。なんて大きいのでしょうか! あぁ、今足が住宅の屋根に触れました! 住宅の
屋根に触れました! 屋根が重さにひしゃげて、次の瞬間には……あぁ、もうだめです。土踏まずに
非難しましょう」
天子は大地を蹴って、家々の間を飛翔した。さらに瓦礫が行く手を遮り、天子は弾幕の中をかいくぐ
るような羽目になった。それでも、人間とは比べ物にならないほどの速さで椛の土ふまずまで辿り着
く。もっともそんなことが無駄であることは彼女も知っていた。
 土ふまずの下では、まだ潰されていない家が、人間と共に残されていた。あのわずかな空間に家を
納めることが出来るのだから、その巨大さがよくわかる。
「そして彼女が体重移動を始める……と」
天子はあえて、そのまま土踏まずの下に留まったこの娘の踏まれ心地はどんなだろうと、ふと気に
なったのである。
 やはり、そこにあった家は容赦なく踏みつぶされてしまった。椛の脚は地中深くにめり込むのだか
ら、それはもう土踏まずに逃れたからと言って難を免れることなど出来ない。
 ずうぅぅん! 重い音と共に足が踏み下ろされ、街を地中深くに埋める。それはかかとなどに留まら
ず、つま先、足の指でさえ同じように深く深く、地面に沈み込んでいく。
「……やわらかい」
天子と、椛が同時に呟いた。
 天子は、その足の裏が思ったよりも柔らかいことに驚いた。とはいっても1000倍の巨大少女のもの
だから、それなりの硬度はあるのだが。きっとよほどいい靴を履いているのか、あるいはそもそもあま
り外に出ないのか。足の裏の手入れを欠かさないのかのどれかだろう。
 つぎに椛は、街の想像以上の柔らかさに、その脆さに驚いていた。なにせ、石か何かで出来ている
と思っていたものだから。けれど、街は彼女の足の裏にほんの少しの刺激を与えて、崩れ去った。
「わふっ! なんかこそばゆい!」
椛はそこでつい身悶えし、もう片方の足を踏み出してしまった。足の指の間に入った家が、プチと潰
れたことに起因するものであった。
 ずずん! 爆煙を巻き起こし、彼女の足が何の予告もなく住宅街に踏み下ろされる。白く眩しい巨
大な足が。
「きゃんっ! くすぐったい!」
ずしん! ずしん! 椛は入れ替わりに足を踏み出し、跳ねまわる。自分が身長1600メートルもの巨
人であることをすっかり忘れて。そのたびに、街が区画ごと彼女の綺麗な足の下に消える。それだけ
見ても、白くて美しい、この足の持ち主はどんな美女だろうと想像を掻き立てられるような足が、世に
も恐ろしい破壊をもたらす。
「あ……」
数歩それをやったところで彼女ははたと立ち止り、そして耳をぺったらこにして泣きそうな顔になる。
「ど、どうしよう……人間さん達を沢山踏んじゃった……」
尻尾と耳。彼女の感情を推し測るのにはそこさえ見れば十分であった。直後、彼女の尻尾が、そして
耳がぴんと立つ。
「そうだ、元に戻してくれるって紫さんが言ってたもんね。きっと大丈夫だよ、うん。よしっ」
彼女は自分に語りかけ、そして胸の前で両手をギュッとやって頷いた。
「だとしたら……ちょっとぐらいいいよね」
彼女はそう言って、足を持ち上げる。可愛くも、巨大な足を。そして踏み下ろす。ゆっくりと、味わうよう
に。
「ひゃっ……」
何か、少し高い建物の先端が彼女の足の裏をくすぐる。その建物は、15階建てのマンション。肌色の
壁に突き崩され、そのマンションは周囲よりも一足早く破滅を迎える。
「う~ん、やっぱりくすぐったくって気持ちいい」
椛はこれから来るであろうさらなる快感を思って、足をゆっくりと降ろしていく。今度はもっとたくさん
の、何か小さなものが足の裏に当たって潰れる。その潰れる感覚が、何ともたまらなくって。
「わふ! く、くぅ~ん……って、犬みたいな声出しちゃった」
周囲を見渡せば、踏まれなかった部分も風圧や地震であっけなく崩れ去り、瓦礫だらけ。見上げる彼
女は、この破壊をもたらした張本人。けれども、そうとは思えないほどのいい笑顔であった。照れ笑
いのような、若干恥ずかしさの混じった笑み。
「犬みたい……ってあんた犬でしょうよ」
天子は彼女を見上げて呟く。
「黒か……」
二本の肌色の柱、そのつなぎ目を見て天子は言う。その色と、眩しい太腿がコントラストをなし、ほど
よく締まった彼女の腿を際立たせた。
「幻想郷にもパンツが浸透したわねぇ……」
天子はそう言って、見上げたまま後ろに跳ぶ。次の一歩が、一瞬前まで彼女がいた場所を捉え、そし
て地中深くに。その結果天子は椛の後ろに来ることとなった。
「うーむ、いい尻尾」
まず目に着くのは、ふさふさとした銀色の尻尾である。等身大なら、あれに顔をうずめてもふもふした
いと、誰もが思うだろう。けれど今はそれどころではない。尻尾がぶんぶんと振られると、ただそれだ
けなのに恐ろしい風圧が発生し、接触していないはずの街を吹き飛ばす。故に彼女の後ろは、直接
踏まれずとも惨憺たる被害に見舞われていた。
「はぁ……これは参った。魔理沙や霊無もあの尻尾にはたかれたら撃墜されかねないわね」
天子は地面に非想の剣を突き立て、発生する暴風から身を守る。そうしている間にも、椛の塔のよう
な脚が踏み出され、激しい地震と地響きを巻き起こす。
「う~ん、やっぱり気持ちい……。小人さん達には悪いけど……楽しませてもらおうかしら、ね」
自分の背後がそんなことになっているなどとは露ほどにも思わず、彼女は愉しそうに尻尾を振る。ポ
ケ●ンの尻尾を振る攻撃は補助技だが、今の彼女のこれはエアロブラスト相当だった。
「この……天然娘っ! ちょっとは遠慮しなさいよ~!」
それにより巻き上げられた瓦礫が顔面を直撃し、天子は非想の剣もろとも吹き飛んだ。人間なら、吹
き飛ぶ以前の問題だが。
 そのまま、ゴミみたいに空中高く巻き上げられて彼女の尻尾の近くにまで至った。ぐんと地上が離
れて、さっきまで見ていた町並みが地図になる。もっとも、今の椛はここよりもはるか高い視点から見
下ろしていることを考えるに、人間など見えてはいないのだろう。彼女の能力を持ってすれば別かも
しれないが。
「あ~、射命丸のスペカに吹っ飛ばされた時もこんな感じだったわ~」
天子は風に逆らって飛翔しようとしたが、あまりの強さにそれもままならない。地上でも大変だったの
だから、彼女の尻尾の近くではなおさらである。
「うん、ダメだね」
天子は諦めた。何を? 椛の尻尾から逃れることを。天子は見た。自分より一足先に巻き上げられ、
そして椛の巨大な尻尾にぶつかってひしゃげる様を。フレームは一瞬にして折れ曲がり、力に耐え切
れなくなったドアがはじけ飛ぶ。車輪が、その他もろもろの細かい機器が宙を舞い、そして一瞬後に
車体から火が噴いた。しかしふさふさした毛におおわれた椛の尻尾の方は、それだけの強力なエネ
ルギーを与えても何ら感じるものはなかった。あまりにも、スケールが違いすぎるのだ。
 人間じゃなくて良かった。天子はつくづくそう思った。鋼のナイフすらはじき返す天人でもなければ
……あの尻尾に打ち付けられた途端、まさしく肉体は四散する羽目になるだろう。
「むぎゅ!」
彼女をまず、椛のふさふさした毛が打ち付ける。だが、そこでそのままやられないのが天人というも
の。その毛を掴み、吹き飛ばされないようつかまったのだ。そして、椛が尻尾を振る、その返しの瞬間
にさらに毛の奥まで飛び込む。犬や猫の尻尾というものは、かなりの太さがある様に見えて実はその
大半は毛によるものなのだ。それが故に、人間一人が入り込める余裕などいくらでもあった。たとえ
ばノミなんかが犬に着くようにであるが。
「あ~、こうなってしまったら、暫くはここでもふもふしててやるんだから!」
天子は椛の毛に顔をうずめる。思いの他、いい香りがした。多分石鹸かお香の。




 さて、天子がもふもふしている間、彼女の足元はやはりえらいことになっていた。まずはかかとか
ら、ゆっくりと足が降ろされる。
「ふふ……くすぐったぁい」
だんだんと、重心を前に。かかとから、平へ。破壊の範囲が、徐々に前に前にと押し出されていく。狭
まる空、迫る重圧、そして暴風。椛の巨大な足の裏から、どうにかして逃げ出そうとしていた人々も、
風に押さえつけられ、逃げ切れたのは足の指の先の方にいたごく一部のみに留まる。そして逃げ伸
びた人々は、そこでさらに壮絶な光景を目にすることとなる。少女の足の指が、地面に深くめり込ん
でいく。ある程度めり込んだところで、見上げてやっとそれが指であると分かるほどの大きさではある
が。アスファルトを割り、めきめきと地面に沈み込んでいく。その指に押しやられて、難を免れた家が
傾く、崩れる。
 そして、さらに追撃の地割れが人々を襲う。椛の足が地面にめり込んだ分、押しやられる大地。そ
れが盛り上がり、不整合を生じて大地を割る。
「気持ちいい……どうしてだろう」
彼女は唇に、白い指を当てて考え込む。夏の湖の畔を歩くと、確かに足の裏が砂でくすぐったくて気
持ちが良かった。けどそれとは違う……何かを感じる。そう、たとえば優越感。
 椛は、妖怪の山の警備部隊である。直接天魔様に命令をもらったり口利き出来るような射命丸と
は、そもそも立場が違う。そもそも彼女は広報部だから地位が高いのは当然なのだが。とりあえず椛
の立場は下から数えた方が早い位置にはあるのだ。そこまで低くもないが。今持っているスペルカー
ドも、山に巫女が攻め入って来た事件以降に所持が許されたものである。
 一方、その地位に反して椛自身は戦闘となればなかなかの実力を有している。にも関わらずその
実力を発揮する場は少ない。それが故に、なんとなくフラストレーションがたまっているのだろう。
 椛の考えは、具体的ではないながらにもすぐその考えに至った。天狗の社会はストレス社会なの
だ。こんなふわふわした少女にも、それは例外なく圧しかかっているに違いない。
「……わふ」
そして彼女は考えるのをやめた。あまり深く考えると、楽しさがどこかに行ってしまいそうだったので。
 ずしん。次の一歩を踏み出す。また、体中を巡る快感。足の裏から伝わって、そして脊髄へ、脳へ。
ぞくぞくする、そんな感じ。
 なんとなく、無意識に。椛は足をそのままぐりぐりと動かして、たった今自分が足の下に踏みつぶし
た街を踏みにじる。すると、今度はまた違った快感が得られた。物理的な刺激ではなく、精神的な興
奮を覚えたのだ。
「あれ……なんだろう、なんだか……」
ぞくぞくっ。椛の尻尾の毛が逆立ち、そして耳が小さくぴくと震える。ただ踏みつぶすだけではなく、そ
こに何らかの作為的行動を入れることで、また違った快感を得られるのだと、彼女は気付いた。
 そして今度は、足を踏み下ろす際に指を広げて降ろす。指の隙間に、建物が入り込んでとても気持
ちがいい。けれど、それだけではない。
「ぐ……っとね」
彼女はその、開いていた指を閉じる。すると、その間に入った建物――住宅や、10階建てのマンショ
ンに至るまで様々なものがあったが――それらが指の間でプチプチと潰れて彼女に快感を与える。
そして優越感を。今自分が指の間で潰したものは、人間達の家なのだ。そう、小さな小さな人間を家
ごと、足の指の間ですり潰してしまった。それも、何人も。
「くぅ~ん……ゴメンね、けど……気持ちいいの」
罪を認識すればするほど、それに反して快感は高まる。理性を打ち壊す、背徳の快感だった。
「それにしても」
椛はずしんずしんと地響きを立てて今まで歩いてきた場所を振り返る。整然と並んだ小さな箱の平面
の中に、抉るように存在している自分の足跡。
「本当に小さいんだね……私の足の指に何件も挟める家って」
椛はその足跡を見て、改めて自分の力の強さ、そして体の大きさを思い知る。その破壊の爪跡が、
かえって彼女を興奮させた。
「あ、のど渇いた」
そして彼女は気がつく。興奮が故に渇いた喉に。
 辺りを見回せば、そこには(彼女にとって)小さな小川が流れていた。小川も小川、椛にしてみれば
川幅1センチ未満の、とてもではないが取るに足らないものであった。けれど彼女はそれを見てとり
あえず飲んでみようと試みる。たったの一歩で川のもとに歩み寄り、そして次に出す左足は川を跨い
でいた。川を跨いで、川の向こうの住宅街を踏みしだいていた。
「よいしょ……っと」
膝をついた。動きを一言にまとめるとこうなるが、地上からの眺めは恐ろしいものであった。町よりも
大きな体の巨大な犬耳少女が突然こちらにきて、そして川を跨いで仁王立ちになる。見上げても、そ
の両足を同時に視界の中に収めることはできず、天頂を隠す彼女のパンツはすぐ近くにあるようで
果てしなく遠かった。次に、彼女の膝が折れる。その太さだけでも、街のどんな建物よりも高い彼女
のふくらはぎが、盛大な地響きと地震を伴い横たわる。それに次いで、今度は彼女の巨大な上半身
が屈められ、天を覆う。下がる、まだ下がる。
 ずううぅぅん!
 彼女の顔が目的の川に着く前に、その胸板から飛び出した胸が川の両サイドの街並みに衝突し、
その部分は彼女も意図せずして廃墟と化した。川は変わらず、二つの逆さ双丘の間をゆるやかに流
れている。
「ぺろ……」
椛は舌をちょっとだけ出して、その川の水を舐めた。けれど、そうやはりその川は彼女にとってあまり
にも小さすぎた。ほのかに水の味を感じたかと思ったが、それだけで渇きを癒すほどにはならなかっ
たのである。それどころか、彼女が出した舌は川幅を超えていたため、その両脇を護る堤防に接触
し、そしていとも簡単に削り去ってしまったのだった。
「むぅ……やっぱりだめか」
みみをぺったらと寝かせて考える椛。暫くのまま四つん這いの姿勢で次手を考えていたのだが、何
かを思いついたのか耳がぴんと立った。
「川を辿ればその源にはきっと湖がある! そう、きっとそれは外の世界でも同じ。よく出来ました、
私っ!」
自分で満足のいく考えを得られ、納得して嬉しくなったか尻尾をぶんぶんと振る椛。立ちあがって、そ
して川に沿って……というか川を踏みつぶしながら歩く。僅かに、ほんのわずかに水の冷たさが感じ
られて、楽しかった。
 やがて彼女は、山間に抱かれた小さな湖を発見する。もっとも小さな、と言うのは彼女の感覚での
感想であって、実際は円に見立てて直径1.5キロメートル、外周5キロにもなる立派な湖である。深さ
も25メートル以上あるのだから、国の定める基準を満たしている。
「あ、これなら飲めそう!」
椛は山の尾根に手をかけ、そして山の裾野に膝をついて、山の中腹に抱かれた湖に顔を近づける。
陽光にきらめく湖面に、少女の影が落ち、そして澄んだ湖面よりずっと美しい顔が映る。
「ぺろ……ぺろぺろ」
舌が鏡面を舐め、そして波紋を生じる。その波紋の一つ一つが、人間の背の高さなどより遥かに高
いものであることは、周囲の景色を見なければわからない。
「ん……ぷはぁ」
椛は顔を上げて、そして右手で口をぬぐった。湖の水位は彼女が飲む前と比べるとかなり下がったよ
うに思える。が、ダムを造るために沈められた村が見えるほどでもなく。さすがにそこは大きくなって
も少女の胃、そんなに沢山は飲めないようである。 
「さて……水も飲んだし……どうしようか」

ずん、ずん。立ち上がる彼女。さっきまで彼女の顔の高さにあった湖は、膝の上ぐらいの高さ。雲が
腰のあたりを漂っている。
「そだ。もっと大きなものを踏みつぶしたらきもちくなるんじゃないかな?」
椛はそこで、外の世界に来てから初めて能力を発動する。山のテレグノシス、哨戒天狗の本領”千里
先まで見通す程度の能力”を。
「見えたっ!」
彼女のいる場所から東南東。人間達が作った魔天楼が、目に映った。それがどれぐらいの大きさな
のかはここから見ただけでは分からないが、少なくとも今まで踏みつぶしてきたものよりはずっと大き
いらしいことは明らかだった。
「よし……目指すべき場所が見えたね」



「そしてこちら、皆のアイドル八雲紫です! 私が今いるのは、東京都新宿区西新宿、の上空で~
す」
妖怪の少女は、日傘を片手に快晴の空を飛んでいた。地上から見上げるものはあっても、彼女の姿
を捉える事の出来る人間はそう多くないだろう。何といってもここは上空1200メートル。東京スカイツ
リーが完成してもその倍近い高さになる。だが、今こちらに向かってくる彼女は。
「あ、やっぱり他のよりちょっとおっきい」
ずうぅぅん! ずうぅぅん! 足の下に、沢山の建物を踏み敷きながら、やってくる犬耳の少女。今紫が
いる高さは、ちょうど彼女の胸のあたり。
 大気に霞む少女は、すごく遠くに見えた。けれど、たったの数歩で、少女はビル群に踏み込むに
至った。
「わふっ! これは……いいかもしれない」
少女はぴくと全身を震わせ、そして楽しそうに微笑んで言う。
 そんな少女に、なんとか一矢報いてやろうとした人間がいた。
「自衛隊は動けない。遅すぎる。警察は……あんな化け物に対抗できる武器を持っていない。とあら
ば、今こそわが社の科学技術その他諸々を防衛に使うべきではないか……」
新宿の摩天楼、そのどこかにあってどこにもないビル。そのビルのオフィス、最上階。険しい表情の
壮年の男性が革張りの椅子にかけていた。その会社の代表取締役だ。彼は煙草の火を灰皿に押し
付けて消し、電話機を手に取った。
「会長、八雲会長! 兵器使用の許可を……」
少女の引き起こす地震で、座っていることすらままならない中、彼はこの会社……ボーダー商事のワ
ントップ、八雲紫に電話をかけた。
「そうね……それじゃぁ戦車までだったら出してもいいわよ。もっとも歯が立つ相手じゃないと思うけ
ど」
電話機の向こうから、呑気な返事が返ってきた。
「何を、我らが科学と魔術を用いて作られた全領域汎用浮遊戦車 YAKUMO-2828『天虎』の前に
敵などありますまい」
取締役はそう言ってぐらつく手元をどうにか律しコンピューターのキーを叩く。



「あなた、それは死亡フラグっていうのよ」
紫は巨大少女の圧倒的な破壊を楽しみながら、電話を切った。ちょっと時代遅れなPHSだったが。
 兵器の使用は、今回が初めてである。が、彼女は人間がちょっとした妖術を体得し科学と融合させ
た程度のものではあの怪獣には勝てるはずが無いと確信していた。
 それが故に楽しみであった。自分が、そして人間が作り上げた巨大兵器がめちゃめちゃに壊される
のを見られると思うと。それだけでわくわくした。
「黒幕を演じるのは楽しいわね、いつでも」
紫が言うのと同時に椛が地面を踏みならすのとは別の振動が、それに交わった。もっと小刻みな、地
面の下からの振動。
「わふ?」
椛は足の裏でそれを感じ取り、そして首を傾げた。彼女がそうしている間に、地面の振動は大きくな
り、そしてそれは姿を現した。
 地が割れ、そして街がその中に流れ落ちる。そうして空いた巨大な空洞から、円盤型の何かが現
れたのだ。
「うわ、なんか強そうなのきた! シューティングゲームのボスみたいなのが来た!」
それは、360度死角なく、五度おきに巨大な砲塔を有しており、内側に行くに向かって多段に折り重
なった火器を構えている。戦車と言うよりはまるで要塞都市をそのまま空に浮かべたかのような体で
ある。それは全ての砲口を椛に照準して、空中300メートルほどに浮かんでいた。そもそも浮遊してい
る時点で車ではなく航空機なのだが。
「いかにも、弾幕出します! みたいな恰好してるね……」
椛がそれに向かって話しかけると、それは問答無用で砲撃を開始してきた。その多くは実弾ではな
く、光子体を用いたレーザー兵器であった。
 多数のばらまき弾を周囲の砲塔からこれでもかとばかりにばら撒き、内側の砲塔は自機狙いの3W
ay弾、5Way弾、そして左右から迫るワインダー。これでもかとばかりに殺意に満ちた弾幕だ。溢れ
出るCAVE臭。
「もうっ! スペルカード合戦はね、不意打ち禁止なんだよっ!?」
椛はビル群をひょいと跨ぎ、そしてその巨大要塞に歩み寄った。その間放たれた弾幕が椛の素肌に
当たって爆ぜたが、彼女は何も感じていないようであった。
 そしてすっと足を高らかに上げ。
「えい!」
ずずん! 彼女はその真ん中に向かって思いっきり足を踏み下ろした。するとそれはごっつい見た目
に反して思いの外簡単に、椛の脚を通した。どごぉぉん、と黒煙を上げて椛の巨大な足がその巨大
兵器を貫き、兵器が登場した際に出来たクレーターにまで足跡を残す。しかしさすが、八雲紫が肩入
れした兵器。それでもなお空中に浮かび砲撃を続行する。
「わふぅ……ちょっと手ごたえがあって気持ちいいかも」
相手の必死さとは対照的に、椛は超合金でできた兵器の残骸をぐりぐりと踏みにじって楽しんでい
た。ヒヒイロカネという、幻の合金。現代兵器の砲弾など軽く跳ねのけるロストテクノロジーの産物。そ
れが、スクラップになって原形をとどめなくなるまで彼女はぐりぐりを続け、感触を感じなくなったところ
でそれをやめた。
「さて、どうやって壊してあげちゃおうかな」
椛は足をその兵器から抜いて、考える。踏みつぶして全部壊してしまうのは大人気が無い。幻想郷
の少女としては、もっと趣向を凝らした壊し方をしなくては、彼女はそう思った。
「そうだ、私もスペルカードでお返しするよ」
彼女はそう言って、中心部がごっそりと無くなりドーナッツ状になった、直径400メートルほどのその兵
器を両手で口の高さにまで持ち上げた。
「犬符『レイビーズバイト』なんちって!」
がぶり。彼女はその超巨大ドーナッツの端っこにかみついた。一瞬、装甲の部分で手ごたえを感じ、
そして噛み切る。何の苦もなく、椛の歯は厚さ40メートル近くあるそれを噛みちぎってしまった。
「んぐ……んぐ。あれ? 人間の味の他に妖力の味がする」
椛はそれからぱっとてを放して驚いた表情を見せた。彼女の歯型に大きく欠けたドーナッツ型の浮遊
要塞はのろのろと後退し、地面にぶつかりそうなところでふらつく機体をどうにか維持する。所々か
ら、電気の火花をバチバチと散らし黒煙をもうもうと立ち上らせ今にも墜落しそうだ。
「ば……バカな……我らの『天虎』が墜とされるだと!?」
ボーダー商事代表取締役は社長室から、崩れゆく巨大戦車を信じられない思いで見つめていた。い
ざ戦争を起こせば世界を制圧することすら出来る超兵器と信じていたそれが、たった一人の少女に
踏みぬかれ、かじられ、今や墜落寸前なのだ。
「ありえん……あってはならない……これは何かの間違い」
だ。代表取締役はそう言いきる前に、潰れた。巨大浮遊戦車に背を向け位置取りをし直した椛の、美
しくも残酷な足に周りのビルごと踏みつぶされて。
「ほらほら、どうしたのかなぁ……? あなたが守ろうとした街が、これじゃぁお留守だよ?」
くすくす、椛はチラリと相手を振り返って、かみしめるように笑う。まさに、嘲笑。可愛いながらも残酷
な笑みだった。
 そして相手の巨大戦車が、その乗組員たちが見ている目の前でわざわざ足を高々と掲げてビル群
の上にかざす。
「ど~しよっかな~。潰しちゃおっかな~」
わざとらしく一瞬の躊躇いを見せ、そしてその躊躇いごと街を踏みつぶす。崩れゆく建物の感触が足
の裏を伝って彼女に刺激と快感を与える。そんな刺激の他に、彼女に伝わってくる感情があった。
人々の絶望。それを感じるのが楽しくて、そして可哀想で。その可哀想、という思いが逆に彼女の興
奮を高めるのだった。
「わふぅ……私ったら、いけないことしてる」
けれど、今はそのいけないことをしている自分を咎められるものなどどこにもいない。その圧倒的、絶
対的存在感。それがいいのだと、彼女は思う。
「貴方の家族や友達が、そうやってみている間にも潰されちゃってるかもね、ふふっ」
砲撃を行うエネルギーも失ったか、ただ浮遊しているだけの戦車に笑いかけ、そしてぐりぐりと街を踏
みにじる。
「あ、ごめんなさい、つい尻尾が」
くすくす。彼女は笑う。尻尾に接触したビルが傾き、倒れかかる様にして他のビルを巻き添えに崩れ
去る。
「でも、そう。さすがにこれは残酷すぎたかなぁ。ごめんね、苦しい思いさせちゃって。そろそろ楽にし
てあげる」
彼女はそう言って、頭だけで巨大戦車を振り返り言った。その時には彼女は、どうやってそれを破壊
してやろうか思索に走っていたのだが。
「えへへ……足はいっぱい使ったし、今度はお尻かな」
彼女はいたずらそうな笑みを浮かべ、そして振り向き振り返りお尻の位置を調節する。そのたびに、
空気が引きずられて竜巻を巻き起こし、そして地面は地鳴りを上げて鳴動した。
「女の子のお尻も受け止められなかったら兵器失格だよ~」
尻尾が下に敷かれないようにピンと立てて、彼女はゆっくりとお尻を下げる。スカートをおさえていな
かったため、要塞の半分ほどは彼女のスカートの中に収まってしまった。
「えい!」
ずずん! 泣き面に蜂、ダメ押しの一撃。彼女のパンツに覆われた白くハリのある巨大な桃尻が、戦
車を襲う。
 その柔らかそうな尻に当たった砲塔は見事に崩れ去り、爆発を引き起こす。その爆発が心地よかっ
たのか、椛は小さく声を漏らして喘いだ。そして近づく地面。
 ずしっ……めりめり……バキバキ。彼女の下で、大気を震撼させる爆発音が立て続けに発生し、そ
して硬いものが壊れゆく甲高い悲鳴がこだまする。それでもなお彼女は尻を左右に動かして、地面と
尻の間に入った哀れな兵器を容赦なくすり潰した。
「わ……わふぅっ。はぁ、はぁ……どうしよう、なんだかエッチな気分になって来ちゃった」
八の字に、長く綺麗な足を投げ出し後ろに手をついて座り込む犬耳の少女。椛は頬のあたりを赤く紅
葉に染めて周囲を見回す。視界をさえぎってくれる壁はない。けれど……みられて恥ずかしい相手
は、どこにもいない。
「……しちゃおっかな」
もみじもじもじ。彼女は興奮を抑えるように右手で胸元のぽんぽんをいじって、太腿をすり合わせて
いる。その様は恥じらう乙女であるが、しかしこれからしようとすることを考えればあながち可愛いな
どとも言っていられない状況である。
「うん、やっちゃおう」
彼女は体の柔軟さを生かして、開脚したまま股の間に収まったビル群からビルを選んで引っこ抜い
た。そして、スカートの中に手を入れてパンツの紐を解く。
「紐だったのか……」
その様子を、いつのまにやら魔天楼の頂上に立った天子が見て呟く。彼女はこのような状況に既に
慣れてしまっているためどうという事はないが、しかしビル群の前にビルを飲み込めてしまうほど巨
大なあそこが現れる様はなんとも言い難い違和感と、人間の存在をコケにされたかのような絶望感
がある。
「えっと……これがいいかな」
椛は手に周囲のビルが当たって倒れてしまうのも気にせず、その内一つを慎重に抜き取った。そして
顔の前に持ってきて優しくそれを舐め。
 ず……ずぷ。ゆっくりと挿入した。
「わ……わんっ! くぅ~ん、くぅ~ん!」
彼女は身を貫く快感に思わず喘ぎ声を上げた。びく、と彼女の巨大な塔のような足が跳ねあがり、そ
の踵が小さなビルを引きずって粉々に砕く。
「……日本語でおk」
天子はその壮大な破壊を横目に、目の前のM字開脚娘を見て呟いた。
「くぅ~ん、はっ……はっ……はっ。わおぉん!」
彼女は秘部から得られる快感のみでなく、踵を軸に足をすこし動かして、ビル街で足の裏を刺激し
た。そう簡単に踏みつぶすのはもったいないと思ったのか、ゆっくりと足の裏で感触を確かめながら
押し潰していく。脱落するのは、当然高いものから。強い負荷のかかる基部のほうが先に崩れるため
地面に呑みこまれるような崩れ方をしていく。
「わふっ、わう! わおぉん!」
身をよじり、声を上げる椛。そのたびに周囲の建物が、むちむちとした太腿やお尻の下に消え、再び
現れる時には原形を留めない瓦礫になっている。大地はひび割れ、その瓦礫を貪欲にすすりこんで
は閉じる。全ては彼女の一挙一動によるもので、しかも当の彼女はそんなことを気に留めてすらいな
い。
「あおぉん、はううぅぅ! ダメ、けど、いぃぃ!」
快感に溺れ、手の届く語彙からあやふやに、つぎはぎに言葉を紡ぐ少女。出入りするビルは外壁が
はがれ、鉄骨がまる見えになっていたが、それでも彼女は手を止めない。おそらくそのビルが壊れる
か、彼女が絶頂するまで。
 ずしん、ずしん。彼女の動きに合わせて定期的に起こる地鳴りと地震、そして彼女の足に踏まれて
街は壊滅的な状態に陥っていた。M字に開いた脚が動き、そして選択された区画は230メートルとい
う超規格外サイズの足に圧縮されて塵と消える。
「くぅ~ん、くあぁぁっ、らめえぇっ!」
ぐちゅ、ぐちゅ。いやらしい音が大気を伝播し、そしてその音に伴って愛液が溢れでる。まだほんの少
し、と本人は思うのだろうが、しかしその量は人を溺れさせるほどのもの。
「わおぅん、わん、わんわんお!」
足の裏から伝わる感覚、そして背徳感や罪悪感。自分の強大さ。そして性的快楽。それらが彼女を
追い詰める。
「ううっ、いっ」
彼女はそこで一瞬それを拒絶した。もう少し愉しみたい。けれど、もういってしまいたい。二つの感情
がせめぎ合い、葛藤し、そして股間のビルを締めつけ押し潰す。
「っ……ああぁ……らめええええぇぇぇ!」
じわ……最初はゆっくりと、そしてせきを切ったようにどばどばと溢れ出す愛液の濁流。彼女にとって
は小さな水たまりが出来たにすぎないのだが、しかしそれは街道にあるありとあらゆるものを押し流
す。奇跡的に無事だった車や、道に転がった瓦礫を洗い流し何もない愛液だけの空間を作る。
「わふぅ……」
犬耳の少女は大きくため息をつき、そして大地に大の字に倒れ込んだのだった。


椛が目を覚ましたのは、もうだいぶ日が傾いた頃。夕焼けの空に廃墟となったビル群が物言わぬ死
人のように黒く並び立つ。熱りも冷めた頭で、静かな夕暮れの世界を見据える。空は低く、地平線は
余りにも近い。その世界において、自分の存在は異質で、大きすぎると感じた。地を這う、傷ついた
人間共の嗚咽があちらこちらから聞こえてくる。それの原因を作った本人はそれに耳を傾け、自分が
いかに大変なことをしてしまったかを知った。
母を呼び泣き叫ぶ子の声。恋人を失ったものの嘆き。死にかけの苦しみから来る声にならぬ呻き。
椛の眼前にある、小さな空間からそれらが全て聞こえてくる。
「わ……私はなんて事を」
無意識に、半ば自己防衛的に耳を覆う。快感に溺れ、自分の強さに自惚れて自分の心を満たすため
にこんなにも沢山のものを破壊してしまった。
覆うために、動かした手が空中高くに瓦礫を巻き上げ、街へと降り注がせる。それによって、さっき
まで聞こえていた悲鳴や嘆き声がいくつか止んだ。罪を覚え、そしそれに僅かばかりの快感を覚え、
そんな自分に嫌悪を抱く。無意識下に抑圧されていた願望と、理性が激しくせめぎ合い侵食し合う。
「大丈夫よ、これは全て幻想に消えるわ」
聞き覚えのある声が降ってきて、そして椛は空中に持ち上げられた。1000倍の少女がいとも簡単に
つまみ上げられる。
「ゆ、ゆかりさん……」
椛はホッとしてため息をついた。そのため息で、運悪く近くを飛んでいた軍用機が煽られ、紫の山より
も巨大な胸に当たって爆ぜた。慌てて口を塞ぐ椛。自分よりはるかに巨大な少女の手の上にいるか
ら忘れていたが、まだ自分は身長1700mの巨人だった。
「死にゆく者、家族を失ったものを救う手だては本来なら存在しない。故にこうするのが一番いいわ」
そう言って紫は巨大な足で都市を丸ごと一つ踏み潰した。きっと、下敷きになったもの達は苦痛を感
じる暇すらなく消滅した事だろう。それに遅れて、椛の身体が音の振動で打ち震えた。
「あなたは甘い。破壊するなら徹底しないと」
唖然とする椛の目には、足跡の中に微かに残った都市の痕跡が映っていた。
「さて、帰るわよ」
身長17kmの少女の前に現れる境界。
「あの、ちゃんと元通りにしてくれるんですよね……?」
椛はやや不安そうに紫を見上げて尋ねた。
「抜かりは無いわ。けれどまずは私たちが帰らないとね~」
そう言って、妖怪の大賢者は都市の残骸をまたぎ越して境界の中へと消えた。
しばらくの間、辺りには巨大な少女の残した破壊の痕跡が残っていたが、ある瞬間を境界に何事も
無いいつもの街に戻っていた。