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火焔猫燐 http://dic.pixiv.net/a/火焔猫燐


以下本編

「オンドゥルルラギッタンディスカー!?」

「しっかり喋れ」

ガッ! 開幕早々壮烈な出落ちをかました少女は金髪の少女に一蹴されて座敷に叩き伏せられた。

「いや、だってほら、掲示板のほうでさ、今回は地霊一家全員詰め込みます的なこと言ってなかったっけ?」

少女は起き上がって、長くやわからな蒼髪に覆われた頭部をさする。少女の名、比那名居天子。

「詰め込めたらいいなー的なことは言ったかもしれないわ」

それに答えるは、中華ドレス風の導師服を身に纏った金髪の少女。妖怪の大賢者、八雲紫である。

「期待させといて、なによこのタイトルは。どう見ても一人しかいなくない?」

「複数キャラを同時に現代入りさせるとそれぞれソロパートを書かなきゃいけないから負担が増える」

「ぶっちゃけるな!!」

「ぶっちゃけて悪いか!! リク物じゃないときは基本的に開幕はメタ発言満載のgdgdで行く予定よ最初
から!」

「え? これ前振りじゃないの? 本編なの!? これが本編だなんて私は認めない、信じない!」

天子が紫の胸倉をつかみガクガクとゆする。紫はしばらく何の抵抗もなく、ただ面倒くさそうにされるがまま
になっていた。かと思えば、不意に指を突き出し彼女は天子の肩越しに襖を指差した。縁側から差し込む光
が障子を透いて、その向こうに居る者の影が浮かび上がる。

「ほ、本編だったアアァァ!!」

すーっ、トン。障子を開けて部屋に入ってきた少女は紅の長髪をおさげにまとめ、それとは補色になる新緑のワンピースを身に纏っていた。その頭には、本来人間にあるまじき猫の耳。絶えずピコピコと忙しく動き、
周囲の音を探っている。今回の主役、火焔猫燐その人であった。





turn.01 火焔猫燐視点



 瞼を開けると、そこはいつぞや見た世界だった。雲は低く、アタイの腰にも満たない高さを漂い、地面は一
面灰色の人工物に覆われている。

 耳を澄ませば、やっぱり聞こえてくる人々の悲鳴。普通の妖怪には、雑然としたひとつの音にしか聞こえ
ないんだろうなぁ。けどアタイは、この耳は。超正確な3D音響でそれらを聞き取ることが出来るんだ。ふふ、
無駄だよ逃げても。こっちからは手に取るようにアンタ達の居場所が分かるんだから。

「やぁ、人間たち。久しぶり。って言っても、覚えてるわけないか。今日は前みたいにアタイを楽しませてほし
いなぁ」
地面から、遠くの山から、アタイ自身の声がたくさん跳ね返ってくる。幾重にも重なって聞こえるそれは自分
がいかに大きくなったかを感じ取らせてくれる。けれど、自分の大きさを実感するにはまだまだはやい。やっ
ぱり、こうしないと。

「ほらほら、もっと速く逃げないとおっきなお姉さんが踏み潰しちゃうよ?」

地図みたいな町の上に足を翳して、人間たちの不安を煽る。あぁ、もうたまらない。あちこちから上がる絶
叫、助けを請う声。今は1000人以上がアタイの足の下で恐怖しているんだ。

「助けて? ふふ、だ~めっ」

ずっしん! 素足で、町ごとその嘆願を踏み砕く。あぁ、いけないことしてるんだ、アタイ。けど、誰も止められ
ない。何をしようと自由、それがとことん味わえるんだ!

 ぐりぐりと踏みにじると、土踏まずの下辺りから聞こえてた微かな悲鳴も途絶えちゃった。それと同時に、
足の裏でぷちぷちぷちと弾ける感触。

「クスクス……文明の中で長く生きすぎて自然のルールを忘れたの? 弱肉強食。正義は常に強者の手に
あるの。助かりたければ、口でぎゃーぎゃー喚くより自分の力で逃げ切りなさいな」

外の世界で万物の霊長として驕り高ぶる人間どもを踏み潰して、見下してやる。

「ま、そんなのは建前かもしんないね。アタイは今日ここに遊びに来たんだ。諦めてしまった人間なんかつま
んない。だから皆、諦めずに最後まで逃げて逃げて……アタイを楽しませてよ」





turn.02 比那名居天子視点



私の見上げる少女は、あまりにも遠く、あまりにも大きかった。青く霞むその姿、空気遠近に感じる距離感
とは対照的に、少女は手を伸ばせば触れられそうにも思える。彼女が足を掲げれば今にも踏み潰されそう。
その足の裏、指紋ですら克明に見えるというのに、踏み潰された町はずっと遠くの隣町。1000倍のその子
は、猫みたいな仕草で前に垂れた紅のおさげをクイと手で払った。

 見下す彼女の視線には、哀れみの一つも見受けられない。この大量殺戮を、心から楽しんでいるんでしょ
うね。その口元は微かに釣り上がって、残酷な笑みを浮かべてる。さすがに3回目か。

「ほらほら、逃げて逃げて~!」

一歩前に足を踏み出す彼女。逃げてと言われても、間に合うはずがない。私は今、10階建てのマンションの

屋根の上にいるんだけれど、そこから見下ろす道路は本当に酷い有様。歩道も車道も関係なく人がひしめ
き合い、まるで進んでる気配がない。車で逃げ切れるとでも思ったのかしら、人を跳ねながら走り抜ける車も
やがては渋滞にぶつかって停車。いや、止まってないか。事故を起こして火を噴いてるのが何台もある。

「はぁ~、人間ってのはホント頭悪い生き物よねぇ」

私は思わずため息混じりに一人ごちた。こんな事言っちゃ悪いかもしれないけど。けど、だって。無駄だも
の、そんな醜い本性晒して逃げたってさ。

 周囲が暗くなっていく。指で帽子のつばをくいと持ち上げて空を仰ぐと、一面を覆いつくす巨大な足。

「ほら見なさい。逃げられなんてしないんだから。おとなしく腹決めて恋人ととかと一緒に最期を待つのが得
策よ」

タン! 屋根を蹴って仰向けに飛び上がる。200メートル以上に及ぶ広大な足の裏を眺めながらしばらく落
下。よくよく見ると木材やらコンクリートやらの瓦礫が付着していて、それらが一足先にパラパラと落下してく
る。慣性に委ねた体がくるりと半回転すると、阿鼻叫喚の騒ぎが目に入った。ここまできても諦めないあたり
は評価に値するかもしれない。

 低層住宅の屋根に着地すると同時に地面を蹴り後ろに跳び退ると、さっきまで私がいたマンションが足の
裏に接触して崩れ去るところであった。ここらで一番高い建物だったから。けど、どの道この周囲は等しく滅
ぶ運命。私が弾幕避けの要領で足の指の間に飛び込むと同時に、大気が震えた。音って言うには、それは
あまりに強烈過ぎた。振動なんて甘いものじゃない。音速を超えた爆煙に叩きつけられるようにして、私は
お燐の親指と薬指の間を打ち上げられる。真空みたいな低気圧と、それ自体が爆弾みたいな威力を持った
高気圧が局所的に発生して、縦横無尽に駆け抜ける乱気流。姿勢制御もままならない。普通の人間なら
とっくの昔にバラバラになってると思う。

 彼女の足が地面についたその反動で、私は彼女の脛の辺りまで吹き飛ばされた。高さにすると200メート
ル程だろうか。もちろん私だけではなく、足を下ろした"おまけ”で発生した嵐の勢力圏内にあったものは全
てこの高さまで吹き飛ばされ、爆風と破片に砕かれて粉塵のようになっているのだけど。

「まったく……なんて威力よ」

振動で壊れ、風に砕かれ、お燐の足の周囲は土本来の色に還る。沈み込んだ彼女の足を模って、小山ほ
どの隆起を伴った淵になって。そんな様子を観察していたら、次の爆風に掻っ攫われた。500メートル以上向
こうに、次の一撃が落ちたみたい。これだけ離れているというのに、恐ろしい威力。

 衝撃を逃がすように後退すると、お燐の足の後ろ側に回り込む形になった。踏みおろされた足が、今度は
振動を伴い持ち上がる。その下には、平面図になった家々の屋根が雑然と並んでいた。もちろん、どれも原
型なんて分からないくらい酷く壊れてるけど。

「これ、一歩だもんなぁ……」





turn.03 火焔猫燐視点



 しばらく歩いてみたけど、やっぱり何の手ごたえもない。人間の作った建物はアタイの足に傷一つつけるこ
となんて出来やしないんだ。ほんのちょっと、くすぐったいだけ。けれどいいの。アタイの耳には、恐怖し泣き
叫ぶ人間達の悲鳴がしっかりと届いているんだもの。それで十分、アタイはゾクゾクできる。んや、違うか。
これこそが、至上なのかもしれないね。

 人間ってヤツは、アタイ達猫には理解できない集団心理ってのを持ってる。それは時に協力し合い奇跡を
生み、また時には破滅を呼ぶもんなのさ。今、アタイの足元に広がってるのは言わずとも破滅のほうだ。

 見下ろせば、開けた土地に沢山の人間が集まってる。避難場所っていうのかね、ああいうの。そこにいけ
ば安全とでも思ってる?

「ふふ、本当におバカさん達」

普通に考えたら、そんなところ危険に決まってる。けど、パニック状態に陥ってるからかな、何人も集まって
いれば自分もそこに行きたくなる。ま、どこに行こうと安全なところなんてないんだけどさ。アタイからすれ
ば、思いっきり踏んでくださいと言ってるようにしか見えない。

「ほらほら、逃げなくていいの~?」

アタイはその上に、足を翳してやった。アタイの足の半分くらいの大きさはあるんじゃないかな、あの敷地
は。そこに沢山人が犇いているんだ。これを踏み潰したらどれほど気持ちいいだろう。

 予想どおり。誰一人として動こうとしない。諦めちゃったのかな? それとも、やっぱり集団から離れるのが
怖いから? きっと後者だね。理性や感情を持ってしても、結局人間の本能には逆らえないってことか。

「あぁ、いいよ……その悲鳴。もっと、もっとアタイに聴かせておくれよ!」

ずん! 踵をつけて、ゆっくりゆっくり足を近づけていく。人間達は今どんな気持ちなのかな? 視界いっぱ
いに広がるアタイの足の裏。女の子の足の裏で死体になるのを、嫌でも予期してるんでしょう? 悔しい? 
怖い? 

 足元から、プライドも何も全て放り投げた人間様の悲鳴や罵声が聞こえてくる。あぁ、罵るがいいさ。それ
で余計に、自分の無力さを痛感するがいいさ! 

「見せてもらおうじゃない。団結の力ってヤツを」

ゆっくりと足の接地面積が増えていく。踵のほうから、つま先のほうへと人間達が弾けて潰れてくのが分か
る。頑張って押し返してるのかな。けれど骨にも肉にも強度ってもんがある。どう考えてもアタイが踏み潰し
てきた建物よりずっと脆いんだ。絶えるはずがない。

「あれぇ? もうオシマイ? クスクス……」

ぐりぐりと足を踏みにじると、かろうじて助かっていた奴らの蠢く感触さえなくなった。けど、なんだか弱すぎ
る。ま、人間の天狗鼻へし折ってやるのは面白いんだけど。けどそろそろもう少し手ごたえがあるのがほし
い。

「あぁ、居るじゃん。手ごたえあるやつ」







turn.04 比那名居天子視点



 お燐と目が合った。まさか。いや、けどあの目は間違いなく猫が獲物を狙う目。

「や、やばいってこれは!」

慌てて踵を返し飛翔しようとする私の頭上を、何か超高熱の物体が通り過ぎた。熱膨張に大気を歪めて飛
び去るそれは、はるか彼方で大爆発を起こし眼も眩む閃光を放つ。

「飛翔使ったら焼肉にする」

私を見下し、彼女はそう宣告した。いやいやいや、究極焼肉レストランとかそう言うレベルじゃないってア
レ! だってアレ、アレじゃん、核爆弾クラスじゃん! いくら私が天人だからって、アレを喰らったら間違い
なく確1で消し飛ぶ! 

「ちなみに今のは、ちょっと火の粉を散らしただけね。ドラクエで言ったらメラですらないから」

お前のメラで世界がやばい。メラゾーマしたら間違いなく世界が、上手に焼けましたー! になる。

「じゃ、頑張って"走って”逃げてね」

そう言うと、間髪居れず彼女は足を持ち上げ踏み下ろした。まるで容赦がない。

「うわあああぁっとっと!!」

地を蹴って加速を生む。危ないところで彼女の足から逃れるも、衝撃で跳ね飛ばされあらぬ方向へと飛んで
いく。背中から建物に叩きつけられ、その壁を破って建物の内部に。肺が軋み、息が苦しく詰まる。だが、そ
んなことで立ち止まっている暇なんてない。速く逃げないと、おそらく彼女はこの家ごと私を踏み潰す!

「せりゃああぁぁ!!」

出口を探す暇もなく、入ってきたときと同様に体で壁を突き破って外に出れば、周囲は既に闇に包まれてい
た。間に合うか!? アスファルトを割るほどの力で地を蹴り進む。ずざざざざざざざ!! 滑り込むようにし
て、明るい空間へと緊急回避。なんとか逃れると、そこはお燐の親指の前だった。それだけで2階建ての住
宅を押しつぶして鎮座している。

「ふふ、やっぱり強いね天人さんは」

彼女はニコニコと楽しそうに笑い、そして私の目の前にある親指をぐいと持ち上げた。緊急回避後の体勢か
ら慌てて立ち上がり、よろけながらも走り出す。時速300キロ以上の速度で走っているというのに、指は
まったく遠くなったような気がしない。むしろ近づいてきている。

 ずん! 私のすぐ後ろに追いついた指が、地面に叩きつけられる。

「きゃあぁっ!!」

その衝撃波と、不安定な姿勢が災いして、私は転倒した。天地が激しく入れ替わり、頭部に激しい痛みを感
じて意識を手放しかける。帽子がなければ即死だった。いくら鋼よりも硬い体をしているからと言っても、この
速度でぶつかれば痛いだけじゃ済まされない。口の中で血の味がする。幸い舌の先っぽを噛んだだけみた
いだけど、これではまたいつブチっといくか分かったもんじゃない。早く、もっと速く逃げなくちゃ!

 私はぐらつく頭をなんとか律して走り出す。なるべくその足から離れるように。けど、よく考えたらそんなこと
は無駄だった。

「クスクス……足って二つあるんだよ?」

私の眼前に巨大な足が踏み下ろされる。一瞬前まで私の前に広がっていた住宅を容赦なく踏み潰して。慌
ててブレーキをかけても間に合うはずがなく、私は彼女の土踏まずの下に滑り込んでしまう形になった。そ
の土踏まずですら、その下に住宅をいくつも収納できるほどの大きさだと言うのに。もはやここからターンし
て脱出することは適わない。

「もうオシマイかな?」

ぐっ。お燐が力を入れたのが分かる。一段と低くなる天井。既に柱のみになっていた二階建ての家々が基
盤ごと破壊されていく。

「っ……!」

私は絶望に押しつぶされそうになりながら、その天井を見据えていた。もういいか、終わりでも。そう思った。
この程度の勢いで踏まれた程度では死にはしないから。お燐もそれで満足して、ゲームセットだ。けれどこ
れをゲームと捉えるのであれば、これでは天人の名が廃る!

「天人舐めんなああああああああああああぁぁぁ!!」

緋想の剣を大地に突き立て、私の周囲の地面を隆起させる。ありとあらゆる岩石の中でもっとも硬い花崗岩
の柱を4本、地下奥底から呼び出したんだ。地球の圧力の中で生成された岩石はさすがに丈夫で、お燐の
土踏まずを少しばかり持ち上げることに成功した。けどもちろん、このまま押し返せるとも思って居ない。すぐ
さま駆け出し、その下を脱出する。

「あれ……? 意外と硬い」

当のお燐は私が居なくなったことに気がついてないみたいだ。これはしめたもの。今のうちにビル郡にでも
身を隠せばやり過ごせる。で、元のサイズに戻った時にネタばれして勝ち誇ればいい。緋想の剣で衝撃波
を放ち、邪魔になるもの全てを消し飛ばして私は一直線に駆けた。その途中で、ズン! という衝撃音と、
振動が伝わる。どうやらあの柱が折られたようだ。

「あはは、所詮天人もこんなもの?」

ごりごり、彼女が周囲の住宅を巻き込んで私が居るだろうと思っている場所を踏みにじる音。計画通り。彼
女は私を倒したと思ってくれて……。

「なんてね……」

なかった。やっぱり聞こえているか。空力も何も考えられていない人間ほどの物体が300キロものスピード
で走ってたら、そりゃバレる。けれど、ここはもうビル街! 速度を落とし息を潜めれば私を発見するのは簡
単じゃないはず。





turn.05 火焔猫燐視点



 ま、一瞬騙されたと言えばそうかもしれない。けど、どこに逃げ込んだかはすぐに分かった。なにせ彼女が
走ってった跡はひどい有様。整然とした住宅街を鋭い爪で引っかいたような跡が、ビル郡へと伸びている。

「なるほど、今度はかくれんぼね」

多分。天子はアタイの耳がどれほどの能力を持っているかは以前の2度でも知ってる。だから、一度隠れた
ら下手に動くことはないだろう。あり得て、ほかの人間達にまぎれて移動するくらい。どの道、ビルの谷間を
縦横無尽に駆け抜けるほどスピードは出せない。

「そんな状況でどうするつもりかな?」

アタイはビル郡にたった数歩で歩み寄る。天子の通ってった破壊の跡を、それよりもはるかに大きい足跡に
塗り替えて。

「私が飽きるまで待つか、それともまた死んだフリする? けど残念。猫ってのはね、しつこさで言えば右に
出る物がないのよ」

足を持ち上げ、そしてビル郡の一角を踏み潰す。低層の住宅なんかよりもずっと手ごたえのある感触。彼女
はどこだろう。ま、普通に考えたら中心付近だろうね。何せ今のアタイは。

 ずっしいいぃぃん! クシャっとビルを踏み潰してビル郡を跨ぎ越す。そう、このビル郡全てを股の間に収め
ることが出来るんだ。

「さて、それじゃ端っこからじわじわと行かせて貰うよ」

足の指をぐいっと開いて踏み下ろすと、その指の間に小さなビルが挟まった。そのまま、力を調節しつつ持
ち上げると、うまい具合に挟まったまま。

「あはは、挟まっちゃった! ほんと滑稽よねぇ、女の子の足の指の間に挟まっちゃう高層建築って」

ぐっと力を入れると、粉々に砕け散っちゃった。情けないねぃ、1秒と持たないなんて。ま、これも機能美なの
かもしれないね。本来こういうものはアタイみたいなおっきな女の子が踏み潰したり挟んだりするものじゃな
い。だから、そーいう事をされたときにすぐ壊れちゃうのは仕方がない、っと。

 右足の次は左足。下ろす場所など選ぶ必要はない。このビル郡は全部踏み潰すつもりだから。重く激しい
音を発してアタイの足が地に付くと、その足と大地の間にあったビル数本が圧搾される。あぁ、今踏み潰し
たビルの中にはどれくらいの人間が居たんだろう。逃げる事すらままならないのろまで哀れな人間達が。

 くすくす、つい零れ出る笑み。そんな愚鈍な人間の波に揉まれて逃げ惑う天子の姿を想像したら、おかし
くって。何せ今の彼女は高速移動を封じられてるんだから。そんなスピードで走ればすぐに分か……。

「!?」

アタイの予想を裏切って、空を切って移動する何かの音。それも、今踏み潰した区画の直ぐ傍。行動直後の
最も隙の大きい時間を狙ってか!

 けれど無駄、音の行き先はしっかり聞いたよ。今から速度を落として一般人に混じり逃げたところで、もう
遅い。そこを中心に踏み潰せばアタイの勝ちさね!





turn.06 比那名居天子視点



 お燐が100メートルを超える高層ビルを4つほど同時に踏み潰したその直後。私はそこら辺にいた人間の
胸倉を掴んで、野球選手もびっくりな速度でブン投げた。

 ほら、猫じゃらしをくれてやる! 喰い付け、化け猫!

 フェイク、デコイ。手は使い果たした。これで騙せなければ次はない。

「みぃ~つけた!」

たった今踏み下ろしたばかりの足を持ち上げ、そしてもったいぶるようにゆっくりと下ろしていく。確かに人間
と同じスピードで逃げていたら、あの巨大な足から逃れる事など到底不可能だ。だからって、それは余裕を
こきすぎてるんじゃないかしらね?

 私は傍を通り抜けようとするトラックの前に立ちはだかり親指を立てる。もちろん止まってはくれない。

 ったく、こんなに可愛いヒッチハイカーを無視して轢こうとするなんて。けどいいわ。どうせ無理やり乗っけて
もらうつもりだったし。

トン、と地面を蹴ってトラックを回避すると同時に、その荷台に飛び乗る。考えが足りなかったわね、お燐。飛
翔を封じられた私の高速移動手段は足のみに限られないのよ。最後まで聴覚に頼りすぎたのがあなたの
敗因。せいぜい仮初の勝利に浮かれてなさいな。

 荷台から、遠ざかるお燐の足を眺めてにやりと笑む。多分いま鏡を覗いたら、なんとかノートの主人公みた
いな顔しているんだろうなぁ。

「はぁ~、やっと踏み潰せた。よし、これでもうこの町には用はないね」

上空、ほぼ真上からお燐の声が降ってくる。やっぱり、車ぐらいのスピードではまるで逃げているような気が
しない。なんせ、上を見上げれば日に当たらないため真っ白な彼女の脚がある。ふくらはぎ、太ももの描くな
だらかな稜線。その先には黒、フリフリの沢山ついたいかにも彼女らしい下着。未だにスカートの下なのだ。
そう、彼女が腰を落とせばぺちゃんこに潰される範囲。

 って……アレ? ねぇ、燐ちゃん。用がなくなったんなら大人しく離れなさいよ! なんか一段とお尻が近
づいてきてるんだけど!

「それじゃ、バイバイ」

すとん。ゴスロリ下着に覆われた控えめなお尻が、両足の支えを失って落ちてくる。いや、もうお尻が落ちて
くるとかそんな感覚じゃないけれど。脚でさえ空を埋め尽くすほどなんだから。空そのものが落ちてきている
ような錯覚に囚われる。

「あぁ、やっぱりか」

迫る、まだ迫る。このあたりは太ももの真下あたりに位置することになるみたいで、なめらかな肌色が視界を
覆う。そしてそれがビルを砕き、私を押し潰そうとするその刹那。私は思う。

「やっぱり"計画通り”は死亡フラグだった……」

プチッ。私の意識は闇に解けた。





turn.07 observer unknown



「っ……いててて」

全身に軋む様な痛みを感じ、天子は目を覚ました。周囲は見渡す限りの瓦礫の海。ところどころから立ち上
る黒煙に、金属の焦げるきな臭い瘴気が漂っている。

「おはよう、お目覚めいかがかしら?」

瓦礫の海の中に突き出た一枚岩の上に腰掛けた少女が天子に呼びかける。八雲紫だ。

「最悪よ……」

ゴキゴキと首を鳴らし、頭をさすりさすり彼女は立ち上がる。

「あはは、ごめんよ。けどいいじゃないさ、天人はそれくらいじゃ死なないんだしさ」

紫の背後から、ひょこと現れたのは天子を気絶させた張本人、火焔猫燐であった。

「いや、死なないけどさ。痛いもんは痛いし」

タン! 地面を蹴って飛び上がり、天子は紫の隣に腰掛ける。

「だから、ごめんって。ちょっと、私も調子に乗っちゃって……」

天子の腕に抱きつき猫のように擦り寄って、お燐が詫びる。

「いいわよ、たいして気にしてないから。もっとひどいヤツもいたから」

本当のことだ。

「巨大化すると皆気が大きくなってね。よくあることよ」

天子は抱きつかれていない方の手でお燐の頭を撫でる。申し訳なさそうにしていたお燐であったが、そうさ
れると思わず眼を細めてゴロゴロと喉を鳴らした。人体のどこからあの音が出るかは不明だが。むしろ猫体
でも解明されていないのだが。

「で、紫。もう具体的なリクエストはとらないんだって?」

沈む夕日に染まる瓦礫の海を見据えて、紫を横目に天子が訪ねる。

「ん、そうね……。そもそもこのシリーズ自体がこれで最後になるかもしれないわ」

「はぁ!? 聞いてないわよ!?」

あまりに唐突だったため、天子は思わず紫に掴みかかった。

「んや、まだ分からない。かもしれないってだけだから」

「ちょっと、かもしれないってだけで適当な事言うのやめてくれない?」

噛みつく天子。しかし、紫は彼女の期待した反応をしなかった。いつもならば適当にはぐらかされて終わりな
のだろうが、紫は何も答えない。そのままふっと立ち上がり、そして黙ってスキマを開いた。

「紫……?」

そのスキマに無言で歩んでいく紫を呼び止める。

「さ、帰りましょう」

暫し沈黙した後、紫はそれだけ言った。半身で振り向いた紫が笑っているのに気がついたのは、天子だけ
だっただろうか。天子はそんな彼女を見て、半ば不思議に、けれどどこか安心したような気分になった。やっ
ぱり紫は紫だ。またよからぬことでも企んでいるのだろう。もし携われるならば、次の遊びにもとことん付き
合ってやろう。お燐の手を引き、天子は紫を追ってスキマの中へ飛び込んだ。