黒煙が空を焦がす。流星の如く降り注ぐ瓦れきが壁面を突き破り、耐えられなくなったものが地面に呑み込まれるようにして次から次へと崩れ落ちていく。立ち込める煙を引き裂き、地響きを巻き起こして2人分4本の脚が駆ける。脚の持ち主はどちらも踏み出せば天地を揺るがすほどの巨大な少女だった。塔のような脚を振り回し、一歩ごとに雑居ビルを蹴散らしての大立ち回りを演じている。一人が摩天楼すら両断する剣を振るい、舞うように切り掛かる。するともう一人は拳銃の銃床でそれを軽くいなし、赤く焦げた空に緑色の髪を泳がせて銃弾の返礼を見舞う。その一挙一動ごとに、彼女らの足元は崩れ、壊れ、奪われていく。
 この世の終わりとも思えるその光景、逃げ惑う人々の中に一人の”少年”がいた。
「お姉ちゃん!! お姉ちゃん!! そんな、やだよ、こんなの!!」
 瓦礫の中から伸びた血まみれの手を引っ張って、まだ声変わりもしていない幼い声で泣き叫ぶ”少年”。
「プラム……いるの?」
プラムと呼ばれたその少年は、そうと知らねば少年には見えない容姿をしていた。蜜色の髪を振り乱し、少女と見紛うような華奢な腕で、コンクリートの岩塊を必死に持ち上げようとする。それでダメと知ってなお、チェックのミニスカートから伸びた脚に真っ赤な傷をいくつも走らせ瓦礫をどうにか動かそうと足掻く。けれど、のしかかる現実はあまりにも重くて非情で。
「逃げて……私の分まで、生き……て」
 瓦礫の隙間から、血の混じった声で弱々しくつぶやく女性。しかし、彼女の願いは届かない。
 空を覆い、倒れこむ少女の背中。今まさに二人がいるビルの墓場に瓦礫の雨を振りまいて。少女のお尻がまだ生きていた人々を次々にシミへと変えていく。それはほんの一瞬のことだったけれど、とてもゆっくりで。
 止まったような時間の中で、少年は……プラムは走馬灯を見た。物心ついた頃には母はおらず、親に代わって面倒を見てくれた姉との思い出を。ここでこうして姉と一緒に死ねるなら、それも悪くないと思った。
けれど、走馬灯が終わり今に引き戻されても、彼に終わりは来なかった。
「ごめんなさい、押し付けてしまって」
 真っ暗な闇の中、一人の少女がプラムの前に佇んでいた。今まさに彼を押しつぶした巨大少女にそっくりの。
「あなたは……? ここはいったい、僕はどうなって……」
「あなたも私も、死んだよ。けど、この子があなたを選んだんだ」
 少女は力なく微笑み、手にしていた長剣を少年に渡す。ひやりと冷たい、けれども少女の温もりが微かに残った剣の柄が、朦朧としていた彼の意識を呼び戻した。
「やっと……終わった」
 少女が、そして空間が光の粒子となって散っていく。ヴェールを脱ぐようにしてその向こうに現れるのは、先ほどまでの悪夢のような焼け焦げた世界。けれど、違う。何かが。
 目の前に、敵がいた。仇が、いた。緑色の髪をした長身の少女。全てを踏み潰し、踏み殺し、暴れまわっていたあの少女。巨大で、恐ろしい侵略者。彼の目に入ったのはそれだけだった。
 よもや自らがその巨大な少女と同じ体躯にまで巨大化していようとは、その時の彼は考えもしなかった。ただ、眼前の敵を切り伏せるがために。
「うおおおおおおおおおおお!!」
 剣を握り直し、駆け出す。可愛らしい茶色のショートブーツを凶器と化し、足元に散らばる雑多を悉く粉砕して。人々の逃げ惑う大通りは血と肉で舗装され、トラックが爪先に当たれば跳ね飛ばされてビルの壁に突き刺さる。そんなことなど一切眼中になく、プラムは剣を振り上げ、目の前に広がる悪夢を一閃した。
「っ!」
 甲高い音、火花が散って少女が剣を受け止める。
「新手……このタイミングで!! 倒した直後に次が見つかるなんて聞いたことないわ!」
 飛び退る少女。その際に放った牽制の銃弾がプラムの頬に浅い傷を描く。
「……違う」
 緑髪の少女は小さく呟き、そして追撃にかかる彼の剣を回し蹴りで弾いた。続いて後回し蹴り、勢いが乗った硬い靴底がプラムの鳩尾を捉える。男にしてはあまりにも小柄で華奢な、しかしそれでも巨大な彼の体が宙に浮き背後に聳える高層ビルに激突した。技術の粋が、まるでトランプタワーのよう。きらめくガラスを振りまいて、倒れこんだプラムの上に力なく崩れ落ちる。
「こちらローリエ。新たな神器使いの出現を確認。……増援ではありません、新手です。こちらも消耗しており厳しいかと。はい、撤退します」
 緑色の髪の少女は襟元の通信機に短く報告をし、地を蹴って飛び退いた。
「くっ……ま……て、げほっ、かはっ……!!」
 瓦礫を跳ね除け、立ち上がろうとしたプラムの体を激痛が走る。咳き込んだ口元を抑えた手にはべったりと赤い鮮血。
 地響きを立て、まだ無事だったはずの区画を、逃げ惑う人々ごと踏み潰して歩き去る敵。もつれる足でその背中に追い縋ろうとするも、数歩もしないうちに倒れこんでしまい、プラムの意識は闇へと溶けた。



「お姉ちゃん……おねえ……っは! 」
背中に感じる柔らかなベッド。ぼやけた視界には、その天蓋。暖かい毛布のなかで、プラムは目を覚ました。
「……もう一年も経つのに」
紅玉のような瞳を細め、しなやかな指でそっと涙を払う。未だに夢に見る。全てを奪ったあの日を。
「引きずらないって、決めたのになぁ……」
 毛布をぎゅっと握り、抱き寄せ、そして余計に寂しくなってやめた。毎晩のように一緒に寝てくれた姉はもういない。その事実が、一年経った今でも受け入れられずにいる。あのきな臭い夢の中へ、あの瞬間にもう一度戻れたらと幾度となく思う。
 あの日あの時、今の自分が力を使えれば。
「うぅん……今更、終わったことだもんね。だから、せめて」
 プラムはベッドの縁に腰掛け手をかざす。すると光が筋走り、その手に一振りの長杖が生じた。あの日、先代の神器使いから譲り受けた神器だ。受け取った時は鋭利な長剣だったが、神器はそれを持つものの決意によって姿を変える。
「もう、誰一人として死なせやしない」
 自分に言い聞かせるように小さく呟き、彼は杖を光に変えてかき消した。
 立ち上がり、するりとネグリジェを脱ぎ捨てる。女性ものの下着一枚の姿になった彼の体には、二次成長期らしいものは一切見受けられなかった。露わになった脚は瑞々しく張りに満ち、柔らかそうな太もも、ふくらはぎが扇情的な美曲線を描いている。そんな線の細い脚で窓際に歩み寄り、カーテンを開ける。窓から差し込む光が模るそのシルエットは少女そのもの。腰まで伸びた金色の髪が艶やかに輝き、光の粉をきらきらと振りまいた。
「今日はどれにしよう……?」
 洋服掛けに並ぶハンガーには、やはり女性ものの服が掛かっている。プラムは男だ。性のアイデンティティに狂いがあるわけではなく、同性にも興味はない。けれど、ただ一人、姉がためにプラムは女であろうと努めた。姉は妹が欲しかったのだそうだ。
 それに加えて、今の彼には女性のふりをしなければならない理由があった。
 神器の適合者はすべて少女であり、少年が神器に選ばれたなどということは今の今まで前例がないのだ。そうと知れたら大騒ぎなのである。姉の教育、そしてプラムがそこらへんの少女よりも容姿に恵まれていたこともあり、普段から何の抵抗もなく女性服を着れるのは幸いだった。
 寝ている間に外していたブラジャーをつける。パッドではあるが、こうなってしまうともはやスレンダーな少女とまるで見分けがつかない。
 衿つきのブラウスにラクダ色のカーディガン、赤のチェック入りプリーツスカートをミニ丈に折る。薄手のオーバーニーソックスを引っ張り上げて、足元はショートブーツで。
 着替えを済ませて顔を洗い、化粧台の前に座って最低限のメイクだけ済ませる。上目遣いで髪留めゴムを咥えて豊かな金髪をかき上げるその姿は、それが少年とわかっていながら、ときめかずにはいられないほど様になっていた。
「うん、これで良し」
姿見の前に立って、ポーズを決めてみる。ポニーテールに纏めた艶やかな金髪がふわりと動きを追った。どこからどう見ても、完璧な女の子だ。
「プラム様、朝食をお持ちしました」
「ん、入って」
ノックに答えてテーブルにつく。ドアが開き、可愛らしいメイドがテーブルに軽い朝食を運んできた。プラムはメイドに礼を言ってからそれに手をつけた。その食べ方もどこなく上品で、育ちの良さが窺える。
「本日は観閲パレードがございます」
メイドは手帳をパラパラとめくって簡潔に述べた。
「ん? うーん……」
対して、プラムの返事はなんだか歯切れが悪い。
「そんなに嫌がらないでください。神器は国民からの愛が得られなければ動きません」
メイドは眉をハの字に寄せ、プラムが幾度となく聞いた言葉で説得を試みる。そんな事は百も承知。神器、神が封じられているとされる究極の武装。だがそれは愛を得られなければ一切の力を発揮できない。故に神器使いは強力無比な兵器であるとともに、皆から愛されるアイドルでなくてはならない。愛を失えば神器はおろかその使い手の方でさえ機能を失う。
「嫌ってわけじゃないよ、パレードは好き。大きくなって街を歩くのは気持ちいいよ」
「そうですね、プラム様は小さく可愛いものがお好きですから。お楽しみいただけているかと」
「でも、やっぱりうしろめたいんだ」
「それは、仕方ありません。たまたま性別が違っただけで、あなたは悪くありません。それに、大切なのは心のあり方なのですから」
メイドは声を落とし、プラムにそっと耳打ちした。彼女もプラムの性別を知っている人間の一人。けれど、そういう問題でもなかった。
「心のあり方、ね」
プラムは深い溜息をついて、席を立った。



 ホテルの玄関に出迎えた車に乗り込む。神器使いは歩く結界のようなもので、ちょっと念じるだけで招かれざる客を寄せ付けない人払いができる。故に映画スターのような煩わしさを感じることもない。
会場に向かう車の中、窓から見える高層ビル群を見据えて、プラムは暫し思いを巡らせた。見上げるほどのあのビルが、自分の目線と同じになるあの時。眼下に広がる雑居ビルたちをお気に入りのブーツで蹴散らしていくあの時。自分がさっきまで寝起きしていたホテルを尻餅で押しつぶしてしまうあの瞬間。自分が自分でなくなる感覚とともに、ある種の性的な興奮を覚える。全てを壊してしまいたくなる、その衝動と快感。
「僕はみんなが慕ってくれるほど立派な人間じゃない」
肘掛についた肘に顎を乗せ、憂鬱そうに呟いた。今でも思い出す。神器使いになってからの初陣。
 あれは今から殆ど一年前の事。

 相手の体がぐらりと傾き、煙を巻き上げて膝をつく。プラムの初陣は、泥臭い激闘の末の辛勝だった。それもそのはず、彼の神器はその当時にはすでに杖の形をしていたのだから。切れ味の悪い武器というのは往々にして相手を苦しめるものなのだ。
「はぁ……はぁ……勝った……」
 相手に続いて、プラムも膝を折る。このまま倒れ込んでしまいたかった。けれど、ここは敵地。すかさず耳元につけた無線機に電波が入る。
「プラムさん、素晴らしい戦果です。しかし、我が国の脅威となるのは敵の神器使いだけではありません。まだ敵の機甲部隊が町中に配置されており、突入を阻んております」
「しかし所詮通常兵器など、あなたの力を持ってすれば取るに足りません。神器使いの役目、都市の蹂躙を行ってください」
「じゅう……りん?」
「はい、我々は暫しの間モニタリングを中止しますので、プラムさんが心ゆくまで……」
 そんな、国を護るものを失った相手をさらに追い打つような真似……と、一瞬の抵抗感。けれど、どうしてだろう。壊したい、殺したい。自分の中で、自分ではない何かが首をもたげる。
「っ……!!」
 モット壊シタイ。
 モット殺シタイ。
 すべテ……何モかも。ぜんぶ。
「壊し尽くしてしまいたい……!!」
 ぞくっと、身を震わせる。神器だ。今手にしている神器の意思が、その破壊衝動が流れ込んでくるのだ。でも、そうと知った時には彼にはそれに抵抗することもできず。逃げ惑う人々の上に、ブーツを踏み下ろしていた。
「そうだ……どうせ後で全部治せるんだから、いいよね」
 それは、彼の神器に与えられた能力。全てを治す力。プラムが納めたこの初戦での一勝も、その能力をフルに活用しての不死身の耐久戦法だった。そして神器が治せるのはプラムだけではなく、あらゆる人や物に至るまで全てのもの。この能力は神器の破壊衝動に飲まれた彼の理性をくじくに十分すぎた。
 戦闘中は余裕がなくて感じることのできなかった、人間が潰れる感覚。何にも似つかないその感触に、プラムはクスリと笑みを漏らした。もったいぶるように上げた踵が血糊を引きずって糸を引く。次の一歩は路肩に乗り捨てられた自動車をまとめて5台も押しつぶし、持ち上げた足からはその成れの果ての鉄板が乾いた音を立てて剥がれ落ちた。必死で逃げる一般市民が次から次へとひき肉にされていくのに、それを引き起こしている足はとても可愛らしいファーブーツに覆われていて、そこから伸びる脚は誰しもを惹きつける美曲線を描いている。オーバーニーソックスとミニスカートの間に覗く太ももの素肌は燃え上がる炎を映し出す真っ白なスクリーンで、スカートの中にちらつく下着はフリルのついたピンク色。清楚なシャツを持ち上げる慎まやかな胸、まだ幼さの残るあどけない顔。そんな愛らしい”美少女”が60メートルはあろうかという歩幅であっという間に追いついては味わうようにゆっくりと踏みにじっていく。なんと恐ろしいギャップだろうか。柔らかそうに見える太ももが、大通りの両脇に立ち並ぶビルの壁を簡単に削り取って瓦礫の雨を降らせ、黒煙を引きずって。破壊の化身となったプラムは小さな人間の街を楽しそうに蹂躙していく。
 跨ぐにも及ばない小さな10階建てのビルをモコモコのファーブーツで真上から粉砕し、まるで公園の池に入って遊ぶみたいに密集したビル群を蹴上げてコンクリートの飛沫を上げる。血のように真っ赤な瞳を細め、花の唇を歪めて声なく嗤うプラム。
 そんな彼に、戦車部隊の一斉放火が弾けた。
「へぇ、私とやろうっていうんですか?」
 パチパチと服の表面で弾ける砲弾。神器使いを傷つけることができるのは神器使いだけ。たとえ瞳に徹甲弾を打ち込まれても一切の傷もつかない彼にとっては痒くもない。けれど、その興味を引くことくらいはできた。ビルを踏み壊して最短距離で、駅前ロータリーに展開した戦車部隊の真上に立つ。そう、股を大きく開いて、部隊を丸ごとスカートの傘の下に収めてしまったのである。
「人間のくせに、生意気ですよ?」
 プラムはにっこりと微笑むと、カクンと膝を折った。フリフリのついた女の子らしいピンク色の下着が天を覆い、そして全てを押しつぶしてしまう。それは勢い余って戦車部隊のみならず、背後の駅ビルまでを倒壊させる強烈な衝撃波を巻き起こした。
 しかしそれでも戦車というのは存外に丈夫なもので、プラムのお尻の直撃を免れたものが股の間に転がっていた。中身が生きているかどうかは不明だが、プラムはそれを見逃すつもりはなかった。40トンもある車体がひょいと持ち上げられ、そして太ももにぎゅっと挟まれる。鋼の車体はそれをも持ちこたえるかのように見えたが、しかしプラムが両の脚に力を込めるとあえなく鉄の悲鳴をあげて潰れてしまった。
「クスクス……残念でした、1分も持ちませんでしたね」
 スカートをめくり上げ、残った1両を持ち上げてパンツの上を押し付けるようにして走らせる。全力でそれに抵抗する履帯の動きが、彼が男の子であることを証明するただ一つの部分を強く刺激した。もうこの時にはパンツの中は先走りでグショグショで、それはプラムをその気にさせるには十分すぎた。
「ふふ、なんだかしたくなっちゃった。……どうせ後で消せるんだし、いいよね」
 プラムはパンツを下ろしてそれを解放する。戦塵舞うきな臭い空気の中に躍り出たのは、彼の見た目に違わず可愛らしい、しかし10メートルはあろうかという男性器。まだ皮も剥けていない、幼いそれはスカートをめくり上げてそそり立っている。
 後で消せる。彼の神器は、自らが与えた痛みや苦しみに関連した記憶すらも奪う。擬似的に痛みや苦しみを奪う能力とも言える。事が済めば、みんな何も覚えてはいない。そう、プラムが本当は男の子であることも。だから、今は女の子でありながら、男の子でもあれる。
 ずしん、ずしんと細身の体に似合わない地響きを上げて立ち上がるプラム。ドクンドクンと脈打つそれをぶらぶらさせながら、逃げ惑う群集を追いかけ始めた。70メートルの上空からぽたりと垂れた先走り汁がアスファルトを穿ち、あるいは運のなかった人間の頭をかち割った。
 通りを逃げ惑う人間たちはあっという間に跨ぎ越され、もこもこの怪物じみたファーブーツに行く手を塞がれてしまった。もちろん反対側も同じである。そうなると、逃げ場は通りの左右のビルしかない。彼らはそこに最後の希望を求めて逃げ込んでいく。しかし入り口は狭く、なだれ込むようにして逃げ込む人間たちはなかなかビルに入りきらなかった。もたもたしている間にプラムの巨大な指が十余名もの若い女たちを空中に攫っていった。
「あなたたち、可愛いですね。えへへ……気に入っちゃいました」
 プラムは少女たちを、いきり勃つ自分のモノの上に乗せた。とてもまたがれるようなサイズではなく、そのうち数名は転がり落ちて地面に叩きつけられ潰れたトマトのようになってしまう。少女たちは皆悲鳴をあげたが、それ以上のことはできなかった。なにせここは高度70メートル。その上で、今乗っているそれは脈打つたびに数十センチも揺られるのだ。走行中の電車の屋根にしがみついているようなものか、何の取っ掛かりもないぶんそれよりも鬼畜だろう。
「さて、どうしよう」
屋根と壁があればそこそこ隠れられたような気がするからだろうか、プラムが目を近づけて中を覗いてみるとビルの中にはまだたくさんの人間が残っているようだった。
「ん……これ、よさそう」
 プラムはうっとりとつぶやくと、何の躊躇もなく、女の子たちが乗っかったままの男性器をビルの壁面に突き立てた。
「ひあっ!!」
 予想をはるかに上回る快感に思わず溢れる可愛らしい喘ぎ声。フロアの床から天井までを目一杯使い、天井を押し上げるようにしてプラムのそれはめりめりと入り込んでいく。デスクや書類棚、そして人間が自分の性器で押しつぶされていく感触。腰を振るたびに、どうにか建物侵入の時に潰されなかった女の子たちが精一杯泣き叫び、そして力尽きすり潰されていく。
「んっ、んっ、っ……もうダメ、出る……っ!!」
 ビルをぎゅーっと抱きしめ、腕の中で抱きつぶし、プラムは初めて巨大化状態での射精を迎えた。放たれた白濁液が高層ビルの反対側を突き破り、ビルの下の通りを爆撃する。
「はぁ、はぁ……っふぅ」
それはとても気持ちよくって、でもなんだか虚しくて。膝をついて瓦礫に山の中にただ一人、毒気も何もかも抜けきって空っぽの自分。


あれから一年、今でも鮮明に思い出せる。誰の記憶に残らなくても、プラムの心にだけはいつまでも焼き付いて離れない。以降も巨大化して都市を蹂躙することは幾度となくあった。けれど、最初の一回。自分が壊れたあの瞬間を忘れることはない。神器の破壊衝動はきっかけに過ぎず、それを執行したのは自分の意思なのだから。
「僕は卑怯者だ」
傷つけるだけ傷つけて、その痕跡を都合よく書き換えて。それでいて自国ではみんなに笑顔を振りまいて優しい少女を演じる。そんな自分がうしろめたくてならない。
だが、神器使いは愛情を集め、戦争に赴くこの義務から逃れることはできない。神器使いにとって愛情を得られなくなるということは死を意味する。自分の命が惜しいとかではなく、神器の意思がそれをさせないのだ。
「大丈夫、あなたは卑怯者なんかではありませんよ」
弱々しく独り言ちるプラムを隣の席で静かに見守っていたメイドが、そっと声をかけた。車が停まり、ドアが開く。
「私はちゃんと知っています。プラム様は優しい男の子だって。……さぁ、参りましょう」



 ステージの前は、分け入る隙もない人垣に囲まれていた。舞い散る紙吹雪の中、ステージにプラムが登場すると群衆は割れんばかりの大喝采で彼を迎える。にこやかに手を振って応えるプラム。瞬くフラッシュに、金色のポニーテールがきらきらと輝いて見える。
「みなさん、本日はお集まりいただきありがとうございます!」
 片側6車線の大通りに特設されたステージの真ん中に一人立ち、挨拶をする。マイクが拡声した、とても少年のものとは思えない澄んだ声がビルの谷間を渡っていく。
「私のために、このような機会を設けていただけたことをとても嬉しく思います。先代から神器を引き継いで以来、私は勝利を重ねてまいりました。けれど、それは私の力ではないのです。私を愛してくださる国民の皆様が、私に、神器に、勇気と力を与えてくれる。私の隣には、いつも皆さんが一緒にいてくれると思えたからこそ、私は今日まで戦ってこれたのです」
 プラムは一息ついて、ほんのわずかに表情を曇らせた。
「だから今日は、みなさんの愛に少しでもお応えできたらいいなって」
 無理に笑おうとして、困ったような笑顔。そのどことなく健気な感じが心を射止めたか、群衆が一斉に沸き立つ。可愛いだの、美しいだの神々しいだの。俺だー結婚してくれーなんて声も混じっていたり。そんな賛美の声がますますプラムを困らせた。
「……ありがとう。でも、きっと僕はその愛に見合うことなんて何一つできちゃいない。みんなが見ている僕は僕じゃないんだよ」
 マイクから遠ざかり小さく呟いた弱音は、かき消されて誰に届くこともなく。プラムは手を振りながらステージを歩き回って愛想を振りまいた。一回りすると、ステージの床につけられた目印を頼りに、広大なステージの真ん中に立つ。
「それでは、大きくなりますね」
 プラムはマイクの電源を切り、壁のようにすら見える人垣に投げ込んだ。足をきっちりと揃え、すぅ、と息を吸い込む。風が舞い、光が集う。黄金色の光の向こうに見える景色が、どんどん低くなっていく。並び立つビルの4階と目線が同じになったあたりで2メートルの高さがあったステージの床が抜け落ち、重々しい地響きとともにプラムのブーツがアスファルトに食い込む。10階建てのビルの谷間だった視点が、すぐにその屋上を見下ろすほどになり、やがてスカートの傘に隠れて近くのビルは見えなくなった。
 身長146メートル。体重4万トン。神器使いとしての真の姿を現したプラムの足元には、巨大化に巻き込まれて壊れたステージの残骸が転がり、砕けたアスファルトがささくれ立って地割れを起こしている。しかし、そんな破壊を引き起こしていながらその姿はとても可愛らしい。
「ふふ、どうでしょう?」
 アスファルトに数メートルもめり込んでいた茶色のショートブーツが、みしみしと啼いて踵から持ち上がり、腹の底から突き上げるような振動とともに向きを変える。片手を腰に当てると、プラムの華奢な体を伝って信じられないほどの衝撃が地面へと伝わり、ポーズを決めるために動かした腕は風を唸らせ色とりどりの紙吹雪をはるか上空にまで巻き上げた。ステージ前の人々からはほとんど脚しか見えないほどの大きさ。しかしながら、それは最高の眺めでもあった。ブーツから伸びるオーバーニーソックスに覆われた脚。形のいいふくらはぎ、そしてニーソとミニスカートの織り成す絶対領域。足元からならば、その先の暗がりでさえ見ることができる。そんな絶景が、ビルをはるかに超えた大空に広がっているのだ。
「さ、歩きますよ〜!」
 プラムは踵を持ち上げて、ブーツの靴底にへばりついた石礫が落ちるのを待つ。あんなに厚く思えた人垣だったが、今のプラムにとってはほんの30センチ程度の絨毯のようだった。石が大体落ちたと思うとプラムはいよいよ足を持ち上げ、そして人垣を跨ぎこした。その足が地面に着いた瞬間、スカートの下にわずかに垣間見える人垣が波打つ様を見る。路上に転がった石は10センチ以上も跳ね上がり、喫茶店で一服していた人のコーヒーはひっくり返り、棚のグラスは盛大なドミノのように崩れ落ち、そして人々は立っていることすらできずに路面に折り重なった。たったの一歩。それもゆっくりと踏み出しただけで、この有様だ。集まった人々は改めて神器使いの力の大きさを思い知り、同時にその逞しさに熱狂する。中にはプラムの足元に飛び出して踏み潰されようとするものまでいる有様だ。
 スカートの傘の下でカメラのフラッシュが目映く焚かれ、プラムは頬を赤らめる。恥ずかしさにではなく、興奮に。普段はともかく、巨大化するとその性格はいつものプラムとはやはり違ったものになる。こうして見られることも、悪くない。プラムの股間の可愛らしいモノが、ムクムクと大きくなっていく。
 一歩ごとに路面を数メートルも陥没させ、歩道に並んだ人々を盛大に転倒させながらプラムはゆっくりと大通りを歩く。自分が一歩踏み出すたびに、足元の小さな人間たちが転び慌てて立ち上がるなりそのまま腰を抜かすなりする様子を見下ろして、プラムはクスリと息を漏らした。あの小さな人間たちが可愛くて、愛しくてたまらない。
 しばらく行くと、高層ビル街に差し掛かった。プラムの身長を超えるものがいくつも並ぶ中で、プラムは自分の胸までくらいのビルをみつけた。100メートルほどだろうか。よくある十数階の建物はいずれも膝の下なので屋上から手を振る人には手を振り返すくらいがせいぜいだった。なにせしゃがみ込んでバランスを崩しでもしたら数百じゃ済まない死傷者が出るのだから。けれどこれならばそんな心配もなくサービスしてあげられそうだ。
「こんにちは。特等席ですね」
 プラムは膝に手をついて少し跼み、ビルの屋上に顔を近づけた。その際に突き出したお尻が反対側のビルに危なくぶつかりそうになる。あんな巨大なお尻にぶつかられたらいくら耐震設計の高層ビルといえどひとたまりもない。
 プラムが笑いかけると、屋上にいた人々は感動のあまりその場に崩れた。屋上の柵を歪ませて、その中の一人に指を伸ばすプラム。恐る恐る、震える手が、カーディガンの袖からちょこっとだけ出たプラムの人差し指に触れた。そんな人間たちを見下ろして、プラムは心の底から笑顔になる。小さいものが大好きなプラムにとって、大きくなって人々と交流する時間はまさに至福の時であった。なればこそ、その人間から本当に愛される自分でありたいと、プラムは葛藤することになるのだが……。
 そんなプラムの前髪が風にふわりと浮いた。どうやらプラムと人々の交流の様子を撮影しに来たヘリコプターのようだ。プラムは身を起こして手のひらを差し出す。
「おいで」
 優しく微笑んだプラムの手のひらに、ヘリコプターが着地する。プラムがヘリのフロントガラスに桜色の唇で優しくキスをすると、町中から割れんばかりの大喝采。そのまま鳥を放つように、ヘリコプターを空に放つとそれは動揺したようにふらふらと飛び去っていった。
 プラムはにっこりと微笑んで、屋上の人々に手を振ってその場を離れようとした。
 その時だった。



「っ!! みんな逃げて!!」
 プラムが両の手を広げてビルを庇う。その背中に、真っ赤な花がいくつも咲いた。
「か……はっ……!!」
 屋上にいた人々の上に降り注ぐ鮮やかな動脈血。ぐらりと傾いたプラムの背にはミサイルと見紛うような巨大な矢が数本、深々と突き刺さっていた。苦し紛れに隣のビルについた手がガラス張りの壁を簡単に突き破り、倒れこむプラムに引きずられてビルを引き裂く。
「っ……この程度!」
 がくりと膝をついたプラムの手に光が筋走り、どんな巨木よりも太く長い杖が現れる。痛みをこらえて矢を引き抜くと、ぱっくりと口を開けていた矢傷がたちどころに塞がっていく。それだけではない。たった今プラム自身が壊したビルも、膝をついた時に押しつぶしてしまった人々も全て元通りだ。
 だが一息つく間もなく第二撃が地平線の彼方より迫っていた。
「みなさん、ごめんなさい!!」
 プラムは強く地を蹴って跳躍した。触れもしなかったビルが地面に呑み込まれるように崩れていく。
 パレードの最中を狙っての奇襲……! それも、地平線のはるか彼方からの狙撃! だが、狙いはおそらくプラム自身。ならば戦闘区域を少しでも都市部から遠ざけて被害を軽減する……!!
 草むらを分けるかのように足元の雑居ビルを爆ぜさせて、全速力でプラムは駆ける。だが、その逃避行も長くは続かなかった。
「どこに逃げようっていうのかしら?」
 はるか上空から雲を割いて何かが降ってきたかと思えば、それは周囲に密集していた低層ビルたちを爆散させてプラムの前に着地した。ゆらりと立ち上がったそれは、巨大であるはずのプラムから見てもさらに二回り以上大きくて。見下ろされる威圧感に思わず足がすくむ。
「久しぶりね、プラムくん。私のこと、覚えてる?」
 煙が晴れると、そこにいたのは一人の少女。腰まで伸びるウエーブがかった緑髪。茶色のブレザーに、赤いプリーツスカート。シャツの襟元にはリボンと、学生らしい出で立ち。しかし脚にはロングブーツとややちぐはぐな格好だった。身体は人間サイズなら2メートル近くあろうかという超長身ながらも、大きな胸、むっちりとした太もも、括れた腰とプロポーションは完璧。身長さえ気にしなければ完璧なまでの美少女だが、それはプラムにとって忘れない、忘れられるはずのない相手だった。
「あなたは……!!」
「私はローリエ。そう、キミが神器使いになった日。キミの街を襲った神器使いが私」
 ローリエと名乗ったその少女はウェーブのかかった超ロングヘアーをふわりと払った。焼け焦げた風に泳ぐあの緑色の髪。悪夢の光景がフラッシュバックする。
「…‥っ!!」
 プラムはぎりりと歯を食いしばり、何も答えず杖を振りかざした。空を割き、真空の刃を従えて長杖がローリエに迫る。だが対するローリエは非常に冷静だった。ローリエは上体を反らして最低限の動きでそれをかわすと、そのまま後ろに手をついてプラムの顎を蹴上げる。膝丈まであるロングブーツに蹴飛ばされて4万トンもの巨大が宙に浮き、盛大な尻餅で街を丸ごと一区画吹き飛ばした。
 プラムが上体を起こすのと、ローリエがバク転で態勢を立て直すのはほぼ同時。だがローリエはその瞬間にはすでに拳銃型の神器をその手に構えていた。撃鉄が落ち、音を置き去りにした銃弾がプラムに襲いかかる。追って衝撃波に薙ぎ払われた街が瓦礫の飛沫を巻き上げ潰えた。銃弾が眉間を直撃し、声にならない叫びをあげて倒れこむプラム。守るはずだった街がその背に押しつぶされ、人間たちが死んでいく。しかし、それを巻き起こした当人も潰された街も、この程度で本当に死ぬことはできなかった。杖型の神器が光を放ち、全てを元通りに再生してしまう。
「銃の神器……なら!!」
 跳ね起きたプラムは相手の銃弾を受けながらも相手の懐に飛び込んで杖を相手に突き立てた。だが、それはすんでのところでローリエの手刀に払われてしまった。それでもインファイトに持ち込むことには成功したのだろう。ローリエは神器を光に戻して再び格闘を主軸に立ち回る。
 しかし、次々に叩きつけるプラムの杖は全て涼しい顔で討ち払われ、そのいずれも致命を与えるには至らない。なにせ同じ人間の100倍の体躯とはいえプラムとローリエの間には圧倒的な体格差がある。146メートルのプラムに対してローリエは196メートル。実に50メートル以上の身長差、それが如実に出ているのだ。
 プラムはローリエの上段蹴りをどうにかかわし、その足を取ろうと蹴りを繰り出した右足の太ももをがっしりと捕まえる。だがローリエはプラムのタックルを片脚で平然と耐えて、逆に捕まえられたはずの右足で強引にプラムを引き倒してしまった。体重が違いすぎる。
「どうしたの? 連戦連勝のプラムくんの実力ってこんなもの?」
 ローリエは倒れこんだプラムのか細い首を大きな手で捕まえ、そしてその首を自分と目の合う高さにまで持ち上げた。つまり、プラムの足は完全に地面を離れて宙に浮くことになる。
「が……あ……」
 首を締め上げられ、足をばたつかせて苦悶に顔を歪めるプラム。しかし意識が飛ぶあたりで自らの神器の力によって再生されて死ぬこともできない。あまりの苦痛にプラムが涙を流し始めたところで、ローリエの手が離れた。
 また地面に叩き伏せられる……! 次の痛みに備えて身構えたプラムだったが、しかし。
「ねぇ、もうこんなことやめよう?」
 どういう風の吹き回しだろう。ローリエは膝をつき、プラムをぎゅっと抱き締めたのだった。
「っ!? いったい何を……。よしてください、私はまだ負けてない」
「勝つとか負けるとか、そんなことしなくていいんだよって言いたいの」
 膝をついてようやっと同じ高さになるローリエの琥珀色の瞳が、プラムの瞳をじっと見据えて言った。
「いい? 落ち着いて聞いて。プラムくん。キミは国に……いえ、世界から捨てられたの。もう、戦わなくていいの」
 プラムの細い体をぎゅっと抱き締めて、その滑らかな頬に自分の頬を重ねてローリエは囁いた。
「そんな、私はちゃんと…‥それにみんなだって私のことを……」
「皆はどうだか知らない。けれど、矢による奇襲ができたのも私がここまで入り込めたのはあなたの国が手引きしたから。覚えがないかしら? あの矢は、あなたが以前制圧した隣国の神器使いの子の武器。1000km離れた隣国の領地からの狙撃。もちろん座標情報はあなたの国から」
「そんな、あの子とはちゃんと仲直りしましたよ! 国同士だって同盟を」
「仲直りとかじゃないの。あなたは危険すぎる。だから、総力をもって潰すことにしたの。人間同士の戦争を定戦してでもね」
「どういうことですか……?」
 プラムの問いに、ローリエはプラムから手を離し、背を向けて語り出した。


「神器使いには女しかいない。でもプラムくん。キミは違う」
「っ! どうして!」
 プラムは細い体をびくりとすくめた。
「一つは出会った時に感じた女の勘ってやつかな。で、もう一つは君の神器の能力。再生能力の神器なんてどんなに願ったって本来存在しないはずなんだよ。神器は人間を殺したくてたまらないんだから。その神器が、人間を、依り代であるキミの体を再生するからには特別な存在なんだろうなって」
「神器が人を?」
「知らないはずないでしょう? 戦いが終わるとともに押し寄せてくる破壊衝動」
「それは……」
「神器には、神が封印されている。どうやったかは知らないけれどね。でも欲深い人間は神を封印するだけでは満足しなかった。それを武器にして、人間同士の戦争の道具に使うことを思いついたんだ。
 それにあたって、人間は神器使いが暴走しないよう神器に制約をつけた。
 一つは人間の異性からの愛を得られなければ一切力を発揮できない。
 もう一つは、神器使いの適性発現者は女性に限られるということ。神器使いの適性はX染色体上の特殊な遺伝子による劣性遺伝で決まる。男性は性染色体がXYとなるため普通なら神器に適合することはない。
 わかるかしら。神器使いが国などの所属を離れて人類を滅ぼそうとしたら、その時点で力を発揮できなくなるようにできているわけ。神器使いには女しかいないのだから」
「じゃあなぜ! 私は……」
「キミの染色体は少し特殊で、XXYになっている可能性が高い。人間では1000人に一人程度に見られるもの。キミが男の子なのに毛も生えず、筋肉もあまりつかない女性らしい容姿をしている一因でもあるね。もっとも容姿は、他の要素が強いけれど。きっとお母様が綺麗な人だったんでしょうね」
「そんな……」
「神器使いの適性遺伝子の保因率は1000万分の1とも言われているわ。つまりキミのような人間が存在する確率は単純計算で100億分の1ってこと。そういう例が今まで一切存在しなかったのも頷ける。
 で、ここまで説明したところであなたが何で危険かはわかってくれたよね? 神器使いが神器使い同士で愛し合えるようになっちゃったら、人間滅ぼされちゃうよ、ってこと」
「そんな、私は……僕は人間を滅ぼしたり……っ」
 プラムは言いかけて、途中で言葉を切った。その顔が、露骨に葛藤の色に染まる。
「ほらきた。あなたの中で神器が暴れてる」
「っ、うああああ。だめ、だめだってば……!! ローリエ、さん……僕を撃って! 僕が僕であるうちに……!!」
「僕が僕であるうちに、か。僕って何だろうね? うぅん、今はそんな哲学どうでもいいや。それに、撃っても死なないんだから無理だよ。
 確かに私や隣国のあの子は建前ではキミを倒しに来たことになってる。私はキミが男だってことを知らない体裁でここに来たの。けど、そう。馬鹿だよね、気づいてないわけないじゃない」
「いったい何を……」
 襲い来る神器の破壊衝動と戦うプラム。そのプラムの前にローリエは膝をついて、再びその腰に手を回し優しく抱き寄せた。
 そして。




「一緒に、世界滅ぼしちゃおうよ」


 
 
 耳元でそっと囁くその声に、プラムはぞくりと身を震わせた。何と甘い誘惑だろう。
「私があなたを愛してあげる。だからあなたも私を愛して。私たちを愛して」
 ローリエの誘惑に、必死で首を横に振って耐えるプラム。腰まであるポニーテルがその動きを追って暴れ狂い、ビルの窓を打ち砕く。その破壊を感じて、びくりと身をすくめるプラム。
「ほら、壊して気持ちよくなっちゃうでしょう? お姉さんと、もっと気持ちいいこと、しよ?」
 ローリエは転倒して動けなくなったバスを手にとって、中を覗き込む。中にはプラムの観閲パレードから混雑を避けて早めに帰ろうとした人々がぎゅうぎゅう詰めだった。
「みて、このバス。きっとみんなキミのファンだよ」
 重たい胸を揺らして、ローリエがクスクスと噛み締めるように笑う。そしてフロントガラスを指で突き破り、まるで調味料のビンか何かのように人間を手のひらの上にパラパラと振り落とした。そしてそれを、プラムが見ているその目の前で……口に含んだ。けれど、プラムは何もしない。いや、何もできない。その人々を助けることも。ローリエが、その人々を口に含んだままキスを迫ってきても。
 ただただローリエの為すがまま。彼女の舌がプラムの柔らかな唇をこじ開けて、プラムの口の中に小さな人間たちを押し込んでくる。プラムの舌に絡む、ローリエの舌。その間に巻き込まれて潰れていく人々。ちゅ……くちゅ……濃厚なキスの音が阿鼻叫喚の喧騒を破ってビル外に轟き渡る。
「ぷっ……はぁ。どうぉ? キスで人間を潰しちゃうなんて初めてでしょう?」
 ローリエの口が離れ、二人の間にツゥと血の糸が引く。プラムは紅玉の瞳に涙を湛えてただただローリエを見つめ返すだけだった。
 彼がまだ揺らいでいると知ると、ローリエはプラムのスカートをめくり、そして下着をずり下ろした。ピンク色の可愛らしいリボン付きのパンツに押さえられていたそれがスカートをめくり上げて躍り出る。毛も生えていなければ、皮も剥けていない幼い、可愛らしい男性器だ。しかしそれはすでにすっかり臨戦状態であった。
「ふふっ、かわいい……。ねぇ、このバスにキミのおちんちん突っ込んだらどうなっちゃうかな?」
「……!!」
 プラムはぽろぽろと涙を流して首を横に振る。今までも神器に駆られて似たようなことはやった。けれどそれは帰る場所があったから、全部元どおりにできる自信があったから。ここでローリエを受け入れたら、本当に戻れなくなってしまう。本当に人間ではなくなってしまう。けれど、だめだ。体が動かない。体は、それを求めている。
 プラムの陰茎が、バスのフレームをミシミシと歪ませ、引裂きながら無理やり入っていく。もちろんその中には先のキスで犠牲にならなかった人々がまだまだたくさん入っている。しかし逃げ場はない。バスの座席を粉々に砕いて、つり革も手すりも全部一緒くたに押しつぶしせまり来るプラムの性器とフレーム間には1センチの隙間だってないのだ。
「プラムくん。人間はね、行動を起こそうと思う0.2秒前には体を動かす準備を始めているんだって。わかるかなぁ、頭とか心で何かをしようと思って体が動くんじゃないんだよ。もっと深い深層意識ですでに決定していて、キミの意識はそれを観測しているだけなんだ。だから、いいんだよ? 無理に意識で抵抗しなくてもさ」
 誘惑に負けてもそれは君のせいじゃない、もう君は神器そのものなんだよと揺さぶりをかけるローリエ。ぺたんと地面に座り込み、ブレザーとシャツのボタンを開けてそのたわわな胸をぶるんと露出させた。
「ふふっ、キミのかわいいちんちんなら縦でも入っちゃうね」
 空を吹き抜ける風に冷え切った性器が、ローリエの柔らかく温かな乳に挟まれて強烈な快感を受ける。めりめりと引き裂かれるバスを無理やり外側から押さえ込み、プラムの性器を強引に押し込んでいくローリエ。いよいよ逃げ場がなくなった人間を、亀頭の先端が磨り潰す感触。その感触にビクンと震え、プラムは危うく出しそうになった。
「あれ〜? 出さないんだ。プラムくんのファンだよ? きっとびゅっびゅーってしてあげたら喜ぶよ?」
「だ、ダメぇっ……!!」
 プラムは息も絶え絶えに、かすれた声でなんとか答えるのが精一杯だった。だが、それが意外や意外、ローリエはプラムの陰茎を挟み込んでいた胸からぱっと手を離し、もはやバナナの皮のようになってしまったバスを取り除いたのだった。
「わかった。ダメなんだね」
「え……?」
 押してダメなら引いてみるということなのだろうが、さてこれはなかなかに残酷な仕打ちであった。プラム自身がローリエを欲しがるように仕向けたのである。しかもそれだけではなく、ローリエはさらに別方面からの攻めに転じることにしたらしい。
「でもプラムくん。キミの帰る場所はもうないんだよ」
「……!!」
「さっき言ったよね。キミは世界から捨てられたって。ここで私と一緒にならなきゃ、誰からも愛してもらえない」
「それは……」
「私だけ。私たちだけなんだよ、プラムくんを愛してあげられるのは。それも、上っ面だけじゃなくってさ。街を壊して遊ぶその姿まで込みで、全部受け入れてあげられる」
 ブラを押し下げ、生乳をむにむにとプラムの太ももに押し付けながら誘惑するローリエ。
「全部……」
車の中で、メイドに言われた事を思い出す。本当は優しい男の子だって。けれど、プラムは優しいばかりじゃない。人並みに欲もあって、神器の誘惑に負けないほど強くもない。でも、そんな弱い自分まで引っくるめて全部愛してもらえるなら………。
「そうだ。私があなたのお姉ちゃんになってあげるよ。本当のお姉ちゃんは……私が戦いに巻き込んじゃって……。だからさ」
「っ!!」
「私じゃ、ダメかな……」
 再び膝立ちになって、プラムの瞳を覗き込むローリエ。真っ赤に泣きはらした目に、また涙が沸きあがってくる。
「おねえ……ちゃん」
 もう振り返らないと決めたのに。優しい眼差しでプラムを見つめるローリエの姿に亡き姉の面影が重なる。よりによって、姉の死の原因を作った少女に。
 けれどそう、ローリエに罪はない。あんな巨体で戦えば、足元で命が潰えていくのは当然のことだ。プラムだって神器の力がなければ数万では済まない人命を奪っていることだろう。
「そう、お姉ちゃん。ね、プラム?」
「うん……」
 プラムはローリエの首に手を回して抱きつき、頬を寄せた。
「よしよし、今まで辛かったでしょう? もう我慢しなくてもいいんだよ」
 プラムをきつく抱きしめて、その背中を撫でるローリエ。
「ほら、おいで」
 ローリエは自分のスカートをめくり上げ、そしてパンツを下ろして性器を露出させた。緑色の草原のような柔らかな陰毛、その下に綺麗に整った割れ目がよだれを垂らしてひくついている。もうお互いに準備は万端なようだ。
 プラムが尻込みしていると、ローリエは一度立ち上がって腰を下ろし、背後の街を押しつぶして寝転んだ。200メートル近い巨体を投げ出せば、潰れる区画は一つや二つでは済まない。だがその破壊を目の当たりにして、むしろ興奮してしまうプラムがいる。
 もっと壊したい。もっともっと。
 プラムは自分よりもずっと大きな、それこそベッドみたいなローリエの体の上に乗っかってその大きな胸に顔を埋め、可愛らしい陰茎をローリエの割れ目に差し込んだ。
「ん、もうちょっと……こっちだよ」
 ローリエがそっと手を添えて優しく導く。そうして入り込んだローリエの膣内には、すでに人の乗った電車が仕込まれていた。でも、今度はプラムも躊躇がない。アルミニウム製の脆弱な車体をめりめりと押し込んで、乗客を押しつぶしてしまう。
「んっ、動いて……っ!!」
 言われるがままに、腰を振るプラム。その一動ごとに、かろうじて崩れずに残っていた半壊のビルが次から次へと崩れ落ちていく。
「お姉ちゃん……」
「プラム……いい、すごくいいよ」
 ローリエが優しくプラムを撫で、そしてぎゅっと抱きしめる。プラムの動きはだんだんと激しく、早くなっていく。
もう全部投げ出して、楽になってしまえれば。いっそ人類の敵対者になってしまえば、愛されようと必死に苦しむことなんてない。
逃げ出そうとしていた人々はプラムが腰を振るたびによろめき、ビルの峡谷からの落石で散っていく。
そうだ、こうして小さな人間達を弄ぶのは嫌いじゃない。彼らがひどい目に遭っているところを見ると、とても興奮する。これが神器の意思なのか、プラム自身の意思なのかはわからない。けど、もう、終わりにしよう。小さくか弱い人間を殺しているのに、気持ちよくなってしまう。これが自分でいいじゃないか。
 そう、神器だかなんだか知らないけれど全部ひっくるめてプラムだ。
プラムの小さく暖かな体が、ぶるっと震えた。けれど、ローリエが期待したものは起きなかった。ギリギリで持ちこたえたらしい。
「プラム……?」
「っはぁ、はぁ……本当にいいのかな、これで」
「ちょっと! この土壇場で、良心が目覚めたの……?」
「そんな立派なもんじゃないよ。別に人間の敵に回る必要なんてなかったんだってわかったんだ」
「夢から醒めるのが怖いの……? 大丈夫、キミは私がずっと愛してあげるから。私だけ見ていればいいの。私がキミの全てになるから」
「怖がっているのは、ローリエ。あなたの方だよ」
 ずるり、と引き抜いてプラムはモノをパンツに仕舞い込んだ。そして肌けたローリエの胸元を質して彼女を引っ張り起こす。
「人間に愛されたくてたまらない私。街を壊して気持ちよくなっちゃう僕。自分の中に二人の自分がいるっていうのは、辛いよね。みんなから愛されなきゃいけない。だから、街を壊して気持ちよくなっちゃう自分のことは全力で否定する。
 でも、それは自分自身を否定し続けていることに他ならない。自分の役割と一致しない自分。ローリエ、あなたはそれに疲れたんでしょう? だから、自分を肯定できる立場に立ちたかった。僕にはわかる。その葛藤が、痛いほど。だからこそ、ローリエを人類の敵にはできない」
 向かい合ってローリエの太ももに座り、プラムはそっと優しくその背中に手をまわす。
「ローリエ、あなたは本当は人一倍優しくて、寂しがりなんじゃないかな」
 耳元で優しく囁くプラム。擦れ合う頬に、温かい雫を感じた。
「僕も、すごく魅力的に思ったよ。もう受け入れて、楽になりたいって。けど、よく考えたら神器の破壊衝動まで含めて僕なんだったら……その真っ黒な部分まで込みで愛してもらえるように頑張ればいいんじゃないかな」
「そんな簡単に……! 人を踏み殺しているの。ビルを壊して、たくさんの人を生き埋めにして……それで気持ちよくなっちゃうなんて、そんなおぞましいものを愛せると思う!? 戦争は遊びじゃない、人が死ぬの」
「戦争なんかしなくていいんだよローリエ。僕がいる以上、神器使いは自由。もう、愛だのなんだので人間に縛られることはない。それに、戦争に協力しなくなったからって愛されなくなる程度じゃ、そんなもの愛とは言えないもの」
 プラムはカーディガンの袖からちょこっと出した指でローリエの頬を伝う涙をそっと拭い、ペロリと舐めていたずらっぽく笑う。
「ね? 今ならきっと、上手く行くよ」




 きらびやかな音楽の中、2列に並んだ巨大少女たちがにこやかに手を振り、片側6車線の100メートル道路をボコボコに踏み砕きながらゆっくりと行進する。20名近い大行列の起こす大揺れに耐えきれずに倒れていくビルがあるほどの大災害っぷりだが、大通りに集まった人々の熱狂ぶりは収まるところを知らない。
 壊れたはずのビルが、テープを逆再生するかのように再び立ち上がる。あの神器の力だ。行列の先頭を行く持ち主、その隣にはかつて敵であった長身緑髪の少女。仲良く手をつないで、曇りも偽りもない晴れやかな笑顔を民衆に振りまいている。
「平和ですね」
 あいも変わらず可愛らしい女性服に身を包んだプラムが、心底嬉しそうにローリエに語りかけた。
「そうね。まさかかつて命を奪い合う仲だった神器使いがこうして一堂に会するなんて」
「ま、ちょっと細工はさせてもらいましたけれど……私の神器で互いの痛みを忘れてもらって。けど、それでこんなに仲良くなれるんだから、きっと最初から戦いたくはなかったんでしょうね」
 二人の後ろにずらりと連なる神器使いの少女たち。皆いずれも、澄み切った笑顔で楽しそうに談笑している。結局のところ、人間たちの戦争は人間たちから神器を取り上げることで終結した。通常兵器なんて、神器使いの少女たちからすれば水鉄砲みたいなもの。一部の人間がどんなに戦争したくても、神器使いが首を横に振ってしまえばそれまでだった。
「さ、この先だね? プラムくんのファンが集まってる街は」
「今日は町中貸切ですからね。私の、と言わず皆さんのファンもたくさん……ってうわぁ!!」
 ぐるりと天地が逆転し、背中に感じる破壊の感触。言い終わる前に、プラムは轟音を巻き起こして地面に押し倒されていた。
「はぁー、はぁー。じゃぁ、プラムくん、あの時の続き……しよっか」
 ビル街に倒れこんだプラムの上に覆いかぶさるローリエ。プラムのスカートをさっとめくり上げてパンツを下ろし、そしてプラムの体にその身を預ける。8万トン近い体重がプラムを通じて地面に伝わり重々しい地響きとともに低層ビルが地面に呑み込まれていく。
「あー、ローリエちゃんだけずるーい!」
「あ、私も私も〜!」
 爆煙を引きずりながら、巨大少女たちが次々にプラムの上、ローリエに折り重なる。もちろん口が裂けても重いなんて言えない。
「待って、ぐえっ! 順番! 順番にしてえええ!!」
 人間の戦争は終わったが、プラムの戦いはまだ始まったばかりのようだ。

 




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別に本文に書かなくていいよねってなった設定とか
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プラム・シャムロック
14歳 男
身長:146cm
体重:40kg
とても小さく、軽い。男性の平均どころか平均的な女性からも見下ろされるほど小さい。
そこそこ裕福な家庭に生まれるが、プラムの母は出産と引き換えに命を落としており父親は忙しく、物質的に満たされてはいたが寂しい幼年期を送る。亡き母に代わり面倒を見てくれたのは10歳上の姉であるため重度のシスコン。年上の女性に弱い。
神器に選ばれたのは13歳の時で、神器使いは歳をとらないためその時から一切の成長が止まっている。
精通は10歳の時姉にしてもらって迎えている。
好きな食べ物はわたあめ。好きな靴は筒が低めのブーツ全般。
髪型は基本ポニーテールだが、その日の気分によっていろいろ。巨大化する時の衣装もその日の気分だが、脚に自信があるのか基本ミニスカートやらワンピースやら脚が出るものばかり。


ローリエ・アコナイト
18歳 女
身長:196cm
体重:79kg
いろいろとでかい。容姿には恵まれたが、女性にあるまじきその長身はしばしば悩みの種となった。
プラムと同じように、神器使い同士の戦闘に巻き込まれ父母と弟を失っている。
実は理系女子で、おしゃれには疎い。ので、とりあえず学生らしくブレザーとシャツとスカート。ただし足元はブーツだったりローファーだったりとまちまちな模様。
恵まれた体格、長い足から繰り出す強烈な蹴りなど、ぶっちぎりの最強。本当は神器を自在に変形させて戦うチートキャラの予定だったけど別にバトル物でもないんだからとその辺りは割愛。