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 持ち上げた足を、逃げ惑う人々の上に翳す。人形みたいな、小さな人間達がわらわら
と慌てて逃げ出す様を、目を細めて満足そうに見下ろす早苗。彼らは早苗を恐れてい
る、巨大で強大な早苗を。それがはっきりと、手に取るように分かって楽しいのだ。

「ふふっ、逃げても無駄ですよ? おチビさんたち。だって私はこんなに大きいんです
から」

 ちょこちょこと必死で足を動かして逃げ惑う人間。その先頭を走る一人を踏み潰し
て、早苗は彼らを跨ぎ越す。

 ぶしゅぁっ!! 屈強そうな男の体が、降ってきた足袋にそのまま圧し掛かられ、何
の抵抗も許されぬまま屈して弾け飛ぶ。そんな様を目の前で見せられた人間達は、まる
で針で留めつけられたかのようにその動きを止めた。前を見ても、後ろを見てもそこに
あるのは巨大女の、2メートルはあろうかという巨大な足。

 たったの2メートル、道幅には余裕がある。けれどもその足は、今しがた一人の人間
を踏み潰した恐怖のスクラップマシンなのだ。砕けたアスファルトにじわりと血溜まり
を滲ませるその巨大な足の横を駆け抜ける勇気など、沸き起こるはずもない。

 自分が跨いだ、スカートの傘の下に居る人々がそんな恐怖を味わっている事を知って
か、早苗はその必要もないのにぐりぐりと足を踏みにじる。

「あははっ、どうしたんですか? スカートの下に居れば見えないとか思っちゃってる
んですか?」

 スカートの裾を摘んでそれをたくし上げると、その傘の下に隠れていた人間数人がわ
らわらと走り出す。そして、その先頭から順に早苗の足の下に消えていく。たくし上げ
たスカートから覗く、二本の純白の柱。早苗が膝を高々と持ち上げて、その足を踏み下
ろすたびに瑞々しい太股の肉が柔らかそうに揺れる。

 そしてその純白のスクリーンを背に飛び上がる血飛沫。7メートルの高さにある太股
付近まで飛び散るそれが、早苗の踏みつけの凄惨たる威力を物語る。まるでその血飛沫
は早苗に一矢でも報いようと、命を散らして必死で挑み掛る執念を思わせる。けれどそ
れも空しく、肌を汚す事すら出来ずに空しく地面に落ちて泥に混じるのみに終わるの
だ。

 東風谷早苗、身長17メートル。人間とのサイズ差はたったの10倍。しかしなが
ら、その10倍が彼女を絶対無敵の神たらしめていた。50トンにも及ぶその体重を支
える足は、踏み出すたびに舗装を砕き、人間をアルミ缶みたいにクシャリと踏み潰し平
面に圧搾してしまう。ただ歩を進めるだけでドシンドシンと重々しい地響きが伴い、彼
女が膝を高々と持ち上げ足を踏み鳴らせば地震と紛うばかりの揺れが周囲を襲う。

「ふふっ……大きくなるって、楽しいですね」

 学生と思しき少年を足の下に踏み敷き、恍惚に目を細めて早苗は笑う。じたばたとも
がく活きのいい少年、その体を足袋越しの足の裏に感じる。心なしか少しばかりの暖か
さが伝わってくるようであった。同い年くらいの男の子の、人間の温み。

「暴れてる……可愛い。ねぇ、もっと私を楽しませてくれませんか?」

 早苗は足袋の親指と人差し指の間にその少年の頭を挟みこんだ。すると少年は祖から
抜け出そうと必死で早苗の指を押しやろうと暴れる。肺を圧迫され、そして吸い込む空
気は早苗の足の指谷間の、少し汗のにおいがする苦しい空気。命がけの、精一杯の抵抗
だった。

 その抵抗がこそばゆくて、気持ちよくて仕方が無いのだ。

「んぁっ……くすぐったいですっ! いいですよ、すごくいい。男の子はそのくらい元
気じゃないと」

 そして早苗は体重を移動させる。

 ぶちゅっ。熟れた柿を踏んでしまった時に似た感触と共に、足の裏にさっきとはまた
違った暖かさが広がるのを感じた。もう、あの少年は居ない。あるのは骨と肉と泥の混
じった汚い血だまりだけ。喪失感と共に駆け巡る、矛盾した快感。彼女は自分の胸を抱
きしめそれを目一杯堪能する。

「あぁ、ゾクゾクします……とっても気持ちいい。私の足の裏で、男の子が……ふ
ふっ、私のために、私の気まぐれで潰されちゃったんですよね」

 自分の快感のために、人を消費するという快感。巨人となったことで、強さという魔
力にすっかり魅了されていた。

 外の世界に居た時には見慣れてた景色。家々の屋根。それが今は全部、自分のお尻よ
りも下にあるのだ。

 路上に駐車してある車に足袋を引っ掛けて、そして蹴飛ばす。するとその車は何の苦
も無くごろりと転がり電柱に寄りかかって中途半端にひっくり返った。テールランプや
ヘッドライトの破片がばらばらと散らり、まさしく横転事故の様相を作り出す。追い撃
つように車の腹に足を踏み込めば、甲高い悲鳴を上げて簡単にひしゃげるフレーム。

 早苗の豊満な胸に食い込む電線を邪険に振り払えば、それに連なる電柱までもがぽっ
きりと折れて道を塞ぎ、そして道も倒れた電柱も関係なしに早苗の足袋に踏み折られ無
残な姿を晒す。彼女の通った後はまるで竜巻に引っ掻かれたような様であった。アス
ファルトに穿たれた気まぐれな足跡を除いては。

 しかし、暫くの間歩き回っていると、さすがにどこかに隠れたのか人間達の姿はほと
んど見られなくなってきた。車もほぼ全てが乗り捨てられたもので、中にはまだハザー
ドを焚いているものすら見受けられる。

「ふふっ、隠れちゃいましたか。そう、人間はそうして家を建て、風雨を凌ぎました。
そうしているうちに人は寒さを忘れ、自然の脅威もそれへの信仰も忘れた。だから私が
全て壊してあげましょう」

 早苗は高らかにそう宣言すると、足を持ち上げて木造2階建てのアパートに踏み込ん
だ。スカートをたくし上げて、色っぽい黒の下着を露出させ白亜の柱が塗炭の屋根に沈
み込む。

 バキバキっ!!

 早苗の耳にも煩く感じられるほどの音で床板が裂け、それを支えていた梁に依存する
壁が情けなく傾く。その過程で、なにか柔らかいものを潰したらしいことを足に感じ
て、早苗は満足そうに頬を緩める。

 そして今度は左足も。左足は持ち上げる事などせず、そのままアパートの外壁に膝か
ら押し当てた。築年数も相当と思われるそのアパートの外壁が、大木のような早苗の足
に衝突されて耐えられるはずも無く、早苗の足はまるで障子を破るかのようにバリバリ
と壁を裂いて侵入した。

 もう既にそれだけでアパートは倒壊寸前の被害を被っていた。もはや早苗の、細くし
なやかで、それでいながら太く頑丈な白い足に寄りかかっているようなものだ。遠めに
見るとアパートの屋根から巨大な女の子の上半身が生えているように見える。

 けれど早苗はそんなものでは満足しない。

「あははっ、それっ! 足踏み足踏み~っ!」

 赤い塗炭屋根に突き刺さった足を抜き、そしてまた別の部屋に足を突きたて歩き出し
たのだ。丁度二階の床板を踏み抜くように、その眩しい太股で屋根をバリバリと引き裂
きながら。

 中にいる人間からしたら、とてもたまったものではない。

 巨大な少女の真っ白な太股が、壁を押し崩してそこに鎮座する。裂けた天井から降り
注ぐ太陽の光が、埃に描く光のカーテン。それを辿れば柔らかそうで暖かそうな下着が
覗き、そしてそれを見上げているうちに足元の畳が盛り上がる。

 床板を突き破って現れたのは、抱えることすら出来そうに無い少女の膝。まるで新し
い火山が出来るのを眺めているかのようであった。床が鳴動し、そして瓦礫の火山弾を
吹き上げる。体に降り積もる埃の火山灰。そして現れる、少女の可憐な、しかし巨大な
足。

 その足袋の裏にこびりついた真っ黒で、真っ赤な何か。それが何かを理解する前に、
巨大少女の足が圧し掛かり、そしてその一部になる。

 そんな大惨事が、自分の腰よりも下で繰り広げられているというのに、等の早苗は本
当に楽しそうにドシンドシンと一部屋ずつ確実に踏み壊していく。恐ろしいギャップで
あった。

 そのたびにアパートは、まるで砂の城をを崩すように壁を崩落させ、支えるべき壁を
失った柱がいくばくばかりの板切れをぶら下げて虚しく佇む。家を支えるその柱よりも
遥かに太くしなやかで美しいその脚が、新たなる主としてアパートを蹂躙する様をただ
立ち尽くして眺めるばかりだった。

 全ての部屋を、2分と掛からずに踏み抜き破壊し終えた早苗はアパートから脚を抜い
て、パタパタと埃を払った。煙が朦々と舞い、そしてそれが晴れると太陽を受けて眩し
く輝く彼女の脚が傷ひとつ無く聳えている。ガラスを割っても、梁や柱に引っかかれて
も、その一切を撥ね付け跳ね返す。しかしながら、その肌は瑞々しく柔らかい。

 相反し矛盾した二つを併せ持つ。端的に言い表すならば、あり得ない。

 けれどもそのあり得ないという言葉こそが、早苗の本質を表していた。あり得ない奇
跡を起こすのが、彼女の力なのだから。

「う~ん、楽しかったぁ。けど、これじゃ脚が疲れちゃいますね。もっと大きくなろう
かなぁ」

 早苗は言うなり、気持ちよさそうにぐいーっと伸びをする。早苗自身も、それを見て
いた者も、距離感が狂うような錯覚に囚われた。高くなる視点、遠くなる地面。まるで
空中に飛び上がった時のよう。けれど背伸びした足は見下ろす遠景の中についているた
め物凄く違和感がある。

 そしてその踵が、重々しい地響きと共に再び地面についた。先ほど破壊したアパート
の残骸を踏みしめて。

「ふふっ……さっきよりもずーっと大きくなっちゃいました。さっきのでも結構大きく
なったつもりだったんですけどね、こうしてみるとさっきの私も小さかったんですね
~」

 ずしん、ずしん。明らかに変わった足音に早苗は満足そうに頷いた。

 今の彼女の身長は86メートル。およそ50倍で、10階建てのビルが腰の辺りに来
る大きさだ。

 踏み出せば、その巨大な足は模型のような木造住宅を丸々その下に敷き潰し、お菓子
みたいにサクッと踏み潰す。

 その感触に、早苗はゾクッと震え上がった。

 凄い優越感。

 先ほどまでは脚を高々と掲げて、家に踏み込まなければ決して壊す事が出来なかった
のに、今は何も意識することなく、ただの一歩で中の住人ごと踏み潰す事ができてしま
うのだ。それはつまり、先ほどまで暴れまわっていた小さな自分自身でさえ簡単に踏み
潰せてしまう大きさなのだということ。

 大きくなったんだ、という実感がひしひしと伝わり、嗜虐的な興奮に早苗をいざな
う。

 このあたりはまだ都心から遠く、早苗の腰よりも高い建物は一切存在しない。けれ
ど、遊び甲斐がありそうなものはたくさん見受けられた。今からそれを使って遊ぶんだ
と思うと、自然と呼吸は浅く速くなる。

「さーてっと。何して遊ぼうかなぁ」

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本文58ページです。

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