「外の世界の人間に」
立ち上がる、少女。腰のあたりまである碧の髪を、吹き荒む風に棚引かせ。曇天に霞む遥か彼方の
山々を、そしてその果てにあるであろう大結界を見据える。
「神奈子様が泣かされたと聞いて」
ざん。ざっざっ……縁側を離れ、少女が神社の敷石に小さな足跡を残す。生暖かい風がごうと吹き抜
け、暗雲が漆黒の外套を繰り天を駆ける。空は薄暗い夕暮れ、嵐の前触れの様相を呈していた。
「この……東風谷早苗が黙っておれますかああぁぁぁっ!」
ピシャーン、ゴロゴロ!! 天を割く雷鳴。そして雷光。それを背景に少女の影が黒く浮かび上がる。
白、黒。コントラストに縁取られた少女の美しい顔は不気味に微笑み、そしてそれでいてなお美し
かった。
「ふふ、あはは、ふはははは、あーっはっは! 愚かなる人間どもよ、今その身を持って己が行いを
償うがいい。私は許さない。神奈子様を泣かせた貴様らを、決して許さない!!」
雷光に遅れて、雷鳴が轟き風が舞う。大地を濡らして、天の涙が降り注ぐ。一粒、二粒、そして一斉
に。地に叩きつけられた大粒の雨が、水煙を上げて散る。雨霞みの幻想。
「待っていなさい。外の世界」
長くしなやかな髪から水滴を滴らせ佇む少女。少しばかり身をかがめて、そして足をぐっと伸ばす。飛
沫を上げて、少女は飛び立った。幻想郷の一角、在るようで無くて、ないようで在る場所。マヨヒガ
へ。



「あら、また夕立?」
瓦張りの屋根を叩く雨の音に、少女、八雲紫は障子に手を伸ばしすーっと開ける。
「道理で。まだ5時なのに真っ暗なわけね。お陰で早起き出来ちゃったわよ」
トン。障子を閉め、そして二度寝をしようと布団に戻る八雲紫。この妖怪は、主に夕方から真夜中に
かけて活動するらしい。昼間にも見かけることがあるため、実際はかなり不規則な生活習慣を送って
いることの喩なのだろうが。毎日がエブリディ状態なのかもしれない。
 そんなんで、ほぼ一日中障子が閉っている彼女の部屋はなんとなくカビ臭く、陰気臭い。夕立の作
る薄暗さも、そして時折室内を明るく照らし出す稲光もそんな雰囲気を助長していた。
「紫さああぁぁあああべしっ」
紫が目を閉じて眠りに就こうとしたまさにその刹那のこと。少女の声、そしてどしゃあぁぁ、っと何かが
地面に落ちる音。が、雨音に混じって聞こえてきた。
「……雨に混じってなにか妙なものが落ちてきたわね」
また障子に手を伸ばし、そして開ける。起きるのがおっくうで、布団を引きずって彼女は廊下に出、そ
して庭を覗き込んだ。
「あら、あなたは神奈子の巫女……」
そこでやっと起き上り、窓の錠に手を伸ばしてかんぬきを外し、がらがらと引いて窓を開ける。
「着地に失敗したのね」
庭に崩れる少女の、やたらと目立つエメラルドの髪。
「いやぁ、泥に足をとられてつるっと……」
少女はてへへ、と顔を赤らめて笑う。
「せっかくカッコよくオープニングを決めてやろうと思ったのに……大失敗です」
神奈子の巫女、東風谷早苗は立ち上がって、そして巫女服に着いた泥汚れを払う。本降りの雨は、
それを何のことなく流し去って行った。
「オープニング……あぁ、そう言えば今日は貴方の番だったわね。寝過ごすところだったわ」
少女紫はそう言って、羽根布団を自分の居室に投げやった。
「ごめん、ちょっと着替えないと……さすがにパジャマで現代入りは勘弁だわ」
そう言って引っ込んでいく紫。なが~い髪の毛は所々跳ねており、寝癖がついている。大妖怪とは思
えない……むしろちょっと可愛い。そんな彼女を見て、早苗はそう思った。




「はい、と言う訳で今日の早苗さんは開始早々濡れ濡れです」
外の世界。東京都、渋谷区、渋谷駅ハチ公裏。そこに、少女八雲紫はいた。
「濡れ濡れ、って……意味が違うやないか~い!」
パシーン! 蒼い髪を腰まで蓄えた少女が、赤く輝く剣で鋭く紫を打つ。緋想の剣がまるでハリセン
扱い。なお普通の人間にこれをやると跡型もなくけし飛んでしまうので、良い子は真似をしないでね。
「いった~い! でも、水にぬれた乙女ってなんかエロくない?」
「水も滴るいい女……ってことかな」
蒼い髪のツインテール。ポケットを胸元からスカートまでに数多有した実用的な作業服。かっぱのに
とりが頷く。
「そうそう。それにほら、服がぴとーっと張り付いて胸の形が露わになったり、スケスケだったり……」
「あ~、スケブラね。確かにあれは1ジャンルだよね~。キャプテンムラサの服透けろ!」
「甘いっ! 今日の早苗さんはノーブラよ! 私が迷い家で確認したわ」
キリッ。と紫が言い放つ。迸るカリスマに、周囲の人々が若干引く。むしろカリスマが無くてもそんなこ
とをババァーンと言われたら引く。
「もうだめだあの巫女はやくなんとかしないと」
と、天子が言うのと同時に空間に圧倒的なゆがみが生じる。いよいよご登場のようだ。それもすぐそ
こ。
「な、何……」
渋谷駅前スクランブル交差点。その中央真上の空間に、170メートル近い亀裂が生じる。一般の人間
達でも、さすがにそれには気がついたのか交差点を中心に不穏などよめきが渦巻く。そして。
「みなさん、こんにちは! 今日は信仰を忘れた外の世界の皆さんに仕返しをしに来ました!」
ずずん! ざわめく人々の上に、少女のパンプスが踏み下ろされた。そこにいた人間は、大きさ24か
25メートルの巨大な靴の下敷きになり、何が起きたかを理解する間もなく絶命することとなる。
「あら、ごめんなさい。貴方達があまりにも小さくて弱いもんだから……早速沢山踏みつぶしちゃった
みたいね」
髪の毛からぽつぽつと水を滴らせ、しかし笑顔で彼女は言う。そしてその靴を脱いで手にとってその
裏側をしげしげと眺めた。赤いシミがぽつぽつとついている。それの一つ一つが人間だったと思うと、
早苗は思わずおかしくて吹きだしてしまった。その数実に30近く。それが自分の足の下ですり潰され
たのだと思うと、どうにも。
「あ、こら! 逃げちゃダメです!」
早苗は手に持っていたパンプスを半蔵門線の出入り口に投げつけ、それを塞ぐ。そしてもう片方は足
に引っ掛けて。
「あ~した天気にな~あれ! なんちゃって」
飛ばした。それは重い音を立て、空気を引きずってJR山手線の出入り口をめちゃくちゃに破壊する。
これで、乗り物に乗って逃げる確率は減っただろうと彼女は思った。しかし、命の危険にさらされた人
間達の必死だこと。普段はまるで走れなさそうな女までが、ものすごいスピードで駆けて行く。一説に
よれば、人間は普段の力の100倍までなら力が出せるのだそうだ。俗に言う火事場の馬鹿力である。
ただしそれをやると骨が力に耐え切れなかったりで実際はそこまで至らない。
「あ~! 意外とすばしっこい……ぐぬぬ」
早苗は、彼らを何とかして捕まえられないか考えた。手では……もてる数に限りがある。胸の谷間に
しまい込む……それも限りがあるし逃げられるだろう。逃げた後地上に落っこちてトマトになるのは間
違いないが、追いつめられた人間に見境はない。
「あ! そうだ! あるじゃん、袋!」 
早苗はそう言って、片足ずつ靴下を脱いで裸足になり、その足でアスファルトを陥没させながら人間
達を追いかける。もちろんその大きさ100倍、歩幅も100倍。散り散りになった人間達を追い詰めて、
その巨大な手で捕まえては、雨にぬれて体温で蒸れた靴下の中に放り込んでいく。
「えへへ……結構たまったかな? そろそろ……」
この靴下を履いたら……そう思うと興奮で気分が高まり、呼吸が荒くなる。
 早苗は片足立ちになり、まずは右から靴下を履いてみる。ぴとり。雨にぬれた冷たい靴下が肌に張
り付く。そしてぐぐ、とゆっくり滑るように足が入っていく。絶望と恐怖の悲鳴が早苗の耳にもはっきり
と届いた。
「どうですか? みなさん。女の子の靴下の中は」
早苗はくすくすと笑った。もうしっかり、靴下を履いている。白のハイソックスは彼女の綺麗な足の形
をそのまま形どり……そして足の裏ではそこに囚われた40近いヒトガタの突起がもぞもぞと動いてい
る。
「人間ってあったかいですよね……。好きですよ、人肌の温み。雨で冷えた足に嬉しいです……。け
れど、私が一歩歩いたら皆潰れちゃうんですよね」
早苗はそう言って、ゆっくりと地面に足をつけた。靴下の中のモノの動きが一層激しくなり早苗の感覚
を、そして感情を刺激する。
「くすっ……必死ですね。けれど……」
ゆっくりと重みをかける。プチプチ、足と靴下の間で、沢山の人間が潰れていく感触。暖かさが、さっ
きとは別の……血の生温かさが感じられる。
 そして彼女は反対側の靴下も、ゆっくりと履く。が、こちらの靴下にはさっきの方と明らかに違うもの
が混ざっていた。踏まれても死なない存在が。
「うわぁ……こりゃ凄いね」
天子は徐々に迫ってくる巨大な足の裏に圧倒された。1000倍娘の踏みつけを喰らったこともあるが、
しかしこれはそれとは違うプレッシャーを感じる。まず、視界がない。全てが白い靴下と肌色の足の
裏に囲まれている。逃げ場のない圧迫感だ。
「た、助けて下さい! 天子さん!」
天子は突然、靴下の中で声をかけられた。振り向くと、そこにはどこにでもいそうな、普通の少年。
「てんこじゃなくて、てんし、よ! あんた、私を知っているの?」
「はいぃ、実際に見たことはありませんでしたが、よく存じております。おねがいですから、助けて下さ
い! 助けて!!」
彼は早口に懇願し、そして天子にすがった。
「こら! どさくさに紛れて抱きつかないで! わかった、分かったから離れなさい」
天子はそう言って少年をひきはがす。内心、周囲の人間がパニックで全く状況が理解できていない
中大した根性だとも思った。
 早苗の足はもうすぐ頭の上。逃げるなら今しかない。天子は氣を集めて緋想の剣を実体化させ、そ
して少年の足元を切り裂いた。もちろんここは高さ30メートル。早苗の膝くらいの高さだが、人間がそ
こから落ちれば致命傷。天子は自分が開けた穴に飛び込み、そして少年を抱きかかえて地面に降り
立つ。
「っと、まだ油断はできないわね」
天子は少年を抱きかかえたまま地を蹴って、今まさに踏み下ろされんとする早苗の足の下から避難
する。その直後、早苗の足が地面に降ろされ、壮絶な断末魔と地響きを最後に聞こえていた悲鳴が
ぴたりと止んだ。
「はぁ……なんか知らないけど助けちゃったわ」
交差点の反対側にある地下鉄入口の階段に腰掛け、天子は溜息をついた。少年は天子に抱きかか
えられたまま、ガタガタ震えている。
「あ~あ、泣かないの! ほら、しっかりしなさい。あんた男でしょ?」
天子は彼を階段に座らせ、そしてその背中を撫でた。すると彼はようやっと落ち着いてきたのか、言
葉を発した。
「ありがとう……ございます」
「いいわよ、助けたのは天人の気まぐれだから。これっぽっちも体力なんか使っちゃいないわ。で、な
んで私を知っているの?」
天子は彼に尋ねる。
「僕はですね……幻想郷と僅かながら繋がりを持っているのです。いや、東方シリーズのシュー
ターってだけじゃなくて。早苗さんの、知り合いなんですよ。つまり、幻想と現実に触れ合ったことがあ
る人間、といったところで」
彼は天子に自分の事を軽く話した。なんでも、中学時代早苗さんと同じクラスで、彼は彼女に恋心を
抱いていたのだそうだ。しかし、頭脳明晰スタイル抜群の学校きっての美少女に手が届くはずもなく
彼の恋は実らなかった。けれど同じクラスだけあって、早苗さんとは割と親しかったのだそうだ。
「おっと、あんまりお話をしている時間はなさそうね」
天子はそう言って、彼の手を引いて立ち上がった。早苗が、地下通路を踏みぬいて倒れ込んだよう
で、渋谷駅側に尻もちをついたのだ。つまり、行動を再開したという事。
「天子さん、僕は……」
「だーかーら! てんこじゃなくててんし!! で何?」
「早苗さんに一言でも気持ちを伝えられれば死んでもいい」
彼は天子にそう言った。
「……本気?」
天子は思わず問い返した。男と言うのは、よく訳のわからないセンチメンタリズムを持っているものだ
が、彼もまたその例に漏れないのだろう。
「本気です」
彼は天子を見つめ返してはっきりと答えた。
「旧友だろうがなんだろうが、今の彼女は……アレだから。踏まれて死ぬわよ?」
「それでも早苗さんは早苗さんです。早苗ーーーー俺だーーーーー結婚してくれーーーーーーー! 
って叫べれば満足です」
「……はぁ」
天子は絶句し、そして考え込んだ。こいつ、もうだめだ。と。しかし、そんなもうだめな大馬鹿に、付き
合ってやろうと言う興味も生まれた。
「いいわ。協力したげる。来なさい」
天子は彼の手を引いて外に出た。早苗はどうやら血に汚れた靴下を脱いだらしく、素足だった。白い
二本の塔の先では、巨大な尻が渋谷駅を押し潰している。
「あはは、潰れちゃった」
早苗は愉しそうに笑い、そして手をついて立ち上がった。すると、早苗の視界に今まで無かったもの
が映った。職業柄どうしても駆けつけねばならなかった人々……警察機動隊の皆さんだ。日本が唯
一即座に動かせる武力ともとれる。
「あら、お務めご苦労様です。わざわざ私に踏みつぶされに来て下さったのですね?」
早苗はそう言って、スカートを僅かに持ち上げて自分の白い形の良い脚を見せつける。
「少女に次ぐ。これ以上被害を出さないよう努めよ。拒否するのならば発砲する!」
警察車両から拡声器で拡大された声が鳴り響く。あの、なぜか音質の悪いスピーカーで。
「もちろんお断りです♪」
早苗さんはずしん、と白い脚を踏み出してその足の下に数十人を踏みつぶした。腰を抜かして逃げ
だすもの、発砲するもの、色々あったが結局そのいずれも運命は変らなかった。50メートルをあっと
いう間に走って逃げたとして早苗にしてみればそれはたった1歩の距離にも満たないのだ。
「何にも感じませんよ~? そんな小さな銃弾が私に効くとでも?」
早苗はにこっと笑ってそしてパトカー数台をいっぺんに踏みつぶす。足の下で、金属の変形する音が
聞こえ、そして暖かさを感じる。ガソリンに引火したらしい。
「あっつ……くない」
早苗にとっては、その炎ですらどうという事はなかった。むしろこそばゆい。
「弱い、弱すぎるうぅぅ! じゃなくって、ホントご苦労様です」
早苗はそう言って足を上げ、踏み下ろす。そのたびに、数十人が車と共に彼女の足の下に消えてい
く。
「あっはっはっは! 全部潰れちゃった!」
早苗は残された車両をつま先でぐりぐりと踏みにじり、そしてビル街の方に向き直る。どれも彼女の
膝下か、あっても太腿程度まで。
「ちょっと歩いてみようかな」
彼女はそう言ってビルの間の道に一歩踏み出した。もちろん、彼女の大きすぎる足は細い道幅から
はみ出し、両脇のビルをがりがりと削る。さらに両足となると当然許容オーバーで、太腿はビルをな
ぎ倒す結果となった。それはまるで、草むらに分け入る少女。ビルを蹴立ててバリバリと破壊しながら
進んでいく。事もあろうに、素足で。




「紫、そう言う訳でちょっと私を大きくしてほしいのよ」
天子が、さっきの彼を連れて紫のもとに戻っていた。
「へ? 大きくって……おっぱ」
「ちゃうわ!」
天子がすかさず突っ込んで赤くなる。やっぱりコンプレックスらしい。
「そうじゃなくて。早苗さんと同じくらい大きくならないと、どうにも……」
「おk、逝ってらっしゃい」
紫が即答し、指をパッチンとならすと、天子の視界は既に変っていた。
「ちょ、いきなり大きくしたら危ないでしょうよ!」
天子は足元の彼を拾い上げて紫を叱責する。
「あ~ごめん。調整とか面倒なのよ」
紫はへらへらと笑って答えた。
「あ、天子さん。どうしたんですか?」
早苗が早くも、その登場に気がついたらしくビルをなぎ倒し、行きとはちがうルートで戻ってくる。存分
に破壊を楽しんでいるようだ。
「貴方に言いたいことがあるって……」
天子は二三歩……つまり120メートルほど歩いて早苗に向き合った。
「この子が」
彼女は手の上に乗せた少年を、早苗の目鼻の先につきつけた。
「さなええええええぇぇぇぇぇ! おれだあぁぁぁぁ! 結婚してくれええぇぇぇぇぇぇぇぇえ!」
少年はその上で跳びはね、必死に叫ぶ。その様子が妙に面白かったのか、早苗はつい笑ってしまっ
た。その息で少年は天子の手の上を転がる。
「あ……ありがとう。残念ですが結婚はできません。これが終わったら全部無かったことに……リセッ
トされるので。けど、告白は嬉しいです。つまり、貴方を使っていろんなことをしても、喜んでくれるん
ですよね」
早苗はそう言って、天子の手の上の彼を受け取った。
「我が人生に一片の悔いなし……」
彼はその手の中で呟く。
「では、まず……あーん……」
早苗は口を大きく開けて、そしてその中に彼を放り込んだのだった。
「ちょ、あんた! せっかく告白してくれた人になんてこと……」
天子が早苗を責めると、早苗は天子の右手を掴み、口をもごもごやった。どうやらまだ飲み込んでは
いないらしい。
 一方、口の中に入れられた彼は大変であった。早苗の巨大な舌に全身を弄ばれ、上へ下へと唾液
にまみれて転がりまわる。時折、彼女の歯の間に挟まれたが、ちょっとやさしく噛まれるだけで噛み
潰されることはなかった。
「……現代っ子って恐ろしいわ」
天子は溜息をついた。と、不意に早苗が天子の腰に手を回し彼女を抱きよせる。
「はぁ!? ちょ、顔近……って! んー! んー!」
突然早苗が天子に口づけをしたのである。天子は驚いて、そして口を塞がれて何も言う事が出来な
かった。抵抗を許さぬまま、早苗の口の中から何かが入り込んでくる。それは、まずは舌。これは間
違いない。そして何か小さなもの……これも間違いない。彼だ。
「ん……っ!! ぺっぺっ! もう! いきなり何すんのよ!!」
天子は彼を手の上に吐き出し、早苗を責める。
「ふふ……どう? 女の子同士のキスに巻き込まれた気分は?」
早苗はそれに答えず天子の掌の上の彼に尋ねた。満面の笑み。
「最高……れす」
彼は満身創痍になりながらも、答えた。なんというか、男である。
「ふふ……じゃ、天子さんにはできないやり方で貴方を……えっと。彼岸に送りましょう」
そう言って早苗は、濡れた衣に透ける乳に両手をあてた。ぷるん、と豊満なそれが大気を引きずって
重々しく揺れる。
「ちょ……ひどいなぁ」
天子はそう言いつつも、少年を彼女の胸の谷間に押し込んだ。
「ふふ……それじゃ、あなたもサヨナラ。本当にさようなら。少し悔しいです。これが終わったら幻想郷
に帰り、全てなかったことになるんだから。けれどそう、それが一番いいしそれしかない。半端な想い
を引きずらないためにも、やっぱりしっかり死んでもらわないと」
早苗は自分を抱きしめるように、ぎゅっと、優しく胸を締めつけた。それだけで、彼が昇天するには十
分だった。目を瞑って、目を開けた時。そこには、ただひとつ赤いシミが残っているだけだった。





「早苗さん、あれでよかったの?」
夕闇に沈む首都東京。渋谷、ハチ公裏。今は全く人気の絶えたこの場所に、少女達は集まってい
た。
「いいんです。ほら、彼も一応信仰を捨てた人間だし……こっちの世界に未練はないですよ」
早苗は答える。いつもと変わらない笑顔で。
「それにしても突然ちゅーはなしよ……ホント。びっくりしたわ」
天子は彼女に不満を漏らす。
「う~ん、ごめんなさい。なんかもうリミッターブレイクしてて……」
早苗は赤くなって笑った。今になってみると相当恥ずかしい。
「なにはともあれ、早苗さんがそれでいいんならそれがいいんだよ」
河童のにとりが言う。彼女は今回、紫と一緒にずっとここにいたのだった。紫の結界で守られていた
ためここだけは損害がない。
「幻想郷は全てを受け入れる。それはそれは残酷なことよ。私たちの方にだけ一方的に記憶が残る
のも、ある意味酷だったかしらね。早苗みたいな人には」
紫はそう言って境界を開いた。幻想郷への入り口を。
「さぁ、帰りましょう。忘却のない、忘却の楽園に」
早苗が、そして天子が。それに続いてにとりが帰る。荒廃した渋谷を後にする少女達。
「さて、全部元通りに……」
紫はそこで一瞬言葉を切ったが。
「なぁれ!」
パチン! 指を鳴らす。荒廃した渋谷が消え、今までと何ら変わりのない、活気ある街が戻る。その
中に、あの彼もいるのだろうか。紫は若干思うところがあった。そのうち彼を、幻想郷に送ってしまお
うかとも思ったが、今はやめた。
「さ、次は……。あら、どこぞの廃人ニート姫……ではなかった。カリスマな月の姫ね」