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古明地さとり
http://dic.pixiv.net/a/古明地さとり

古明地こいし
http://dic.pixiv.net/a/古明地こいし



以下本文



 地底。旧地獄に蓋をするように造られた構造物、即ち地霊殿の最奥部。ステンドグラスから差し込
む光に切り取られた少女の姿。性は古明地、名はさとり。ショートに纏めた淡い紫色の髪。彼女が纏
う淡い水色のスモックは、外の世界の人間の目には幼稚園の制服と映るかもしれない。袖広だった
り、フリルがついていたりと若干の相違はあるものの、髪型や顔立ちと相まって彼女は実際の年齢よ
りもかなり幼く見えた。だが、その表情は……暗く憂いを含んだ瞳、硬く結ばれた紅色の唇。幼さを感
じさせる彼女の出で立ちとは相容れぬ闇をその中に内包していた。

 彼女の胸の前には、幾多のカテーテルが接続された第三の眼があった。それが、彼女が”さとり”と
いう種族の妖怪であることを意味していたし、さとりであること の本質だった。その眼は他人の心を
見透かす忌まわしき眼。心を読まれる者からしても、本人にとっても。

「はぁ……どうしよう」

他人の心を読む少女は、溜息をついた。ただ一人、彼女の能力が全く通用しない少女がために。

「あの子と一緒に外の世界にだなんて……大丈夫かしら。一応予習はしたつもりだけど……」

あの子。即ち彼女の妹のことだった。

 さとりという種族は、その能力が故に人間や妖怪から嫌われる。誰だって心の中には踏み込んで
欲しくない領域があるものだから。けれど彼女達、さとりという種族は嫌でもそこまで見透かしてしま
う眼を持っている。となれば必然的に彼女らの周りからは人も妖怪も去っていき、気がつけば地底の
底で独りぼっちになっているのである。普 通の人間なら“あぁ、嫌われているなぁ”で済むのだが、彼
女らはそうはいかない。“いなくなればいい”とか“死ね”だとか”もう二度と屋敷の外に出てくるな”だ
とか……そういった悪意のある言葉がそのまま見えてしまう。その苦痛は見えない者には分からな
い、想像を絶するものなのだそうだ。

 そんな苦痛に耐え切れなくなったのが、彼女の妹である古明地こいしだった。見えることの辛さに
耐えかねて第三の眼を自ら閉ざすことを選択したのだ。それは他人の心を全く受け入れなくなるこ
と、つまり殻に閉じこもること。故にその代償として自分の心も外に出すことが出来なくなった。

 故に、姉であるさとりの能力を持ってしても、閉ざされた彼女の心は読めないのである。

「どうしたの?  お姉ちゃん」

背後から突然声をかけられ、びくっと肩をすくめるさとり。

「な……こいし! いつからそこにいたの?」

「ず~っといたよ?」

こいし。その少女は姉とはまさに対照的であった。その表情は常に柔らかい笑みを浮かべ、その瞳
には憂いの欠片も無い。例え心の中に憂いがあっても決して外には出てこない。身に纏う装束は姉
であるさとりのものと構造を同じくしながらも、色相環では反対にある色、黄土色と鶯色だった。髪の
毛の色も、姉妹でありながら姉のものとは違って、翡翠のような色。

 さとりの正反対少女、こいしは彼女の過剰ともいえる反応に首を傾げる。

「あの子ってだ~れ? なにが“どうしよう”なのかな~?」

「な……なんでもないわ。こいしは準備を済ませ たのかしら?」

さとりは焦りを隠そうと、話題を逸らした。誰って、他でもないこいしのことなのだけれど。さとりは思
う。聞かれていただろうか。だとしたらこいしはそれと分かった上で……。色々考えるも、最終的にこ
いしの心の中は見えない。

 そうだ、見えないことほど恐ろしいことは無い。相手が自分の事を嫌っているのだと知れば、距離を
置くことが出来る。だが、閉ざされたこいしの本心はどうなのだろうと、いつもさとりは考える。結果た
どりつくのは常に……。いや、もうやめておこう。

「う~ん、そうだね。私はいつでもオーケーだよ、スキマ妖怪さん」

こいしは右足を軸にくるりと廻れ右し、一見何もなさそうな空間に向かって笑いかけた。

「 え? こいし……? そこに誰か?」

さとりは状況がよく分からず、こいしに問いかける。と、こいしの目の前で、突然空間が裂けた。

「……隠れていたつもりだったのに、残念」

その裂け目から、白い手が2本覗き、そして空間をぐいと押し広げてその手の持ち主は現れた。よっ
こらしょっ、と見た目の年齢に不相応な掛け声とともに。

「う~ん、なんとなくそこにいるような気がしたんだよね~」

こいしはへらへらと笑ってその手を掴み、そしてこちら側へと引っ張る。手の主は、毎度お馴染み八
雲紫。今日は緋想天仕様の中華ドレスのようだ。

「ゆ……紫さん!? いつからそこに……」

さとりはまた、びくりと肩をすくめる。地霊殿異変以降は、この地底に彼女のような地上の妖怪が突然
現れることも珍しくないとはいえ……神出鬼没すぎる。

「さっきからよ」

「さっきからって……」

いつからだろうか。それを読みとろうとして、さとりは第三の目に意識を集中したのだが。

「無駄よ、あなたの能力では私の心は読めないわ」

紫はそんなさとりの心の内を読んだか、クスリといたずらっぽく笑ってそう答えた。読まれた
さとりは半ば驚いたような、けれどこの妖怪ならと納得したような微妙な表情で紫を見つめた。

「さ、覚悟はできてるかしら?」

「か、覚悟……」

紫の言葉に、ごくりと唾を飲むさとり。そうだ、これから外の世界で二人っきり……とは違うけれど、ほ
ぼ二人っきりの状態になるんだ。その覚悟……。

「そう、大勢の人にパンツを仰ぎ見られる覚悟!!」

「そっち!?」

さとりは思わず突っ込んでしまった。紫はさとりの心の内、その緊張を知っている。故にそれを少しで
も解そうとおどけて見せたのだが。しかし紫はその心の内を彼女に読ませなかった。

「そっちの覚悟なら大丈夫です。全員踏み潰してあげますから」

その解答に、紫はただ小さく頷いた。心の読める妖怪は、心を推察することをしないのだな、と紫は
思う。けどまぁ、自分の要らぬお節介だったわけで……彼女に悪意がある訳ではないのだ。故に紫もそのことは不問とし。

「そう、それは頼もしいわね。いい絵が沢山撮れそうよ」

と、笑って見せた。








 春。一斉に咲き誇る薄紅色の桜並木。遠目には雲のように見えるその花の下に、少女達はいた。
八雲紫率いる、幻想郷の少女達である。

「はい、どうもみなさんおはようございます」

公園の片隅、桜並木の真ん中にござを敷いてのお花見。4月も中旬、桜の花もぼちぼち散り始め、
花吹雪の様相を呈していた。

「おはよう。どうだったかしら、冬眠は」

くい、と杯を煽り蒼髪の少女が紫を小突いた。彼女の名、比那名居天子。見た目には可愛いお嬢様
だが、その実はとんでもないお転婆娘である。人間などと比べ物にならないほど頑丈な体を持つ天
人である辺りがまた手に負えない。

「う~ん、まだちょっと寝足りないわね」

紫はそう答え、大あくびをかます。こちらまで眠くなってしまいそうな、特大のを。

「まだって……10月ぐらいから半年近く寝てますよね?」

銀髪のメイド――十六夜咲夜が、ひーふーみーと指を折って数え上げる。7か月。半年以上寝て過ご
してたのかこの妖怪は。

「できればそのまま寝ていてほしかったんだけど……」

小さくぼやくのは河城にとり。

「何か言ったかしら?」

紫にぎろりと睨まれ、ひゅいいぃぃっと縮み上がる。彼女は毎度紫のこの遊びに付き合ってひどい目
を見ているのだから、そう思いたくなるのも分からない話ではない。

「……ま、いいわ。宴会の席に免じて許してあげましょう。何せ今日は桜よりもずっと綺麗で面白いも
のが見られるんだから」

轟々と風が吹き抜け、地面に散った桜を舞い上げて渦を巻く。

「そう、今日私たちは桜を見に来たんじゃない」

風はやがて強風から暴風へと変わり、まだ咲いている桜の花を枝からもぎ取っていく。何事かと慌て
て、花見のブルーシートを押さえ空を仰ぐ人々の目に映ったのは、空を割って降りてくる巨大な足。

「巨大娘を見に来たのよ!」








 ずううぅぅん! 地響き、砂塵を巻き上げて最初の一歩が踏み下ろされる。一歩、と言っても二人分
の一歩が故に踏み出された足の数は2本であるが。ぐい、とスキマを押し広げ二人の少女がその姿
を現す。

「すご~い! ちっちゃい箱がいっぱい並んでる!!」

先にこの世界に飛び出したのは妹であるこいしの方であった。その碧玉の瞳をきらきらと輝かせ、黒
の靴下に覆われた足を高々と持ち上げ踏み下ろした。ずっしいいいぃぃん! 音なのか揺れなのか
も判りかねる大爆音。その足の“着弾点”にあったビルは容赦なく踏み砕かれ、所々から粉塵を吹き
だしてあっという間に地面と一体化する。さらに着弾点は爆心地となり、衝撃波を周囲へと伝播させ
た。踏みしめられたことによって生じた土地の不整合は地割れを生み、逃げ惑う人々を貪欲にすすり
こんで再び閉じる。

「ねぇ、お姉ちゃん。今のでどれくらいの人が死んだかなぁ」

こいしはにこにこと笑って、遅れて出てきた姉を振り返った。

「そうねぇ……ひどい断末魔だったわ。1000人以上いたわね。そして今も貴女の足元で苦しんでいる
人がもっとたくさん」

ずっしいぃん。姉も同じように踏み出し、こいしに並ぶ。

「へぇ~。私が一歩踏み出しただけなのに私の足元はそんなに大変なことになってるんだ」

もぞもぞ。靴下に覆われた足の親指が身じろぎし、そして重傷を負い動けなくなっていた人間をその
下に押しつぶした。

「そ……そうね」

ぎゃああぁぁ、苦しい、潰れる、助けて……色々な心の叫びがさとりの第三の眼を通じて脳内に流れ
込んでくる。本来他人に無関心なさとりも、ここまで色々叫ばれると少々気が引いてしまう。

「さ、それじゃぁお姉ちゃん。私とあ~んなことやこ~んなこと、しよ?」

ずいっ。こいしが足下のビルを踏み砕いてさとりに迫る。鼻と鼻の頭がくっつきそうなくらいに。

「あ、いや……その……あれよ、まだ心の準備がその……ね? いきなりってゆーのはほら、よくな
いじゃない」

さとりはややのけ反り気味になってこいしとの距離をなんとか離す。やっぱり、二人っきりになるとこう
なるか。あらかじめ危惧していたことではあったが、いざとなってみるとやはりまだ……。

「あ、そっか。それもそうだね、うん。じゃあ私はちょっと向こうで小人さん達を踏み潰して遊んでくるか
らその間に準備しといてね~」

意外なことに、こいしはあっさりと引いた。一体どういうつもりだろう。地響きを立て、砂煙を巻き上げ
て歩み去る妹の背中。いかに見つめどその心中を読むことはままならなかった。










 こいしの向かう先の街は大騒ぎであった。さっきまで遠くにいた筈の巨大な少女が突然こちらに向
かってきたのだから。遠くに見える時から大分大きく感じてはいたが、近付くにつれてその姿はさらに
大きくなっていく。首が痛くなるほど見上げる大きさ、それでもまだ遠い。少女とこの街の間には小高
い丘がいくつもあって、少女はその丘の向こうにいるのだ。その向こうにいるのにも関わらず、二ー
ソックスに覆われた膝のあたりまで見える。彼女が一歩踏み出すたびに大地は大きく揺れて悲鳴を
上げ、山の向こうに見える彼女の全体像がさらに大きく、脛のあたりまで見えるようになる。

 そしてついに、次の一歩はその街へと到達した。70メートルほどの高さある丘を、何の苦もなく踏み
潰して。もちろん丘だった場所は、こいしの足の裏の形に陥没することとなった。

「みなさんこんにちはぁ~! わたし、こいしっていいます。これから皆さんの街はこいしちゃんのオモ
チャになりま~す!」

ぐおおぉおぉっ、ずしいいぃぃぃん! こいしが足を大股に開き、仁王立ちになって街を見下ろす。道
路に囲まれた数区画もの広大な空間が、あっという間に彼女のスカートの傘下に収められてしまっ
た。クスクス、とこいしは噛み締めるような笑いを浮かべる。今頃足元では小さな小さな人間達が大
慌てで逃げ回っているのだと思うと面白くてたまらないのだ。

 実際、こいしの足元は阿鼻叫喚の様であった。人々は押し合いへしあい、あの巨大な足から逃れよ
うと走り回り、車は人を撥ねてなお我先にと醜い醜態をさらす。たとえその進路に少女が立っていよう
と、自分が助かるためならば躊躇せずにアクセルを踏み込む。だがどうしたことか、少女の方も微動
だにしない。

 ガッシャーン! 耳をつんざく事故の音。ブレーキ音も何もなく、それは即ち殺意の表れだった。

「ちょっと、いくらなんでもそれはひどいんじゃないかしら?」

だが、その少女はフルスピードで突っ込んできた車を片手で受け止めたのだった。車は運動エネル
ギーを受け止めかねて無残にひしゃげ、炎上する。

「女の子を車で撥ねようだなんて、ねぇ」

天人の比那名居天子であった。パンパン、と手をはたき彼女は空を見上げる。いや、こいしを見上げ
るというのが正しいか。足と足の間、即ちここもスカートの傘下。恐ろしい破壊をもたらした足を辿って
いけば、黒の二-ソックスに覆われた形のいいふくらはぎ。そしてその黒とのコントラストでさらに眩し
く映える白い太腿。それらが支えるのは、空を覆い尽くすシマパン。彼女の形のいい尻を、そして秘
所の形をくっきりと写し取っている。

「別に逃げてもいいよ? 逃げられるならね。けど街は私が貰ったから」

こいしはそう宣告すると、左足を持ち上げた。それだけで、街のありとあらゆるところから悲鳴が上が
り、その数千人の悲鳴は上空1.4キロ付近にあるこいしの耳にも届いた。

「あはは、そんなに怖がらなくてもいいよ。靴下が汚れちゃってなんか気持ち悪いから脱ごうとしただ
けだよ~」

こいしはにこにこと笑ってフリル付きの二ーソックスに指をかけ、そして白く滑らかな足を露出させて
いく。

 けれどよく考えたら、どのみち持ち上げられた足はどこかに降ろさなければならないのだ。こいしが
大人しくさっきまで足があった場所に足を踏み下ろす筈がない。むしろ靴下を脱ぐという目的がある
ならば彼女の真下……スカートの傘下が一番危険である。

 こいしは脱ぎ終わったそれを適当に丸めて、ぽいと投げ捨てた。いつもするようにしただけである。
ところが、人間からすればそれはビルのような大きさの布の塊が恐ろしい速度で飛来しているような
もの。隕石とか、そんな感じで。それは着弾点を中心に爆圧を伴った衝撃波を発生させ、周りにあっ
た家々の屋根を、壁を、乱暴にもぎ取って吹き飛ばした。

「ぷっ、あはははは! 何アレ! 私靴下脱いだだけだよ~!? おもしろ~い!」

ずしんっ! 無意識に、彼女の素足が街の上に踏み下ろされた。その真下にいる比那名居天子含む
大量の小人たちに向かって。さっきまでこいしの脚やパンツで覆い尽くされていた空が、今度は肌色
一色に覆われた。堅牢な近代建築の粋を集めたはずのビルやマンションが、その足に当たった瞬間
爆煙を噴き出して崩れ、そこらじゅうに瓦礫の雨を降り注がせた。

「ひゃん! なんかくすぐったいっ!」

こいしは驚いて一旦足を持ち上げた。そこには、自分の足の形に壊れかけた街並み。天に向かって
高く伸びていた建物ほど、早く滅びを迎えている。

「ふ~ん、こんなにちっぽけだけど私に何か感じさせるぐらいの事は出来るんだね」

ずん! もう一度その場所に足を降ろし、残っていた低層住宅の感触を味わう。今度はしっかりと全
部踏み潰して、右足を持ち上げこちらも脱ぎ捨てる。片足でもあんなに気持ち良かったのだ。両足
だったらどのくらいだろう。これから歩くたびにあの気持ちよさが味わえるんだ、そう思うとこいしの心
は高成り、少し呼吸が荒くなる。

 すっ……。立体の地図の上、右足を動かし次の一歩を定める。

「えいっ!」

ずっしいいいいぃぃぃんっ!! 砂塵が、彼女の膝のあたりまで舞い上がり、そしてそれが晴れた時
には彼女の足を中心にしてクレーターが出来ていた。

「ううぅぅん! 気持ちイイ……!」

今度は左足。さっきとは違うやり方で……踵の方から、ゆっくりと踏み潰していく。

「ふむ……なかなか足の裏が敏感なのね、あの子」

彼女の足を地上から見上げ、天子は呟いた。空を覆い尽くしている足が、段々と角度を替えて迫って
くる。その動き自体はゆっくりであるが、その大きさが故に破壊の前線はものすごいスピードでこちら
に迫っていた。彼女の足が触れた部分ははじけ飛ぶような壊れ方をして、ものの1秒後には地中深く
まで埋まってしまう。

 と、指先の手前くらいまで地面につけたところでこいしの足の動きが止まった。助かったと胸を撫で
下ろす者もいたかもしれない。

「ふふ……助かりたい? 助かりたいよね? どーしよっかな~? 助けてあげよっかな~」

足の親指をくいくいと動かしためらいを見せるこいし。その真下にいる天子はこいしがそんなつもりな
ど一切抱いていないことを知っていたが。

「なんてね」

ズン! 残っていた部分を一気に地面に押し付け、そして踵を放してつま先に力を込める。

「何が辛いって、最後まで希望を持って死んでいくことだよね~。ごめんね、淡い希望なんて持たせ
ちゃって」

入念に、つま先でぐりぐりとその場所を踏みにじり、こいしは無邪気に笑う。無意識の欲望をそのまま
に従って動く彼女はとても朗らかで残酷であった。

「こいし……恐ろしい子」

彼女の足跡からどうにか這い出た天子は、街を破壊し大暴れするこいしの後姿を見て呟いた。

 やがてこいしは足の裏だけではなく、スカートから露出している脚全部でそれを感じたいと思うよう
になった。だって、足の裏だけであんなに気持ちがいいのだもの。もっと気持ちよくなりたい。そう思っ
たのならば、もうなにも躊躇することなどない。無意識の命ずるまま、彼女はかくんと膝を折った。そ
して。

「そぉれっ!」

脚の支えを無くし、彼女の尻は自由落下を開始した。風圧にスカートがめくれ上がり、綿100%の縞パ
ンに覆われた形のいいお尻が空を覆う。大きくなる、まだ大きくなる。視界の全てが緑と白のラインに
覆われる。

 ずっしいいいぃぃぃん! 激しい揺れを巻き起こして、彼女はぺたんと女の子座りになった。真っ白
な足が、家を、街を押し潰して横たわっている。

「はううぅぅ……気持ちいいっ……」

足が衝撃を吸収したためか、案外お尻の回りはそこまでの被害を生んでいなかった。いや、わざとそ
うしたのかもしれない。こいしはお尻にちくちくと当たる屋根の感触を楽しんでいた。今まで感じたこと
のない感触。なんだろう、もし喩えるならば。こいしはお尻を動かして低層住宅をずりずりとすり潰し
つつ考える。

「角砂糖の上に座ったらこんな感じなんだろうなぁ~」

ふふっ、小さく笑ってそのくすぐったい感触を楽しむ。ぷちぷち、ずりずり。山のようなお尻が、家々を
巻き込み激しい砂煙を巻き上げて前後する。

「ん……なんだかえっちな気分に……なってきちゃったかも」

はぁ、はぁ。口から洩れる甘い吐息が白い雲になって漂う。興奮で、体が火照っているのだろう、彼女
の頬はリンゴみたいに紅潮していた。

 そして後ろについていた手を前につき、やや姿勢を前かがみに倒す。少しだけ腰を浮かせて、まだ
無傷な場所に。

「やれやれ、昼間だって言うのに真っ暗ね……」

比那名居天子は、こいしのスカートの中にいた。いや、天子がいた場所がこいしのスカートの中に
なったというべきか。彼女の穿いている巨大なカーテンに、区画ごとすっぽり覆われてしまったのであ
る。視界の両脇には、闇の中にあってもなお白く浮かび上がる彼女の巨大な太腿。そして正面に捉
えるは、こいしのパンツ。

 それは暫くの間、戸惑うように、あるいはもったいぶるかのように街の上で止まっていた。だが、意
を決したのか、無意識の欲求に素直に従っただけなのか、やがてそれはゆっくりと降りてきた。そっ
と、しかし圧倒的な重さをかけて彼女の秘部が住宅街へ、その屋根へと圧し掛かる。めきめき、ばき
ばき……。暗闇の中、住宅の断末魔が太腿の間を反響する。

「んっ……やっぱり……気持ちいいよぉ……」

くしゃっ。こいしは自分の股で小さな小さな家が潰れてしまうのを感じた。その感触、そこから来る快
楽が彼女の全身を電撃の如く駆け抜けて身震いさせる。未体験の心地よさに、思わずこいしは自分
を自分で抱きしめた。

 動かしたら……もっと気持ちいかな? 期待に胸を膨らませ、こいしは腰を前に動かす。少しずつ、
それらが潰れて行く感触を味わいながら。

 こいしのスカートの中は、それはもう大惨事となっていた。彼女にしてみればゆっくりな動きなのだ
ろうが、その大きさたるや人間の1000倍。故にスピードも1000倍。超巨大なブルドーザーのように、
住宅を巻き込み、分解し、瓦礫の波と変貌させる。それも、立っていられないほどの大揺れを伴って。
まぁ、それはそうだ。何せ山がそのまま動いているようなものなのだから。

 やがてそのパンツの壁は天子の目の前まで迫った。が、それは天子を巻き込むことなくその手前で
止まる。どうやらここが折り返し地点らしい。

「いやぁ、こうして閉じ込められた空間で見上げるとさらに大きく見えるわね……」

天子は彼女のパンツを見上げる。が、この近さだ。首が痛くなるほど見上げても全体を収めきること
などできない。と、今度は彼女の股間が後ろへと退いていく。瓦礫の山を残し、地面を激しくえぐり
取って。天子はその山の向こうが気になって、十数メートルはある瓦礫の山のてっぺんに飛び乗っ
た。見下ろせば、一面の荒野が闇の中にさらに深い闇を湛えてぽっかりと穴をあけていた。暗くてよく
見えないが、きっとあそこにはいくつもの、かつて人間だったシミがこびりついているのだろう。この中
に投げ出された物はここを地獄かこの世の果てと思う事請け合いである。そして恐ろしいことに、これ
を作った主は自分のスカートの中にこの世の地獄を創造したなどとは微塵も思っていない。ただ、快
楽を求めて自分の大事なところを地面にこすりつけた、ただそれだけ。

「……暗いところはあまり好きじゃないわね」

天子はそのあまりのギャップに一度身震いし、そして踵を返してスカートの中に出来た空間を飛翔し
た。スカートの淵の黒いフリルを潜り抜け、飛び出した外の光に目を細める。白転した視界が光に慣
れると、地平の隅に一人の少女が何もせずに突っ立っているのが映った。









「準備ってもねぇ……」

その頃、さとりはビル群の前で一人立ち尽くしていた。

「あら、さとりさん。こんなところまで来てまだ迷っているのですか?」
そんなさとりに声をかけるものがあった。いや、この大きさで声など聞こえる筈は無い。おそらくは心
を読んだ……いや、読まされたのだろう。

「そうね、そうかもしれないわ」

さとりは声の主を探しつつ答えた。

「いまさら何を迷っているというのです?」

視線を巡らせると、その思念の主はビル群の中で最も高いビルの頂上にいた。

「私にはね、あの子を愛する権利なんてないんです」

最も高い、とはいってもそれはさとりの膝にも満たない高さ。しゃがみこみ、目を細めてようやっと相
手の実態がはっきりと分かった。紅魔館のメイド長、十六夜咲夜だ。心を読まれる事を一切恐れない
あたり、さすがだと言える。聞く話によれば彼女は時間を停止させる能力があるのだとか。こちらに知
れてはならない思考は時間を止めて行っているのだろうか。それが故か彼女の返答は早い。

「どうしてそう思うんですか? あの子は愛してほしいと思っていますよ、きっと」

「心も読めないのに適当なこと言わないで」

「本当は貴女もしっているんでしょう? こいしさんの気持ちは」

「そうだったとしても、私にはこいしを愛することなんて……許されないのです」

「何故だか……理由をお聞かせ願います」

がしっ!! さとりは咲夜の立っているビルの隣のそれを掴んでそしてめきめきと力を加えて行く。

「……いいでしょう、教えて差し上げます」

がらがらがら……。さとりの手の中で、それは細かく砕かれて地面へと降り積もる。

「あの子が心を閉ざしたのは、貴方達人間や妖怪にひどく嫌われたためです。それはご存知です
ね?」

「えぇ、存じております」

「私は別にそれで良かった。さとりという種族は“心を読まれるのが怖い”という恐怖から生まれた存
在。そもそもが嫌われてしかるべきものなのです。だから他人から何と思われようが、どうでもよかっ
た。
 けれどあの子は違いました。あの子の心は、さとりの宿命を背負わされただけのごく普通の女の子
だった」

ずしんっ! 握り締められ、半壊したビル。それを握った拳を地面にたたきつける。

「皆と普通に会話をしたい、普通に遊びたい、普通に愛されたい。ごく当たり前の、けれどさとりという
種族にあっては決して許されない想いを、彼女は抱いていました。

 当然こいしはどこに行っても愛されることなく、嫌われ続けた。それでも彼女は愛されたくて、受け入
れてほしくて。何度嫌われても、挫かれても、再び立ち上がって出かけて行くんです。“今日こそは友
達を作りに行くんだ”って。

 何が辛かったって、そんなこいしが日に日にボロボロになっていく様を見るのが、ね。

 家に帰ってくるたびに、新しい傷を増やして帰ってくるんです。体にも、心にも。

 けれど私は何もできなかった。少なくともその時は、何もできないと思っていた。壊れてゆく妹を目
の前にして、何も……してやれなかった。

 そしてある日、こいしはいつもと同じように家を出て……。いつにも増してひどい怪我を負って帰っ
てきました。人々の側からすれば何度追い払ってもやってくる彼女が鬱陶しかったのでしょう。

 私は、そんな彼女の姿をもうこれ以上見ていられなかった。だから彼女に、こう言ったんです。

 “お願いだから、そんなことはもうやめて。私は貴女がこれ以上傷つく様なんて見たくない。お願い
だから……私と同じように、さとりの宿命を受け入れて”とね。

 こいしは黙って頷いて、そして自分の部屋に戻りました」

さとりはそこで一旦口を閉じた。ビルを握りしめた拳は震えていた。その拳の中のビルはもはや鉄屑
となり果て、二度と元の形に戻る事は無い。

「その晩です。彼女が自分の眼を潰したのは」

ぽたり、ぽたり。彼女の瞳から涙が流れ落ち、その下にあったビルの角を吹き飛ばして弾ける。咲夜
の返事は無い。

「それからというもの、彼女はずっとあの渇いた笑顔で暮らしています。どんなに悲しくても、苦しくて
も、心を閉じて決してそれを外に出さない。傍目にはとても朗らかに見えるかもしれませんが、あの笑
顔の仮面の下には私なんかよりもずっと深い傷が隠されているんです。

 そう、あの時私が……彼女を抱きしめて“私だけは貴女の事を愛しているから”と言ってやれれば
……あの子が心を閉ざすことは無かったんです。けれどあの時の私はこいしのことではなく、自分の
事ばかり考えていたんでしょうね。彼女の心を理解しようとしていなかった。

 それに気づいたのは、あの子があの子ではなくなってからでした。

 表では、私にすり寄って来ますけれどね。笑顔の下に封じられたあの子の心は、きっと今も私を怨
んでいるのだと思います。助けを求めても、手を差し伸べてくれなかった自分の姉を。

 分かったでしょう、咲夜さん。私には彼女を愛することなど許されないのです。愛すべき時に愛して
やれなかったのですから」

「何を……」

さっきまで沈黙していた咲夜の心が、静寂を破って言葉を発した。

「甘ったれた事言ってんじゃねええええぇぇぇえ!!」

と、咲夜の言葉に割って入ったのはどこかで聞いた声。そう、心の声ではなく、音として彼女の耳に届

いたのだった。

 そして、そんな声に一瞬遅れて。ビル街の片隅から、真っ赤なレーザーが放たれたのだ。遮蔽物に
なるビルを全てぶち抜き、一直線にさとりに向かって伸びて行く。

「え!? ええええ!?」

完全に不意をつかれ、思わず被弾するさとり。光線は彼女の額に直撃し、強烈なデコピン並みの威
力を与える。むしろ数本ものビルを撃ち抜いてなお減衰しない威力のレーザーを額に受けてもちょっ
と痛いデコピン程度。

「て……天子さん!!」

咲夜が振り向くと、そこにはやはりあの天人の娘。さとりを見上げ、睨みつけている。

「あ、あなたは……?」

さとりが目を細めてレーザーの発生源を見た。小さな点に、一瞬遅れてピントが合うと、それはひとり
の少女であることが分かった。

「私は天人の比那名居天子。そう、これは天人様からの忠言よ!!

 貴女は今も彼女の心を理解しようとしていない! きっとそうだろうと決めつけてかかっているじゃ
ないの! こいしがそんなことを望んでいるとでも? ふざけんじゃないわよ!!」

「天子さん! 言いすぎです!」

咲夜が天子をなだめようとするが、しかしそれでも彼女は止まらない。

「貴女は自分が可愛いだけだ!! きれいごとを貫きたいだけだ!! 自分を鎖でつないで、それで
罪を背負い込んだつもりになってるだけだ!!

 本当に彼女に償いをしたいというならば!! きれいごとも建前も何もかも捨てなさい!! 泥だら
けでいい、理屈なんていらない!! 貴女の愛を彼女に伝えなさいよ!! こいしが貴方の事をどう
思っているかなんて、その後で決めることでしょう!!」

ぜーはー、ぜーはー。乱暴な言葉で、大声で。彼女をののしりつつも放った忠言は、さとりの心に届

いたろうか。天子は息を切らしながら、険しい表情でさとりを睨み続ける。

「…………」

さとりは暫くの間、そのままの姿勢でただ茫然としていた。あまりにも唐突で破天荒な説教に、思わ

ず涙が引っ込んで最後の一滴がぽたと零れ落ちた。

「ふっ……ふふっ。随分と荒々しい忠言ですね。けれどそう、すっかり忘れていました。私は相手の気
持ちを読んでばかりで、相手の気持ちを聞いてみようなんて思ってもみませんでしたから。もしかした
ら、私のこの眼は何も視えていなかったのかもしれませんね」

くすくす。さとりの肩が小刻みに震える。そして。

「ふ……あははっ、あははははっ! 何だろう、馬鹿みたいよね、私。今まで一人で何をやっていたの
かしら、本当に……。ありがとう、お陰で吹っ切れたわ」

ずしん、ずしん。彼女は立ち上がり、そして遠くにいる妹の背中を見据えた。

「分かれば結構よ。ちなみにこいしちゃんの方はもう大分温まってるみたいよ?」

天子がにやりと笑いかける。

「そうね……なんか一人でアイドリングしちゃってるわね」

大気の層に霞むこいしの姿を見て、さとりはやれやれと首を振った。









「じゃぁ、私もちょっとアップを始めることにしますか」

さとりは高々と足を持ち上げ、そして30メートルほどの雑居ビルの上にかざす。

「逃げ遅れたのか、腰が抜けたのか、それともわざと残ったのかしら? 幸いまだこの街にも沢山の
人がいるのを感じるわ」

ずしん! つま先を使って器用にそのビルだけを踏み潰す。確かに感じる、幾つもの階層を踏み潰
す感触。なるほど、あの子があんなに夢中になるのもなんとなく分かる。

 いや、ただ気持ちがいいだけではない。これは嫌われ者のさとりが、圧倒的な力を持って人々に仕
返しをする絶好の機会でもあるのだ。己を生みながら、忌み嫌い封じ込めた人間を。

「ふふ……貴方達が恐れて封じた妖怪が、まったく別の恐怖を引っ提げて戻ってきましたよ」

 白い靴下に包まれた脚を動かしてビルの残骸をぐりぐりと踏みにじる。

「あ、いけない。靴下が汚れてしまいます」

さとりはふと気がついて、靴下を脱ぎ、そしてぱたぱたと汚れを払った。もちろん彼女が汚れと思った
それはかつて人だったものだったり、巨大な瓦礫だったりしたのだけど。両方とも脱ぎ終えると、さと
りはそれの口を開いてビルに引っ掛けた。けれど、思いの外ビルは小さく、数本まとめてその靴下の
口に呑みこまれてしまい、かつ高さが足りずに靴下は地面についてしまった。

「あら、ハンガーの代わりくらいにはなると思ったのに……。無様ですね、靴下の中なんかにすっぽり
収まってしまって」

くすくす。もちろん分かっていてやっているのだけれど。こうして、自分達を長年にわたって虐げてきた
人間達を見返してやるのはとても気持ちが良かった。そう、こいしがあんなことになってしまったのも
大本を辿れば全部こいつらのせいだ。

「靴下も満足に引っ掛けられないようならもう用済みですよ」

ビルを折らないように、そっと靴下を持ち上げて綺麗に畳み、スカートのポケットにしまい込む。

「と、言いたいところですが。ちょっと右足が疲れたので……せめて足置き台くらいにはなって下さい
ますよね?」

すっ。さとりの細く、白く、滑らかな足がビル群の上にかざされる。華奢な指、なだらかな足の甲、可
愛い踝。陽光を照り返すそれは雪のように白く、それを見ただけでその足の持ち主はどんな美人かと
想像を掻き立てられる。そんな脚が、澄ましてビルの上に鎮座する。

 最初、ビルはそれに耐えたかのように思われた。しかし、当然無傷ではいられない。あまりのエネ
ルギーにビルのフレームが歪み、窓が上階の方から弾けるように割れて行く。それはまるでガラスの
滝。これから崩れ消えゆくビルが最後に命を賭して行う演出に、思わずさとりは息をのんだ。死を覚
悟したものは、人も無生物も、同様に美しいものだ。

「ふふ……綺麗なものを見せてもらいました。その持て成す心は褒めて差し上げます。けれど私はま
だ足の重さをかけていないのですよ」

さとりはそう言って、足の自重をそのビルに全て任せた。当然、ビルよりも遥かに大きな脚を支えるこ
となど適う筈もなく、ビルは地面に吸い込まれるようにして崩れて行く。最後に、ドーナッツ型の煙を
残して、ビルはさとりの白い足の下に消えた。

「あら、ちょっと失礼じゃありませんか? 女の子に対して、重いって言っているようなものですよ?」

蔑むような目で、地上から生えているビル群を見下すさとり。それでも、口元が微妙につり上がってい
る。楽しくて仕方がないのだ。

「本当に何の役にも立たないのですね。そんなグズには……お仕置きが必要ですね」

さとりはゆっくりと地面に座り込む。もちろん沢山の雑居ビルを敷き潰してだが、今の彼女は100メート
ルを超えるようなビルは眼中にないのだ。

 さとりは後ろに手をつくと、足を伸ばして器用にビルを挟み込んだ。

「どうです? 屈辱でしょう……。女の子の足に挟まれているのですよ?」

みしみし……メキメキ。いかに彼女が繊細な感覚を持っていたとしても、足の力を完全に制御しきる
ことは難しく、既にビルは締めつけられて限界の所に来ているようだ。

「けどね、弱くてグズで、失礼な貴方達にはお似合いの最期ですよ」

ぐしゃああぁっ。さとりの足と足の間でビルは文字通り無残に潰れ、粉のようになって地表へと降り注
ぐ。

「やれやれ、さっきよりも疲れてしまいました。これというのも全て貴方達のせいですからね」

ずががあぁん! ビルを蹴倒すことも厭わず、さとりは両足を投げ出した。

「もう飽きました。弱すぎて面白くありません」

「なら、今度は私といろいろ……しよ?」





















 かけられた声に振り向く。ずしん、ずしん。重く、けれど楽しげな足音を立ててやってくるのは彼女の
妹。古明地こいし。

「こ、こいし……!」

たじろぐさとり、にっこりほほ笑むこいし。先程まで攻め攻めモード全開だったさとりが一転して受け受
けモードにチェンジする。

「何の役にも立たない、なんてことは無いよ? ね、お姉ちゃん」

さとりがたじろいでいる間に、こいしはビル群を跨いで膝立ちになる。即ち姉の足を押さえこむ形とな
る。

「あの……こいし……。私……その……ごめんなさい」

さとりはどうにも、こいしと目を合わせることが出来ずに視線を逸らした。やっぱり、いざ面と向かって
みると何と伝えていいのかわからない。

「……もういいよ」

こいしは姉の肩に手をかけ、そしてゆっくりと押し倒していく。彼女の顔は、笑ってはいなかった。

「やっと、私の気持ちを……私の苦しみを知ろうとしてくれたんだね」

愛してもらえない苦しみ。実の姉からも。

「辛かった……。けど、それでも笑っているしかなかった。いつか愛してもらえるように」

さとりは口を開けど、声が出なかった。どうして、こうも出てこないのか。

「けれど、お姉ちゃんが私を愛してくれるなら。もうこんな笑顔の仮面なんていらない」

「……ごめんなさい、ごめんなさい!」

出てくるのは、謝罪の言葉ばかり。やっぱり、まだ引きずっているんだ。心のどこかで。

「だから、もういいって。私が今聞きたいのはそんな言葉じゃなくて……」

「……うん、知ってるっ……!」

高鳴る胸の鼓動。ずっと、こんなに近くにいたのに言えなかった言葉。

「こ……こいし。その……あ、あ、あ……」

こいしも私の心を読んでくれればいいのに。真っ赤にのぼせあがり、涙目で、それでもさとりは声を絞
り出そうと必死で足掻く。

「愛し……てる……わよ」

消え入りそうな、かすれた声で。けれどそれは確かに伝わった。

「よくできました。お姉ちゃん」

こいしはそのまま上体を傾け、姉の上に倒れ込んだ。天が、大地が震撼する。

「私も、お姉ちゃんがだ~いすき!!」

そう言って、まずは姉の唇に自分の唇を重ね。驚いて目を見開くさとりを余所にスカートの中に手を
突っ込み、あろうことか姉のパンツを引きちぎってしまった。その間一瞬。まさに早業。

「ちょっと!? こいし! これはその……手が早すぎないかしら?」

「いいじゃん! お互い愛してるんだし! それにほら、このビルたちも意外と使い道があるっていう
事をお姉ちゃんに教えてあげる!」

そう言うが早いが、こいしは手探りで手頃なビルを探し、そしてそれをさとりの秘所にぴとりとくっつけ
る。

「ひうっ!?」

びくんっ! さとりがその感覚に震える。

「もぉ~、お姉ちゃんったら敏感だなぁ~。ちょっと当てただけでこれなら、ナカに挿れたらどうなっちゃ
うのかな~?」

ずぷっ……ずぷぷっ……。100メートルはあろうかという巨大なビルが、さとりの下の口を押し広げて
その中に入り込んでいく。

「やめっ……痛っ……ちょっと、もっとゆっくり……!」

さとりはこいしの手を掴んで、あわよくばそれを引き抜こうとしたが、そんな姉の腹を見透かしていた
かのようにこいしはビルをクイと押した。

「ひゃうっ!?」

びっくん!! さとりの手は全身を駆け巡る電撃のような快楽に跳ね上がり、地面から生えている低
層のビルを押し崩して脱力する。

「大丈夫、痛いのなんて最初だけだよ……」

姉に頬擦りし、耳元で甘く囁く。その温かい吐息に、可愛い声に、さとりは思わずふにゃふにゃと脱力
してしまう。

 ずずず……今度はさとりにほとんど飲み込まれたビルが引き抜かれる。窓ガラスはほとんど割れ、
さとりが締めつけたからだろうか、外壁を荷う鉄骨がむき出しになって所々ひしゃげていた。

 さて、このビル。実は結構な数の人間が取り残されていた。こいしやさとりが大暴れしたせいで停電
が発生し、エレベーターが止まってしまったのだ。地上30階。階段だけでそこから逃げ出すのはかな
り難儀である。

 そしてその中に、毎度毎度不運な役割を担わされる妖怪、河城にとりが混じっていた。

「ひゅいいぃぃ!! 重力の法則が乱れるうぅぅっ!!」

真横になったビルの中、にとりは階段の手すりにどうにかつかまっていた。条件は最悪、それに加え
て出したり入れたりされるのだ。激しい横揺れが彼女を襲う。

「キャアアァァァ!!」

同じ手すりにつかまっていながら、揺れに耐えられなかったOLが振り落とされた。もう窓のないビル。
故に落ちればそこはさとりの膣の壁。それも、物凄い相対速度で動いている。にとりは思わず目を
瞑った。次に目を開けた時には、そのOLはいなかった。おそらくビルと膣壁の間で……。

「くそう! 負けるもんかあぁぁっ!」

にとりはどうにか手すりの上に這い上がり、そして気付く。

「あ、私飛べるじゃん」

と、妖力を駆使して空中に舞い上がる。しかし、問題はそんなに簡単でもない。こいしが手に持ったこ
のビルを引っ張ると、にとりは天井に打ち付けられた。そのまま天井を数枚突き破って止まる。すると
今度はこいしがビルを押しこみ、にとりは床を数枚ぶち抜いて止まる。

「こうなったら……床をぶち抜きながら脱出する……っ!!」

揺り返しの瞬間を狙って床にぶつかれば、いずれはここから抜け出ることが出来る筈だ。そう、そし
て急がなければこのビルはそう長くは持たない。間違いなくさとりの絶頂と共に膣圧で押しつぶされ
る。

「それっ! それえええぇぇっ!!」

計画は順調。数ストロークの間に、かなりの距離を稼いだ。ビルが往復する度に、さとりの喘ぎ声が
膣壁を伝って、ややくぐもって聞こえる。この声、かなり遠いけれど今私はこの声を発した主の膣の中
にいるんだよなぁ……。そう考えるとにとりはなんとなく不思議な感覚に囚われた。けれど、今はそん
な感覚に囚われている場合ではない。さとりの膣に捕らわれてしまっているのだから。

「おらああああああああぁぁぁ!!」

渾身の一撃を床にたたき込み、そしていよいよ視界が開けた。

「よっしゃああぁぁ! 出たああぁぁっ! って、あれ?」

そこはなぜか、ビルの中と同じように暗かった。そしてじめじめして、あの特有のにおいも……。おか
しいと思って、河童製携帯サーチライトを使って辺りを照らしてみると。

「って、ここ膣の中!? なんでだああぁぁぁ!!」

その答えは簡単であった。こいしが、下の方からビルを挿入しただけである。だが、にとりはてっきり
上から挿入された物とばかり思い、床を破れば外だと、そう錯覚していたのだ。

「ちくしょおぉぉ! 騙されたあああっ!」

が、時既にお寿司ですし。尿道から、どっと水が流れてきていた。

「あ、終わったわ」

にとりは半ばあきらめ気味にその濁流にのまれた。

「っ……あああぁぁ、ダメ、ダメだってばああぁぁ!」

洩れないように、必死で我慢するさとり。だが、決壊は不回避だった。漏らさないように、膣をきゅっと
締めつけたのだ。そのせいで、膣の中のビルがくしゃっと潰れ、その何とも言えぬ感触に不意を打た
れた彼女は力を抜いてしまったのである。ぴゅーっ、ぴゅーっ! 瓦礫を含んだ潮が、こいしのスカー
トを濡らして滴る。

「ふふ……どうだった? お姉ちゃん」

はぁ、はぁ。さとりは息を切らして答えない。

「もう、相も変わらずいろいろ縛られてるんだから」

こいしはそんなさとりの頬を愛おしそうに撫で、そしてそこに口づけをしてにっこりとほほ笑んだ。作ら
れた、仮初の笑顔なんかじゃない、心からの笑顔で。



















「お疲れさま」

崩れかけたビル街の中。事が済んだというのに、まだ真っ赤に火照ったさとりを迎え入れる。

「……うん」

さとりは恥ずかしいやらなんやらで、皆を真正面から直視することが出来なかった。いつもなら、他人
に何と思われようとどうでもいいのに……。

 そんなさとりを見て、こいしと天子は互いに目を合わせてくすくすと笑った。

 ――私にとって、あの子は……そしてあの人たちはもう、どうでもいい人じゃなくなっちゃったんだ
な。さとりは思う。

「か、帰るわよこいし!」

ぐい、とこいしの手を掴み、紫の開けてくれた帰還用の隙間にむかって振り返りもせず歩いていく。

「こいし、さとり!」

そんな彼女の背中に、天子が声をかけた。

「私はあんたらの事、嫌いじゃないわよ」

こいしは半身で振り向き、そして小さくクスリと笑った。去り際に、天子に手を振って、彼女はスキマの
中に消える。

「あらあら、なんだかんだで面倒見がいいのね。総領娘様」

紫がそんな天子を見てニヤニヤしている。

「う、うるさいわね! いい加減スキマ以外の友達が欲しくなっただけよ」

「そ、それじゃ、私は友達じゃないって言うんですか?」

咲夜まで天子をおちょくりに入ってくる。

「あ~、もううっさい! はい、帰りましょ! おしまいっ!!」

天子は真っ赤になって頬を膨らませ、そしてスキマの中に消える。

「あ、待って下さいよ天子さん~! ねぇ、私は? 私は?」

それを追って咲夜がスキマに。残されたのは喋る気力すら使い果たしたにとり。そして紫。



















「……お疲れ様」

紫は隣でべちゃっと伸びてるにとりに声をかけた。彼女の返事は無い。

「私は別に貴女の事、嫌いじゃないわよ」

「じゃぁなんで毎回ひどい役回り?」

「愛ゆえに」

「愛などいらぬうぅぅ!」

人っ子ひとりいない街に、にとりの絶叫がこだましたのであった。