「最初はグー、じゃん、けん……!」
 昼下がり。公園の真ん中で、二人の少女が鬼決めのじゃんけんをする。普通なら微笑ましいはずの情景ながら、その二人の間に漂う空気はピンと張り詰めていてなにやら只ならぬ様子。
「ぽん!」
 一人は緑色の髪をした、巫女装束に身を包んだ少女。名を、東風谷早苗。勝利を切り開く意思、チョキで勝負に出る。
 対するは、唾に桃を載せた帽子と、腰まで届く蒼髪が印象的な少女。名を、比那名居天子。譲らぬ岩の意思、グーで迎え撃つ。
 結果は瞭然。
「勝った!!」
 真剣な表情から一転、花の咲くような笑顔で天子はにこやかに笑い、飛び跳ねる。
「ま……負けました!」
 一方早苗はなにやら顔面蒼白。それもそのはず、これから行われる鬼ごっこは、このじゃんけんに全てがかかっているといっても過言ではない。いわばじゃんけんゲーなのである。
「じゃ、数えるわね?」
「ちゃんと100数えてくださいよ!?」
「分かってるわ」
 天子が頷くと、早苗は風を巻いて宙に飛び上がる。風祝の彼女にとってはこのくらい造作の無いことだ。そして一目散に天子から離れる……かと思いきや、ちょっと行って振り返り。
「あっち向いて数えてください!」
「ふふっ、いいわよ」
 向かせた方向と逆に逃げるのが丸分かりなのに、と思いつつも天子は一応言われた通りにする。どうせ最初のジャンケンに勝った時点でこのゲーム、制したも同然なのだ。
 程なくして、天子の身体がむくむくと大きくなり始める。最初は気のせいかな、程度だったのが、気がつけば常人の3倍ほどに。それに気づいた人々が、悲鳴を上げて天子から慌てて逃げていった。
 100数え終わるころには、人っ子一人居ない公園に、人間の10倍程度の巨人となった天子がひとり立ち尽くすのみであった。
「さ、はじめようかしら」
 踏み出す足が地面を捉えて、ずしっずしっと重々しい地響きを鳴らす。ブランコをつま先で引っ掛け引き抜き、僅か3歩で公園から出た天子は腰に手を当て住宅街を見下ろした。


 公園の木立、その向うに立ち上がる天子の姿。きゅうじゅういち、きゅうじゅうに……数え上げる声が、あたりに響き渡り、家々の窓をびりびりと振るわせる。小面積の建売が密集する複雑な住宅街に、早苗は身を潜めていた。家と家の間は僅か1メートルほど。じめじめと湿ったコンクリートの塀の上、屋根の間から天子の様子を伺う。
 もちろん、早苗の風を操る能力をフルに生かせば天子が見えないところまで逃げることも可能だが、それをしなかったのには理由がある。このゲームのルールだ。
 ルール1.このゲームは鬼と子に別れて行う。子が戦闘不能となれば鬼の勝ちとなりゲーム終了となる。子が一定時間生存した場合は子の勝ちとなりゲーム終了となる。
 ルール2.鬼は自分の体のサイズを変更することができる。ただし、その最大値は、鬼と子の距離の20分の1まで、または地面から子の高さまでのいずれか大きいほうとなる。
 ルール3.鬼は巨大化以外の能力を使うことができない。子はどんな能力を使っても良い。
 
 ルール1は過激な鬼ごっこに、子の勝利条件を付け加えたもの。ルール2がこのゲームのゲームバランスを保つ最大のポイントだ。今、天子の巨大化が16メートルそこそこで止まっているのは、早苗と天子の距離が320メートル以内に納まっているからということ。闇雲に逃げては、相手の巨大化を許してしまい不利になるのだ。
 つまりこのゲームに勝つためには、巨大娘に見つからないように、巨大娘の近くを逃げ回らなくてはならない。これがいかに難しいことかは語るに及ばず。
「さ、はじめようかしら」
 公園の木々が膝下になるほどの巨人となった天子が、地響きを立てて歩き出す。たった16メートル、しかしその体重実に40トン。彼女が一歩踏み出すたびに、早苗の足元はぐらぐらと揺れる。
 ずしっ、ずしっ……。重い足音が、こちらに近づいてくる。そのたびに強くなる揺れ。やがてそこに、アスファルトの砕ける音までもが加わり、間違いなく天子が近づいてきていることが分かった。まるで早苗が逃げた方角がどっちだか分かっているみたいだ。
 屋根の隙間に切り取られた空に、天子の可愛らしくも、巨大で恐ろしい脚が見て取れた。いつものロングスカートではなく、小人に見せびらかすためのミニスカートで、白く艶やかな太股が太陽の光を浴びてまぶしく輝いている。さらに首が痛くなるほど見上げてみれば、やはり小人に見せびらかすためのお気に入りの桃色の下着。白のブラウスを申し訳程度に持ち上げる控えめな胸。顔はこちらを向いておらず、目が合ううことは無かった。まだ気づいていないらしい。
 早苗は慌てて、片方の家の壁に身を寄せた。ここなら屋根に隠れてあまり見えないはず。と、一息つこうとしたその矢先。
 ぶぅん、と唸る風の音。天子が脚を持ち上げたのだ。そして、それに続く、耳を劈く轟音。身を寄せていた壁が、ぐらりと揺らぐ。どうやらこの家に脚を踏み入れたらしい。中から甲高い悲鳴があがるが、そんな事は気にせずに天子は太股で屋根をばきばきと裂いて二歩目を踏み入れる。聞こえていた悲鳴が、ぴたりと止む。どうやら天子の太股に押し潰されたらしい。
 まるで重機か何かが解体作業をしているかのよう。木材の乾いた破断音が轟き、古臭いにおいのする埃が濛々と舞う。
「くすっ……」
 天子が嗤う。自分の脚で建物を壊す快感がためだろう。早苗も、鬼として巨人になることが度々あった。だから、その気持ちはよーくわかる。
 だが、目の前でそれをやられると、背筋も凍るようだった。壁一枚隔てた先で、巨木のようなブーツが動いている。小窓を覗けば、瓦礫に埋もれた中から、傷ひとつない巨大なブーツが埃を巻き上げて持ち上がるところだった。


 天子は立ち並ぶ家々を見下ろして嗤った。たった10倍の少女が足を踏み入れるだけで簡単に壊れてしまう人間の家。身長16メートル。5階建てのマンションに相当するその巨体で、脚を高く持ち上げ、せいぜい太股のあたりまであるかないかの家々を情け容赦なく踏み潰していく。
 いつものロングスカートではなく、ミニスカートなので足を上げるのも楽だし、足元も良く見えるのだ。
 けれど、このサイズで街を踏み潰して回っていてはさすがに疲れるし、逃げ切られてしまう。
「ここは少し、大きくなろうかな?」
 天子から見て、ダンボールを組み合わせて作られたような家々を踏み壊しながら、早苗が居るであろう場所の周辺から遠ざかる。10倍サイズの巨人の足はとても速く、程なくして範囲外に出た天子の体はまた巨大化を始めた。一歩、また一歩。踏み出すたびに、その距離の20分の1が身長に加わる。巨大化が再開してから20歩ほどで、天子の体は望みどおりの大きさになった。
「ふふっ、これならいちいち足を上げなくても、家くらいだったら踏み潰せるわね」
 身長およそ50メートル。さっきの3倍もの大きさになった天子は足元を見下ろして微笑む。10倍サイズの自分の付けた足跡が、とても小さく見える。こんなに小さかったのに、人間は天子の足に踏み潰され、太股と壁の間に押し潰され、抵抗することもできなかった。それから見ると、今の自分がいかに巨大で強大な存在かがじわじわと伝わってくる。
「さて、どうしてやろうかしら……?」


「うわ、天子さんが大きく……」
 瓦礫の道が続くその向うに、遠ざかったはずなのにさして小さく見えない天子の後姿が見える。このゲームのルール上、巨大化直後の位置関係はその身長の20倍の距離に当たる。なのに、あまり遠くに見えない。あの大きさ、50メートルといったところか。2階建て程度の低層建築が立ち並ぶこの住宅街において、15階建て相当の天子の巨体は大きく聳えて見えた。
 その彼女が振り返り、こちらにむかって一歩踏み出す。雷鳴のような轟音と、腹の底に響き渡る地鳴り。次いで、大揺れが早苗を襲う。さっきまでの天子の3倍の巨体。それ即ち、質量で27倍。足を持ち上げる高さも考えれば、さきほどまでの81倍ものエネルギーが大地を揺さぶるのである。これはひとたまりもない。コンクリートの破片がぱらぱらと降り注ぎ、早苗の頭をこつんと叩いた。はっと我に返る早苗。梁を失い突っ立っているだけの壁がぐらぐらと揺れる。
「逃げなきゃ……!!」
 早苗が風を巻いて飛びのいた次の瞬間、天子が踏み出した二歩目の衝撃で壁は倒れるようにして崩れ落ちた。触れてすら居ないのに、歩くだけで周囲の物を破壊できる。これが巨大娘の力。
 さっきまでは家を蹴り崩しながらであったが、今は家を上から踏み潰すことができる。行きと違って、天子の接近する速度は凄まじいものだった。
「きゃぁっ!!」
 家々の間をすり抜けるようにして飛んでいた早苗が、突然横様に吹っ飛ばされた。もう、追いつかれたらしい。壁に背中を打ち付けられ、一瞬揺らぐ視界。その中に、砂煙を上げて家と置き換わる巨大なブーツの姿を見た。見上げれば、ここはミニスカートの傘の下。桃色の下着に覆われた、可愛らしい天子のお尻が天を覆っている。彼女の股下に居るということは、それに次いで、右足が前に出るために振りぬかれようというところ。安心してなど居られない。
 ごおおぉぉ!
 低い唸りを上げてブーツが、家々を破砕しながら迫る。ブーツが蹴散らすその瓦礫に一つ一つが、凶悪な弾幕となって早苗に襲いかかった。飛んで逃げることはとても不可能。早苗は地に伏して瓦礫の嵐をやり過ごすしかなかった。今ここに足を踏み下ろされたら完全にゲームオーバーだ。
 靴の裏が、ものすごいスピードで早苗に迫る。車を3,4台まとめて踏み潰せてしまえそうな巨大な靴。もうおしまいか、と歯を食いしばる早苗。だが、天子の巨大なブーツは早苗に気づくことなく、彼女の頭上を通り過ぎた。ものすごい風圧に、早苗は危うく吹き飛ばされそうになり、コンクリート塀の溝に指を突っ込んでどうにか持ちこたえる。その直後、天子の巨大なブーツの踵が、早苗のすぐ上を掠め、つま先は別の家を蹴り崩した。
「ふふっ、早苗~? どこにいるのかしら?」
 天子は腰に手を当て、股を大きく開いた仁王立ちで街を見下ろす。たった今その早苗を瓦礫の嵐で殺しかけ、靴底のシミにしかけたのに気づいてもいないようだ。逃げ回る人間たちを楽しそうに見下している。
 そう、これは遊びなんだから、楽しまなければもったいない。
 天子は逃げ惑う人間たちの只中に、足を踏み下ろした。建物を踏み潰すのとはまた違った感覚。やっぱり、人間を踏み潰すこの感覚はなんともいえない。本来忌むべき行為なのに、誰一人それを止める事のできない優越感が体中を駆け巡るのだ。
「あはは! トロいわね。もっと早く逃げないと。そんなんじゃ私に踏み潰されちゃうわよ?」
 必死で駆ける人間の先頭集団に向かって、8メートル近い巨大な足を踏み下ろせば、アスファルトの上に紅い花が咲く。歩幅30メートル。たったの一歩で、人間が5秒近くかけて走る距離を移動できてしまうのだ。
 右足と左足の間に挟まれた人間たちはどちらに逃げて良いのか分からず、道の真ん中でうろたえることとなった。けれど、どちらに逃げてもその結果は変らないだろう。天子が足の向きを変えて、腰を落としたのだ。彼女のお尻が地面に衝突するまでの間に股下から逃げられる人間なんて居るはずも無く。
 音が運びきれなくなったエネルギーが衝撃波として放たれる。それはまさに至近距離で聞く雷そのもの。空を引き裂く轟音に続いて、舞い上がる土煙。天子が手を突いて立ち上がると、そこには彼女のお尻を象った可愛らしくも恐ろしいクレーターが穿たれていた。それを見て、お尻じゃなくて胸でもクレーターが作れたら良いのに。と、天子は一抹の寂しさを覚えた。
 一方、こんな至近距離であんな強烈な質量攻撃をやられたら早苗だって無事ではすまない。衝撃波に吹き飛ばされ、それに続く爆風にあおられてまるで埃みたいに宙に舞う。激しく天地が逆転し、失われる平衡感覚。どうにか持ち直すと、天子の姿は大分遠くなっている。このままでは再度巨大化を許してしまうだろう。たった30倍、50メートルですらこのざまなのだ。100倍、200倍、果ては1000倍にでもなられたら、一歩一歩がいまの尻餅なんかと比べ物にならないほどの威力になってしまう。
 身長の20倍。今ならば、半径1キロ以内にいれば再巨大化を防ぐことができる。けれど、歩幅30メートルの天子がその気になれば早苗から距離を開けることなど簡単。なるべく近くにいなければ。かといって風を操って近づくとなれば、人間一人を浮かせるだけの風というのはかなり強烈だ。多分気づかれる。そういうガチンコ勝負はまだ早い。
 なんて考えているうちに、天子は逃げる人間たちを追って歩き出してしまった。
「まずいです……このままではどんどん不利に……!」
 走っていくわけにも行かないし……などと考えていた早苗の視界に、路線バスが映り込んだ。



 天子は足元の低層住宅を蹴散らし、その感触を楽しむついでに早苗を探していた。あまり真面目に探すつもりはまだない。せっかく巨大化したのだから、それを精一杯楽しまなければ損だ。ある程度の位置だけを把握しておいて、終了ぎりぎりにでも踏み潰してやれば良い。
 家々の潰れる感触を楽しんで歩き回っているうちに、天子の体は再び巨大化を再開する。どうやら、早苗との距離が1km以上となったらしい。
「この際だから、もう少し離れて身体を大きくしておこうかしら」
 ずしん、ずしん。道も何も関係なく、直線距離で遠ざかる天子。その歩幅は50メートル、60メートル、そしてやがて80メートルを超え、身長は160メートルへと至った。最初の10倍サイズの自分ですら、踏み潰せてしまう大きさ。このサイズになると、周辺には自分より大きなものが何もない。10階建てのマンションですら膝にも及ばないのだ。
 ひしめく住宅街に、24メートルの巨大な足を踏み下ろせば、足の下でいくつもの家が潰れる感触。10倍や30倍でも良いけれど、やはり圧倒的な大きさをもって相手を踏みにじってやるのが一番気持ち良い。
「うーん、どうしようかしら。もっと大きくなっておこうか……」
 天子は早苗がいるであろう方角から一歩遠ざかるように踏み出した。しかし体は大きくならない。どうやら早苗が範囲内に入ったようだ。
「む、風の動きは変わりないのに……どうやったんだろう?」
 普通の人間の足では、天子に追いつくことなんてできるはずがない。一歩踏み出せば80メートルなのだ。
「とすれば、何か乗り物を……使って……」
 天子の足元を、通り過ぎる路線バス。何もかもが天子から逃げていくような中で、平然と天子の近くを走り抜けていくその動きはとても異様だった。
「待ちなさい」
 天子は目の前の区画を跨ぎこし、一本向うの道路を走っていたバスの前にずしんと足を踏み下ろした。盛大なブレーキ音を伴って、バスは急停車する。

 一本むこうの道なら大丈夫と思っていたが、甘かった。早苗は、自分が巨大娘になったときのことを思い出して、そう思った。なにせ、こちらからかなり距離があるように見えても巨大娘からすれば一歩圏内なのだ。加えて、相手はこの街を地図のように俯瞰できる。見つからないはずが無かった。
「ぼーっとしてないで、バックしてください! 潰されますよ!」
 運転手に刃物を突きつけて叫ぶ早苗。立派なバスジャック犯である。
 目の前で、天子の巨大なブーツが、メキメキと音を立てて地面に沈み込んで行く。その歪みに引っ張られ、耐え切れなくなった電柱が道路に向かって内向きに倒れ込んだ。
 早苗に言われて慌ててギアをバックに入れるも、時既に遅し。反対側の足が道路を塞ぐ。万事休すだ。
「……巻き込んでしまってごめんなさい。彼女の狙いは私です。あなたはもう逃げてください」
 運転手を解放し、一人バスの中に残った早苗。踏み潰されるのは今か今かと観念して待っているが、しかしその時は来ない。
 かわりに、巨木のような指が、がっしりとバスを捉えた。急激にかかる上昇のG。
「つかまえた!」
 上昇から減速に転じる一瞬の無重力。どうにか顔を上げると、フロントガラス越しに天子と目が合った。フロントガラスいっぱいに広がるその紅の瞳と。
「て、天子さん……」
 あり得ない力のかかり方に、バスの車体がみしみしと歪む。このまま握りつぶされてしまうのだろうかと身を硬くした早苗であったが。
「早苗、私が小人役の時はいっつも私を使ってえっちなことしてくれるわよね……だから、私もたまにはやってみようかなって」
「え……」
 早苗がバスから飛び出そうとしたときにはもう遅かった。天井に叩きつけられる急激な下降。そして暗転。ミニスカートの傘の中に入ってしまったらしい。闇に目が慣れると、既に天子は下着を脱ぎ捨てていた。整った割れ目が、指で押し広げられ肉の花を開かせる。
「嫌ぁ! いや、別に天子さんが嫌いなわけじゃないですけど……でも待って、心の準備が……!!」
 早苗の声なんて届かない。バスは天子の肉を押し広げ、膣の中へと沈み込んで行く。もう既に大分濡れていたのだろう、なんの引っかかりもない。くぷ……という音を残してバスは完全に天子の膣内に納まってしまった。
 専ら巨人となって電車やビルを飲み込む側だった早苗にとっては、これは耐えかねるものだった。なにせ、巨大娘の膣内に飲み込まれたものの末路を自分でよくよく知っているのだから。人間が作った構造物ごときが、巨大娘の膣圧に敵うはずもないのである。
 圧に耐えかね、窓が割れる。流れ込んでくる、膣壁からの分泌液。やがてフレームがひしゃげ、今にも押し潰されそうだ。天子が気まぐれにキュッと締め付ければ、ゲームセットだろう。
 ドクン、ドクン。天子の脈動が、そして彼女が快感にあえぐ声が身体に直接伝わってくる。それが早苗に、自分は天子の体内に閉じ込められているのだという実感を与えた。
「あはっ! 早苗~、私の中はどう?」
 天子はたったいまバスを飲み込んだばかりの割れ目をそっと指でなぞった。このまま締め付たくなるのをぐっとこらえて、彼女は歩き出す。ここで終わりにしてしまうのはつまらない。もっともっと、大きくなって楽しまないと。
 天子は町を踏み潰しながら、都心へと向かった。立ち並ぶビル郡。中には、天子よりも大きなものがいくつも散見される。これならば、楽しめそうだ。
 絶妙な力加減できゅっと膣を締めると、バスが膣内でぐにゃりと変形するのが分かった。でも、早苗は潰れていない。
「さ、出てきなさい」
 大勢の人間が見上げる中、天子は何の恥じらいも無くミニスカートをめくり上げ、露出した秘所を指でまさぐる。色っぽく可愛らしい喘ぎ声がビル郡に反響し、続いてにゅぷっ、という生々しい音ともに愛液まみれでぐしゃぐしゃになったバスが姿を現した。あの様子では、いかに風祝といえど脱出には時間がかかるだろう。
「じゃ、頑張ってね」
 天子はそのバスを近くのビルの屋上に置いて、そして早苗に背を向けた。


 早苗がバスから出ることができたのは、その1分後であった。ぐしゃぐしゃにひしゃげたバスのなかから1分で出られるのだから、常人とはやはり一線を画すのだが……しかしこの状況でその1分は大きすぎた。天子の姿がないのだ。おそらく、狙いは超巨大化。このゲームのルール上、どんなに離れても帰りは身長の20倍の距離を歩けば良いだけなのだ。
 加えて、早苗にとってこの場所は最悪だった。ビル郡というのは、風の迷宮なのだ。上昇気流、下降気流、風のない淀み。ビルの周囲はわけのわからない風の巻き方をしており、とてもじゃないが操れるものではない。いわば翼をもがれたも同然なのである。
 どのくらいの大きさになって現れるだろうか。ビルをいけないオモチャにできる1000倍? それともいっそのこと1万倍?
 しかし早苗の想像は甘かったことを、思い知ることとなった。地平線から現れる、見慣れた帽子。次の一歩で、天子の胸の辺りまでが地平線上に現れる。凄い速度だ。あれは……1万、いや、そんなもんじゃない。富士山だって何の造作もなく踏み潰せてしまう大巨人、10万倍だ。
 早苗はビルの上にへなへなと崩れ落ちた。この勝負、完全に負けだ。あんな巨人から、逃げられるわけがない。関東で寝そべれば、頭は埼玉にあっても、つま先は横浜にあるような巨大娘だ。
 天子の足までが地平線上に現れたその時、早苗は天子がブーツをはいていないことに気がついた。まぶしいほどの、白く美しい素足。形の整った足の甲がいよいよ地平線上に姿を現し、その指先が大地を捉える。
 立っていられないほどの激しい揺れ。免震構造のビルが、一斉に身もだえする。「へっへ~ん。どう? 凄いでしょう?」
 天子はしゃがみこんでビル郡を見下ろした。太陽の光を遮り、局所的な夜を作り出す。
 天子が手を伸ばすと。それは信じられないほど大きく、大きくなって視界のほぼ全てを覆う。けれどこれはまだまだ、遠く。天子の指はビル街のはるか彼方に突き刺さった。そしてそのまま地盤をえぐるようにして持ち上げる。一瞬にして天空の城となったビル郡を、天子は手に持っていたブーツの中にそっと置いた。何をする気なのかは、誰の目からも明白。完全に早苗の逃げ場を奪った上で、このままブーツを履くつもりだ。
「ねえ、早苗? いる……? いるわよね。ふふっ、どうかしら? どこにも逃げられない無力感は」
 砕けた大地を引きずって、天子の足が持ち上がる。この世のどんな山脈よりも大きく、重く、荘厳で、雄大。ブーツの底から見上げる丸く切り取られた空。その空に、陽光を背負って影を落とす足。それは恐ろしくもあり、また一種の神々しささえも感じさせるものだった。
 天子の足裏から落ちる岩石が大気の断熱圧縮で燃え上がり、光の尾を引いて街を次々と爆撃する。暗いブーツの中を筋走る幾千もの流星群。それはまるで神話に描かれるこの世の終わりのよう。
「クスクス……逃げても良いのよ?」
 天子はわざわざ持ち上げた足を一旦下ろして、ブーツの中を覗きこんだ。愛らしくも、意思の強そうな瞳が、愉しそうに笑っている。
「ま、どこまで逃げても私の靴の中なんだけどね!」
 天子は身体を起こし、いよいよブーツの筒口につま先を入れた。先ほどまでも高めだった靴の中の湿度が、一気に上がる。筒の隙間から漏れ入る光に、天子の足にうっすらと浮かび上がる艶やかな露がきらりと輝く。柔らかそうで、しっとりと暖かそうなその足が、どんどん高度を下げてくる。まさに、天が落ちてくるようなものだ。
 早苗は閉じ込められた靴の中で、どうにか風を操って外に出れないかと飛び上がった。けれど、そのブーツの筒口は近くに見えてはるか遠い。あっという間に空気が薄くなってしまうほど。それで振り返ってみると、ブーツの筒口よりも今飛び出してきた靴底のほうが近く見える。これでは出るまでに20分はかかってしまうだろう。
 そうこうしているうちに、天子のつま先が靴底を捕らえた。それにあわせてブーツが僅かに身もだえする。その衝撃に煽られて、早苗は乱気流の渦へと落下してしまった。天子からすれば、ほんの僅か靴が動いただけに過ぎないのに。
「ふふっ、踵と靴底の間に入っちゃったわね。どうぉ? 怖い? 怖いわよね」
 天子が煽る。役割が逆の時には、いつも早苗が天子にしているように。故に早苗は、その煽りを少し心地よく感じた。
 少しずつ、少しずつ狭まっていく世界。視界の全部が天子の足裏で覆われてもまだなお近づく、大きくなる。
「それじゃ、終わりにしよっか」
 天子が踵を下ろし、早苗の視界が闇に染まる。ゲーム、セット。


 この世界のどこにでもあって、どこにも無い場所。スキマ妖怪の住処で、蒼髪の少女と緑髪の少女が談笑している。先ほどまで外の世界で暴れまわっていた天子と、それにつき合わされていた早苗だ。
「というわけで、今回は私の勝ちね!」
 無い胸を張って勝ち誇る天子。
「最初のジャンケンの時点で結果は決まってるようなものですからね……」
 しょんぼり気味の早苗が、ぐったりと天子の背中にもたれかかる。実際のところ、大事なのは勝敗ではなく、その過程を楽しむことにあるのだからそれでいいのだけれど。
「二人とも、お疲れ様」
 早苗と天子が縁側でだべっていると、家の中から金髪の美少女が現れた。ゲームの提案者である八雲紫だ。
「あ、紫さん! 今回もゲームに誘っていただいて、どうもありがとうございました。今回は私は巨大化できなかったですけど……また機会がありましたら」
「いいわよ。今回のはちょっと記録もとらせてもらってるしね」
 八雲紫はいつも通りの胡散臭い笑みで早苗と天子の肩を抱く。昔は外の世界に遊びに行くたびに記録をとっていたけれど、そういえば最近は巨大化遊びをしてもそっちのほうはめっきりであった。
「あんたが記録をとるなんて、珍しいわね? なにかあったかしら?」
 天子が首をかしげ、紫はその問いに「さぁ?」とだけ答えた。
 10月5日は天子の日。