俗に、人間の体はおよそ60兆個もの細胞で形作られていると言われる。その60
兆個の一つ一つが役割を持ち、複雑な機構を持ち、生まれ、分裂し、そして寿命
を迎えて死に至る。ミクロ単位で人間というものを見たとき、細胞を個として捉
えた時。人間は多数の生き物が寄り集まって出来た複合体である事に気づかされ
る。

 とすれば、人の社会はどうか。細胞がひとつの生体を形成するのと同じよう
に、人の社会も多くの個が集まりひとつの巨大な生き物を形成している……と捉
える事が出来るのではなかろうか。町も、国も。いや、社会に限らずこの星その
ものが巨大なひとつの生命体なのではなかろうか。

 そんなガイア理論的な見地からすれば、町に対しても薬というのは有効に働
く。そしてそれを実証した少女が一人、今日も薬箱の蓋を開ける。

「はぁ~、今日も一日疲れたぁ……」

 箱を開けるなり、少女は深く疲弊したため息をついた。

 見た目には、ブレザー姿の女子高生、といったところか。足首まで届くような
薄紫の長髪を畳の上にさらりと広げ、逆座でぺたんと座り込んで疲れに首を傾け
る。彼女の頭についているヨレヨレのウサ耳が、力なく揺れた。

 鈴仙・優曇華院・イナバ。それが彼女の今の名前であった。これだけ複雑で長
い名前を引きずっているのには、それなりに複雑で長い事情があるのだが、それ
を語るにはそれなりに長い時間を要するので割愛とさせていただく。ようするに
彼女は苦労人なのである。

 過去いろいろあって、今はなんとか落ち着いているがそれでも彼女の苦労は耐
えない。人里に行きたくないのにお使いに行かされたり、上司と部下の板ばさみ
になったりと。

 そんな彼女にも……否、そんな彼女だからこそストレスの捌け口というものが
必要だった。今まさに彼女の前にある薬箱こそがその手段に他ならない。

「みんな、今晩は。今夜も私の疲れを癒してくれるかな?」

 彼女は箱に向かって微笑みかける。箱の中の、小さな小さな町に。

 薬箱の中の町は、今宵も始まる破壊と殺戮に恐怖し蜂の巣をつついたような騒
ぎとなっていた。一部の人間は諦観の域に達し、この町のどんなビルよりも高い
壁の向こうからこちらを見下ろして微笑むウサギの少女を見上げている。

 ずっしん!!

 ウサ耳少女の、美しくほっそりとした指が街の中に突き立つ。それは華奢でた
おやかで、しかし荘厳で華麗で圧倒的。片側2車線の通りを塞ぎ、そして衝撃で
その両脇のマンションを瓦解させていた。

 そして彼女はそっと愛でる様に、その指で道路をなぞる。

 金属のひしゃげる甲高い悲鳴と共に、車たちがその指の下に次々と飲まれ消え
ていく。砂埃を立て、火花を散らし、並木、電線、人間の区別無くその指の腹で
押し潰す。

 彼女の白く柔らかい指に圧し掛かられたものは、苦しみすら感じる間もなく地
面と同化し、そして引きずられて真っ赤な線になる。あるいは、千切れた破片が
僅かに残された歩道の上に散らばるのみだった。

 自分の指の腹で小さな命がいくつもプチプチと爆ぜて行く感触を確かめると、
彼女はその紅玉の瞳を細めて恍惚の笑みを浮かべる。

「ほらほら、今夜もがんばって逃げないと、苦しいよ? 痛いよ?」

 ――今夜も。

 彼女の言葉の意味は、すぐに分かった。歩道に散らばった肉片たちが、空気に
溶けるようにして消えたのである。それが何を意味するかは、先ほどの彼女の言
葉から察するに明白であった。

 たった今彼女の指に潰され、死の苦しみを味わったはずの人間たち。彼らはこ
の町のどこかにリスポーンしたのである。

 そう、この町に囚われた人間たちは、決して死ぬことが許されない。いや、人
間だけではない。町そのものが、死ぬ権利を、終わりを奪われているのだ。

 彼女の師匠、八意永琳の技術の結晶、蓬莱の薬によって。

「ふふっ……いいよ、もっと騒いで……私を恐れて」

 鈴仙は薬箱の前側の錠を外し、薬包紙に乗った町を引っ張り出した。彼女の薬
箱の底に繁茂する町は1000分の1のサイズにまで縮小され、20の区画に分けて管
理されている。今彼女が取り出したのは中心のビル街から最も遠い区画、住宅
街。

「今日はまずあなた達からね」

 薬包紙に乗った町を持ち上げ、そしてそっと、壊れないように掌の上に置く。
もちろん、彼らを気遣ったわけではない。彼らをもっと怖がらせるためにだ。

「さて、どうしてほしい?」

 町を顔の高さまで持ち上げ、そして微笑みかけた。その笑顔の可愛らしい事、
そして恐ろしい事。

 なにせあの少女はこの町を手の上に載せているのだ。もう片方の手を上から重
ねるだけで、ぺちゃんこに出来てしまう。

 けれど彼女はそんなに簡単には終わらせない。

「情けないなぁ、みんな怖がっちゃって。どうせあなたたちは何をされても死な
ないんだからいいじゃない」

 はぁ、とため息をつくと、その桜色の唇から漏れた吐息が町を凪ぐ。それは彼
女にとって見ればほんの小さな空気の流れ。しかし掌の上の町からすれば嵐のよ
うな突風だった。乱された気流が渦を巻き、町を引っかく。人が巻き上げられ、
あるものは町に叩きつけられ、またあるものはそのまま街のかなたまで吹き飛ば
されて鈴仙の制服の上のどこかしらに落っこちた。

 もちろん、鈴仙からすればそんな些細な事は気に留めるまでもない。

「じゃぁ、返事もないしこうしちゃおうかな」

 ピンク色の艶かしい舌が、彼女の花の唇を割って現れる。彼女の唾液で妖しく
きらめくその舌が手のひらの上の町へと迫った。

 そして接触。住宅の屋根に圧し掛かり、そしてそのまま押し潰す。舌の先端が
まずは一軒。そして舌は形を変えて次々に、周囲の家屋を押しつぶして接地して
行く。

 それをわざと、ゆっくりと行う鈴仙。この破壊を見せ付けて、恐怖を煽るのが
最高に楽しいのだ。人間たちが、自分の舌で押し潰されてシミになる。その血の
味が、妖怪である彼女を興奮へといざなう。

 ざりっ。

 舐め取る。町を。

 ざりっ、ざりっ。彼女がたった数回舐めただけで、そこにあった町は跡形も無
く消滅していた。人間もなにもかも、今は自分の口の中にある。唾液で人をおぼ
れさせ、巨大な歯で車や家の残骸を噛み潰し。

 そして、小さく喉を鳴らした。

「うふっ、ごちそうさま」

 鈴仙は唇に指を当て、可愛らしく首を傾げて薬箱を覗き込んだ。先ほどまで町
が乗っかっていた薬包紙をひらひらと振って見せ、それを薬箱の中の町に投げ入
れると、薬箱から感じる恐怖が大潮のようにどっと押し寄せてくる。無理も無
い。それは自分たちの未来そのものなのだから。

「さて、次はどこにしようかな?」

 興奮に頬を赤らめて、優曇華は薬箱の中の町に話しかける。口の中に残る人間
の血の臭いに、そして集まる恐怖にすっかり陶酔して、彼女の大事なところは既
に刺激を待ちわび切なく疼いているのだ。

 もとより、この町はそういう目的であの妖怪、八雲紫から貰い受けたものなの
だから。使わなければもったいない。

 彼女はブレザーを脱ぎ捨てて、そして座り方を変えて股を開いた。真っ白な太
ももが左右の視界を眩しく覆い、スカートの闇の中には桃色の可愛らしい下着が
覗く。薬箱を股の間に入れて座ったのだ。それでも彼女の美脚山脈の頂上、折り
曲げられた膝は壁のむこうから覗いている。それは絶望の具象。自分たちの住む
無間地獄を股の間に、ややもするとスカートの中に仕舞ってしまえるほどに、彼
女が巨大だという事。

「じゃぁ、こんどはあなた達」

 彼女は手前の町が潰れるのにも構わず奥の町を引っ張り出し、そして持ち上げ
た。薄い桃色のブラウスの向こう側に、ブラジャーが透けて見える。それはまる
で、大気を通して見える遠方の山のようでもあった。

 彼女の乳はさして大きくないほうではあったが、それでも縮小された彼らから
すれば十分すぎる山なのだ。

 そして鈴仙は慣れた手つきで、片手だけでブラウスのボタンを外して行く。す
べらかな肌が露になり、可愛らしい鎖骨が覗く。谷間は出来ないけれども、それ
でもあるとはいえる胸。その下着を、彼女は引っ張って真っ白で柔らかそうな乳
を露出させた。

 何千人もの人々の前で、乳を露にする自分。羞恥しないわけでもないが、しか
し彼らが自分を犯す事はできないし、蔑むこともない。まして欲情など……い
や、するかもしれないけれど関係ない。所詮ちび虫、この胸でぺっちゃんこに押
し潰してあげるだけなのだから。

 前かがみになり、ブラのカップに上手く町を載せて手を離す。

「んぁっ……小さい建物がいっぱい乳首に当たって気持ちいいっ……!」

 今ブラの中にある町はどんな気分なのだろうか。空一面のおっぱい。そこから
町に突き立つ乳首の巨塔。この巨大な少女が体を起こして胸を張れば潰れてしま
う、そんな滑稽な恐怖を感じているのだろうか。

 反対側の胸にも同じように町パッドを仕込み、そして彼女はいよいよ中心部の
ビル街に手をかけた。

 ビル街とはいってもそこまで質のいいものではなく、いわゆる雑居ビル郡であ
る。けれど彼女の遊び方なら、別にこれでも問題なかった。体勢を変えて、薬箱
をまたぐように膝立ちになる。そしてパンツの紐を解いて、はらりと脱ぎ捨て
た。

 スカートの傘の下、薬箱の中の町全体に恥部を露出して頬を赤らめるウサギの
少女。少し恥ずかしいけれど、それでも次の瞬間にはきっとどうでもよくなって
るんだから。

 持ち上げたビル街は、何の迷いもなく彼女の秘所へと向かっていく。浅く早く
なる呼吸。性的興奮に喉が渇き、今か今かと刺激を待ちわびる。

「ふぁっ……んっ……」

 ぴとり。あそこに町が接触したのがはっきりとわかる。ビルの頭を砕き、角に
刺激を求めて、鈴仙はその町をさらに強く押し当てた。

 ひくひくと蠢く陰唇にほとんどのビルが砕かれ、そして運のあったものだけが
彼女の中へと侵入を果たす。

「んあっ、っ……あぁん!!」

 それでも、鈴仙の手は止まらない。止まるはずがない。もはや彼女に出すら歯
止めが利かないに違いないのだから。

 町の乗っかった薬包紙を割れ目に食い込ませ、押し込む。ビルが砕け、鉄骨が
膣壁を激しく刺激し、そしてその残骸と膣壁の間で無残に潰れて行く人間たちを
感じる。

 あまりの快感に指をくわえ、そして身を捩ると先ほど胸に仕込んだ町がプチプ
チと爆ぜて彼女に追い討ちをかけた。

「ああっ、イイっ!! いいっ……!」

 町を感じられなくなった薬包紙を適当に放って、薬箱に手を伸ばす。吟味する
間もなく彼女の手には新しい町が握られ、そしてそのまま怪物のような、しかし
見事で可愛らしい彼女の女性器に押し当てられ、くわえ込まれ、そして膣の内側
で砕かれる。

 まるでわんこそばのように次々と町をお代わりし、身を捩り悶え、下の口でた
いらげていくウサギの少女。快楽の虜となり、死ねない人々を性のおもちゃに弄
ぶ罪な獣。自分を客観視して、その背徳的な姿にさらに増す興奮。

 彼女の遊びは、結局のところ町を全て食べ終えてからようやく絶頂を迎えた。

 まだ熱く体が火照るなか、彼女は達したことによる満足感の余韻を味わいなが
らも新しい薬包紙を薬箱の中に敷いていく。

 明日には、また元通りになっていることだろう。

 蓋を閉め、錠をかけると思い出したかのように疲れが襲ってきて、鈴仙を眠り
の淵へと誘った。そのまま倒れ掛かるようにして、町の入った薬箱を抱きしめる
ように、彼女は眠りへとおちていった。