「うちのお嬢様と妹様になんてことをしてくれたんですか!!」
ずっしん! 巨大な黒いハイヒールが路肩に駐車してあった車を踏み潰し、アスファルトを砕いてめく
れ上がらせる。その巨大な脚の持ち主は、先日現代入りした姉妹に仕える少女、十六夜昨夜。銀髪
をセミロングに整え、左右のもみ上げを三つ編みに結っている。頭部にはヘットドレス。服はそれにふ
さわしいメイド服。眼の色は空を映し出す澄んだ青。すっと通るような高く美しい鼻筋。白磁の肌に均
整のとれた顔立ちは完璧の二文字が相応しい。
「あら? 2人ともかなり楽しんでいたけれど?」
対するは、蜂蜜色の長髪を有した少女。幻想郷でその名を知らぬ者などいない、泣く子も黙る大妖
怪。八雲紫だ。
 人間の街の中で相対する2人の少女の身長はどちらも80メートル前後。周囲の街には2人がここに
来るまでに踏み潰してしまったと思われる建物がいくつも見て取れた。
「問題はそこではありません。その記録を貴方が有しているという事。今すぐそれを全て削除して下さ
い」
「嫌よ」
紫は彼女の要求をひとつ返事ですっぱりと断った。
「そこを何とか……」
咲夜は少々苛立ったが、ここはなんとか穏便に事をすませたかった。相手の実力は互角以上故に要
らぬ戦いは避けるべきだ。今しがた踏み潰した自動車を足でぐりぐりと踏みにじりストレスの逃げ場を
求める。
「ふふ……貴女も妖怪退治の道に生きるものならば」
そんな咲夜の心中を察してか、先に挑発をかけたのは紫であった。
「その銀のナイフで私を従わせては如何かしら!」
ばっ!! 紫が後方へ跳躍するのと、咲夜が地を蹴って紫の懐に飛び込むのとがほぼ同時であっ
た。ずっしん!! 咲夜の巨大な脚が2階建ての住宅を踏み潰し強烈な踏み込みを行う。踏み込みと
同時に突き出された右手は飛び退った紫の服の裾を掠めた。咲夜が手に持ったナイフはさっきまで
紫がいた空間を虚しく斬り裂くこととなったが、ナイフには剣のように振り抜いた際の隙は出来ない。
すかさず手に持ったナイフを下投げで紫へと投げつけ、左足についているバンドからナイフを引き抜
き構え直す。牽制のために投げたナイフは地面に着地した紫の僅かに上を掠めて飛び去って、はる
か後方の地面に落ちて大型のトレーラーに突き刺さり。
「あっぶなああああぁぁ!! 戦闘するなら等身大でやってちょうだい!!」
すぐそこにいた少女の絶叫を誘った。
 その少女の名、比那名居天子。長くてしなやかな蒼髪がチャームポイントの天人の少女。彼女の視
点から見ると、街はもう大変なことになっていた。なにせぶらぶらと歩いているだけで脅威になる巨大
娘が二人もいて、それがあろうことか戦闘を始めてしまったのだから。人間サイズから見れば、塔の
ような巨大な脚がものすごいスピードで動かされ、何もかも踏み砕いてしまう大災害である。本当に
何もかも。鉄だろうが木だろうがコンクリートだろうが。
 今度は紫が攻勢に出た。スキマの中からいつもの日傘を取り出し、それを振るって咲夜に迫る。た
だの日傘と侮るなかれ。彼女の傘は先端が鋭利な刃となっているのだった。
「っ!」
咲夜が必要最小限の動きでそれを交わすと、外れた軌道は5階建てのマンションを巻き込んだ。それ
をバターのように斬り裂いて、紫の傘は8の字軌道を描き再び咲夜を襲う。ずし、ぐしゃっ! 咲夜が
1歩後ずさると、そこにあった不運な建物は何の抵抗もなく踏みつぶされてしまった。戦闘中なのに、
咲夜はそれが少しおかしくて笑ってしまった。自分が、相手との間合いを取るために何の気なしに後
ろに踏み出した脚が建物を踏み潰してしまうなんて。
 それはそうと。咲夜は気を取り直して相手の傘の軌道を見切ると、タイミングを見計らって相手の手
を蹴上げ、出来た隙に向かってナイフを突き出した。その動きに巻き込まれた瓦礫や車が宙を舞う。
「おっと危ない」
がっし! 紫があいている左手で咲夜の右手を掴みそれを止める。咲夜が左手での追撃を行う間も
なく、紫は咲夜の腹にひざ蹴りをねじ込んだ。
「きゃああぁぁ!!」
少女のものとは言え、さすが妖怪。咲夜はその衝撃で吹き飛ばされ、そして住宅のひしめく街の上に
背中から滑り込んだ。激しい土煙を上げながら、咲夜の体は並べられた小さな箱達を粉々に砕き
滑って行く。重さは倍率の三条で重くなるが、摩擦力は倍率の二乗にしかならない。故に等身大の時
よりも遥かによく滑るのだった。滑っている状態でどうにか体勢を立て直す。大股に開いた脚と足が、
街に巨大な2本の溝を穿った。踵でブレーキをかければ、たった80メートルの少女とは言え局地的
な揺れが周囲を襲う。
「チッ……よくもやってくれましたね!!」
もうもうと立ち上る砂埃を裂いて、幾筋もの銀の閃光が紫めがけて放たれた。あまりの速度、そして
その大きさ故に空気との摩擦で煌めく尾を引いてナイフは飛ぶ。
「いえいえ、どういたしまして」
紫は日傘を構え、舞い踊る様に立ちまわりナイフの軌道を逸らす。遊惰でありながら隙のないその舞
いは、相手との距離を詰めるものでもあった。
「っ!!」
身を交わすと、さっきまで咲夜の頭があった辺りを傘が掠めた。隙あり。咲夜は今度はさらに身を低く
し、自慢の美脚で強烈な足払いを放つ。弧を描く靴の軌道にあった建物はことごとくそれに巻き込ま
れ、爆ぜるようにして吹き飛ぶそれらが蹴りの威力を物語る。
 だが紫はその動きも完全に見切っていたのか、咲夜の足が直撃する寸前に一歩下がってそれを交
わす。続いて繰りだされた咲夜の後ろ回し蹴りを左手で軽く受け流し、追撃に突き出されたナイフも
咲夜の手首をがっしと掴んで受け止めた。
 またひざ蹴りを喰らう! 咲夜は先程の攻撃を危惧して膝を上げ、それを迎え撃とうとした。だが紫
の行動は咲夜の予想とは違っていた。そのまま手をぐいと引っ張られ、後ろ向きの力に対して構えて
いた咲夜は重心を崩された。そしてそのまま振り払われたのだが……この威力がまた尋常ではな
い。腕が外れるかと思うほどの力でひきつけられ、そしてその勢いで後方へと投げ飛ばされる。ただ
それだけの動作で、咲夜はその身長の何倍もの距離を吹き飛ばされた。ばきばきと街を破壊し、滑り
込む咲夜。
「く……紫の体術は馬鹿に出来ない」
だからと言って弾幕も……妖々夢のファンタズムで痛いほどその強さを知っている。こうなったら、少
しずるいが能力を使わせてもらおう、と咲夜はそう考えた。彼女の空色の瞳が、本来人にあるまじき
能力の発動により紅に染まる。
「幻世『ザ・ワールド』ッ! 時は止まる!」
彼女の能力。即ち時を操る程度の能力。時の流れを遅くしたり速くしたり、一時的に止めたりできる
力だ。が、この能力は人間である彼女にとってはかなり負荷の大きい物ともなる。主に、寿命的な意
味で。止まった時の中でも、彼女は普通にその寿命を過ごしている。つまり相対的に見て早死にとな
るのだ。本人にとってはどんな時間の中で過ごしても同じ一生なのであまり気にしていないようでも
あるが。
 咲夜は紫に歩み寄り、そして弾かれたナイフを拾い集めた。
「見えている分余計に怖かろう……なんちゃって」
手に持ったナイフを紫に向かって投げつける。咲夜の手を離れたナイフは能力の干渉を受けなくな
り、止まった空間の中にぴたりと凍りついた。このまま360度上下左右ナイフで覆ってしまえば私の
勝ちだ。咲夜はそう確信した。スペルカード合戦では避けられない弾幕は禁止だが、今回はそういう
ルールは無い。
 紫の周囲を完全にナイフが取り囲んだところで、咲夜は街に向き直った。咲夜にとって50分の1の
小さな町に。逃げ惑う人々も、車も、飛び立つ鳥も全て止まっている。一歩踏み出す。音もなく、一軒
の家が咲夜の脚の下に消える。だが、咲夜が直接踏んだ部分以外はまるで微動だにしない。隣家や
家の塀が崩れたりしてもおかしくなさそうだが、そういったことは再び時が流れ出した瞬間に起こるの
だ。止まった時の中では咲夜以外のものが変化を起こすことはあり得ないのだった。少なくとも、通
常は。
 同じ時を操る能力者ならば止まった時間も認識できるし止まった時間の中で自由に動ける。或いは
その力をはるかに凌駕する妖力を持ったものならば。咲夜はその可能性をすっかり忘れていた。故
に彼女は見なかった。紫の指が、止まった時間に抗ってゆっくり、本当にゆっくりと動き何らかの印を
結ぶのを。
「ふふ……小さいね」
音もなく、しかしその足は家を一軒一軒踏み潰しながら歩む。正確には彼女の足は完全に押し潰し
てしまう程の大きさは無いのだが、時が再び流れ出した際には跡型もなく崩れてしまうであろうほど
の損害を受けている。
「けど、なんにも反応が無いとつまらないなぁ……」
咲夜は家を踏み潰しながら考える。これでは、ティッシュの箱を潰しながら歩いているのと変わらない
のではないか、と。まぁ、紫もナイフに囲まれていることだしそろそろ時を動かしてもいい頃だろう。
「そして時は動き出す……」
カシャカシャっ!! 金属の擦れあう甲高い音。停止していた時間が再び動き出し、運動を再開する
ナイフ。残像をひいて獲物に襲い掛かるはずのそれは、虚空を貫き互いにぶつかり合って地に落ち
た。
「紫がいないっ!?」
慌てて周囲を見回すも、その姿は見当たらない。慣性を帯びたナイフが地面につき立ち、時の停止し
ている間に咲夜が踏みつぶした家々が煙をあげて無残な姿を晒すのみ。
「術が破られたか」
咲夜はどこから襲いかかってくるか解らぬ相手に警戒しつつ、次の手を考えた。ナイフは今ので全て
使ってしまった。時を止めて回収しようにも一度破られた術はもう一度破られる恐れがある。時間が
止まった世界で時を語るのもおかしな話だが、おそらくさっきよりも短時間で解除されるだろう。しかも
今は相手が見えない。故にどこからどんな反撃を食らうのか分かったものではない。
「くっ……」
紫がいるとすれば、スキマの中。少なくとも能力の干渉を受けない範囲だろう。いずれにせよ戦いに
決着をつけるにはどこからか姿を現さなくてはならない筈。たとえば背後や足元、死角をついて不意
打ちにする等。そのためにはあらかじめこちらの動向を窺っていなくてはならず、いわゆる”覗き穴”
に当たる隙間が出現するはず。その出現に気づき、一瞬でも時が止められたら。
「勝てる……」
咲夜はそう予測した。だが、正論に思えるそれは微妙に間違っていた。一つ要素が抜け落ちていた
のだ。
「ふふ……そんなに身構えなくてもいいのに」
咲夜が上方に気配を感じるのと同時に、そんなセリフが降ってきた。ただしその声は、巨大娘である
咲夜の鼓膜を持ってしても受け止めがたい強烈なものだった。対象を確認し、時を止めようと上を見
上げた時。咲夜の思考がぴたりと止まった。
「あら咲夜さん、そんなに小さくなっちゃってどうしたのかしら」
咲夜の思考から抜けていた要素。それは敵の強さが可変であるということ。即ち同じ大きさで紫が現
れてくれるとは限らなかったのだ。
 紫は奇襲のための覗き穴など開けず、天高くから堂々と現れたのだった。風が巻き、木々がなぎ倒
される。紫はその圧倒的な妖力で、信じられないほどの大質量を持つ自分の体をゆっくりと着地させ
た。その貫録、カリスマはまさに華麗臭。奇襲や不意打ちなどと言う戦法をあまり好まない彼女は、
正面から切り込んで絶対的な力の差で、しかし本気を出すことなく相手を平伏させるのである。
「あわ……あわわわ」
咲夜はあまりの事態に怖じ気づき、自身も身長80メートルの巨人であることを忘れ後ずさる。
「あっ! 咲夜さん危ない!!」
天子は思わず叫んだが、そんな声はもちろん慌てふためく彼女には届かない。10数メートルに及ぶ彼女の巨大な
足とて、街中を流れる川の川幅よりは小さいもの。後ずさった足が、その川に掛った橋を捉えてし
まった。いくら50倍の少女とは言え鉄筋コンクリートの橋がその重さに耐えきれるはずなどなく、橋は
咲夜のハイヒールに難なく砕かれる。
 落差7メートル。咲夜のヒールは川底に突き立ったが、等身大にしてみれば14センチもの落差。彼
女がバランスを崩すに、それは十分たる落差であった。いつもの彼女ならそこは飛翔して転倒を避け
ただろうが、ただでさえ慌てているところでの不意打ちとあってはそうもいかない。
「きゃ!? きゃあぁ!!」
咲夜の体がぐらりと傾き、そしてそのまま街に倒れかかる。盛大に砂埃をあげ、木材やら何やらの断
末魔をけたたましく鳴り響かせて、彼女は何の抵抗もなしに街の中に倒れ込んだ。いつもの完全で
瀟洒なメイドはどこへやら、理不尽なまでの力の差と恐怖に負けてとうとう彼女は泣きだしてしまっ
た。
「えぐっ……えぐ……もう、なんなんですかぁ! 私別に間違ったこと言ってないのに」
ぼろぼろと涙を流して理不尽を祟る彼女の顔はやはり年相応の少女のものだった。普段は言うなれ
ば”美人”と言ったところだが、泣き顔はどちらかと言えば”可愛い”部類に入る方だろう。抱きしめて
あげたい、そう思わせるような。
 紫も、そう感じていた。足元でなきじゃくる小さな巨大娘を、ぎゅっと抱きしめて愛でたいと。(紫から
見て)人形サイズの少女がこうして泣いているというのは、彼女の中の母性本能をくすぐるのだった。
だがそれとは裏腹に、もっと泣かせたいとも思ったのだった。泣き止んでしまったらつまらない。もっと
もっと、この子の可愛い泣き顔が見てみたいと。
「ふふ……間違っているかどうかは今決まったじゃない。戦いというのは交渉の延長線上よ。咲夜さ
ん。貴女はそれに負けたの」
「うぅ……」
返す言葉が見つからなかった。咲夜は恨めしそうに紫を睨みつける。
「あら……まだそんな顔するの?」
紫はクスクスと嗤い、そして足を持ち上げる。このまま踏みつけては……きっと痛いだろう。べつに彼
女を痛めつけたい訳じゃない。ただ、泣かせてあげたいだけ。紫は緋想天仕様の赤い靴を脱ぎ捨
て、白い靴下に覆われた足を小さな咲夜にゆっくりと踏み下ろす。
 人間、恐怖にとりつかれてしまうと声を出して叫びたくても叫べなくなる。声帯が緊張してしまうから
だろうか。或いは呼吸が無意識に浅く速くなるためか。とにかく咲夜はそのあまりの大きさに声を失っ
ていた。近付くにつれ大きくなる足。実際は紫の身長は800メートルほどで、その大きさは咲夜の10倍
でしかないのだが。しかし咲夜はそれにかつてないほどの圧迫感を感じていた。
 みしみしっ……。紫の足が咲夜に重くのしかかる。妖怪でも何でもない、人間である咲夜の上に。
「きゃ……ぁ……あが」
咲夜はそこでようやく悲鳴を発した。肺の中の空気を無理やり押しだされる形で。それは悲鳴と言う
には声になっていはいなかったが、それからして彼女がどんな苦痛を味わっているかが覗い知れ
た。全身の骨は軋み、臓腑は今にも限界を超えて破裂しそうに圧迫される。空気を押しだされた肺は
次の空気を満足に取り入れることもかなわず、浅い呼吸は意識を遠のかせる。鼻空を通って吸い込
まれる空気には紫の足の匂いが混じり、咲夜に”今私は踏まれているのか”という実感を与える。
「っ……!」
咲夜はそんな状況下でも事態をなんとかできないかと、低下する思考機能を総動員して打開策を
探った。時止めは無意味。止めたとしてもこうまで圧迫されていたとしては脱出できない。ならばせめ
て紫になにかダメージを与えられるものは……。咲夜は両手を動かしてそこにあったものを掴んだ。
右手が掴んだのは道路工事用に駐車されていたロードローラー。そして幸か不幸か、彼女の巨大な
左手が捕まえたそれは、ガソリンスタンドへ給油へやって来ていたタンクローリーだった。
 これは使える。咲夜はタンクローリーをナイフ投げの要領で、紫の股に向かって投げつけた。だが
当然こんな状況で投げれば狙いも逸れる。タンクローリーは紫の左足を覆うオーバー二―ソックスに
衝突し、爆弾よろしく空気を押しやり大爆発を引き起こした。
「あら?」
紫は何事かと足を動かしスカートをめくりあげた。炎はあっという間に紫のソックスに燃え移り、派手
に燃え上がらせた。だが、紫はまったくもってダメージを受ける様子が無い。まず彼女自身が妖怪で
あるためこの程度の火は熱くもなんともないというのが一点。そしてその大きさが故に防御力がさら
に増しているのがもう一点。咲夜の反撃は、紫の靴下を燃やしつくし、彼女を素足にしただけに留
まった。
 しかし、脱出するだけの隙は作れた。咲夜は慌てて飛び起き、そして紫に背を向け走り出す。
「へぇ、私と鬼ごっこ? いいわよ~。最初は私が鬼って事かしら」
紫は住宅街を踏み潰して必死で逃げる咲夜を、遥か上空800メートルから見下ろしていた。そして一
歩踏み出すと、その足は咲夜の前に踏み下ろされた。家をバキバキと踏み砕いて逃げ回ってはいる
ものの、紫の一歩に比べればまだ被害は寡少であった。
「ほらほら、貴女の10歩は私の1歩。もっと速く足を動かさないと私に踏み潰されちゃうわよ?」
ずうううぅぅん! ずううぅぅん! 超巨大娘が、巨大娘のあとを悠々とついていく。咲夜の足がマンショ
ンやアパートを粉砕しながら駆け抜け、そしてその後を区画ごと踏み潰し更地に還す紫の足が追い
かける。必死になって逃げていた人間達は、皮肉にも同じように必死になって逃げている咲夜の美し
くも巨大な足に踏み潰されて圧死することとなった。それを逃れたとしても、さらに巨大な紫の素足が
区画ごと街を葬り去る。二重の破壊。咲夜がその爆導索になっている故に彼女が通った後には本当
の意味で何も残らなかった。紫の巨大すぎる足跡が残ったともいえるが。
「あ~、つかまっちゃうよ~! 咲夜さんぴ~んち!!」
ケラケラと笑いながら、紫が手を伸ばす。咲夜はついついそこで後ろを振り返ってしまった。巨大な手
が、上空から自分を捉えようと迫ってくるのだ。咲夜はもつれる足で逃げ続けていたため、いつか転
ぶのは目に見えていた。特にこんな状況に追い込まれては……。
「いやあああぁぁ!」
咲夜は絶叫し、そして街中に倒れ込んだ。胸で、腹で、太腿で。咲夜さんの締まるとこは締まり出ると
ころは出た素晴らしい体が、恐ろしい破壊兵器として街に襲い掛かる。
 *うちの咲夜さんはPADではありません。
「あ~、残念。タッチできなかったわぁ~」
紫の手がその上を通りすぎる。あからさまなまでにわざとである。この状況を楽しんでいるのだ。咲
夜に、もっと破壊をさせたいと。
「もぉう! やだぁっ!」
咲夜はそれでも立ち上がり、よろめきながら数歩逃げてまた倒れ込んだ。そしてそのまま腕に顔をう
ずめて泣き込んでしまった。
「なんで……なんで私がこんな目に……」
そんなことを呟いているのが紫の耳にも聞こえた。いや、紫の耳に聞こえさせたかったのかもしれな
い。
「じゃぁそうね……貴女をもっと感じるために、こっちでふみふみしてあげましょうか。ちょっと優しくし
たげるから」
紫は足を踏み変え、素足になった方、左足で咲夜をぐりぐりと踏みにじる。
「あぁっ……お願いですからやめ……きゃぁ!」
咲夜はぼろぼろと涙を流して紫に助けを乞う。今度は喋れるぐらいに力を緩めているのだろうが、お
そらくここから段々踏みつける力が強くなっていくのは明白だった。
「あぁ、いいよその表情……その声。ぞくぞくしちゃう。もっと私に可愛い悲鳴を聞かせて頂戴」
ぐぐぐ……みしみし。紫の足の自重が、咲夜の体へと伝わって行く。足の重みだけで絶望的だった。
この妖怪が全体重を移動したら。そう思うと咲夜は生きた心地がしなかった。
「咲夜さんいいなぁ……私も踏まれたいなぁ……」
そんな様子を、咲夜のすぐ傍から見守っていた天子がそう漏らした。咲夜の顔の丁度真横。顔だけ
は足の下からはみ出ているため、泣き腫らしている他は綺麗であった。その咲夜の頭は家2軒を大
破させて居座っている。踏みつけられている方も巨大なのである。
「勝手なこと言わないで下さい、私はそういう趣味無いんです」
天子のぼやきを聞きとったのか、咲夜は顔をそちらに向けて、キッと天子を睨んだ。
「あ、聞こえてた」
天子は普通にぼやいたつもりだったのだが、さすがに耳のすぐ傍、それも見知ったものの声とあって
聞きとりやすかったのだろう。
「くぅ~っ、こうなったら私のやり場のない怒りの吐け口になって下さい」
咲夜はなんとか紫の足の下から左手を抜いて、そして天子に向かってばしんと振り下ろした。ずど
おぉぉん! その手は道の両側にある建物を盛大に叩き潰し、天子ももれなく下敷きになる。そして
そのまま握り込む。咲夜の手はアスファルトを容易く破って地面ごと天子を手の中に収めた。
「きゃああぁぁっ!!」
咲夜さんが苦しみに悲鳴を上げる。すると、手の中に閉じ込められた天子も咲夜の巨大な手に締め
つけられて同じように悲鳴を上げる。力の伝導効率が踏まれる時よりもいいのだ。
「しまった……これじゃいつぞやの輝夜と同じ……きゃああぁぁっ! あ、でもこれ気持ちいか
もっ!! もっと、もっと私を締めつけてよおおぉぉ!!」
と、その手の力が緩んだ。紫の足が退けられたのだろう。遅れて、ずっしいいいぃぃん、と言う重々し
い超巨大娘の足音が周囲にこだまする。
「咲夜さん、その手には何を持っているのかしら~?」
満身創痍の咲夜に、紫が問う。咲夜は肩でぜぃぜぃと息をつき、答えない。答えられないのか、答え
たくないのか。
「それはもしかすると小さな小さな私のお友達じゃないかしら?」
紫はその中身をずばり言い当てた。
「うぅ……当たりです」
咲夜が観念して指を開くと、そこには小さな小さな紫の友達、比那名居天子が泥にまみれて転がって
いた。当人は刺激が受けられて楽しいところを邪魔されたため若干憤慨したが。
「ふふ……いいわよ、それでこそ人間らしいというもの。自分より弱い物を虐げて、隷属させて八つ当
たって……。それが人間」
紫は咲夜の体を掴んで持ち上げた。同じことをされる!! 咲夜は恐怖に震えあがった。このまま握
りしめられたら……。想像するのも恐ろしい。
 だが、咲夜の予想は違った形で裏切られた。
「ちゅっ……」
紫は咲夜を口元まで持って行き、そして唇を押し当てたのであった。目を閉じて震えていた咲夜はま
たも不意を打たれ、思わず握っていたものを取り落とした。ぽかーんとして紫を見据える咲夜。そん
な咲夜を見て、紫はクスクスと愛しさと愉しさをかみしめるように笑った。
「あ~、もう。本当に可愛いんだから。あなたみたいな冷静で、人間味を感じさせないまでに完璧な人
がこうして素でいるのっていうのは本当に萌えるわ。作られた可愛さとも違う、そのままの可愛さ。天
然ものってことかしらね」
紫は左手の薬指で、咲夜の銀髪をくりくりと撫でた。
「もう、さっきから踏んでみたり撫でてみたり、なんなんですかぁっ!」
咲夜はぶぅ、とふくれてその指を退かす。
「それは貴女の泣き顔が可愛かったから……もっと見てみたいと思って」
紫は彼女を地面に下ろした。ずしん、ずしんと、二本の巨大な白い塔が家屋を押し潰して着地する。
その足はまだ小刻みに震えてはいたが、頬はほんのりと赤みを帯びていた。人間自分に好感を持っ
てくれるものに対して同じように好感を持つもの。それに加えて、紫の圧倒的な妖力だ。普通の人間
ならば、その妖力に中てられて当たり前のように魅了される。
「だから、もう少しいじめていい?」
その問いに、咲夜は頷いた。この人になら、いいか。そう思ったのだ。紫の足が咲夜の上に覆いかぶ
さる様にして圧し掛かる。
「うぐっ……」
何とか息が出来るぐらいの絶妙な力の調整。体はこんな状況を危惧し、痛みや涙で危険を知らせる
も、咲夜の心はそれを受容していた。
 ぺろっ……。咲夜が舌を出し、紫の足の指を舐めた。普段なら絶対にそんなことしようとすら思わな
いのに。今は、そういったいつもはできないことをしてもいいような、したくなるような気になったのだっ
た。
「やんっ! くすぐったぁい! もぅ、咲夜ったら。いいわよ、もっと舐めて……」
紫はその感触にびくんと身をすくめた。が、それはすぐに止まってしまう。
「紫さんがリードして下さいよぅ……」
咲夜が、紫の足の指をぎゅーっと抱きしめ、不満そうに言った。
「わかったわ……。ほら咲夜。私の足をお舐めなさい。隅から隅まで綺麗にするのよ」
紫は優しく咲夜に命令した。ちろちろ、ぺろぺろ。咲夜の舌が紫の足の裏をくすぐる。温かくこそばゆ
いその感触は、紫の神経を伝って脳に快感を与え……。
「っ……上手いじゃないの」
紫はつい、足の裏をぐいと押しつけたくなるような衝動に駆られる。けどそこを、ぐっと押さえて咲夜
のしたいようにさせる。愛でたい気持ち、いじめたい気持ち。二律背反するはずのこの二つが、絡み
合うようにして混在し大きくおおきくなっていく。
「しまった……私としたことが」
そんな感覚に囚われている間に、紫は能力の制御を失っていた。自身の能力の境界を操ることに
よって手に入れた”存在の大きさを操る程度の能力”が、高ぶる感情によって不本意に発動してし
まったのだ。見降ろす大地はさっきよりも遠く小さく、足の裏に感じる咲夜はさらに小さく愛おしく。け
れど、倍近く大きくなってしまったという事は足の裏の面積は4倍。さすがにこれを舐めろというのは
酷だし時間がかかる。なによりそんな長い時間。我慢できない。
「ありがとう、咲夜。貴女があんまり上手いもんだから私、大きくなっちゃった」
紫は咲夜の上から足をどかし、1000倍に大きくなった体で街中に腰を降ろした。咲夜からは、丁度紫
の白い太腿の間の下着が見える形で、街を敷き潰して彼女は座る。
「紫さん、それは挑発ですか?」
咲夜は完全に紫の妖気に中てられたようで、もう何されてもいいような、何をしてもいいような気に
なっていた。
「ふふ……どうかしらね?」
紫はわざとらしく含みを持たせて答える。その手はスカートをめくり上げ、下着に掛っていることからも
答えは明らかだったのだが。
「う……。私は行きませんよ? 行きませんからね? 紫さんに……」
咲夜が言い終える前に、紫は彼女をひょいとつまみあげた。身長80メートルの巨大娘が軽々と2本の
指でつまみあげられる図は一種のシュールさを感じさせる。
「はいはい。私が、ね」
紫は下着を少し下ろし、そしてその中に咲夜を入れて元に戻した。
「ほら咲夜。私を気持ちよくしなさい。じゃないと、お仕置きしちゃうぞ?」
下着に浮き出た人型の盛り上がりをぐいぐいと押しつける紫。その中で咲夜が小さな手足を動かして
ぱたぱたともがくのが、何とも言えず心地よかった。
「あふ!」
ずしん! 身を貫く快感に、体勢を崩す紫。咲夜が、紫の秘所に手を突っ込んだのだ。それをぐりぐり
と動かして紫を攻める小さな巨大娘。
「い……いいよ、すごくいい! あっ……もっと、奥まで」
紫の喘ぎ声が、山に、地上に反響し大気を揺るがす。雲を散らす。その喘ぎ声が、より一層大きく
なった。咲夜が体を紫の膣内へと押し込んでいるのだ。立てていた膝はがくんと力なく伸ばされ、そ
の下にあった不運な家々を押しつぶして大地に寝そべる。
「う……あぁ……咲夜ぁ」
大地をゴロゴロと転がり丘や川、その他諸々を容赦なく更地にする紫。いや、容赦も手加減もしよう
が無いのだ。なにせ不本意なのだから。
「きゃふ……っ! もっと、もっと中まで、あっ……きていいよ……?」
片手は下着の上から股間をまさぐり、もう片方の手は高さ50メートル程度の丘を掴んで崩した。体の
中に、咲夜を感じる。それをすこし、きゅっとしめつけてやる。
「きゃあぁっ!」
咲夜は全身を締めつけられ、思わず叫んだ。その叫び声が紫に届くことは無いだろうけれど。温かい
壁に、体がくまなく均等に締めつけられる。苦しいけれど、抱きしめられているようで悪くは無い。しか
しあくまで咲夜は人間。このまま締め続けられてはやはりたまらない。
「もう、紫さん……」
咲夜は膣の壁をなんとかつまんで、そしてつねった。人間を何人も握りつぶせる巨大な手で。
「ひぎぃっ!?」
紫が怯んだ。この小さな世界には余りあるその巨大をびくんとすくませて。地下水の跡か廃坑か、そ
の衝撃で街のあちこちに巨大な地盤沈下が引き起こされた。紫にとっては気にするほどの深さでは
ないが、その原因が彼女の中に挿入されているたった80メートルの少女と言う事を考えると。
「なんかあれだね……巨大ロボに搭乗して操ってるみたいな。ある意味でだけど」
沈下に巻き込まれ、埃まみれになって穴から這い出てきた天子がその様子を見て呟いた。まぁ、たっ
た80メートルの少女に踏まれても人間にとっては大ダメージなのだが。
「やぁっ……そんなに暴れないでぇっ……あんっ!!」
中で咲夜が相当大暴れしているのだろう。紫はもはやいつもの紫では無くなっていた。妖怪の賢者と
してのカリスマは既に大破し、快感に身をよじり喘ぐその姿はもはやただの少女。頬を赤らめ、目はト
ロンと心地よさそうに半開き。
「やめ……いくぅ……パンツ穿いたままなのにぃ……っ」
じょわあぁ……。紫の下着が濡れて色が変色し、そしてその間や網目を通り抜けて愛液が溢れだし
てくる。それらは紫のスカートにしみ込めるだけしみ込み、そしてその下の地面にも浸透していく。大
量の水は地下水をものすごい圧力で圧迫し、それらはかつて水が流れていた所……枯れ井戸や地
下水跡にも流れ込んだ。先程地盤沈下を起こした場所に、水と愛液の混ざった紫水溶液が溜まり、
そして暫くするとそれらも遠くへ遠くへと地面の下を流れて行った。


 紅魔館。人々に悪魔の屋敷と恐れられる立派なお屋敷。吸血鬼が住んでいたり魔女が住んでいた
り中の空間が若干拡張されていたりと言う事を除いては多分ごく普通のお屋敷に、今日は手伝い人
がやって来ていた。
「レミリアさ~ん。もうすぐお夕飯ですよ」
金髪セミロングの女性。頭には、とがった耳のようなもののついた帽子をかぶっている。その中には
本当に耳が入っているのだが、問題はそっちではない。彼女の服の尻からは、9本もの尻尾がもっさ
もっさと生えているのである。時に神として祭り上げられることさえある大妖怪、九尾の狐だ。名を、
八雲藍。八雲紫の式神、西洋風に言うと使い魔である。紅魔館のメイドを一日借りた分、その埋め合
わせとして紫が派遣したのだった。今夜は紅魔館で、両家合同での夕食の予定である。
「あら? まだ咲夜も紫も帰ってきてないわよ?」
紅魔館の主、レミリアスカーレットが料理の並べられたテーブルについて言う。彼女は吸血鬼故に流
れる水に触れることが出来ず、炊事が出来ないのでメイドは必須なのである。
「いえ、外の世界が修繕されたようなのでもうすぐでしょう」
藍がそう言って、食器と箸を人数分並べる。紅魔館のディナーテーブルに似つかわしくない和食だっ
たが。そうこうしている間に、食堂に空間の裂け目が生じその中から紫、咲夜、天子が現れた。
「おかえり、咲夜。そして紫と天人はお疲れ様。どうだった?」
レミリアが彼女に感想を尋ねる。同じ体験をした者として、なおのことそれが真っ先に聞きたかった。
 すると咲夜と紫は顔を見合わせ。
「まぁ、色々ありましたが悪くは無かったです。外の世界の高性能な包丁も買ってもらいましたし」
咲夜が穴あき包丁をレミリアに見せて微笑む。凄いんですよこれ、なんでも切れるんですから~! 
などと言って包丁を振り回す咲夜。その包丁が直撃した椅子は刀で切り裂いたかのような鋭利で滑
らかな切断面を見せた。
 それは多分包丁の効能ではなく咲夜の実力で切れたんだよ……。と天子は思ったものの、咲夜が
満足しているようなのであえてそこには触れなかった。
「この包丁に切れない物などあんまりないっ!」
椅子をばらばらに解体し、満足そうな咲夜。
「咲夜。それは妖夢のセリフよ。あと……その、どうしたの?」
レミリアがそんな様子の咲夜に、驚きつつも尋ねてみる。
「はい。もう完全で瀟洒なだけの自分を演じるのはやめました。これからは、完全で瀟洒で可愛い自
分を目指すことにしたんです」
にぱーっと笑って咲夜は言う。
「紫……?」
レミリアが紫の方に目をやると、紫は視線を逸らした。
「た……多分三日もすれば元に戻ると思うから安心して」
と紫は言う。レミリアから目を逸らしたまま。相も変わらず胡散臭い。
「まぁ、完全で瀟洒なところが変らなければ私は別にいいけど。なんだか毒気が抜けたような顔してる
もんだから」
レミリアは心配そうに咲夜を見据えた。確かに性能はダウンしていなさそうだけど。むしろ上がってい
そうだけど。
「はい、完全で瀟洒で可愛い咲夜であります」
あと三日もこれなのか。レミリアはやっぱり不安だった。
「それはそうと。おみそ汁も出来ましたので……咲夜さん、配膳を手伝って頂いてもよろしいでしょう
か」
自分の書斎に引きこもりっきりの魔女や門番もやや遅れてやってくる。八雲家と紅魔館、それに加え
て天人の食卓。皆ひと癖もふた癖もある者たちばかり。今夜は楽しい話が沢山聞けそうだ。紅魔館
の主レミリアはそんなことを考えて、にっこりとした。
「それでは、みなさん揃いまして……いただきます!」
魔女、吸血鬼、化け狐に化け猫に……平穏で楽しげな、幻想郷の夕食時。冷静沈着な自分を装うこ
との無くなった咲夜はそんな楽しさの中に、よく馴染んで幸せそうだった。