ほぁっ・・・と息を吐いてみる。白く柔らかな湯気が僕の前に出来る。そうか。もう冬が来たんだ。一年の終わりを感じる。
そんな冬の空気を味わっていた僕に声を掛ける女性がいた。
「おはよっ!寒くなったねー。」
・・・?何だか親しげに話しかけてくる。
「あのー・・・以前何処かでお逢いしましたっけ?」
「あぁー、そうだよねー。この姿じゃ分んないかー・・・」
「???」

朝から奇妙な出来事に見送られながら、僕は学校に急いだ。
奇妙といえば、あの大きな女の子。彼女は一体何者なんだろう。確か僕が一目ぼれして・・・あの小高い山の中にある神社で告ったんだっけか。
今日は地獄の定期試験で、また高校三年生最後の試験。最終日である今日の日程は生物、数学、古典。正直一発目の生物は自信が無い・・・。
終わったー、とか、死んだー、など様々な絶望の叫びが聞こえる。ある生徒は「ム○クの叫び」のポーズを真似して先生に怒られていた。なんと可哀想なことか・・・。

試験が終わり、午前中で帰宅となった。
自宅へと進んでいたとき、朝会った女性に声を掛けられた。

「お帰り!今日は早いんだね。・・・まさか、ずる休み〜?」
「いやいやいや、違いますよ!試験で早く終わったんです!・・・というか、朝お逢いしただけですよね?以前お逢いした記憶が無いんですが」
「お昼、まだだよね?」

質問も虚しく華麗にスルーされてしまった・・・。促され彼女の家へと入っていく。この日のメニューはきつねうどんだった。
「はいっ、お待ちどう様。熱いからちゃんとふーふーして食べてね。」
「あ、はぁ・・・頂きます。」
うどんを一口すすってみたが・・・美味すぎる!!ぽわー、と僕の心が暖かい幸せで満たされた。あの女性もきつねうどんをすすっていた。
「おいひい??」うどんを咥えたまま僕に聞いてきた。
「うまいっす。おかわりください。」
無意識におかわりしてしまった・・・。後悔はしていない。だって、美味すぎるんだもん、これ。

「ふー、ご馳走様。お腹いっぱいになった?」
「ええ、もうお陰さんで・・・。でも、なんでこんなに僕に良くしてくださるんですか?」
「だってぇ・・・。彼女ですから。」
「か・・・彼女?え、もしかして!あなた・・・まさか!」
「そう。えつこだよ!」
まさか・・・彼女はもともと巨大だったのではなく、巨大化能力を身につけていたとは・・・。
「そういえばさ、君のお名前聞いてなかったね。なんての?」
「えと、舟一です。シュウイチ。」
「そっかー。じゃあ君の事これからシュウちゃんって呼んであげるっ!」
彼女がぎゅっ、と抱きついてきた。
「!!!!」
僕は真っ赤になってしまった。そして恥ずかしさと嬉しさのあまり、気絶してしまった・・・。
「えっ!?ちょっ、シュウちゃん?!」

・・・僕はえつこさんの膝枕で気がついた。どうやら10分ほど寝てしまったようだ。
「あ、起きた。寝顔もかわいいのなんの!じっくり堪能させてもらいましたよ。ムフフ」
「あー、なんかすいません。えつこさ・・・」
「もぉっ!恋人同士なんだからさ、シュウちゃんもあたしのこと『えっちゃん』って呼んでよ。」
「あ、ハイ。えっちゃん・・・」
「『ハイ』じゃなくて『うん』でしょぉ!もう!」
「うん・・・」
「よしっ!合格!」
「はは・・・(苦笑)」
「じゃあちょっと気分転換に散歩しよう!あたしの頭に乗ってさ。」

えつこさん・・・もといえっちゃんは外にでると高さ17mくらいまでに巨大化した。僕の前に手を差し出し、僕を頭に乗っける。
どうやら子供に人気があるらしい。小さな子供たちがえっちゃんに手を振る。それに応え、えっちゃんも笑顔で振る。
15分くらい歩いただろうか。もちろん歩いたのは彼女だが。
「ここ、綺麗だよね。」
目の前に広がるのは僕の住んでいる街だった。田舎町だからだと思い込んでいたためか、街中にいると狭く感じていたが、いざ一望すると結構大きな町だった。
「あたし、この町と町の人が好き。でも一番すきなのはシュウちゃんだけどね。」
「そりゃどーも・・・。この町のどんなトコが気に入った?」
「すごく空気は綺麗で、景色も綺麗。町の人もみんな優しくて、あたしを怖がったり気味悪がったりしないんだ。あたし、本当にここに来てよかったな。」
「えっちゃんが前住んでたトコはどんなのだったの?」
「・・・あまり・・・話したくない・・・。けど、シュウちゃんには・・・聞いて欲しいから・・・話す・・・。」

あんなに明かるくて元気なえっちゃんが暗くなった。
「えっちゃん・・・。分った。聞かせて。」
僕を膝の上に乗せて、彼女が話し始めた。
「前いた町の人はみんな私を気味悪がって・・・私をいじめてた。住んでた家の前に色んなもの捨てたり、ひどいこと書いた紙張ったり・・・。それに・・・えぐっ・・・。」
大きな雫が僕のすぐ横にぽっ、と力なく落ちた。涙だった。僕は初めて彼女が泣くところを見た。からだは細かく震え、必死で涙をこらえていた。しかし、涙は止まらなかった・・・。
「もういいよ、えつこ。もう、何も言わなくて良いんだよ。僕がいる。僕が君のそばにいつでもいるから・・・。」
「シュウちゃん・・・。シュウちゃぁん・・・。うっ、うーっ。」
彼女は僕を包み込むようにからだを丸め、泣き続けた。僕はただ、彼女の頬を手で優しく撫でていた。それだけしか、出来なかった。
こんな優しい子がなんでそんなひどい目に・・・。僕の心は憤りと悲しみに満ちていた。僕のからだは彼女の涙でずぶ濡れになっていた。
「ひぐっ、ごめんね、シュウちゃん・・・。こんなに・・・、うぐっ、びしょびしょに・・・うっ、・・・させちゃって・・・。」
「えっちゃん・・・。いいんだよ。何も謝らなくて。僕は君の彼氏だよ。何も謝らなくていい・・・っ!?」

全身に柔らかく、優しい温かみを帯びたものが覆いかぶさってきた。彼女の、唇だった。

「ごめんね・・・。うれしくて・・・。つい、ちゅーしちゃった・・・。」
目の前に大きく、くりくりした円らな瞳があった。全く恐怖を感じることすらなかった。
「そっか・・・。えっちゃん、もっと、近づいてくれるかな・・・。」

僕は、生まれて初めて出来た彼女に、生まれて初めてのキスをした・・・。