※Webで読みやすいように改行してみました。
 改行前にあげていたものは後半にあります。
※2100文字

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「じゃあ、今日もお願いね」

 黒髪の少年はそう言うと、身長4センチほどの小人たちをテープで自分の靴下に貼り付け、その小さく端正な足を黒いローファーに滑りこませる。

 小さな人造人間――ホムンクルスが実用化されてから、製品として家庭に普及するまでさほどの時間はかからなかった。
 量産化のためのコストダウン策として販売されたホムンクルスは、人間と変わらない大きさのものから爪の幅にも満たないような小さいものまで多種多様なサイズがラインナップされ、小動物と同程度の知能水準のホムンクルスたちがちょこちょこと動く、小さくて愛くるしい様はすぐに評判になった。
 彼らはペットや愛玩動物として販売されたが、それ以外にも様々な利用方法が考え出されたのは至って当然のことであった。


 中学生になって初めての冬を経験するエリオンの家で飼われているホムンクルスもその一つで、彼が足先に貼り付けた小人は通常の個体より体温が高く作られており、主にカイロとして利用されていた。
 定期的に餌を与える必要があるとはいえ、使い捨てカイロと違いその温かさは常に一定で低温やけどの心配もいらない。
 夏場もエアコンの効きが強い場所で使用できる彼らは、大変エコで優れた商品であった。


 エリオンが玄関のドアを開けると乾燥した冷気がピリッと顔を刺激し、彼の柔和で整った顔がわずかに顰められる。
 小さな唇から息を吐き出すと、まだ明るくなりきっていない冬の清澄な朝の空気に白い煙が立ち上るのを一瞥し、無造作に制服の上着のポケットに手を入れる。そこにもホムンクルスが入れられているのだ。
 ポケットの中でそのカイロをまさぐると、彼の小指より細いホムンクルスの身体がもぞもぞと動いて指にまとわりつくのが、彼らのか細い四肢が指に絡まったりぺちぺちと爪を叩いたりするのが感じられた。
 このホムンクルスも人間と同じようにたくさん動いた方がより温かくなるのだ。
 歩き始めると両足の先にいる小人たちの存在とその温かさが感じられる。
 彼は微笑むと、いまだ弱い光の下を駅へと歩いて行った。


 暖房の効いた車内とはいえ足元は寒い。
 いくら座席の下から温めたって、大きなドアが口を開けたら冷気は押し寄せるのだ。それに加えて窓際からはガラスを通じて冷やされた空気が流れ落ち、冷気の澱と合流する。
 ローファーの皮はその寒さを防いでくれない。
 そんな場所でずっと立っていれば、指先が冷たくなるのは当然なのだ。


 エリオンは革靴の中で指先を動かして血行を良くするとともに、指の下に二匹ずつ横になって寝そべる形になっている小人たちを指でつまみ、指の上に貼り付けられた小人たちを靴の上部に押し当てて彼らの温かさを求める。
 強力な粘着力で布地に縫い付けられた彼らが、自分の足指に押さえつけられて身をよじらせるのも心地いい刺激だ。


 指の下にホムンクルスを置く場合は、指先と指の付け根の間、体重がかからない僅かな空間に配置する必要がある。
 小柄なエリオンであって四十分の一の大きさのホムンクルスにとっては身長六十メートルの巨人であり、二千五百トン以上になる体重の途方もない圧力の一割も受けたら、人間と比べたら頑丈に作られているホムンクルスであってもどうなるのかは明らかだった。
 少しでも置く場所が前後にずれれば体重で一瞬のうちに押し潰されてしまうという慎重さを要する貼付作業であったが、彼はそれを一度も失敗することなく行っていた。
 潰してしまったら、足についた残骸を洗い流し、靴下を履きかえ、ローファーの中を掃除してから家を出るか、靴の中がぐちょぐちょになった状態で登校しなければならないのだ。
 そんな時間もなかったし、そんな不快なこともしたくなかった。


 学校の靴箱の前で革靴を脱ぐと、足裏にへばりついたホムンクルスを器用につかみ取って靴箱にそっと彼らを置く。
 頑健なホムンクルスは一昼夜飲まず食わずでもその生命活動に影響はないが、学校生活の間ずっと彼らを踏みつぶしてしまわない自信はない。

 次に彼はペットボトルの蓋に水道水を入れて小人たちのそばに置く。
 小さな蓋とはいえ、小人たちにとっては三百リットル以上の水が入った大甕になるのだ。それに加えてホムンクルス用の小さな固形餌も常備してあった。
 扉を閉められると通風孔から僅かに入る明かりしかない、少年の汗がしみ込んだ靴の臭いが充満する靴箱の環境はお世辞にも良いとは言えないものだったが、一日中靴の中に入れられて十メートル近くもある足に体温を奪われ続けるよりはよっぽどまともであろう。

 登校時には洗いたてのソックスの洗剤の香気に満ちた空間だったが、下校時には朝ほどの寒さはない代わりに学校で一日過ごした少年の汗の染みた甘酸っぱい臭いが鼻と口をつくように刺激するなか、彼の靴の中を運ばれて行かなくてはならない。
 製品たるホムンクルスたちはそんなことを微塵たりとも考えずに、目の前の水と食料へとトコトコと向かっていった。

 エリオンはそんな彼らの様子に慈愛に満ちた目を細くし、小さな声で「帰りも頼むよ」と呟くと、そっと靴箱のドアを閉めた。





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(改行前)

「じゃあ、今日もお願いね」
 黒髪の少年はそう言うと、身長4センチほどの小人たちをテープで自分の靴下に貼り付け、その小さく端正な足を黒いローファーに滑りこませる。
 小さな人造人間――ホムンクルスが実用化されてから、製品として家庭に普及するまでさほどの時間はかからなかった。量産化のためのコストダウン策として販売されたホムンクルスは、人間と変わらない大きさのものから爪の幅にも満たないような小さいものまで多種多様なサイズがラインナップされ、小動物と同程度の知能水準のホムンクルスたちがちょこちょこと動く、小さくて愛くるしい様はすぐに評判になった。彼らはペットや愛玩動物として販売されたが、それ以外にも様々な利用方法が考え出されたのは至って当然のことであった。

 中学生になって初めての冬を経験するエリオンの家で飼われているホムンクルスもその一つで、彼が足先に貼り付けた小人は通常の個体より体温が高く作られており、主にカイロとして利用されていた。定期的に餌を与える必要があるとはいえ、使い捨てカイロと違いその温かさは常に一定で低温やけどの心配もいらない。夏場もエアコンの効きが強い場所で使用できる彼らは、大変エコで優れた商品であった。
 エリオンが玄関のドアを開けると乾燥した冷気がピリッと顔を刺激し、彼の柔和で整った顔がわずかに顰められた。小さな唇から息を吐き出すと、まだ明るくなりきっていない冬の清澄な朝の空気に白い煙が立ち上るのを一瞥し、無造作に制服の上着のポケットに手を入れる。そのポケットにもホムンクルスが入れられている。ポケットの中でそのカイロをまさぐると、彼の小指より細いホムンクルスの身体がもぞもぞと動いて指にまとわりつくのが、彼らのか細い四肢が指に絡まったりぺちぺちと爪を叩いたりするのが感じられた。このホムンクルスも人間と同じようにたくさん動いた方がより温かくなるのだ。歩き始めると両足の先にいる小人たちの存在とその温かさが感じられる。彼はうっすらと微笑むと、いまだ弱い光の下を駅へと歩いて行った。

 暖房の効いた車内とはいえ足元は寒い。いくら座席の下から温めたって、大きなドアが口を開けたら冷気は押し寄せるのだ。それに加えて窓際からはガラスを通じて冷やされた空気が流れ落ち、冷気の澱と合流する。ローファーの皮はその寒さを防いでくれない。そんな場所でずっと立っていれば、指先が冷たくなるのは当然なのだ。
 エリオンは革靴の中で指先を動かして血行を良くするとともに、指の下に二匹ずつ横になって寝そべる形になっている小人たちを指でつまみ、また指の上に貼り付けられた小人たちを靴の上部に押し当てて彼らの温かさを求める。強力な粘着力で布地に縫い付けられた彼らが、自分の足指に押さえつけられて身をよじらせるのも心地いい刺激だ。
 指の下にホムンクルスを置く場合は、指先と指の付け根の間、体重がかからない僅かな空間に配置する必要がある。小柄なエリオンであって四十分の一の大きさのホムンクルスにとっては身長六十メートルの巨人であり、二千五百トン以上になる体重の途方もない圧力の一割も受けたら、人間と比べたら頑丈に作られているホムンクルスであってもどうなるのかは明らかだった。少しでも置く場所が前後にずれれば体重で一瞬のうちに押し潰されてしまうという慎重さを要する貼付作業であったが、彼はそれを一度も失敗することなく行っていた。潰してしまったら、足についた残骸を洗い流し、靴下を履きかえ、ローファーの中を掃除してから家を出るか、靴の中がぐちょぐちょになった状態で登校しなければならないのだ。そんな時間もなかったし、そんな不快なこともしたくなかった。

 学校の靴箱の前で革靴を脱ぐと、足裏にへばりついたホムンクルスを器用につかみ取って靴箱にそっと彼らを置く。頑健なホムンクルスは一昼夜飲まず食わずでもその生命活動に影響はないが、学校生活の間ずっと彼らを踏みつぶしてしまわない自信はない。次に彼はペットボトルの蓋に水道水を入れて小人たちのそばに置く。小さな蓋とはいえ、小人たちにとっては三百リットル以上の水が入った大甕になるのだ。それに加えてホムンクルス用の小さな固形餌も常備してあった。扉を閉められると通風孔から僅かに入る明かりしかない、少年の汗がしみ込んだ靴の臭いが充満する靴箱の環境はお世辞にも良いとは言えないものだったが、一日中靴の中に入れられて十メートル近くもある足に体温を奪われ続けるよりはよっぽどまともであろう。
 登校時には洗いたてのソックスの洗剤の香気に満ちた空間だったが、下校時には朝ほどの寒さはない代わりに学校で一日過ごした少年の汗の染みた甘酸っぱい臭いが鼻と口をつくように刺激するなか、彼の靴の中を運ばれて行かなくてはならない。製品たるホムンクルスたちはそんなことを微塵たりとも考えずに、目の前の水と食料へとトコトコと向かっていった。エリオンはそんな彼らの様子に慈愛に満ちた目を細くし、小さな声で「帰りも頼むよ」と呟くと、そっと靴箱のドアを閉めた。