アオは自宅のリビングで、高校からの帰り道に拾ってきたメイドさんと2人で過ごしていた。
ヨーロッパの本場のメイドさんというより、テレビで見たメイド喫茶の衣装のようなミニスカートに半袖のエプロンドレスといった形のメイド服を着込んだ小学校6年生ほどの幼い少女。
手首に白い袖飾りをつけ、セミロングの黒い髪の上にカチューシャを乗せた彼女の容姿は、同性のアオでも惚れてしまいそうなほどで、まるで宗教画の中に描かれる天使のように美しく整っていた。
黒い生地に白いエプロンというオーソドックスな色使いながらもあちこちにふんだんにフリルをあしらった、作業性を完全に無視し見るものの目を楽しませることを重視したデザインのそのメイド服は、そんな彼女の幼い魅力を危険なほどに引き出していた。
パニエで膨らませたミニスカートの裾に白いレースと白いニーハイソックスの足口にあしらわれた白いレースに間に覗く年相応に細くみずみずしい絶対領域は、少女が足を動かすたびにその範囲をまるで危険な魔力を放ちながら細かく変える。
制服のまま自宅のリビングのソファらせられたアオは、そのすぐとなりで自分に傅く、この世のものとは思えないほど美しい年下の少女に淹れてもらった紅茶をまた一口、口に含んだ。
毎日飲んでいるものと同じ安物の茶葉を使っているはずなのに、高い喫茶店で頼んだ紅茶のような味がした。
「ご主人さまを探しているんだっけ?」
「アオ様のおっしゃるとおりです。シアンはご主人さまを探しております」
最初はわけが分からなかった。
それは高校からの帰り道、いつもどおりうつむきながら歩いているときだった。
「ご主人さまを探しております」
駅前のロータリーで、通行人にそう声をかけて回るこのメイド服の少女に出会ったのは。
その幼いメイド服の少女の心細そうな声に、思わず足を止めたアオ。
他の人達は厄介事に関わりたくないというふうに、曖昧な笑みを浮かべると足早にその場から遠ざかっていくばかりだった。
小学校の頃から一向に伸びない自分とほぼ同じ高さにあるその綺麗な瞳は、不安の涙を湛えながらまっすぐと自分を見つめていた。
「あなたは、ご主人さま・・・を探しているの?」
「そのとおりでございます。シアンはご主人さまを探しております。」
緩められたその子の表情にすこしホッとするアオ。
そして目の前の幼くも美しい少女が向けた微笑みに思わず心臓がドキリと跳ねた。
ご主人さまとはこの子のどちらかの親のことだろうか?
そう思いあたりを見回すも、それらしき人影は見当たらない。
「どこから来たのかわかる?」
「申し訳ありません、わかりません。気がついたらここにいました」
「ううん。いいのよ。あなたが謝ることじゃないわ」
そして、幼い少女にこんな格好をさせて、ご主人さまと呼ばせている。
そんなクズみたいな性格をしている、この子の保護者がいるということにアオは腸が煮えくり返りそうだった。
コンプレックスである低い身長と、それ以外は容姿も成績も何もかもが平凡で、そして引っ込み思案な自分。
そんななんの取り柄もない女子高生の自分でもこの少女を然るべき機関に連れていき、今の境遇から救うことはできるはず。
自分でも自分らしくないと思えるような思い駆られ、気づいたときには目の前の少女を自宅に連れ帰っていた。
「どうしていいのか検討もつかず途方に暮れていたのですが、アオ様のおかげでご主人さまが見つかりそうです」
「えっとそれは、どういう・・・?」
話の流れが見えずに首をかしげるアオ。
彼女のためにまだ何もできていないばかりか、本来はホストでありもてなさなくてはならないはずにもかかわらず、逆にお世話をされてしまっている。
シアンはソファに座るアオの前に膝を付いて、上目遣いでその目を見ながら手を取った。
異常に整った顔が間近に迫り、アオは思わず胸の鼓動が高まった。
「もしよろしければ、シアンのご主人さまになってくださいませんか?」
「え・・・?」
話の流れが見えず絶句するアオ。
悲しそうに眉尻を下げる目の前の美少女に思わず胸が締め付けられる。
長いまつ毛のしたのきれいな目に涙が溜まっていく様子にひどく罪悪感を感じた。
「ダメですか・・・?」
「そういうわけじゃないんだけど、シアンちゃんはシアンちゃんのご両し・・・ご主人さまを探していたんじゃないの?」
「はい。シアンはこれから仕えるべき主、ご主人さまを探しておりました」
「そう・・なの・・・?」
自分がひどい思い違いをしていたことに顔が真っ青になるアオ。
そしてそれを誤解したのか、目の前のメイドさんはこの世の終わりのような表情を浮かべた。
「短い時間でありますがアオさまをお世話をさせていただいて天にも登るような気持ちでおりました。けれども私はダメなメイドです。そんなこと重々承知しているはずでしたのに。こんな私がアオさまをご主人さまを望むだなんておこがましかったですよね。大変申し訳ありませんでした」
美しい顔を絶望で歪ませながらうつむくシアン。ぽろぽろとその頬を涙が伝っていく。
そして堪えるような嗚咽がアオの耳に届き、罪悪感の限界に達した。
「わかったから、私がシアンのメイドになるから。だから顔を上げて」
「ありがとうございますっ!これから誠心誠意ご主人さまのお世話をさせていただきます」
泣きながら自分の言葉に笑みを浮かべるシアンをみて、ようやく罪悪感から開放されるアオ。
「・・ありがとう。これからよろしくおねがいね」
「不束者ですがよろしくお願いいたします」
「こっ・・こちらこそ、よろしくね」
不思議な性格の子のごっこ遊びに巻き込まれちゃったってところなのかな。
こんな綺麗でかわいい女の子・・・かなり年下だけど・・・とたまに遊ぶくらいな全然いいかな?
このときまだアオはそう考えていた。

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「シアンちゃんについてもっと知りたいな」
「シアンのこと、ですか?」
「そう。好きなものとか教えてよ。そうね、私が好きなものはシアンちゃんみたいな素直で可愛い女の子で、嫌いなものは学校、かな」
「そうおっしゃっていただけて、シアンはとっても嬉しいです」
平凡な自分の言葉が、目の前のみるからに特別そうな少女を喜ばせている。
その事実がなんだかひどく嬉しかった。
「私が好きなものはご主人さまで、私が嫌いなものはご主人さまを不快にさせるすべてのものです」
「そう、なんだ」
この子の中でメイドさんがそういう設定になっているだけなのだろう。
けれどもフリとはいえ、こんな可愛い子にこんなふうに言って悪い気はしない・・どころかすごい嬉しい。
「もちろんでございます」
「ご主人さまはその学校というものがお嫌いですか?」
「大嫌い。なくなっちゃえばいいのにって思ってる」
身長のことを馬鹿にしてくる同級生。高圧的な教師。
そして高価な塾に通う生徒に合わせた進度で進められる、アオには難しくてついていけない授業。
アオはそんな学校が、そしてそんな居場所にすがりつこうとする気持ちがどこかにある自分が嫌いだった。
「かしこまりました。ご主人さまが不快に思うものを排除するのもシアンの勤めですので」
「え?」
不穏な言葉に思わずフリーズするアオ。
「失礼いたします」
立派なソファーテーブルを脇にどかされ、ソファに座るアオの前に広いスペースを作られる。
重たいはずのテーブルを、シアンの細い体が空き箱を持ち上げるように難なく持ち上げ移動させるのは、なんだか不思議な感じがした。
シアンが開けたスペースの真ん中に立つと、その周りが眩しく光りだす。
そして数秒後光が引いたあと、そこには1/50スケールのアオの通う高校が出現していた。
去年整備したばかりの真新しい人工芝のグラウンドに、白い鉄筋コンクリートの5階建ての校舎。
校舎の5階部分は体育館が設置されている関係で、一部天井が高くなっている。
それは間違いなくアオが通う高校だった。
グラウンドに君臨するシアン。いつの間にかその両足は、この家に来るまでこの子が身に着けていた、無骨な茶色いブーツを履いていた。
そしてよく目を凝らして見ると、親指ほどの大きさの小さななにか・・・部活動で学校に残っていたのであろう自分と同じ制服を着た生徒たちが、きれいに磨かれたブーツから逃げるように慌てふためいている様子が目に入った。
「本・・物?」
「ご主人さまが通われる学校を1/50のスケールでこの空間とリンクいたしました。ですのでこのようにいたしますと」
シアンの右足が人工芝のグランドから持ち上げられ、正門の脇に設置された生徒用の駐輪場に向かって伸びていく。
綺麗な人工芝に刻まれた巨大な足跡が顕になる。
トタン屋根を和紙でできているかのようにぶち破り、それを支える鋼鉄の支柱も爪楊枝よりも簡単にへし折っていく。
そしてその下に止められていた多数の自転車を地面にめり込ませ、ようやくシアンのブーツが動きを止めた。
「現実世界も同様に踏み潰すことができます」
ソファーテーブルの上においたスマートフォンが鳴る。
通知画面にはメッセージアプリのクラスのグループへ投稿された写真が表示されていた。
【空から突然でかいブーツが振ってきた】
その名メッセージと共に目の前でシアンが履いているものと全く同じ茶色い無骨なブーツが、グラウンドをそして駐輪場に鎮座する写真がグループには投稿されていた。
ゴクリと思わず生唾を飲み込む。
アオの大嫌いな教師が窓から顔を出したと思うと、シアンのことを見て慌てふためき廊下にひっくり返りるという醜態をさらし、それに釣られるように職員室にパニックが広がる。
校舎内にいた生徒はできるだけ距離を取ろうと校舎の奥まったところへ逃げていく。
グラウンドで練習をしていたのであろう、いけ好かない野球部の連中が泣き叫びながら校舎に向かって散り散りに逃げる様子。
そして確か野球部のマネージャーだったクラスで一番口がうるさい女子がグラウンドの端に設置されたベンチにへたり込み、部員に逃げるように説得されている様子が目に入った。
「シアンのような未熟なメイドが足をおいただけでこの醜態。ご主人さまが通うにはふさわしくないと愚考いたします。」
「そ、そうね」
不思議な力を持ったこの世のものとは思えなほど美しい少女。
そして、心のなかで悪態を付きながら惰性で甘んじて受け入れてた気に入らない日常が崩壊していくという突如もたらされた非日常に、アオは胸の鼓動がだんだんと早まるのを感じた。

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「偉大なるご主人さまにとってシアンは取るに足らない愚メイドでありますが、少しはご主人さまの気晴らしをお手伝いすることはできるかと思います。ご主人さまを不快にさせるこの学校という施設、シアンのブーツで完膚なきまでに踏み潰してご覧にいれます」
どこか思いつめたようなシアンの表情に、あわててなんとか励ましの言葉を紡ぎ出す。
「シアンちゃんは可愛くて立派な・・・わっ・私のっ・・・メイドさんだよ。だからそんな自分を卑下するようなことは事言わないで」
「ご主人さまにそう言っていただけて、シアンは世界一幸せなメイドです」
電球のスイッチを入れたようにシアンの顔にパッと眩しい笑顔が灯った。
そして、シアンの学校に向かって茶色い頑丈そうな革製のブーツがゆっくりと降りていく。
校舎から悲鳴が上がるのがアオにも聞こえた。
自分の日常が非日常によって完全に破壊されようとしている。
かわいい女の子が自分のために何かをしようとしてくれている。それはすごく嬉しい。
気に入らないものがたくさん今踏み潰されようとしている。それも嬉しい。
けれども、学校がなくなってしまったら、明日から私の生活はどうなって・・・
「や・・・やっぱりだめっ」
「かしこまりました」
ブーツが降下をとめると、シアンの下にあった学校はまばゆい光に包まれた次の瞬間に姿を消し、ただのフローリングの床へと姿を戻す。
「元の場所にお戻ししました。駐輪場とグラウンドは跡が残ってしましましたが、それ以外は問題ないかと思います」
「そう・・・ありがとう」
アオのほっとしたような、けれどもどこか残念そうな表情を見つけたシアンは、今度はちゃんとご主人さまを喜ばせるために再び力を開放する。
「それならばこういった趣向はいかがでしょうか?」
自分が優柔不断なことを再確認して、アオはよくある自己嫌悪に陥っていた。
偉大なるご主人さまに似つかわしくない言動に、シアンに嫌われてしまったのではないか。
そんなことを思いながら恐る恐る顔を上げると、先ほどと変わらない笑顔で部屋の真ん中に立つシアンが目に入った。
アオの瞳をまっすぐと見据えたまま、その見た目に合わない妖艶な微笑みを浮かべた瞬間、彼女の周囲がまばゆく光りだす。光が引いた跡には、1/200のスケールの近代的な街並みが広がっていた。
あちこちに掲示された看板や広告には、最近関係悪化がよくニュースで取り上げられる隣国の文字が大きく書かれていた。
突然現れた巨大なメイドからアオにはわからない言葉でわめきながら逃げ惑う隣国の人たちの様子に、なぜだか胸がすく気がした。
シアンが足元の何かを蹴り飛ばすと、派手な広告が描かれた大型トレーラーが放物線を描いて飛んでいき、少し離れた場所に墜落して火柱をあげる。
「すごい」
建築物、車、そして人。社会を構成するあらゆるものを誰に咎めることなく蹂躙することができてしまう圧倒的な力。
それを目の前の自分より小柄な12歳ほどほどのまるで芸術作品のように容姿の整った美少女が持っているということに、シアンに対する憧憬の念が湧き上がる。
そしてそのシアンが自分のお願いを聞き入れてくれることにとてつもない優越感を覚えていた。
「お褒めに預かり光栄です。ご主人さまの偉大さには到底及ばない私の稚拙な能力ですが、ご主人さまのお役に立つことができてシアンはとても嬉しいです」
ご主人さまの喜んでいる様子を見て、こっそりと行った善行をクラスの全員の前で先生に褒められた生徒のように、シアンは可憐にはにかんでいた。
ティッシュ箱ほどの街並みを踏み潰しながら、すぐ横に出現させた高層ビル群へ向かうシアン。
300m近くある超高層ビルが多くたち並ぶこのエリアはこの街で最も発展している地区の一つ。
この国が発展するのに合わせるかのようにもともとは何もなかったこの場所は、数十年の年月を経て世界でも有数の高層ビル街へと成長していた。
繁栄の象徴でもあるその場所は、幼いメイドさんによってご主人さまを喜ばせるための玩具の一つに選ばれてしまったようだった。
しかし、地震のないお国柄らしく200倍の大きさのシアンが地面に足をおろしたときに引き起こされる振動で崩壊する古い建物もあるなか、まだなんとかその威容を保っていた。
まるで高価な人形のように美しい少女は、身につけた茶色いブーツで直前まで日常を送っていた街並みを無造作に踏みにじりながら、まるでウィンドウショッピングを楽しむようにご主人さまに捧げる供物を検分する。
頭一つ分ほど高いその高層ビル群のなかで、ソファーに座ったアオからよく見える一本を選ぶと、まるで恋人にするように目の前のそれへゆっくりと腕をまわした。
可愛らしいメイドさんのその色白の細い腕に抱きしめられ、都会の反映の象徴である高層ビルがきしむ音が聞こえる。
腕を絡ませたガラス張りのビルの中に、逃げ遅れた多数の人々が取り残されていることはガラス越しに見えた。
もしシアンが力を入れたらこのビルは・・・そしてこの人達は・・・
「よろしいですか・・・?」
甘えるるような声に懇願するような顔。
「っ」
思わず生唾を飲み込む。
黒い透き通った瞳が自分をはっきりと見据えていた。
まるで宗教画に描かれた天使のように美しい顔を悲しげに歪め、すがりつくようにするシアン。そんな必死なお願いをアオが断れるはずもなく、コクリと小さくうなずいた。
そんな曖昧な意思表示にも関わらずシアンはパッと顔を輝かせ、ご主人さまのものならどんな些細なサインもご主人さまのメイドとして見落とすことはありえないと主張するとともに、ご主人さまのお許しに自分が非常に感謝し喜んでいることを可憐にアピールする。
そしてゆっくりと高層ビルへ自ら距離を完全にゼロにすると、頭一つたかいそれに身体を激しく絡めていく。
一見、愛しい人と激しく身体をまぐわせ交換し互いの存在を感じ合うようにみえるその行いは、思わず触りたくなるような色白の腕の存在をアオに対してアピールするように大きく動かしながら、胸をビルへ押し付けるようにしてはだけさせたメイド服の胸元を、恥ずかしそうにシアンな赤らんだ表情とともに何かを求めるようにアオへと見せつける。
極めつけにお股をビルに押し付けこすりつけるようにしなやかに振った腰の振動ではためいたスカートは、中身が見えそうなほど際どい角度まで跳ね上がる。
あらわになったさわり心地の良さそうな足の付根を思わず凝視してしまうアオ。幼い少女の恥ずかしい部分を見つめていることに我に返り慌てて顔を上げると、そこにはご主人さまが自分の身体に関心を持っていることの悦びに身体を震わせ、嬉しそうに破顔するシアンの顔があった。
目の前の美少女の本来なら何でもないはずの一挙一足が、大都市の崩壊を招き、自分の住む街を誇りにしていそうな住民たちの身も心も蹂躙していく様子をしっかりと見てしまったアオ。
倫理的にシアンそんな行いは許されない。そのことは頭の片隅できちんと理解していた。
けれどもアオはあらゆる感情が湧き上がりぐちゃぐちゃとした心のなかで、変な爽快感を確かに感じていた。