人の50倍ほどの大きさ。そんな巨大な少女が道端の小石にするように、ちっちゃな家を蹴り飛ばす。
まだ真新しい2階建ての住宅は、瓦礫の山へと一瞬で姿を変えた。
どこにでもあるような郊外の住宅街。
その最寄りのバス停に停車していたバスを突き破るようにして現れた、黒の肩まで伸ばしたストレートヘアの少女は嘲るようにため息を付いた。

「やっぱりあなたたち、逃げる以外に能がないのよね」

ある日唐突に手に入れたあらゆるモノの大きさを自由に能力。
その力を使い、巨大化して住宅街を蹂躙するのはこの少女、コノミの日課になりつつあった。
本当はちっぽけな家なんかよりもっと大きな高層ビル街や有名なランドマークを破壊するほうが好きなのだが、住宅街ほど数がないためこれらを破壊する頻度はある程度抑えないとすぐにこれらを破壊し尽くしてしまう。
真面目な彼女は、自分のおもちゃがなくならないように自分の大きさと蹂躙する街を予めスケジュールに決め、そのとおりに破壊行為を行うことにしていた。

「つまんない」

お気に入りのTシャツに膝丈のベージュの黒のスカートを身につけた十代半ばほどの少女は、昨日手入れしたばかりの黒色のローファーで逃げ惑う人間ごと住宅街を踏みにじっていく。
自分の革靴と同じ大きさしかないちっぽけな住宅でも1つ1つが数千万円する高価なものであり、家族の生活だけでなく夢や希望が詰まっているということ。
そして、靴幅よりも狭い道路を恐怖に顔を歪め逃げ惑っているのは、自分と同じ人間であること。
これらのことはわかっている。
だから、住宅街の蹂躙でも最初の数回はとっても楽しかった。
けれども何度も繰り返すうちにルーティンの一部となり、段々と当初ほど楽しさは感じなくなっていった。
絶望と恐怖に顔を歪め必死に逃げ惑うニンゲンたちを、彼らの財産である家とともに流れ作業で踏み潰していくコノミ。
彼女の意識は足元の惨状にはなく、最初の頃の楽しかった気持ちを思い出し、鬱々とした気持ちをなんとかごまかすことに注意が向けられていた。

「ん?」

視界の端に捉えた、輝くようななにか。
一目惚れというのだろうか。
可愛らしい顔を怒りに歪めコノミをにらみあげる同い年かやや年下くらいの小さな子。
その少女が目に入った瞬間、退屈な世界が色づいたように感じた。
コノミの漆黒の瞳とその子のやや茶色がかった瞳が向かい合う。

「かわいい」

フリルがあしらわれた茶色のチェック柄のワンピースという可愛いらしい装い。
しかし、もゆるくウェーブしたやや茶色がかったショートボブを怒りに震わせながら、その激情をしっかりと自分に伝えてくる様はとても勇敢なものだった。
その周りのただ恐怖に駆られて逃げ惑うだけの大人たちは、彼女のその勇敢さを一層引き立てていた。

「ねえあなた」
「なん…ですか?」

巨大な瞳に見下され、ながらも怯むことなく返事をする少女。
その姿にますますコノミの心は惹かれていった。
つい数十分まで家だったものを押しつぶしながら彼女の目の前へ手を下ろす。

「私の手の上に乗りなさい。何か言いたいことがあるのでしょう?」
「そうです。たくさんあります」

一瞬怯んだ様子を見せるものの、覚悟を決めて這い上がる勇敢な少女。
コノミはそれを確認すると目線の高さまで持ち上げる。
手のひらの上のかわいい少女が、這いつくばった状態から体勢を立て直すのを楽しそうに眺めていた。

「なんでこんなひどいことするんですか」
「こんなことでもやらないと、退屈で死んじゃいそうだから」
「なっ・・・何人もの人が亡くなって、家を失ってるんですよ!」
「わかってるわよ。だからやっているんじゃない」
「そんなっ・・」

ふわふわとしたという形容詞が似合う可愛い少女が必死に自分を説得しようとしている。
その事実に頬が緩みそうになるのをなんとか抑える。
そしてなんとか言葉を続けようとする小さな少女を助けるように声をかけた。

「あなた名前は何というの?」
「シイカです」
「可愛い名前ね。私はコノミ。よろしくね」
「よろしくおねがいします・・・?」

怒りをぶつけていた相手から、丁寧な言葉を返されて困惑するシイカ。

「それで、シイカは私にどうして欲しいのかしら?」
「その、こういうことをもうやらないで欲しいんです」
「そう」

戸惑いながらなんとか口に出した台詞。
それを聞いたコノミの笑みがより一層深まる。
聞き入れてもらえたと思ったシイカに安堵の感情が広がりかけたとき、コノミが突然動き出した。
揺れる手のひらの上で必死でバランスを保つシイカ。
しばらくして、揺れが収まったその時。
シイカが乗るのとは反対側のコノミの手の中。
そこには家族であろう4人の小人を乗せた水色のファミリーカーが握られていた。

「きっと私から逃げようとしていたのね」
「えっと、その」

手のひらの上で自分の行動に戸惑うシイカのことを楽しそうに眺めるコノミ。
一目惚れした子の身体は文字通りすでに自分の手のひらの中。
そしてその心をも自分が弄んでいるという事実が、退屈で荒んだコノミの心を満たして行っていた。

「シイカは私にこれ以上ひどいことをしないで欲しいと言っていたわよね」
「そうですけど・・・」

見せつけるようにファミリーカーをシイカに近づける。
4人家族を乗せた、可愛らしい水色のファミリーカー。
呆然とする助手席の母親と、泣き叫ぶ後部座席の2人の幼い少女。
運転席の父親は必死の形相でアクセルを踏み込み、回転する前輪がコノミの手に僅かな感触を与えたものの、そこから脱出することは叶わなかった。

「こういう事、というのは例えばこんな事かしら?」

ミシミシと金属がひしゃける嫌な音があたりに響く。
ゆっくりと車を握る手に力を入れるにつれて、シイカの表情がだんだんと絶望に染まっていく。
ゾクゾクとした悦びを感じながら一思いに車体を握りつぶす。

「やめてくださいっ」

シイカの悲鳴にうっとりとした表情をコノミ。
水色の鉄くずからは、赤みがかった鈍い色の液体が滲み出ていた。

「ふふっ」

周りの手の指が持ち上がり、シイカの体を握りしめる。
頑丈な乗用車も握りつぶせる強大な指が自分のを身体を掴んでいる。
そのことに思い至り恐怖に身がすくんだ。

「いやっ」

手に握ったコノミの表情が怒りから恐怖に変わるのを見て、コノミ背筋がゾクゾクするような快感が走った。
シイカの悲鳴を楽しそうに聞きながら歩みを進める。

「それともこんなことかしら」

左手の中のシイカに見せつけるようにしながら、足元の住宅街を蹴散らしていく。
脛ほどの高さのそれを蹴り飛ばすとそれが無数の破片となって、まだ壊れずに残っていた別の住宅を破壊する。
そしてたどり着いたのはまだ真新しい10階建てのマンション。
腰ほどの高さのそのエントランスをローファーで蹴りつけ、駐車場へ続く通路も踏み潰して出入り口をすべて塞いだ。
シイカの家もあった住宅街はあちこちから火の手が上がり、見るも無残な姿と成り果てていた。

「ねえシイカ」
「なん、ですか・・・?」

屋上へ降ろされたシイカ。
自分の身体が無事なことに安堵したのもつかの間、異常に機嫌の良さそうなコノミの顔に身体が小刻みに震えだす。

「どちらが私に辞めてほしいことなのかしら?それとも両方?」
「両方・・です・・・」
「そう」

自分のことをニヤニヤと見下ろすコノミの巨大な瞳。
これから何を見せつけられるのか、そして自分が何をされるのか。
わかっているのは、目の前のこの女が笑顔で残虐なことを行えるということ。
そしてその意志に反すること発言を行った、ということだった。

「考えてあげてもいいわよ」
「本当ですかっ!」
「ええ、シイカが私の言うことを何でも聞いてくれるなら考えてあげるわ。約束よ」
「わかりました。私、なんでもコノミさんの言うことを聞きます」

予想外の台詞に思わず声を上げるシイカ。
その喜ぶ姿を見て、コノミは笑みを深めた。

「それならまず、シイカに大きくなってもらいましょうか」
「え?」

シイカにとって予想外すぎる台詞。
それを脳が理解する前に、全身が大きな熱を持つ。

「なにこれっ!いやっ」

あたりを見回すと、自分の身体が徐々に巨大化していき、周囲が相対的に小さくなっているのがわかった。
ミシミシという不穏な音がして視線を下に向けると、今自分が載っているマンションが軋んでいるのが目に入った。

「まって、やめてっ!」

屋上のコンクリートが割れ、下の階へ身体が落下する。
ぐちゃりと水っぽい何かを押しつぶした感触がした。

「いやっ」

不意を突かれた驚きと不快な感触、そして罪悪感。
様々な感情に襲われ、力が抜けたように膝を付きへたり込むシイカ。
その衝撃でマンションの崩壊はその速度を早める。
30mほどの高さがあった真新しいマンション。
そのすべてが女の子座りをするシイカの身体に置き換わったところで、巨大化はようやく止まる。
マンションとその住民はぺしゃんこに押しつぶされて、シイカのみずみずしい肌色の太ももと純白の下着に包まれた股間の下で地面と同化していた。

「小人を蹂躙するのって楽しいでしょう?少なく見積もっても200人はいまので殺したわよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
「次はそうね」

声を上げて泣き出すシイカを尻目に、コノミは自分から遠ざかる車両を避けながらこちらへ向かってくる、赤色灯をつけた白と黒の車両、パトカーを見つけて口角を上げた。
段々と大きくなるサイレンの音に、シイカもその存在に気づいたようだった。

「きっと、私のことを捕まえにきたんですね」
「シイカは面白いことを言うのね」

取り囲むように5台のパトカーが2人の周りに停車する。
そしてその1台から投降し指示に従うようにスピーカーで呼びかける声が聞こえた。
いつもなら不相応に命令する小人を怒りに任せて踏み潰すだけだが、今日はもっと別の使い方をするつもりだ。
小人を殺害した罪悪感と、そんな事できるはずもないのに警察権力に捕まることに怯えるかわいいかわいい私の女の子。
しゃくりあげるシイカに対して、コノミは次の命令を下した。

「そのパトカーと警察官を踏み潰しなさい」
「なっ・・そんな事できません」
「あら?シイカは約束を破るのかしら?」
「そんなっ」
「ふふっ。私はどちらでもいいわよ。シイカが約束を守ってもう破っても。破った場合に私が何をするかはわからないけれど」
「ううっ・・・やります」

パトカーを盾にして自分へ拳銃を発砲し続ける警官隊へ、悲壮な覚悟を決め向かっていくシイカ。
コノミよりやや引くい約80m弱ほどのシイカにとって、拳銃の威力はコバエが腕にあたった程度のものでしかなかった。

「ううっ・・ひっく・・ひっく・ごめんなさい、ごめんなさい」

自分たちの武器が全くと行っていいほど効果がなく、さらに車よりも巨大なローファーが襲いかかってくることに恐れをなした警官たち。
慌てて持ち場を離れて逃げ出すも、シイカのよく手入れされた巨大なローファーの、パトカーを踏み潰したその次の1歩で一人づつ着実に踏み潰されていく。
現場に急行した5台のパトカーと20人の警察官からなる警官隊は、たった一人の10代なかばの女の子によって30秒足らずで全滅させられた。

「さすが私のシイカね。丸腰の女の子を銃で撃ってくる悪い悪いおまわりさんたちも一瞬で踏み潰しちゃった」
「わたし、わたし・・・そんな・・・これからどうすればいいの・・・」

自分がしでかしたことの大きさに、その場にへたり込み声を上げて泣き出すシイカ。
そんな彼女に、先ほどとは打って変わってコノミは心の底から気遣うような優しい声をかけた。

「シイカは優しい子よね」
「何が言いたいんですか?」
「だってそうでしょ。見ず知らずの人のために、シイカが私の犠牲になっているじゃない」
「そんなわけないじゃないですか!何人もの人を踏み潰して、お家もたくさん壊しちゃって。挙句の果てにはおまわりさんまで・・・」
「でもそれは私に命令されたからでしょう?」
「それは・・・」
「しかも、つらい思いをさせられてまで必死でみんなのことを守ろうとするなんてとても勇敢よ」
「っ・・・」
「こんなに立派なこと、できる人なんてそんなにいないわよ。シイカは優しくて勇敢な女の子ね」

優しい台詞になんとか涙を止め、顔を上げるシイカ。
そこには慈愛に満ちた笑みを浮かべるコノミの顔があった。

「コノミさんっ」
「よしよし。いい子ね」

泣きはらしたシイカのことを抱きしめるコノミ。
シイカはそんなコノミのことを抵抗せずに受け入れる。

「でも何百人も人を殺して、さらにおまわりさんに捕まるどころか逆に踏み潰しちゃった、小人にとっては危険な子になってしまったのだからもう元の暮らしには戻れないでしょうね」
「うぅ・・・」
「もとの大きさに戻ったとして、あなたはみんなを守るために頑張ったにもかかわらず、きっとひどいことをされてしまうに違いないわ」
「それならわたしは、これからどうしたらいいんですか」
「これからは私と一緒に暮らしなさい」
「えっ・・・?」
「この世で私だけがそんなあなたを愛してあげられる。」
「」
「だからあなたも私のことを愛してね」
「はいっ!わたしもコノミさんのことを愛しますっ」
「ふふっ。ありがとう」

安堵の笑みを浮かべながら目尻に涙を浮かべるシイカの頭を優しく撫でる。
すると安心したようにコノミに寄りかかってきた。

「また、二人で仲良くあそびましょうね」

シイカには聞こえない程度の小さな声でそうつぶやいたコノミの目線の先。
そこには世界有数の大都市が称える数多の高層ビル群がそびえ立っていた。