「ボクの名前はロロっていうロロ。グリーゼっていう星にあるエルルア王国からきたロロ。」
 とある日の夕方、一級河川の広大な河川敷には赤いランドセルを背負った小学生と思わしき少女と、白い毛並みの・・・うさぎとねこを足して2で割ったような不思議な生物が向かい合っていた。
「魔法少女になってボクたちの国を救って欲しいんだロロ」
「それって危ないことしなくちゃいけないってこと?」
 ランドセルを背負った少女、ののかはこの場から逃げ出す糸口を探っていた。胡散臭さ、それもとびっきりの面倒事を担任の先生が自分に押し付けようとしてくる時のような、が目の前の生物から感じられた。
「そんなこと無いロロ。エルルアの魔法少女は才能にもよるロロが、人並み外れた力を持つロロ。キミ、ののかの才能ならばそれこそ人智を超えた力を持つ魔法少女になれるロロ」
「・・・」
 どうしても胡散臭さが拭えないものの、目の前にいる不思議な生き物と魔法少女という単語にののかは興味を覚えていた。
 仕事でほとんど家にいない父親に、成績と私が良い子であるという事にしか興味が無い母親。いじめが蔓延り誰もが自分がその対象になりたくないとギスギスしているクラス。
 そんな現実から抜け出せそうな気がした。
「そんなに疑うならちょっとお試しで魔法少女になってみないかロロ?一度でも魔法少女の力を体験すれば、そんな事ないってわかるロロよ。」
「試しになってみる・・・だけならいいかな・・」
「そうロロか。それならこれを手に持って「エルルア・マジカル・チェンジ」って言うロロよ。」
 ロロはピンク色の球体があしらわれたペンダントを取り出し、ののかに握らせた。
 ののかはどこからともなく目の前に出現したペンダントが、意思を持っているかのように空中を移動し自分の手の中に収まったことに驚きつつ、意を決して変身の台詞らしきものを口にする。
「エルルア・マジカル・チェンジ」
 辺り一面がまばゆい光りに包まれると同時にペンダントがステッキへと変化する。
 ののかのセミロングの髪がピンク色に染まっていき、服装は魔法少女のコスチュームへ変化する。
 光が収まった時、白とピンクを基調とした襟付きのノースリーブのワンピースに、白い薄手のロンググローブ、白のニーソックスとピンク色のストラップシューズを身に着けた少女がそこにいた。
「変身成功ロロ。とっても似合っているロロよ。」
「そう?」
 ノノカは右手に握られたステッキをじっくりと観察し、スカートの裾をつまみんで自分のコスチュームをまじまじと眺める。
 白のロンググローブとニーソックスを身に着けているため露出そのものは少ないが、ワンピースがノースリーブであったりスカート部分の丈が短かったりと意外と際どい。
 自分が思い描いていた魔法少女そのもの。どことなく気恥ずかしさから顔を赤らめつつも、とても可愛いコスチュームにノノカも満足していた。
「そういえば、元の服とランドセルはどうなったの?」
「エルルア鉱石・・・、そのステッキの先に付いているピンク色の丸いやつのことロロが、の中にあるマジカルフィールドに保管してあるロロ。変身を解除したら全て元通りになるから安心して欲しいロロ。」
「そうなんだ。それで、今の私はどんなことができるの?」
「そうロロね・・・」
 ロロは目の前の少女の名前すらまだ聞いていなかったことに気づいた。強大な魔法少女の力は使い方次第で大変な事態を引き起こしかねない。
 自分の国の危機、特に創造主である幼き女王の置かれた状況に焦りを感じていたとはいえ、軽率だったかもしれない。
 とはいえ目の前にいるのはまだ幼い少女。幼い者の思考は単純だ。こちらの意図したとおりに行動してもらうのはそれほど難しくはないだろう。
「あの子見てよ、超ウケる」
「ホントだ、何あの格好、それに1人で何かブツブツ話してるし。ハハハ」
 ノノカとロロがいる河川敷、その近く土手を通りかかる高校生の男女2人がいた。家が遠いのか男の方は自転車を押している。どちらも髪を染めており、なおかつ制服をだらしなく着崩していた。
 彼らの侮蔑を含む台詞がその場の雰囲気を一転させる。
 今の自分が周りからどう見られているかをに思い至った事による恥ずかしさ、彼らの人を馬鹿にするような態度への苛立ち、小学6年になってまで「魔法少女」にちょっといいなという思いを持っていた自分の幼さに対する悔しさ。
 ノノカは自分の中でいろんな負の感情がごちゃまぜになりながら、膨らんでいくのを感じた。
「消し炭・・・」
 ノノカは体わななかせながら、思わず口からそんな言葉が漏らした。
 その言葉がトリガーとなったかのように、ステッキのピンク色の球体の部分から淡いピンク色の光がそのカップルに向かって放たれる。
 辺りを黒い炭のようなものが舞った。
「「えっ?」」
 思わぬ事態に、思わず疑問符を口にするノノカとロロ。
 目の前で起こったことに対する理解が進むに連れ、ノノカは少しの罪悪感とスッとした感覚を、ロロは戦慄を感じていた。
「そういえばまだキミの名前を聞いていなかったロロ。良かったら自己紹介してくれないかロロ?」
 ロロは平静を装いつつ、少しでも目の前の少女の情報を得ようとそんな言葉を口にした。
 目の前の少女が、魔力のちょっとした漏洩だけで2人の人間と1台の自転車を文字通り消し炭に変えてしまったこと、そして2人の人間を殺してたことに対して特に同様もせず、むしろ楽しそうにステッキを振り回していることに恐怖していた。
 エルルアの魔法少女にとって人を殺めることくらいなら造作も無いことだろう。さっきこの少女がやったように魔力を対象に当てればいい。ただ普通なら、それだけでは人は「死ぬ」だけのはずなのだ。いくらか外傷はつくだろうが死体はその場に残る。
 それがこの少女は、2人の人間とアルミ合金製の自転車を文字通り消し炭に変えてしまった。それは、この少女が卓越した才能を持つことを如実に示している。
「私は空野小学校6年の赤神ののか。クラスは2組で、学級委員をやってます。まあ、誰もやりたがる人がいなくて先生に押し付けられたんだけどね。」
「さっきも言ったロロけど、ボクの名前はロロロロ。ここチキュウとは別の星、グリーゼにあるエルルア王国から来たロロ。」
 エルルア鉱石、エルルア王国でのみ採掘されるとても希少な鉱石。目の前の少女が振るうステッキの先端につくピンク色の球体がまさにそれだ。
 このエルルア鉱石には少女の「才能」と共鳴し、その少女を魔法少女へと変身させる不思議な力があることがわかっている。ただ、エルルア鉱石以上にその「才能」を持つ少女が希少であるため、魔法少女そのものの絶対数は少ないどころか、ほとんどゼロである。
 エルルア王国3000年の歴史の中で、文献で確認できる魔法少女はおよそ10人ほど。おおよそ300年に1人しか魔法少女はいなかった計算になる。
 数多の星を調査して見つかった「才能」を持つ少女。それが目の前の少女、ののかであり現在唯一の魔法少女である。
「それでさ、他にはどんなことができるの?」
 ノノカが浮かべる屈託のない微笑みは、ロロにとって悪魔の笑顔のように思えた。
 エルルアの魔法少女は強大な力を持つ。特に優れた才能を持つ少女は人智を超えた力さえ持つとも言われている。エルルア王国はその魔法少女の存在によって、グリーゼでの自国の地位を確固たるものにしてきた。
 自国の危機を解決するため、ロロは何としてもノノカの協力を取り付けなければならなかった。
「魔力砲とかがあるロロ。ステッキを目標に向けてから、自分の名前に続けて「カノン」って言うロロ。でもノノカの場合は「ノノカノン」で大丈夫ロロ。」
 ノノカはステッキを構えると、ロロが言った台詞を口にした。
「ノノカノン」
 ピンク色の球体である魔力法が放物線を描いてステッキから飛び出す。それはゆるい放物線を描いて、ノノカから見て数百メートル先にある道路橋へ着弾し、幅は川幅いっぱい、高さは数百メートルに及ぶある巨大な水柱が発生した。
「凄い」
 自らが生み出したその光景にノノカは思わず歓声を上げた。
 道路橋は魔力砲が着弾した中央部から崩壊が始まる。発生した衝撃波が道路橋と平行している鉄道橋も崩壊へと導く。鉄骨や鉄筋コンクリートで構成されているはずのそれらは、どちらもまるで紙でできているかのように崩れていく。
 橋の上の自動車は、あるものは橋もろとも川に落下し、あるものは衝撃波と水しぶきに巻き上げられる。何トンもの荷重や強烈な横風に耐えられるはずの橋桁も粉々になって吹き飛ぶか、横倒しに倒れていった。
 その道路橋と、それと並走していた鉄道橋は水柱が収まると跡形もなくなっていた。そして水と一緒に巻き上げられた多くの乗用車やトラック、路線バスなどが次々と川に落下し水しぶきを上げる。
 先頭の3両ほどが鉄道橋に進入していた10両編成の通勤列車は、先頭部分が衝撃波と水圧によって持ち上げられ、それが河川に向かって落下するのに残りの編成も巻き込まれ、編成全体が河川に沈んでいった。
 衝撃でドアがゆがんで自動車や電車に閉じ込められてしまったのか、川面に浮かぶのは金属の破片だけで人は1人も浮かび上がってこない。
 魔法少女の強化された感覚でそれらを認識したノノカは、自分の中にゾクゾクとした快感が湧き上がってくることをとめられなかった。
 最初は自分のことをバカにしてきたガラの悪い高校生だった。力の弱い自分はどんなことをされても、黙ってその場を離れる以外対応する方法はなかった。けれど魔法少女なった今は、奴らを力でねじ伏せられた。消し炭にしてやった。
 目の前では家で、学校で、塾で自分を有形無形のいろいろな手段で自分を締め付けてくる大人たち。そんな彼らがお金を出し合い作り上げた巨大な橋が、自分の力によって崩れていき、それに彼らたちも巻き込まれて死んでいく。
 これまで自分を力で押さえつけていたもの。今の、魔法少女となった自分はそれを遥かに上回る力を持っている。ワタシニ、サカラエルモノハ、モウ、イナイ。
 心の奥底で何かを押さえつけていた糸が、プツンと切れた音がしたような気がした。
 ノノカはふわりと地面を蹴り空中へと浮かび上がると、土手の向こうの住宅街に向かってステッキから細いピンク色の光線を何本も繰り出した。
 魔法少女に変身してからずっと体中を巡っている不思議な、どことなく心地よい力。その使い方にノノカはだんだんと慣れてきていた。
 ピンク色の光線は地面に巨大な亀裂を走らせ、木造住宅群を炎に包み、集合住宅を真っ二つに切り裂いた。
 ロロは目の前で起こっていることが受け入れられなかった。普通人に害を与えそうなものを試すときは、人に向けてやったりしない。そして魔力砲は、鉄筋コンクリート製の桁橋とトラス橋を同時に吹き飛ばせるようなものではない。
 エルルアの魔法少女が使える魔法は、おおまかに3種類にわけられる。1つは全ての魔法少女が発動のトリガーとなる台詞無しで行使できるの。もう1つは全ての魔法少女がトリガーとなる台詞を用いて行使するもの。最後の1つは魔法少女それぞれが台詞を用いて行使することができる魔法少女それぞれに固有の魔法。
 一番最初のものは今ノノカが空を飛び、街を焼くのに使っているものだ。二番めには先ほどの「ノノカノン」が該当する。
 魔法の威力は後のものほど強くなっていく。魔法少女の固有の魔法はどれも協力であったと伝えられれているが、ノノカの固有の魔法はその中でも単純ではあるが飛び抜けて強大だといえた。
 ロロは目の前の惨状に、ノノカがエルルア王国に侵攻中の自分たちの敵、ナチロ連邦の勢力と衝突するまで彼女にその固有魔法を教えないことに決めた。そうでないと自分たちにもこれどころでない甚大な被害を被りかねない。
 それに彼女の才能はかなりのものだ。トリガーとなる台詞を用いない魔法であっても、文献の中の並の魔法少女の固有の魔法並みの威力があるように思えた。
 ノノカは閑静な住宅街を上空から見下ろすと、眼下の木造住宅群に向かってピンク色の光線を放つ。光線を浴びた住宅はどれも割れたビスケットのように粉々に砕け、そこから炎が上がる。
 
辺り一帯を火の海に変え、満足気に微笑むとノノカは元いた場所、ロロがいる河川敷に舞い降りた。
「最後に確認なんだけど、ステッキを衝撃か何かで手放しちゃって自分から遠くに行ったりしたら私はどうなるの?」
 ロロはノノカへの恐怖の感情を押さえ込み、平静を装いつつ質問に答える。
「ちょっとステッキから手を話してみて欲しいロロ。」
 ノノカがステッキから手を話す。
 ステッキはノノカの手が離されてもそのまま宙にとどまったかと思うと、次の瞬間まばゆい光とともに元のペンダントサイズに戻り、ノノカの首元にぶら下がっていた。
「ステッキはノノカのてから離れるとペンダントに戻るロロ。ステッキに戻すにはステッキを握るしぐさをすれば良いロロ。」
 ノノカが何もない空中を握ると、まばゆい光とともにそこへステッキが出現していた。
「便利だね。」
 何度かステッキをペンダントに戻したり、逆にペンダントをステッキに戻したりと繰り返した後、ノノカはとびきりの笑顔を浮かべてこう言った。
「ロロ、私魔法少女になる。そしてエルルア王国だっけ?ロロの国を助けてあげるよ。」
 エルルアの魔法少女には正義感を持つものが相応しいとされている。それは別になにか高尚な理由があるわけではなく、そのほうがエルルア王国にとって御しやすいからに過ぎない。
 自分たちを正義、自分たちに攻め入る方を悪と教え込めば、自ずと自分たちの敵を彼女らも敵とみなしてくれる。
 魔法少女の才能を持つのはほとんど例外なく幼い少女。彼女らはこれまでのケースならばどれもあふれんばかりの正義感を持っていが、このノノカはどうだろう。
 他の星の幼い少女をその純粋な心につけこみ自分たちのために働いてもらう、この事に自分だって罪悪感を覚えていなかったわけではない。それに比べノノカはこれまで自分がしたことに罪悪感すら感じていないように見える。
 幼さゆえの残虐さなのだろうか。それどころか街を焼き、人の命を弄ぶことを心の底から楽しんでいるように見えた。
 マスコットであるロロは、才能ある少女を見つけ魔法少女になってもらう交渉をすること、そして魔法少女をサポートすること以上の能力を持たない。そしてエルルア王国も、エルルア鉱石が発掘出来るだけで何か魔法少女を直接的に制御できる術を持っているわけではない。
「ありがとうロロ。助かるロロ。」
 ロロは自分がパンドラの箱を開けてしまったことを実感していた。