私はミア。お屋敷住み込みでご主人様にお仕えしている、しがない獣人族のメイドです。今はご主人様の部屋に呼び出されています。

「失礼致しますご主人様。ご要件をお伺いします。」
「ミア。これを見てみろ。」

ご主人様はそうおっしゃると、部屋の壁に異世界の景色を映して見せました。ご主人様の一族は異世界と、この世界を結びつける特別な力をお持ちで、その力で異世界から貴重な品々などを手に入れることで、国内でも有数の貴族として名が知られています。

「この世界なんだが、これまで見つけてきた世界とは大分違うんだよ。何だかわかるか?」
「見たところ建物などが王都のそれよりも大きく見えます。それ以上は申し訳ありませんが、メイドの私にはよくわかりません。」
「はは、大きい建物に見えるか。逆だよ逆。小さいんだよこの世界は。」
「と、おっしゃいますと?」
「大体の目測だがな、この世界の人間は私達の1/1,000程度の大きさしかないんだよ。」

人が1/1,000の大きさ…地を這う虫くらいの大きさでしょうか?いえ、虫よりも、もっと小さそうです。

「それでお前を呼んだのはな、この世界にお前を転移させてやろうと思ってな。こんなに小さな世界では得られる物も特にないだろうし、ならばせめてお前にこの世界を破壊させ、見世物として楽しもうと言うことだ。」
「この世界を私が、ですか…」
「なに、1/1,000の大きさだぞ。お前のような獣耳でも簡単だろう。」

私達獣人は、ご主人様達のような人間族の方々に比べ、はっきり言って能力的に劣っています。本気で襲われたら男女の性別以前の問題で、一方的に嬲り殺されるでしょう。獣耳という呼ばれ方も一種の嘲りの意味も含まれています。ですがご主人様の仰るように、この世界でならそんなことはなさそうです。

「かしこまりました。仰せのままにこの世界を破壊して参ります。」


・・・


ご主人様の能力で異世界に転移した私は周囲を見渡しました。ご主人様は大きな都市に私を転移させたようで、見渡す限り灰色の建物がびっしりと並び立っています。ですがその大きさはとても小さく、私の膝下丈のメイド服のスカートまで届く建物も皆無といった有様で、人差し指の長さにも劣るような建物がほとんどです。

「本当に小さい世界ですね。でも、人間の大きさが1/1,000と言うことは、建物自体は人の背丈の100倍はありそうな物も何十とあるようです。そんな建物王都でも見たことがないのですが。」

小さいだけで文明自体はかなり進んでいる世界なのでしょうか?疑問に思いましたが、ご主人様は今も先程私に見せたように、この世界と私の姿をご覧になっているでしょうし、早くご命令通りにこの都市を破壊しなくてはなりません。

「一応名乗っておきましょうか。私はミアと申します。ご覧の通り獣人のメイドの身でございますが、ご主人様のお言い付けでこの小さな世界を破壊させて頂きます。」

そう告げ終えた私は、早速この都市の破壊を開始しました。と言っても1/1,000の大きさの人間達が造り上げた建物はとても脆く、ただ歩き、踏み潰すだけでぐしゃぐしゃに崩壊してしまいます。

「王城よりも立派そうな建物が立ち並んでいるのに、こんなにも簡単に壊れてしまうのですか。」

王都よりも遥かに巨大そうな都市の立派な建物群が、私が歩くだけでいとも簡単に壊れていくと言うのは思いのほか爽快なもので、少し気が乗ってきた私は段々と大胆に都市の破壊を行ってしまいます。

「ふふ、その辺りには大きな建物が密集しているみたいですね。では一気に壊して差し上げましょうか!」

この都市はどこまでもびっしりと建物が立ち並んでいますが、その中でも巨大な建物が集中している地域がいくつかあるようです。それらの内の一つに目を付けた私は近付くと、巨大な建物群のすぐそばに誇示するように脚を振り下ろしました。その場所に建っていた哀れな建物達が、大した抵抗もなく私のストラップシューズで踏み潰されましたが、私はそのまま脚を大きく横に動かし、建物群を薙ぎ払ってやりました。この世界の人々が見上げるであろう大きな建物が、何十棟も崩壊する感触と轟音は小気味良く、同じような地域をついつい探してしまいます。

「あはは!こんなに簡単に都市が崩れ去っていくとは、なんて爽快なのでしょう!抵抗する素振りすら見せないのですか!?」

虫よりも小さいとは言え、見たところご主人様と同じく人間族に見えるのですが、自分達の住み暮らす都市が攻撃されているのに、魔法で反撃する様子も見えません。誰もが皆、ただただ私から逃げているだけのようです。

「どうしたのです?なぜ誰も反撃しないのですか?人間族の方々なら私よりもずっと強い魔法が使えるはずですよね!?」

少し調子に乗ってしまった私は、この世界の人々を挑発してみましたが、それでも魔法での反撃はありません。ひょっとしてこの世界の人々は魔法が使えないのでしょうか?自然と高まる興奮で耳の毛が逆立ち、尻尾を波打たせてしまいます。

「そちらが使わなくても、こちらは魔法を使いますよ?と言っても私は獣人。戦闘に使えるような威力の魔法は使えませんが。」

実際その通りで、獣人族は先天的に魔法をうまく操ることができません。例えば風魔法であれば、人間族は相手の身体を切り裂き、それなりの使い手であれば腕を切り落とすくらいのことはやってしまいます。
それに引き換え私達獣人は風魔法を使っても、つむじ風を起こすのがやっとです。私など専ら庭の落ち葉掃除の際に使うくらいで、相手の身体を傷付けるなど、とてもできません。ですがこの世界ではどうでしょう?

「あはは!これは凄いです!木の葉を寄せ集める程度の威力しか出せない私の風魔法で、建物も人々もまとめて根こそぎ消し飛んでいきます!あなた達もあなた達の造り上げた都市も、庭に溜まった落ち葉以下の存在なのですか!?」

私達獣人の魔法など本来であれば人間に対し圧倒的に劣り、戦いで用いたりしたら嘲笑われます。それ故獣人は人間に虐げられてきました。私は上質な造りのメイド服を着れていますが、あくまで人間に必死で容姿と奉仕能力を売り込んだからです。もっとボロボロの服を着て、食べるのもやっとな獣人の方がずっと多いです。それがこの世界の現状…のはずでした。ところがどうでしょう、この異世界では獣人である私が都市を破壊し、あまつさえ人間族を大量に嫐り殺しています。私はもう昂り込み上げるものを抑えることができませんでした。

「この世界では随分と貧弱な種族が支配者を気取ってたんですねぇ。一介のメイドに過ぎない私に都市をめちゃくちゃに破壊されて悔しくないんですかぁ!?」

こんな高圧的な言葉、元の世界では人間族相手に絶対に口にすることはありません。ですが、この世界では自然に吐き捨ててしまいました。


・・・


「ご主人様、ただいま戻りました。いかがでしたでしょうか?」

一通り小人の世界の都市を蹂躙した私は、ご主人様の部屋へ戻りご報告を致しました。

「使いでのない世界だと思ったが、中々面白い見物だったぞミア。獣耳風情のお前が随分と楽しそうだったじゃないか。」
「そ、それは…お見苦しい物をお見せしてしまい、申し訳ございませんでした。」
「まあ良い。少しくらい調子に乗った方が見世物にもなる。今度開かれる社交界の余興でやってもらうのも悪くないかもしれんな。」

またあの一方的に人々を何十万と嫐り殺し、都市をめちゃくちゃに破壊する大暴れができる?願ってもないご主人様の提案に私は思わず声を上げてしまいました。

「また同じことをさせていただけるのですか!?」
「なんだ興奮して。もしかして気に入ったのか?」
「あ、いえ。その、ご主人様にお許しいただけるのでしたら是非…」
「どの道あんな小さな世界、他に使いようもあるまい。また見たくなったらやってもらうかもしれんな。ところでその手に持っている物は何だ?」
「これはあの世界で見付けました。あの世界の人間達にすれば天を衝くような高さの塔だと思います。戻る前に土産物にと思いつい…」
「気に入ったのなら、お前の自室に飾るなり好きにして構わん。」
「ありがとうございます!」

ご主人様に一礼した私はお土産に持ち帰った、自分の腕程の長さもある異世界の巨大な白色の塔を大事に抱えながら自室に戻り、それを飾ると屋敷での仕事に取り掛かりました。次にご主人様から、異世界破壊のご命令が下るのはいつになるかと考えながら。