「えー、以上が各局の先日までのオリンピック中継番組の視聴率です。」
「生中継は公共局が取ってしまって民放局は取れませんが、やはり開会式、閉会式共に録画放送枠も取れなかったのは痛いですね。」
「直近の中継予定競技では陸上は話題性が高いでしょうから…」
「今後の実況と解説ゲストの確保につきましては…」

オリンピック開催中の今、民放各局では当然中継番組の対策に力が入れられており、先日担当番組で視聴率1位を叩き出したユカプロデューサーはその功績を認めさせ、オリンピック中継番組の担当に抜擢されていた。先週までの視聴率報告の後様々な議題が検討されていたが、またもユカがなにやら閃いたらしくズバっと発言する。

「競技で注目が集まると言えば、何と言っても日本選手が金メダルを取ることでしょう!そこを抑えましょうよ!」
「…し、しかし我々が中継する競技で日本が金メダルを取れるかは選手次第ではありませんか?もちろん金メダルの期待が高い選手が出場する競技の中継もありますが…」
「そんな待ちの姿勢ではダメですよ!選手だってメダルを掴みにいっているんです。我々も自ら動かないと!」
「わ、わかりました。それでは期待しておりますよ…」

いかにも何かしそうな態度のユカに出席者達の顔は青ざめていたが、色々な意味で実績のあるユカを諌めることができる出席者はいなかった。


・・・


「オリンピックスタジアムのアカリです!会場は超満員で最高の盛り上がりを見せております!」

ユカが会議に出席した数日後、アカリは陸上競技の生中継を行うリポーターとして番組に出演していた。

「さぁ次の競技は女子100メートルハードル決勝です!世界のトップアスリート達による熱戦に、会場で応援するみなさんも、テレビの前で応援されるみなさんも釘付けです!」

熱気に包まれるオリンピックスタジアムのトラックに選手達が入場してくる。

「決勝進出の8名がトラック入りし…あれ?出場選手が1名多いようですが…。ユニフォームに日の丸が見えますので日本選手のようです…。情報が入って来ました。開催国からの特別出場とのことです。…ってそれ認められるんですか?…あ、なんか会長さんによいと言わせた…失礼、言って貰ったそうです!」

アカリにより急遽特別出場で1名追加されたことが伝えられた。

「しかし驚きました。特別出場のユカ選手は私の同期入社の当局所属社員です!私情を挟んでしまいますが、これは余計応援に熱が入ります!」

前代未聞の特別出場に会場がザワつくがユニフォーム姿のユカは、さも当然と言わんばかりの余裕の表情で、第1レーンのスタート位置に早くも移動し終えると、周囲の観客達へ笑顔で手を振ってから唐突に巨大化してしまった。

「おっと!ユカ選手が得意の巨大化を披露しました!オリンピックスタジアムの屋根がユカ選手の膝の高さにしか届いていません!これなら楽勝ですねー。」

競技場内でユカが突然巨大化したことで、会場は大騒ぎとなり先ほどまでの歓声が全て悲鳴に変わってしまう。しかしそんな観客達を余所に、アカリは冷静にリポートを続けていた。

「この大きさならユカ選手は2歩でゴールするでしょうから、勝負はすぐにつきそうです!みなさん、陸上短距離競技で日本選手が初めて金メダルを取る歴史的瞬間をお見逃しなく!」

他の選手達も審判も、もうどうしていいかわからなかったが、幸いユカの巨大化による被害は屋根のほんの一部が崩れ落ちた程度で収まっており犠牲者は出ていなかったことから、早くユカに退場してもらうためにも競技をさっさと終わらせたほうがよいだろうとの思いで選手達は位置についてスタートの合図を待っていた。

「選手達がスタート位置につきました!」

観客達の悲鳴は相変わらずであったが、スタートの合図が鳴り響き異例尽くめの決勝戦が開始された。クラウチングスタートの体勢すら取っていないユカであったが、他の選手達の100倍サイズまで巨大化している以上その必要は無かった。まず、他のレーンの選手のハードルも含め、多数のハードルを踏み潰して1歩目を踏み出すと、2歩目で早くもゴールラインを超えていた。

「やりました!!ユカ選手1位!日本金メダル獲得です!!」

即座にアカリが金メダル獲得の快挙を伝えたが、ユカはそのまま3歩目を前に踏み出し、何と観客席に脚を踏み入れてしまった。観客で満員のスタンド席がユカのスパイクシューズで踏み潰され、おびただしい量の鮮血が周囲の観客達へ飛び散っていた。歩を緩めるどころか4歩目でさらに加速したユカは、満員のスタンド席を左脚でも蹴り飛ばして大量の犠牲者を生みながら、そのまま会場外に飛び出していった。

「おっと!どうしたのでしょうユカ選手!ゴールし終えても走り続けています!」

オリンピックスタジアムを飛び出し目の前に広がっていた雑多な街並みを踏み潰しながら加速するユカの進路上に、ユカの身長をも上回る渋谷の超高層ビル3棟が立ち塞がるが、ユカはそれらを迂回したりせずそのまま力強く走り抜けていった。

「うわー!巨大化したユカ選手の目前に超高層ビルが聳え立っておりましたが、体当たりで粉砕されてしまいました!超高層ビル3棟を一気にぶち抜いてしまう凄まじいパワーです!渋谷一巨大な新しいシンボルも今やただの広範囲に広がっていくガレキと化しており、渋谷駅周辺がめちゃくちゃです!」

渋谷一帯を蹂躙したユカはさらに前方へと走り続けていく。ビル街を突き抜けその先の高級住宅街も容赦なく踏み荒らしたユカの進路に東急東横線の線路が交差しており、運悪く通りかかった車両がユカのスパイクシューズに思い切り踏み潰されてしまった。潰された車体からは乗客達の血肉が勢いよく噴き出し、後続の車両がぐちゃぐちゃになりながら脱線したことで線路周辺は崩れ落ちた沿線マンションと車両の残骸に、犠牲者の血と肉片が散乱する凄惨な状況になっていた。

「ユカ選手、超高層ビルの障害など物ともせず、さらに加速して走り抜けていきます!おっと、通りかかった電車がユカ選手に踏み潰されてしまったようです!オリンピック期間ですので、交通規制にはご協力頂きたいですね!」

選手が巨大化して走るから交通規制がかかるオリンピックなどあるはずがないし、突然言われたところで対応できずはずもないのだが、好き勝手な実況を繰り広げるアカリ。その間にもユカは沿線の住宅街をスパイクシューズでどんどん踏み潰しながら真っ直ぐ駆け抜けていた。

「おうちでオリンピック観戦しているみなさん!選手の進路上は大変危険です!対象になりそうな方は今すぐ逃げてくださいっ。命を守りましょう!」

自宅のテレビで観戦していた東横線沿線の人々は、テレビに映し出されている巨大な女子アスリートのユカによって街が破壊されている様子と、アカリのリポートを受けて慌てて家を飛び出そうとするが、街を襲う凄まじい振動と轟音が迫るのに気付いたのも束の間、運の悪い者は直接踏み潰されて即死し、それを免れた者も建物の崩落などの二次災害で死傷者が次々と発生していた。

「それにしても、セパレートユニフォームを着て巨大化し、街中を走り抜けていく女子の姿は美しいですね~。おへそやふとももがしっかりと見せ付けられて…あっ、こういうのは今は失言でしたね、失礼しました!」

アスリートのユニフォーム姿へのコメントに対しての失言以上に、街を破壊しているユカを褒めていると捉えられるような点が失言かと思われるが、そのことでTV局に苦情の電話が入るはずもなく、ユカによる街の破壊とアカリの実況はそのまま続けられていた。

「ユカ選手が渋谷の超高層ビルを破壊してくれたおかげでまだユカ選手の姿を確認することができますが、一体どこまで走り抜けていくのでしょうか!あっ!ユカ選手の進路上にタワーマンション群があるようです!みなさん逃げて逃げて!」

沿線沿いにびっしりと敷き詰められるように建てられた住宅街に、ユカがスパイクシューズで次々と破壊の爪痕を残していくが、その先にはタワーマンションが聳え立つ一帯が待っていた。

「TVに出てる通り、本当にこっちに来てる!」
「逃げなきゃ!!」

武蔵小杉のタワーマンションの住民は、都心の方向からその間に広がる街を踏み潰してこちらに向かって急接近してくるユカの姿をベランダから確認し部屋を飛び出していくが、地上に辿り着くよりもタワーマンションが破壊されるほうが圧倒的に早いのは間違いなかった。

「先ほどの渋谷の超高層ビル群と同様に、このままではタワーマンションが何棟も破壊されてしまいそうです!」

住宅街を散々踏み荒らして走り抜けたユカであったが、多摩川に差し掛かったあたりで急激に減速し、武蔵小杉のタワーマンション群に衝突するすんでのところで足踏みをして止まったのであった。

「おっと!ユカ選手が急停止して、タワーマンションは何とか巻き込まれずに済みました!」

タワーマンションこそ助かったものの、多摩川を超える際に鉄橋を蹴散らしたことで、今度はギリギリ踏み潰されずに済んだ電車も勢いよく川へ向かって落ちていき、ここでも大量の乗客が犠牲になっていた。また、タワーマンション群の前に広がっていたマンション街は、減速するユカが足踏みをしたことで却って念入りに蹴散らされることとなり、この一連の動作だけでも数千人が犠牲になっていた。

「ユカ選手が走り終わったようです。それにしてもなぜ100メートル走であんなに遠くまで走ってしまったのでしょう?金メダル獲得のお祝いも兼ねてすぐにリポートをしてみます!」

アカリは撮影班達から少し距離を取ると、ユカがスタンド席を破壊したことで大勢の犠牲者が出て大混乱しているスタジアム内で、ユカと同じくらいの大きさまで巨大化してしまう。会場内のパニックはいよいよ制御できない状況となり、出口に殺到する人々の圧力で群集事故が発生し圧死する人も出始めていたが、ユカに破壊されていない部分をアカリが蹴散らしていったことで、さらに犠牲になった大勢の人々の数に比べれば僅かなものであった。

「うわー、街がすっかりぐちゃぐちゃだ。でもお仕事だから早くリポートしないといけないし、まだ残っているみなさんはすぐに避難をお願いしますね!」

スタジアムを飛び出したアカリはユカが走り抜けた街並みに、ヒールで新しい足跡を刻み付けながら武蔵小杉の方向へ向けて脚を進めていく。白のブラウスにフレアスカートを合わせた、いかにも女子アナスタイルのアカリはどうしても狭い歩幅での小走りとなってしまうため激震で崩壊する建物の数は少なかったものの、踏み潰していった住宅と人々の数はアカリのほうが多くなっていた。

「やっと着いたー。さてさて、では優勝したユカにインタビューしてみましょう!まずは金メダルおめでとうユカ!」
「ありがとうアカリ!」
「それでまず、どうしてこんなに遠くまで走ったの?」
「だって出場した選手の中で私だけが100倍まで巨大化してたのよ。なら私は距離も100倍走らないと公平にならないでしょ?スポーツはフェアにやらないと!」
「さすがユカ!スポーツマンシップに則って素晴らしい!それと途中超高層ビルとか障害物もあったけど、物ともしなかったね!」
「あれも会場のハードルは巨大化したら小さ過ぎるなんてものじゃないから、代わりに別の障害物をクリアしないと不公平じゃない。だから超高層ビルを障害物代わりにね。飛び越えるのはできなかったけど、ハードルだって横に避けるのはダメでも倒す分には失格じゃないし、これならちょうどいいでしょ?」
「なるほど~。つまりユカは途中の街の障害物をクリアしながら10キロ走り切ったわけだね。じゃあ会場の100メートルじゃなくて、そのタイムがユカの記録ってことだね。」
「そうなると金メダルは私じゃないのかしらね?」
「でもユカがここまで走り終わってからトラックの選手達を見たけど、全員転倒しててゴールできてなかったよ。」
「なら1着だからやっぱり私が金メダリストなのね!」
「そうだよユカ、おめでとう!」

武蔵小杉の1つ手前の新丸子駅周辺で巨大化したままアカリからインタビューを受けるユカは、意気揚々と答えながらも、走り切った後の疲労を散らす様に合間に脚をブラブラさせたり左右に動いたりすることで、2人から逃げようとする足元の人々を気付きもしない内に踏み潰し続けていた。

「それにしてもユカに陸上の経験なんてあったっけ?これだけできるなら他の競技にも挑戦してみたらどう?」
「そうね、今度は長距離種目なんかもいいかもしれないわね。」
「それなら不公平にならないように、ちゃんと100倍走らないとだね!」

今回本来100メートルの距離をその100倍の長さ走り、10キロ以上の長さの街並みを蹂躙してしまったユカ。もしそれと同じように長距離種目最長の10000メートル走を走ったなら、1000キロ以上もの距離が同様の被害に遭うことになる。東海道・山陽新幹線沿いの地域がほぼ壊滅するようなものであり、1回の競技のために一体どれほどの数の人々が犠牲になるのか、想像も付かないレベルであった。

「でも、ユカなら走り以外の競技でもいけるんじゃない?なんならやり投げとかさ。」
「なるほどねー、こんな感じ?」

アカリの提案を聞いたユカは、この地域でも最長の200メートルを超えるタワーマンションに近づくと、基礎から引き剥がすように建物全体を丸ごと持ち上げてしまう。
地上付近の低層階を除き、混乱でエレベーターがほぼ機能しない状況となっているため、ベランダ越しに2人のやり取りを固唾をのんで見守っていた住人達もいたが、建物ごと持ち上げられてしまったことで、タワーマンションのあちこちから割れんばかりの悲鳴が聞こえて来た。
そんな建物内の大混乱を知ってか知らずか、そのまま200メートル以上の長さを誇るタワーマンションを横向きにして、両腕を大きく広げて担ぎ上げるユカ。窓を閉めていた部屋の住民は壁や窓ガラスに体を叩き付けられ、ひどいケガを負わされてしまったところに、窓を開けて様子を見ていた部屋の住民がポロポロと地上へこぼれ落ちていく様子を見せ付けられてしまう。

「おー、いいねいいね!せっかくだから会場のみなさんに良く見えるように投げてみようよ!」
「では会場の方角へ向かって…エイッ!!」

ユカのすぐ傍に立つアカリからは、タワーマンションの各部屋の中で最早避けられない死を目前に涙でグチャグチャに顔を濡らす人々の様子が見えていたが、彼らを笑顔で見送るとユカが投擲したタワーマンションの落下地点をじっと眺めていた。放物線を描いてオリンピックスタジアムの方角へ向けて飛んで行ったタワーマンションであったが、左方向へ逸れ国立代々木競技場そばの公共放送局の敷地へ落下し、そこをめちゃめちゃに破壊してしまった。

「うわー、凄い!ほとんど会場のすぐ近くまで届いたよ!」
「という事は10キロは飛んでいるはずだから、100メートル以上の記録になるはずね。」
「ならこれも金メダル間違いなしだね!選手として登録してないのが惜しいな~。」
「何にせよこれで番組の視聴率はまた1位を独占だろうし、局所属の社会人選手として金メダリストにもなったんだから、またもや大貢献ね!」

タワーマンションが直撃してガレキの粉塵がもうもうと巻き起こる公共放送局跡地を遠くに眺めながら、ユカは大満足してドヤ顔を決めていた。
もっとも、巨大化した2人がオリンピックスタジアムを半壊させ、超高層ビル群を擁した渋谷も含めその先直線10キロ以上に渡って街並みを破壊したことで、短距離走初の日本人金メダリストが誕生しユカとアカリの局の視聴率が上昇したのと引き換えに、10万人以上の人々が犠牲になっていたのであった。


・・・


「オリンピックスタジアムのアカリです!長かった大会も本日閉会式を迎えました!」

ユカが女子100メートルハードルで金メダル獲得の快挙を成し遂げた6日後、アカリはオリンピックスタジアムで行われている閉会式生中継番組のリポーターとして番組に出演していた。

「せっかくの感動的なフィナーレですが、ここオリンピックスタジアムは崩落の危険性があるということで、残念ながら無観客で規模を縮小しての開催を余儀なくされております。私はこのように巨大化して安全を確保しておりますので、特別な許可を得て会場内から中継を行っております。」

アカリの立つ周囲の観客席スタンドは見るも無残に崩壊しており、100倍サイズに巨大化しているアカリは足元いっぱいに広がるガレキを踏みしめてリポートを行っていた。

「それにしても今回のオリンピックでは、1大会で1人の選手が獲得した金メダルの歴代記録が更新されるなど、見ごたえのあるものでした!」

巨大化した状態のアカリがやや興奮した状態でリポートを行っている一方で、閉会式そのものは無観客なこともあり淡々ととり行われていた。よく見ると会場はユカが100メートルハードルに出場し、アカリと共に会場を破壊してしまった日よりも破壊されている個所が増えており、屋根はあちこちが崩れ落ちてトラック内も大きく陥没している個所が1つや2つではなかった。しかし、会場内のVIP席だけは無事なまま残されており、そこには大会の会長を始めとした関係者のお偉方が集まっていた。本来であれば貢献歴の長い重鎮達のみに許された特別な席であるが、会長の横の席にはこの場で唯一20代女子のユカの姿があった。

「会長さん。沢山の金メダルを獲得する機会だけでなく、急に潰れてしまった公共放送局に代わって、閉会式の放映権までも私共の局に下さってありがとうございます。おかげ様で弊社の視聴率も大変好調です。私も今回企業人アスリートとしても、報道関連の人間としてもオリンピックの盛り上げに貢献できたこと、大変光栄です。」

閉会式も終わりを迎え、聖火が消灯される様子を眺めながら会長へ語りかけるユカの首元には10個もの金メダルがぶら下げられていたのであった。

「次のオリンピックの放映権もよろしくお願いしますね。」

青ざめた顔でユカの話を聞く会長とは対照的に、局内でも大きく表彰をされたユカは上機嫌で次のオリンピックへ向けたお願いをするのであった。